1-3-8 奸計

 キョウはバルザイのシミターを手にひた走る。


 自分自身にしか通用しない理屈を、他者に強要して省みない者に闇をもたらす為に。


 キョウは虐げられた者達の想いを胸にひた走る。


 自分自身にしか通用しない正義を理由に、弱い者達に犠牲を強いるのを当然の権利とうそぶく者達に混沌をもたらす為に。


 キョウは自らの怒りを燃やしてひた走る。


 その様な行為を恥じる事無く、省みる事無く平然と行う腐れ外道共に、虐げられた者達の哀しみを叩きつけて冒涜する為に。


 途中、ビヤーキー隊の足下をすり抜ける事に再び成功した、野盗共のンガ・クトゥンの一団に遭遇した、野盗共はキョウを一人と侮り取り囲む。そんな状況下、イブン・ガジは暢気のんきな口調で、キョウに声をかけた。


「キョウよ、そろそろ精霊達に供物を捧げないと、取り込まれてしまうぞい。」


 キョウも落ち着いた口調で応じ、シミターを握り直す。


「ああ、そうだな。」


 バルザイのシミターの継承の儀には、見届け役として多くの精霊達が集まる。


 継承の儀の終了後は、速やかにズカウムの薫香を焚き、感謝の供物と呪文を捧げ、旧神の印を結んで精霊達を封じなければ、所有者は彼等に取り込まれてしまい、血に飢えた殺人鬼となってしまう。先ほどキョウに、怒りが先行して余計な力が入っていたのは、この事も原因の一つである。


 キョウは野盗の群れの中に悠然と飛び込むと、白刃を煌めかせて翻し、精霊達の為にズカウムの薫香を焚いて、感謝の供物を捧げた。


 一瞬の早技にたじろぐ野盗共の中で、キョウは静かに旧神の印を結び、精霊達に感謝の呪文を捧げる。


「アザトース、ヨグ=ソトース、しもべニャルラトホテプの御名と、この結印に於いて吾は汝を解放する。この場を安らかに離れ、吾が呼び出すまで戻るなかれ。」


 キョウの呪文の詠唱が終わると、野盗共の身体が滑る様に分離し、命と血飛沫を盛大に放出した。


 精霊達に捧げる供物は悪党共の命、焚き上げるズカウムの薫香は彼等の血飛沫である。


 これでバルザイのシミターは、完全にキョウの物となった。


 シミターはキョウの無意識下の感覚に答え、その形を三日月型の片手刀から、反りの入った片刃の両手刀に形状を変える。


「ほう、そんな形のつるぎは初めて見るのう……。」


 如何にも興味深いといった声で、イブン・ガジは言う。こう見えて彼は、元々はロニーの弟子の剣士なのだ、刀剣の類いには並々ならぬ知識と興味がある。


 キョウは小さく笑い、イブン・ガジの興味に答えた。


「日本刀さ。僕は日本人だからね、これが一番馴染む。」

「何と!これが噂に名高い日本刀か!? 金枝篇によると……」


 日本刀と聞いた途端、興奮気味となったイブン・ガジの口から金枝篇という名詞を聞いたキョウは、話の方向がややこしくずれていく事を直感し、彼の精神を現実に戻す事にした。


