第29話 規則二十八条 襲来者現る
「秋一せんぱーい! お昼食べましょう! お昼ですよー!!」
二年の教室前で、そう叫ぶのは、昨日突然告白してきた鳴神琴音。
突然の事で皆あっけに取られてる。
「先輩先輩、琴音お弁当作ってきました」
入り口で小さく手を振る姿は妹が出来たみたいで可愛い。
廊下の空気とは違いクラスの中は半分殺気が満ちてる。
『おい、何であいつばっかり』『早くも浮気か』『三角関係キタコレ』『明日から近藤をお義兄さんと呼ぼう』周りからおかしな声が聞こえてくる。
俺の隣の久留米が小さく笑っている。
「近藤先輩、僕も一緒にお弁当食べたいな」
琴音のしゃべり方を真似て俺にいう久留米の頭を軽く叩く。
「馬鹿か、部室かりるぞ」
「ああ、俺も後でいく」
短い会話をし、アヤメさんを誘う。
「アヤメさんいこっか」
「はい」
「お待たせ。それじゃちょっと場所離れようか」
「綾芽先輩も一緒なんですか?」
ちょっと不満そうだ。
「いやですか? 私は琴音さんとご一緒できてうれしいですよ」
一緒にいて嬉しいと言われ、嬉しいような困ったような複雑な表情を浮かべてる。
「そんな顔すんなって、後でアイツもくるっていうからさ」
席に座って事務作業をしている久留米を指差す。
「う~ん。先輩だけで良かったのに、しょうがないですね」
「ほら、納得したならいこういこう」
このまま此処に居たらクラスメイトに刺されそうだ。
俺たちは新聞部の部室に入り弁当を広げる。
当然のように俺は手ぶらだ、だってアヤメさんが作ってくれるんだもん。
「先輩、琴音今日お弁当を作ったんで食べてください」
小さなお弁当箱が二個見える、そのうちの片方を俺に差し出した。
片方を受け取りフタを開ける、見た目は普通のお弁当に見える。
「あれ、思っていたより普通のお弁当だ」
「秋一先輩それ酷い感想です」
「綺麗にまとめられてます。琴音さんが作ったんですか?」
褒められて嬉しいのか両手を腰に当ててる。
「でしょでしょっ、さすが綾芽先輩わかる人にはわかるんですよ」
「いや、フタを開けると真っ黒こげってのを覚悟していただけだからさー別に文句は言ってないよ。それにしても可愛いお弁当箱だな」
小さめの弁当箱を見ながら、あわてて弁解することに。
「綾芽先輩も秋一先輩に作ってきてるんですよね」
「私ですか? はい、こちらに」
見るとアヤメさんも小さなお弁当箱を俺に差し出した。
「あれ、アヤメさんのお弁当箱も小さい?」
いつも俺のために大きいお弁当箱を用意してくれてたのに、今日は小さいお弁当箱を俺に差し出す。
「よかったー」
突然の声で琴音のほうを振り向く。
「何が?」
「もう、秋一先輩はわかってないですねー。綾芽先輩もお弁当を作ると思って私、小さいお弁当箱にしてきたんですよ」
反対に座るアヤメさんを見る。
「約束でもしてたの?」
「いえ、私も琴音さんが作ってくると言っていたので秋一さんのお弁当箱を小さくしてみました」
こんな幸せあって良いんだろうか、これなら男子に刺されても文句は言えない。
「よし、俺が今から刺してやろう」
部室のドアを開けて久留米と五月雨が入ってくる。
「俺の心の声を読むな、それにしても早かったな。紹介するよこっちが……」
俺の声を五月雨が手で遮断する。
「あれだけ騒いだら誰かすぐわかるよ。あたしは五月雨さつき、同じポニテの仲間だね。よろしくね」
「んで俺がここの部室管理をしている、新聞部の久留米翔よろしく、近藤が出て行った後の教室はすごかったぜ、思わず何枚か写真をとった所だ」
「あ、やっぱし」
「隣おじゃまするよー」
琴音の隣に五月雨がすわり、俺の真正面に久留米が座る。
「あたしもお弁当なんだーお弁当パーティしよう」
五月雨のお弁当は男子が食べるような大きさで中身は肉ばっかりが見える。
「五月雨先輩のお弁当凄いですね……そのお肉もらってもいいですか?」
琴音が五月雨のお弁当からお肉を取り、五月雨は琴音とアヤメさんのオカズを貰いと女子ならではの光景が目の前で起きている。
