1-1-5 賞金首
その余韻を打ち破る男がいた、ハスタァである。
彼は悔しさにうち震えていた。
「何という事だ、私の見込んだ男が、よりにもよって、私の目の前で賞金首に堕ちるとは……。いや、まだだ、まだ間に合う! きっと彼を止める事が私の使命なのだ。」
ハスタァは意を決した。
「待ちたまえ、私は私の見込んだ男が道を踏み外そうとしているのを、黙って見過ごす事は出来ない。」
やっぱりいい奴なんだな。相沢はハスタァの人物評価を一ランク上げた。
「なら、どうする?」
「白騎士教団の戦闘僧伽ハスタァの名に懸けて、作法に則り君との一騎討ちを申し込む! 親爺さん、立ち会いを願います。」
「心得た。」
ディオの親爺が承諾した。
「受けていいね、マグダラ。」
相沢は傍らのマグダラに確認する。
「はい、好都合です。」
「了解した、一騎討ちを受けよう。」
「外に出たまえ、私の精霊機甲が有る。」
「オーケィ、承知した。」
相沢はアザトースを外に瞬間移動させる。
ハスタァは決意を踏み締める様に、外に向かって歩きだした。
ルルイエ世界には、二種類の賞金首が存在する。
まず、一つは治安維持が目的で、凶悪犯罪者や組織に対して、捕縛を目的に司法が懸けた賞金首。
もう一つは、組織の存続や営利を保護する為、その者と対立する組織が抹殺を目的に懸けた賞金首。
前者はA級賞金首と言い、西部劇の賞金首や警察の犯人情報収集の懸賞金として、我々の世界にも馴染み深いものである。
ルルイエ社会のそれも、ほぼ同様のシステムと考えて良い。
A級賞金首にはランクがあり、大まかに分類すると
一種 情報提供 ライセンス不要
二種 捕縛 ライセンス必要
に分類される、一種は犯人逮捕、組織壊滅に繋がる有力情報の提供者に薄謝として支払われる。
二種は更に細分化されている
一類 単独捕縛
二類 捕縛協力
一類は文字通り個人で捕縛したもので、二類は自警団等の治安維持組織の治安維持活動に協力し、捕縛した場合に支払われる。
更にここから
甲 犯人生存
乙 犯人死亡
に分類される。賞金の額は、対象の賞金首に懸けられた賞金に対して、二種一類甲を満額支払いとして、ランクが下がる毎に二割引かれ、最低ランクの二種二類乙が四割支払いと決まっている。
実はもう一つ、より悪質な凶悪犯罪者及び組織に対し、生死不問の『丙』という分類がある。
丙指定の賞金首は、当然の如く懸けられた賞金が桁違いに高額である。
A級二種一類丙
の賞金獲得は、賞金稼ぎのステイタスとなっており、獲得者は他の賞金稼ぎからも、一目置かれる存在となる。
後者の賞金首は、B級賞金首といい、我々の世界に当てはまるものがあるとすれば、大航海時代における私掠船の船長だろうか?
