第19話 ピンチ
「よし、この回だ。三番から始まるこの回が勝負だ! 相手ピッチャーはストレートしか無い、それは間違いない。手元のノビが大分あるかもしれんが、しっかり軌道を読んで狙っていけ!」
「はいっ!」
「分かってるな! 我ら東征野球部が練習試合とはいえ、あんな無名校に負けて良い訳がない! この回に必ず点を上げろ!」
「はいっ!」
☆★☆★☆★☆★☆
さて、勝負も残す回はこれと一回になった四回裏の攻撃。バッターボックスに入った相手は、足で地面を掃いてから打つ姿勢に入る。
すると、ふと違和感を感じた。――相手の目が変わっている。序盤から感じていたゆとりのようなものが消え、真摯な視線をこちらに向けている。遊びに徹していたライオンが空腹に耐えきれなくなり、本気で狩りを始めるように。これからが本番だと無言で伝えてくる。
さて、それをもろに感じている筈の咲はマウンドで萎縮しているか。――んな訳ないよな。お前がそんなたまな筈ないよな。
咲は一回深い呼吸をしてから、勢いよく腕を上げた。その勢いを殺さずに、腕を前へ、ボールを投げ込んだ。真ん中辺りを通る球になるが、相手は高めの球を見送ってボールになる。そしてそのまま二球目。だが、その球は真ん中ら辺に行ってしまい、それを相手は狙ってきた。上がったボールは左中間方向へ進んでいき、そしてそのまま落ちた。
くっ……遂に打たれたか。咲に抑えられてきた相手チームの今日初安打だ。
バッターランナーは一塁を回って二塁を狙う。躊躇が全く見られなかった。こっちの外野の実力も分からずに高を括って間に合うと思ってやがるな。
――だが、そう簡単に行くと思うな。
ボールを捕球したライトが一転、体を素早く翻してセカンドへ送球する。
「えっ……!」
バッターランナーの驚きの声が聞こえた。その驚き、賞賛と捉えさせてもらうぜ。
藤田から送球されてきたボールは、矢の如く一直線に進んでいき、セカンドのミットに収まった。そのライトの肩が相手にとっては想像以上だった故の驚愕だったのだろう。
……まあ、送球逸れてセカンドベースから離れちゃったんだけど。
だが、今のボール、タイミング的にはアウトだった。相手もヒヤヒヤした顔をしている。守備練習はほぼ捨ててきた為、藤田のコントロールを磨く余裕が無かったのが痛かったか。
ともかく、これでノーアウトランナー二塁。いきなりピンチを背負ってしまった。そんな状況で迎えたバッターは、相手チームのエースで四番も務める成原。
まずいな………。でも、逆に捉えればある意味チャンスだ。借りを返すな。この回まで散々ピッチングで抑え込まれてきた鬱憤を今ここで晴らしてやれ。
ランナーが出たことにより、咲はセットポジションに変える。
そして投げる一球目。見事に、アウトローに綺麗に決まり、相手も手が出ずワンストライクになる。だが対称的に続く二球目は指に引っ掛けたのか抜けて、外の高めに外れたボール球になる。
……って危ねえな。佳苗が素早く反応して取れたから良かったもののワイルドピッチになるところだったぞ。ランナー二塁と三塁じゃ全然違うんだ。暴投だけは気を付けてくれよ。
ただ今の暴投寸前の球……。
少々気になった。ひょっとして、いよいよ来たか。一番の懸念材料が。
気持ちを整理させる為か少し間合いを取り、咲は構えて三球目。咲の手からリリースされたボールは、再びアウトローを狙ったのか、しかし真ん中目に行ってしまう。それをバッターは思いっきり叩いた。直後に高音が響いたかと思うと同時に、進行を逆方向に変え、移動を始めたボールを目で追う。ボールは落ちず、まだ進んでいく。そしてギリギリで切れ、レフト線を割ってファールになった。
あっ、危なかった……!