「あら、秋一さんと久留米さんどうされました?」
アヤメさんが声をかけてくる。
「いや、なんていうか。これって男がやったら気持ち悪いなと思って」
俺の言葉を待ってましたとばかりに久留米が乗ってくる。
「近藤くーん。お弁当おいしそう僕のおかずと交換しよう?」
俺もそれに乗ってみる事にした。
「久留米くんのお弁当もおいしいそう!」
俺たちの漫才をみて周りの女性が笑う。
「先輩方面白いですね、よかったら今度も一緒にお昼いいかな?」
笑ったために目に少し涙を浮かべてる琴音がお願いをしてくる。
俺たちは別に断る理由もなにもない。
「琴音はいいのか? 俺たち二年と一緒で」
「はい! さすがに毎日はこれないけど、琴音先輩方が好きです」
「可愛い! この子もって帰ってもいい?」
五月雨が琴音の頭を抱いている。
「ちょっと。苦しい! 苦しいってば」
俺たちは再び笑いあうのであった。
あれから幾つかの日が達、文化祭まで後数日になった。
校内ではクラスメイトに着物も全部手配し、他クラスに配るチケットも配り終わった。
着物喫茶の準備も佳境に入りすべて順調だろう。
この数週間で俺達は琴音を含む、久留米、五月雨、アヤメさんという五人で数日に一回はお昼を一緒に取り、以前より仲良くなった。
琴音のトゲトゲしさもなくなり、今では俺を放って、五月雨とアヤメさんにべったりくっつく事もある。
告白された俺としては少し悲しいが、変な三角関係よりはいいだろう。
ちなみに久留米が琴音にその事を言うと『アヤメ先輩には中々勝てませんが、秋一先輩には自然体の琴音を好きになってくれればいいです』との事。
すべてが順調とは行かなくてもこれなら問題は無さそうだ。
しかし、大きな問題を抱えた俺はいよいよ会議をする事にした。
俺は先延ばししていた問題を片付けるためにアパート住民に重大発表する。
「緊急会議でーす」
夜になり一同を食堂に集めて声を張り上げる。
「どしたん、シューイチ君」
「何が問題でもあったのか?」
食後のデザートを食べ終わった二人、マルタと八葉が聞いてくる。
「文化祭まであと三日になりました」
「うんうん。ウチも八葉つれて遊びに行くさかい、楽しみやわー」
「さつきおねーちゃんに誘われたからな」
「それは順調なんですが、問題を先送りというか見なかった事にしてた問題がありまして」
一呼吸置いて発言をする、皆を集める前に事情を話したアヤメさんはニコニコしている。
「明日、俺の母親がここに着ます」
「私は会うのは楽しみです」
横のアヤメさんが喜んだ顔をしている。
「ほー。シューイチ君の母親かー、楽しみやなーって、なんでそんなイヤな顔してるん?」
「皆を紹介しないといけないからです」
俺はテーブルに両手を付いてうな垂れる。
「頼むから変な事だけは言わないようにして、あと問題ないと思うけど俺の母親の前で力を使わないで……」
「なんやー、そんな事いわれんでも大丈夫や」
「風呂からマルタの部屋まで毎日窓から出入りしてるじゃないですか……」
「あーあれか、普段からある程度力を使わないとなまるねん。丁度いい発散なんだけどなー、あれを止めるとなるとストレスがたまりそうや」
残念そうな顔をしている。
「ふん、その点僕は大丈夫だな」
八葉は満足そうな顔をしている。
「八葉も夜中に岩を持ち上げて特訓してるじゃないか……」
「馬鹿! あれをしないと力が有り余って寝付けないんだ、あれを止めたら僕はどうやって寝るんだ」
「まぁ皆さん少しの間ですし我慢しましょう?」
アヤメさんが二人をなだめる。
「アヤメさんもお風呂に入った時に浴場を凍らせて遊ぶのは数日我慢してください」
「えっあの、その、私も力の暴走を抑えるためにタマにですよタマに、けしてストレスとかじゃなくてですね」
赤い顔で訳を言ってくる、俺の知ってる限りではここ一週間は毎日最後にお風呂に入り一人雪祭りをしてるはず。
