第9話 決起
「……という訳なんだ」
グラウンドに向かい、集まった野球部のメンバーに俺と咲は様々なことを話した。
野球をやめてからやらなかった理由、また始めることを決めた経緯。
皆、驚いたり、共感してくれたたのか悲しそうな顔をしたり皆様々な表情をしていたが、全員最後までちゃんと聞いてくれた。
「皆、やらないとか言っといて、結局やることを決めて、ふらふら自分の意見を決めるのも時間が掛かるような男だけど、もう決めたから。このチームを勝たせるから。よろしくお願いします!」
「私もチームの為に、ううん、何より私自身の為にどうしても勝ちたいから、出来ることで勝ちに貢献していきたいです。だから、よろしくお願いします」
二人で頭を下げ、少ししてから顔を上げる。そして反応を待つ。
「良いよ、一緒に野球やろう」
「こっ、こちらこそよろしくお願いします! 一緒に協力して敵を倒しましょー! ……って私なんかが言うのは、おこがましいと思うんですけど……」
「まっ、問題ないんじゃない。私のヘッドホン装備を許可してくれた訳だし充分よ」
山坂、野中、宮下に次いで全員が賛同の声を挙げてくれた。
それを聞いて安堵の息を漏らす。隣の咲もだ。
良かった。そんな奴らではないとは分かっていたが、わずかでもある拒否の可能性に怯えていた自分を否定することは出来ない。
でも寧ろ話を聞いても戸惑いもせずに、俺達が入るのを喜ぶように許してくれて、本当にこのチームは良い人が集まっていると思う。より一層勝たせてやりたい気持ちが強くなる。
「……皆、ありがとう」
「……ありがとう」
「ということで、遂にチームが完成したぜ、皆!」
川相の呼びかけに呼応して、イエーと喜びの声が上がる。
「これで、ハゲ校長の第一の条件はクリアーした。後は、試合に勝つだけだ-!」
『おー!』
そう、後は勝つだけ。だが、唯一残る条件にして、高く立ちはだかる壁だ。
「ってことで、監督、時間もあまり無いし練習早速やった方が良いよね!」
日を見ると、西の空を赤く染め既に沈む準備を開始していた。
確かに時間が無いから急ぐべきなのだろうが、その前に確認しておきたいことがある。
「その前に一つ確認しておきたいんだが、このチームのキャプテンって友香で良いんだよな?」
『友香……?』
おいっ、何だ。何皆ヒソヒソ話し始めてるんだ。
って、おいっ、誰だ。今、あいつら出来たんじゃ無いのとか言った奴。
「監督、友香って……」
「何でお前が驚いてんだよ! お前が呼んでって言ったんじゃねえか!」
尚更ヒソヒソ話が酷くなってるから、やめろ! 女子の噂は怖いんだから。話の歪曲具合が凄いんだから。普段女子とあまり話さない人がちょっと女子と楽しそうに話したら、すぐあいつら付き合ってんじゃね、とか噂されるんだから。
「ハハハハ、冗談、冗談!」
「ったく。あー、皆別に気にしないでくれ。ただチームとして近付く為だけに名前で呼んでって頼まれただけだから。別に特別な意味はない。……っで、どうなんだ、友香?」
さっさとこの空気を変える為に、話を戻す。
思い返してみてもそう言えばまだ聞いていなかったから、一応程度に聞いてみた。そうだと確信していた。のだが、
「えっ、キャプテン? 私じゃないよ」
「あー、そういえば、意外にもまだ決めてなかったわね」
「なっ、まだ、決めてなかったのか!」
佳苗が言葉通りに、意外そうに言う。
友香が仕切ってるから、完全に思い込んでいたのだが、実際はまだだったのかよ。
でも、なら早めに決めておいた方が良い。
「なら、先にキャプテン決めからだな。チームが出来たなら、纏め役を決めるのが一番最初だ」
「んー、そう言われても僕の中では既に友香がキャプテン的な存在だったんだけどね」
「私もです」
「私は、ヘッドホン装備を許可してくれるなら誰でも良いわ」
山坂も野中も宮下、は特殊だが、ともかく皆いつの間にか友香をリーダーとして見ていたらしい。ていうか、宮下ヘッドホン出来ればどうでも良いらしい。
でもまあ、外から見ても友香が一番キャプテンらしい仕事をやっていた訳だし、そもそも俺は元々友香は良いキャプテンシーを持っていると感じていた。
決まりで良いだろう。
「よし、じゃあ監督からの初指令だ。友香、キャプテンはお前に任せる。これからチームを統率していってくれ」
「私が、キャプテン……。――良いね、かっこいい!」
全く、予想通りの反応ありがとよ。
ということで、キャプテンも決まり、これでようやく正式にチームとしてスタート出来る。
早速練習っと行きたいところだが、残念ながら今日はもう時間がない。本格的な指導もとい始動は明日からだな。
後は、ダッシュと軽いストレッチをさせて終わらせることにした。
☆★☆★☆★☆★
「なあ、友香」
「どうしたの、監督?」
練習が終わり、校内にある更衣室に向かって皆が一斉に歩き始めたところで、友香を呼び止めた。
ちょっと聞いておきたかったことがあるからだ。
「あっ、更衣室で一緒に着替えたいっていうのは無理だからね」
「いや、別にそんな言ったら引かれるような用件じゃないから」
何で違うって言ってるのに、少し引き気味に距離取ってるんだよ。
「そうじゃなくて、聞きたいことがあるだけだよ。……なあ、咲に聞いたんだけど、お前さっき咲に俺の過去を話たんだって。話した記憶は無いが、何で俺の過去を知ってたんだ?」
「ああ、それね。教えてくれたからだよ。――監督の友達が。サッカー部の」
「俺の友達……」
……サッカー部の俺の友達。
隆志か。
「うん。昨日帰りにね、丁度部活終わりが重なったから会った際に話し掛けてくれたんだ。で、頼まれた」
「頼まれた?」
「『あいつにもあいつなりの理由がある。だからまだ野球と向き合えていないけど、どうせあいつは野球をやめられないから。すぐにやりたいって言い出すと思うからその時は入れてやってくれ』って。――まあ、私も最初からその気だったんだけどね」
「……そっか」
そんなとこでもあいつにお世話になってたのか。
はあっ、つくづく自分はしょうがない奴だと思う。
自分の好きなことを再び始める為だけに、他の人に協力してもらってばっかりとは。それでもそのお陰でまた踏み出せた事実は変わらない。
「勝たなきゃな」
「そうだね。いや、絶対勝てるよ」
嬉しげな顔で言った友香に、俺も笑って返す。
また一つ背負うものが増えた。
これで負けたら大変だな。色々と。だから勝つ。
それに、勝って、本当に野球と関わることが出来た時。それが俺なりの恩返しになるだろうから。
「それとな友香、もう一つ言いたいことがあったんだ」
「えっ、なにっ、なに!」
「お前、人数揃ったから校長に言いに行くだろ?」
「あっ、うん、そうだね」
「その際に一つ言っておいてもらいたいことがあるんだ」
「言っておいてもらいたいこと? ――って、さては秘策ですな!」
「いや、秘策って程じゃないけど実力差を埋める為だ」
「ほうほう。で、何て言えば良いんですかい?」
「ああ、えっとな――」
勝ちの可能性を少しでも上げる為の策は惜しんではいけない。
試合はもう既に始まっているのだから。
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