第12話 規則十一条 ガタンコトンと
ガタンガタン。バスは不規則に揺れ動く、夏休み中なのにバスの中は案外すいてる。
俺とアヤメさんは後ろの座席にと移動する。
最初にアヤメさんを座らせ……俺は固まった。
座った場所は二人席! 思わず辺りを見回すとバスの運転手がニヤニヤとした顔付きで見てるのが鏡越しに解った。
俺は何処に座ったらいいんだ。横が前かそれとも後ろか!
「どうぞ?」
不思議そうな顔で俺をみてくる。手は隣の空席をさしている。
そう、何もやましい事なんかは無いんだし。
「それじゃ失礼します」
「はぁ」
沈黙する。話題……話題、そうだ動物園に行くんだから動物の話を、意を決して横を振り向くと先ほどのソフトクリームを小さな舌で食べている、思わず無言で見詰めて居ると視線を感じたのが、話しかけてきた。
「秋一さんは、動物って何が好きです?」
「え? あ、俺っすか。うーん猫ですかねー」
昔近所に居た野良猫を思い出し答えた後に失敗したと後悔する、動物園に行くのに猫と答えてどうするんだ。
「あら、可愛いですよね。私も好きですよ」
「あ、よかった、猫って気まぐれで爪も出したり怪我もするけど、何ていうか。ん? 良く考えたマルタみたいな奴ですよね。トラブルを起こすけど憎めないというか」
腕を組んで考える俺をアヤメさんは笑って見ている。
「確かに、マルタさんは昔からトラブルメイカーでしたね。でも、ここ一番では。いつも私の事を大事にしてくれましたわ」
「へぇーどんな事あったの?」
アヤメさんの過去が気になる、さり気ない質問をしてみた。
「そうですわね~。私が小さい頃、恥ずかしながら雪女でありながら風邪を引いてしまいまして。妖怪の風邪には北アルプスの頂上に生えてる花の根が効くって噂を聞いてきて、父に教えました。そして直ぐに父が取りに行きました」
「うんうん」
「でも実はそれは風邪に聞くというか。妖怪を風邪にする薬だったのです」
「げ」
布団で寝込むアヤメさんを想像する。
「他にも、留守番を頼まれていた私を外に遊びに出すのに『留守番する家が無ければいい』と母屋に火をつけて小火騒ぎも……でも。私にとっては親友で姉であり手のかかる妹のような存在です」
「信頼あるんだね~、行動は兎も角。確かに憎めない」
「です。今回のこのチケットも私達のためを思ってくれた物ですし。昨夜の盗み聞きは関心しませんが、思い出を作りましょう」
にっこり微笑む。
「そうだなー。うん。俺も久々だからさ、楽しみになってきたよ」
動物園前~バスにアナウンスが流れる。
流石に手を握るわけにはいかないよなー……変な事を考えつつバスを降りる。
動物園、その名の通りの動物園なのだが、余り繁盛してるようには見えず看板がしなびている。動物園まで、この先500メートルという立て札が今にも崩れそうな雰囲気だ。
小高い丘を少し登り、チケットを受付に渡して二人で入場する。
入場すると以外と人が多く外国人もちらほらと見えた。
「秋一さん見てください!」
「ん?」
「ペンギンですよペンギン、ああ……可愛いし美味しそう」
テンションの高くなったアヤメさんを見て戸惑う。そして美味しそうと、いやいやいや。
柵の中では愛くるしいペンギンが数匹ぺたぺたと歩いている。
「確かに可愛いですね」
俺も思わず眼を細め、その愛くるしい姿を眺め看板を読んで見た。
「えーっと南極に生息するペンギンで暑さにも強いです。だって」
「へーそうなんですねー」
アヤメさんは熱心にペンギンに向かって指を動かしてる。その指ペンギンの顔がぐるぐると回っている。
かわええええ。ペンギンよりもアヤメさんがかわえええええええ。叫びたいのを必死に堪える。
マルタ! ありがとう! チケットの半券を握り締める。
「周りに人が居なかったら氷をプレゼントするですけど、うーん」
可愛い顔のアヤメさんに胸に刻み込む、くるりを振り向いてくると次のブースに向かっていった。
