▼第六章  『既知との遭遇』

 ――木星衛星軌道上、第五次グォイド大規模侵攻迎撃艦隊、第一迎撃分艦隊・作戦指令室――。


「〈じんりゅう〉、〈テルモピュレー集団クラスター〉表層部でロストしました。現在位置不明」


 オペレーターの報告と共に、指令室中央、木星圏からメインベルト〈テルモピュレー集団クラスター〉にかけてが拡大投影された巨大ホロ総合位置情報図スィロム上で、一つのアイコンが点滅を始めた。

 アイコンの後には、無数の小惑星を回避しながら突っ込んでいくそこまでの軌跡が、蛇行した光るラインとなって投影されていた。


「ロストした時点での速度は?」

「メインベルトとの相対速度差は時速二〇〇〇キロ以下です」


 巨大な劇場のような作戦指令室、その二階席の中央に設けられた司令官席で、双眼鏡を覗きながら問うVS艦隊総司令テューラに、オペレーターの一人が答えた。

 作戦指令室内に投影された巨大ホログラムは、全体像を把握するには優れているが、〈じんりゅう〉の軌道だけを見るにはさすがに大きすぎる。それ故に劇場で使うオペラグラスのごとく双眼鏡が用意されていた。思わず立ち上がり双眼鏡でホロ映像に見いっていたテューラは、ゆっくりと席に腰を下ろした。


「フムん……にしても凄いコースで突っ込んでいったものだな」


 テューラは〈じんりゅう〉のアクロバティックな機動の跡に、思わずそう漏らした。


「慣性の割にパワーが落ちていた所に、進路上に突然、微惑星群のバルジが出来て難儀したようですな」


 傍らに立つ副官が答える。


「再捕捉は?」

「残念ながら光学観測しか使えないメインベルト奥深くでは、再発見かなり厳しいかと。使える望遠鏡と監視ステーションは総動員してはいますが。戦闘で新たな大量のデブリが視界を邪魔している上に、場所がなにしろ〈テルモピュレー集団クラスター〉ですから……」

「……無事を信じてランデブーポイントで待つしかないか」

「向かわせた補給・修理艦の二隻はすでにメインベルト内側を通過中。〈じんりゅう〉を先回りして再捕捉できるのは、最短でも三日後といったところです」

「フム、一応予定通りか……」


 ――姉に似てヒヤヒヤさせてくれる……テューラは再びホロ映像を見上げた。


「司令?」

「聞いている」


 副官の声に、一瞬の物思いにふけっていたテューラは、自分のコンソールに投影された文字データに視線を戻した。

 今回の迎撃戦で人類側が負った被害のデータだ。そこには膨大な数の艦艇、艦載機、そして失われた航宙士達の名が連ねられていた。


 現在、テューラ率いる第一迎撃分艦隊は、迎撃艦隊本隊と合流、第五次グォイド大規模侵攻艦隊殲滅に成功した後、その後処理に追われていた。

 今回、木星圏を狙ったと思われる進路をとっていたグォイド大規模侵攻艦隊は、遠距離からの大質量実体弾の撃ち合いの最中、突如、地球を直で狙う別働隊の二手に分かれて侵攻して来た。

 それまでのように、散発的な威力偵察以外では、ひたすらに数の暴力に訴えて侵攻をしてくるものと予想していた人類は、完全に虚を突かれ、どちらの敵艦隊も無視することができず、ただ動かせうる戦力を裂いて即席の分艦隊を編成し、グォイド別働隊に向けることしか出来なかった。それがテューラが率いることとなった第一迎撃分艦隊だ。


 全四艦隊存在するVS艦隊のうち、第802VS艦隊を除く三艦隊は全て迎撃艦隊本隊に組み入れられ、敵グォイド大規模侵攻艦隊本隊との戦いに繰り出されることとなった。

 第一迎撃分艦隊は、VS艦隊抜きでシードピラーを擁するグォイド艦隊別働隊と戦わねばならなくなったのだ。敵本隊を片づけたVS艦隊が到着するまでの時間稼ぎであった。

 秋津島ユリノ艦長率いる第802VS艦隊は、グォイド侵攻が分かった時点で地球圏にて練成中であり、迎撃分艦隊との合流は間に合わないと思われていた。地球から木星まではあまりにも遠い。

