1-1-3ルルイエ

  ルルイエとは、私達の世界とは異なる時空間に存在する異世界である。

 自然環境は、私達の世界とほぼ同じ。

 四つの大陸と、広大な海から成る。

 唯一つ、私達の世界と異なる点は、浮遊大陸フロステアが上空千メートルに浮かんでいる事である。

 人々はフロステア以外の大陸に、ギルドを中心とする街を築いて生活している。


 古くは自然と共存し、農耕社会を営んでいたが、人口の増加に伴い、生産量の増加と効率的が求められた。

 その手段として、精霊と契約してその力を借りる『精霊魔術』が発生した。

 しかし、精霊と契約出来る者と、出来ない者。契約出来た者の中でも、より強力な精霊と契約出来た者と、出来なかった者があり、貧富や格差が発生する。

 だが、それでも人間は逞しい。

 出来なかった者達は工夫を凝らし、風力や水力、蒸気の力を利用した『機械』を発明して生産高を上げ、生活を向上させていった。


 魔導文明と機械文明は互いを補完するものとされ、共存共栄して人々の生活を支えていたが、やがて、その関係は危ういものとなった。

 機械文明側での、『火油かゆ(石油に似た物質)』の発見と実用化である。


 火油は高位魔導に匹敵する力を、誰もが手軽に扱える様にし、社会を変革する。

 この変革は、魔導文明の根幹を揺るがす物だった、この時から両者の関係は『補完』から『対立』に変質し始めた。


 これを決定的としたのは、『精石せいせき(ウラン鉱石に似た物質)』の発見と実用化である、これを契機に両者はしだいに離れて暮らす様になった。

 分かれて暮らし始めた両勢力は、それぞれ『魔導文明国家メイジス』『機械文明国家マシンナリィ』を建国する。


  建国当初、両国は『相互理解』による新たな補完関係の構築を共通理念とし、争う事無く交流していた。


 しかし、時が進むにつれて利害の対立が増え、次第に建国当初の理念は失われていった。


 両国の建国から二百年が過ぎた頃、メイジス国内で『魔導復古まどうふっこ』が、マシンナリィ国内で『滅魔維新めつまいしん』がそれぞれ声高に叫ばれる様になった。


 両国の対立が頂点に達し、永い戦争の時代に突入した、この戦争を『滅魔亡機戦争めつまぼうきせんそう』という。

 開戦当初からしばらくは、『ゴーレム兵』の活躍で、戦局はメイジス有利に推移していったが、マシンナリィ陣営も、ただ手をこまねいていた訳では無かった。


 開戦から百年余りが経過した頃、それまでの物に比べ、小型、軽量、高出力の精石炉が開発され、それを動力源にした大型機動兵器『機神機甲アーマリー』の開発と量産に成功し、メイジス側のゴーレム兵に対抗する手段を得る。


 その戦闘力を術者の能力に依存し、術者により戦力にばらつきのあるゴーレム兵に対し、均一で高い性能を発揮する機神機甲は、初期トラブルの解消と戦術の確立を終えると、各戦線でゴーレム兵を圧倒、メイジス軍を押し戻す原動力となった。


 逆襲に成功し、勢いに乗ったマシンナリィ軍は、破竹の勢いでメイジス本拠地の大陸クリステアに迫った。


 クリステア失陥の危機に、メイジス側は防衛策として、埋蔵するクリスタルを核にして(クリステアは魔導用クリスタルの一大産地)魔導揚力機を開発、その揚力を以て大陸ごと上空千メートルに浮遊させる事に成功した。これ以降クリステアはフロステアと呼ばれる事となる。


 フロステア出現は、メイジス側に思わぬ恩恵をもたらす。


 上空の利を生かし、早期警戒魔術網の警戒範囲と、戦闘魔術援護の援護範囲が広がった事で、マシンナリィ軍の動向をいち早くキャッチして対応する事が可能になり、またゴーレム兵に強力なアシストマジックを与える事で戦闘力を増強し、マシンナリィ軍の機神機甲に対抗し、戦線を押し戻す事に成功した。


 その後戦闘は膠着状態となり、両軍は互いに一進一退の攻防を繰り広げた。


  永きに渡る戦乱は、確実に人々の心を倦み疲れさせ、社会を蝕み衰退させていった。


 世界が滅びの道を歩み始めた時、両陣営にカリスマ的な指導力を発揮する指導者が現れた。


 メイジス側の指導者 教主ゴーズ・ド・メイジス

 マシンナリィ側の指導者 総統ミハエル・フォン・マシンナリィ


 彼等は自身の持つカリスマ性で大衆を熱狂させ、国政を司り戦争を指導するも、それは例えるならば、燃え尽きる一瞬前の蝋燭の火の輝きであり、ただ世界を滅亡へと加速させる狂気の鞭であった。


 多くの人々が、滅びの未来から目を背け、刹那の狂気に身を焦がしている時、小さな希望が芽吹いていた。


 この状況を憂いた、二人の救世主が立ち上がる。

 その名は


 マリア・ド・メイジス

 マリア・フォン・マシンナリィ


 皮肉な事に、両陣営の指導者の愛娘であった。


 二人のマリアは、全く同じ年、月、日、そして時間に生を受けた。そして容姿もよく似ており、まさに瓜二つだったと伝えられる。


 二人の出会いは十二歳の時、中立都市ウルタールのパブリックスクールに入学し、寄宿舎生活を始めた頃である。


 違う学校に入学した二人だったが、外出日に街に出かけると、いつも『同じ名前の誰か』に間違えられ、不思議に思っていた。

 そして、いつか『もう一人の私』に会いたいと望んでいた。


 二人の望みは程無くして叶えられる、偶然同じ日に外出当番となり、訪れた商家にてばったり出会うのだった。


「あなた……だあれ?」

「私……、マリアよ。あなたは?」

「私も……、マリア……。」


 二人は出会った瞬間、雷が直撃した様な大きな衝撃を感じたが、すぐに意気投合して双子の様な親友となった。


「はじめまして、もう一人の私さん。」

「こちらこそ、はじめまして、もう一人の私さん。」

「「これから宜しくね、もう一人の私さん。」」


 その日から二人のマリアは外出日になると、出会った商家の末娘で、三歳年下の


 マグダラ・ベタニア


 を妹分にして、三人一緒に行動する様になった。

 マグダラは、誰もが見間違える二人のマリアを、何故か完璧に見分ける事が出来た。


 マリア達は、幼い無邪気な心で、入れ替わりのイタズラを計画する、その準備の為にお互いの知識と技術を教え合った。

 特筆すべきは、その習得速度である。


 ゴーズの娘のマリアは、物理や化学は言うに及ばず、エレクトロニクスや機械工学などの科学技術に天才的な理解力を示し、ミハエルの娘マリアも精霊魔術の習得に、天賦の才を発揮する。


 二人はまるで、互いのコップの水を移し替える様に急速に、そして正確に習得し合っていった。


 更に驚くべき事に、マリア達と出会うまでは、人見知りが激しく内向的な性格の為、白痴ではないかと周囲から心配されていたマグダラも、科学技術と精霊魔術の習得に、才能を存分に発揮した。

 特に闇の魔法については、マリア達以上の能力を示し、歴代の高名な魔導師すら凌駕するとまで言われた。


 誤解の無い様に説明するが、ここで言う闇の魔法とは、呪いの様なダーティな魔法ではない。

 この時代のルルイエで闇の魔法とは、安息、安全を得る魔法の事を指していた。

 護身や隠身、無効化などに特化した魔法体系であり、呪いや欺瞞の魔法は外道魔法と分類されていた。(ただし、時代が下がるにつれ、白騎士アレイスターの意向で外道魔法は闇の魔法と呼ばれる事となるのだが)


 三人が出会って数年は、ただの仲良しグループであり、無邪気な親友関係であったが、ある出来事をきっかけに、仲良しグループは『宿命の同志』へと変化する。

 その出来事とは、二人のマリアがスクールの中等部から高等部に進級する春休みに起こった。

 二人のマリアは悪戯心で入れ替わり、互いの実家に娘として帰省を装い訪問する事を計画したのだ。


 三人はたびたび戦争について話し合っていた、そして戦争が続いているのは、両国の体制の違いが産んだ誤解と軋轢が原因だと結論づけていた。

 だから互いをもっとよく知れば誤解も解けて、きっと皆自分達の様に仲良くなって、戦争も終わるに違いないと思っていた。


 自分達がその先駆けとなるのだ!