俺は慌てて後に続く。
「でかい」
俺はグマの剥製を見て一言もらす。次に回ったのは猛獣エリア、熊の剥製が入り口に置いてある。
「はぁ、でも父のほうがちょっと大きいかもしれません」
「たしかに」
二人で静に笑い出す。ベンチに座り缶コーヒーの蓋を開ける。
静かに眺めて居ると入り口が少し騒がしい、二人で顔を見合わせて騒ぎを確認すると小さな子が騒いでいるのがわかる。
「何でしょう?」
「何でしょうね? 此処からじゃ小さい子と数人の大人しか見えないっすね、俺聞いてきますか?」
「え、いやお手数をお掛けするわけには」
「いいって、ちょっとまっててね」
騒がしさの中心に行くとビシっと黒いスーツを決め込んだ男達が小さな子にペコペコと謝っている。
「あのー? どうかしましたか?」
おそるおそる聞いてみると、サングラスが似合う恐持ての男が白い歯を見せてくる。
「なに、大丈夫だ。すまんな一般人には迷惑を掛けまいと思ったのだが……」
「ちょっとっ! 琴美を無視しないっ! お父様が来るまで暇なのよ、何とかしなさいっ!」
小さな子が大人達を指を差して指示すると、黒服達がパタパタ動く、その中の一人が俺にそっと耳打ちをしてきた。
「すまんな少年よ。この通り我侭姫の用心棒だ。あっちの彼女とデート中だろ? こっちは気にするな」
ニカっと白い歯を見せて俺を送り出すと我侭姫と従者は休憩所へと移動していった。
嵐が過ぎたように一人になった俺はベンチへと戻る、心配した顔のアヤメさんに手短に説明するとにっこりと微笑んでくれた。
「よかった、誘拐とかじゃなかったのですね。もしそうだったらどうしようかと思って」
「ですね、さて俺達も行きますか。アッチのほうにふれあいコーナーが在るらしいです、ウサギや猫もいるっぽいですし」
小さなふれあいコーナーを回りウサギやハムスターなどを二人で可愛がる、携帯を持っていた事を思い出し写真を取りまくる俺、当初の目的など二の次だ。
日差しも少し傾くと目的を思い出す。
「確か饅頭でしたっけ?」
「そうですわね。買って帰りましょうか」
お土産屋の前に並ぶと威勢のいい声が聞こえる。
「よ、そこの坊ちゃん一つかってかねーか」
その顔見て固まる。
「お父様!」
俺の横でアヤメさんは叫び声を上げる。
周りの人が何だと此方を少しみてるが直ぐに興味なしと立ち去る。
「源太郎さん、何を……」
「俺の事は義父と呼んでくれ!じゃねーな。源太郎と名乗る物では一切無い」
「じゃあ、なんですの。最初から覗いてましたわね……娘のデートを覗くような人は一度死を見るべきです」
「ひい」
俺の横の気温が一気に下がる。思わず悲鳴が出た。ずかずかと饅頭を焼いてある鉄板の前に進むアヤメさんは、その鉄板の上に両手を付いて抗議する。その鉄板からは白い煙が音を立てて湧き上がる。
「えーっと。なんだ……あれだ、覗くも何も俺は父という人物ではないし、あれだ饅頭太郎だっ」
「言いたいことは終わりましたか?」
指と指の隙間からアイスピックより細い氷のツララが出ていた、あれで刺すのだろうか。
振りかぶった手が源太郎さんの口へと振りかぶるとすんで所で叫び声が上がる。
「まて! これは吹雪からの提案だ!」
「お……母様が」
「うむ。俺も直ぐ帰るつもりだったんだが、周りの事もあるだろうし。先に吹雪に連絡しておいたんだ。『良い相手が見つかったみたいだ。』と」
俺とアヤメさんは二人で赤面すると、源太郎さんは目の前のあるアヤメさんが出したツララをボリボリと口で砕く。
「んでな、それなら若い二人にはデートでもしてもらいましょうってメールとチケットが速達で届いなて。俺がチケットあげたってお前らはどうせいかんだろ」
「速達って、夜の夜中ですよっ? そもそも郵便なら俺がわかるはずなのに」
アヤメさんが服を引っ張ると深い溜息を付いている。
「秋一さん、何も郵便だけが速達と限りません。フクロウでしょうか?」