「そんな話は後々、今はコイツらに集中しないと!」

「おう、そうじゃった、すまん。」


 キョウが野盗共の屍山血河を渡り進む、彼の背後に野盗共が進む事は既に叶わず、自警団員達に宣言した通り、キョウの背後は完全な安全地帯となった。


 無人の野を進むが如く、確実に迫り来るキョウの姿に、アーミティッジ枢機卿とウォーランは共に苦虫を噛み潰す。


「畜生!何をやってるんだ!相手はたった一人だぞ!」


 狂気山脈で、あわやという目に合わされたウォーランは、半ば恐慌をきたしてわめき散らす。


「落ち着きなさい、ウォーラン。きゃつめがここに来るには、アレを抜けねばなりません。」


 苦々しい表情でアーミティッジはウォーランをたしなめ、一点を杖で指し示した。


 杖の先には、リュミエールとイタクァの二機がかりでもなお押し留めきれない、狂戦士バーサーカー化したノーデンスの駆るナイトゴーントがいた。


「アレを抜くには、如何にネオンナイトでも苦労をするでしょう、ほっほっほ。」


 アーミティッジは不気味に笑い印を組む、そして口の中で呪文を唱え始めた。


 一方キョウは、ビヤーキー隊の精霊機甲と野盗共の精霊機甲が激しく戦う最前線にたどり着き、マージョリーとハスタァを視界に入れる。


「ハスタァ、マージ、大丈夫か!? 」

「キョウ殿!やはり無事であったか……」


 ハスタァの言葉を遮り、マージョリーが拗ねた口調で割り込む。


「キョウ、遅~い!後でいっぱい褒めてくれないと、許してあげないんだから!」

「ただいま、マージ。で? ノーデンスの奴は一体どうしたんだ? 」

「分からないわ、マグダラの指示で駆けつけたらこんな状態で、手が付けられないの。」


 そこへ、マグダラの声が勾玉を通じて届いた。


「お帰りなさい、マスター。自警団員達の報告では、不気味な鳥と接触してからおかしくなったそうですわ。」

「ただいま、マグダラ。不気味な鳥ね、仕込んでやがったな、さそり道人。」


 キョウ達が再会を果たした時、アーミティッジの呪文が終了した。


「フングルイ・ムグルウナフ!」


 アーミティッジが呪文の仕上げに叫ぶと、狂戦士ノーデンスは更に力を増して押し始める。


 ナイトゴーントの操縦席でノーデンスは、まるで誰かに動かされている様な不自然な動きで目と首を動かし、キョウを発見する。


 ノーデンスは狂った雄叫びをあげた。


「グゥオォォォォォオオオオオ!」

「きゃあっ!」

「ぐぬぅっ!」


 キョウを発見し、潜在願望を刺激され、狂気を増幅したノーデンスに、マージョリーとハスタァは思わず悲鳴をあげる。


 勝ち誇ったアーミティッジの嘲弄の声が響いた。


「さぁネオンナイト、我が僕となった狂戦士ノーデンスを抜いて、私の下にたどり着けますか? 」

「相変わらず、汚い奴じゃのう。」


 イブン・ガジが感想を漏らす。


 キョウは何も言わず、ニヤリと笑ってノーデンスのナイトゴーントに向かって走り出した。


「マージ!ハスタァ!もういい、後は僕に任せろ!」

「キョウ殿!アザトースは!? 」

「必要無い!」


 ハスタァは愕然とした、古のものクラスの精霊機甲が、二機がかりで押さえられないものを生身で対抗すると言うのか!?


「ハスタァ、キョウの言う通りにしましょう。」

「マージョリー殿……。分かった、言う通りにしよう。」


 むしろ当然といった感じのマージョリーにハスタァは従った。


 リュミエールとイタクァの妨害から解放されたナイトゴーントは、大上段に剣を構えてキョウめがけて突進する。


 キョウが間合いに入ると、ノーデンスは狂気に増幅された魔力任せに剣を降り下ろす、キョウはその剣を受け止めるべく、バルザイのシミター『日本刀バージョン』を両手で振り上げる。


