第21話 規則二十条 将来の考え
「いやー食べた食べた」
夕暮れから夜に掛ける空をバルコニーから見ながらお腹をさする。
「美味しかったですわねー」
「どや、最高だったろ」
覚えてるだけで三回目のどやだ。
俺の横に二人が並んでくる。
「改めて、マルタ。島に連れてってくれてありがとう」
目をキョトンとしている。
「なんや突然」
「いや、ちゃんとお礼言ってなかった気がしたし数ヶ月前の俺ならこんな事全然考え付かなかったからさ、アヤメさんにも会わなかったら下手したら今頃俺、アマゾン川で泳いでる所だよ」
「そっか、なんにせよ有難うな。ウチも楽しい夏を過ごさせてもらってる」
「私もです」
「所で残る二人は?」
「あっち」
首で教えられたほうを見ると、椅子にすわって懸命に焼トウモロコシの早食いを競争していた。
「リスか」
俺の言葉で二人とも笑う。
「シューイチ君って高校二年やろ? 受験はするん」
突然の事で驚くが素直な気持ちを述べる。
「突然な、そーですねー。特にやりたい事も無いので大学は行かないかもしれません。親のコネで親の会社もと思ったけど、俺の家の両親なんの仕事してるかよくわからないんだよね。」
「それニートまっしぐらの思考や」
白い目で見られて反論が出来ない。
「そういうマルタだって……」
「そやな、此処まで深く関わってるんだし少しぐらい話してもいいか。ウチな妖怪専門の国際警察の一人なんよ」
「へ?」
驚く俺とは対照的にアヤメさんは普通の顔だ。
「アヤメの父親もそうや。主な仕事は妖怪絡みの犯罪や事件、勿論命を落す事もあるし楽な仕事ではないで。ま、そうは言っても最近は平和なので事件も何もないけどな。シューイチ君も将来どうや? 別に大学など関係ないで」
「へえええええええ、何時も酒飲んでるだけの人じゃなかったんですね」
「前にもチラッと言ったとおもうんやけど」
白い目で見てくる。
「冗談と思ってました」
なんでやねん! と強力な突っ込みを返される。でも正直そんな道があるとは思ってなかった。
「アヤメはどーするん?」
「そうですね。妖怪専門の介護などを考えていて簡単な治癒なら出来るようになっています。他にも、料理の道も目指して見たいですし」
「まぁこっちは、将来誰かのお嫁さんなれば問題ないわな」
アヤメさんの話を話半分で打ち切りこっちを見てくる。期待に添えられるか心配になってくる。
「もう、私も結構悩んでいるんですよ!」
「さて、今日はもうそろそろお開きにして自由行動や。疲れてるはずやし、はよ寝るんやで、ウチは少し泳いでくるさかい」
「夜の海を?」
「そや、星空の光で気持ちいいんやで」
空を見上げると遠くのほうで星空が綺麗に見える。
「うわー……あっちじゃ見れないほど綺麗な星空ですね」
「そやろ?」
「俺は部屋から星を見ることにするよ。アヤメさんは?」
「そうですね、では私は少し此処で星空を見てから部屋にいきますね」
俺は二人と別れ、以外にもトウモロコシ勝負で負けたテンと勝者の八葉に声をかける。
「八葉~テン。先にねるぞー」
「ん? ああ、シュウ。おやすみー」
「ま、まけた……悔しい。あ、お休み」
部屋に入って布団に倒れこむ。先ほど聞いた将来の話が頭を過ぎる。
「妖怪専門の組織か、俺はどうしたらいいのかなー……」
アヤメさんの父、源太郎さんの姿を思い浮かべる。筋肉もりもりの山男だった。
俺の腕を見てみると、ある程度の筋肉はあるがふよふよだ。
無理じゃね?