返事の代わりにニカっと笑う。なるほど妖怪の中にも速達があるのか。
「まぁ、何か裏があるとは思ってましたが」
横でアヤメさんは、かなり落ち込んでいる。
「俺も吹雪も何時死ぬがわからん。孫が早くみたいんだ」
真剣な顔で言われても、俺は高校生だよ。返しがわからない。
「孫って言われても俺は高校生だし」
「なーに男は十一歳から元服だ」
「いつの時代だよ!」
取りあえず突っ込む。
「私。孫々って8年前から言われてるんですけど」
「アヤメ。すまんが餡子が切れた。そこの倉庫にあるから取ってきてくれ」
「なんで用意しておかないですか」
白い眼で睨んでるも倉庫まで小走りに走っていくと猛獣エリアから叫び声が聞こえた。
「秋一君」
「はい!」
いきなり呼ばれた俺は即座に源太郎さんの後を追う。源太郎さんは真っ先に状況を理解したのか叫び声を上げて黒い何かに体当たりを食らわせる。
遅れて付くと先ほどの黒服が何人か倒れており、直ぐに声を掛ける。
「だ、大丈夫ですかっ!」
「んあ、ああ、さっきの少年か。俺は平気だ、それよりお嬢様がまだその辺にっ!」
目の前に壊れた檻と其処から出たであろう巨大な熊とソレを抑えている源太郎さんが見えた。その足下にキャンキャン騒いでた女の子が気絶している。
急いで女の子を助け出すと、その頬をパンパンと小さく叩くとゆっくりと目を開けた。
「琴美もう食べられない……」
「別に食うもんは何もないけどな」
俺の声に反応したのか突然目を開けると俺の事を見て頬を染める、直ぐに辺りをキョロキョロし始めた。
「そうですわ。熊、熊です」
「だ、大丈夫だって、ほら熊ならあの通り源太郎さんが……」
がっつりと熊と格闘した源太郎さんは最後には熊と肩を組んで手を上げている。駆けつけた飼育員も驚くほど仲良くなっている。
見ている前で壊れた檻に自分から戻っていく熊を見送った後に俺の所に歩いてくる源太郎さん。
「すまんかったな。話は付いた。そこの嬢ちゃんは平気だったか?」
「く、熊が喋りましたわぁ」
再び失神した女の子を見て俺と源太郎さんは笑い合う。遠くから心配したアヤメさんが小走りに走ってきた。
「秋一さん大丈夫っ!」
「おいおい、俺の事はいいのか」
不満を口にした源太郎さんに冷たく言い放つアヤメさん。
「ええ、父の事などこれっぽちも心配してませんから。それよりこの騒ぎは?」
壊れた檻から出た熊がたまたま近くに居た集団を見た。慌てる熊が思わず手を振りかざしたら黒服の肩に当たったのか、回りはパニックになった。俺は後で飼育員にそう聞いた。
俺は動物園から持てないほど、文字通り数十箱以上のお礼の饅頭を貰い三人で動物園からの坂道をゆっくりと下る。
あの女の子も意識をなくした後に黒服手渡した、今頃は病院だろう。
この荷物じゃバスも使えないという事でタクシーを呼びにアヤメさんが道路へと先に向かう。
二人っきりになった俺に源太郎さんが喋りかけてきた。
「アヤメはあの通り人間に見えても人間ではない、君はごく普通の人間。損得勘定抜きであの子と付き合える珍しい人間だ」
「はぁ……」
俺と源太郎さんはアヤメさんが中々タクシーを捕まえられない姿を見ながら話す。
「願わくば、秋一君がもうダメだと思うまであの子達を守って欲しい」
「俺に出来ることなら。でも、俺はこの通りの人間ですよ。守るっても守られてばかりですよ」
俺は苦笑する。
「なーに。実は俺も人間だ」
「は?」
「なんだその眼は……」
熊とプロレスする人間を見た事がない。
「いや。てっきり北極熊の妖怪かと……」
頭を思いっきりなでられる。痛い痛い。
「人は弱いが妖怪の心はもっと弱い」
「そうなんですか……」
タクシーを捕まえたアヤメさんが笑顔で戻ってくると話は打ち切られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます