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たなちゅう

序章

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 辺り一面の荒野は、人の群れで溢れているのに静かだった。

 里の外れにある断崖絶壁で、群衆の一人として俺は立っている。

「今回こそ手柄をあげてやる……」

 時折り吹き抜ける風で砂塵が舞い上がり、糸みたいな細い反響音が耳に届く。西の空に夕日が沈みかけて、後ろからは徐々に夜が迫ってくる。

 目の前には数百人ほどの軍勢が同じ目的を持ちながら、それぞれが統率性のない格好をしていた。

 丸腰とも言える紺色の道着に袖を通し、両手の開閉を繰り返す者。血の気が多いのだろう。不気味に好戦的な笑みを浮かべている。

 他には分厚い革製の鎧を胴に巻き、両手に剣を握りしめている者。少し表情が強張っている。

 共闘をしても彼らが分かち合うことは決してない。

「そろそろ時間だ」

 軍勢の中からぽつりとこぼれた言葉だが、誰が発したのかは分からない。それでも周囲の連中からは緊張感が漂い、靴でじりりと地面をこする。

 俺は視線を上げて、断崖絶壁からはみ出る軍勢に目を向けた。

「ユイナ……」

 宙に浮かぶ軍勢の中から彼女を探し出し、華奢きゃしゃな背中を見つめる。決して振り向くことのないりんとした佇まい。女の子であることとは無関係に戦場におもむく覚悟が垣間見えた。

「……きた」

 また軍勢の誰かが呟き、宙に浮かぶユイナよりも遠くの方へ目を凝らす。まだ豆粒ほどの無数の点が、徐々に大きくなる。

 姿形が見える距離になると、同時に人のそれとは違う甲高い啼き声が波となって押し寄せた。

 人の背丈を越える翼を羽ばたかせる鳥獣を遠目に、肩にかけた鞘から剣を抜く。やたらと喉が渇き、生唾を飲み込むと余計に緊張が増した。

「合同討伐隊! 出陣!」

 崖っぷち先頭の一人が叫ぶと、負けじと「うおお!」と雄叫びが飛び交う。次の瞬間、道着姿の軍勢が鳥獣を目掛けて手をかざした。

 腕周りが深紅の炎で覆われ、他種族であれば焼け焦げるだろう。反動も付けず、荒々しい炎の弾丸が乱れ撃ちされる。

 炎弾が命中し、空中でのたうちまわる鳥獣が耳障りな金切り声をあげた。思わず歯を食いしばって自分ごとと錯覚する。

 炎弾の矢をすり抜けた鳥獣がこちらへ一直線に向かってくると、あとは乱戦。先陣を切って宙に浮かぶ風の民が迫り来る鳥獣を迎え撃つ。

 人のものか鳥獣のものかも分からないけたたましい悲鳴を聞きながら、俺は宙に浮かぶ一匹の鳥獣と目が合った。

 作法などない。それが戦闘の合図だ。

 俺は半身の体制で握りしめた剣を肩の高さで構え、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。どっちが獣か分からない。目の前の敵を本能のままに威嚇。

 当然だがひるむことはない。俺の二倍はあろうかという鳥獣が足の爪を剥き出しにして喉を引き裂きにくる。躊躇ためらいは不要。回避不可の距離まで引きつけて剣を肩口から袈裟に斬りかかる。

 肉を裂く鈍い感触が手から腕に伝わった。何度味わってもこの感覚だけは慣れない。自分の身まで裂かれた感覚。

 勢いのまま飛び込んでくる鳥獣を躱し、地面へ叩きつける。二度と飛べないように背中を踏みつけて翼へ剣を振り下ろした。

 鳥獣は耳を劈く断末魔をあげ、俺の足の下でもがき苦しむ。くすんだ血が飛び散って顔に付着するが、拭っている暇はない。間髪入れずに首を跳ね飛ばし、顔を上げて次の来襲に備えた。

 辺りは敵も味方も間違えそうな乱戦。

 俺は反射的に空へ視線を向け、ユイナの姿を探した。

「いた」

 風の民の飛行能力は鳥獣をしのぐ。重力を感じさせず滑翔かっしょうする姿は、他種族からも美的な対象として敬意を表される。

 中でもユイナが空を飛ぶ姿は別格。舞うという表現が相応しい。長丈の白衣をまとい、金髪をなびかせる。

 赤茶色に染まる空の下でも、ユイナは一際輝いて見えた。

 彼女は決して鳥獣の追随を許さず、戦場にも関わらず自由に空を飛び回っていた。

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