背負う強さ

戦闘は任せる。そう言ったはずだが。


「……ったく」


ルーアは、溜息をついた。


たまに人に頼ると、これだ。


床に手をついた。


「ヴォルト・アクス」


接近戦用の電撃魔法。


効果範囲は絞られるが、威力は上位電撃魔法に引けをとらない。


電撃が床を走り、背後から襲い掛かってきていた兵士たちを焦がし尽くす。


それは、見ないでもわかった。


おかしな感じだった。


気持ちが、変に落ち着いている。


なにからするべきか、優先順位がはっきりと頭に浮かぶ。


まずは、ティアの状態の確認だろう。


新しい外傷はない。


表情が、苦悶に歪んでいることもない。


疲れ切って熟睡している感じだった。


「……お前が、『塔』を止めたって?」


消したように見えた、とテラントは言った。


「ンなわけあるか」


ただの人間に、究極の古代兵器、『ヴァトムの塔』を止める力などあるはずがない。


正常に起動しなかった。

操作を誤った。

壊れていた。


止まった理由は、その辺りだろう。


水溜まりに足を突っ込んだような音がして、ルーアは舌打ちした。


優先順位の最上位に、敵の撃退という項目が浮上する。


立ち上がり、振り向いた。


さすがに、座って戦える相手ではない。


バラクが、笑っている。


(半数が、こっち来たんだが)


仕方ないのか。


重傷者と、気絶した女。


真っ先に狙われるのが普通だろう。


テラントはレオンと、デリフィスはダリアンと戦っている。


援護は望めない。


バラクが、掌を向ける。


「あの時と同じだ。正面からの、力勝負」


光がバラクの手の先に集い、膨張した。


「……」


診療所でのことか。


ルーアも、無言で右手を上げた。


「いや、違うか。お前は、あの時よりもさらに弱っている」


光が、帯状に伸びて向かってくる。


ルーアも、少し遅れて光を放っていた。


魔法がぶつかり合い、衝撃が体に伝わる。


押されている。


だが。


(馬鹿が相手で良かった)


心底そう思う。


遠距離から、細かい魔法やあの触手で攻撃されていたら。


今のルーアの状態で、ティアを庇いながらでは、為すすべもなく敗れていただろう。


わざわざ真っ向からの一発勝負とは、チャンスを与えられたようなものだ。


のしかかるような圧力。


熱気。


体がのけ反りそうになる。


歯を軋ませて、ルーアはそれに耐えた。


「……てめえの言う通りだ。あの時とは、全然違う」


ルーアは、言葉を吐いた。


光が弾ける轟音で、バラクに届きはしないだろう。


今度は、バラクの背後には誰もいない。


遠慮なく全力を奮える。


ティア。


弱いくせに、逃げなかった。背負った。


街の人たちに犠牲が出たことを、気に病んでいるのだろうか。


そこまでの義理や責任はないだろう。


どう考えても、悪いのはダリアンたちだ。


それでも背負うってんなら。


(今回ばかりは、俺も背負ってやる!)


負ければ、ティアも死ぬことになる。


背中を、押された気がした。


勝手に出力が上がっていく。


そして、勝手に叫んでいた。


さらに、意思を込めていく。


光が、バラクの魔法を貫いていった。


息が詰まるような音が響く。


空気の振動に、鼓膜が痒くなる。


陽炎で、視界が歪んだ。


「……なん……で……?」


光が消えた先、バラクが呆然と呟いている。


体の中央を狙ったはずだが、いくらかずれてしまった。


頭部と、左腕、両足がなんとか繋がっている状態。


それ以外は、消し飛んでいた。


「俺が……なんで……?」


なにか言ってやろうかとも思ったが、格好がつく台詞が浮かばない。


バラクに背を向けて、ルーアはまた、ティアの側にしゃがみ込んだ。


ぱしゃ、と水風船が割れるような音がした。


バラクが息絶えたようだが、あまり関心はない。


「……おい、オースター」


呼び掛けながら、ティアの頬を軽く叩く。


その寝顔。


意識はない、ように見えた。


今が好機、かもしれない。


「……貧乳」


呟いてみる。


反応はない。


「……童顔。……幼児体型」


実際には気にするほどではないと思う。


だが、ティアにとってはコンプレックスであるらしいことを、述べていく。


いつもなら、彼女はこの手の単語に過剰に反応するはずだ。


今は、まったくの無反応。


間違いなく、意識はない。


テラントやデリフィスに眼をやる。


二人とも、戦闘に集中していた。


どんな地獄耳をしていようとも、小声なら聞こえることはないだろう。


一度、ルーアは咳払いをした。


覚悟を決める。


「……悪かった、ごめん」


言い終えた途端、変な汗が吹き出し、体温が上がった。


言い慣れないことを、言うものではない。


(なんで、こんな苦労しないといけないんだ……)


