七つの鍵の物語【神話編】

上野文

『神話篇』第1話 おわりのはじまり

七つの鍵の物語 −【神話】―



 聖歴6666年、世界は滅びに瀕していた。

 かつてない規模の戦争が、世界中を巻き込んで、九つの大陸とあらゆる国々をその業火でもって焼き尽くしたのだ。

 戦争ならば、有史以来幾度となくあった。

 侵略戦争、独立戦争、分裂戦争、テロとの戦い、革命、内乱……

 まるで輪舞曲ロンドのように、悲劇は繰り返されて、けれど世界が滅ぶことはない。

 なぜなら、戦争もまたひとつの外交手段に過ぎず……

 何の目的も無く軍事力を行使し、私怨しえん殺戮さつりくや強奪を繰り返す国などありえないからだ。

 ごく、一部を除いて。


 終焉おわり開始はじまりは、簡単だった。

 爆発的な人口増加による、食糧不足とエネルギー問題解決の為に、世界同盟主導で行われた、一大魔道プロジェクト”七鍵計画”。

 魔法というエネルギーの根幹を探るこの計画は、研究者達の予想を超えて、世界のあり方そのものを変革……否、崩壊させるほどの成果をあげてしまった。

 宇宙の根源であり、あらゆる生命の礎であり、太極の一たる存在、偉大なるトネリコの木、『世界樹』へと至る虹の門を研究者達は開いてしまった。


 研究者達が踏み込んだのは、わずかに一瞬。

 その刹那に、広大な砂漠が緑なす山となり、密林が平野へと姿を変え、金や貴金属が空から降り注ぎ、そして、十を越える国が洪水や地震、噴火によって消滅した。

 全世界規模で吹き荒れた未曾有みぞうの大混乱が、”七鍵計画”に参加した研究者達の願いを叶えたものだと理解したとき、この世界は血塗られた終末を迎えた。

 ただの人が、全知全能の神となるのだ。

 その魅力は、その狂気は、その信仰は、あらゆる理性と善意を駆逐して、暴走した。


 当たり前のことだが、人は全能神になれるような、成熟した精神の持ち主ではない。


 そもそも、世界同盟という組織自体が末期的状況にあった。

 金銭や軍事力による恫喝、ハニートラップを含めたロビー活動がまかり通っていた。

 同盟会議議長は、小国から選ばれる事を通例としていたが、彼らは容易に金銭や権力に流されて、審判役には荷が重かった。

 議長ばかりではない。世界同盟が運営する委員会や委員も同じだった。

 人道支援の名目で、軍事費に転用されることをわかっていながら、民衆を苦しめる独裁者に援助する世界人道機構。

 気に入らない国を人権侵害の名目で恫喝するためだけにある、『本当の人権蹂躙じんけんじゅうりん』で先進国から非難される、名だたるテロ国家や軍事独裁国家が理事を務める世界人権会議。

