決戦前

サミーの元に、クロイツからまた連絡があった。


『天使憑き』のサムが、『地図』を奪取したらしい。


戦闘は優勢に進んでいたようだが、中断を命じられた。


圧倒的に有利な状況でも、万が一がある。

そして、万が一も許されない。


『地図』の確保に専心せよ、と言うのだ。


奪還されることだけは、絶対に避けよと。


『地図』を奪った時の状況を知りたかったが、サムやダワンダと行動を共にしていたランワゴの言うことは、要領を得なかった。


テラント・エセンツにより顔面を斬り裂かれ、朦朧としているようだ。


意識を失っていた時もあったという。


その時に、サムは『地図』を奪ったのだろう。


ランワゴを通じてサムと会話をしようとしたが、反抗的な態度を取り、まともに話そうとはしなかった。


『天使憑き』たちとは、関係が悪い。


なぜサミーに指図をされなければならないのか、と思っているに違いない。


退却を命じると、反発された。

『天使憑き』のサムとダワンダ、そして、意外なことにドリからだった。


ドリは、年配者であるサミーとガイケルに、逆らったことがない。

いつも追従してきた。


反発したい気持ちもわかる。

戦況を聞いた限りでは、あと一息というところまで敵を追い詰めていた。

だが、万が一も許されない。


クロイツの名前を出すと、全員が従った。


『コミュニティ』において、クロイツの指示は絶対である。


集合を命じた。


みなが集まる前に、ドリと行動していた、ガイケルとシャルルから話を聞いた。


ドリの様子を、どうしても聞きたかったのだ。


ドリの反発は、それくらいサミーにとって意外なことだった。


話によると、人質を取り工場に立て篭もった辺りから、ドリの態度がおかしくなりだしたということだった。


苛立ち始め、大言を吐くようになった。


人質を盾にというガイケルの意見を一蹴し、他の者を出来損ない呼ばわりし、シーパル・ヨゥロとユファレート・パーターを圧倒したという。


まるで、多重人格なのではないかというような、豹変ぶりである。


魔法使いとしても、自分たちと同じ程度の能力しかなかったはずだ。


ガイケルとシャルルが嘘をついている様子はない。


腑に落ちない点が多すぎる。

あとは、当人から直接話を聞くことにした。


ロウズの村の西、王都へ続く街道を望見できる場所に集まった。


オースター孤児院までは、一時間と掛からないだろう。


『地図』は、こちらの手にある。

標高を気にする必要はなくなった。


生き残っているのは、サミー、ガイケル、ドリ、シャルル、ランワゴ、『天使憑き』のサムとダワンダ、兵士が十三人。


シャルルは右の太股を、ランワゴは顔面を負傷していた。


『地図』の確保が、最優先事項である。


見せるようにサムに言ったが、拒否された。


なにを考えているのかは、手に取るようにわかった。


サミーが手柄を全て自分のものにするつもりではないかと、疑っているのだ。


サムとダワンダには、クロイツの元へ帰還するよう命じた。


『地図』を手土産に、いくらでも尻尾を振ればいいのだ。


一応、ガイケルも同道させることにした。


戦力を分ける時には、片方はいつもガイケルに指揮を執らせる。


ある程度の距離までは、念話で意思の疎通もできる。


ガイケルがついてくることについては、サムもダワンダも文句は言わなかった。


これがサミーだったら、また反発したのだろう。


三人が去り、残ったのは十七人。


敵に、戦える者が残っているのか。


おそらく、リンダ・オースター、ティア・オースター、ユファレート・パーターに、戦う力は残っていないだろう。


テラント・エセンツとシーパル・ヨゥロも、重傷を負ったはずだ。


デリフィス・デュラムだけは状態が不明だが、問題ない。


魔法使い四人に囲まれてしまえば、ただの剣士に勝ち目はないだろう。


オースター孤児院を落とす。

サミーは告げた。


嗤ったのは、ドリだ。


ここから、オースター孤児院を消し飛ばしてやろう。


ロウズの村を、地図から消滅させてやってもいい。


『地図』は奪った。

もう、恐れるものはない。


クロイツから、力を授けられた。

出来損ないのお前たちとは違う。

俺だけが、クロイツに認められた。

無尽蔵の魔力が、俺にはある。


そんなことを、嘲笑いながらドリは言った。


シャルルやランワゴの治療をするつもりはないようだ。


確かに、そんな義務はない。

負傷したのは二人に未熟なところがあったからであり、二人の過失だった。


そして、二人とも治癒の魔法くらい使える。


だが、ドリは無尽蔵の魔力があると自分で言ったのだ。


出来損ないと言われても、サミーは堪えた。


ドリに真実そのような力があるのならば、利用しない手はない。


機嫌はとっておくべきだ。

ドリ一人の力でオースター孤児院を落とせるのならば、こんな楽なことはない。


『地図』は奪った。オースター孤児院も消失する。


