第26話 謎の女の正体
拓海とマリーちゃんと彩綾も東京から戻ってきて、我が家の居間に集まった。
本来なら赤ん坊の誕生を祝って宴会となるはずなのだが、浅井さんの存在が空気を重くし宴会という雰囲気ではない。
浅井さんって一体何者なんだろう?
母さんは何となく察している様子だった。
「先にノブさんと浅井さん二人で話た方がいいんじゃないかしら?ねぇお父さん。」
「いや、儂では上手く説明出来んところもあるから、皆がいてくれた方が良いかと…。」
「皆さんも事情はお分かりの様ですので、私もそれで構いません。」
なんだか浅井さん一人アウェイ感ハンパないのに、堂々としていて、こっちが圧倒されるっていうか逆にカッコイイと思ってしまった。
それに引き換えお屋形様は、いつも威張りたおしているくせにいつになく弱気だ。
まぁ相手は歳上だし、貫禄あるし仕方ないか?
「そうね。折角拓海くんにも来て貰ったんだし、そうしましょうか?」
「で、そなた何者か?」
全員で話すことになってお屋形様は気を取り直したらしい。いつもの上から目線に戻った。
「私は浅井長政と織田信長が妹お市の娘、そして大公秀吉の側室茶々にございます。」
浅井さんの告白にマリーちゃん以外の全員が驚いた。
「なんと!お市と縁のある者ではないかと思うてはいたが…、娘とは…。」
「おイチさんって誰?タイコ叩く人?」
「マリーちゃん、お市さんはノブさんの妹で、タイコじゃなくてタイコウ、偉くなったサルさんのことだよ。」
「まぁサルさん偉くなったのぉ?冴えない感じだったのにねー。」
「マリーちゃん!」
拓海は慌ててマリーちゃんの口を塞いだ。
「お二人は大公殿下を何故ご存知なのですか?」
「ここに居る全員が会っています。徳川様もご一緒でした。」
「なんと…?では、こちらのノブさんが
「貴女が本当に茶々様だとしたら…、失礼。疑うわけではないのですが、貴女が戸惑っているのと同じで、我々も戸惑っているんです。」
拓海は困惑しながらも丁寧に答えた。
「拓海よ、この女子はお市の娘で相違ない。もし嘘をついておるのであれば、ここには居るまい?逃げ出す機会は幾らでもあったのだからな。それに…、茶々とやら、そなたはもう儂を織田信長と確信しておるのであろう?だからここに居るのではないか?」
「拓海くん、私達もそう思うわ。信じ難い事だけど…。」
母さんはチラリと父さんに目をやり、父さんも頷き母さんの言葉を繋いだ。
「ただ問題はどうやってこの時代に来たか?なんだよ。」
「これを…。」
浅井さんはハンドバッグから紫色の風呂敷包みを取り出すと、ササッとひろげ昔風の手紙みたいな物をお屋形様に読むよう手渡した。
お屋形様はその手紙を時代劇なんかでよく見る感じで、バサっとカッコ良く広げると眉間にシワを寄せ、難しい顔で読み終えるとハァーと溜息をついた。
「相変わらず癖のある字じゃのう?読むのに一苦労じゃ。」
「それで、何て書いてたの?」
俺は早く手紙の内容が知りたくてお屋形様を急かした。
「これは猿の遺言の様なものじゃな。
自分の死後は織田信長つまり青木と徳川と交わした約束通り、この国を守り平定し続けるため天下人の地位を徳川に譲り渡すこと、万が一徳川が豊臣の一族並びに家臣を脅かす事があれば、2018年1月14日の伊豆にある糸里酒造に助けを求めよ。と、すまほの使い方じゃな。」
「2018年1月14日と言えば猿と徳川さんが、青木の言いつけで現代に来た日じゃないか?それなら東京の俺の部屋に行かせた方が話が早かったんじゃないの?直接サルさんと徳川さんに会えるんだから。」
「お兄ちゃんったらほんっとバカね。あの時の猿さんや徳川さんに違う時代でこんな話をしても混乱するだけじゃない?きっと猿さんは自分達がノブさんを置き去りにした時に戻って、ノブさんを元に戻せば悲劇は起きないと考えたんだわ。」
チッ、またバカにされてしまった。これでも少しは歴史を勉強したのに…。
しかし彩綾のご最もな意見にぐうの音も出ない。
「して其方なにゆえ猿の言いつけに背き戦を起こした?」
「大公殿下の死後重臣は我が豊臣方と徳川方に二分し、徳川は一年も待たずに実権を奪い城を開け渡すよう言ってきたのです。殿下の遺言通り実権を渡し殿下の築き上げた地位も名誉も領地も全て手放したと言うのに、誇りをも踏みつけにし唯一残された城さえ奪うなど約束を違えたのは徳川なのです。私達親子は殿下亡き後も変わらず豊臣を支持してくれる者達と共に徳川から実権を取り戻すことにしたのです。けれど既に天下を手にした徳川に敵わず、豊臣軍は敗退し降伏したにも拘らず非情にも城に火を放ったのです。そして我が息子秀頼は…。」