こんな俺でも就職できるならそのほうがいいのかなー、このまま卒業しても運が良くてフリーター、最悪無職だ。
あのアパートの管理人だって将来的には無理だろう。
ベッドの上でゴロゴロ回る。
考え事をしながらまぶたが重くなる、将来胸をはってアヤメさんの彼女だ! と言える様にはなりたいな…………
ドアがノックされる。その音で目が覚めた、部屋には既に朝の光が差し込んでいる。
「いまあけーまーす」
ドアをあけると八葉が立っていた。
「シュウ、もう朝だぞ。ん? もう着替えて……シュウ、昨晩着替えなかったのか?」
「ん?ああ……寝てしまった」
Tシャツに手を入れて腹をかく。
「汚い奴だな……着替えて顔洗ってさっさと来い」
そうそうにドアを閉められてしまった。
確かに汚いな、自分の体を見渡す。
「おはよーっす」
俺は居間にいる女性陣に声をかける。
アヤメさんはパンを切り、マルタはコーヒーを飲んで、八葉はサラダを取り分けている、テンは蜂蜜やドレッシングを大量にテーブルに載せていた。
「おはよーさん、お。さっぱりした顔してるんやねー」
「昨日あのまま寝てしまって、顔ついでにシャワーを浴びてきた所です」
「おはよう御座います。秋一さん、パンは何枚ほど食べますか?」
「アヤメさんおはようです。取りあえず二枚ほどお願いします」
「はい、直ぐお持ちしますので座っていてくださいな」
「シュウちゃん、野菜は何かけるー? テンは白ドレッシング」
「んじゃ俺もそれで」
俺は言われるままにソファーに座る。
「さて、シューイチ君。本日の予定なんやけど、今日は森林のほうにいかへん?」
「俺はなんでもいいですけど、何かあるのかな?」
「ちょっとした洞窟があるんや、その近くでは露天風呂も作ってあってな」
俺は先日の混浴事件を思い出す。
「大丈夫や、今回は全員水着着用やで」
俺の心を読んだのか、まだ声に出してないのに返事がくる。
「いいですね。明日には帰らないといけないし、行って見たいです」
「よろしい、素直な返事はおねーさんうれしいわ」
急におねーさんぶる。どちらかと言えば浪花のオカン……
「グッフゥ」
声に出してないはずなのに鋭い突っ込みがみぞおちに入る。
「はい、お待たせしました。パンとコーヒーです、あれ? どうしたのです」
「どうしたんやろな~」
突っ込みを入れたマルタは鼻歌なぞ歌ってる。
「あー……なんでもないです、パンとコーヒーありがとう」
「どういたしまして」
アヤメさんの顔で心が癒される。
「所でマルタ、何か必要な物とかあるの?」
「んー特にない、前に来た時に調べたからなー徒歩1時間ほどや。本当は昨日行ってもよかったんやんけど、夜は道が危ないさかい。んじゃシューイチ君の意見もそろったし、そやなー昼過ぎたら出発しよか? それまでは各自泳いだり自由って事で」
合図のように手を二回叩くマルタ。
「よーし、シュウ。今日は一緒に泳ごう」
「昨日も一緒だっただろうか、まぁお手柔らかに」
「テンも混ぜなさい、こう見えても結構早いのよっ」
仁王立ちのテンが八葉と俺の間に入ってくる。
「アヤメさんとマルタは?」
「どうしましょうか、ではご一緒させて貰います」
「そやなーウチも昨日は一人で泳いだだけさかい、混ざろうかな」
「えーマルタも一緒に泳ぐのー?」
八葉が不満声をだす。
「なんや、不満かいな」
「だって、マルタ。直ぐ僕の水着取るんだもん」
「あっはっは、あったなーそんな事、今日はしないから安心おし」
「それじゃ全員で競争ね、何をかけようかしら」
「掛けませんからね」
アヤメさんが念押しで言い切ると全員で海の中へと入った。
俺達は午前中をめいっぱい楽しんだ、午後に森林にいくので三時間ほど遊んでからの休憩だ。
全員が着替え終わると何処かの探検隊見たく出発をする。