犠牲は大きくなったが、これでクロイツから与えられた目標を達成できる。


オースター孤児院を攻撃するよう、ドリに命令を出した。

いや、頼んだ。


クロイツからの声が聞こえたのは、その時だ。


まるで、会話を聞いていたようなタイミングだった。


『地図』から空の向こうの物体に接続するための、鍵となる語句を、リンダ・オースターから聞き出せ、と言うのだ。


リンダ・オースターを徹底的に痛めつけてやれば、あるいは子供を一人ずつ殺していけば、彼女は鍵となる語句を吐くかもしれない。


だがこれで、遠距離からオースター孤児院を消し飛ばすという手段は取れなくなった。


ドリは、機嫌を悪くしていた。


無理もない。

楽に終わらせられるところだったのだ。


しかし、クロイツの言葉は絶対である。


なぜドリに力を与えたのか、クロイツに聞きたかった。

だが、聞けなかった。


サミーが出来損ないだから、いらない存在だから。


そんなことを言われるような気がしたのだ。


ドリから言われるのは、まだ我慢できる。


クロイツの口からは、聞きたくなかった。


クロイツからの接続が切れる。


また、違和感があった。


元々は、何百という兵力があった。


総攻撃を掛ければ、オースター孤児院を落とせていたはずだ。


ザイアムの指示のせいで、総攻撃を掛けられなかった。


そして、リンダ・オースターに各個撃破されていった。


戦力は、百人ほどに減り、オースター孤児院にルーアたちが到着した。

それでも、勝てたはずだ。


だが今度は、ルーアだけをおびき出せという命令があった。


ルーアは死んだが、戦力はまた減少した。


『地図』の確保だけにこだわらず戦闘を続けていれば、敵の戦力の大半を潰せた。


そして今、遠距離狙撃という選択肢を失った。


まるで、クロイツとザイアムから妨害されている気分だった。


サミーは、かぶりを振った。


ザイアムには、確かに訳のわからないところがある。


だが、クロイツのことを疑ってはならない。

クロイツの言葉は、絶対である。


ガイケルたちは、西へ向かっている。


あと二時間もすれば、ガイケルと念話で話せなくなる。


ある程度離れてしまうと、使えなくなる能力なのだ。


そして、それだけ距離が開けば、オースター孤児院から追っ手が出ても追い付けないだろう。


『地図』の確保に成功したといえる距離。


追っ手が出れば、必ずサミーたちの近くを通るはずだ。


二時間待った。

追っ手は出ない。


『地図』は、完全に『コミュニティ』の物となった。


サミーは、オースター孤児院への進攻を決めた。


メンバーは、サミー、ドリ、シャルル、ランワゴ、兵士が十三人。


決戦は、午後九時くらいになるか。


問題なくオースター孤児院を落とせると、サミーは思った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


シーパルがオースター孤児院に戻った時には、すっかり日が暮れていた。


ユファレートは、意識を取り戻さない。


運んでくれた村人たちには、帰ってもらった。

間もなく、ここは戦場となる。


シーパルたちから少し遅れて、テラントが戻ってきた。

ティアとリンダを背負っている。


二人をシュアたちに預けると、テラントは倒れた。


負傷した頭に千切った衣服の袖を巻き付けているが、血は止まっていないようだ。


居間に運ばれた。

持ち込まれた寝台に、ユファレートとテラント、ティアとリンダが寝かされ、パナやシュアやミンミたちが懸命に手当てをしている。


さながら、野戦病院のようだった。


シーパルは、治療に参加しなかった。


治癒の魔法には、自信がある。


治療と防御は、自分の役割だとシーパルは思っていた。


だが、役割を放棄して、シーパルは体を休めた。


テラントも、賛成してくれている。


デリフィスが、戻ってこない。

戻ってくるか、わからない。


戦う力が残っているのは、シーパルだけだった。

だから、なにもしない。


わずかに食物を腹に入れると、眼を閉じた。

体力と魔力の回復に努めた。


オースター孤児院の子供たちに、戦わせる訳にはいかない。


ドリや他の魔法使い、兵士たちの餌食になるだけである。


ユファレートは意識を取り戻すと、わずかに回復した魔力でシーパルの足首の治療をしてくれる。

そして、魔力を使い果たし、また気絶する。

それを、何度か繰り返した。


感謝はしたが、礼は言わなかった。

言葉を発する体力も惜しい。


ユファレートも、感謝の言葉を望んではいないだろう。


望むのは、みんなが助かることだけのはずだ。


気配を感じてふと眼を開くと、そばかすの少年がマヨネーズを片手に、シーパルの頭を凝視していた。


シュアに頭をはたかれて、別室へと連れていかれる。


また、眼を閉じた。


時間の流れが、手に取るようにわかる。

午後九時。


(……来る)