浅井さんは気丈に話をしていたが、息子の話には声を詰まらせた。
「愚かなことを…。」
お屋形様は残念そうに首をふった。
浅井さんの話が本当なら酷い話じゃないか?徳川さん大人しくて優しそうな人だったのになぁ。
「愚かでございましょうか?まことの伯父上ならば何故徳川に腹を立てて下さらぬのです?」
「何故、時を待たなんだと言うておるのだ。」
「時を待つ…?」
「徳川は幼少より他家を人質として転々とし、永き年月をじっと耐え待っていたのじゃ。其方ら親子に敵う筈なかろう?例え其方ら親子に謀反の気持ちがなくとも、猿の建てたあの立派な城に住まわせておけば、この国は二つに分かれ争いは避けられぬ。それでは信長と猿と三人で立てた誓いが守れぬでわないか?天下を治める者は血筋や己の私利私欲だけで動く者ではない。この国で人々が平和に暮らせるよう考え働ける者が天下人となるのだ。ただの百姓であった猿が良い例ではないか?じゃが徳川とて不死身ではない。末代には不安もあったであろう。其方ら親子と徳川の戦は、いかに天下人の資質を備えた人間を育てるかであったのだ。秀頼と千姫との間に息子を授かれば、織田、豊臣、徳川、浅井の血を受け継いだ者として、どれほどの武将が平伏したか?それ故に徳川は其方の息子秀頼から孫娘を取り戻さず、徳川の縁戚の者としておいてくれたのであろう?」
「私のせいで…。」
「そう自分を責めるな。其方のせいではない。猿が秀頼をもっと教育しておくべきだったのだ。猿の遺言を守り直ぐに此処に来ておれば、話は変わっておったやもしれぬがのう?さりとて徳川め儂の縁の者に対しての仕打ち許すわけにはいかぬ。戻った暁には討ち取ってくれよう。お濃の回復を待って出立じゃ。茶々すまほを出せ!」
お屋形様の戦国の血が沸沸と湧き、まるで火柱の如く立ち上がると、有無を言わせぬ物言いで茶々さんにスマホを渡すよう手を突き出した。
別れは何故いつも唐突にくるんだろうか?
今度ばかりは引き留めることは出来ない気がした。
けれど赤ん坊も生まれたばかりだというのにこのまま離れ離れになってもいいのか?
「それが、その…、スマホは無いのです。」
「ぬぁんじゃとぉ、無いとはどういう事じゃ?」
茶々さんの話によると徳川軍に追い込まれた茶々さんと秀頼さんは、猿さんの遺言に従いお屋形様に助けを求めようとしたのだが、土壇場になって秀頼さんが自分はここで武将らしく最後を遂げたいと言い出し、ならば自分も残ると言いはる茶々さんと揉み合いになり、秀頼さんに無理やりスマホに押し込められ、その時秀頼さんが日付だけしか言わなかったもんだから、伊豆ではなく現代の大阪城にタイムスリップしてしまったという訳だ。
「すまほを持たずに来たのでは意味がないではないか?せめて直ぐに
「お言葉ではございますが、私は過去に戻りたいとは思うておりませぬ。両親も太閤殿下も最愛の息子さえも亡くなったあの時代に戻って何になりましょ?私は大阪で殿下と秀頼を生涯弔ってまいります。」
「たわけぇえ!儂が元の時代に戻りさえすれば、全てやり直すことが出来たのだ。そうなれば其方を猿の側室などにはさせぬわ!さぞかし辛かったであろうのう…?猿め儂の姪を戦利品のごとく扱うとは腹立たしい。」
「伯父上は思い違いをしておられます。私は無理やり側室にされたのではございません。自ら側室になったのです。」
さっきまで泣き崩れていた浅井さんは、ぴんと背筋を伸ばし自ら猿さんの愛人になったと誇らしげに言ったが、それは開き直りにさえ聞こえた。
「強がらずとも良い。あの時代で後ろ盾も無くさぞかし苦労したであろう?猿めは口が上手いからのう…、騙されるのも無理はない。しかし、猿なんぞの、しかも側室になることはあるまい?」
「確かに両親を亡くし転々とし、苦労は致しましたが、太閤殿下が後ろだてとなり初は京極高次殿へ、江は豊臣秀勝殿、徳川秀忠殿へ嫁ぐことが出来ました。妹二人が嫁ぎ安堵致しましたが、いざ自分もと思えば京極、徳川に勝る相手は太閤殿下以外にはおりませぬ。だから自分から側室にとお願いしたのです。」
「ならば尼になれ!正室ならいざ知らず、側室におさまるとは何事か!」
お屋形様は自分の姪が家来だった猿の側室になった事が、よほど気に入らないらしい。俺の薄っぺらな歴史の知識によると、茶々は猿に格別な扱いを受けていたらしい。なんたってあんなデッカイ城貰っちゃうぐらいだもんな?
