突入

ユファレートは長距離転移の魔法を使い、『ジグリード・ハウル』の効果範囲から脱していた。


一変した街の様子に、唇を噛む。

どれだけの人々が犠牲になったことか。

みんなは無事なのだろうか。


ルーアの声が、頭に響いた。

エスの能力だろう。


少なくともルーアは、健在であるようだ。


その頼みを、断れるはずがなかった。


ルーアが口にしていなければ、ユファレートがみんなに頼んでいただろう。


グリア・モートは、なんとしても倒さなければならない。


彼を止めなければ、この国の犠牲は更に大きなものになる。


城への侵入は、容易かった。

防衛線を引く軍隊が、殺到する市民に押し込まれている状態なのである。


この流れに乗り、そして越えていけば、自然とピサロスの元へと辿り着ける。


ピサロスの側には、グリア・モートがいるはずだ。


ただ、侵入は簡単だが移動に時間が掛かった。

とにかく人が多い。


長距離転移で直接城の内部へ入り込むことは、無理だった。


防護フィールドに弾き飛ばされる。

それに、魔力を大量に消費する。


すでに先程、避難のために一度使用したばかりだった。


今使ってしまうと、魔力が尽きてしまう。


太陽の位置が高い。

昼になっていた。


グリア・モートがいつピサロスに手を出すか、わからない。

急がなければ。


城の庭園は、押し寄せる市民とそれを阻む軍隊で、さながら戦場のようになっていた。


飛行の魔法を発動させて、彼らの頭上を越えていく。


魔力の波動を感じた。


城の内部への侵入を防ぐために、門の前に魔法使いたちが列を為していた。


宮廷魔術師であることは、濃い紫色のローブとマントでわかる。


複数で力場の魔法を操作して、市民を押し返している。


放たれた矢は、力場に弾かれ有らぬ方向へ飛んでいた。


ユファレートは、ちょっと緊張した。


宮廷魔術師の大半は、グリア・モートに従っているはずだ。


(……だけど)


彼らは違うか。


門の前に集結し、敵である市民たちは前方の広大な庭園から押し寄せてきている。

守る対象は背後の門。


魔法使いとしては、魔法を存分に使える戦いやすい環境であるはずだ。


それにも拘わらず、破壊的な攻撃魔法を使用していない。


ピサロス王を守る、だが市民をできるだけ傷付けたくないという、意志の顕れであるような気がした。


グリア・モートの味方ならば、市民を痛め付けピサロスの指示だったと言えばいいだけである。


ユファレートは瞬間移動の魔法を使い、宮廷魔術師たちの背後へと転移した。


「なんだ!?」


驚く宮廷魔術師たちに害意がないことを伝えるため、両手を拡げる。


「待ってください! わたしは、陛下を守るために参りました!」


何人かが攻撃しようと手を上げかけていたが、ユファレートの台詞に動きを止める。


「黒幕は、グリア・モートでしょう? わたしが、止めます!」


力場の魔法を維持したまま、何人かが顔を見合わせる。


やはり彼らは、ピサロス王の味方と考えていいだろう。


「……君は、ユファレート・パーターか?」


「はい!」


腰が曲がった高齢の宮廷魔術師の質問に、ユファレートは肯定した。


ユファレートはその老人のことを知らないが、向こうはこちらの顔を見たことがあるのだろう。


他の宮廷魔術師たちがざわつき出した。


「ユファレート・パーター?」


「あの、ドラウ・パーターの孫の……?」


「『神出鬼没の爆弾娘』か!?」


「その二つ名はやめてください!」


「『神出』か!?」


「『神』か!?」


「略すのはもっと駄目!」


抗議をしていると、背後の門が開いた。

内側から、押される形で。


軍服を着た男たちが、十五人以上いる。


その奥に、遠近感を狂わすような長身の男。


ジャミンという名前であること、『コミュニティ』の一員であることは、ティアが教えてくれた。


先程、城外で束の間交戦した。

どこから城の内部へ潜り込んだのか。


ジャミンの前にいる者たちは、軍服を着てはいるがドニック王国の軍人ではないだろう。


腐敗臭と崩れている肌でわかる。

『コミュニティ』の兵士たち。

弓を引いている。


狙いは、市民を止めようと躍起になっている、宮廷魔術師たちの背中だろう。


(ああ、そう……)