その者の行動が、ある都市国家やギルド等の経済活動や思想活動に、その組織の運営を脅かす程の損害を『犯罪行為以外』で与えた場合、もしくは与え続けると断定した場合、その者を組織の敵対者として、賞金を懸けて抹殺する。
だからと言って、B級賞金首は任意に指定する事は許されない。まず、白騎士教団のB級賞金諮問委員会に申請する必要があり、申請が通った場合に限りB級賞金首として登録される。
しかし、B級賞金首は犯罪者では無いので、社会的人権は保証されており、私生活や社会活動に一切制限を受ける事は無い。
賞金稼ぎがB級賞金首を倒し、賞金を得る為には、第三者立ち会いの下、正々堂々の一騎討ちで倒さなければならない。
この一騎討ちに、挑戦した『賞金稼ぎ』が負け、なおかつ生存していた場合、挑戦を受けた『B級賞金首』は、敗者の『賞金稼ぎ』に対し、自分に懸けられた賞金の二割五分までを『賠償金』として請求する権利を持つと定められている。
さて、相沢の場合であるが、彼がマグダラと契約して
白騎士教団はこの歴史を基に、アザトースを『禁忌の精霊機甲』と認定し、契約搭乗者を即『B級賞金首』に指定して最高金額の賞金を懸ける事となる。リン・ターナーがマリア病でこの世を去って以来、半ば封印状態となっていた機体である。
つまり相沢はマグダラと契約し、四代目ネオンナイトとしてアザトースの契約搭乗者となった時点で、自動的に白騎士教団を敵に回し、最高金額の賞金首となった訳である。
そして現在のルルイエ世界では、白騎士教団を敵に回す事は、世界を敵に回す事と同義であり、人としての道を踏み外す事を意味していた。
外に出たハスタァは、漆黒の精霊機甲を見上げた。
過去に搭乗した者全てが道を踏み外した、禁忌の精霊機甲アザトース。
何故にこれ程迄に神々しいのだろう?
マージョリー殿のリュミエールも優美で剛健な機体だが、神々しさという点ではこの機体には敵わないだろう。唯一匹敵する機体は、現十三代目白騎士のヨグ=ソトースだけであろうか?
だが!
ハスタァは主の搭乗を待ち、跪く蒼き精霊機甲に目を移した。
「私のイタクァとて『イスの輝ける種族』、決して遅れは取らん。」
自慢の愛機の脚部を労る様に撫で、頼もしそうに見上げる。
ハスタァの気持ちに応える様に、イタクァの目が赤く輝く。
愛機の反応に満足して、ハスタァは操縦席に座った。
「行くぞイタクァ、彼を止めるんだ! 」
「いあ! ハスタァ! 」
イタクァの操縦席のクリスタルが蒼く輝く。
コクピットハッチが閉じ、その外部を胸部装甲が覆う、魔導炉が唸りを上げ、魔導気が勢い良く排出される。
イタクァは風を纏って立ち上がった。
腰部のウエポンラッチから、近接戦闘主武装の暴風剣『ロイガー』を右手に、中長距離戦闘主武装の
イタクァが起動する様子を、アザトースの操縦席から眺めていた相沢は、思わず感嘆の声を洩らす。
「勇ましい機体だね、まるでハスタァ君の精神を実体化した様な機体だ。彼には是非とも仲間になって欲しいね。」
「はい、ですがそれはまだ先の事です、今は…」
「うん、完膚無き迄叩き潰す、オーライ。」
相沢は不敵な笑みを浮かべた。
二人の会話を、ハスタァが遮った。
「こちらの準備は完了した、そちらも早く準備したまえ。」
「こちらはいつでもOKだ。さぁ、始めようか。」
相沢の、とても真剣勝負を前にしているとは思えない、まるでこれから遊びに行く様な態度と口調が、ハスタァの逆鱗に触れる。
「その女性を下ろし、ハッチを閉めて装甲を閉じ、武装を展開したまえ。」
怒りを噛み殺し、呻く様にハスタァは言った。
「いゃあ、心配しなくても、この子はアザトースの精霊みたいなものだし、このままで危険は無いよ。」
相沢は胸部装甲とコクピットハッチの開口部に、横座りに腰掛けるマグダラの背中から胸に拳をすり抜けさせ、彼女に実体が無い事を示した。
「いやん、恥ずかしい。」
赤く染まった頬に両手を添え、俯くマグダラに相沢は慌ててフォローする。
「あれ? 今の恥ずかしかったの? ゴメン。」
二人のやり取りは、ハスタァの怒りの炎に油を注いだ。
「参る! 」