 しかし、〈じんりゅう〉は駆けつけた。かなりの無茶な策で無理矢理グォイド別働隊と迎撃分艦隊との衝突に間に合わせたらしい。

 ともかく、〈じんりゅう〉が決死の突撃でシードピラーの防御を破ってくれたお陰で、辛くも迎撃分艦隊はシードピラー破壊の任を成し遂げ、さらに迎撃艦隊本隊と合流し、グォイド侵攻艦隊本隊をも殲滅することに成功した。

 〈じんりゅう〉のロストという結果を残して。


 五年前の第四次大規模迎撃戦で、副長を務めていた初代〈じんりゅう〉と無二の親友を失って以来、テューラはその後の人生の全てを、ひたすら新たなグォイドの侵攻に備えて生きて来たつもりだった。が、結果はこの有様だった。

 辛うじて今回の侵攻も退けはしたものの、被った犠牲は大きい。

 犠牲の全く出ない勝利など存在しないのかもしれない。が、そんないくさを繰り返していれば、人類が滅ぶのは時間の問題だった。

 艦艇を作るスピードは、人類もグォイドも今のところ大差無い。が、航宙士は別だ。

 失われた航宙士の数を取り戻すには、艦艇を作るのに要する何倍もの時間が必要だ。

 たまたま今回は勝てたが、次の大規模侵攻までに、失った分の航宙士を育てられるかは怪しいところだ。ましてやVS艦隊のクルーとなればなおさらだ。


 ――あのバルジも気になるしな……。


「ナンバーワンよ、頼みがある」


 テューラはしばし考えたあと、副官を愛称で呼んだ。


「何か知りませんが、命令では無く、頼みとありゃ~断れませんね」


 長年の付き合いから彼女の副官は、面倒な事を頼まれる覚悟を決めた。 











 減速をなんとか無事達成した〈じんりゅう〉は、一度無茶な使い方をした補助エンジンをはじめとする船体総点検を行った後、救援艦とランデブーすべく進路をとった。

 補助エンジンの修理も終わり、ヒューボも艦内各所で使用できるようになった為、ケイジをはじめクルー達の仕事は大分楽になっていた。

 相対速度を合わせ、安全なコースを見つけてしまえば、小惑星の密集する〈テルモピュレー集団クラスター〉であっても通過する危険度は低く、クルーはようやく一時の安堵を迎えていた。


「……な、何なのこれは!?」


 ユリノはただ聞いただけでは悲鳴と勘違いされそうな上ずった声で、そう唸った。

 夕食後のテーブルの上には、厚さ五センチ、直径三〇センチ弱ほどの円柱状の物体が二つ鎮座していた。片方は眩しい程に白い生クリームで覆われた本体の上に、色とりどりのフルーツが乗せられている。