ユファレートは、地面に叩き付けるように杖を振った。


「バルムス・ウィンド!」


発生した暴風の魔法が荒れ狂い、矢を払いのける。


「そうやってあなたたちは、陰からこそこそと……」


ゆっくりと、歩み前進する。


「暴動を止めようとしている人たちの邪魔をして、この国の人たちを苦しめて……」


兵士たちが弓を捨て、他の武器をそれぞれ手にして向かってくる。


ジャミンは後退した。


左足の負傷は、かなり深かったのだろう。


治癒の魔法で傷を塞ぐくらいはしただろうが、太股から脛の辺りまで、衣服は赤くなっていた。


「グランド・ジャベリン!」


正面へ、ユファレートは魔法を発動させた。


石畳を破り生える大地の錐が兵士二人を貫き、後続を遮る。


錐の間から、剣を投げるのが見えた。


「バン・フレイム!」


ユファレートの手から伸びた炎の鞭が、剣を叩き落とし投げ付けた兵士に絡まる。

その身が、業火に包まれた。


錐を回り込み近接してくる三人。


炎の鞭の魔法を解除し、ユファレートは次の魔法を発動させた。


「ヴォルト・アクス!」


電撃が弾け、兵士たちを炭化させる。


ユファレートの意思に従い、大地の錐が崩れた。


怖じ気づいた様子の兵士たち。

まだ、十人以上いるが。


「わたしは、怒ってるのよ」


兵士たち、そしてその奥にいるジャミンに、ユファレートは杖を向けた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