まるで緊張感の無い二人に、ハスタァはイタクァを突進させ、疾風怒濤の斬撃を浴びせた。
「ひゅ~っ」
ハスタァの必殺の斬撃を紙一重でかわした相沢は、感嘆の口笛を吹いた。
「鋭いねぇ。」
ニヤリと笑う相沢に、ハスタァが重ねて要求する。
「次は外さない、ハッチを閉め装甲を閉じ、武装を展開したまえ。」
「だから、大丈夫だって……」
「まだ言うか! 」
ハスタァは旋風の様にイタクァを翻し、距離を取る。
「これでもまだ大丈夫だと言えるか! 」
ツァールが火を吹いた、続けざまに連射する。
ツァールの弾丸は、高圧縮の魔導気なので、肉眼では弾道を確認する事は出来ない。その上ハスタァは、回避方向を予測して、避ければ次発が命中する様に、狙いをずらして連射していた。
高圧縮の魔導気の弾幕が、アザトースを押し包み、土煙をあげる。
「やったか! 」
半ば勝利を確信したハスタァが、アザトースのいた地点に目を凝らす。
徐々に土煙が収まり、視界が開けていった。
「跡形も無く消し飛んだか……、真剣勝負を舐めるからこうなる。とはいえ、惜しい男だった、許せ……。」
勝利の感傷に浸るハスタァの死角、すぐ真後ろから信じられない声がした。
「やっぱハスタァ君は凄いな、あんなの喰らったらひとたまりもないぞ、なぁ、マグダラ。」
「はい、仰る通りです。しかし、当たら無いのでは、さしたる脅威ではありません。」
ハスタァは戦慄した。あの攻撃を回避し、更に気配を消して私の背後に立つ男がいるのか! 彼が本気なら、今頃自分は倒されている……
彼が本気なら
戦慄はすぐさま怒りに変わる、彼は本気ではない。ハスタァにとって、それは敗北よりも屈辱であった。
「クッ! 」
再び距離を取るハスタァとイタクァ。
「どうすれば当てる事ができる!? 」
ハスタァは考える、思えば最初に繰り出した斬撃も、彼はきっと余裕で回避したのだろう。あの驚異的な回避能力を封じなければ勝ち目は無い、今私は遊ばれているのだ! どうする!? どうすれば封じる事ができる!?
「これならばどうだ! 」
再びツァールを乱れ撃つ、先程の射撃よりも濃密で緻密な弾幕射撃。
しかし、彼ならば造作も無く回避するだろう、だから!
「ぬおおおおおおおおおおおお! 」
最後の一弾の射撃と同時に、イタクァは疾風となり、アザトースとの距離を詰め、ロイガーで斬撃を放つ。これならば例え回避されても、彼の回避能力を探る事が出来るだろう、何としても見極めるのだ!
そう意気込むハスタァの目は、信じられない光景を捉えた、蜃気楼の様に揺らめくアザトースの機動。
彼は自分の攻撃を回避していたのではなかった。自分の攻撃の後の先を取り、ただ射角の外に移動しているだけだった。
絶望的な実力差を見せつけられた、だが、ハスタァは勝利を諦めてはいなかった、自分は遊ばれている、そこに活路を見出だした。
彼が本気なら、初弾で勝負がついている、後の先を取り移動した射角の外から攻撃を加えれば、自分は成す術無く撃墜されている、しかし、彼はそれをしなかった。
本気ではない、遊んでいる、だからこういう隙が生まれる!
「もらった! 」
アザトースが移動した、最後の弾の射角の外。
そこはハスタァの繰り出す渾身の斬撃の先である、まさに
「!?」
確実に得られる筈の、斬撃の手応えが無い。今そこにいた筈のアザトースがいない。
ロイガーが虚しく空を斬る、イタクァの右腕が伸びきり無防備になった瞬間、イタクァの顔面右側に何かが衝突した、衝撃で横転する。
「何だ! 一体何が!? 」
ハスタァは動揺し、混乱する頭を必死で整理しながらも、モニター画面を通して周囲を確認する。
衝撃を受けた方向から、漆黒の精霊機甲が近付いて来るのを視認した。
「まさか、殴られたのか!? 」
アザトースの手には、武装が展開されていない、よってさっきの攻撃は、殴ったと判断するのが自然である。しかし、同クラスの精霊機甲の対決で、精霊機甲が精霊機甲に殴り倒された実例は無い。そんな筈はと思った瞬間、ハスタァの脳裏に先程捕縛したならず者達の証言がよぎる。
不思議な死角からの一撃。
それが『これ』なのか……?
