第11話 規則第十章 脅迫者たち

 アヤメさんのお父さんが帰ってから丸一日。

 恋人同士ってなにするの? の状態な俺達。

 マルタに相談しようとおもったが、相談事が解かっていたのか、その満面な笑みを見て相談をしない事にする。

『なんでやねん』って顔をしてるが気にしないで、逃げるように自室へ急ぐ。

 布団の中に頭から潜り込む。考えがまとまらない時は寝るに限る、現実逃避って意味合いもあるけど。

 目が醒めると何時も通りテンが布団に入り込んでいる感じが判る。


「いい加減に部屋で寝なさ……」

「あんっ」


 途中で言葉が止まる布団の中で柔らかい何かを揉む。

 女性の声が聞こえ、甘い匂いが鼻に届く。

 驚きの余り布団を押しのけ確認すると、ぴちぴちの服を着、デニムの短パンから長い足を出した大人のプロポーションをした、黒髪ロングの女性が寝ている。


「おはよっ」

「お、おはようございます」


 元気いっぱいに声をかけられ、思わず返事を返す。


「な~に? シュウちゃん、そんな顔をして?」


 俺の事をシュウちゃんと呼ぶ、その女性は不思議そうな顔をしている。


「あの? えーっと、ここ俺の部屋ですよね?」

「そうね」


 会話が続かない。


「あ、眠い? 忍び込んだは良いけど眠くなってさー毎日ゴメンゴメン。気付いたら寝てたみたい」

「はぁ……あの。どちら様でしたっけ~」

「ほえ? あっそっか、ゴメンゴメン。てんこ。天狐のテンよ」

「いやいやいや。無いでしょ。テンは、こ~んな小さい子ですよ。どう見ても違うでしょっ」


 俺は大人の女性の前でジェスチャーをする。この女性の半分ぐらいしかないテンとは桁外れに違う。


「しょうがないコン。ほれほれ」


 ワザとらしく語尾にコンをつけると、右手を俺の目の前に差し出してくる。

 その手の平から揺ら揺らと炎が立ち上る。その数は一からニ、ニから四と数を増やすと俺の周りを埋め尽くしてくる。

 俺を見詰めてくる自称テンの目が怪しい光を帯びてくる。

 思わず言葉が出ない。魅入られているとはこの事だろうか、釘付けになると突然声が聞こえた。


「なんや、この狐火の山わ……お。今日からソッチかいなテンちゃん」

「やっほー」


 一瞬で意識が覚醒する。周りの狐火が一瞬で消えると俺の後ろにマルタが立っている。


「はぅえ? あ、マルタ。この人が」

「ああ、そや。テンちゃんや、一月の内。半分ぐらいはこの姿なんや」

「まぢで?」

「そうよ。だから言ったじゃないの、天狐のテンだって、賭けたっていいわよ。もっとも妖力の関係が在るから今は全力で狐火出せるわよ」


 少しむくれている大人のテン。


「すみません。だって、行き成り姿が違うし」

「まっ、説明してなかったテンも悪いわね。んで何か悩んでる見たいなんだけど相談に乗ってあげようか?」

「なんや、シューイチ君悩みあったんさかいな。ウチに話てみー?」


 大人の女性二人に両腕を捕まえられて絶対に逃げれない体制になる。

 罠に嵌った、この二人の罠だ、マルタなんかは棒読みだし。

 渋々と、恋人としてのレクチャーを聞いてみる。


「えーっとですね、彼氏って基本何すれば良いんですか?」

「せやなーATMちゃうんか?」

「馬鹿ねー、お金じゃないのよ雄は交尾だけしとけば良いのよ」

「お二人に聞いた俺が馬鹿でした。ちょっと公園で一人で考えて見ます」


 両腕を振り解き立ち上がると、再び手を押さえられた。


「まちんしゃい。冗談や、ねーテンちゃん」

「そ、そうよ。ねーマルちゃん」


 とても冗談じゃなかった顔付きであった二人であるが、両手を押さえられたら動きようがない。

 実際に動こうと力いっぱい出しては見たが全くと言っていいほど動かないのである。

 渋々座りなおすとその手を放してくれた。


「やっぱ。あれやなー男としての懐の大きさやないかなー、例えばデート行くとか」

「そうね。夜景を見に行って美味しい物食べさせてもらって、あとは美味しいお酒とお部屋ね。夜景をバッグにバックからっ燃えるっ」

「せやな、夜明けにコーヒー飲んで、目覚めのキスや」


 キスやっ! と力説されても納得も何も出来ない。


「と、取り合えず前半のデートって事はわかりました。所で……行くとして何処が良いでしょうかね」

