第12話 打順

 四月下旬の季節は春。

 日が出ている時間も伸びてきた上に、気温は徐々に暖かくなって来たとはいえ、まだまだ肌寒さを感じ、頬を撫でる風は冷たい。一週間前と何も変わらない気候がその場にある。だが、それとは裏腹に時間は停滞することを知らない。どころか、必要とすればするほど無惨にも速度を増して過ぎ去っていく。一週間などあっという間に過ぎ去り、遂に試合は明日にまで迫っていた。

 この一週間、グラウンドを使えることはほとんどなく、大半例の校舎裏のスペースで大方同じような練習を、しかしチームは変えながら繰り返してきた。でも、そんな練習の中でも誰もが、時折俺の予想以上のものを見せてくれた。

 皆やれることはやってきた。だから今日は確認程度の練習にして、あとは休養にあてることにした。その最後の練習は友香の嘆願の結果、グラウンドを使わせてもらえることになった。これで最終日に延び延びと出来る。

 ランニングとストレッチの後はまずは守備練習。これは三十分程度やらせた。一週間前とは格段的に違う皆の動き。役割を知った上で考えて動けているからだろう。

 皆に就かせたのは、前に適当に決めたナチュラルポジションではなく、俺がシートバッティングと守備練習を見て適性を考えながら決めたポジション。練習するからには早めに決めてしまおうと一週間前から就かせたポジションだったが、案外正答だったのかもしれない。皆、俺が考えた通りの動きを出来ている。

 守備練習の次は、いつも通りチーム分けして、各自で練習を行っていく。

 最後に完成度を確かめる意味も込めて、それぞれの練習の確認。

 今日はティーバッティングをやっている山坂、藤田、倉持、桐生のチームは相変わらずバッティングに慣れた様子を見せてくれる。フォームも固まってきて、打球も良い感じに飛ばせるようになってきていた。こっちはもう今はこれ以上指摘することはない。

 場所を移動し、ミニシートバッティングをやっているチームを見る。

 今打席に立っているのは宮下。相変わらずのヘッドホン装着状態で、バントを上手く決めている。時偶のバッティングも流石なだけあって、広角に打ち分けている。

 よし、宮下は問題なし、っと。

 っと思った所で、宮下がバッティングの構えから、咲が投げた所でテイクバックしたかと思うとバットを寝かせて、軽く三塁側に転がした。と同時にすぐに走り出す。しかし、惜しくも球はファールラインを越える。


「かー、惜しい!」


「おいおい、今セーフティーバントかよ」


「いやー、ちょっと昨日テレビ中継してた試合で見たからさ。思い出して試してみたくなったからやってみたけど難しいね。これは実戦で使うにはちょっとリスキーかな」


 苦笑しながら、バットを拾う宮下。

 まあ、確かにセーフティーは普通の送りバントより要求されるものが多いからな。そんなちょっと練習したくらいで使用するのは控えた方が良い。

 ……のだが、向こうでランニングをやっていた奴が一人、立ち止まってこちらを見ながら目を輝かせている。


「なに今の! すげー!」


「今のはセーフティーバントって言って、自分がアウト前提でバントする送りバントとは違って、自分も生きようとするバントだ……って、おい、友香。後ろ支えてるから早く動き出せ」


 友香が感嘆の声を挙げている。

 でも、後ろを走っていた野中が急に止まった友香にぶつかって鼻痛そうにしてるし、さっさと再開するように促す。


「さて、じゃあ今日も後は俺がキャッチャーやるから、佳苗はバッターボックス入ってくれ」


「うん、分かったわ。ありがとう。よろしくね」


 そう言って打席に入った佳苗も気持ち良さそうに打球を飛ばしている。佳苗も問題なし。

 佳苗もある程度打った後に、すぐに打席に入る友香。友香もバットが良く振れている。ヒットも出ている。だけど、それじゃ満足出来ないらしい。バットを咲に向けて伸ばしたかと思うと、本気で投げるように要求し出した。

 おいおい、何度目だよ。ていうか、友香は未だに咲の本気のストレートをヒットに出来ていない。よくて、ボテボテのゴロかファールといったところだ。

 咲は苦笑しながらも、要求に応じて本気で投げる。


「うおりゃああぁぁぁー!」


 で、打てない。声だけは立派だが、やっぱり打てない。何とか当てても、後ろにしか飛ばない。

 ……正直まだ早いんだよな。今の友香のスイングじゃ、いくら振ったってあの速くてノビのある球にバットをマグレ以外でまともに当てるのは難しい。


「やぁー……打てないー!」


 相変わらず悔しそうに友香が叫ぶ。しかし、やられてもやられても立ち向かう、その怖いもの知らず、というか負けず嫌いは相当なものだな。でも、そうやって成長していくものだ。さて、いつ打てるようになるのか。今後に期待っと。