 もう片方は、砕いたビスケットを元に作られた茶色い土台の上に、ゼラチン質の艶に覆われた白いチーズ生地が乗せられ、上からブルーベリーソースが網目状にかけられていた。


「有りものフルーツのショートケーキと、簡単レアチーズケーキですよ。罰として毎回夕食後にデザートを作れと仰られたので、その……お風呂の時に」


 それらを持ってきたケイジはやや顔を赤らめながら答えた。


「ん? ああ、そういえばそんな話もあったっけ」

「なぬ?」


 大浴場での記憶をユリノは頭から削除していた。そういえばそんな事もあったっけ、と。


「あ、あははは、まぁ無事にメインベルトに入れたお祝いということにしときましょっ」


 ユリノは笑って誤魔化した。


「にしてもなんて美しいんだろう、キラキラしてるよ」

「ですねフィニィ大尉! でもまだ美味しいかは分からないのですだからねケイジ三曹」

「フォムフォム、早く食べよう」


 フィニィ、シズ、そしてフォムフォムがまるで宝石でも見るかのように、うっとりとした瞳をケーキに向ける。


「それにしてもケーキまで、それも二つもだなんて……ケイちゃん凄い……」

「一つを十等分なんて難しいでしょ。だから二つ作ったんだ。スポンジさえ何とかなれば簡単なんだよ。イチゴが無かったから有り物フルーツのショートになっちゃったけど」


 まさかスイーツまで作れるとは思わなかったミユミに、ケイジはさらりと答えた。

 ちなみに〈じんりゅう〉の倉庫には、宇宙では大変貴重なイチゴが冷凍で保存されていたのだが、木星圏までの往路で、我慢できなかった女子達によって食べつくされていた。


「ちょっと待て! ……する……ってえと……!」

「一つのケーキを八当分したとしてトータル十六食分。そこから十人分差し引いたとして残り六人前! つまり、この中で六人は二種類のケーキ、両方を食せるということ!」


 さすがというか、クィンティルラとカオルコが真っ先に気づいた。

 ドドドドドド。ゴゴゴゴゴゴ。ザワザワザワ。

 幻聴だろうか、異様な緊張感が食堂に漂うのをケイジは感じた。幻だろうか、食堂に集うクルー達の目と目の間にバチバチと火花が散るのがケイジには見えた気がした。


『せ~の!』


 クルー達は天に届けとばかりに跳躍すると、古より伝わるジャンケンに祈りをかけた。


『ジャ~ンケ~ンッ……ポ~ンヌッ!』

「あ~、でも二つも食べて、そのスーツがきつくなっても僕は一切知りませんからね」

『はうあッ!?』


 第五次大規模侵攻迎撃戦から一週間後のその時、〈じんりゅう〉は平和であった。









 ――一時間後。〈じんりゅう〉食堂内・女子クルー臨時仮眠室――。


 夕食が済み、シャワーを終えた柳瀬ミユミは、鏡で入念に髪を整え、リップクリームを丁寧に塗り直し、パーティションを潜って食堂へ出る寸前でもう一度鏡を見て、チェックにさらに三十秒程費やすと、一度大きく咳払いをした上で食堂へと出た。

 そこに幼なじみの姿はなかった。さっきまで夕食の後片づけをしていたのだが……。


「……はぁ」


 ミユミは我知らず溜息を洩らすと、目視用ブリッジへと向かった。


 ――どうしちゃったんだろあたし……。


 突然の幼なじみとの再会から一週間、ミユミは自分で自分の心が制御できずに混乱するばかりだ。

 五年ぶりに会う幼なじみはなかなか逞しく成長していた。

 オタク気質は変わらずだが、見ていてなんだか心配になってくる程に、機関部の仕事と食事作りに専心している。

 実のことを言えば、五年前のあの日、初代〈じんりゅう〉特攻によって生じた流星雨によって家を失い、互いに遠くに引っ越してしまってから今まで、ミユミは彼の事を忘れた日は一日も無かった。彼はまったく覚えていないが、ミユミはケイジに対して、多少の負い目と借りを感じていたからだ。


 一つは、それまではただの航宙艦隊オタクでしかなかったケイジに、女子が見るものだと敬遠していたVS艦隊のアニメを、彼にかまって欲しい一心から強引に勧めて見せ、結果、彼をVSオタクにしてしまったのは、当時のミユミであったということだ。 

 本人は、あくまでVS艦隊の〈じんりゅう〉という艦が好きなんだと言っていたが。


 そしてもう一つは、五年前のあの日、初代〈じんりゅう〉とシードピラーの爆発による衝撃波で飛ばされた自分を、ケイジが庇って受け止めてくれた事だ。もしケイジがいなければ、ミユミはきっと大怪我をしていたことだろう。

 彼は、あくまでミユミちゃんが自分の上に落っこちてきただけだ……と言っていたが。

 医療カプセルで眠る彼の背中に、あの日、地面にあった枝が突き刺さって出来た怪我の痕が、今も残っているのを見つけ、ミユミは心を痛めずにはいられなかった。


 ともかく、ミユミは幼なじみであり、また彼をVSヲタクにして結果的に危険に曝した挙句に命を救われた事がある者として、この二代目〈じんりゅう〉内ではケイジの事を気にかける義務があると感じていた。

 そもそも、自分に【ANESYS】適正があると分かった時、VS艦隊のクルーになることを目指す決心をしたのも、この世界のどこかで生きているであろう幼なじみの命を守る、その助けに少しでもなりたかったからだ。

 もちろん断じて恋心故になどでは無い! ……だいたいVSクルーには男女交際が許されてないし……他の〈じんりゅう〉クルー達にしたって日頃から若い男性に会う機会が無いせいで、ケイジとの接し方が本当に全くもって滅茶苦茶なところがある。

 まかり間違って、ついうっかりケイジに対し、何か特別な感情など芽生えようものなら今後【ANESYS】を使う時に大いに問題だ。

 ケイちゃんにしたって、いくら思春期まっただ中とはいえ、出会って早々、艦長の唇を奪(われる?)うは、裸の副長を押し倒すは、まったくまったく!