今のは単純に運が良かっただけだ。偶然フェアゾーンに入らなかっただけ。ただそれだけ。当たりは完璧、完全に捉えられていた。
にしても、マジかよ……。いくら二巡目、しかも甘くなってしまったとはいえ、咲の球をいきなりあそこまで運ぶか。……これはやはり間違いない。
――疲れが、徐々に咲の体を蝕み始めているんだ。おそらくその所為で、あとはランナーが出た為やむを得ずセットポジションで投げている所為で球威が落ち始めている。
この一週間、咲には他の練習と兼用とはいえ、合間の時間に走らせて、スタミナを付けさせてきた。しかし、所詮一週間だ。例えイニングが短いとしても、投手が背負う疲労は相当のものだ。そんな短期間でどうにか出来るものじゃない。
それに何より、どんなに練習したってどうにでも出来ないもの、本番の試合での独特の緊張感。しかも今回は絶対に負けられないという相当のプレッシャー。それらによる精神的負担もかなりのものだろう。そりゃ、疲れもする。
……筈なんだけどな。普通はこの場面、投げるのも辛い場面だと思うんだけどな。なのにあいつ、戦意を失うどころか寧ろ燃えてやがる。相手をねじ伏せる気でいやがる。
そして咲はセットポジションの構えから体を正面に向ける。
なるほど、球威を得る為にワインドアップに変えたか。しかし、ワインドアップは通常、大きく振りかぶる分盗塁されやすくなる。それを増した球威で押さえ込もうとしているようだ。あいつ、ランナーまで球威でねじ伏せるようってことか。自分の渾身のストレートを前に盗塁出来るもんならしてみろと、そう無言で言っているようだ。
……全く、度肝を抜かされる。そうだな、常識なんか捨てないと勝てる相手ではないな。それに、相手もせっかく出したランナーを今盗塁死なんかで失ったら終わりだってことぐらい分かっている筈だ。格下相手にそんなリスクは負ってこないよな、監督さん。だから、俺が出したサインは最高の球をただ相手にぶつけろ、相手をねじ伏せろというものだけだ。牽制球なんかいらねえ。その勢いのまま殺して来い!
――咲はそのまま大きく振りかぶって、思いっきり腕を振った。相変わらず綺麗なフォームだった。
相手が振ったバットからは快音が響いた。真ん中に行った球を相手は打ち返した。ボールは今度はセンター方向にどんどん進んでいき、そして遂に落ちた。
――落ちた場所はフェンス手前、川相のミットの中だった。
「アウトー!」
審判が川相の捕球を確認して、アウトを宣告した。
しかし、距離は十分出た。リタッチした二塁ランナーはタッチアップして三塁まで到達した。
おうおう、随分飛ばされたな。でも、アウトはアウトだ。ランナーを還さなかったのは、お前の球威が勝ったからだ。十分だ。……本人は三振取れるつもりでいたのか、若干不服そうな顔してるけどな。
さて、ランナー三塁ながらこれでワンアウト。ピンチに変わりないが、一つアウトは取れてまた気持ちは楽になったんじゃないか。でも、次のバッターもクリーンナップだ。気を抜いたら持っていかれるぜ。
咲もそんなの分かっているようで、顔は相変わらず少しの油断も見せない。――よし、良い顔だ。
五番に対して投げたボールは二球ボールが続いた後ストライクゾーンに入るが、高めに行ってしまう。それを相手は打ちに来た。
だが、ボテボテのゴロがサードと投手の間に転がっていく。
よし、打ち損じ! だが、あまりにもボテボテになってしまう。お陰で三塁ランナーは走れないにしても、バッターランナーの足が結構速い為急がないとファーストが内野安打になっちまう。急げ!
若干ピッチャー寄りのゴロだった為、捕球したのは咲。捕球した球を右手に持ち替え、急いで一塁に送球する。だが、投げる際に若干バランスを崩した。それを立て直そうにも既にリリースする体勢に入ってしまっている。そのまま指から離されたボールは、バウンドしてファーストの野中の腕が届かない、二メートル程横を通過していってしまった。それを見た三塁ランナーは即座にホームへ向かい、一塁に到達したバッターランナーも二塁へ。そのどちらもセーフになってしまう。途端に敵ベンチからは歓声が上がった。
遂に初ヒットから繋いで一点を取られてしまった。正直この一点、かなり痛い。
いやまあ、とはいっても取られた事自体は問題じゃない。そこは仕方が無い。ワンアウト三塁だ。同点は俺も選手達も覚悟していた筈だ。
