第11話 方向性2

 双方のチームに同じような練習を一時間半程続けさせた。皆疲れた様子だった為十分程の休憩を挟んでから、今は咲と佳苗以外のメンバーには塁間ダッシュを、そして咲と佳苗には全力の投球練習をやってもらった。

 さっきの練習を見ていたら、佳苗とか咲の本気の球をなんとファールに出来た者はいるものの、やはりまともな当たりを出した者はいなかった。それに佳苗のキャッチの方も、少しずつ取れる確率は高くなってきたものの、まだ取りこぼしてしまう回数も少なくない。まあ、それでもあと一週間で何とかなることに期待しよう。

 その練習を終えてから、軽いストレッチをやらせる。気付けばもう辺りは暗く、既に時間は七時を過ぎていた。

 しまった。ちょっと急に根を詰めすぎたかな……。


「皆、悪い。これで練習終了なんだけど、もう七時過ぎちゃってるな。大丈夫か? ちょっとやり過ぎだったかな?」


「何言ってるのさ、監督! 時間無いんだから、まだまだ足りないぐらいだよ!」


「そうです……だよ。それに、楽しかったし、まだやっていたかったって私は思うよ」


「私も自分でも役に立つって言ってもらって嬉しかったです! まだ練習したかったです」


「そうか、良かった。ありがとう、友香、咲、野中」


 三人だけじゃない。皆、物足りないだの、明日よ早く来いだの言っている。

 初めて間もないのに、もう本当に野球が楽しいって顔してるな。上手くなりそうな者ばかりだ。


「よし、じゃあ、明日からもこんな感じで行くから本番まで頑張ろう。今日はこれで終わりだ。――あっ、そういえば時間なるべく作って家でもちゃんと素振りしといてくれよな」


 言うと、終わったーや疲れたーという言葉が、方々から耳に入ってきた。しかし言葉とは裏腹に楽しげな笑い声も聞こえてくる。一瞥すると、皆の顔は充足そうな笑顔を咲かせている。

 その光景に俺も頬が緩む。と一緒に一層思いが強くなる。


「あの……常田さ、君」


 グラウンド出ようと歩く女子の一群。その最後尾に自分も付こうとしたところで、そのグループから一人抜けた女子が俺に話し掛けてきた。


「どうしたんだ、咲?」


 先を皆が行く中立ち止まり、二人きりの構図になる。

 目前で俺に対する咲はしっかりとこちらの目を見据えているが、しかしどこか不安そうにしている。


「あの……私、このままで大丈夫なのかな?」


 要領を得ない質問だ。


「大丈夫って何が? 試合のことならお前なら大丈夫だろ。俺は期待してるけど」


「期待か……。うん、それはありがとう。でも、その……ストレートしかない私が強豪と呼ばれている学校相手に通じないんじゃないかって不安なんだ。今からだけど私、変化球覚えた方が良いのかなって思って」


 咲に前に持ち球を聞いた時、真っ直ぐしかないと言っていた。投手としての本格的な練習をしてきた訳では無い為、変化球はとても実戦で使えるようなものではない中途半端なものしか投げられないらしい。

 なるほどな。そりゃ、不安にもなるか。今のバッターレベルが上がっている時代、ストレートだけで抑えられる投手なんてそうそういない。

 でもな、咲。


「いや、変化球はいらない」


「えっ、でも……はっきり言って、私が抑えられなきゃ試合は終わりだよね」


 確かめるように言った咲のその言葉にドクンと心臓が跳ねた。

 そうか、俺はバカだな。プレッシャーをかけるなんていらん心配をして。完全に見誤っていた。

 そうだよな、咲が自分でそんなことも分からない筈が無かったよな。


「ああ、まあ……それは否定できないし、ストレートだけで抑えられる程現代野球は甘くないってのも確かに事実だろう。でもだからって、今からそんな付け焼き刃の変化球を使おうとしたって結局中途半端になるだろうし、同じだよ。だから残りの時間、投球練習ではストレートを磨くことだけに専念してもらう」