実力が違うというレベルの話ではない。
ハスタァはこの戦いの末に、確実に訪れるであろう、自分自身の『死』を悟った。
それは最悪の予想ではなく、未来に起こる事が確定した事実としての認識である。
しかし、だからどうしたと言うのだ!
ハスタァは自分に言い聞かせる。
私は誇り高き白騎士教団の戦闘僧伽ハスタァなのだ! 戦いに死す事こそ本望。ならば、後に続く者の
ハスタァとイタクァの意地が、蒼き光となって機体を包んだ。立ち上がったイタクァは、再び蒼き風を纏い、アザトースから距離を取った。
ツァールの銃床部分にロイガーを組み合わせる。
砲口を後方に向けて、両腕で右側腰溜めに構える。
魔導気の圧縮が始まり、ロイガーに
イタクァの魔導炉が唸りを上げ、ハスタァの目は最強の敵手を見据える。
「この捨て身の一撃にて、一矢報いん!」
ブレードの彼方には、漆黒のアザトースが神々しく悠然と立っている。
「こんな出会い方をしなければ、私達は良き友人となれたであろうに……、それが心残りだ。」
ハスタァは脳裏に浮かんだ想いを振り切り、臨界点に達した魔導素を解放した。
「うぉおおおおおおおおおお!」
蒼き風が、静謐な闇に怒涛の進撃を開始した。
「真っ直ぐな男だ。」
迷いも
「自分自身の正義を信じて、全く迷いが無い……。それはそれで良い事なんだけど……」
無論、相沢は自分を信じる事自体を否定している訳では無い、むしろ積極的に信じるべきだと考えている。でなければ、自分の行動に責任は持てない。しかし、同時に何の裏付けも無く、安易に自分を信じてはいけないとも考えている。
自分を信じる為の入り口は、徹底的な自己不信 ー自己否定ではないー から始まらなくてはならない。
何故なら、一個の人間の知識、能力、経験などたかが知れている。誰しも初めから何でも知っていて、何でも上手に出来る筈は無い。未知の事象、初めての事柄は必ず有る。
故に、自分自身を過剰に特別視してはならない、自分も一個の人間なのだ。
まず、自分の無知、無能を正しく自覚する、そしてその事実を変に恥じ入ったり、卑屈にいじけたりせずに、素直に正面から受け入れなければならない。何故なら、そこから『向上心』が生まれるからだ。
誰にも強制されず、自分の内から生まれた向上心は貪欲である。もっと知りたい、出来る様になりたい、その欲望を満たす為にひたすら学び、調べ、探求し、修練を積む。
優れた者がいれば、我もかくあらんと欲し、凌駕せんと自身を磨く。
自己研鑽の過程で目標が生まれ、長所はより高みへと、短所は克服せんと努力する。
一つの目標の達成は、新たな目標の誕生であり、更なる修練と研鑽を積む。それは終わる事の無い、無限の道程である。
その自己研鑽の過程が、自信に繋がり、自分を信じる拠り所となるのだ。
流した汗と涙、吐いた血ヘドの量は、決して自分を裏切らない。もしも結果に結び付かないのであれば、それはその量が足りないだけなのだ、その事を自覚して、更なる精進を自分に科せば良い。
そうして相沢は、世界最高峰の空戦技術を身に付けた、しかし掲げる理想は遥か彼方にある。
自分を信じる事と自己不信は、矛盾無く並立する物なのだ。
因みに、本当に高い目標を掲げ、達成の為の努力をしている人間は、自分が頑張っている、努力しているという自覚は無い。それは目標達成に必要な事を、当たり前に行っているという感覚でしか無い。
何故なら、彼等は『一生懸命』とは目標ではなく、手段だという事を熟知しているからだ。手段と目標の同一視、手段の目的化ほど愚かしい行為は無いという事を、彼等は知っている。
