妖暖話〜あやかしだんわ〜

葵 祐志

ぬりかべ

朝、眼が覚めるとぬりかべがいた。

目覚めてから約15分程経つだろうか。

今もまだぬりかべと向き合っている。

まずはこの不思議な体験の経緯をお伝えしなければならない。


朝いつものように僕は枕元にある7:00丁度に爆音を発する目覚まし時計に起こされ、そのスイッチを切る。

軽く背伸び(寝ながら)をし、窓から差し込む朝日の光を浴び「頼むからもっと寝かせてくれ。」と誰に頼むともないお決まりの台詞を自分にかけて身体を起こす。

いつもと何も変わらない目覚めの光景。

「いや違う。」瞬時に感じた何かが正面を向いた時にはっきりとした。

いつもならベッドから起きた正面には部屋のドアが見えるのだが今は見えない。

約6畳の部屋の白の壁に濃い茶色のドアがあるはずなのに、目の前の光景にはドアがない。

代わりに灰色の「何か」がある。

「え?」と思ったのと同時にその灰色が何かわかった。


「ぬりかべ?」自分でも信じられなかった。

自分の部屋の出入り口であるドアの前にぬりかべが立っている。

濃くも薄くもない灰色の壁?のようなものの下には二本の細い足。

少し視線を上げると細い腕に手がある。

さらに視線をその中心に近づけると小さく虚ろな目と合った。

小さい頃漫画かアニメで知ったと思うがまさに容姿はそのままである。

その時の僕は恐怖などなく頭の中には「なんでぬりかべ?」とだけあった。此処までが今までの経緯だ。

僕はお化けや幽霊は信じないタイプだ。

そんなものは存在しない。

まして妖怪なんかは昔の人が作った空想上のものだ。絶対にいない。断言できる。

だが今僕の部屋のドアの前にぬりかべがいる。

目を擦って再度確認する。ぬりかべがいる。

頬を叩き抓ってからもう一度確認する。ぬりかべがいる。

目覚まし時計の横に置いてあったスマホを手に取りカメラのアイコンを選択。レンズを部屋のドアの方へ向け、シャッターを押す。

「カシャッ」という音と共に画面に部屋の写真が映し出される。

やはりそこにはぬりかべがいる。

とりあえず今撮った画像をLINEに添付し、同級生の彼女に送ってみた。

すぐに彼女からの返信があった。

『おはよ☆何これ?お化け?もうそんなくだらないスタンプで遊んでないで早く学校に来なよ(´・∀・`)』

やはり信じてもらえない。まあそれもそうだ。僕自身まだ目の前の『もの』を受け入れられないでいるのだから。

目覚まし時計に目をやる。デジタルの数字で7:47を記している。

自宅から僕の通う高校までは徒歩で約25分かかる。

今から支度し、少し走れば遅刻は免れる。

僕は部屋のドアの前にいるぬりかべを見なかったことにしてベッドから起き上がると制服に着替え、鞄を手にした。

そして何事もない普段と変わらぬ動作で部屋から出ようとした。

やはりぬりかべはそこにいた。

そこから一歩も動く気配がない。外に出られない。

「ヤバい!このままだと遅刻してしまう!」

僕は人に自慢できるような特技などない。

学校の成績も極々普通だ。しかし、唯一誇れるものは“無遅刻無欠席”なのである。

しかも遅刻の理由が「朝起きたら部屋のドアの前にぬりかべがいたので出られませんでした。」なんてことを言えば周りの人間の「こいつイタいな。」「全然面白くないんですけど。」的な反応が怖い。

そして何よりそんな理由しか言えない自分がイタい。

それだけは避けなければ!