俺達は今、綺麗に舗装(ほそう)された道をのんびりと歩いている。
午前中に泳ぎ、少し休んだ後に洞窟と露天風呂に入るためである。
「あったあった、ここを右や」
先頭をあるくマルタの指示で道を曲がると大きな口をあけた洞窟が見える。
「大きな入り口ですね」
アヤメさんが素直な感想を述べる
「そやろ、んじゃシューイチ君、光だして」
しょってきた鞄から業務用の懐中電灯を取り出し、マルタに渡す。
「よっしゃいこか、この洞窟を抜けたら露天風呂や。この洞窟にも電気を流す案があったらしいけど自然を残したらしいやで、しかし此処で隊員たちに衝撃の事実がああ」
「なるほど、そのほうが景色も外観もいいですよね」
俺はマルタのボケを素通りする。
洞窟に一歩入ると、気温が数度一気に下がった感じがする。
先ほどまでの夏の風と違って心地よい風が体を通る。
三度ほど曲がった辺りで、目の前に光の口が見え始めた。
「もう電気はいらなさそうやな、出口みえたでー」
洞窟を抜けると日差しがまぶしい。思わず目をつぶりゆっくりとまぶたを開く。
「うわーすげえ」
「マルタおねーちゃんすごい」
「やろやろ」
大人50人は軽く入れるじゃないかとと思う巨大な露天風呂に着替えの為なのか小屋が一つ。
それだけでも凄いのに其処から見える景色だ。
崖の上にあるらしく先ほどまでの森林地帯じゃなく露天風呂から見える景色は海が一望できる。
「結構旨くつくってあってな、ある程度お湯がたまると地下に流れる仕組みになってんねん、昔テンと一緒に作ったんや」
作ったと聞いてテンを見ると深く頷いている。
「それじゃ、小屋は一つだから、シューイチ君先に着替えて入っといてー終ったらウチらも着替えにいくさかい」
「俺が先でいいんですか?」
「ええ、秋一さんお先にどうぞ」
アヤメさんにも勧められる。
「それじゃ失礼して」
着替えといっても荷物を置き、海パンをもって小屋にいくだけである。
男の着替えは早いのだ。
俺が小屋からでると、次に他の四人が小屋に入っていった。
小屋から出るときに持ってきた風呂桶でお湯の温度を確かめる。
ちょっと熱い気もするが丁度よさそうだ。
「それじゃ失礼してっと……」
体にお湯を掛けてゆっくりと湯舟に漬かる。
「おまたせーシュウ。温度はどうだ? 熱くないか?」
水着姿の四人が小屋から出てくる。
「シュウちゃん、熱かったらあっちに水道管あるさかい薄めて」
指を指されたほうをみると、確かにむきだしの水道管が二本見える。一本は湯舟に一本は体を洗う時の為だろう外側を向いている。
「平気でーす。俺には丁度いいぐらいです」
「それじゃ私達も失礼しますね」
今日何度も見ているはずなのに、アヤメさんが体にお湯をかける、その姿が艶(なまめ)かしい。
いきなりお湯を頭から掛けられる。
「うあっちいい」
「アヤメおねーちゃんを変な目で見てただろう」
いつの間にか入ったのか八葉が風呂桶でお湯を掛けてきた。
「いやいやいや。八葉さん人に急にお湯をかけるもんじゃないよ」
俺は八葉から風呂桶をもぎ取り、自然な動きで警戒させないようにコッソリとお湯を溜める。
ソレを見ていたテンが八葉を誘導し始めた。
「はっちゃん知ってる? あの海の先に見える奴」
「え? 何処?」
八葉が海のほうを向いた瞬間に風呂桶に溜めたお湯を頭からかける、直ぐにその場から逃げるテンと俺。
「うわあああああ」
「はっはっは、掛けられる気持ちがわかったか」
「このー! まて!」
「三人ともお風呂の中では遊ばないっ」
「まぁまぁこれだけ広い露天や細かい事いうと皺がふえるで」
死んではいないが、心底生き返るという気持ちが体を抜ける。
マルタとテンはログハウスからもってきた日本酒を飲みながらお湯に浸かっている。
アヤメさんはその近くで八葉と談笑している。こちらもクーラーボックスにいれてきた飲み物を飲んでいる。