 事態は急を要する!

 ここは一つ、誰かとケイジが間違いを犯してしまう前に、ケイジの気持ちを他のクルーから逸らす必要がある。それこそが天文学的偶然の果てにこの〈じんりゅう〉で再会した幼なじみの使命! いやさ宿命!

 ……という結論に早くから達していたミユミは、虎視眈々と、ケイジの目を自分に向けるチャンスを窺っていたのだが……手をこまねいているうちに、副長全裸事件、艦長寝起きYシャツ事件、風呂上がり遭遇事件が起きてしまった。

 さすが艦長……恐ろしいお人! お色気路線で勝ち目があるとは到底思えなかった。

 それから特に良い手段を思いつくことも無く今に至ってしまった。それにもの凄~く今更かもしれないが、お色気路線に走るまでもなく、今着ているこの軟式宇宙服ソフティスーツって、ひょっとして充分にエロいんじゃなかろうか?


 ――これってちと食い込み過ぎなんじゃ……。


 ……だがよくよく考えてみれば、もうすぐケイジに関する心配は無くなるのだ。ミユミはその事に気づいて愕然とした。救援艦と合流するまで予定ではあと三日、その日が来たら、ケイジは〈じんりゅう〉を降りて行ってしまう。幼なじみとは再び離れ離れになってしまうのだ。そうなれば今のご時世で、生きて再び会うことなんて……。


「どうかしたのかミユミよ?」

「ひゃ!」


 振り返ると、いつの間にか一緒に当直にあたるカオルコ少佐が、怪訝そうな顔で立っていた。ブリッジへ入るハッチの前でぼうっと立ったまま考え事をしてしまっていたらしい。


「わ、ご、ごめんなさい」


 ミユミは慌ててハッチをくぐった。


「お、おはようございます。柳瀬ミユミ準尉、交代に参りました」


 ミユミがカオルコ少佐と共にブリッジに入ると、当直だった副長とルジーナの姿があった。


「おはようございますカオルコ少佐、ミユミ準尉。それでは――」


 副長は事務的に引き継ぎをすますと、少々素っ気ない程にあっさりとブリッジを出ていった。副長の場合いつものことだ。


 ――でも、ひょっとして、ケーキが待ち切れなかったんだったりして……。


 副長はブリッジでの当直で夕食のケーキ争奪戦に参加できなかった。副長のキャラじゃ無いとは思うが、先ほどのケーキの味を思い出してミユミは思った。

 カオルコとミユミが席に着くと、やっと艦首を進行方向へ向けた〈じんりゅう〉の目視用ブリッジの正面窓から、メインベルトの小惑星がちゃんと艦首から艦尾方向へと、ゆっくりと流れていくのが見え、ミユミは心底ほっとした。


「あれ? ルジーナさんは行かないんですか?」


 普段であれば、交代するなりさっさとルジーナも出ていくはずなのだが、彼女は自分の席で今だなにやらデータ入力に打ち込んでいた。

 そういえば、さっきのケーキ争奪戦にも不参加だったような気がする。いつもの彼女なら艦内通信を駆使してでも、デザート争奪戦に参加しそうなものだ。


「ちょっと、このあいだの小惑星配置がいきなり変わった原因を調べているのですヨ」


 ルジーナが入力の手を止めずに答えた。


「減速が完了した時の?」

「左様、電算室では、おシズ殿も同じ作業に当たってまスデス」


 航法士として小惑星回避コースを算出したルジーナと、シミュレートしたシズは、それぞれ事前に算出したコースが使えなかった事に責任を感じ、その原因究明にあたっていたのだった。プライドが傷つけられたといってもいい。


