稲穂は黄昏に揺れて-2 自警団<ドクゼン>-

きをつけろ すでにいんとろは はじまっている

 

 消滅まで残り26日。多いのか少ないのか、微妙に感じるのは終わり方を定めていないからだろう。


 考えたいことは幾らでもあるのに、現実って奴は問題をけしかけるだけけしかけてくるもので。


 気付けば俺は、秋穂さんに両肩を掴まれていた。


「明智くん……君は逸材だなっ!」


 こういうのをさ、けしかけてくるくらいならいっそけしてくれと思う。放課後早々に意識をフェードアウトさせられそうになる俺。


 俺はその場で綺麗に半回転して拘束を解くと同時に、今度は俺が正面に現れた人物の両肩をがっちりロックしてもう半回転を入れた。


「遠心力で首がもげるかと思ったわ」


 咄嗟に秋穂さんと俺の間に挟み込んだ杏樹が至近距離から憮然と睨み上げてくる。杏樹なら怖くない。むしろ杏樹だから怖くない。


 しばらく見つめ合って安心を得てから、杏樹だけを半回転させた。これで秋穂さんと杏樹が相対する形だ。特に意味はない。


 ふぅ、準備が整った。額に滲み出る汗を拭う。置いてけぼりになりながらも、大人しく待っていてくれた秋穂さんに顔を向けた。


「秋穂さんの興奮の理由は察しがついてる」


 もちろん、杏樹の顔を、だ。俺の本体は杏樹の背中に隠れている。


「突然腹話術の人形扱いをされて、面識のない人物と向かい合わされる気持ちを貴方にも解らせてあげたいと思うのだけれど、どうしたらいいかしら?」


「今宵は満漢全席だ」


「そんなもので買収されるのは徳井君くらいよ。でも今回は初犯ということで、それで手を打ってあげるわ」


 余計な手間を取らせないで欲しいな。逸れた話を戻す。


「事情を含めて話をする前に、まずは何を置いても離れて下さい」


 秋穂さんも俺との付き合いには慣れてきたらしく、適正な距離を取ってくれた。あまり話を長引かせると堪え性のない奴が先走りそうなので、簡単に済ませてしまうとしよう。


「見学が二名と監視が三名になります」


 杏樹を操作して横にズレると、ちらちらと秋穂さんの目に映っていたであろう興奮の原因達が露わになる。


「ん、もちろん見学は大歓迎だが……」


 秋穂さんの視線の先には男の腕――自警団所属を示す腕章があった。


「監視とは、昨日の件に関わることだろうか? 私への嫌疑なら、完全に晴れたものだと思っていたのだが」


 俺が説明しようとするよりも先に、腕章を付けた男が口火を切る。


「祁答院秋穂への疑いは九割がた払拭されている。今回、我々が監視対象とするところは、土岐光火だ」


 昨日、隙を突いて行方を眩ませた事で余計に疑心を煽っちゃったらしい。居丈高に用件だけ告げた男に続いて、もう一人の監視者が前に出る。


「『もしも』を除外する為に必要な措置だとご理解頂けますと幸いです。目障りでしょうが、私達の事は路端の小石だと思って普段通り過ごして下さい」


 そう言って、月日さんは秋穂さんに対して頭を下げた。


「君達の事情は概ね把握した。どれほどの付き合いになるかは解らないが、せっかくならより良い関係を築きたいと思う。お手柔らかにお願いするよ」


 秋穂さんも頭を下げる。俺の弁明をしなかった事が逆に秋穂さんからの信頼を感じたような気がする。月日さんは呆けたような表情になった。


「む? どうしたんだ?」


「あ、いえ。こんな風に快く迎え入れて頂けたのは初めてで、少し困惑してしまいました……」


 そりゃ、突然『お前らには事件の容疑が掛かっているから見張るぞ』なんて言われて好意的に接する人なんて普通はいないだろう。


 どんなに丁寧に言い繕った所で、根底にあるのは相手への不信だ。


「君は中々に苦労性だな」


 俺もそう思う。人を疑う自警団で、人に気配りをする。疲労しないワケがない。


「ともあれ、だ。もう既に知り及んでいると思うが、私の名前は祁答院秋穂だ。よろしく」


「あの、月日 遥彼方オチフリ ハルカナです。宜しく、お願いします」


 そんな二人のやり取りに、第二種人類に並々ならぬ嫌悪感を抱く俺とした事が、なんだかほっこりした。


 日頃だらしない人間が普通の事をしただけで無性に立派に見えてしまうのと一緒で、それもこれも、態度の悪い男が居る所為だ。


 事あるごとに俺にメンチビームを放射してくるし、なんなんだ。当然と言わんばかりに、男からの自己紹介はナシ。こいつに関しては、まぁこっちも気兼ねなく空気扱いが出来そうだ。