「シュウちゃん、デートっていっても公園にお弁当じゃダメよ? 例えばショッピングでもして女の子がチラっとポーチを見る、それをこっそり買ってプレゼントよっ」

「んで、テンちゃんは。それを質に入れると」

「そうそう、って何でやねーん。と冗談は置いといてな、そうやなぁ……」


 階段を急ぎ足で駆け上がるテンがを見送り振り返る。

 食堂の中にはお腹に手を当ててしゃがみ込んでいるマルタが親指を立てていた。


「ほ、本当ですかっ!」

「そうそう」


 遠くからテンとアヤメさんの声が近くなると、勢い良く食堂へ駆け込んできた。


「マルタさん、大丈夫ですかっ!」

「あ、アヤメか。アカンうちはもうダメや市内動物園にある、期間限定くらげ饅頭を食べないと直りそうにないんや……、本当は自分で買いに行くつもりだったんやけど。もう動く気力もないで」

「く、薬もってきます」


 すぐに動く冷静なアヤメさんの腕をテンが押さえ込む。


「おっと、偶然にココにチケットがニ枚あるわ。アヤメちゃん、シュウちゃん連れて取ってきて上げなさい」

「え? で、でも」

「学生は遊ぶのも仕事よ、色々経験して色々吸収するのが一番よ、最近は何でもネットで手に入る事が多いけど実体験に勝るものはないわ」


 全員を見回した後に溜息を付くアヤメさん。


「ふぅ……お芝居ですよね」


 その顔は疲れて少し怒りもしている。


「あかんかー、そや。お芝居と言えばお芝居なんやけど。あんたら二人恋人同士なんやろ? 月夜の晩にそっとくぅふがふがふが」


 俺より先にアヤメさんの手がマルタの口を塞ぐ、声にならない声を出す二人に俺も驚いて叫ぶも、横からテンが喋り出す。


「ま、たまにはデートを楽しんで来いって事、それとも此処でマルちゃんの実況を事細かに聞くほうが良いならテンはそれでも良いけど、どーする?」


 脅迫に近い、いや脅迫を受けて俺もアヤメさんもブンブンと頷く。


「わ、わかりましたっ! 秋一さんっ!」

「はっはい!」

「支度をするので玄関でお待ちを」


 アヤメさんが階段を小走りに上がると、俺の後ろでは手を叩いて喜ぶ二人。アヤメさんとデートに行けるのはいいが何か釈然としないのは気のせいか。


「と言う訳や、シューイチ君ほいチケット。ゆっくりしてきー、それとなアヤメは耳が性感帯やで」


 要らない、いや。今は要らない情報をくれるマルタからチケットを受け取る。

 

「ども……二人共ありがとう」

「どういたしましてや」


 欠伸を噛み殺しながら手を振るテンと、腕をガッツポーズしている二人に挨拶をし一足先に玄関で待つ。

 二階から麦わら帽子と着物姿のアヤメさんが下りてくる。

 

「お待たせしました。秋一さん」

「いや、俺も今来た所、どうしたの? 変な顔をして」

「いえ……良く考えればマルタさんには散々苦い思い出を思いまして、私小さい時から散々だまされてきましたので」


 深い溜息の後に俺の顔を見つめてくる。


「取りあえずいきますか……」

「そうですわね……」

 

 市内動物園まで距離があるため最寄のバス停へ歩く。

 俺はジーンズにTシャツ。アヤメさんは青い着物にこれまた涼しそうな日傘をさしている。


「折角なのでのんびりいきましょうか」

「そうですわね。お二人共気を使ってくれたわけですし」

 

 暑い日ざしの中俺達はバス停の前で立っていた。

 森林を抜けるに当たって、何を話していいのかわからない俺は先ほどから暑いですねーしか言っていない。

 それに対して、そうですねーしか返って来ない。

 バスの時間を見るとそんなに待たなくて清みそうだ。


「アヤメさん、ちょっと待っていて下さい」


 何故か敬語になった俺は急いでコンビニに走るとソフトクリームを二個買う。

 ポツンと待つアヤメさんの前に走るとそれをそっと前に差し出す。


「アヤメさん。これってデート……今日は思う存分楽しみましょう」

「そ、そうですよね。デート、デートですよね。不束者ですが宜しくお願いします」


 確認するように言う俺と繰り返し言葉を紡ぐアヤメさん、ゆっくりとお辞儀をしそのソフトクリームを落としそうになる。


「あっクリーム落ちるって」

「あっ危ない」


 その笑顔に見惚れ蝉の音さえ俺には感じられなかった。

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