馬鹿馬鹿しかった。


それでも、ユファレートとの約束は果たしたことになるはず。


間違いなく、ティアに謝った。


これで、絶交されることもないだろう。


ルーアは、額の汗を拭った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


デリフィスは、ダリアンと剣を合わせていた。


今回の一件は、この男が元凶らしい。


たしかに強い。


だが、常識的な強さだった。


背筋が凍るような雰囲気でも、度肝を抜くような剣でもない。


どうとでもなる。


強振したデリフィスの剣に、ダリアンは体勢を崩した。


(この程度なのか?)


だとしたら、次で終わりだった。


これ以上長引かせる意味はない。


踏み込み、剣を振る。


ダリアンの体を、袈裟斬りに薙ぐはずだった。


「……!?」


見失った。ダリアンの姿を。


捜す前に、デリフィスは前方に跳躍した。


姿が見えないということは、死角に入られているということだった。


視界に収めている前方が、最も安全なはず。


「はっ! ははっ! ははははははっ……!」


笑い声がした。


左手の方向。


三十メートルは離れた位置に、ダリアンがいる。


額に手をやり、天を仰いで笑っていた。


「はぁ……、ったく」


憐れむような眼。


自身を憐れんでいるように、デリフィスには見えた。


「ひでえ組織だよなぁ。ルーアを殺せ。と見せかけて、リトイを消せ」


ダリアンの雰囲気が変わった。


デリフィスは、剣を構えなおした。


「けど、それも嘘。『塔』を起動させろ。ところがだ」


円錐を仰ぎ見た。


隙だらけである。


どうせ、瞬時に詰められる間合いではないが。


「三百五十年ぶり。焦らすに焦らして、女一人に向かって発射。おまけに、死にもしない」


「……」


「……なにがしたいんだ、『コミュニティ』は。……結局、俺も駒に過ぎないのか」


仕掛けられない。


ダリアンがなにをしたのか、わからない。


「ああ、そうか。そうだよな。しばらくは、駒扱いされてやるさ」


眼に、力が戻る。


「……お前、強いなぁ。だから、俺も本気で行かせてもらう」


(……来る)


それを感じた。


そして、本能が告げる。


このままここにいたら、死ぬ。


左に跳んだ。


ほぼ同時に、ダリアンの姿が霞む。


体の近くを、なにかが通り過ぎた。


「……っ!?」


痛みがある。


どこだ。


眼には、ダリアンの姿を追うという役割がある。


体の感覚で負傷箇所を捜した。


右足の大腿部を斬られたようだ。


そこまでは深くないだろう。


動脈には達していない。


「まずは、逃げ足を潰させてもらった」


ダリアンは、これまで背後だった場所にいた。


「……なるほど」


今度は、完全には見失わなかった。


少なくとも、影だけは見えた。


「その靴か」


ダリアンが履くブーツに、灰色の線が入って、文字を描いている。


古代語だろう。読めないが。


「魔法道具による、超高速移動……」


「……たいしたもんだ。その様子だと、見えていたみたいだな」


ダリアンは、心底感心したように言った。


「そうだ。このブーツは、魔法道具『隼の翼』というらしい。銘はだっせぇが、効果はこの通り。とても、応戦できる速度じゃないだろ?」


「魔法道具に頼るのが、お前の本気か……」


「負け惜しみにしか聞こえねえなぁ」


たしかにそうだった。


ただし、負ければである。


また、ダリアンの姿が消えた。


床を転がるように身を投げ出して、デリフィスは避けた。


いや、逃げた。


ダリアンが、突風のように通り過ぎる。


右足の痛みを無視して、すぐに立ち上がった。


(突進は、ほぼ直線。いや、ステップに変化をつけて、わずかにフェイントを入れているか?)