「通ったコースと、回避、通過した小惑星の詳細な位置と移動データを全て入力、逆算シミュレートすれば、何が原因で急に小惑星の位置が変わったかが分かるかもなのですヨ」


 コンソールを向いたままルジーナが続けた。


「な、なるほどぉ」

「まためんどくさいこと始めたものだなぁ」


 当直士官として艦長席に座ったカオルコ少佐があきれ顔で言った。


 〈じんりゅう〉が〈テルモピュレー集団クラスター〉へ突入した際に、事前に観測していた小惑星配置が短時間で劇的に変わった理由には、一応の仮説が立てられてはいた。

 〈じんりゅう〉がそうであるように、第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦で機関が暴走した敵味方の航宙艦やその残骸、流れ弾となった対艦ミサイルが小惑星密集エリアに突入し、ビリヤードのように急激な小惑星同士の衝突が連鎖的におこり、バルジを生むにいたったのではないか? というのがその最も有力な説だ。


 仮説とはいううものの、これ以外には今のところ原因が考えられないのだが、かといってこれだという決定的な証拠もまた、未だ発見されていなかった。

 またこの説が原因であるにしては、小惑星の位置変化が劇的過ぎるという謎もある。

 専門外のミユミには上辺しか理解できないが、ルジーナは要するに時間を巻き戻して見ようとしているのだと理解しておいた。

 二人掛かりで行っているということは、けっこう面倒な作業らしい。


「何か手伝いましょうか? 出来ることがあればですけど」


 一応ミユミはそう尋ねてみた、自分で役立てる事があるとも思えなかったが。


『それがあるのです準尉』

「わ!?」


 予想に反して、下の電算室から艦内通信で返事があった。


『ADA《小惑星密集エリア》突入時に〈じんりゅう〉が拾った各種の電波データを音に変換したので、その耳で聞いてみてもらえますか』

「はい?」


 シズにミユミは思わず訊き返した。


「聞くって……あの、それを聞いて私にどうしろと?」

『通信担当のミユミ准尉の聴力は我々より優れています。何か気が付くことがあったら教えて欲しいのです』

「……あの、その“何か”ってなんでしょうか?」

『“何か”です』

「……そんなアバウトな!?」

 

ミユミは手伝うと言ったことを早くも後悔し始めていた。




 







三日後、それぞれのクルーがそれぞれに過ごす中、〈じんりゅう〉は予定通り、救援艦との通信可能距離まであと僅かという位置にまで到達していた。


「ミユミちゃん、救援艦との通信はまだ繋がらないかしら?」

「は、はい。未だ救援艦からの各種手段による通信は届いていません」


 ユリノの問いに、ミユミがやや疲れた表情で答えた。

 目視用ブリッジには、ランデブーに備え、ケイジとパイロット二人、電算室にいるシズとルジーナを除くブリッジクルーが揃っていた。


「もう繋がってもおかしく無いはずなんだよなあ?」

「位置的にはそうですが、メインベルト内のジャミングエリアの濃度はランダムです。確実な通信可能距離にはまだ少しあるのでしょう」


 期待を隠しきれないカオルコに副長が答えた。


「補給物資の中には何があるのかな? 最新のネット情報を落としたいのだが」

「ネット情報って、主に漫画とアニメのことでしょ? まぁ確かにあると良いと思うけど」


 ユリノはカオルコの所望する補給物資を先回りして言い当てた。


「手紙とかも来るかもしれないですねッ」


 操舵席に座るフィニィも補給物資に思いをはせた。

 ユリノは正面窓の彼方に視線を向けた。そこから見える小惑星や残骸等の数は、気のせいか少し減ったような気がする。ジャミングエリア脱出まであと少しだ。


「こほん、ところで副長、ケイジ三曹は今なにしてるのかしら?」

「今、主機関室で最後の点検修理作業を行っています艦長」


 副長の答えに、ユリノは思わず振り向いた。


「え、メインエンジンって直るの?」

「いえ、ただメインUVDの修理可能な部分だけでも直しておこうとの事です。……船を降りる前に、できるだけの事はしておきたいと……」

「……そう」


 ランデブーと同時に、この突然の来訪者とはお別れになる。分かっていたことだ。

 ケイジ三曹のその残された時間の使い方は、納得の出来るものだったし、正しい。

 でも何故かユリノは、自分でも良く分からない憤るような感覚を覚えてしまうのだった。

 減速完了後の三日間で、ようやく彼と緊張せずに、食事中でも他愛ない会話ができるようになってきたような気がしていたのに……。

 最初の頃は、この初めてのキス……もとい人工呼吸の相手に対し、VS艦隊の艦長として空いている個室に軟禁しようかとまで思っていたのに、どういうわけか、落ち込む彼にいきなりハグしたかと思えば、寝間着姿や風呂上がり姿を見られたり、自分でも良く分からない支離滅裂な対応をしてしまったような気がする。