「なんや、アヤメもそこそこストレス発散してるんやな」
「おねーちゃん……」
「ん? シューイチ君なんで浴場の事しっとるんや? 覗きか?」
「シュウお前、ちょっとこっちに座れ」
「え? え? 秋一さん、覗いてらしたんですか」
三人の疑惑の目が俺に集まる。
「まてまてまて、誰か覗きだ! 俺だって覗けるなら覗きたい!! じゃなくて、アヤメさんの場合、翌日まで雪や氷が残ってるんだよ、最初は少なかったんだけど最近は浴場を洗うのに最初にお湯で溶かす作業からなんだ」
「すみません」
横にいるアヤメさんが小さくなる。
「いやいや、まだ残暑が厳しいから俺は涼しくていいんだけど。万が一もあるから数日抑えてねって話、二日ぐらいと思うし少し不便と思うけど宜しくお願いします」
皆に向かって頭を下げる。
なんせ、人間なのは俺一人、いくら管理人といっても立場上問題があったら俺のほうが切られるのがオチだ。
今の規則はアパート内はいくらでも力を使っていい事になっていし、三人が拒否すれば俺のほうが出て行かないといけない。
マルタが関心した目を向けてくる。
「ほー……下げれる時に下げる頭を持つって事はいいこっちゃ、よしウチは別にええで」
「そうだな、少し窮屈だが、数日の事だ僕も我慢しよう」
「私も大丈夫です」
「助かります」
俺は三人に再び頭を下げる。
「問題が解決した所でや、シューイチ君の母親が泊まる部屋はどうするん?」
「あー一応俺の部屋に泊まらせようかと思ってます」
「親子水入らずやな」
「そーなりますかね」
「シュウの親は明日の何時ごろくるんだ?」
「俺の学校があるの知っているから夜かな。次の日に文化祭を見てトンボ帰りじゃないかなー……」
「アヤメーシューイチ君のお母さんに挨拶するんやろ? 息子さんを私にくださいって」
きょとんとしていたアヤメさんの顔が見る見る青ざめる。
「どうしましょう! もし反対されたら!」
「多分俺の母なら反対はしないと思いますね、そしてマルタ……頼むから明日はおとなしくして」
俺の言葉なぞ何処吹く風の顔をしている。
緊急会議も終わり三人と別れ、明日に備えて早めに布団に入る。
約ニヶ月前に分かれた母親の顔を思い浮かべる。
「のほほんとした顔しか思い出せないな」
一人暗闇で苦笑する。
次の日は俺は働きに働いた。なんていったって文化祭は明日だ。
アヤメさんも朝から張り切っている。
琴音が教室に突撃してきたり、加賀見坂先生の着物姿でファンクラブが増大したり、久留米が販売用の写真を落としたりして色々あった一日だったか、学校のほうは終わった。
「疲れたー……」
俺とアヤメさんは二人っきりで歩道を歩く、他のメンバーはいまだ学校だ。
「私も少し疲れましたね」
「でも、こっからまた疲れるんだよね、俺の親来るし」
「あら、私は楽しみです。それよりも嫌われないか心配です」
「いやいや、それは無いよ。うん」
雑談をしながらアパートに帰る。
「ただいまー」
「戻りました」
それぞれ自室に戻り作業を始める。
マルタは珍しく今朝からアルコールを絶ってくれてるし、八葉もさっきまでトレーニングをしていたのでおとなしい。
台所から鼻歌が聞こえるのはアヤメさんだろう。
「もう、何も料理を豪勢にしなくてもいいのにな」
俺は誰にも聞こえない独り言を言いながら熱心に玄関を磨く。
手を抜いていたと思われたら、いやだもんな。
玄関前に車の音が聞こえる、会話からしてタクシーだろう。
アヤメさんが台所から出てきて俺と一緒に玄関で待機する。
八葉とマルタは食堂から顔を出し、覗き込んでいる。
玄関のチャイムが鳴る。
「はいはいー今開けますよ母さ……ん?」
そこには、白い髪をまとめ白いブラウスに黒いデニムを履いた女性が立っていた。
「お母様!?」
俺の後ろでアヤメさんが叫ぶ。
そう、確かに母は来た。
アヤメさんの……。
「えっ!?」
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