「でも、それじゃ……」


 何か言いかけて、だけど咲は口を噤む。表情は悔しそうにしている。


「咲、お前は一つ勘違いしてるよ」


「えっ……?」


 ポカンとした顔でこちらを見つめる咲。


「いや、俺もさっき言ったんだけど、確かに今の野球でストレートだけで抑えるのは難しい。でもな、それはただのストレートの場合だ。お前のストレートはそんじょそこらのストレートとは違う。お前の球なら相手を抑えられる」


「私の球が……ただのストレートじゃない?」


「ああ、そうだ。――あの時も言っただろ。咲、お前が本気で投げた球は本当にノビた生きた球だ。初めて見た人も一瞬で魅了するような、そんな魅力ある素晴らしい球なんだよ。だから、信じろよ。自分のストレートを」


 普通のストレートがあんな浮き上がるかよ。

 でも、今まで他の人に披露するなんて機会もなかっただろうし、練習で抑えたっていったって実戦経験の無い素人がばかりだった。自分の球が凄いっていう確証を得るチャンスがなかったからでもあるんだろうな。でも、こっちは充分実感してるんだよ。


「それにな、分かってるのかよ、咲。出会って間もないのに、あんなに信用されてるっていうのがどんなに凄いことか。皆お前のストレートを少し見ただけで、お前なら相手を抑えられるって確信しているんだよ。俺も含めてな。――そんなの普通はありえないことだ」


 自分で言いながら気付く。人に教えることは自分に教えることと一緒だとよく言うが、なるほど、言い得て妙だと実感する。

 ああ、そうか。俺が咲にもう一度野球を始めてもらいたいと思ったのは、才能ある者がやめるのがもったいないと思ったからだけじゃない。まだ見ていたかったんだ。あの球を。一野球プレイヤーとして、一野球ファンとして。そして、他のチームに見せ付けてやりたかったんだ、この才能を。

 なんだ、全部自分の為だったんじゃねえか。


「……そっか。ありがとう。そこまで言って貰って、その嬉しい、な。ちょっと自信付いたよ。そうだね。――私、自分のストレートを信じるよ」


「ああ、それで良いと思うぜ」


 エヘヘへっと照れくさそうに笑った咲のその目は、確かに自信が灯っている。


「でも、咲。ごめんな」


「えっ、何が?」


「さっき咲が言った通り、一週間後の試合はピッチャーの咲次第で勝敗が決まる。……負担が大きいし、ブランクあるのにいきなりそんな重荷を背負わせてごめん。でも、俺も半分受け持つから。お前が背負い切れない分は俺が受け持つから。だから、頼む。――あいつらを勝たせてやってくれ!」


 やっぱり練習すればするほど、あいつらと時間を過ごせば過ごす程負けたくないって気持ちが強くなる。あいつらには野球をやって笑っていて貰いたいから。その為にお前に託すしかないのは、正直心苦しい。

 でも、そんな俺の気持ちを理解した上でなのだろうか。


「それは私もだよ。常田君が背負い切れない分は私も受け持つ。だから、勝てるよ絶対」


「ああ、そうだな。……ありがとう。さてじゃあ、もう暗いし行くとしますか」


 辺りはほぼ暗闇。良い加減、どこぞの教師に怒られてしまうかもしれない。


「あー、咲、監督ー! 二人で何話してるのー!」


 不意にグラウンドの向こうから、声が聞こえてきた。もう暗くなっている為見えづらいが、あの声は友香だな。もう着替えたのか。

 俺はその声のした方へ、大声で返す。


「作戦会議してたんだよ!」


「じゃあ、早く帰る準備してよー! 待ってるから、皆で帰るぞー!」


 声が届いた瞬間、クスリと正面から笑い声が聞こえて来た。


「はあっ、ったく、しょうがない。仕方無いから、急いでやるか」


「そうだね」


 そうして、二人で一斉に声のした方へ向かって駆け出した。


「咲、多分試合の時にお前の凄さ見せ付けてやれ」


「任せて」


 試合まで後一週間。方向性は完全に固まった。

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