 俺評価で押しの強い秋穂さんも苦笑を浮かべて、そちらには触れなかった。


「監視は三人と言っていたが、あと一人は?」


「こいつです」


 腹話術人形を操作して右手をビシッと上げる。


「ほれ杏樹、自己紹介をしなさい」


「…………」


 返事がない。どうやら杏樹は人形に魂を売ってしまったようだ。かくなる上は俺が責任を取る他ないな。


「ワタシノナマエハモンジュシロウアンジュヨ。キガルニモンジュモンジュッテヨンデクレテカマワナイワ」


 身振り手振りを交えて、陽気に挨拶をする。


「ははは」


 秋穂さんは普通に笑っていた。人形の首が勝手に回って、俺にジト目を向けてくる。


「もしかして、なのだけれど……今のインコみたいな声は私の真似をしたつもりかしら」


「人形が、しゃ、シャベッターッ」


「喋るわよ。もう好き勝手に喋るわよ」


 最初からそうしてくれ。


「慣れ合うつもりは無いので不要だと判断したけれど、ミツヒデに玩具にされるのは癪だから挨拶だけはしておくわ。文殊四郎杏樹よ」


「人見知りが激しい杏樹ちゃんは、初対面の人と話す場合、こうして口上が長くなる傾向がある」


「根も葉もない設定を作らないでくれるかしら」


 あ、口に出してたか。


「二人は仲が良いのだな」


「仲良し、と言うか。兄と妹みたいな関係だと思ってくれれば」


「姉と弟の間違いではないかしら」


 年長者ぶりたいお年ごろなんですね。かわいいでちゅねー。


「とにかく。こいつは自警団とは別件で、俺の事を見張るらしいです」


「細かい事情は解らないが、解った。もんじゅ君、だったか?」


 あ、杏樹の肩が震えた。八つ当たりをされる前にフォローしておいた方が良さそうだ。


「文殊四郎だ。杏樹はモンジュって呼ばれるのを毛嫌いしてるから、出来れば名前で呼んで上げると喜びます」


「四郎はミドルネームみたいなものなのだろうか」


「ややこしいけど文殊四郎で一つの苗字なんだ」


「理解したよ。しつこいようだが、私の名は祁答院秋穂。この部、『終活部』のSCEみたいなものを務めている」


 ソニ○コンピューターエンターテイメントみたいなものって、なんだろう。秋穂さんは娯楽そのものにでもなりたいのだろうか。ネタキャラってこと?


 もしかして、秋穂さんが言いたかったのはSCEでは無くてCEOでは無かろうか。まぁ、敢えて指摘することでもないし、放置しよう。


 さて、俺は好物は後に残しておくタイプだ。言うなれば、ここまでは秋穂さんにとっての不味いご飯。ここからが、お待ちかねのメーンディッシュとなる。


 待ちかねているのは秋穂さんだけではなく、見学希望者の一人も同じだった。杏樹人形をポイっとして、先程からうざったいくらいに背中をツンツンしてくる男を引っ張り出した。


「俺の友人です。この部活の話をしたら、見学がしたいと言うので連れてきた」


 本懐は単純に不純なんだけど、わざわざ水を差すこともない。


「俺、鳥居都徒って言います。趣味は人間観察(異性の)。人生の課題は彼女を作ることです!」


「ほう。既に人生の課題をハッキリ持っているなんて、有望な人材だな。是非に我が部に入って欲しい!」


 瞳を輝かせてトトの手を握る秋穂さん。


「今日は見学って名目でこさせてもらいましたけど、もう心が決まりました! 俺、入部しますっ! あざっす!」


 本当に不純な奴だった。


「此方こそ、ありがとう」


 秋穂さんが微笑む。トトはその場で素早く半回転して此方を向いてぼそぼそと話しかけて来た。


「マジで美人だな、この人。惚れてまうぞ」


「そういう話を俺に振られても、共感できないからな」


 その流れでトト人形を引っ込めて、新しい人形を連れてくる。


「徳井末吉なんだな。趣味は食事なんだな。美味しい物が食べられるなら、協力を惜しまないんだな」


 この部の活動理念は、消滅の瞬間に己の人生を振り返り『良い人生だった』と言えるように、部員一丸となって協力しあって人生を結実させる事にある。


 ふくちゃんは『協力するから、見返りに俺の幸せである美味いもんを食わせろ』と暗に告げていた。それを聞き取れない秋穂さんではないらしい。


「少し失礼」


 秋穂さんは俺達に背中を向けると、普段から陣取っている豪奢な机に近づく。飾り気のない学生鞄から鍵を取り出すと、引き出しを開いて白い袋を提げて戻ってきた。


「これらは、君のお眼鏡に敵うだろうか」


 差し出されたその袋の中身を、ふくちゃんが検閲する。刹那の間にその袋は閉じられた。ばっ(開ける)ばっ(閉じる)って感じ。


「姉さんに一生ついていくんだな」


 不純な奴等だった。


 全員の自己紹介が済んだタイミングを見計らったように、ノイズを垂れ流し続けていたラジオが意味を持つ音を発した。


「皆さん、こんにちは。西校放送部プレゼンツ『方舟ラジオ』! DJは私、雨音九葉アマネ ココノハでお送りします」


 人の声だ。それに真っ先に反応を示したのはトトだった。


「お。部長もこの人類最後のラジオのリスナーなんすか?」


「ああ。『も』と言うと、都徒くんもそうなのか?」


「部屋で一人の時にタイミングが合えば聞いてる感じっす」


 孤独を慰めてるのか、それは。なんとも言えない空気になる前に、軌道修正を試みる。


「秋穂さんはここに居る間は大体聞いてるよな」


「歌がとても良いんだ」


 トトも頷いて、同意らしい。第二種人類が歌ってるってだけで、俺としては駄曲になるんだけども。そんな失礼な事を考えていると――。


「オープニング一発目は私のお気に入りのこの曲です」


 早速、評判の歌が流れるみたいだ。


 いつもなら聞こえないように距離を置く等の様々な工夫をしている所だけど、気になるっちゃなるし……その評判の歌声とやらを少し聞いてみるか。


「それでは、お聞き下さい! マルシバ」


 ポップな曲調のイントロで、それは始まった。

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