だが、今回は点の取られ方がまずかった。本来なら点が入らなかった状況でこちらのエラーで点が入ってしまった。しかもよりによってエラーをしてしまったのが咲。チームへの動揺もそうだが、何より咲自身のメンタルの方が心配だ。くそっ、これならまださっきの球で暴投して、前の打者の外野フライで一点取って貰った方が良かった。
佳苗が審判に何事か告げた後、内野を全員呼んで咲の元に集り出した。どうやら三回使える守備時のタイムの内の一回を使って、皆で励ましの言葉を送っているようだ。更に、センターから向かおうとしたが、藤田に止められ不服そうにセンターに留まっている友香もそこから「気にするなー!」と声援を贈っている。あいつら……。
しかし一方の咲は俯いてずっと返ってきたボールを見つめ、明らかにさっきまでの熱を失っている。
――ここは俺も行くしかないな。
高校野球において監督はベンチから出ることが出来ず、伝令を介さないとフィールドにいる選手や審判に意志を伝えることは出来ないことになっている。女子野球でもそれは一緒で、監督という肩書きを背負っている俺は本来マウンドに行くことは出来ないが、伝令に使える選手もいないこっちは特別に俺がマウンドに向かっても良いと試合前に相手チームに了承を貰った。
皆が集まっている中に俺も急いで向かう。高校野球のタイムは一回につき三十秒までとなっている。伝えたいことは、急いで簡潔に伝えなければならない。俺は到着すると、早速咲に声を掛けた。
「咲、あのな――」
「……ごめんね、私がエラーした所為で点取られちゃった……」
だが、俺の言葉を聞く余裕などないように、咲は言葉を遮って謝ってきた。顔は俯き、ボールを見つめたまま。その状態からはどのような表情をしているか解することは出来ないが、その声からは酷く困惑しているのが聞いて取れた。
「咲、ちゃんと聞いてくれ。――さっきのエラーは気にするな。誰もお前を責めないし、お前も自分を責める必要はない。久しぶりの実戦、初めてのマウンドでエラーするなんてしょうがないことじゃないか。野球にエラーは付き物だ。寧ろよくここまで抑えてくれたよ。……それに言っただろ、お前を支えるって。だからさっきの点数、お前だけの所為ってのはおかしいんだよ。俺の責任でもある。大体、ポジションを決めたのと守備練習を捨てる指示を出したのは俺なんだからな」
「そんな……常田君は関係ないよ。……私が悪いんだよ」
言った後、強く歯を噛み締める咲。俺の言葉が伝わらない。皆もそうだ、とか、咲を責める訳が無いとか言うが、伝わらない。皆、違うと伝えたいのに全く聞き入れてもらえない。寧ろそのことを責めたいのだが、責めることが出来ない。
……気持ちが分かるから。俺も同じ立場だったらと想像したら、咲と同じようなことをする場面しか思いつかなかったから。
しかし、そこで制限時間の三十秒を迎えた。もう戻らなければいけない。だが、最後にこれだけは言い残していく。
「ともかく、自分ばっかり責めるな。これは野球だ。チームでやるスポーツなんだ。お前一人が責任を負わなけらばいけなんて考えの方が奢りだ。……それと一番ダメなのは、この後ミスを引き摺って点を重ねられることだぞ」
「……チームでやるスポーツだから、私が責任を負わないと行けないんだよ……」
「えっ……!」
戻る際に、ボソリと聞こえた言葉。しかしその反論に更なる反論をぶつけることが出来なかった。時間が過ぎてたからと言い訳で合理化させることが出来るが、分かっている。本当は返す言葉が思い付かなかっただけだ。……支えてやるって言ったのに。自分の無力差に腹が立つ。
このままじゃ、ヤバい。負けてしまうのは間違いない。でも、何を言っても、言葉じゃどうしようもないならどうすれば良いんだよ。
俺は歯を思いっきり噛みしめながらベンチに、集まっていた仲間も全て元の位置に戻り、試合が再開される。
……っち、やっぱりな。再開されてもさっきのような相手に挑んでいくような闘志が感じられない。それに見た感じ、寧ろ何かを恐れて萎縮しているように見える。
その状態で咲が球を投げた。……ダメだ。相変わらずワインドアップだが、球威は見るからに先程より劣り、ボールもかなり外に外れた。それに、あんなに流動的で綺麗だったフォームがどこかぎこちない、詰まりの感じるようなフォームになっている。腕の上がりも悪く、今までのように躍動感を感じない。