たしかに浅井さんって美人だと思う。尾張城で会った奥さんの寧々さんも綺麗な人だったよな?二人とも気が強そうだし、猿ってドMだったんだぁ?
しかし、怒るお屋形様を前にしても一切怯まない茶々さん。もう二百年以上も過ぎた事で、怒ったって仕方ないだろ?時効だよ時効。このくだらない喧嘩どうやって治りつけんだよ?
俺とか親父だったら火に油だし、彩綾は炎上が大好物だから黙ってろよと目で訴える。
マリーちゃんは…論外だわ。なんせ日本の歴史問題だからわかんないだろ。
拓海は…、タイミング見計らって冷静に整理しそう。
やっぱし、ここは母さんの出番だな。
「ノブさんったら、ほんとーに女心がまーったくわかんない人ね!」
えっ、マリーちゃん?
「私も姉妹がいたからチャッチャさんの気持ちわかるわぁ。結婚相手のステイタスって大事よね?同じくらいか上じゃないと、下はあり得ないわ。うん、あり得ない。」
「まりぃちゃん、この者は正室ではなく側室になったのだぞ!」
「セーシツ?ショクシツッ?警察に捕まったの?」
「正室は奥さん、側室は愛人だよ。マリーちゃんはややこしくなるから黙ってようね。」
拓海はマリーちゃんを優しく諭した。が、一度火がついた女王様は黙っていなかった。
「まあ⁉︎愛人ですって?しかもサルさんの?あのサルさんの?」
「はい、それが何か?」
マリーちゃんの正直な言動に浅井さんはムッとした。
今度は女の争いが勃発か⁉︎
「うーん、だけどサルさんってこの国で一番偉くなったんじゃなかったかしら?じゃあ仕方ないわよね。
ノブさんも過去の時代にいたら許した、いいえ寧ろ差し出したんじゃないの?私達の時代ってそうやって家を守ってきたんじゃない?」
「うっ…。」
マリーアントワネット女王陛下のあまりに的を得た言葉に、お屋形様は言葉を失った。が、アッサリ認める事も出来ず。さりとて振り上げた拳を、どう納めればいいのか困惑した表情を見て俺は嬉しくなった。
岡崎さんの前で恥をかかされた恨みも晴れた。
マリーアントワネット女王陛下万歳!
「ウワッハハハハー、流石、流石、まりぃちゃんじゃ。それでこそ大国の女王!」
どうやらマリーちゃんを褒め称えることで納める事にしたらしい。
「スマホも持って来てないから帰れないし、ノブさんとチャッチャッさんの正体もお互いわかったし、これで解決?」
「でもスマホを置いてきたとなると、後にどんな人がタイムスリップして来ているか…。」
母さんは不安気に呟いた。
確かにそうだ。歴史上有名な人がタイムスリップしていれば、歴史に変化が起きるから分かるけど、茶々さんの様に死んだ事になっている人や百姓や足軽の人だったりすると分からない。
「確かスマホは2台あって、もう1台は徳川が持っていると殿下が仰せでした。」
なっ、なんだってぇ?
なに二人で仲良く分け分けしてんだよ⁉︎
俺のスマホがマジで大変な事になってますっ‼︎
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