梨太君の本気

 捕まえたはいいものの、とくにその理由が思い付かなかった。

 梨太は無言のまま、彼の手にただその体温を伝えていく。 


 鮫島は不思議そうに、梨太の発言を待っている。


 さすがに何か言わなきゃ変だよな、と自覚する。それでもやっぱり気の利いたことが思いつかず、梨太は、そのまんま、言いたいことをいうことにした。



「鮫島くん。今度、女性になったら僕とセックスしませんか」


「え? 無理」



 彼は即答した。




 ずるずると、力を失くして突っ伏す。鮫島もまた座りなおした。うつむいた少年の栗色の髪を見下ろして、また無言で展開を待つ。


 梨太は腹痛でもこらえるような声を出した。


「あーうー。無理って、無理ってやだなあ。へこむなあ。まだそういう気になれないとか今スキナヒトがいるからとか、うっすくていいからオブラートが欲しい。いや、もういっそのことヤダ! とかでもいいから、無理って言葉は、なんかすごい胸にズガンときたよう」


 ぼやく少年の後頭部に向かって、なにも変わらない口調で鮫島。


「そういうことじゃなくて、物理的に無理なものは無理だから」


「……ぶつり?」


 顔を上げる梨太。ラトキアの青年はうなずいて、


「うん。雌体優位ならともかく、俺は十六からほぼ雄体だから、雌体化周期がきても妊娠はできない。内臓的な部分はあるにはあるが、そこに至る道や機能が、退化している」


「え? えーっとぉ、それって、つまり――ズバリ言うと……小さくて、入らない?」


 再びうなずく鮫島。

 

 梨太はぶつぶつと呟き、空中に目を這わせて考え込んだ。

 たっぷり三分、悩み抜いて――腹の底から声を吐き出す。


「まぁじぃかよぉおおおおおぉぉぉ」


「予想の出来た話だとおもうが。むしろ今まで誤解されていたことの方が俺は驚いているぞ」


「いやそりゃね、あれだよ、普通に考えてそりゃそうだねって感じもするよ確かに、でもここまできといてそりゃないでしょうよおおおお。あああああ。フラグが! フラグの回収に頭がついていかないいいいっ!」

 

 頭を抱えてわめく梨太を、鮫島はなんとなく申し訳なさそうに見下ろしていた。

 そーっと手をさしのべようとするのを、すかさず梨太が捕まえる。


「うわっ?」


「でも! ラトキア人は最終的に全員が、父にも母にもなれるって! 言ってた! 鯨さんがっ!」


 叫ぶ梨太。鮫島は目を丸くして、何度も瞬きをしながら、うなずく。


「う、うん」


「ってことは、どうにかなるんだよね? 生まれつき雄体優位だろうとも、どうにかすれば起死回生、また女性になって妊娠までできる道(ルート)があるってことだよねそうだよねっ?」


「それは……」


「あるんだよね! どうすればいいの?」


 両手首を捕まれて、騎士団長は完全に気圧されていた。ソファに身が沈むほど引きながら、言葉を選び、回答する。


「だ、だからっ……雌体の時間が長ければ、馴染んでくるから。女性器が進化、というか成熟して、交代に男性機能のほうが退化していく。だから、雌体優位になれば」


「なれば『出来る』の? どうすれば雌体優位になるの?」


「雌体化、してる周期に、あわせてそれを促進、女性として、なんというか、充実させれば……雌体化してる日数は長引くし、次にまたくる周期間隔が短くなっていく。それを繰り返していれば徐々に優位性が逆転するから」


「いつ? どのくらいかかる? 『出来る』ようになるまで!?」


「に……2、3年かな」


「長ぇええええ! なにそれめんどくさい! ラトキア人めんどくさいっ!!」


 深夜の住宅地にひびきわたるよな少年の絶叫に、近所の屋外飼いの犬が共鳴して吠えた。


 生態まるごと面倒くさいよばわりをされた青年は、さすがに眉をしかめ、梨太をたしなめようとした。しかしそれより早く、梨太は振り向いた。覆い被さるようにして、彼の肩をつかんで見下ろす。


「女性として充実って、なにすればいいの」


 鮫島の返事はない。細い眉を難しげに垂れさせて、やけに力強く置かれた梨太の手を気にして首を曲げた。梨太は逃がさない。


「……地球じゃあさ、女のひとは、恋人ができたら色っぽくなるなんて言うんだ……そういうこと?」


 数秒だけ、彼の返事を待ってみる。やがてまた自分からしゃべり始めた。


「どうすればいい? 教えてよ。僕がそれ、全部やってあげるから」


 鮫島は、いつだって真摯に梨太の言葉を受け止める。


 どんなバカなことを言っても、不条理なお願いをしても、一度すべて聞く。腹に入れて、思案して、彼なりの結論を必ず返してくれる。


 彼は、少年の言葉をそのままきちんと聞き、熟考した。そして返事を返す。


「……あげるって、恩着せがましく言うが、俺は女になりたくはないのでメリットがないよな」

「うあド正論きた!!」


 梨太はのけぞって悶絶した。

 しかしへこたれず、すぐに姿勢を戻す。


「じゃあ、こうしよう。鮫島くんがイイと思うことだけしよう。イヤなこととか痛いこととか気持ち悪いこととかなんにもしないから」


「…………。リタ」


「はい」


「その発言がもう気持ち悪い」


「ぬあああっ!」


 額に鉛玉を食らったようにのけぞる梨太に、鮫島は半眼になって嘆息した。


「それに、その時期にはもう俺は」

「わかった!」


 唐突に、梨太は叫んだ。


「こういうことだ、つまり鮫島くんが、僕のことを好きになればいいんだ。僕からどうこうされるって前に、鮫島くんの方から、僕にどうにかされたいって思ってくれたらそれでなにもかも解決なんだ」


「……は?」


「いややっぱし正直、不安はあるんだ。雌体化した鮫島くんがどこまで女性なのか、僕がズキュンとくる仕上がりになるかどうかってのが、不安はぬぐい去れない。それがあるから、やっぱり強引には口説けないけどっ」


「これでか? 本気だしたお前の口説きって犯罪行為にならないか?」


「今の男の鮫島くんがあとちょっとばかり女性的になったからって、それでどうにかしたいとは思えない。けど、鮫島くんのほうからどうにかしてっと言ってきたとしたら、どうにかしましょうって気はする。すごくする。何とかなると思う」


「おまえ、なに言ってるんだ」


「うん、いいや。細々したことは置いておいて、なんでもいいからなにかしらいやらしいことをしよう! それだけ約束してくれたら、詳しいことは当日になってから」


 皆までいわさず、鮫島はとうとう梨太の後ろ襟を掴んで持ち上げた。約二十五センチの身長差で梨太は手足を垂らすしかない。

 上目遣いで見るだけの少年を片手にぶら下げながら、彼は額を抑えて嘆息する。


「もう……なんなんだ……」


 これが、もしも犬居なら。適宜、梨太のテンションにあわせていちいち言い返し、うるせえバカ、一人でやってろとぶん殴り、庭にでも放り投げているだろう。あるいは最初から完全に無視をきめこむか。いや、とっくに帰ってしまうと思われる。


 鮫島は、明らかにツッコミに慣れていない。それはそうだろう、泣く子も黙る惑星最強の男は、未知との遭遇にどうしていいかわからないようだった。


 梨太はぶらさげられたまま、うつむいた鮫島をのぞき込む。


 と――くっくっ、と、鮫島が肩を上下にふるわせた。


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