皮肉な事に、そうしたバックボーンを持たない人間が、『頑張る』『努力』『一生懸命』という言葉を賛美し、特別視させる。そうして自分の指導力の欠如や、失敗した時の体の良い言い訳に利用するのだ。
これらの言葉を連呼し、響きの美しさに酔い痴れ、耽溺する事は、自らを堕落させる事に他ならない。
さらに相沢は、何の裏付けも持たず、ただ自分はこう思うから正しい、という主張は唾棄すべき物と断じている。まして、他人の考えを熟考せずに鵜呑みにし、自分自身の考えと錯覚し、他を排除して受け付けない行為は噴飯物である、愚かと断罪して構わない。その背後で思想誘導して利用し、利益を得ようと画策する者は言語道断である、外道と呼んで差し支え無い、そんな奴等はくたばってしまえ。
そんな相沢の内心を悟ったのか、マグダラは慮る様にハスタァをフォローする。
「彼の正義の源は、白騎士教団の教義によるもの……。白騎士は、この世界を歪めてしまった、私利私欲の為に……。」
悔恨の涙が、マグダラの頬を伝う。
「私も、マリア達も、白騎士アレイスターの本心は見抜けなかった。ロニーがそれに気付いて私に報告してくれた時も半信半疑だった……。」
捨て身で突進して来るイタクァを、虚ろな瞳で眺めながらマグダラは続ける。
「確信した時はもう、既に手遅れだった。マリア達はアレイスターに倒され、ロニーも私も返り討ちにされた、事実はアレイスターに都合の良い真実に歪められてしまった……」
暗く沈むマグダラの、自責の念を振り払う様に、相沢が明るく力強く語りかける。
「その歪みを正す鍵として、僕が今ここにいる。そうだろ、マグダラ。」
そう言って自分を見つめる、包み込む様な優しい目を、マグダラは自分の心に立ち込めた暗雲を打ち払う太陽の様に感じた。
この人とならきっと大丈夫、今度こそ白騎士による歪みを正し、この世界をマリア病の呪縛から解き放つ事が出来る、マグダラはそう確信した。
そしてもう一つ、相沢の目に呼び起こされた感情。
それは、かつてロニーに抱きかけた淡い想い、それが何なのか今はっきりと理解した。
だからこそ、私はこの人の事を、全身全霊をかけてサポートしなければならない、見も心も捧げて。
理由はこの心に花開いた、とても甘酸っぱくて、ちょっぴり切ない感情。
「はい、マスター! 」
マグダラは、それまでの『契約者』としてではなく、いとおしい『恋人』に対する態度で答えた。
そんなマグダラの気持ちが、良い方向に吹っ切れた事を感じ取った相沢は、捨て身のハスタァ駆るイタクァに向き直って、力強く言った。
「なら、今から二人で、白騎士教団に楔を撃ち込むとしようか。」
「イエス、マイロード! 」
相沢の目とマグダラの身体が、妖しく青白く輝いた、それに呼応してアザトースの目も青白く輝く。
魔導炉の回転が一段上がり、吹けあがりがシャープになる。排出された魔導気が煌めき、混沌の魔王の姿を美しく飾る
そしてその右手には、今まで展開されていなかった武装、魔導剣ブラックサバスが握られていた。
新たなるネオンの騎士は今、精霊機甲アザトースと共に、最強の力の一端を紐解いた。
静謐な闇が、蒼き風を迎え撃つべく静かに進撃を開始した。
「陽光の聖女マリア・ド・メイジスよ、我に勇気を与えたまえ。月光の聖女マリア・フォン・マシンナリィよ、我に力を与えたまえ。大いなる忠義の騎士、白騎士アレイスター・クロウリーよ、我に道を示したまえ。白騎士教団に栄光あれ、
圧倒的な力量差を持つ相手に、ハスタァは信仰の力を以て対抗した。
救世の二聖女と、そして彼女達を支え、その遺志を継ぎ世界に平安をもたらした忠誠の騎士に、我が身と心を捧げ、戦う意志と力に変える。
我が魂は、二人のマリアと白騎士と共にあり!
