1-3-4 ダンウィッチ攻防

「野盗共! ここから先は、一歩も通さんぞ! 」


 キョウの予想通り、防御陣の弱点を突いて来た野盗達を叩き伏せ、ノーデンスが雄叫びを上げる。


 ノーデンスの雄叫びは、敵と味方の双方に、正反対の効果をもたらした。


「ノノノノ、ノーデンスだぁ~! 」


 野盗達は明らかに怯み、浮き足立つ。


 A級二種一類丙


 賞金稼ぎにとって、最高のステイタスとなるこの賞金首を、数多く倒してきたノーデンスの名前は、野盗達にとって最悪の災厄だった。


 キョウに言われるまでもなく、鶴翼陣の鶴の嘴となり、思うがままに野盗共を啄み食らう。


 ノーデンスの活躍に勇気づけられた自警団の一群が、突き崩された野盗達の隊列に突撃をかけた。


 彼等の顔は皆若い、あどけない少年の様な顔の者も数名いる。

 全てにおいて経験の浅い彼等は、戦場の空気に呑まれ、判断力を低下させていた。


 血気に逸る彼等は、浮き足立ち退く野盗の群れに、追撃をかけようと駆け出した。

 彼等の目は、過剰な正義感と血の匂いで、正気と余裕を完全に失っていた。

 そう、彼等は追撃をかけていたのではない、ただ敵が逃げたから追っていた、それだけである、危険な兆候だった。


 ノーデンスはそんな彼等の背中を見て、「そう言えば、俺にもあんな時があったな。」と、クスリと思い出し笑いをした。


 ノーデンスはナイトゴーントを飛翔させ、野盗に向かって闇雲に走る彼等の直前に、派手な土煙を上げて着地した。

 若い自警団員達は、驚いて衝突したり、尻餅をついたりと、軽いパニックに陥った。


「がっはっはっは、済まねぇ。」


 豪快に笑いながら謝罪するノーデンスを、若い自警団員達は混乱した姿勢のまま、ポカンとした表情で見上げた。


 ノーデンスは子供の様なその顔を眺め回し、ことさら厳しい口調で指示を出す。


「ようし、お前達よくやった、だが追撃はここまでだ、これ以上深追いするんじゃねぇぞ! 」


 不満気な顔がナイトゴーントを見上げる、彼等は勝ち戦に高揚している、血に酔っている、肉体的にも精神的にも視野が著しく狭まっていた。

 ナイトゴーントの外周モニター越しに、その兆候を見て取ったノーデンスは、鼻を鳴らしてから彼等を一喝する。


「お前達! 周りをよく見てみろ! 」


 ノーデンスの勢いに押され、彼等は慌ててキョロキョロと周りを見回した。すると、闇雲に追撃して突出した自分達は、本隊から孤立しつつある事に数名の者が気がついた。


 彼等が逆襲を受け、各個撃破されていないのは、ひとえにノーデンスの存在に帰する。

 彼等は今更ながら、生唾を飲んで現実を理解した。


「どうだ、気がついたか! ? 頭を冷やせ! 一端ここで隊列を組み直し、本隊を待つ! いいな! 」


 ノーデンスの号令で、若い自警団員達は、震えながら隊列を整え、組み直す。


 そんな彼等にノーデンスは、今度は先程とは打って変わって、砕けた口調で話しかける。


「なぁ、お前達、どうせ全員『可愛いあの子』の為に、自警団に志願したんだろう? 大きな手柄を立てて、『君を守ったのは僕だ。』と、自慢したいんだよな? 」


 そう言ってノーデンスが彼等の顔を見回すと、はにかんで俯く者が数名いた。


 なんだ、本当にいるのか?


 気持ちをほぐすジョークのつもりだったが、まあこれはこれで一興だ。

 そう考えてノーデンスは話を続ける。


「『可愛いあの子』が必ず喜ぶ、一番の手柄は一体何だか、お前達は知ってるか? 」


 ノーデンスの問いに、自警団員達は互いに顔を見合せて、首を傾げた。そして、答えを求めてナイトゴーントを見上げる。


 ノーデンスは答えた。


「それは、お前達の『命』だ! お前達が自分の命を持ち帰る事、それが一番の手柄だ! 戦利品だ! いいか、格好悪くても生き残れ、命さえあれば、何度でも『あの子』を守る事が出来る、目先の格好良さや欲に囚われるな、必ず生き残るんだ! いいな! 」


 ノーデンスの言葉で、若い自警団員達の表情に正気が戻った。


 柄にも無い事をしたかな?