「ごめんね、友香。でも、私も簡単には打たせないよ」


「むぅー! ……なら、これでどうだ」


 等と俺がこの様相が継続されると信じて疑っていなかった中、咲に挑発された友香はとんでもないことを仕掛け出した。

 バットを横向きで持ち、そのままそれにボールを当てた。コキンという音と共に、ボールが跳ね返った。と同時に当てたバットをすぐに放って、一塁目掛けて全力で駆け出す。ボールは――上がった。小フライになったボールは咲が前に突き出したグラブの中に修まった。瞬間意表を突かれたような驚きの表情から、ほっと安堵の表情に変わる咲。


「びっ、びっくりした……」


「わはははは! 見たかー、我がバント!」


 アウトになったのに何故あんなに誇らしげなんだ、っという疑問も勿論あるが……だがそれより、おい、今のマジかよ。驚いた。

 今までバントを練習していない友香の急なセーフティーバントもそうだが、咲のあの浮く球をいきなりバントしちまうなんて。しかもフライになってしまったとはいえ、ちゃんと前にボールを行かせて。普通なら当てることすら不可能、ないし後ろにあげてしまいそうなもんだが。

 これがやられても諦めない不屈の精神が呼んだ、奇跡なのだろうか。まあ、要するに何度も投げてもらってようやく球筋に少しばかりは慣れてきたということなのだろう。

 まあそれでも、宮下のを一回見ただけで良い形にさせちまったのはどっちにしろ凄いことなのだが。

 ……でもな、


「どう、監督。これもう少し練習すれば明日の試合で使えるんじゃない」


「友香。お前にはまだバントは早いよ。それにちゃんと練習もしていないし、いきなり本番は危険過ぎる。時間もないし、バントはまたの機会にして今回はバッティングに専念してくれ」


「えー! …………分かったよ」


「悪いな」


 言葉は同意の意志を見せるが、口は尖らせてその顔は本音を隠しきれていない。それでも、ちゃんとヒッティング練習に専念してくれたから良かった。

 友香の後を継いだのは野中。野中もこの一週間の練習の効果がしっかり現れている。ボール、ストライクの判別は大分出来ている。何せ時間が無かったから、この方法がどこまで通用するか分からないけど。……本番でも見せてやれよ、お前の力。

 そして最後の咲。俺がピッチャーを務め、咲にもバッティングの練習をやらせる。まあ、流石というべきか、広角にボールをコントロール出来ている。得点力も充分だ。

 そうして咲のバッティング練習が終わった時点で他も切りが良かった為、練習を終了させる。そうして、ストレッチを終了させてから一同に集合を掛ける。


「皆、お疲れ。今日はこれで練習を終了させるから、後は明日の試合に備えてゆっくり休んでくれ」


 はいっ! っと返事が固まって聞こえてくる。その選手一同の顔を一瞥していく。皆、引き締まった良い顔をしている。

 じゃあ、そのまま――


「それと最後にポジションと打順を発表していく」


 言った瞬間、緊張と期待が混ざったようなざわめきが起こる。しかしそれもすぐに修まり、皆一層引き締まった顔をしてこちらを見る。


「まずは、一番センター、川相友香」


「よっしゃー! ――じゃなくて、はいっ!」


「二番サード、宮下樺乃」


「了解」


「三番ピッチャー、真田咲」


「はいっ! ……あっ、うん」


「四番キャッチャー、風木佳苗」


「オッケー、私が四番ね! 任せて」


「五番ショート、山坂春夏」


「五番か。了解」


「六番ライト、藤田茜」


「やっぱりね」


「七番レフト、桐生彩智」


「七番か。まあ、悪くないな」


「八番セカンド、倉持早月」


「ふっ、ふっ、ふ。恐怖の八番の実力を見せてやるぜ……」


「九番ファースト、野中唯」


「ふぁい! あっ……はい」


 俺が一週間見て選んだポジションと打順。正解なのかは分からない。だが、限りなく正解に近い解答を出せたという自負はある。


「最後に一つだけ。――絶対、勝とうな!」


 「おおっ!」っという九人の声が重なった声がグラウンド中に響き渡った。

 今から一日経過した時には、おそらくもうこの部の存続は決まっている。

 だから、難しいかもしれないけど。

 託し、託されたから。だから、もう心配するのはやめだ。

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