三時間の休息が終わった。


外の様子も、はっきりとわかる。

見えない場所でも、どこに誰がいるのか、なぜかわかるのだ。

その感覚が、いつもより鋭敏になっている。


十七人。


立ち上がることができるくらいには、足は治った。

ユファレートのお陰だ。


リンダが、身を起こそうとする。


「あなたは、ここにいてください。僕が、戦います」


「ふざけんな……」


「僕が死ぬまでは、僕に預けてもらえませんか?」


「ふざけんな……あたしの家だ……あたしが……」


言うが、立ち上がることもできないようだった。


シーパルも、一人では歩くことができない。


リンダの息子の一人に肩を借り、外に出る。


丘を少し降った所で、リンダの息子には戻ってもらった。


共に戦うという申し出は、丁重に断った。

足手纏いにしかならない。


短槍を杖代わりにして、待った。

オースター孤児院を目指し、丘を登る者たちがいる。


十七人。

そのうち四人は、同じ顔の魔法使いだった。


一人は顔に裂傷があり、一人は足を引き摺っている。


無傷な魔法使いの片方は、不敵に笑っていた。

ドリ・クリューツだろう。


あのザイアムという男はいなかった。


この身にあるのは、蓄えた三時間分の魔力と体力のみ。


どれだけ不利な状態だろうと、負ける訳にはいかない。


背負っているのだ、仲間たちの命を。


勝手に預かったのだ、仲間の家族たちの命を。


シーパルは、一人で十七人を見下ろした。


◇◆◇◆◇◆◇◆


揺れていた。

ゆっくりと、穏やかに。

なんだろう、この安心感は。


温かく、広く、逞しく。

まるで、寝台に横になっている時のような、揺り椅子でくつろいでいるかのような安らぎ。


薄く眼を開くと、デリフィスの横顔が見えた。


「…………おえっ……」


デリフィスに、背負われ運ばれているところだった。


男の背中から安らぎを得たという事実に、えずくのを感じる。


目覚めると同時に、痛みを思い出した。


胸と、左眼。

特に、胸が堪え難い。


目覚めたルーアにデリフィスが反応した。


「……起きたか」


「……ああ」


状況が、よくわからない。

なぜデリフィスに背負われているのか。


「なんで……?」


「……エスに、お前が倒れている所まで案内された」


「そうか……」


記憶が混乱している。

洞窟を出て、歩いて、あとは、はっきり思い出せない。


デリフィスだけでなく、エスにも助けられたということになるのだろうか。


感謝しなければならないのだろうが、なんとなく少し嫌だったりする。


エスに借りを作るのは、気分が良くない。


「……なぜ、お前は生きている?」


デリフィスに聞かれた。


「……正直、よくわからん……」


あの女に助けられた。

だが、致命傷だったはずだ。

死者を蘇生することは、ストラームにもできない。


曖昧な返答だが、デリフィスは追及しなかった。

実は、余り興味ないのだろうか。


胸の傷が疼く。

口を動かすのも辛い。

それでも、聞かなければならないことがいくつもある。


「……今の……状況は? みんなは……無事か? ザイアムは?」


「俺の知る限り、まだ誰も死んでいない。ただ、しばらく顔を合わせていないから、保証はできない。ザイアムという男については、知らんな。見てもいない」


「そうか……」


痛みで朦朧とする。

瞬きをするたび、眠ってしまいそうになる。


「……デリフィス」


「……なんだ?」


ルーアが話し掛けなければ、デリフィスはなにも話さない。

黙々と歩を進めるのだ。


「なんか喋れ」


「……なぜだ?」


「脳に刺激がないと、眠ってしまいそうなんだ……」


「眠れ。オースター孤児院までは、連れていってやる」


「……眠ったら、もう起きられなくなるような気がするんだよな……」


漠然とした不安がある。


「あと、あれだ……。なんか、男におんぶされて眠るのは、嫌だったりする……」


「……」


「どうせなら、可愛い女の子が良かった……。むしろ、可愛い女の子をおんぶしたい……」


デリフィスが、溜息をついた。


「……俺も、男を背負っても面白くないさ」


「……」


デリフィスの発言が少し意外で、ルーアは閉じかけた瞼を開いた。


