第10話 我が城《や》

「新太、ちょっといい?」

「いいよ。」


 居間でお屋形様とゲームをしているところへ父さんと母さんが改まった感じで声をかけてきた。

 また後継ぎの話とかじゃないだろうな?

 新酒の発案以来なにかと後継ぎ話が出てくる。洋次さんにいたっては、俺を『8代目』とか呼んで糸里酒造を継ぐと決めつけている。


「儂は離れに戻るとしよう。」

「いえ、ノブさんもいてちょうだい。」


 やっぱり酒蔵の話かぁ…。


「あなた達いつまでこっちに居られるの?」

「申し訳ござらん。いくら酒蔵を手伝うておるとわいえ、酒造りが楽しゅうて長居をしてしもうた。あいすまぬ。」

「ノブさん達が迷惑とかじゃないんだ。その逆の話なんだ。」

「洋次さんとも話し合ったんだけど、ノブさんさえ良ければ、このまま本格的に蔵人として仕事を続けるのはどうかしら?」

「それはつまり…、ずっとここに居て酒造りをしてよいと仰せか?」

「ええそう。洋次さんがノブさんを気に入っていて是非仕込んでみたい、自分の跡を継がせたいと言ってるの。」

「なんと!洋次殿が…。」

「お給料はそんなに出せないけど、今のまま離れに住んで貰っていいし、食事も今迄通りここで食べればやっていけるでしょう?」

「そこまで甘えるわけには…。じゃが有難い申し出感謝致す。一度離れに持ち帰りお濃と話てから返事をしても良いだろうか?」

「もちろんよ。ノンちゃんともよく相談して決めてちょうだい。」

「ウチとしては、マリーちゃんも店番を手伝ってくれてから売上があがってるし、ノンちゃんが蔵に顏を出してくれると蔵人さん達の士気が上がって喜んでいるんだよ。」


 よく言うよ。親父が一番喜んでるじゃねぇか?

 マリーちゃんやお濃さんは、親父からタイムトラベルの秘密を聞き出すためにチヤホヤしてるだけなのに、真に受けて鼻の下ビョンビョンに伸ばしてるの見てると息子として恥ずかしいわ!


「では、早速話て参ります。」


 お屋形様は余程嬉しかったらしく、庭をピョンピョン跳ねるように離れに戻って行った。


「洋次さんの後を継ぐってことは、いずれ杜氏になるってこと?」

「そうなるわね。ノブさん達がここに残ったら新太はどうするの?」


 キターーーァ!


 まさかお屋形様を蔵人に誘ったのは、俺を引き止める作戦じゃないだろうな?

 いやいや父さんはさて置き、母さんはそんなセコイ真似しないだろう?

 いやいやいや今の俺なら母さんも手放したくないはず。

 なんたって新酒完成に貢献したんだから、今迄当てにしていなかったぶん期待が膨らんでも仕方ないよな?

 素直じゃないんだから…。プッフフフ


「あんた、今すご〜く自分を過大評価した妄想してるでしょ?」

「えっ?」

「自分を引き止めるためにノブさん達を引き止めたんじゃないかー?とか、酒蔵を継いで貰いたがってるぅとか、思ってるでしょ?」


 なんでわかったーーー?

 図星過ぎてお口あんぐりスッ!


「そんな、そんなこと思ってません。」

「ほらねやっぱり。あんたは痛いところ突かれると丁寧語になんのよ。」

「アホかおまえは?俺も母さんも無理矢理おまえに継がせようなんて思っちゃいないよ。俺も酒蔵の主人になる気なんてなかったのに、親父に嵌められて後を継いだからなぁ、息子に同じことはしないよ。

 おまえが何かやりたい事があるなら、それをすればいいし、蔵を継ぎたきゃやってみろとは思う。でも酒蔵を継ぐのは簡単な事じゃないって事は覚えておけ。」

「わかってるよ…。」

「それとノブさん達の事は全く関係ないから。洋次さんの強い希望だからね。」

「わかりました。」


 チッ、お屋形様に蔵人の話しをした後だけに、真剣に後継ぎの話が出るもんだと思ってた。

 まぁ頼まれても継ぐ気はないんだけど…。

 なんかハブられた感があったりなんかする。

 遠い過去から来た人の事より、息子の事も少しは頼りにしてくれてもいいんじゃないか?


 お屋形様には降って湧いたような夢の様な提案だろう。しかしお濃さんとマリーちゃんは…?

 俺たちは拓海の冬休みが終わる頃一緒に戻ろうかと話ていたのだが、父さんや母さんが隠している事を聞き出せずにいた。母さんは口が固くて難しいだろうと思ってはいたのだが、父さんはマリーちゃんとお濃さんにちやほやされたら口を滑らすんじゃないかと踏んでいた。けれど上手くはぐらかしているのか、あるいは隠し事などないのか、サッパリ掴めない。

 拓海を呼んで改めて作戦会議をするべきか?