 航宇宙戦闘艦の指揮官として、常に即断即決を心掛け、求められているわけなのだが、何故かあの少年相手にはその即断即決機能が暴走してしまいがちなのだ。

 しかし共に〈テルモピュレー集団クラスター〉突入を乗り切った今は、初めてがあの少年で、まぁ良かったかもと思っている自分に、自分で多少驚いていた。

 ともかく、彼の尽力のお陰でみな無事にここまでこれたのだ。感謝の気持ちが沸かないわけがない。

 この私の初キス及び初裸を見た男として、あんたは相応しい相手なんでしょうねぇ!? ……という思いが、ひょっとしたらあったかもしれない。

 他のクルー達も自分と同じように、彼との別れを惜しんでいるのだろうか……。

 昨晩の夕食は、そのまま流れで、ささやかな宴のようなものへとなり、皆で別れを惜しんでみた。もちろん、第五次迎撃戦を無事乗り切り、メインベルトを抜け、皆で生還する目途がついたことを祝す意味もあったのだけれど。

 ユリノはふと、自分の懐中時計型個人携帯端末SPADを取り出すと、そこに昨晩、皆で撮影した集合ホロ写真を呼び出して見た。

 そこにはメインブリッジを背景に、少年が女子に囲まれてもの凄く縮こまっている姿が映っている。


 ――ちゃんと別れの挨拶には来るんでしょうね!? ケイジ三曹!


 ユリノはただ窓の向こうを見つめている事しか出来なかった。

 ルジーナがブリッジに駆け込んできたのはその時だった。


「た、たたた大変ダ~ー!」

「何事?」


 血相を変えて飛び込んできた彼女に、ユリノは只ならぬ気配を感じた。


「たった今……はぁはぁ、電算室で…はぁ…、ワタシらの作ったプログラ……はぁ」

『たった今、シズ達が組み上げたシュミレーションプログラムが結果を弾きだしたのです』


 息が上がって喋れない彼女に変わり、シズの艦内通信がブリッジに響いた。

 先日の小惑星配置変動の原因を解明すべく、ルジーナ、シズの二人が組み上げたプログラムが、ついにあの時に何があったかを明らかにしたのだ。


『これを見て下さい。分かりやすくするため、微細なデブリもわざと大きく描いています』


 シズの声に合わせ、メインベルト〈テルモピュレー集団クラスター〉突入時の〈じんりゅう〉と、その周辺の小惑星を光る粒で描いたホロ映像がブリッジに投影された。

 ホロ映像は〈じんりゅう〉がメインベルトへの突入が完了し、減速が完了した状態から再生され、時間を溯っていく。

 映像内の〈じんりゅう〉が、ちゃんと艦首を前にして、ウネウネとアクロバットな軌道を描き、最初はゆっくりと、徐々にスピードを上げメインベルト中心から離れていく。

 映像は〈じんりゅう〉が飛び去るとズームアウトして、〈じんりゅう〉の進路に立ちはだかっていた小惑星密集エリアの出っ張りが、徐々に引っ込んでいく姿を映した。

 無数の光の粒でできた小惑星密集エリアの出っ張りが完全に引っ込むと、それが生まれる原因となった衝撃波が、小惑星密集エリアの外縁部に光の粒でできた波となって現され、ドーナツ表面を伝って後退していくと、その波は、それを生み出す原因となった小惑星密集エリアに空いた大穴へと変わった。

 シュミレーション映像はその大穴が消えたところで停止した。

 クルー達は言葉も無く、停止したそのシュミレーション映像を見つめていた。


『今度は巻き戻しでは無く、早送りで再生しますのです』


 シズの声と同時に、ホロ映像の端にあるタイムインデックスの時刻が進行し、メインベルトの外縁部に突然見えない何かが斜めに衝突して巨大な穴を穿つと、その衝撃でメインベルト外縁部表面に巨大な波が発生、小惑星同士の連鎖的な衝突がおき、やがてそれは〈じんりゅう〉が突っ込む羽目になったあの出っ張りとなった。