シーパルは魔力障壁を展開して、『ジグリード・ハウル』の直撃を避けていた。


隣にいたテラントも、無事だろう。


ルーアやユファレートの魔力を感じた。

それぞれ防いでいると思いたい。


二人の側にいたティアも、きっと無事だ。


一時的に視力を失いながらも、シーパルは人がいない方を選び駆けた。


どこになにがあるか、人がいるのか、なぜかわかる。


光と熱と衝撃で五感が狂っているはずだが、しっかりと付いてくる者がいた。


そんな真似ができるのは、テラントしかいない。


路地裏に二人で身を隠し、視力と聴力が回復するのを待つことしばし。


通りに出ると、拳や武器を天に突き付けた民衆が群れを為していた。


『ジグリード・ハウル』の起動は、騒ぎに参加せず静観していた民をも暴徒に変えた。


ルーアの声が聞こえた。

エスの訳のわからない能力で、声を届けているらしい。


「……当然ですよ」


ルーアに聞こえるとは思えないが、シーパルは呟いた。

とっくに我慢の限界である。


「いくぞ」


テラントも、静かに怒りを燃やしていた。


冷静さなど、捨てていい。

こちらの背後には、ドラウとエスがいるのだ。

老練な二人が、未熟な若者たちの行動を上手く利用してくれるに違いない。


暴徒に混ざり、城を目指した。


極寒の地にいたはずだが、暑い。

融解した地面が、熱を放っていた。

息苦しい空気が、体に纏わり付く。

厚い雲の向こうに見える遠い太陽から、灼熱の光が降り注いでいるかのようだった。


ほどなくして、城門へと至った。


争う者たちを尻目に、その脇を通り過ぎた。

どちらも倒す必要はない。


庭園は争いが激しい。

なかなか城の中に入れない。


テラントの判断で、西から南へと回り込んだ。


争いは方々で起きているが、庭園よりはまだましである。


先行するテラントに付いていくと、すんなりと城の内部に侵入できた。


テラントは、元々ラグマ王国の将軍だった。


シーパルよりは、城の造りに詳しいだろう。


その後も、テラントの勘に従い進んだ。


争いを避けて進むと、一旦外に出る羽目になった。


城の中庭だろうか。

隅に、人々が溜まっている。


市民たちと、人々の合間から見える濃い紫色の衣服。

宮廷魔術師の正装だろう。

どうやら、大勢に取り囲まれているようだ。


ここにも争いはあった。


「おい……」


テラントが、呟きで注意を促してくる。


シーパルたちの後を追うように中庭に出てくる集団。


普通の市民のような格好だが、死臭が鼻につく。


『コミュニティ』の兵士たちが、約十五人というところか。


従えているのは、顔に傷が入ったヨーゼフだった。


「とっと潰して、次に行くぞ」


「了解です」


テラントが剣を抜き、前に出た。

今回は、ずっとテラントと行動を共にしているが、さすがに頼もしい。


兵士たちが、ヨーゼフを追い抜き突進してくる。


ヨーゼフは、その場から動かず魔力を引き出していた。


兵士に時間稼ぎをさせ、機を見計らい強力な魔法を放ってくるだろう。


ルーアに顔を斬り裂かれたのに懲りたのか、接近戦は避けるつもりのようだ。


こちらには、テラントがいる。

下手に近付こうものなら、今度は顔を斬られるだけでは済まない。


肩越しに一瞥するテラントに、大丈夫だとシーパルは頷いた。


正面からの魔法くらい、防いでみせる。


魔力障壁を破るほどの高威力の攻撃魔法を放つには、時間が必要となる。


だが、兵士十五人程度にそこまでの時間稼ぎをさせるつもりはない。


「ファイアー・ウォール!」


シーパルが叫ぶと、先頭の兵士を巻き込み炎の壁が燃え立った。


炎の壁を回り込んだ兵士二人が、テラントが手にする一振りの剣に、ほぼ同時に首を撥ね飛ばされる。


ズィニア・スティマ戦での負傷は、完全に癒えたようだ。


眼で追いきれないほどの動きである。


「フォトン・ブレイザー!」


逆方向から炎の壁を回り込んだ兵士二人を、シーパルが放った光線が貫く。


前衛を排除しなければ、後衛のシーパルに好き放題魔法を放たれると考えたか、兵士たちがテラントを取り囲む。


混戦になると、魔法は使いづらい。


兵士たちが四方からテラントに襲い掛かる。


背後からの槍をテラントは体を回転させかわし、頭部を斜めに断つ軌跡の斬撃は寸前で身を低くし避け、突き出される二本の剣を弾き包囲を脱していた。


いつ斬ったのか、兵士二人の首筋から血が吹き上がる。


背後に跳躍して間合いを拡げるテラント。


兵士三人が追い縋ろうとするが。


「ファイアー・ボール!」


シーパルが撃ち出した火球に消し飛ぶ。


城で余り派手な魔法を使うのは問題かもしれないが、場合が場合である。


この国を救うという結果を出せば、大目に見てくれるだろう。


炎が撒き散っている状況であるが、構わずテラントは前進した。

後続の兵士二人の体が宙を舞う。


かなりの人数を仕留めたはずだ。

もう兵士は五人も残っていないだろう。


たいして時間を稼がれていない。

これなら、ヨーゼフがどんな魔法を使ってきても防ぐことができる。


(……?)


不意に、寒気がした。


戦闘の間、ずっと罵声のようなものが聞こえていた。


中庭の隅にいる、市民の集団からだ。


それが、悲鳴に変わった。

断末魔の悲鳴である。


なにか。異質ななにかが蠢いている気配。


振り返ってしまった。


「なっ……!? え……?」


人々の体が、砂のように崩れ無くなっていく。

人だけでなく、建物の壁も。


存在を否定するかのような破壊。


意味を消失したかのような滅び。


破壊と滅びの中心に、少年がいた。


ドニック王国宮廷魔術師なのだろう、濃い紫色のローブにマント。


艶やかな黒髪。

整った顔立ち。

長い前髪。


(なにが……!?)