 アーミティッジの嘲弄が響く。


「血迷ったか、ネオンナイト!」

「血迷ってなどいない!」


 剣と刀が激しくぶつかり合い、土煙が舞い上がった。


「やったか? 」


 ウォーランが期待のこもった目で身を乗り出す。


 やがて土煙が晴れると、一部の数人を除いて、信じられない光景に、敵味方全ての者が驚愕した。

 精霊機甲の巨大な剣を、生身のキョウが刀でしっかり受け止めていた。


「キャアアアッ!流石キョウ様、シビレますわ!」

「まさか、そんな馬鹿な……」


 ついさっき迄、床に伏せて号泣していたアリシアが、喜色満面ではしゃいで飛び回る。対照的にウォーランは腰を抜かした。


  周囲の驚愕などどこ吹く風 、キョウはナイトゴーントの巨大な剣を弾き返して跳躍する。


「ネオンの騎士の、SAN値の力を舐めるな!アーミティッジ!」


 バルザイのシミターに、更なる魔力を注入すると、日本刀バージョンから巨大なザンバー、斬馬刀バージョンに変化した。


「目を覚ませ!ノーデンス!」

「ぐふぅううっ……」


 キョウはノーデンスにとり憑いた狂気ごと、ナイトゴーントを斬り倒した。


 余りにも信じられない出来事に、周囲は静まり返る。


 その静寂の中、キョウはシミターに鞘に納め、全壊して倒れたナイトゴーントに歩み寄る。そしてハッチが破壊されたコクピットを覗き込み、ノーデンスの無事を確かめた。


「お~い、生きてるか? ノーデンス。」

「うっ、うう……」

「ほら、しっかりしろよ、ノーデンス。」

「お……、俺は……、一体……」


 朦朧とするノーデンスに、キョウは人懐っこい笑顔を向けて、手をさしのべる。


「いいから立てよ、怪我は無いか? 」

「あ、ああ、大丈夫だ。」


 ノーデンスは差し出された手を掴み、よろけながら立ち上がった。


 周囲には、唖然として二人を見つめる目が有った、キョウは莞爾として微笑み、孤児院に向かって右腕を高く掲げた。その手には、メロイックサイン『コルナ』が示されていた。


 静寂は打ち破られ、大地を揺るがす大音声が沸き上がる。


 声の性質には二通りの種類が有った。

 一つは、ネオンナイトの力に勇気付けられた者達の驚嘆の歓声。

 もう一つは、ネオンナイトの力に恐れをなした者達の恐慌の悲鳴。


 ウォーランの口車に乗せられ、今回の娘狩りに参加した新参者や、分け前を期待して協力した他の野盗の組織は、ネオンナイトの力を目の当たりにすると、こんな化け物を相手にしたら命が幾つ有っても足りないと我先に戦闘を放棄して逃げ始めた。

 彼等の中には利害の一致が有っただけで、得られる分け前と、それを手にする為に冒す危険が割に合わない物と判断すれば、ある意味引き際も潔い。

 ウォーラン一家と心中する義理も道理も無い彼等は、命あっての物種と遁走を始める、ダンウィッチに攻め込んだ野盗共の大軍は、キョウの刀の一振りで呆気なく瓦解した。


 その光景を、蒼白な顔で狼狽えながら見つめていたウォーランの隣で、つまらなさそうな口調でアーミティッジが呟く。


「まぁ、野盗なんてそんな物でしょう。しかし、ここで足抜けなんて甘い事は許しませんよ、死ぬまで私の役に立っていただきます。」


 そう言って、アーミティッジは空を見上げ、ペットのシャンタック鳥の名前を呼んで命じる。


「タクヒ、やりなさい。」


 アーミティッジの命に応え、人面鳥が飛来して、遁走する野盗共の精霊機甲の前に降り立った、すると、それまで逃げを打っていた野盗共が、魅入られる様にその動きを止める。


 それを見たノーデンスは、警告の言葉を発した。


「アイツだ!あの鳥はヤバいぞ!」


 同時にキョウの肩の上で、ナイアルラートが逆毛を立てた。


「う~!にゃ~~~っ!」


 人面鳥が不気味にニヤニヤ笑い、おぞましく美しい声で囀り始めた。


 テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ


 その囀りを聞いた野盗共の目から生気が消え、一瞬後に彼等の目は狂気を孕んで赤く輝く。

 野盗共は言葉にならない叫び声をあげると、踵を返してキョウ達に向かって突撃を開始した。


 狂気に支配され、操られた野盗共をマージョリーとハスタァが迎え撃つ。

 マージョリーはリュミエールを、狂戦士と化した野盗共の精霊機甲の真っ只中に飛び込ませ、ハイドラとヤマンソを手に華麗に舞う。

 ハスタァのイタクァは、リュミエールの剣の舞いに合わせて魔導気圧縮砲プラーナプレッシャーカノンツァールを乱れ撃ち、ビートを刻む。


「さっきはノーデンスだったから戦えなかったけど。」

「うむ、野盗共なら遠慮はしない!」


 マージョリーとハスタァが力強く宣言した。


 二人は今までの鬱憤を晴らすかの様に、野盗共の精霊機甲をスクラップの山に変えていった。

 しかし、二機で相手をするには少々数が多すぎた、一機の精霊機甲が二人の間をすり抜け、孤児院に向かって突進して行く、しかしマージョリーもハスタァも慌てはしなかった、何故なら。


