生者の邂逅

 そんな風に予告の件について、色々と物思いに耽っていたら、気付けば放課後になっていた。

 友人の誘いを断って、校内をぶらぶらする。なんとなく、そうしたい気分だった。


 差し当たり、誰かに話すか話すまいか。話さなければ、俺はただ消えるだけだ。

 誰かに話してしまえば、俺という存在が消える事実を、消えるまでの間、背負わせてしまうことになる。

 だから、予告が来ても誰にも話すことはないと、前から決めていた筈なんだけど、な。


「心って奴はままならないよなぁ」


 つい昨日までは、俺は消失が訪れるその瞬間まで、普段通りに過ごして、あっさりと消えていくのだろうと思っていた。


「抵抗したって無駄だし、消えるだけだし。無駄だし」


 等と独り言を漏らしながら、今はもう使われていない職員室の前を通る。

 数年前なら、独白を聞かれて恥ずかしいーっなんてトラブルがあったかも知れないけど、足音が良く響くまでになったこの場所では、人の気配は濃厚に漂う。廊下には俺一人なのは間違いない。


 もう少し進めば昇降口だ。そこには掲示板があった。

 張り紙が一枚張り出されている。


「…………」


 そこに記されていた一文が、俺の足をその場に縫い付けた。


『私たちは消える為に生まれたのではない筈だ』


 昨日までの俺なら鼻で笑っていたであろう言葉の羅列。

 生まれた事そのものに、あれこれ意味なんてない。

 生まれたから、生きている。生きているから、いずれ死ぬ。


 だが、今はどうだろうか。この胸に去来した感情は? ――と。


「君も、予告が届き、消滅を待つ人間の一人かい?」


 背後から第一種人類とは異なるキーの高い声が掛けられる。バカな。この俺が、敵の接近を察知できなかった、だと?


「待て待て待て。急に話しかけたのは悪いと思うが、無視することはないだろう」


 硬直が解けて、速やかにその場を離れようとした俺の肩に、何かが乗せられる。これはもしや、でぃっしーず ……せかんたいぷ……ひゅーまん……。


「はんっ」


 それを認識した瞬間、俺の腰は面白いようにすぱっと抜けた。膝さん大ウケ。


 一応弁解だけさせて欲しい。


 これは極度にシャイだとか、そんな次元の話じゃなくて、幼き頃の恐怖体験がトラウマになっていて、緊張はしているけども、恥ずかしいなんて感情は一切なく、恐怖にメーターが振り切れている状態だ。

 もはやPTSDと言っても過言ではない。患者または関係者よ、怒りたければ怒るといい。

 女子が怖いと言う俺をあざ笑えばいい。そしたら俺もあんたらをあざ笑ってやるがな!

 ごめんなさい、お互いの傷ついた心を無為に刺激したりせず、尊重しあって行きましょう。ね?


「ちょ、ちょっと、いきなり尻餅なんて付いてどうしたんだ!? 病気か!?」


 ええ、まぁ。ちょっとしたPTSDモード(ちょっとカッコいいだろ、この響き)が発動中です。なんて、小粋なジョークを飛ばせる余裕が皆無である俺は混乱の極み。


「いいいいいい、いつのまに後ろを取ったんだっ!」


「私に背を向けたのは君の方だと思うんだが」


 ですよね。落ち着け俺、落ち着け俺。視界を閉ざして、胸に手を当てて深呼吸する。

 大丈夫、怖くない。なんなら、今にも泡を吹きそうな俺の方が端から見たら不審人物で怖いくらいだ。

 そうして自己暗示を掛けて行くと、徐々に恐慌も収まってくる。膝は腹を抱えて笑うのをやめてくれた。これなら、逃げられる。

 視界を開く。目と鼻の先に、第二種人類の大きなサファイア色の瞳があった。ここは誰? 私は富士サファイアパーク?


「なぁ、君。本当に大丈夫だろうか?」


「当園は、観察対象との近い距離感がミソです!」


 俺は、壊れた起き上がりこぼしのように綺麗に後ろに倒れてから、気を失った。

 俺、歌います。起き上がらないこぼしブルース。え? いらない?



 ◇   ◇   ◇



 俺が保健室で目覚める頃には、外はすっかり真っ暗になっていた。澄んだ静けさにの中にあって、俺が発生させる物音がやけに大きく聞こえる。

 身体を起こして手探りで照明を付けると、その袂には一枚のメモが置いてあった。

 現在、保健室の運営は物好きな第二種人類の生徒が一人で受け持っている。

 そんな彼女は俺の扱いには手慣れたもので、デジタル時計のアラームを自分が帰った後に鳴るようにセットし、尚且つ、状況説明を記した書置きを残してくれている。


「俺が第二種人類を人類の枠に収めていられるのは、彼女の貢献によるところが大きいな」


 物静かな帰路を歩きながら、そんな確信を口にする。


 周囲は閑散としていた。ときおり聞こえる、獣のものと思われる鳴き声が、この世界がまだ死んではいないのだと、教えてくれるようだ。


 ひときわ明光するノア寮前の街灯の下で俺は足を止めた。

 手には保健室の天使――間違えた。保健室の主の書置きの他に、もう一枚のメモがある。


「どうするべきなんだ、これ」


 どうやら、俺の意識を飛ばした第二種人類が書いたものらしく、天使と比べるとやや角ばった丁寧な文字で、謝罪の言葉と連絡が欲しいとの旨が記されていた。


 メールアドレスが添えられている。このアドレスに連絡を寄越せという意味らしい。

 第二種人類の声を聞くのも辛いという俺への配慮だとしたら、サファイアパークの評価を上げても良いんだけども。


 しかし、俺にはまだ問題が2つあった。

 学生鞄からスマホを取り出す。モノはちゃんと持ってる。それに、実機が故障しているとか、そんなんじゃなくて。


「まぁ……明日でも、いい、よな?」


 呟いて、ふと頭を過ったのは、俺の未来。


――明日になれば、俺に残された時間が一日減る。


 明確に意識した。だが、この件については、俺には如何ともし難いので。とにかく、俺が故障しているのである。

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