ラクリマ

@cajanaka

第1話

母は父とは美大で知り合ったという。「かわいかったんだぞ」

父が言った。「今度写真見せてあげるね」

母は微笑みながら言う。


少し秋の気配が東京にも訪れていた。

東京の郊外の小さなどこにでも有る家庭。

その朝の日常風景だ。2人の両親と一人娘のあかリ3人の朝の朝食。

どこにでもある家庭のいつもの日常だった。

3人は朝食をそそくさと済ます。

「あら、あかリ遅れるわよ」

朝食を片付けながらあかりの母親が言う。

ふと時計を見ると既に7時半を過ぎていた。

「いけない 遅刻しちゃう」

鎌田あかり普通の高校2年生だ。商社に勤める父とパート勤めの母

親との3人暮らしである_彼女は家を出ると学校に向かった。秋空の

さわやかな日だった。自然に顔もほころぶ。







あかリは私立の高校に通っている。

東京郊外の学校で家からも近い。

「中田先輩かな」

通学路で彼女は背の高い青年が歩いてるのを見つけた。

すらっとしていて歩いていると目立つ。

ただどこかボンヤリとしていて夢想家のような感じも受ける。何か考え事をしているようにも見えた。話しかけるかどうかしばらく迷ったがあかリは話しかけることにした。


あかりは中田の側に近寄ると声をかけた。

「中田先輩 おはようございます」


あかりは学校に行く途中に中田を見つけて挨拶をした。

彼を見るとあかリは笑顔になる。意識もせずに自然に。

「ああ  あかりさんお早うございます」

中田純一は背の高いすらっとした好青年だ。美術部の部長でもある。とい

っても部員は数人しか居ない。彼中心に美術部は動いていている。

中田はいくつかのコンクールで入賞していた。


構内ではそれなりに知られる存在だった。彼の絵は構内のいたる場所に飾られていた。

芸大への進学を決め少しのんびりしているようだった。

「きょうは生徒会ですね」

2人は生徒会の役員だった。ここ1年で話を良くするようになっている。

あかりは中田の顔を見るだけで笑顔になった。

「ああ きょうは生徒会か」

中田はようやく思い出したかのようだった。そして頭を振る。

生徒会の役員でありながらよく会合に遅れていた。

自分の絵の制作に夢中なのだ。


「自分なんか役員に向いてないよね」

それが中田の口癖だった。彼は自分だけの世界に入り込む癖が有り生徒会の活動もそっちのけで絵に没頭にしまっていた。それでも彼が注意されないのは教師から一目を置かれているからである。彼は絵の才能だけではなく人望もそれなりに有った。