「あんたも、そういうこと言うんだな……」


「おかしいか?」


「……いや、べつに……」


ただ、余りデリフィスは、その手の話題に乗ってこない。


テラントなどは、いくらでも乗ってくる。


ティアやユファレートが側にいなければ、卑猥な言葉も飛び交う。


別に、デリフィスが女に興味がないという訳ではないだろう。


街に宿泊する時など、夜に宿を出ていくことがある。


わざわざ誰も問い質したりはしないが、意味はみんなわかっているだろう。


女は必要であるが、恋愛や人付き合いは煩わしい、デリフィスはそう考えているのではないか。

少し、特殊かもしれない。


「……あんたの母親って、どんな人だ?」


「……なぜ、そんなことを聞く?」


「いや、なんとなく……」


原因は、過去に付き合った恋人や、身近な女性にあるとみたのだ。


デリフィスは、また溜息をついた。


「……べつに、普通の女だった。普通の傭兵だったな」


「……普通の女は、傭兵なんてしない……」


デリフィスが、立ち止まった。


「……言われてみれば、そうかもしれんな」


また、歩き出す。

振動が、いちいち傷に響いた。


「……過去形だったな」


「死んだ」


「ふぅん……」


べつに、謝る必要はないだろう。

心に傷を抱えているようには思えない。


家族だろうと友人だろうと、死は死として受け入れる男に違いない。


謝られたりしたら、逆に困るはずだ。


「……実は、マザコンだったりするか?」


「多分、違うだろう」


「……ロリコンだったりするか?」


「それもない」


「じゃあ……」


「さっきから、なにを聞いている? なにが目的だ?」


「眠気覚まし」


「……」


ついでに、どうせなら色々掘り下げてやろうと。


「……ユファレートのことはどう思う? 女として」


デリフィスは、またまた溜息をついた。


「……お前は、どう思う?」


「俺にとっての、世界三大美女」


「……」


ルーアは即答した。


ちなみにあとの二人は、ルーアが所属していた『バーダ』第八部隊隊員のレジィナであり、『コミュニティ』のソフィアだったりする。


「俺は言ったぞ、デリフィス。次はお前の番だ。あー、傷が痛え……」


観念するかのように、デリフィスは溜息をついた。


「美人だとは思う。ティアもな」


「……オースターも?」


「意外そうな顔をするのは、お前だけだ」


「……」


なんとなく、一本取られたような気分になっていた。


「あーっと……じゃあ、あれだ。二人に対して、男として、こう……なったりしないのか?」


「ないな」


「……なんで? 美人だと思うんだろ?」


デリフィスは、顔立ちが整っている。


これで性格が良ければ、靡かない女もそうはいないだろうと思う。


「気持ちが向いていない相手を、どうこうしようとは思わん。向かせようとも思わない。今後、向くこともないだろう」


「気持ちの、向きねえ……」


「ユファレートは、ハウザードだろう?」


「あー……それは確かに……」


ユファレートの心の中には、常にハウザードがいる。


ハウザードの真実を知っても、それは変わっていないだろう。


「ティアも……まあ、あれほどわかりやすい女も、そうはいないだろう」


「……あん?」


「わかっていないのは、お前だけだ」


「……あん?」


「……」


何度目になるか、デリフィスは溜息をついた。


会話が途絶えると、途端に眠気が襲い掛かってくる。


「えーっと、じゃあ……」


「美醜も年齢も、俺は気にしない。もういいだろう? 黙れ」


先手を打つように、デリフィスが言った。


「なんか喋らねえと、眠ってしまいそうなんだよ……」


「黙れ。寝ろ。死ね」


「死ね!?」


「……暴言だった。すまんな。余りの鬱陶しさに」


「あー……なんか楽しくなってきた」


「……」


「……えーっと。年齢を気にしない、気持ちが向いていればいいということはだ……」


「……」


「……十歳の女の子とかに、好きとか言われたらどうするんだ?」


「……十年経ってから、考える」


「……」


なにか、違う気がした。

普通は、子供の言うことだと軽く受け流すものではないだろうか。

つまり、本気で取り合わない。


だがデリフィスは、十年経過してからと言った。