でも今はともかく必要なサインを送らなくてはいけない。相手も今の一球を見て間違いなく、悟っただろう。俺は盗塁警戒のサインを送る。ホームからより近く二盗より難しい三盗だが、見た所今の二塁ランナーの足はさっきのランナーより速いし、今の咲のサインを見たら普通は好機と見るだろう。盗塁警戒のサイン、そしてセットポジションで投げるサインを送る。佳苗が確認し、二塁とピッチャーに牽制球のサインを出す。だが、咲はそれを見ていなかった。俺のサインも佳苗のサインも頷く様子がなく、ワインドアップで投球モーションに入った。
なっ……! すると、やはり二塁ランナーがスタートを切ってきた。ボールを取った佳苗は焦って投げるが、ワンバンしてしまい宮下がそれを取り零す。しかし、前に転がった為ホームまでは行かせなかった。
ふうっ、危なかった……。だが、今の一連のプレー、今の状況を如実に表している。咲の不穏な空気がチーム全体に広がっているんだ。それに咲の奴、全くプレーに集中出来ていない。
「咲、ちゃんとサインを見ろ!」
少し強く言うのを心掛けた俺の言葉にビクッと反応してからしばらく制止し、その後に顔を上げ空を仰ぐ咲。それから俺に向かって一回お辞儀を、それから今度は皆に、最後に佳苗に向かって行う。今のプレーへの謝罪なのだろう。
それを見て、それまで度々咲に掛けられていた声がぱたりと止む。でも、分かる。これは諦めなんかじゃない。だよな、そうだよな。咲だって負けたい訳が無いんだよな。勝ちたくて、でも疲労と急激な精神的ショックでどうにもならなくて、それでも抗っているんだ。それを分かっているから、後はエースに任せることにしたのだろう。
本来なら交代でもして落ち着かせた方が良いのかもしれないが、生憎うちには代わりのピッチャーなんていない。咲を代えたら敗北の確立が上げるだけだ。――それに、今咲は乗り越えなければいけない試練にぶつかっている。こんな場面、勝てばこれから何度も来るんだ。ここで乗り越えなきゃお前は一生勝つことが出来ない。
「ボールフォー!」
制球が全く定まらず、前の回に続いてフォアボールを出してしまう。これでランナーが出てワンアウト、ランナー一、三塁になる。
「咲っ!」
声と共にバシバシとミットを叩いて真ん中に構える佳苗。そこにさっきの回でやった手をもう一度やるようだ。それは今の咲の球じゃあまりにもリスクが高過ぎる行為だ。でも、他に方法が無いのも事実。まずストライクが入らない今の咲にはどんな手段でも入れてもらうしか無いのだから。
正直さっきまで出来過ぎだと思っていた。初回で先制点を上げ、ピンチがありながらも零点で抑えきってきた。でも、野球には必ず二回は大きな山場が来ると言われている。それが九回ある男子野球の話だとして、約半分の今回の試合なら一回、しかし初心者ばかりというのを加味してやっぱり二回ピンチは来てもおかしくない。一回目は前の回、なら今回で最後のピンチだ。
――だから乗り越えてくれ、咲!
そう願っていると、また、今度は一塁ランナーが走り出した。
牽制球は入れたし、セットポジションにもなったが、まだまだ咲のクイックは未熟と言わざるを得ないし、球威が衰え始めた今のストレートでは相手もスタートを切りやすいだろう。佳苗が今度は上手く投げるも、間に合わずにセーフになってしまう。これで、ランナー二、三塁。一打で二点差の状況だ。
野中が祈るように、目を瞑ってグラブと右手を合わせているのが見える。
そうしてバッターに咲が球を投げる。ボールはキャッチャーの構えからは少し外れたが、それでも充分甘いコースに行きバッターはそれを打ち返した。ボールはセンターとレフトの間に伸びていく。長打コース。上がったボールを見つめながら落ちるコースをおおよそで予測した。左中間真っ二つだな。これは……取れない。これで、二点、か。致命傷だ……。
――っと考えてしまったから。だから、落下予測した地点に視線を下ろした先に見えた光景に目を見張ってしまった。友香がボールに向かって、フィールドを駆け巡っていた。疾風の如く、真っ直ぐ迷い無く突っ切っていく。そのまま落下を始めたボールに向かって目一杯グラブを前に出して、飛び込んだ。ボールはどうだ。審判が確認にいく。そして腕を上げた。
「アウトー!」
あのボールを取った……。取ったのか……! あんなに練習を見てきた俺が開いた口が塞がらなくなってしまった。いや、見てきたからこそだ。あの球は、打った瞬間、いや打つ前から予測した上で動き出し、かつ迷いなく友香のスピードを以てして全力で向かわないと取れない。あんなの初心者が捕れる球じゃない。それを、練習していても難しいあの球を、練習を捨てた上でしかも何の躊躇も無く飛び込んで捕りに行くなんて。
