第4話 規則三条 我が名は銀狼

「Hello!」


 玄関のほうから元気な挨拶が聞こえる。


「ヘーイ。誰かいないのー? だーれーかーおんねんなー誰もおんねん? お、管理人室や。ヘイ! 管理人ーでてこんかい」


 寝てる俺にはきつい目覚ましの声だ。


「はいはいはい。お待ちを……」


 ボサボサの髪で管理人室の扉を開ける。

 俺の目に映ったのは元気いっぱいの長身の金髪少女。

 髪はロングでタンクトップをとハーフパンツ、サングラスが良く似合う。何処かで見たような姿であって。


「Oh、昨日の痴漢ボーイ」

「うわ、昨日のっ! んでもって痴漢でもなんでもないですっ!」

「そうかえ? その割にはウチの胸を揉んでいた気がするけどなーあ、アヤメやー ん」


 その声に振り返ると、肌掛けを掛けたアヤメさんが階段から降りて来る。


「マ、マルタさんっ!」

「へーい」


 アヤメさんが小走りに走ると、マルタと呼んだ女性とハグをする。


「どうしたんですかっ、それに何で此処に!?」

「可愛いアヤメと一緒に居たくてな、というのはアレや建前で。ウチの爺さんが煩くてなー逃げ出してきた、話に聞くと面白そうな事をしてるって聞いてなぁ。所で管理人に挨拶をしたいんやけど、何処におるんや?」


 辺りをキョロキョロするマルタに、困った顔になったアヤメさん。


「あのですね。こちらの近藤さんが管理人さんになります」

「何処や?」

「すみません、俺です」

「あかん……アヤメ、こいつは首や初対面の女性の胸を揉むような奴や首にしたほうがええ」


 行き成りの言葉で心臓が跳ね上がる。


「ばっ、だから違うってっ! 雪乃さんも、そんな眼で見ないでって怖いってっ! えーっとマルタさん? だっけ事故だって。あっそういえば、あの時酒忘れたでしょ? 重かったんだから……」


 既に笑っているマルタが俺の顔を覗き込み、匂いを嗅いで来る。

 そんなに臭いかと思って自分でも服の匂いを嗅ぐかわからない。


「ああ、アレなーあんがとなぁーアッチコッチに配るお土産だったねん。そうやなーアンさん、悪い匂いもしないし大丈夫やろ。ウチはマルタ=クーニン、マルタでええで」

「あ、すみません。俺は近藤 秋一です、一応管理人として昨日からバイトしてます」

「あの、玄関でなんですし。お上がりになったほうが」


 玄関の中で挨拶をする三人の後ろで大きな物音がする。

 空け放たれた玄関の外には小さなトラックが走ってきた。

 あんがとさん、と言うマルタの横に次々と詰まれる大小様々な箱、文字には見た事もない言葉が書かれている。


「あの、これって。なんです?」

「学がないなーシューイチ君、これはロシア語で酒って意味や」

「マルタさんの御実家はロシア領域なんですの」

「へぇ。それは良いんですけど……全部同じ文字に見えるんですけど」


 全ての箱を卸し終えたマルタは、息も切らさず不思議な顔をしている。


「そや。全部酒やけど? あかん? ホレ、人は食う場所寝る場所は何とかなっても酒だけはアカン。どうにもならないやん。な? あ、アヤメ。これこれヤマテンのおっちゃんからの書類、入居許可書だからシューイチ君に渡したほうがええか?」

「えーっと。取り合えずアヤメさん先に」


 はい、と返事をし。書類をパラパラと捲る雪乃さん。直ぐに俺に渡される。

 

「はい。私も確認させて頂きましたが。問題ないようです」

「頼りない彼氏やなー……」

「は? 彼氏っなんでっ!」

「ちゃうんか? アヤメがコロコロと笑ってるさかい、それにアヤメの目的はアレやむううううううっ」


 突然雪乃さんが、マルタの口を手で押さえると顔を赤くする。


「あのっ! 秋一さんはそんなんじゃありませんっ!」


 大声で断言されると、結構落ち込む。


「ほら、名前でよんどるし……」

 