魔力を感じない。

だから、魔法ではない。


なにかが、少年の周囲を破壊している。


「シーパル!」


テラントの呼び掛けに、シーパルは我に返った。


持続時間が切れ、炎の壁が消失していた。


その向こうにいたはずの、ヨーゼフがいない。


上空からの、強烈な魔力。

『悪魔憑き』の力で跳ねたのか、掌を下に向けたヨーゼフの姿。


「グラビティ・カウ!」


不可視の重力の渦が、撃ち落とされる。

巨大で、かわす暇はない。


「ルーン・シールド!」


受け止めるために軌道上に展開させた魔力障壁が、重力の渦の威力をかなり削り取り、だが砕ける。


シーパルとテラントのちょうど中間辺りに、着弾した。


「くっ!?」


衝撃に、叩き伏せられる。

すぐに立ち上がるが、短槍はへし折れていた。


右肘の辺りが、痛む。

骨折くらいはしているかもしれない。


魔力障壁を発生させていなければ、腕一本では済まなかった。


駆け寄ってきたテラントは、左腕を動かせないようだ。


シーパルたちから離れた位置に着地するヨーゼフ。


すかさず残った兵士三人が前を固める。


「すみません、テラント……」


本来ならば、防げるはずだった。


だが、少年の余りの異質さに、完全に意識を奪われていた。


「気にすんな。俺も、集中力を失ってた」


少年の周囲に、すでに人影はなかった。


市民たちは、全員崩れてしまったのか。


何事もなかったかのように、少年は立っている。


「なんだ、あいつは……?」


「わかりません。わかりませんけど……」


危険だ。

人の姿をしているが、人ではない危険な存在と戦おうとしている。


少年が、シーパルたちに視線を向けてきた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


杖で示す先の空間に生まれる、無数の光弾。


威力は抑え、その分、弾数を増加させている。


「ル・ク・ウィスプ!」


ユファレートの制御通りに、光弾が各々軌跡を描く。


兵士たちは、城から出てきているところである。


門や味方が邪魔で、前進しながらかわすことは難しいだろう。


先頭の兵士の体に光弾が命中する。


その者を盾にし、あるいは門の陰に隠れやり過ごす兵士たち。

集団を後退させたことになる。


魔法使いが制することができる距離を保ち続ける。


それが、ユファレートの狙いだった。


「シル・ディ・アーウィン!」


圧縮させた空気を、兵士が固まる城の内部へと放つ。


破裂し小さな竜巻と化すと、兵士たちの体を裂いていった。


逃げ惑う兵士たち。


いくら散らばられようと、構わなかった。


兵士が攻撃するには、門を通らなければならない。


それは、狙い撃てと言っているようなものだ。


兵士たちの後方で、ジャミンが表情を歪ませている。

舌打ちしたのかもしれない。


なにやら小声で指示を出すと、兵士たちを退かせた。

そして、腕を振る。


衝撃波が門や壁を崩し、道が閉ざされた。


(……逃げる?)


思ったが、ユファレートは動けなかった。


味方の援護を望めない状態で、優位な距離を放棄することはできない。


しばらく待った。


瓦礫の向こうに身を潜ませているかもしれない。


テラントやデリフィスやシーパルのような第六感はないので、見えない所の様子はわからない。


(退却した、みたいね……)


数分後、ユファレートは張り詰めた空気を追い払うように息をついた。


退却したジャミンの判断は、間違ってはいないだろう。


多分、兵士は十人ほど倒した。

あのまま戦闘が続けば、全滅させることができたはずだ。


状況を打破できるとしたらジャミンだが、負傷の影響が相当あるのだろう。


一晩駆け回り魔法も使っているユファレートが疲れているように、ジャミンも消耗している。


全滅する前に退き、味方と合流するつもりか。


おそらくは、グリア・モートの元へ。


(行かないと……)