 そもそも財政からして狂っているのだ。

 世界同盟を主導する主要国家のうち、五指に入る、ヴァン神族、人間族の巨大国家が貧乏を理由に運営金の拠出を拒否。

 アース神族最大の主要国家のひとつと、主導国家でもなんでもない人間族の小国のひとつが、世界同盟予算の50%近くを押し付けられるありさま。

 世界各国はひび割れた氷上のテーブルに座り、本来は自分達のものでない金を巡って、喧々囂々けんけんごうごうの罵りあいに終始する。


 終わっていた。

 あらゆる意味で、この世界は末期にあった。

 それでも、希望はあったかもしれない。

 人間族の小国で行われた会議で、アース神族、ヴァン神族、白妖精、黒妖精、小人、巨人、人間の七種族が、一致協力して環境問題に取り組むと、議定書に調印した。

 科学技術、魔法技術の技術革新は、百年前に『半世紀後には枯渇する』と予言された黒い水を、途切れることなく使い続けることを可能にした。

 深海で発見される新しい燃料素材、自然との共生を図る様々な新技術。

 人々は乗り越えただろう。

 貧困も、環境も、国々の摩擦すらも、妥協し、衝突を繰り返し、時には手を取り合って。


 そんな平凡な可能性は、”七鍵計画”によって摘み取られてしまった。


 あらゆる人が、国が、全能の支配者になろうと、扉を開く鍵を追い求めた。

 流星を落とし、雷雨を招き、時空間を歪め、そんな禁呪が無遠慮に行使された。

 どれだけの者が門に至り、どれだけの願いが叶えられたのか、わからない。

 ただ、奇跡が起こるたび、戦争はより激しさを増し、遂には、鍵だけではなく、門の奪い合いに発展した。

 『世界樹』へと至る虹の門は、大地を流れるエネルギーライン、地脈の集中する特異点、”龍穴”にて顕現する。

 それを知った者たちは、躊躇ちゅうちょなく、敵国の大地を、島を、大陸そのものを消し飛ばした。


 九つの大陸は次々と海へと没し、残されたのは”中つ国”と呼ばれる人間達の大陸、ミッドガルドのみ。

 七つあった鍵もまた戦の中で失われ、二本を残すのみとなった。


 地脈の活性化と共に、ミッドガルドの中央に現れた虹の橋、『世界樹』へと至る門を巡り、すべてのおわりであり、はじまりとなる戦いが始まろうとしていた。





 大陸の中心に、天と地を貫く巨大な樹が、隆々とそびえたっていた。

 山よりも大きく、太く、成層圏すら越えて、宇宙へと伸びる巨大な幹。

 木が揺れるたびに、緑の葉が揺れて、雨の様に落ちてゆくさまは、身震いがするほど荘厳だ。


「終焉には相応しい。そうだろう? エインフェリアルっ、偽りの神々よ!」


 世界樹の下に浮かび上がる、小島ほどもある巨大な黒い船の甲板で、黒い衣を羽織った、黒髪の少女が叫んだ。

 漆黒の瞳が黄金に染まり、彼女の小さな体躯をめぐり、燐光を帯びたルーン文字が螺旋を描いて輪舞する。


「巨人族の魔女め。我らが祖国を滅ぼした報い、今こそ受けてもらう!」

「これは、神罰だっ」


 アース神族が駆る、巨大な人を模した魔術戦闘機……

 第四位契約神器、F-22『英雄エインヘリヤル』が編隊を組んで、少女へと強襲した。

 世界最高のレーダーと、長射程魔術砲、飛翔誘導弾を持ち、何よりも『完璧な』光学迷彩を可能とした最強の機体だ。

 灰色の巨大な戦士達は、次々と青い空へと姿を消しこんでゆく。

 次の瞬間、目もくらむような閃光と、誘導弾の爆撃が、少女の立つ甲板を焼き払った。


「ヤッホウ!」


 空へと姿を溶かしたまま、歓声をあげるアース神族の兵士達。

 だが。


「無駄だ。無駄なんだ」


 甲板には傷一つない。

 少女もまた、ルーン文字の螺旋をまとったまま、爆撃前と変わらぬ姿で立っていた。

 否、違う。

 ただひとつ、彼女は己が身長を越える、銀の穂先で飾られた、漆黒の槍を持っていた。


「この滅びは誰にも止められん」


 少女が持つ金色の魔眼が、見えないはずの兵士達を射抜いた。


「ガングニール!」


 少女は呼ぶ。彼女の相棒たる愛槍。

 七つの鍵の一つである、第一位級契約神器の名を。


「祖国の後を追うがいい。次元の狭間、大空洞ギヌンガガップへと堕ち消えよ」


 少女が槍を投擲する。

 漆黒の雷の如く、槍は飛び去り、すべての魔術戦闘機を刺し貫いた。


「こんな、有り得ないっ」

「母さんっ……」


 青い空を、赤と黒の爆炎が彩る。

 すべての敵を滅した槍は中空にて消失、少女の腕の中へと転移した。


「アハハッ。アハハッ」


 少女は笑う。

 黒い髪を、黒い衣を、金の瞳を揺らして、哄笑する。

 その時、彼女の周囲を舞うルーン文字が、赤く揺らめいた。


「なんだ。次は大陸間弾道弾か。アース神族か、ヴァン神族か知らないが、無粋な真似をする」


 少女が、さっと、腕を横に払った。

 黒い槍が増殖する。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。……ひゃく……いっせん……

 止まらない。一秒も待たずして、甲板を埋め尽くした槍は、宇宙から飛来する死の災いを撃ち落とすべく飛び立った。


 青空の果てで、太陽の如き輝きが地を照らし、やがて灰色の雲へと変わり、消えた。


「誰にも我を止められぬ。我が槍が貫くは、因果。運命そのものなのだから」


 そうだ。止められる者などいるものか。

 可能性があるとすればただひとり。

 この地上に残された、もう一つの鍵、第一位級契約神器の使い手のみ。


「だから」


 少女は待っていた。

 最大の宿敵を。

 最愛の宿敵を。

 最後の、家族を―――。


「……来たか」


 少女の周囲を舞うルーン文字が橙に染まり、燐光がはらはらと零れる。

 魔術で強化された少女の瞳は、地平線の向こうに、こちらを目指して飛来する小さな白い船を捉えていた。


「待っていたよ、ルドゥイン。私の可愛い、義弟――」

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