ある意味、とても真面目なのかもしれない。


確かデリフィスは、シーパルよりは一つ年上、テラントよりは五つ年下だったはずだ。

今は、二十二歳か。


想像してみた。

二十二歳のデリフィスと、十歳の女の子が並んでいる姿を。


「……ロリフィス」


呟いた瞬間、雪の中に放り投げられた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ロウズの村から西へ続く街道を、三人の男たちが歩いている。

山間部であり、他に人影はない。


確認して、彼女は三人の前に立ち塞がった。

警戒する空気が伝わってくる。


三人とも、魔法が使える。

だから、彼女が瞬間移動の魔法を使ったことは、わかるはずだ。

簡単な魔法ではない。


一人が、前に出た。

少し額が広いくらいしか特徴のない、地味な男である。


ガイケルという名前であること、そっくりな外見の者が他に四人いることを知っている。


彼は、同一人物ではないかというくらい似ている他の者と、離れていても意思の疎通ができる。


だが、その能力には使用制限距離があるはずだ。


他の者がどこにいるか、彼女は把握していた。

能力を使用できる距離ではない。


これからここで起きることは、サミー・ロジャーには伝わらない。


「何者だ? 女よ」


答えず、ガイケルの後ろに控える二人に、彼女は眼をやった。


サムとダワンダ、兄弟であることも、『天使憑き』という存在であることも、知っている。


体格は中肉中背か。

厚い防寒着に、目深に被ったフードで、それ以外の特徴はよくわからない。


サミー・ロジャーには、伝わらない。


だが、クロイツは視る。

それは、数時間後か数日後か。


ここに彼女が現れたことまでは、クロイツに知られても構わない。


「お前は、誰だと聞いている」


苛立った様子のガイケル。


「マリアベル」


名乗った。

ややあって、男たちが動揺し始める。


「わたしは、マリアベル。あなたたちが、『魔女』と呼ぶ女よ」


そして、彼女は微笑んだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆


空間に穴が開き、足首が生える。

ゆっくりと向こうの空間から押されるように、膝が、腿が、腰が出てくる。

未熟で稚拙な転移。


再び現れたロンロ・オースターは、今度は両足の裏で着地した。


「……はぁ……、やっと来れた……」


「去れ」


短く言って、クロイツは魔法陣を展開させた。


自分の足下と、ロンロ・オースターの足下。

強制転移発動のための、魔法陣。


「ああ、待ってくださいってば! 話くらい聞きましょうよ! 絶対有意義な話ですからぁ!」


喚くロンロ・オースターに、クロイツは眼を細めた。

少し苛立っている。


ビビラの街の地下迷宮に設置されていた装置の解析に取り掛かって、約五ヶ月。


あと一息というところまで来ているのだ。


この爽やかにも頼りなさ気にも見える青年に、構っている場合ではない。


「えっとですね、えーっと……」


「一言」


「……え?」


「まず一言だけ、発言を許してあげよう」


構っている場合ではないが、興味がない訳でもない。


ロンロ・オースターは、クロイツやソフィアにどんな話を持ってきたのか。


交渉のカードは、如何なるものなのか。


「よく吟味して、発言したまえ。価値ある話だと思えたら、続きを聞いてあげよう。つまらない一言だったら、君という存在の意味を、この世から消失させる」


「うええ……プレッシャーだなぁ……」


「それが、一言かね?」


「いやいやっ! 違います! えとですね……」


慌てた素振りのあと、軽薄そうな愛想笑いを浮かべる。


「降伏します」


「……なんと言った?」


つい、聞き返してしまう。


ロンロ・オースターに見向きもせずに、床に座り体を休めていたソフィアも、顔を上げた。


「だから、オースター孤児院はあなた方『コミュニティ』に、降伏すると言ってるんですよ、クロイツさん」


「……話を、聞こうじゃないか」


微かに、クロイツは笑っていた。


面白い、と思ってしまった。

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