急がなければ、ピサロスが危ない。


だが、瓦礫を撤去してジャミンたちを真っ直ぐに追跡するのは危険極まりない。


回り道をしたいところだった。

ただし、城の内部構造など詳しくは知らない。


「どなたか、陛下の元まで案内してもらえませんか?」


激しく魔法を連発したためか、暴徒たちは遠巻きにこちらを見ているだけになっていた。


宮廷魔術師たちと会話をする余裕はある。


「グリア・モートも、そこにいるはずです!」


「……宮廷魔術師として、モートを止めなければならない。だが、我々にその力はない。情けないことだが」


年嵩の宮廷魔術師が、苦渋に満ちた顔で言った。


「ユファレート・パーター殿。その力、拝見いたしました。さすがはあのドラウ・パーターの孫。部外者のあなたに頼むのは心苦しいが、モートを倒し、陛下を助けていただきたい」


「私が、案内いたします」


三十代であろう壮年の宮廷魔術師が進み出る。


「お願いします」


ユファレートは一旦頭を下げてから、年嵩の宮廷魔術師に顔を向けた。


「わたしだけでは、グリア・モートには勝てないかもしれません」


ドラウが認めるほどの魔法使いである。


かなりの強敵だと、ユファレートは覚悟をしていた。


「でも、わたしには一緒に戦ってくれる人たちがいます。彼らと、必ずグリア・モートを止めてみせます」


「……頼みます。我々は、ここで彼らを喰い止めます」


年嵩の宮廷魔術師の背後には、殺気立った民衆がいる。


「彼らも、この国の民。可能な限り救います」


ユファレートは頷いた。

壮年の宮廷魔術師に、声を掛けられる。


「こちらへ」


城の壁を左に、おそらくは北へ向かう方を指していた。

先に走り出す。


グリア・モートの元に辿り着くのは、何番目になるだろうか。


ジャミンや兵士たちもいるだろう。


一人では勝てない。

ユファレートはもちろん、『世界最高の魔法使い』ドラウ・パーターであっても。


協力しなければ、敵には勝てない。


先に到着している者がいたならば、直ぐさま戦闘に加わり援護する。


もし一番手ならば、時間を稼ぐ。

ドラウやティアたちが、必ず来てくれるはずだ。


みんな、この国を救うために戦ってくれている。


背後から雄叫びが聞こえた。

民衆が、宮廷魔術師たちに突っ込んだのかもしれない。


ユファレートは、振り返らなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


中庭に踏み出してくる者たちがいる。

武装した民衆たち。


シーパルたちには眼をくれずに、少年に敵対心を向けている。


それは、少年が宮廷魔術師の正装をしている、政府側の者だからだろう。


もし少年の周囲に、殺した人々の死骸が山となっていたら、また違う反応をしていたかもしれないが。


肉片一つ残らず塵となってしまった。


タイミングを合わせたかのように、軍装の男たちが中庭に飛び出してきた。


彼らからしたら、宮廷魔術師は味方だろう。


暴徒たちに、宮廷魔術師が襲われようとしていると映るのかもしれない。


少年を挟み民衆と睨み合う。


(……違う……!)


