天翔けるバタフライ
@sagannosaga
その1 ー 蝶羽
「人は死んでしまったらどこにいくのか?」
そんなテーマの絵本を小さなころに読んだことがあった。
詳しくは覚えていないけど、たぶん子供にやさしく宗教を教えるために書かれた本だ。
子供のときには読んでもほとんど内容を理解することなんてできなかったはずなのに、なぜだかそれを読んだという記憶はしっかりと残ってて、思い出そうとすればかなり細かい部分まで説明をすることもできる。
どうして急にその本のことを思い出したかというと、それはやっぱり実際に人の死に立ち会ったからだろう。
着慣れない黒いスーツに腕を通した私はその時まだ18歳で、登録していたアルバイトの仲介業者から渡された地図を見ながらおっかなびっくりしながら葬儀場までの道をたどっていた。
私が人の葬儀に立ち会ったのはそれが人生二度目のことで、中学生のときに遠い親戚のおじさんがなくなったときにわけがわからないまま学校を休み、制服を着て葬儀に参列をした。
人生二度目の葬式は私自身の血筋とは全く関係がなく、それどころか生前のその人の姿すら知らない人だ。
なのに最初の葬式よりも、私自身に強く「死んだあとどこにいくのか」を考えさせたのは二度目の葬儀だったりする。
葬儀の会場はよくあるセレモニーホールではなく、大きなホテルのバンケットルームだった。
会場に近づくと同じように黒い服を着た人たちがぞろぞろ連れ立った歩く様子が見えて、案内係の腕章をつけた人が看板を持ちながら入口までの誘導をしていた。
私がその時に引き受けたバイトというのが少し変わっていて、ある企業の元経営者が高齢のため亡くなった葬儀に出て、そこでできるだけ悲しんでほしいという仕事内容のものだった。
大企業の社葬として行われる式なのでそんなサクラなんて雇わなくても十分に大勢の人が集まるはずだったのになんでそんなことををしたのかというと、故人の遺志として自分の葬儀では若い女性に多く泣いてもらいたいという指示があったからなんだという。
バイトの私には詳しい理由やそこにいたるまでの経緯までは知らされなかったが、「自分がサクラであることは絶対に誰にも話さないこと」と「できるだけ芝居くさくなく悲しむこと」の二点さえ守っていれば特に難しいことは求められなかったのでまあ楽な仕事だ。
一般的な葬儀ではなくパーティー式のお別れ会なので料理もフルコースで出るというのも魅力的で、私はこんなおいしい仕事ならいくらでも受けたいと思ったりもした。
会場では席が決まっており、故人の棺桶がよく見える位置の席に割り振られていた。
周囲に知り合いもおらず、故人の生前の様子もわからない私は特に何かすることがあるわけではないので、料理を食べつつ時々目元をぬぐうようにしながら生前の様子を紹介するフィルムや音楽を次々に目にしていく。
式が1時間ほど進んだところで、ちょっとしたことで自分の隣に座っていた女性が話しかけてきた。
その人は年齢が私とだいたい同じくらいで、雰囲気的にたぶん私と同じようにアルバイトで来た人なのかな?と思った。
「さっきの話、本当だと思います?」
「え?何ですか?」
「あの人が命をかけて人助けをしたことがあるって。盛ってるんじゃないかな」
あっけらかんとした言い方で話を振られて、立場上なんと言ってよいかわからず私がさあーと曖昧な返事でごまかしていると、突然ガツンと大きな音が会場に響いた。
と同時に会場に入れられようとしていた大きな像が大きく傾き、棺桶の横で倒れこんだのが見えた。
その運びこまれようとしていた像というのが故人が生前にプライベートで製作していた手作りの作品だった。
石膏で作られた人の全身像だったが、運び込むときにどこかにひっくり返ってしまい、しかも悪いことに倒れた時の打ちどころが悪く首がポッキリ折れて首がごろごろと足元に転がってきた。
転がってきた石膏の生首は私と話しかけてきた女性の間に来て、ちょうど上を向いたところで止まった。
同時にのぞき込んだ私と彼女はそこで石膏像の首を目が合い、次の瞬間お互いの顔を見合わせて吹き出した。
「大変失礼いたしました!ただいま会場を整備いたします。ご静粛にお願いします!」
くくくく、と笑いがこらえきれなくなった私と彼女はどさくさに紛れで席を立ち、式場が騒然としている中を二人で抜け出してホールにまで逃げた。
葬儀の参列者が周囲にいないところに移動したことが確認できたところで、再び顔を見合わせ思い切り大笑いをした。
「あはははは!あれはやばいって!やば、やばい!」
「あの…くっくっくっく…像って。ちょ、顔見た?」
転がってきた石膏像は美術室などにあるような芸術的なものではなく、かなり素人っぽさがある中学生のような作品だった。
笑ってはいけないとは思ってはいたけどそれまで押し殺してきた緊張感の反動もあって、笑いすぎて腹筋が痛くなるくらいしばらくずっと笑い続けた。
「はー。こんな笑ったの久しぶり」
「でもこれじゃ戻りにくいな。まだ式終わってないし、どうしよう」
年齢も自分に近そうだし、たぶん同じアルバイトの人かなと思ったのであまり警戒もせずに話しかけたところ「戻らなくてもいいんじゃない?」と返された。
「抜けるの?それはちょっとまずくない?」
「どっちみちもう戻っても予定通りに式なんて進まないよ」
バイトとはいえ一応仕事だし、と思いつつ会場の近くにまで再び歩いていくと前方から駆け足で30代くらいの女性が近づいてきた。
「
「はい、そうですけど」
「悪いけど今回の仕事は中止。あとで連絡をするからとりあえず今日はもう帰って」
その女性は登録先の派遣会社のIDを見せると、足早に他の参列者を探しに離れていった。
振り返るとそこにはさっきまで一緒にいた女の子が待っていた。
「あなたはバイトじゃなかったの?」
「一応関係者ってことになるのかな。どうせそんなことでも仕組んでるんじゃないかと思ったけど」
女性は
そしてそれからもう一度「抜けてどこかに行かない?」と誘ってきた。
それが私と沙華との出会いだった。
沙華は私が昔読んだことのある「人は死んでしまったらどこにいくのか?」という絵本を覚えていた、私が知る限りたった一人の人だった。
「人は死んでしまったらどこにいくのか?」
おそらく今同じ質問を通りかかった人などに聞いたら、天国や地獄といったこの世ではない世界や約束の日まで眠り続けること、または仏様の元であったり涅槃の境地などを答えるんじゃないかと思う。
私ももし自分が死んだらきっとそうしたこれまで自分が全く知らない世界に連れていかれて、今生きていて感じることの全てから切り離された時間の中に入り込むことになるんだろうと思い込んでいた。
だけども実際にそうなってみると、全く予想をしていなかった意外な場所にいきつくことになった。
つまり死んだ私が最初に目にした光景は、赤峰沙華の部屋の中だった。
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