「お濃、お濃、お濃はおらぬか?」

「殿、お帰りなさいませ。そんなに騒いで如何なさいました?」

「ノブさんお帰りなさい。」

「まりぃちゃんも一緒か。二人に話がある。」

「なんでございましょう?」

「実は今父上と母上から言われたのだが…。」

「誠にござますか?」

「うむ、父上はお濃とまりぃちゃんがおってくれると助かるとも言って下された。まりぃちゃんは拓海と相談せねばなるまいが、お濃其方はどうじゃ?ここに居るか、東京に戻りたければそれも良いが思うところがあれば言うてみい。」

「殿は私の気持ちを尋ねてくださっているのですか⁈」

「当たり前のことでわないか?遠慮なく申してみよ。」

「ほんに殿は此方に来てから変わられました。以前は何でもご自分でお決めになって、誰にも逆らう事などお許しにならなかったのに。」

「私たちの中で案外ノブさんが一番この時代に馴染んでいるのかもねー。」

「殿は新しいもの好きですからね。」

「儂は良いと思うことは取り入れ古きことも重んじる柔軟な性格。変わってなどおらぬわ。無駄口はもうよい。」

「殿はここで酒蔵の仕事をしたいとお考えでございましょう?ならば私もここに居りまする。」

「良いのか?ここは都でもなければ城でもないのだぞ。」

「殿のお側に居れば、そこが私の都、城にございましょう?」

「よくぞ申した!それでこそ我が妻じゃ。」

「私たちにはここでの暮らしがおうております。のんびりして何やら懐かしい気がします。」

「儂もそう感じておった。母上殿を苦手だと思うておったのだが、この頃はあの方の側におる方が安心して暮らせる気がするのじゃ。不思議なものよのう…。

お濃、其方の言う通りじゃ。ここが我が都、我が城。この時代にやっと我らの居場所を見つけられたようじゃ。」

「はい。殿。」

「私もよ。こっちの方が居心地が良いわ。」

「まりぃちゃんは拓海に相談しなくても良いのか?」

「実はね…。」

「お邪魔しまーす」

「おゝ、新太。拓海も一緒か?狭いところじゃが、遠慮のう入るがよい。」


 ココ俺ん家な!


「粗茶ですが、お淹れしましょう。」


 それ母さんが用意したお茶な!


「後で私の部屋に来ない?すごく質素で地味だけどリラックスできるのよ。」


 どんだけ褒めかた下手なんだよ!


「新太から話は聞きました。それでどうするが決まりましたか?」

「うむ、申し出を有り難く受けようと思う。反対か?」

「とんでもない。お屋形様やお濃さんの人生なんですからお二人で決めればいいと思います。この時代でやりたい事が見つかって良かったですね。」

「そう言うて貰えると一安心じゃ。」


 お屋形様は拓海の反応を気にしていたのか?


「僕たちが反対すると思ってました?」

「この時代の勝手がわからんからのう…。」

「新太の両親の勧めなら大丈夫でしょう。」

「そうなのじゃ!そうと決まれば早く返事をしてくるとしよう。二人の気が変わってはいかんからのう。」

「別に明日でも…。あっ、」


 お屋形様は最後まで話を聞かず、「母上殿〜」と叫びながら飛び出していってしまった。


「落ち着きがのうてすみませぬ。申し出が余程嬉しかったのでございましょう。」

「じゃあ東京には僕一人で帰ることになりますね。」

「まりぃちゃんは一緒に帰らなくて良いのですか?」

「俺も帰るよ!」

「バカ!三人だけ残して行ける訳ないだろ!」

「またバカ言った!今年1回目だからな。数えててやるからな。」

「子供かよ。自分のバカさを数えてどーすんだよ?」


 クッソオォォォーーーッ

 減らず口の拓海め、覚えてろよ!


「私はね、拓海のママンがフランス語を習いたいって言うから残ることにしたの。拓海は学校が始まっても直ぐに春休みになるから、こっちにいてもいいって。」

「週末には会えるしね。」

「良かったですねまりぃちゃん。」


 そんな事情で俺とお屋形様たちの伊豆残留が決定した。


 勝手に決定するなぁーーーっ!

 俺にも自由に選ばせろ!

 と、強く言えない自分が情けない…。

 今の俺は(東京の)家もお屋形様たちに維持して貰っているわけで、伊豆に残るとなると賃貸契約を解約しなければならない。

 家なし、仕事なしのダメ人間だ。

 こんな事になるならお屋形様たちを、実家に連れて来るんじゃなかった。


 この1時間程の話し合いで、俺はすっかり『sad shinta』になった気分だ。

 俺は先に離れを出て自分の部屋に戻った。

 もっと最悪な出来事が待ち構えているとは、思いもせずに…。


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