僕はぬりかべを動かして外に出る手段を考え、試みることにした。

時計は7:56を示していた。

まずは力づくで持ち上げてみた。やはりビクともしない。

部屋の天井ギリギリまである大きさのそれは僕の力ではどうすることも出来そうにない。

ぬりかべと目が合った。小さく虚ろなその目はどこか愛嬌があり可愛らしく、僕のイメージだがイルカの目に似てるなと思った。

いやいや。今はそれどころではない。とにかく早く学校へ行かねば。

力づくで無理ならこれはどうだ!とぬりかべの脇の辺りをこちょこちょとこそばしてみた。やはり反応がない。

先程からぬりかべに触れて感じたことだが、ぬりかべって意外と暖かいんだな。どこか人と触れてる時の、人間の体温に近い感じがする。

いやいや。ぬりかべの体温なんかどうでもいい。早く学校へ行かねば遅刻してしまう。

出来ればしたくなかったが、僕はぬりかべと話をしてみることにした。

普段の僕は学校でもあまり同級生や他人と話をすることがなく、唯一彼女としか話をしていないような気がする。

なので友達があまりいない。

僕は勇気を出して声をかけた。

「あの、、そこどいてくれませんか?」

「…。」

「早くしないと学校に遅れてしまうので。」

「…。」

返事がない。ただの屍のようだ。「いやいや。ぬりかべだし!」心の中で自分にツッコミをいれてから少し声を大きくして「あのすいませんがそこどいてくれませんか?早く家を出ないと学校に遅刻してしまうんですよ!そもそもなんで勝手に僕の部屋に入ってるんですか?迷惑だから帰って下さい!」そう言いながら僕はぬりかべを動かそうとしたがやはりビクともしない。

僕はその場にへたり込んでしまった。

時計は8:02を示している。

外に助けを呼ぶしかない。僕はスマホを手にしたとき、ふとぬりかべの左足に目がいった。足の甲に何か文字がある。よく見るとアルファベットで『nurikabe.waiwai』と油性ペンで書かれていた。

「まさか。」僕はスマホのLINEを起動させ、友だち追加からID検索画面を開き、『nurikabe.waiwai」と入力してみた。

すると『ぬりかべ』と表示され、今目の前にいるぬりかべのプロフィール写真が出てきた。

恐る恐る『追加』を押してみると僕の頭上から『ライン!』という軽快な音がした。音のする方を見るとぬりかべが背面にリンゴのデザインのあるスマホを手に何やら作業をしている。

程なく僕のスマホが鳴る。画面にはぬりかべからであろう『友達追加ありがと(^∀^)』という文字が映し出されていた。

「友達追加ありがと(^∀^)じゃねーよ!こっちは急いでるんだから早くどいてくれないか!ってかどけよ!」と思いながら、「まてよ。これでこいつと会話できるかも?」僕の親指がスマホを叩く。


僕『こちらこそ^ ^それよりそこどいてくれない?早く学校へ行かないと遅刻しちゃうから。』


ぬりかべ『えー><最初の会話がいきなりそれ?』


僕『いやいや(汗)そもそも勝手に人の部屋に入っておいてそれはないでしょ?いいからそこどいてくれない?ってかいますぐどいて!』


ぬりかべ『やだ!』


僕『どうして?』


ぬりかべ『んー。そんな気分(笑)』


「気分(笑)じゃねーよ!第一そんな気分てどんな気分だ!こっちは無遅刻無欠席がかかってるんだ!もうこうなったら何がなんでも出てやる!」

僕はぬりかべを再度力づくで押し続けた。

デジタル時計は8:13。

勝ち目のない相撲でもここから出る為には戦わなければいけない。

僕は何度も果敢にぬりかべに向かっていった。

その度にぶつかり、後ろへ飛ばされた。

どのくらい経っただろうか。

急に僕の右斜め後ろから『バサッ』という音がした。

振り返って確認すると、昨日寝る前に読んでいたゲーム雑誌がページを開いた状態で落ちている。ぬりかべとのやり取りの中でバタバタと動いたからどこかに当たって落ちたのだろうか。

『シリーズ最高のハンティングアクション!12月11日狩猟解禁!協力プレイでクリアを目指せ!』

某有名ゲームの特集の記事だった。

僕はこのシリーズが好きで前作ももちろんクリアしている。

最大4人での協力対戦が可能なアクションゲームだ。

その時、ぬりかべの小さな目が一瞬大きくなった。視線は僕の後ろの雑誌に釘付けである。その時「マジで?!」と初めて低くて小さな肉声を聞いたかと思うと、その大きな身体を起用に動かしながら僕の部屋を出て、僕の方を振り返り右手の親指を立てたかと思うと片目をウインクしバタバタと階段を降りていった。

そこには見慣れたいつもの光景があった。

部屋のドアが開かれたままの状態で僕はしばらく呆然としていた。

先程までの出来事は夢だったのだろうか。

僕の体のあちこちには僕の体温ではない暖かさを残している。

両手には砂を触ったかのようなザラザラとしたものがいくつか付いていた。

そのザラザラとした感触を確認しているとハッと我に返った。

「ヤバい!学校!」

僕は急いで家を出た。

9:38。

完全に遅刻だ。こうして無遅刻無欠席の夢が断たれたのだった。

昼休み、職員室から出てすぐに僕のスマホが鳴った。

画面を見るとそこには、


ぬりかべ『遂にゲット(≧▽≦)今度一緒にしよーぜ!』


「ゲーマーかよ。」独りそう呟く僕の顔は少し笑っているような気がした。

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