 一瞬ノーデンスは思ったが、すぐにその考えを打ち消した。


 いや、俺は弱きを助け、悪を挫くノーデンスだ! これでいい。


 彼等の中から後に数名、戦場で教訓を語れる者が現れた、それは紛れもなくノーデンスの功績である。



「ビヤーキー隊、前へ! 」


 ハスタァの号令の下、左翼から一陣の蒼き暴風が、ノーデンスの押し戻した野盗の軍勢めがけて吹き荒れた。


 一糸乱れぬ統制の執れたビヤーキー隊の先頭を行くのは、蒼き戦闘僧伽ハスタァの精霊機甲イタクァである。

 猛り狂った蒼き風神は、膺懲ようちょうの一撃を加えんと、傍若無人な振る舞いに興じる野盗の軍勢に、死の暴風となって顕現した。


 ハスタァはイタクァを駆り、紙細工の様に野盗達を吹き飛ばして進む。


「いたいけな子供達、娘達の幸せを踏みにじる下郎共! この戦闘僧伽ハスタァが相手になる、その罪深さを思い知れ! 」


 野盗達は今、自分達が腑抜けになったと信じた男に蹂躙されている。

 彼等は無責任な噂や作り話を検証する事無く、ただただ鵜呑みにして信じ、それを基に軽挙妄動した自分達の行いを省みず、噂を流した誰かを罵る事で、己れの精神の均衡を取った。


 しかし、そんな責任転嫁をしても、現状の改善には全く寄与しない。愚かな野盗達は、自らの命で浅慮の代償を贖った。


 ハスタァは所謂『求道者』である。


 彼は常に、自分の現状に満足してはいなかった。

 常に自己研鑽を怠らず、自らの向上に努めていた。


 しかし、そんなハスタァも目標を見失い、迷っていた時期が有った。


 目指す物が見つからず、今の自分の行為は明日に繋がる自己研鑽ではなく、ただ努力する為の努力に陥っていないか不安な時期が有った。

 誰に相談しても満足の行く回答を得られず、鬱屈した日々を送っていたハスタァの閉塞感を打ち壊したのは、キョウとの出会いだった。


 キョウとの一騎討ち、そして敗北と呼ぶには生ぬるい程の完敗は、戦闘僧伽若手最強の呼び声に、知らず知らずのうちに天狗なっていた自分を思い知らさせられた。それと同時に、普段は全く強さを感じさせないキョウの姿に、本当の強さとは何なのかを、改めて深く模索するきっかけとなった。

 前述の通り、ハスタァは求道者である。

 目指す目標さえはっきりすれば、それに向かって勝手に伸びて行く。


 古今東西の資料を紐解き、試行錯誤を繰り返すハスタァは、意外な所から実力向上のヒントを得る。

 情報の出所はノーデンスである。

 彼がストーカーの如く、キョウをつけ狙っていた頃、ンガイの森にて三回上空から地面に叩きつけられた時の愚痴であった。


「精霊機甲を魔力に頼らず、完全マニュアルで操縦するだと! そんな馬鹿な話を信じた俺が馬鹿だった! 」


 憤るノーデンスの言葉に、あのキョウ殿ならその位やっているかも知れない。と直感したハスタァは、その日のうちにトライしてみた。


 しかし、結果は散々な物だった。

 全く思い通りに動かないイタクァに愕然としたが、この体験を通じて操縦席をくまなく調べたハスタァは同時に、何故補機というにはこれ程充実した操縦装置がついているのだろうと疑問を持った。

 疑問という光明を見出だしたハスタァは、書庫に籠って資料を漁った。


 その中で、遂にハスタァは興味深い資料を発見する。それは滅魔亡機戦争時のマリア騎士団の、無名の兵士達の日常を記した『無名祭祀書』である。


 文字通り、戦いの底辺を支えた無名の彼等には、特筆する魔導スキルなど無く、一見すると参考になる箇所など無かった。

 しかし、ハスタァはそれを見つけた。

 それは彼等の、精霊機甲の稼働時間である。

 総じて今の自分達より長いのである、今の自分達では考えられない程長時間稼働させ、軍事作戦をこなしていたのである。


 彼等と自分達に、魔力量に極端な違いが有るとは考えにくい、ならばこの違いはどこから来るのか?