才能が有りながら控えめで誰も敵を作らない。

中田は皆に好かれていた。


「少し遅れると思いますんで先に行っていてください」

中田は言った。

「はい わかりました」

「最近卒業制作が忙しくてねえ」

中田は言った。何か眠そうだ。あくびも何回かしている。


「どんな作品を制作してるんですか」

あかリは無邪気に聞いた。


「他愛もない作品 いや別にバカにしてる訳じゃなくて君にはわか

らないような。芸術ってわけではないというか 難しいんだよ卒業制

作って。」

「そういうものですか」

「いやまあ そういうもんだよ あかりさんは美術関係に興味ないの」

「両親は美大出身なんですが 私はさっぱり」あかリは言った。

彼女は文学部に進もうと思っていた。

美術には全く興味なく両親は美術館に彼女を良く連れて行ったが

あかリは退屈するのであまり連れて行かなくなった。

2人はよくデートで美術館巡りをしている。そんな両親をあかリは好きだった。


「まあ そういうもんだよね 芸術なんてどうでもいいもんだし 自己満足だよ 芸術って」

「自己満足ですか」あかリは笑った。


「そう自己満足。画家になれるなんて一握りそれで食っていけるなんて一握り」

「中田先輩は画家にならないんですか」

「僕には無理だね 才能はない」半ば投げやりに中田はクールに言った。

「そんな 何回もコンクールに入賞してるじゃないですか」

「僕くらいのレベルはたくさん居るんだよ」

そういうと中田は口を閉ざして無口になった。

そして彼の世界に入っていく。時々中田はこうなる。

多分絵画のイマジネーションが彼の頭の中で渦巻いているのだろう。


「じゃあ放課後ね」中田は校門が見えると言った。あかりはうなず

くと中田とあかリはそれぞれの教室に分かれていった。


「あかり 見たわよ」教室に入るとクラスの友人が声を掛けてきた。

ちょっと唇にいたずらっぽく笑いがにじみ出ている。

「中田先輩と歩いているところ」


あかリは少し顔を傾けると頚を横に振った。

「そんなんじゃないわよ。たまたま一緒になっただけ」

級友は少し残念そうにいった。


「そうなんだ」あかリは少し溜息をついた。

高校生と言えばアイドルがどうかしたとか恋愛の噂ばかりである。

あかリはどちらも少し苦手だった。

「でも中田先輩って顔もまあまあだし 背も高いし 芸大に推薦も決まってるし いいところだらけじゃない」友人は言った

「ちょっと中田先輩を物件情報みたいに言わないで」

あかリは不服そうに言った。友人はその様子を見て笑い転げた。



「ちょっとあかりさん 悪いんだけど中田を呼んできてくれるか

な」顧問の教師が言った。

「あいつ多分美術室に居るから」

放課後 生徒会が始まったというのに中田は中々現れない 

しびれを切らした顧問はあかりに声をかけた。

いつもの事なのだが。

「全く役員だというのに」教師は呟いた。

「はい 呼んできます。」教師の言葉にあかリは頷くと美術室に行った。

美術室は校舎の片隅に有る。放課後は中田がほぼアトリエ代わりに

独占して使っていた。教師も半ばそれを黙認している。

美術室をのぞくと中田は絵の仕上げをしていた。

いつもの夢想家のような彼の表情ではなく真剣な表情だ。

キャンバスに向かい筆を重ねていく。

あかリは其の繊細なタッチにおもわずみとれた。

そこには彼だけの空間が有る気がしてあかりはなかなか声をかけられなかった。


「なにかな」

そうこうしているうちに中田はあかリの存在に気がつきゆっくりと振り向いた。

「ああああの。生徒会が始まってます。」

「ああいけない あかりさん ちょっとおくれるって言っておいて」中田は言った。

「何の絵ですか」あかリは聴く。

断崖絶壁に立つ古い洋館の絵だ。孤立した空間。

その中に古い洋館の存在が際立って見えた。

あかリは美術の事がよくわからないが中田の才能が少し垣間見える気がする。


「ちょっとミステリーに嵌っていてね。その情景を絵にしたんだ」

あかりはその絵に見とれていた。

思わず「すごーい さすが中田先輩」と独り言を言っていて中田は

思わず苦笑した。

「あいけない 私戻ります」あかリは駆け足で戻っていった。

中田はその後ろ姿をそっと目で追った。


あかりは中田の事を教師にそれを伝えた。

「それはご苦労だったね」

と言ったものの

「あいつは来ないよ」教師は横に首を降った。あきらめているようだった。

溜息をつきしょうがないなというように。絵の才能が有り誠実で真面目な中田は教師からも好かれていたので教師も有る程度は黙認していた。

「そんなもんですか」あかリは言った。

「卒業制作に夢中なんだろ あいつは」

顧問はやれやれという感じで言う。 あかリは半分納得した。

それほど中田の絵にかける情熱は鬼気迫るものだった。

顧問もそこら辺は理解しているようだ。

「それでも来てくれないと困るんだけどね」

苦笑いを浮かべる教師にあかリはただ笑うしかない。いくら何でも中田だけを特別扱いするわけにはいかない。教師も困り果てていた。

「よし じゃあ始めよう」

教室をぐるりと眺めて顧問の教師は言う。

「あかりさん 議題のプリントを配って」

「わかりました」

あかリは頷いた。 生徒一人一人にプリントを配る。教師はあかリが全部配り終わったのを見てしゃべりはじめた。

「えー今日の議題なんだが」

生徒会は中田の居ないまま始まった。


中田は生徒会にやってこなかった。

「中田先輩」あかりは帰り際に中田を見つけて声を掛けた。

相変わらず自分だけの世界に浸っていたがあかリに声をかけられるとはっとした感じで振り向く。その顔には笑顔がにじむ。

「ああ あかりさん」


「結局来ませんでしたね 生徒会」

「いや夢中になっちゃって」

「芸術家の人って夢中になるとそうなるんですか」

「僕なんてただの絵描きが好きな人間さ 芸術家じゃないよ」

中田は笑いながら言った。

「ところで 議題なんだった 今日の生徒会の議題」

中田は頭をかきながら言う。あかリは笑う。

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