あの少年は、どちらの味方でもない。


きっと、『コミュニティ』の味方でもない。


現れた軍人たちは、少年のことを直接は知らないのだ。


少年の異質さに、気付いていない。


少年が、薄笑いを浮かべたまま一歩下がった。

両者の衝突を促すかのように。


掛け声と共に、民衆も軍人たちも突進する。


「待っ……!」


彼らが争う必要などない。

『コミュニティ』とグリア・モートが元凶なのだから。


「順番を間違えるなよ!」


テラントから、怒声のようなものが飛んできた。


負傷した左腕を垂らし、右手の剣をヨーゼフたちに向けている。


「……そうですね」


今ここで軍と民衆の激突を止めても、またヨーゼフたちに掻き回されるだけだろう。


まずはヨーゼフ、そして背後に控えるグリア・モートを倒すことだった。


一人の兵士はヨーゼフの前を固め、二人の兵士が向かってきた。


息を吐き、テラントも突進する。


左腕が動かない分バランスを取りにくいのか、いつもより重心を低くし突っ込む。


前に出た兵士を一人斬ると同時に、左に跳んでヨーゼフが放った光線をかわした。


「ライトニング・ボール!」


テラントを攻撃しようとした兵士を、シーパルは光球で撃ち抜いた。


テラントが更に前進する。


迎え撃つべくヨーゼフの前で大剣を構えていた兵士が踏み出すが、テラントの剣が一閃するとその腕が飛んだ。


シーパルが放った光球も、胸で弾けている。


兵士の体は、ヨーゼフを目掛けているかのように転がった。


跳躍してかわすヨーゼフ。

『悪魔憑き』としての能力だろう、高々と身を舞い上がらせ、壁に立った。


両手の間で、火花が散っている。

『悪魔』の足が、壁に突き立っていた。


また、頭上から魔法攻撃を仕掛けてくるつもりか。


シーパルは、反射的に防御魔法を発動させようとした。


だが、立つ壁が揺れてヨーゼフがバランスを崩す。


哄笑。あの少年のものだ。


軍人たちや暴徒たちの体が、崩れていく。


壁や地面も、えぐり取られていく。


「もう少し、加減を……!」


喚きながら、ヨーゼフは体を跳ねさせた。


少年から離れるように、壁を伝い上へ上へと逃げていく。


屋根の向こうへと、その姿は消えていった。


「逃げてください!」


シーパルが叫ぶまでもなく、軍人たちも民衆たちも少年に背を向けていた。


逃げ遅れた者から、肉体が崩壊していく。


破壊の渦の中心で、少年は哄笑を続けていた。


シーパルの脇を、人々が走り抜けていく。


テラントは、すでにシーパルの背後についていた。


「ルーン・シールド!」


展開させた魔力障壁を、破壊の波のようなものが叩く。


障壁が削られていくのがわかる。

なんとか魔法を維持するために、シーパルは魔力を注ぎ続けた。


留まるよりも、逃げるべきなのだろうか。


だがこの訳のわからない破壊の力が、どこまで拡がるのか不明だった。


もしかしたら、街を呑み込むほどの広範囲の力なのかもしれない。


「『コミュニティ』の奴、なんだろうなあ……」


テラントが呟いている。

ヨーゼフの喚きからして、そうなのだろう。


「シーパル、俺に防御魔法頼む」


背後からの尖った空気に、シーパルは肌が粟立つのを感じた。


「……余り長い時間は持ちませんよ」


「わかってる」


魔力障壁を維持しつつ、シーパルはテラントにも意識を向けた。


「ラウラ・バリア」


テラントの体を、光が衣のように包む。


逡巡することなく、テラントは駆け出した。


防御の魔法を剥ぎ取られながら、少年に近接する。


少年の表情が変わった。

まるで、親に遊んでもらっている幼児のような顔だった。


テラントが剣を振る。


少年の首を撥ねた、ように見えた。


少年の首から上がなくなったのだから。


だが、剣が走り抜けた後には、頭部がある。


ローブの中に、一時的に頭がすっぽりと入ったのだろうか。


亀が甲羅の中に頭部を入れるように。


よくわからない。


少年が、なにか細い物を掴むような手の形にする。

次の瞬間には、剣があった。


手から生えたかのように、シーパルには見えた。


物質転送の魔法ではない。

魔力を感じなかった。


驚くテラントに、少年が斬り掛かる。


後退しながら捌くテラント。

片腕だと、さすがに苦しそうである。


シーパルは二人の側面に回り、まだ動かせる左手を少年に向けた。