 彼等の時代は、今の様に魔力のみに頼りきった操縦はむしろ稀で、可能な限り魔力に頼らず、操縦装置を使った完全マニュアル操縦を行い、要所要所で魔力の集中使用していたのだ。


 そうハスタァは結論を出した。


 これがキョウ殿のみのスキルなら、会得は不可能かも知れないが、過去に無名の兵士達が当たり前に行っていたのなら話は別だ、彼等に出来て自分に出来ない道理は無い、必ず会得してみせる。


 そう決意したハスタァは、忙しい公務の合間を縫って研鑽を始めた。

 結果、今では歩く、走る、掴む、拾うという動作と、直線飛行ならば完全マニュアルでこなせる様になった。


 教本など無く、教えてくれる人間など有ろう筈もない、完全に手探りでの習得である、正に血を吐く様な努力の賜物だった。


 この無謀とも言えるチャレンジは、ハスタァの実力を大きく底上げし、イタクァとの絆もより深く強固な物とした。


 常に目標を見つけ、自己研鑽を惜しまないハスタァに、浅薄短慮な野盗共が敵う道理など有ろう筈が無い。

 一機、また一機と屠られていった。


「イア! イア! ハスタァ! 」


 脇を固めるビヤーキー隊が、壊乱する野盗共を掃討しながら、蒼き風神を讃える。


「イア! イア! ハスタァ! 」


 逃げ惑う野盗共は思い出した。


「イア! イア! ハスタァ! 」


 この掛け声は、自分達を殺しに忍び寄る、死神の足音である事を……



「みんな、行くよ! 」


 ハスタァの攻撃に呼応して、右翼からビヤーキー隊の一隊を率いるマージョリーが、愛機リュミエールを飛燕の如く翻して、ノーデンスが押し戻した野盗の群れに、挟み撃ちで襲いかかる。


 リュミエールは敵中を華麗に舞い、野盗共を翻弄する、そこにビヤーキー隊の精霊機甲が殺到する。マージョリー達の波状攻撃に、野盗達は恐慌をきたした。


 女と侮り攻め込んだ野盗共の中を、まるで無人の野を行くが如く、縦横無尽に駆け回るマージョリーのリュミエールの活躍に、味方は勇気づけられ、敵は恐れおののいた。


 今までとは、まるで違う戦いの感触に、マージョリーは自分が確実に強くなっている事を実感した。

 これまでは、ただ強大な魔力を全開で振り回すだけの、稚拙な戦術しか持たなかった彼女だったが、キョウの教えを受けてからは、魔力の使い方を考える様になり、戦いの幅が大きく広がった。


 二機の精霊機甲が挟み込む様にリュミエールに殺到する、マージョリーは落ち着いて二機の様子を確認する、一機が射撃武器で足を止め、出来た隙を別の一機が剣で攻撃するつもりの様だ、ならば。


 そう判断した彼女はリュミエールを操り、二人の野盗の駆る二機の精霊機甲の間で、蜃気楼の様に揺らめく起動を見せる。

 野盗達の戦術の後の先を取ったリュミエールは、片方の野盗の構える射撃武器の射線の外に移動する。放たれた弾丸は、一瞬前にリュミエールがいた空間を通過して相方の野盗の機体に命中し、炸裂した。

 野盗達の連携を崩したマージョリーは、聖水剣ハイドラに魔力を込め、絶対零度の刃を展開して一閃する。


 驚いた野盗の操る精霊機甲のモニターが、突然砂の嵐を映し出す、その刹那、コクピット内に巨大な絶対零度の刃が侵入して来た、乗っていた野盗は何事かと思う間もなく凍結して果てた。