……凄いな、本当に驚いた。今のはおそらくただの勘だ。でも、この場面でそれを実行出来る度胸とそれを当てた勘。いや、勘というより天才的な嗅覚といった方が正しいか。それを初心者がここで発揮出来るなんて誰が予想出来るだろうか。だからこそ野球は何があるか分からないと言われて、面白い。
捕球後、三塁ランナーがタッチアップした為、友香は素早く近寄った桐生にトスした。もうホームは間に合わない。だが、二塁ランナーは牽制して、三塁へ走らせなかった。しかし、これで一点が入ってしまった。一―二。遂にこの試合で初めて相手にリードを許す展開になってしまった。どっちにしろリードを許す展開だったとしても、それでも今のプレーは大きかった。二点リードが、一点リードになったんだからな。
桐生に手を掴んでもらいながら、友香が立ち上がる。どうやら怪我はないようで安心だ。
と思った瞬間、友香が大きく息を吸う姿が見えたかと思うと、そこからフィールド全体に響き渡る声が聞こえてきた。
「点数取られた! リードされちゃった。皆、ごめん!」
喜びの声を上げていた相手チーム含め、その場にいる全員が唖然と見つめる。勿論、俺も。主に自責点を負った咲が。
だが、そんな状況を気にすることなく、というか元から返答は求めていなかったようで、友香は言葉を続ける。
「それと、咲! 今の見たでしょ! ボール捕ったのは私なのに、アウトに出来たのに、ランナーのホームインを許しちゃった。リードを許したのは私の所為だ! だから、もし負けたら責められるのは私だ! なのに、勝手に同点になった程度のミスで自分を責めるな! 一人で背負うな! バックを信じろ! 仲間を信じろ! ミスしたからチームに迷惑かけちゃうじゃない! ミスしたからもっと仲間に頼れ! ピッチャーがそんな偉いのかー!」
心の内を叫び出した友香は、ハアハアっと肩で息をしている。
ははっ、何だよ。二人で踏み出そうっていったけど、もう十人になってるじゃねえか。
今の守備だけじゃない。キャプテンとしてその明るさでチームを鼓舞している。全く、友香、お前は最高のキャプテンだな。
――咲の目に闘いの意志が戻った。ったく、遅いっつうの。
一点リードは許したが、未だランナー二塁のピンチ。でも、ツーアウトだ。さっさとバッターねじ伏せてこい!
咲が左足を引いて、腕を上げる。相手ランナーが走り出すが、構わずに咲は続ける。その腕は上がりきり、そのまま最高到達点から一気に振り抜く。
――ああ、これだ。やっぱりお前はこうじゃなくちゃな。そこには俺が一瞬で目を奪われ惚れてしまった綺麗なフォームとそれに近いボールがあった。
その球威が上がった球を見て驚愕の表情を浮かべた相手はボールを見送り、ランナーは三塁に盗塁を成功させる。ワインドアップに戻し、戻ったとは言っても球威が序盤よりは落ちてきたのだからしょうがない。でも、それで良い。ツーアウトだ。ランナーなんか、気にしなくて良い。バッターをアウトにすればそれで終わりなんだからな。
咲は再び腕を大きく上げる。そして腕を鋭く振り抜く。高めに行った球を打ちに行った相手はバックネットにボールをぶつける。ファールボール。これで追い込んだぜ。
そして三球目。またも同じような所にいき、ファールボールになる。四球目は中寄りの球でファール。なかなか勝負が決まらない。……でも、面白いな。笑っている。咲も――相手も。どちらも真っ向勝負を楽しんでいる。その時は永遠に続くのではないか。一瞬そう思ってしまった。
だが、その時見えた咲が投球に入った姿。それを見て、感じ取った。それは幻想。この勝負は、この投球で終わりだ。
……鳥が飛翔するかのような勢いのある動きで、ボールをリリースした咲。その球は相手のバットを躱すように綺麗に佳苗のミットに吸い込まれた。
――三振だ!
「よしっ!」
体の前に強く握った拳をやり、咲が吠えた。次いで、やったー! と皆が喜びと賞賛合い混じる歓声を上げる。あはは、凄いな。その猛々しい姿と普段の咲とのギャップに思わず笑みが溢れた。
おいおいでもな、凄い歓喜モードだけど、まだ勝った訳じゃないし、そもそもリードされてんだぞ。本来はそんな安堵出来る場面じゃないと思うんだが。
……でも、まっ、いっか。喜ぶ時は喜んでおいた方が。
思わずガッツポーズを作っていた自分に気付いて、そう考えた。
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