「アザトース!」


 キョウが愛機の名前を一喝すると、彼の背後の地面に巨大な魔方陣が描かれた。そして、その魔方陣の中から、漆黒の機体が主の許に現れる。


「マスター。」

「キョウ様。」


 アザトースの開かれた胸部装甲とコクピットハッチの外周部には、例の如くマグダラが横座りに腰掛け、操縦席には何とアリシアが座っていた。


 マグダラがふわりと舞い降りる。


「お帰りなさい、マスター。」

「ただいま、マグダラ。」


 アリシアがコクピットから飛び落ちたが、すぐさま立ち上がり、キョウに飛び付いた。


「あ~ん、キョウ様キョウ様キョウ様!生きてらしたんですね~!」

「ああ、ちゃんと生きてるよ、アリシア。」


 アリシアは半泣き状態でキョウの首をペタペタと触りまくり、しっかりと繋がっている事を確認した。


 その様子を呆れ顔で眺めながら、マグダラがたしなめる。


「こら、アリシア、いい加減になさい。マスターが困ってるじゃない。」

「だってぇ~、お姉様~!」


 この様子を見た瓶が、冷やかす様にキョウに声をかけた。


「キョウ、お主モテモテじゃな、一人譲ってくれんか? 」


 いきなり誰もいない所から声がして、ギョッとしたマグダラとアリシアは辺りを見渡し、やがて発声源とおぼしき、キョウの肩から下げられている粉の入った瓶を、訝しげに睨み付ける。