 と、そう考えての悪戯であったが、それは甘い考えだった事を思い知る。

 二人のマリアの偽装は完璧で、誰にも見破られる事は無かったが、それ故両家庭の本音を深く知る事になった、ゴーズとミハエルのお互いに対する憎しみの深さを。


 失意の内に再会した三人は、自分達の考えの甘さを反省し、改めて戦争終結の為に命懸けで活動する覚悟を決め、終戦活動に身を投じた。

 彼女達は同志を集め、反戦組織『マリア騎士団』を秘密裏に結成し、地下活動を開始する。

 その活動は、ウルタールを中心に民間に深く浸透し、義賊として有名な『ネオンの騎士』ロニー・ジェイムスや、高潔な人格で知られる『白騎士』アレイスター・クロウリーが参加するに及んだ。


 パブリックスクール卒業後、帰省したマリア達は、それぞれの父親の後継者として振る舞いながらも、マグダラを密使に頻繁に連絡を取り合い、マリア騎士団の終戦活動を邁進していた。


 マリア達は戦争をコントロールして終結に導く為に、同時期に決戦兵器足りうる強力な兵器を示し合わせて開発した。

 マリア・ド・メイジスは、独自の魔導理論を基にした、魔力増幅呪文を刻み込んだクリスタルを核にした、より少ない魔力で稼働して術者の負担を軽減し、なおかつ強力な戦闘力を発揮するゴーレム兵を開発。

 マリア・フォン・マシンナリィは、従来の小型精石炉を、独自の新機軸を盛り込み再設計し、更に高出力の小型精石炉を開発して、新たに飛翔能力を付加した機神機甲を開発した。


 ゴーズとミハエルは、愛娘の功績に満足し、それらを決戦兵器として雌雄を決する決意を固めた。

 しかし、これらの決戦兵器には、マリア達が入念に偽装して組み込んだ仕掛けが有った。

 例のクリスタルと小型精石炉には、それぞれ幾重にも偽装した『鍵』となる魔法が仕込んであり、両陣営が最終決戦として臨んだ戦いで対峙したゴーレム兵と機神機甲は、二人のマリアが同時に詠唱した鍵魔法で機能停止した。


 ゴーレム兵はクリスタルを残して崩壊し、機神機甲は小型精石炉の停止で操縦不能となる。

 決戦兵器の機能喪失という予想外のアクシデントに、最前線は大混乱に陥る。


 その混乱に乗じて、マグダラ率いるマリア騎士団が決起、動かなくなった機神機甲を奪取、ゴーレム兵の残したクリスタルを媒体に精霊と契約、精霊の力で小型精石炉は、動力源を精石から大気中の魔導素エーテルに変えた『魔導炉』に変化し、機神機甲は『精霊機甲フェアーリー』として生まれ変わった。


  精霊機甲を擁したマリア騎士団は、メイジス、マシンナリィ両軍を圧倒する。

 二人のマリアが涙を流し、愛する父親を打ち倒し、永きに渡り繰り広げられた滅魔亡機戦争が終結した瞬間、誰もが予測し得なかった造反事件が起こった。


 白騎士アレイスターの造反である。


 不意を突かれた二人のマリアが討たれ、続いて奸計を以てマグダラとロニー・ジェイムスを返り討ちにした。

 一人残った白騎士は、真実を自身の都合良くねじ曲げ、大衆に喧伝する。


 二人のマリアは、マグダラとロニーの造反で討ち取られ、自分がマリアの仇を討ち、マグダラとロニーを成敗した。


 事実を目撃した者は誰も存在せず、目論見通り白騎士は、二人のマリアの正統後継者としての地位を獲得する。

 白騎士はマリア騎士団を母体に、白騎士教団を組織して、マリア信仰と戦後復興の中核組織として勢力基盤を固め、ルルイエ社会に深く浸透していった。

 こうしてルルイエ世界は平穏を取り戻しかに見えるが、全ての女性が二十歳の誕生日に亡くなるという、謎の呪いの病気マリア病により、確実に活力を失なっていった。


  航空自衛隊の戦闘機パイロット、相沢恭平一尉がルルイエに召還されたのは、滅魔亡機戦争終結からおよそ三百年余り経った後、マージョリーの誓いの夜をさかのぼる事一年前。

 日付にして、二人のマリアとマグダラが、戦争終結の為の血盟を交わした日、その同時刻であった。

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