第4話 身代わり
料理教室とジムに通い始めた俺とお屋形様は、不毛な青木探しから解放された。
お屋形様たちが過去に戻される心配はなくなったが、青木を逃した事を秘密にしている後ろめたさは拭えず、早く皆んなが青木を見つけるのは無理だと一日も早く諦めてくれるのを願うばかりだ。
「秘密は重いがこれもお濃とまりぃちゃんの為。この秘密は二人で墓場まで持って行くのじゃ。良いな?」
「はい。」
そう今となっては、どうしようもない。
「明日はジムの日じゃのう。あのましいぃんとは、面白いものじゃのう。」
「お屋形様は体力有り余ってますもん。余裕でしょうけど、俺ヘトヘトですよ。」
「新太は若いクセにほんに軟弱よのう。とれえなぁの者が教えてくれたのじゃが、片手で腕立て伏せをすると筋力がつくそうじゃ。一緒にやらぬか?」
「嫌ですよぉ。」
「じゃあ部屋を貸してくれぬか?」
「自分家でやればいいでしょ。なんで俺ん家なんですか?」
「まあ、そう言うな。少しだけ良いであろう。」
そう言って無理やり俺の家に上がり込んできた。
どうせ拒否しても、勝手に家に入ってくるんだからしょうがない。
「自分の家でやるとお濃が邪魔をしよるのじゃ。この間なんぞ百円の店で子供の刀を買うて来おって、手合わせさせられて下の家の者に苦情を言われる始末じゃ。」
お屋形様はリビングで片手腕立て伏せをしながら話しだした。
二人とも熱くなるタイプだもんな。
「いっそお濃さんもジムに連れてけばいいんじゃないですか?そうしたら一緒に楽しめますよ。」
「何を馬鹿なことを…。たまにはお濃と離れて息抜きをせねば…。こっちに来てから何故か知らぬが儂と張り合おうとする。困ったもんじゃ。女子は花など弄っておれば良い。」
「お屋形様ぁ。いつの時代の話してるんですかぁ。ここは平成ですよ。男と同じ様に女の人だって体を鍛えたりしてますよ。」
「新太帰ってるか?」
玄関から拓海の声がした。
お屋形様は鍵を閉める習慣を、いつになったら覚えるんだ?
「いるよ。さっき帰ったとこ。」
「ああ、お屋形様も一緒で丁度良かった。」
「何か用?」
「これ!」
拓海はバックからプリントアウトした数枚の紙を、俺とお屋形様の前にバサッと置いた。
手に取りると目についた文字に、心臓をひと突きにされたぐらいの衝撃を覚える。
手が震えそうなるのを隠そうと紙を持ったまま、膝の上に置いた。
「二人で今日は何処に行ってた?」
「どこって、赤玉食堂だよ。」
「お前のお母さんから電話があった。お前に連絡つかないからって。授業が早めに終わって赤玉食堂まで行ったけど、店の中にも外にもいなかった。」
「近所を見回ってたんだよ。母さんの用件は?」
「これだ!」
拓海は人差し指でトントンと俺の持っている紙の束を叩く。
「おばさんは歴史上に織田信長が戻っているのを見つけたんだ。だけど以前のイメージとのギャップがあるから、違う人間が成りすましてるんじゃないかと考えて、俺に確認してきたんだよ!」
「そうなんだぁ。お屋形様はここにいるんだから、誰かが織田信長になってくれたんだなぁ。じゃあこれで一件落着?」
「なあ〜んと、儂に成り代わりたい者がおったとは!たわけ者よのう?」
バシッ‼︎
拓海は俺が持っていた紙の束をひったくり、床に叩きつけた。
「二人とも白々しい芝居はやめろよ!この絵を見ろ!作風が昔の物だから雑に書かれてるが、特徴はよくとらえてる。これはどう見ても青木じゃねぇか!それに食べ物に異常な執着があり、輸入された砂糖を比叡山が独占したのを根に持ち比叡山を焼き払った。後に糖尿病により目が殆ど見えなくなり、歩行も困難となったが、死因は家臣の裏切りにより、毒入りの饅頭三十個たべて喉を詰まらせ窒息死。窒息死だぞ、窒息死。天下の武将織田信長の最後が毒入り饅頭を食べて窒息死でいいわけないだろーが!」
うわぁぁーーー、なんて青木らしい死に様なんだ。
青木はどの時代に行っても青木だったんだなぁ。
肖像画の方も、あーあぁ腹がタップタプで着物がはだけちまってるし、ジャージを着ててもキチンとしてスポーツマンぽいお屋形様とはえらい違い様だ。
お屋形様を見るとガックリと肩を落としていた。
そりゃあ自分の身代わりが、そんな無様だと悲しくもなるわ。
「説明して貰おうか、なんでこうなった?」
「そうだよ。俺が逃した。二度と俺たちの前に姿を現わすなって脅したんだ。」
「いや儂じゃ、儂が弘治二年の清洲城に行き織田信長として生きよと命じたのじゃ。」
「お屋形様は関係ない。俺が行けと言ったんだ。初めから逃すつもりで探したんだ!