テラントが少年の注意を引き付けているためか、破壊の波はシーパルに押し寄せていない。

これなら、攻撃参加できる。


「フォトン・ブレイザー!」


少年は、テラントと斬り結んでいる。


テラントを巻き込まぬように、少年の背中をえぐるように光線を放つ。

かわそうとする様子はない。


光が少年の体を貫いた、ように見えた。


少年のマントやローブの背中の部分は焼き焦げ、腰骨の辺りは消し飛んで見える。


少年の横顔には、いかなる痛痒も感じられない。


突きをかい潜り、テラントが剣を振り下ろす。


少年のローブと、右肩から左脇腹まで裂いていく。


テラントと同時に、シーパルは呻いた。


顕わとなった少年の上体。

人間の体とは違う、得体の知れないなにか。


背中があった。

だが、腹部に陥没しているような形状なのである。


まるでそこだけ、違う人間の体であるかのように。


背中だけ、幼児の時から成長していないかのように。


テラントに斬られたように見えた箇所には、肉も骨もなかった。

上半身が、二つに割れている。


(一体……?)


少年の背中が膨れ上がる。

割れていた上半身が、くっつく。


(この少年は……?)


肉体が変形し、ごく普通の人の体の構造になる。


笑っている。


破壊の波がテラントを襲うのを感じた。


「退いてください!」


叫びながら、シーパルは魔力障壁を再発動させた。


防御魔法が消失する直前で、テラントが魔力障壁の裏に飛び込んでくる。


「いよいよ訳がわからんな……。あれは、魔法じゃないよな」


「当然でしょう……」


あんな魔法があって堪るか、と思う。


では、なにか特殊な能力なのだろうか。


ソフィアという女の、『邪眼』のような。

シーナの力のような。


「身体を変形させる能力? それにしても……」


異常過ぎやしないか。


『悪魔憑き』なのだろうか。

それも、なにか違うような気がする。


「訳わからん。まあ、いいか」


腕の痛みのせいでもあるだろう、テラントの額には汗の玉がびっしりと張り付いていた。


シーパルも、似たようなものだろうが。


「もう一度、防御魔法を。もう一回、突っ込んでみる」


「……正気ですか? ここは一旦退きましょう」


敵の能力が未知数過ぎる。

ここまで人体の構造を無視した相手は、初めてだった。


おかしな、そして強力な破壊の力も持っている。


こんな者が敵にいるとは、想定外だった。


「いやあ……退く方が正しいかもなんだが、結構いけるような気がするんだよな、なんとなく」


「……本気で言ってますか?」


肩越しに、シーパルはテラントの顔を見た。


虚勢を張っている顔ではない。

自信に満ち溢れている様子でもない。


冷静に、なんとなく感じているのだろう。


倒せる、と。


「本気だ。シーパル、お前は、あいつが怖いか?」


「……テラントは、怖くないんですか?」


「ズィニアの方が怖かったかな」


「……」


怖いという感情とは、ちょっと違うのかもしれない。


少年に驚愕している、という感じだった。


「斬れるんですか……?」


「訳のわからん化け物だが、斬れるような気がする。薄っぺらく感じるんだよな、あいつ。なんとなく」


「……」


本当に斬れるのかもしれない。

例え相手が化け物でも。

テラント・エセンツという男ならば。


ズィニア・スティマさえも、殺したのだから。


「……わかりました」


破壊の波は、更に威力を強めている。


それでもシーパルは魔力障壁の強度を保ったまま、別の魔法を発動させた。


「ラウラ・バリア!」


テラントの体を、再び光の衣が包み込む。


「んじゃまあ、行ってみるかな……!」


地面を蹴り付け、テラントが飛び出した。


少年が、また笑う。


少年の手にある剣が、変形していった。


刃が膨れ上がっていくように見えた。


まるで、筋肉が肥大化するかのように。


「なにを遊んでいる、ルイン?」


声。伝わる魔力の波動。長距離転移。


テラントが、大きく後方に跳躍した。


野生の獣が、現れた天敵に警戒するように。


シーパルの隣に、着地する。


ルインというのが、少年の名前なのだろう。


その側、破壊の波の中心に、中年の男がいた。


学者のような雰囲気を持つ、痩身の男。


(……?)