 マージョリーが敵機の肩口に吸い込まれる様な袈裟懸けの一撃を鮮やかに決め、その姿勢のまま紅蓮剣ヤマンソを、振り向きもせずに突き出した。


 突き出された剣の先には、味方の野盗の放った弾丸に当たり、体勢を崩した野盗が、その機体を立て直し、再び突進させて来た精霊機甲があった。

 剣先に野盗の精霊機甲が触れる刹那、マージョリーはヤマンソにプラズマの刃を展開する。

 ヤマンソは野盗の精霊機甲を、飴の様に刺し貫いた、こちらの中の野盗は痛みを感じる前に、蒸発して果てた。


「見える、私、強くなってる……」


 マージョリーは自分の成長に驚きながらも、盛んにマークワン・アイボールセンサー、自分の目玉を動かし、周囲の状況を確認、把握に努める。


「そこ! 危ない! 」


 ビヤーキー隊の一機の背後に忍び寄る、野盗の機体が彼女の目に止まる、即座に警告を発し、影縫いを放つ。

 そして、窮地を脱したビヤーキー隊員と共同で、野盗の機体を撃破した。


 当面の危機が去ったのを確認したマージョリーは、また忙しなく首を振り目を動かし、周囲の状況把握に努める、これこそが彼女の成長の証だった。


 戦女神の降臨にビヤーキー隊の士気は、天を貫かんばかりに上昇する。


「イア! イア! マージョリー! 」

「イア! イア! マージョリー! 」


 誰からともなく、マージョリーを讃える歓声が上がった。


 しかし、彼女はそれに舞い上がる事無く、至って冷静そのものだった。


「ここで気を抜いたら殺られる、そうよね、キョウ。」


 指切りを交わした小指を見て、自分を戒める。


 キョウが自分の中に居る


 ふと、そう自覚したマージョリーの胸は、熱く震えた。

 その時、リュミエールの操縦席のコンソール中央のクリスタルが発振する、マージョリーが目を向けると、クリスタルからホログラム映像の様に、小さなマグダラの上半身が浮かび上がる。


「そっちはどう? マージ。」

「あらかた撃退したわ、今部隊の再集結を命じた所。」

「そう、それが終わったら攻撃起点まで戻って、奴らまだまだ諦めていないわ。」

「ええ、了解よ。何度来ても叩き返してやるわ。」

「その意気よ、マージ。」

「当然! 夫の留守を守るのは妻の務めよ、必ず守り抜いてみせるわ! 」


 さらっとマージョリーの口から問題発言が飛び出す、マグダラがこれに目を剥いて反応する。


「ちょっとマージ。今の妻ってのは何なのよ! 妻ってのは? ! 」


 動揺した様子のマグダラに、マージョリーはにんまりと表情を崩して答える。


「だってキョウったら、私に『僕の帰る所を守って』って言うんですもの、これって絶対に認められたって事よね……」


 優越感に浸る眼差しで自分を見るマージョリーに、マグダラは負けじと逆襲に転じる。


「それなら私だって、『留守を任せた』ってマスターに言われたもん! 私だって妻の務めを果たしてみせるわ! マージ、ちゃんと私の言う事を聞くのよ! 」


 今度はマージョリーが、マグダラの言葉に食ってかかる。


「何よ! 何で私があなたの言う事なんか聞かなきゃならないのよ!? 」

「だってマスターったら、私に『マリア騎士団筆頭軍師の手腕を存分に発揮してくれ』って言うんですもの、だから軍師様の指示にちゃんと従うのよ、兵隊さん。」


 さっきのマージョリーの口調を真似して、しれっと答えるマグダラに、ムッとしてマージョリーが答える。


「わかったわよ、ツルペタ軍師様。」


 一瞬にして、額に青筋を浮かべたマグダラが逆撃の一言を発する。


「理解して貰えて嬉しいわ、泣きべそ大将軍。」


 マージョリーの額に青筋が浮かぶ。


 二人の背後で、火山が大噴火した。


「うぬぬぬぬぬぬ~っ。」

「このぉ~っ。」

「「言ってはならない事を~っ! 」」


 ひとしきり激しく睨み合い、一触即発かと思われた二人は、一瞬の間を置いてお互いに吹き出し、大声で笑い出した。


「ぷっ。」

「あはははははは。」


 しばらく可笑しそうに笑った後、マージョリーはマグダラに話しかける。


「ありがとう、マグダラ、お蔭でいい具合に緊張が解れたわ。」

「どういたしまして、これも軍師様のお仕事よ。」

「言ってくれるわ。じゃ、また後で。」

「ええ、冷えた黄金の蜂蜜酒が待ってるわ。いい、死ぬんじゃないわよ。」


 クリスタルの発振が終了してマグダラの姿が消えると、マージョリーは彼女に本当に言いたかった事をそっと呟いた。


「ありがとうマグダラ、キョウをこの世界に連れて来てくれて……」


 ビヤーキー隊の終結を確認したマージョリーは、マグダラの指示に従い部隊を攻撃起点まで下げると、そこにはアリシアの手配した戦闘配食の黄金の蜂蜜酒が用意されていた。


「ふう。」


 冷えた黄金の蜂蜜酒で喉を潤し、一息ついたマージョリーは、遠くの空の下に想いを馳せる。


「必ず守り抜いてみせるわ。」


 小指を見つめ、気を引き締めるマージョリーだったが、一度撃破された程度で諦めるウォーラン一家ではなかった。


 ここにはお宝の娘達がいて、莫大な金を産み出す黄金のミツバチがいる。

 全て奪って俺達の物にしてやる。

 下卑た野心を剥き出しにして、再攻撃の準備に取りかかっていた。


 永い戦いの夜は、まだ始まったばかりだった。

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