先程よりは、見えた気がする。


次の攻撃も、デリフィスは床を転がりかわした。


体勢を崩していることになるが、直後の追撃はなかった。


(速過ぎて、連続で攻撃を仕掛けられない)


ダリアンも、いちいち体勢を崩すようだ。


そして、一度の交錯で斬りつけられるのは、一回のみ。


極限に近い速度。


それ故、全ての剣の技術は死んでいる。


魔法道具に振り回されていると言ってもいいだろう。


これも、負ければただの負け惜しみだった。


敗者の弁にしかならない。


デリフィスは、床をしっかりと、両の足で踏み締めた。


今度は、逃げるつもりはない。


普通ならば、眼で捉えられない速度。


普通ならば、応戦できない速度。


それがなんだ。


眼を凝らせ。


肌で感じろ。


神経を尖らせろ。


極限まで、集中しろ。


剣筋を、読み切れ。


ダリアンの姿が消えた。


いや、決して消えてはいない。


感じたままに、剣を動かした。


火花が弾けて、デリフィスはたたらを踏んだ。


さすがに、右足の負傷で踏ん張りが利かない。


「……まぐれにしちゃ、やるじゃねえか」


剣を合わされ、ダリアンは動揺しているようだ。


少しだけ、狂いが生じた。


眼で捉えた、ダリアンの姿。


感覚で捉えた、ダリアンの姿。


そして、それを迎え撃つ剣の動き。


全てが、僅かにずれた。


それは、次で修正すればいい。


もっと、集中しろ。


「次だ」


呟く。


ダリアンが、顔を引き攣らせた。


消える。


それは錯覚。


ほとんど見えないだけ。


たしかにそこにいる。


今度は、たたらを踏むことはなかった。


剣を合わされ弾かれたのは、ダリアンの方だった。


「……冗談だろ……? ンなバカな……」


ダリアンの頬を、汗が伝う。


顎から滴り落ちた。


「次」


そろそろ、受けるだけではなく、反撃させてもらう。


「あああっ!」


ダリアンの姿。


もう、見失うことはない。


大振りはするな。


最短の距離を、最速で振り抜け。


踏み込む。


剣の先に、微かな手応え。


赤い血が、散った。


ダリアン。


左肩から、血が流れている。


捉えた。


だが、浅い。


「踏み込みが……」


半歩だけ甘かった。


「次」


それで、決める。


刃が、曇り空を映した。


◇◆◇◆◇◆◇◆


接近しても、魔法で逃げられては意味がない。


テラントは、無闇に近付くことはせず、枝を剣で払い続けた。


脇腹が痛む。


長期戦は不利。


だが、焦りは禁物だった。


いつまでも防がれることに我慢できなくなったか、枝の先に光が点る。


(来た!)


後退して、光線をかわしていく。


流れ弾を魔法で防いだルーアから、罵声のようなものが飛んできた。


自力で、バラクは撃退したようだ。


たいしたものである。


おかげで、眼前の敵に集中できる。


飛行や瞬間移動は、かなりの魔力を消耗するらしい。


他の魔法を使った直後ならば、発動できないはず。


光線をやり過ごすと、テラントは体勢を低くして突っ込んだ。


枝が、迎撃しようと拡がる。


レオンの顔面を狙って、テラントは短剣を投げた。


やはり、かなりの枝が戻り、それを遮る。


レオンの攻撃が甘くなった。


途中の枝を左手の剣で斬っていく。


攻撃に転じようとしたのだろう。


枝の隙間に、また顔が見えた。


そこへ、短剣を投じた。


また、枝が防ぐ。


中途半端な攻撃を仕掛けてくる枝は、剣で払っていった。


あと少し。


それで接近戦となる。


左手の剣も投げた。


何本もの枝を斬り飛ばし、だが叩き落とされた。


近接。


魔法道具を抜いて、振り上げた。


残った何十もの枝が、盾になる。


全てを斬ることは、できそうになかった。


途中で止められる。


後頭部を狙って、枝が回り込んできているのは、わかっていた。


魔法道具からは、まだ光は出ていない。


腕を振り抜いた。


「なっ!?」


枝の束は、レオンの頭上。


テラントの魔法道具は、レオンの脇の下。


そこで初めて光が発生し、剣の形となる。


「へっ!」


凶悪な顔貌になる。


それがわかる。


手間掛けさせやがって。


光の剣を振り上げる。


レオンの上半身が、二つに割れた。

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