なにかが引っ掛かる。


どこかで、この男を見たような気がするのだ。


違和感を持ったシーパルの横で、テラントは剣を構えている。


ルインを恐れることのなかった男が、全力で警戒している。


シーパルも、戦慄していた。


学者のようなこの男の雰囲気を、シーパルは知っている。


胃袋の中のものが逆流しそうなプレッシャー。


ソフィアという女と対面した時や、ザイアムという大男と対戦した時と同じ感覚。


長距離転移の魔法を使った。

だから、魔法使いなのだろう。


そして、魔力が視えるが故に実感してしまう。


次元が違う。

魔法使いシーパルでは、その足下にも及ばない。


「遊んでいるとは酷いな、クロイツ」


少年ルインが言葉を返す。


名前に聞き覚えでもあるのか、クロイツ、とテラントが呟いた。


「酷いものか。彼らは、危険だ。戦えば、おそらく君が負ける。愚かな遊びだ」


シーパルたちのことを知っているようだ。


そして、評価してくれているようだ。


こちらのことを、一瞥もしないが。


「それに、ハウザードが完成した。本来の役割を忘れていないだろうな?」


「それは……なるほど、遊んでいる場合ではないな」


(……ハウザードが……完成した?)


どういうことなのか。

意味がわからない。


「では、クロイツ」


「ああ」


クロイツという男が手を振ると、少年ルインの足下に魔法陣が拡がった。


長距離転移の魔法陣に近いが、少し違うか。


そして、ルインの姿が消えた。


「さて、君たちだが」


クロイツとやらが、初めてシーパルたちに視線を向けた。


テラントと共に、後退りする。


「ルインを追う、などと考えられたら困るからな」


腕を振り上げた。


テラントと同時に、駆け出していた。

クロイツから遠ざかる方に。


今度こそ、一旦退くべきだ。

そして、よく考えることだ。

このクロイツと、戦うか否か。

戦うとしたら、どうやって。


「イ・グラン・イーツァ」


クロイツが、腕を振り下ろす。

その周囲に、闇が生まれた。

たゆたい、うねり、這うように拡がっていく。


(まずい……!)


これまでにないほどの、強い死の予感。


「ザイン・アーラー!」


シーパルは、魔法を発動させていた。


空間を歪曲させ敵の魔法を届かせない、ある意味究極の防御手段。


シーパル個人で発動させることができる防御魔法としては、最高のものだった。


闇が、のしかかってくる。

隔てた空間さえも、理不尽に侵食していく。


闇は、届いていない。

だが、体を蝕んでいく。


闇が、なにもかもを喰らっていく。


ルインの力で壊された城の中庭に、更なる破壊を重ね、刻んでいく。


シーパルは、歯を喰いしばり耐えた。


闇は、数分間に渡り辺りを蹂躙した。


光りが差し込み、闇が消失した後の光景に、シーパルは絶句した。


干からびた地面以外、あらゆるものが無くなっている。


シーパルもテラントも、膝をついた。


直撃はしていない。

だが、身動き一つ取れないほど消耗している。


クロイツは、もうシーパルたちを見てもいなかった。


東の方を気にしているようだった。


(……興味ないんだ、僕たちのことなんか)


拡がる魔法陣。

長距離転移のものである。


そして、クロイツの体が消え失せた。


「くそっ……たれめ!」


テラントは立ち上がろうとして、すぐに尻餅をついた。


シーパルも、立つ力は残されていない。


(『コミュニティ』には、あんな魔法使いも……)


ドラウは、知っているのか。

対抗手段はあるのか。


その口からは、ハウザードの名前が出た。


『コミュニティ』の目的は、なんだ。


動けない。

グリア・モートのことは、他のみんなに任せるしかなかった。

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