 指摘されて気付いた、名前で呼ばれると先ほどの落ち込みから這い上がる。


「あ、あのですね! 管理人と呼ぶよりも名前で呼んだほうが、ほ、ほら親しみがありますしっ。そ、そうですよね! 秋一さん」

「そ、そうですよね。アヤメさん」


 顔を真っ赤にして怒っている雪乃さんに圧倒されて、俺の中で雪乃さんがアヤメさんへと変換された。


「さて、からかうのも此処までにするや。アヤメーウチの部屋は何処ー」 

「あ、はい。すみません。そうですね、私が203号にいるので201号で宜しいかと思います」

「げ、そういえば俺各部屋の掃除してない」

「ええで、酒さえ入れば」

「私が来た時に軽くは掃除したのでそこまでは汚くはないと思います」


 管理人室から部屋の鍵を取り、マルタに渡す。その鍵を目の前にぶらぶらさせると、匂いを嗅いで変な顔をしている。


「変な顔をしてどうしました?」

「いやな、シューイチ君が管理人やろ? マスターキーで夜這いし放題やな、と思って」


 夜這い? 思考が少しとまる。男性が女性の部屋に忍び込んで行なう行為の一つである。


「秋一さんはっそんな事しませんっ!」

「アヤメー……冗談や冗談、でも寂しかったらおねーさんが癒してあげるでー」

「俺を追い出すような事言わないでくださいよ」


 俺よりも先にアヤメさんが怒り出す。マルタは笑いながらそれを軽くあしらう、大人の女性が放つ貫禄だろう。


「さて、片付けが終わったら宴会や。歓迎会しなきゃな」


 重さ数十キロはある箱を軽々と持ち階段をかげ上がるマルタ、その後姿を俺とアヤメさんが苦笑しながら見守る。


「歓迎会ですか、そうですね。食事は楽しいほうが美味しいですし私も腕を掛けて作ります」


 俺としてはお願いします。しか言えないのであった。

 食堂から魚や味噌汁、豆腐にお肉、から揚げにピザと和洋さらに、たこ焼きとどちらとも言えないセットが並んでは消えていく。


 マルタは関西に長く住んでいたらしい、雪乃さんが教えてくれた。 

 雪乃さんがちょっと席を外した時にマルタが手元から練りからしを出してくる。


「ちょ」


 俺の驚きの顔なと涼しい顔で静かにと合図を送ってくる。


「シューイチ君、これをアヤメに食べさせて見たいと思わん?」


 小声で知らせてくる、思いません……と言い切る事は出来なく俺も悪戯心が湧いた。

 正直どんな顔をするのが見てみたい、心の中で握手をした俺とマルタはその一つに錬りからしを詰めていく。外見からは判断が付かない、からしたこ焼きの完成だ。

 後はそれを食べてもらうだけ。席に戻った雪乃さんにマルタが問題のたこ焼きを進める。

 何もしらないアヤメさんは、爪楊枝も刺して後は口に入れるだけ。

 その時、マルタの笑みを見た俺は罠に嵌められた事に気付いた。


「アヤメー今日の引越し手伝い有難うなー。シューイチ君もあんがとう、あんがとうなー」

「此方こそお礼なんて有難う御座います」

「アヤメもそんなかしこまらなくてもえんで、それでな。シューイチ君にもお礼としてたこ焼きを口移しで上げるリップサービスしてやるさかい」

「なっ! 駄目ですっ、いけません」


 持っていたたこ焼きを落しそうになる雪乃さん。


「冗談や、そや、ウチがやるよりいいわ、アヤメそのたこ焼きをシューイチ君に食べさせてあげてーな、あーんって」

「あの、なんで私がそんな事を」

「それじゃやっぱ、口移しかーしゃーないなー」


 その喋り方は既に棒読みだ。

 そもそもそんなお礼をしないとういう選択肢を出さないように畳み掛けるマルタ、雪乃さんもそれには気付いてない。


「それじゃ、僭越ならが失礼します。あ……あーん」


 顔を真っ赤にして、俺に爪楊枝でたこ焼きを勧めてくる。どうみても、からし入りだ。