『この穴の射入角から、衝突して来た何かが、どこからやって来たかを逆算しました』


 ホロ映像のメインベルトに空いた穴から、予測コースが針のように細長い円錐となって伸びていった。

 その円錐は、ホロ映像の投影エリアからメインベルトが外れても伸び続け、やがてホロ映像の端から木星が姿を現し、その近傍で止まった。そこがその何かのスタート地点だ。

 その周辺には、大小様々な太陽系防衛艦隊の艦を表すアイコンと、同じように多数のグォイド艦を表すアイコンが投影されていた。


「このシュミレーションは予測の上に予測を重ねたものでス。的中確率は五〇%を切っていますデス」


 ルジーナは自嘲的に言った。


「ですが、これ以上の他の可能性もまた、見つかってはいないのデス」

『メインベルトに衝突し、バルジ発生の原因となった何かは、木星近傍の、第五次グォイド大規模侵攻艦隊迎撃戦の主戦場からやってきているのです。少なくともそのそばから』


 シズが淡々を説明を続ける。がその声は努めて装われた冷静さのようだ。


『小惑星密集エリアに、あれだけの大穴を空ける事が可能なサイズと形状を計算したのです』


 ホログラムの星図が消え、かわりに新たな物体の投影が、物体の端部から開始された。

 あくまで幾重にも重ねたシミュレートから導き出したホロ映像である為、その投影には若干時間が掛るようだ。

 だがクルー達にはもう、見る前から何が映しだされるか分かっていた。


「艦長!」


 突然のフィニィの声と同時に、ストロボのような閃光が一瞬のブリッジを照らし、ユリノ達はビクリとして振り向いた。

 一人だけ操舵席に座ったまま話を聞いてた彼女が、正面窓の彼方を指さした。

 ブリッジ正面窓の彼方に、豆粒のように小さな閃光が散っていくのが見えた。直後にもう一つ、新たな閃光が瞬く、その閃光はクルー達の見守る中、拡散して消えていった。


「メインビュワーに拡大して!」


 ユリノは即座に反応した。直ちに爆発光が見えた位置がビュワーに拡大投影される。

 そこにはつい数秒前に爆沈したばかりの、SSDF修理艦と補給艦の残骸が漂っていた。

 まだ淵が熱で赤く光る残骸が、繰り返される誘爆で破片を巻き散らしながらゆっくりと回転している。


 ――――宇宙で予想外なことが起きるとすれば、それは人間の不完全さがもたらしたものか、さもなくば………………。


 茫然と残骸を見つめるしかないブリッジのクルー達の背後で、シズがシミュレートした謎の物体の予測形状の投影が完了していた。

 その姿は、彼女達がよく見慣れた六角柱をしていた。 











「全艦戦闘配置! フィニィ、推力全カット! ブリッジ全窓防護シャッター下ろせ! ルジーナ、全天周捜査! 撃った奴を探し出すのよ! 手が空いてる人は敵の捕捉を手伝って!」


 ユリノが叫ぶと直ちに目視用ブリッジの各窓に装甲シャッターが下ろされ、同時に、艦尾二機の補助エンジンのスラスター噴射が停止される。

 ブリッジ内は照明が赤く変わり、けたたましい戦術警報が鳴り響いた。

 ランデブーするはずだった救援艦の二隻は沈められた。もちろんグォイドの仕業だ。恐らくはメインベルトの縁に出っ張りを作ったシードピラーと関係があるのだろう。

 どこから撃ったのかは分からないが、救援艦が破壊されたのは、二隻がジャミングエリアの外から無防備に接近してきたからだ。

 救援艦にグォイドは見えないが、ジャミングエリア境界に潜んでいたと思われるグォイドにとっては救援艦は丸見えであり、沈めるのはさぞや容易だったであろう。

 しかもグォイドは、第一迎撃分艦隊に自分らの存在が知られないように、救援艦がジャミングエリア内に入った瞬間を狙って沈めてしまった。

 これでは、味方艦隊はレーダー類から救援艦二隻がロストしたとしても、ジャミングエリアに入ったことが原因にしか見えない。

 逆に今の時点で〈じんりゅう〉が無事だったのは、艦がまだジャミングエリア内にいて発見されなかったが故だ。このままメインベルトを抜け、ジャミングエリアから出てしまえば、即グォイドに発見され背後から撃たれることになるだろう。