少しくらいイメージが変わっても織田信長の名前が歴史に戻ったんだからいいじゃないか!」
バッシッ‼︎
今度は紙の束を丸めて床を叩いた。
肩を震わせ顔を真っ赤にしている。
「いいわけないだろーが!
青木を見つけた後は俺に任せろって言っただろ⁈絶対悪いようにはしないからって約束しただろ⁈なんで勝手なことすんだよ⁈」
怒りのあまり俺の肩を揺さぶる拓海をお屋形様が押し留めた。
「儂じゃ、儂のせいなのじゃ。新太を責めんでくれ。儂を責めよ。」
庇うように俺の前に出てくれたお屋形様を、なだめて隣に座らせた。
「だからだよ…。俺は馬鹿だから歴史のことはわからない。だけど拓海が一人で危ないことしようとしてるのはわかる。
拓海は絶対にお屋形様たちを見捨てたりしない。いつもヘラヘラして呑気そうにしてるけど、拓海が責任感じてるのもわかってるんだ。でもその為に拓海一人を犠牲にすんのは嫌なんだ。
俺たちは一連托造だって拓海言ったじゃねぇか!」
拓海は俺に掴みかかった姿勢のまま、目をまん丸にして俺を見ていたが、電池切れのロボットの様に、ヘタっと床にお尻を落とした。
「…ロウ…。」
「えっ?」
拓海の声は聞き取れないぐらい小さくて聞き返した。
「バカヤロウ、一連托造って誰だよ…?それを言うなら一連托生だ。バァカ!」
「バカ、バカ言うな。バカでも一生懸命生きてんだから…。
勝手なことして、ごめん。」
三人で話し合って両親には、青木は見つからず、歴史上に戻った織田信長の事は、分からないとこたえた。
お濃さんとマリーちゃんにも両親に言ったのと同じように説明した。
やはり秘密を知っている人間は最小限にしようと、拓海とお屋形様の考えが一致したからだ。
「どのような者でもかまいませぬ。ここで安心して暮らしていけるのであれば、感謝致しまする。なれど織田信長が戻ったのであれば、私はどうなるのでしょう?それにまりぃちゃんも…。」
「実はお濃さんも歴史上に戻ってるんです。この人なんですが。」
そう言って拓海は、お濃さんの銅像の写真をみせた。
「この者は…、私の妹、
許せ…、許せませぬ!あの我儘で気性の荒い妹が濃姫と呼ばれて後世に名を残すとはあり得ませぬ!」
「織田家と斎藤家の政略結婚は、避けようがない歴史上の事柄なんでしょうね。」
「お濃そなた先程はどの様な者でも儂の代わりをしてくれるなら感謝すると言っておったではないか?」
「それは殿の場合であって、私の代わりがあの妹では嫌でございます!
ほらご覧下さりませ、濃姫の名が出てくる文には、気が強いとか嫌われ者とか恐妻などと悪口を書かれております!」
青木に身代わりになられたお屋形様より、ぜーんぜんマシだと思うけどなァーー。
「もう仕方ないではないか!妹君の犠牲のおかげで二人こうしてこの時代に居れるのじゃ。妹君にも感謝致せ!」
「はい…。」
「マリーはどうなってるの?マリーのいなくなった後のベルサイユは…。」
「それはまだ調査中なんだよ。何かわかれば報告するから心配しないで。」
拓海は言葉を濁した。
マリーちゃんも知りたい様な知りたくない様な複雑な心境なんだろうなぁ。
お屋形様とお濃さんの話を聞いた後なら、余計にそう思うだろう。
マリーアントワネットが消えた17世紀のフランスは、本来なら他界しているはずの姉マリア・ヨーゼファがナポリ王と結婚し、直ぐ上のマリア・カロリーナがフランスのルイ16世と結婚した。
歴史上では違っているが、これは母である女帝マリア・テレジアの予定通りなのだ。
マリア・カロリーナは母親似で賢くルイ16世が王位に就くと、自らも政治に関わり市民にも思いやりのある政治を進めた。
前国王時代からの負債、天候の悪化による不作で傾いたフランスの経済を回復するため、市民の税金を軽減し、その分を貴族に負担させ税金を増やした。また宮廷内での無駄を省き貴族の反感をかってしまう。
そしてやはり首飾り事件は起き、悪評をたてられてしまう。以前から反感をかっていた貴族に焚き付けられた市民は暴走し、フランス革命は起きてしまうのだった。
結末は同じギロチンによる刑で命を落とす。
この歴史をマリーアントワネットが知りたいとは思えない。
自分の人生の代わりを仲良しだった姉がしたと知って喜べはしないだろう。
せめてギロチンの刑だけでも免れていたら話せただろう。
母さんが言った通り、歴史は変えられないのかもしれない。
織田信長の場合、青木のキャラクターのせいで本能寺の変ではなくなってしまったが、やはり手を下したのは明智光秀で、木下藤吉郎が仇を討った。
例えその理由や重要人物が違ったとしても起きるべくして起きてしまう。
歴史とは避けられない出来事なんだろうか。
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