ハスタァの意識は高揚し、信仰の悦びに包まれる。強大な敵に対して、一切の畏れも恐怖も消えていた。彼の心は殉教の悦びに支配され、絶頂に達している。
この一撃で全てが終わる、そして我が魂はマリア達の下に昇華するのだ。友よ、君も私と共に来い。
ハスタァはそう思いながら、急速に接近するアザトースに意識を集中した。
相変わらずハッチも胸部装甲も開いている、あの女性もその開口部に腰掛けたままだ。
ハスタァはふと考えた、彼等は何故世界を敵に回すのだろう?
そう思った瞬間、アザトースの目が青白く輝いた、その輝きにハスタァは心を奪われた。
刹那、まだ少し距離が開いていた筈のアザトースが眼前に迫っていた、その右手には今まで握られる事の無かった武装が展開し、構えられている。
メインモニター越しに、僅か先の相沢と目が合った。
「!」
青白く輝く相沢の目が放つ眼力に、ハスタァの心は
信仰の力で得た力は一瞬で霧消した、イタクァに斬撃の衝撃が走り、ハスタァの全身を襲った。
「すまん、イタクァ……」
蒼き風は、静謐な闇に飲み込まれ、粉砕された。
力なくイタクァは仰向けに倒れた、転倒の衝撃がハスタァを襲う、胸部装甲とコクピットハッチが開いた。薄れ行く意識を懸命に引き止め、ハスタァは被害確認をする、両断されたと感じたイタクァは無傷だった。相沢の放った剣気が、ハスタァに致命の斬撃を錯覚させたのだ、もはや動く気力も無い。
完敗を悟ったハスタァは、呻く様に聴いた。
「君は……、一体誰なんだ……、何者なんだ……? 」
「僕は……」
素直に答えようとする相沢に、マグダラは目配せして止め、何やらゴニョゴニョと耳打ちをする。
相沢は一瞬『えー』という顔をして、マグダラを見た、しかし、彼女の目に追い立てられ、仕切り直しの咳払いをして、名乗りを上げた。
「俺は相沢恭平、このルルイエ世界を冒涜し、闇と混沌をもたらすネオンナイト、キョウだ。」
すがる様なハスタァの目を莞爾として見返し、相沢 キョウ が答えた。
ハスタァの安否を確認に来たディオの親爺にメロイックサイン、右手の人差し指と小指を立て、中指と薬指を曲げ、そこに親指を添える『コルナ』を贈った。
ディオの親爺は、キョウのコルナを見て瞠目した。
「何と堂々とした……、流石ロニー・ジェイムスの魂の継承者。」
メロイックサイン、コルナは、初代ネオンナイト、ロニー・ジェイムスの代名詞である。
親しい者へ、挨拶代わりに使ったり、高々と掲げ、配下の精神を鼓舞したり、仲間を励ますのに使ったハンドサインである。そして、それは歴代のネオンナイトに受け継がれてきた。
ネオンナイトを継いでしまった二代目、グラハム・ネットのそれは、少し戸惑いが有ったという。ネオンナイトたらんとした三代目、リン・ターナーのそれは、気負いが見られたと伝えられている。四代目、キョウのコルナには自信と誇りがある、そしてそれは受けた者の心に安息をもたらした。
ディオの親爺がコルナを返した、それを受けてキョウは爽やかに微笑み、アザトースを駆り星空に飛び去った。
「何と……、美しい……。」
ハスタァは飛び去るアザトースの魔導気の輝きを、心底美しいと感じ
我もかくありたい
と思いながら意識を失った。
*注釈 何故ハスタァが『蒼』なんだ!? と、ツッコミ入れたクトゥルフ神話ファンの皆様方へ。この物語はまだまだ序盤です、余り今からネタバレさせたくはありませんが、この先にハスタァがパート主人公の『黄衣の王の章』というのを予定しています。察して下さいませ。
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