 横をみるとニヤニヤ顔のマルタがみている。

 えーい、なるようになれ! 心の中で叫び。カラシ入りたこ焼きを食べさせてもらう。

 むせそうになるが、ここで吐き出したら雪乃さんが悲しむ。

 渾身の力で飲み込み。マルタから渡されたコップの中身を一気に飲む。


「ごっふ」


 喉が焼けるように熱い。


「あかん、間違えたそれ日本酒や」

「マルタさんっ! 急性アルコール中毒で死んだらどうするんですかっ!」

「平気平気、ウチだって素質の無い奴には飲ませへん」


 蒸せながらも、どうにかカラシ入りのたこ焼きを隠し通したので問題はない。


「なんとか、でも喉と体が凄い熱いです」

「ほれ、こっちのジュースでものみいな」


 飲んだ直後に熱くなった胃が洗浄されている気分になる、先ほどの事で横を見ると悪戯っ子の顔をしている。

 アヤメさんはというと、俺を心配をしてくれて直ぐにお水とバケツを持ってきてくれた。

 その後、数時間もダラダラと凄し、お開きとなった歓迎会。

 自室に戻り気分を変えるために裏庭にでる。

 夜空が凄くよい、雑草もおもったよりないのでこれなら除草剤でもまけばいいかなと思っていると、ビールの缶が落ちている。

 視線を上に上げる。

 今朝から入ったはずなのに、二階の窓に大量のビールの缶が並んである部屋がある。


「マルター」

「ん~なんやーウチを呼ぶ奴はー」


 二階の窓から身を乗り出してくるマルタ。タンクトップで上半身外人特有の羞恥心が無い格好だ。

 あれって下着つけてないよね……。

 気を取り直して喋る。


「二階から缶が落ちてきてるで、窓には並べないほうが良いと思う」


 俺はマルタに声をかけて空き缶のあるほうに歩く。


「あちゃー、すまんかったなー夜月を見ながら飲んでた分や。まってなー拾いに行くわ」

「拾うっても二階ですし、俺が拾いますよ」

 

見上げていると首が痛くなる。


「ええがな」


 その一言でマルタが二階の窓からまい踊る。

 音もなく着地して、空き缶を手に取り『よいしょっと』というと二階へジャンプして帰っていく。

 夢でも見てるのか、酒が抜けてないのか判断に困る。


「なんやーそんな顔して」

「すみません、マルタさん確認していいですか?」

「ん? マルタでいいっていうてるのに」

「今二階から飛び降りて、うん飛び降りる人はまれにいるとは思うんですけど。地面からジャンプで戻りました?」


 確認の為に質問する。


「ん? そやでどしたん?」


 なんでもないような顔で返して来る。

 俺がおかしいのか、最近の女性は二階から飛んだり戻ったりできるのか。

 まてよ、アヤメさんの知り合いという事は、突然二階端の窓が開く。


「マルタさん! 秋一さんは普通の方です!」


 遠くからマルタに叫ぶ雪乃さん。就寝前で普段は着物なのに寝るときはパジャマなのがわかった。


「なんも妖力も感じないもんな、わかってるで~」

 

 何か会話がかみ合ってない。


「そーじゃなくてですね。そう、窓から飛んだり跳ねたりは……私達の秘密はホイホイと見せては駄目って決まりがっ」

「心配しょーやなーアヤメは、んなもん外の人間には見せへんよ~アヤメだって此処でしか雪ださへんやろ? シューイチ君は全部知ってるやろ?」


 俺は首を横に振る。

 元気そうなマルタとは対称でいっきに青ざめた顔をしているアヤメさん。

 俺とアヤメさんの顔を交互にみるマルタは、手を顔につける。


「シューイチ君ウチなんかダメな事した?」

「多分、とっても」

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