『願い』と思惑
王宮の執務室。一通の書簡を前にした高貴な身なりの青年。金の髪が色白の肌に良く映え、青い瞳は底知れぬ深さとすべてを見通す透明さを兼ね備えていた。
がちゃりとノックもなく扉が開き、全く同じ顔の青年が顔を出した。違うと言えば、その身なりだろうか。顔をだした青年のほうは少しばかり、服を着崩している。
「ウィルヘルムから?」
「ああ。そのようだ」
服を着崩した青年は、後ろから書簡を覗き込んだ。戦死者が一夜にして忽然と消えたというその珍妙な内容に思わず顔がゆがむ。
「ジョン」
「なんだ、イアン」
「……冗談じゃないんだよね?」
思わず青年……イアンが聞きたくなるのもうなずける。睨み合っている聖騎士団の死者もろとも、千もの死骸がどこかへ消えたなど常識ではありえるはずもない。
「ウィルヘルムのようなクソが付くほど真面目な男が冗談を報告するはずがないだろう」
「それはそうだけど」
それでも納得がいかないとでも言いたげにイアンはジョンを見る。ジョンの顔は冷静そのものだった。血の繋がった、双子の兄であるジョンはいつも冷静沈着で己とは少し違う。だがその微妙な違いを見分けられるのは、お互いと……
「……にいさん、どこにいるのかな」
「さてな……。どこに、行ってしまったのだろう」
二人同時に溜息をつく。幼い日の思い出。腹違いだからと差別することもなく接してくれた優しい兄。血の繋がりを感じられる同じ金髪と父王に毛嫌いされる要因になった紫の瞳。二人は己の金髪が好きだった。あの優しい兄と同じ色だから。
「ウィルヘルムのことなんてどうでもいい。はやく、にいさんを探し出さなきゃ」
「だが、指示を与えないわけにもいかないだろう」
「……あそこには、ルーカスが」
ぼそりと呟いたイアンに妙案を思いついたと言わんばかりににやりと笑うジョン。双子というのはやはり不思議なものだ。ジョンの何か思いついたことが、なんとはなしにイアンにも伝わってくるのだから。
「陛下は『病で床に伏せって』おられる」
「ルーカスも『戦死』する」
「兄上を迎える準備を、整えておこうか、イアン」
「そうだねジョン。邪魔なものは、全部掃除して。僕らのにいさんが、しあわせにこの国で暮らせるように」
さらさらと、ジョンは何事かを書簡に書きつける。その様子をイアンは至極楽しげに見ていた。二人の計画は着々と進んでいく。こういう時ばかりは、兄を追放し自分たちを王太子として残した父王に感謝する。こんな立場でもなければ、二人にとっては『敵』でしかないルーカスを戦場に出すこともできなかった。ウィルヘルムという『忠犬』をルーカスの上に据えることもできなかった。
「早く見つけなきゃね、ジョン」
「ああ。その前に、陛下に『崩御』してもらわなければな」
双子の青い瞳は、暗く淀んで狂気を帯びる。昔々のあの時のように、優しい兄と一緒にいたい。二人の願いはただそれだけだった。そのためになら、何でも犠牲にする。犠牲にできるだけの立場に彼らはいるのだから。
「誰かいるか。……この書簡をウィルヘルムに届けよ」
その書簡に込められたものは、二人の一人の男に対する殺意だった。
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