 その姿を苦笑しながら見たキョウが紹介した。


「イブン・ガジだ、バルザイのシミターを守り抜いてこんな姿になった。」

「イブン・ガジじゃ、宜しく頼むぞ、カワイコちゃん達!」


 得意気に自己紹介する瓶を、マグダラはなおも訝しげに見つめた。


「あ~っ!あんたもしかしてギィ・ワイト!? 」


 はっとして気がついたマグダラに、イブン・ガジは罰の悪そうに答える。


「やっぱりマグダラ様には誤魔化しきれませんなぁ。」

「当たり前じゃない!私はまだお風呂覗いたの許してないんだから!」


 昔の事を蒸し返され、イブン・ガジは平謝りに謝った。

「申し訳ありません、マグダラ様。マグダラ様のお美しさに、つい……」

「いいわ、バルザイのシミターを守り抜いた事に免じて許してあげる、その代わり!」

「その代わり……? 」

「今度覗いたら、あんたのからだを腐ったミルクと卵で練り上げて、パンケーキに焼き上げて邪神の供物にしてやるから覚えておおき!」

「はいっ、肝に命じます~っ!」


 二人のやり取りが終わった事を察したキョウは、アザトースに手を掛けた。


「じゃ、行ってくる。」


 コクピットに乗り込もうとするキョウに、アリシアが声をかける。


「お待ち下さい、キョウ様。」


 振り返ったキョウに、アリシアは真鍮製の酒瓶フラスコを差し出す。


「黄金の蜂蜜酒です、どうぞ。」

「マスター好みに、アルコール分は薄めにしてあります。」

「有り難う。」


 キョウは酒瓶を受け取り、ニッコリ笑って蓋を開け、口をつけた。

 そして蓋を閉めてノーデンスに投げて渡す。


「二人の護衛を頼んだ、ノーデンス。」

「あ、ああ……」


 戸惑うノーデンスに、キョウは屈託の無い笑顔を向けてアザトースのコクピットに乗り込み、混沌の魔王の玉座、操縦席に腰を預けた。


「おい、お前達……」


 手を振ってアザトースを見送る二人の娘に、ノーデンスは恐る恐る質問する。


「ここは最前線の危険地帯なのに、どうして娘二人で来れる、怖くないのか? 」


 ノーデンスの質問に、一緒きょとんとしたマグダラとアリシアだったが、すぐに相好を崩して答えた。


「だ~って、ねぇ。」

「ええ、お姉様。」


 二人は声を揃えて、誇らし気に宣言する。


「マスターの」

「キョウ様の」

「「守る背後は、完全な安全地帯に決まっているもの。ね~っ。」」


 そう言った後、はたと気がついた様にアリシアがマグダラに問う。


「そういえば、何故お姉様はあの時、あんなに落ち着いていられたんですの? 」


 アリシアはキョウの首が晒された時、何故マグダラがキョウの生存を信じられたのか、それを知りたかった。


「ああ、あの事? だって私がこの姿を維持出来るのは、マスターの無意識領域の魔力のお陰だから。」

「と、言う事は……? 」

「もしマスターが死んだら、当然私も消えちゃうわ。マスターと私は一心同体なのよ。」


 答えを聞いて、アリシアはワナワナと震え出した。


「そんな大事な事、どうして今まで教えてくれなかったんですの、お姉様。」


 名状し難い怒りのオーラを発しながら、アリシアは目を吊り上げてマグダラに詰問する。


「あれっ、言ってなかったかしら? 」


 しれっと答えて逃げ出したマグダラを、アリシアは叫びながら追いかける。


「いいえ、聞いてませんわ!お姉様、ズルいですわ! 折檻して差し上げます! 」

「おほほほほ~っ、捕まえてごらんなさ~い。」


 二人はやがて、ノーデンスを中心にぐるぐると回り出す。


 ノーデンスは、娘達や孤児達に、これ程までの安心と信頼を与えられるネオンナイトとは一体何者なのだろう? そう今更ながらに考え始めた。

 彼の視線の先には、眩しい程に神々しいアザトースの後ろ姿があった。

 その姿を見て、本当の強さとは一体何か? ノーデンスは深く考え込むのだった。



 キョウはアザトースのコクピットハッチと胸部装甲を閉じ、魔導剣ブラックサバスを展開装備して、ルルイエ世界に召喚されて初めて、その完全戦闘態勢を披露している。

 そして操縦席のモニターから、マージョリーとハスタァの間をすり抜けて突進して来る、野盗の精霊機甲を見据えていた。


「ナイトゴーントか……」


 その機体がノーデンスの乗機と同型のナイトゴーントと確認したキョウは、ブラックサバスを一閃させ、ナイトゴーントの肩部を軽く撫でた。

 すると、突然野盗のナイトゴーントは、全身から力が抜けた様に動きを止めた。


 キョウは肩部に走る動力供給路のみを切断し、機体本体には全くダメージを与えず無力化したのだ。そして胸部装甲とコクピットハッチを引き剥がし、中から野盗を引きずり出す。


「ノーデンス、君のナイトゴーントはもう修理は無理だから、この機体を修理して使うといい。マグダラ、悪いけど改修してやってくれ。」

「かしこまりました、マスター。」


 マグダラの返事に満足して頷いたキョウはアザトースを翻し、マージョリーとハスタァに加勢する為に野盗の群に飛び込んだ。


 その後ろ姿を見つめ、アリシアは疑問を口にする。


「うちの経済力なら、ナイトゴーントの一機や二機何て事有りませんのに、どうして……? 」

「マスターは改修って言ってたでしょう、子供達の実習教材も兼ねているのよ。新品だと子供達が壊さない様にって萎縮するかも知れないけど、拾った物なら思う存分いじくり回せるでしょう。」