俺はマルタの傍まで軽く泳ぐ。
「どうしたんー? 飲むかい?」
「遠慮します。一応未成年ですし」
「昨日飲んでたやろ? それにんだ事はあるんやろ?」
「まぁ、それなりには……所でちょっと聞きたいんですけど昨日言ってた妖怪専用の機関って俺でも入れるのかな? ほらこんな体でごついわけでもないし運動能力も高いわけじゃないし」
「ふーん。そやなー身体能力は術や訓練で上げれるし、あっちでお喋りしてるアヤメの父ちゃんみたく熊みたくならんでも平気や、あれは、あのおっさんの趣味みたいなもんだしな」
「重要なのは相手を思う気持ちや、ウチらは人と違う、良い奴も悪い奴もおる」
「その辺は何処も一緒だろうし」
俺はマルタに返答する。
「そや、例えばや。ウチが人間を嫌いとする。そこに妖怪が嫌いな人間が居たらどうなる?」
「そーですねー。喧嘩になるんでしょうか」
「うんうん、そやな。でも実際はどちらか先になるかわからんが、妖怪側なら人間を排除しようとするし、人間なら妖怪を排除しようとするんや」
「それじゃ直ぐに大変な事になるんじゃ……」
「そやで、だから。ウチが居る機関は人間を理解する妖怪や妖怪を理解する人間が入る所なんや。悲しい事やけど、中では妖怪を排除しないと行けない場合や逆に妖怪や妖怪を利用する人間に排除される場合もあるのが現状や。シューイチ君なら資格はあると思うんやけど推薦状いる?」
お酒を飲みながらしみじみと話してくれる。
「一応ですけど、その話を聞いてから断る事って出来ます?」
少し冷や汗をかきながら質問してみる。
「こういう所が人間なのよね。何にでも保険を掛けたがる。あっそんな顔をしないで。悪い意味で言ってるんじゃないのよ? 私達妖怪は割りと当てずっぽで行く事が多くてね、計画に計画を練った人間に負けるって話が多いのよ。此間のアヤメの事件だって無計画にも程があるわ。今回は未遂で終わったけど本当にアヤメが同じ仲間に殺されていたらどうなっていたか。ま、それを和解させるのもマルタ達の仕事の一つね」
テンが微笑みながら教えてくれる。
「それに、辞退の話よね。できるよ、こんな話信じてもらえるほうが稀。仮に周りにばれたって民間に行く妖怪も多いし、まぁでも。給料だけは多いはずよ。マルタちゃん今いくらもらってるの?」
「ウチで月手取りこれや、しかも仕事がない時は自由行動でも出るもんは出るんや」
手の平を開いた状態で見せてくる。
パーって事は指が五本ある。
一本百万!? そんなわけが無いか、月収で五万って事もないし。
「そっ……もしかして五十万?」
小さな声で聞いてみる。
俺の問いに満面の笑みで答えてくれる。そりゃ毎日ビール飲めますわ……。
「確か危険手当も在ったりするのよね、私も行きたいぐらいだわ」
「テンちゃんはテンちゃんで仕事あるやろ……」
「まぁね」
二人の会話を聞いて考える。
「紹介状は早いですけど、善処させていただきます」
「あいあい、期間もまだまだあるんやし好きなように生きればいい」
俺の答えに満足したのか再び酒を飲み始める。
「さて、其処の二人ー、あと一時間ほどで帰るでー」
「はーい」
マルタの声でアヤメさんの返事が返ってくる。
「あー!」
俺は立ち上がる。遠くで二人がこっちを見ている。
「どうしたん、シューイチ君いきなり耳元騒いで」
「いえ……今更ながらカメラ持ってくるの忘れた」
「そーいやそうやな、水着姿はないが帰りに記念撮影はしとこうか」
「カメラあるんですか!?」
「ん、もっとらん。でも帰りにお土産屋に立ち寄るからそこで撮影しよか」
「お願いします」
俺は返事と共に再びお湯につかるのであった。
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