「なるほど、言われてみればそうですわね。」


 アリシアが納得すると、マグダラは急いでと言わんばかりに二人に指示をだす。


「そうと決まればアリシア、回収部隊の手配をして。ノーデンスは貴方の壊れた機体からクリスタルの回収と、使えそうな部品の選別よ。二人共、ボケッとしない。」


 マグダラの指示を受け、二人は行動を開始する。


 指示通り、クリスタルを回収し、使えそうな部品を選別するノーデンスの後ろ姿に、マグダラがにんまりとして声をかける。


「マスターの言いつけ通り、飛びっきりの機体を用意してあげるわ、ノーデンス。精霊機甲の開発者が腕によりをかけるんだから、楽しみにしてなさいよね。」


 そう豪語するマグダラに、一抹の不安がノーデンスの胸をよぎった。

 その不安は的中するのだが、それは後の物語である、今は話を最前線に戻そう。


 奮戦を続けるリュミエールとイタクァに、キョウのアザトースが加勢に入った。


 三機の精霊機甲は、狂戦士と化した野盗共の精霊機甲を物ともせず、確実にアーミティッジとウォーランの元に近づいていった。


 この様子をアーミティッジは苦虫を噛み潰した表情で、忌々しげに見つめている。

 キョウはアザトースを操り、やや離れた高台の上から見下ろすアーミティッジに、魔導剣ブラックサバスを向ける。


「また会ったな、さそり道人。今からそこに行ってやるから、首を洗って待ってろ!」


 野盗の精霊機甲をまた一機屠ったマージョリーが、ウォーランに向かい叫ぶ。


「ウォーラン!今日こそこの火傷の恨み、晴らしてやるわ!覚悟なさい!」


 ハスタァが哀願する様な口調で、アーミティッジに訴える。


「栄えある白騎士教団の枢機卿にあるまじきこの行い、どうか悔い改めて下さい、アーミティッジ枢機卿!」


 戦いの流れがほぼ決し、野盗軍の敗色が濃厚になったにもかかわらず、狼狽えまくるウォーランとは対照的に、アーミティッジはまだまだ余裕の薄笑いを浮かべていた。


「ふほほほほほ、この程度でもう勝ったつもりですか、甘いですね、ネオンナイト。」


 そう言って、杖を天に向けて高々と差し上げる。


「フングルイ・ムグルウナフ!」


 アーミティッジの呪文を合図に、倒された野盗の精霊機甲が再び立ち上がり、三人に襲いかかる。


「何と!」

「あ~!もう!しつこい!」

「流石にさそり道人、汚いな。」


 三者三様の反応で応戦を始めるハスタァ、マージョリー、キョウを邪悪な目で睨め回し、アーミティッジは不気味に舌舐めずりをした。


「では、最後の仕上げと参りましょう。タクヒ!」


 アーミティッジの声に応えた人面鳥は、戦場の上空を猛スピードで飛び越え、アビィの前に降り立った。


 ニタニタ笑いながら近づいて来る人面鳥に、アビィは怯えて後退る。

 黄金のミツバチ達も、アビィを庇って必死に戦ったが、人面鳥にさしたるダメージを与える事は出来なかった。


 キョウは肩のナイアルラートに声をかける。


「ナイアルラート、アビィを頼む!」

「にゃる、がしゃんな!」


 待ってましたとばかりに、ナイアルラートはキョウの首飾りの輝くトラペゾヘドロン製の勾玉の中に飛び込んだ、そして。


「にゃる、がしゃんな!」


 アビィの首飾りの、同じく輝くトラペゾヘドロン製の勾玉から、颯爽と飛び出した。

 その姿は、かつてンガイの森でアビィとマージョリーを守った時と同じく、蝙蝠の様な翼を持ち、鋭い鈎爪と、強力な蹄を持った、あの姿である。


「にゃるちゃん!」


 アビィが安堵の声をあげた。


 ナイアルラートが振り返り、アビィに優しい笑顔を向けたが、すぐに人面鳥に向き直り、必死の形相で睨みつける。


 テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ


 不気味に囀ずる人面鳥に、ナイアルラートは猛然と襲いかかる。


「ふ~っ、ふ~っ!う~っ、にゃ~~~っ!」


 大好きな友達、アビィを守るために、ナイアルラートは必死に戦う、強力な蹄で蹴り飛ばし、鋭い鈎爪で引き裂き、噛みついた。


 ナイアルラートの激しい攻撃に、人面鳥は次第に耐えきれなくなり、飛んで逃げようと試みたが、ここで逃がしたら後顧の憂いを残す、そうはさせじとナイアルラートが雄叫びをあげる。


「にゃる、がしゃんな~っ!」


 ナイアルラートの雄叫びに応じて、地面から無数の金色の触手が出現し、逃げる人面鳥を絡め捕らえた。


「う~っ!にゃ~~~っ!」


 ナイアルラートは頭上に魔法で巨大な火の玉を作り出し、人面鳥に投げつける。

 人面鳥は悲鳴をあげる間もなく、触手ごと業火に焼き尽くされた。


 あれほど激しく戦ったにもかかわらず、ナイアルラートと人面鳥の戦いの跡には、なぜか人面鳥の羽毛が一つも落ちていなかった。


 その代わり、注意して見ても分からない程小さな、アメーバ状のヌメヌメした物体が飛散している。


「にゃるちゃん!」


 アビィがナイアルラートに駆け寄る途中、幾つかのアメーバ状物質を踏みつけてしまった。


 アメーバ状物質が靴から足首につたい、足首に取り付き、染み込む様に消えて行った事に、この時誰も気がつかなかった、アーミティッジ枢機卿一人を除いては。


 キョウが再び立ち上がった野盗の精霊機甲の最後の一機を叩き潰した瞬間、切り札の奸計の仕込みを終了したアーミティッジは勝利の高笑いをあげた。

 その目には、ありありと狂気の炎をたたえていた

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