 ユリノは総合位置情報図スィロムを睨んだ。幸い、救援艦とランデブーする関係から、元々あまりスピードを出してはいなかった。噴射を停止しても慣性で進み続けるが、ジャミングエリアを抜けるまでにはまだ時間があるはずだ。

 もちろん直ちに艦首回頭し補助エンジンで減速噴射をかければ、ジャミングエリアを抜ける前に停止することは可能だ。だが、そうしたくとも、できない事情があった。


「ルジーナ、敵は見つかった!?」

「まだです。ジャミングの影響で光学観測しか使えません。ですが、ここには邪魔なデブリとアステロイドが多過ぎデス! 今、救援艦が撃たれた方向から割り出してますデス」

「ともかく急いで!」


 ユリノにはそう言う他無かった。ユリノの前ではカオルコやミユミが電測ゴーグルをかけ敵グォイド発見を手伝っている。目視で怪しげな光を探しているのだ。

 もしここで、艦停止の為に盛大に減速噴射をかけてしまえば、レーダーが使えないジャミングエリアの中とはいえど、噴射炎の光でグォイドに見付かってしまう。

 光学観測による敵捕捉の九割は、スラスター噴射等、敵の発した光を捕らえたものなのだ。目視用ブリッジの窓をシャッターで塞いだのも同じ理由だ。

 今、下手に光を漏らせばグォイドに見付かってしまう。

 だがこのままでは、いずれにせよ〈じんりゅう〉は救援艦の残骸のそばを慣性で通り過ぎ、ジャミングエリアを抜けてグォイドに見付かってしまうだろう。

 逆にこっちが先に敵の噴射炎の光を見つれば、まだ生き延びる手があるかもしれない。


『艦長、二分前の艦首左舷10時、上下角プラス30度方向の過去映像に、グォイドらしき光を発見しましたのです! 距離およそ200キロ、光波紋照合――10万トンクラスのグォイド製UVD噴射。現在の予測位置データ、メインブリッジに転送します!』


 電算室にいるシズが、過去の観測映像を処理してグォイドを見つけてくれたらしい。

 ユリノが見つめる総合位置情報図スィロム左上方に、新たに敵を示す光点ブリップが輝いた。


「グォイド艦、予測位置に光学観測で捕捉しましたデス。艦種特定、強攻偵察艦型一隻!」


 ルジーナの捕らえた敵艦の映像が、ぼやけたシルエットとしてビュワーに映し出された。

 強攻偵察艦型といえば、偵察とはついているが、人類拠点の防衛線を無理矢理破って侵入し、威力偵察しては去っていく厄介な相手だ。 

 艦のスペックは【ANESYSアネシス】の有無を除けば〈じんりゅう〉とほぼ同等。だが当然の〈じんりゅう〉では到底対抗できうる相手では無い。もし見付かれば即デッドエンドだ。

 グォイド艦は〈じんりゅう〉と並走するようにジャミングエリア境界へと向かいつつも減速していた。敵もジャミングエリアから出るつもりはないらしい。

 問題は、敵がこちらに気づいているか? 気づかれずに減速噴射が出来るかどうかだ。


「艦長、敵艦変進。破壊された救援艦の残骸へと向かっていますデス!」


 総合位置情報図スィロム上の敵艦が明滅しながら進路を変えた。

 破壊した艦の残骸を確認しに向かったたのだろう。

 それは慣性で救援艦の残骸へと向かいつつある〈じんりゅう〉にとって、そこでグォイドと鉢合わせすることを意味していた。さすがにその距離まで近づけば、減速噴射しようがしまいが自動的に〈じんりゅう〉は発見されてしまうだろう。

 ろくな武装も、逃げ足も防御力も無い〈じんりゅう〉が、敵に発見されようとしている。

 五年ぶりのグォイドの大規模侵攻を阻止し、艦の暴走状態から減速に成功し、ようやく命の心配から解放されると思った矢先にこれだ。


 ――こんなところで終わってたまるもんですか!


 ユリノは自分らに残された、最も生き延びる可能性が高い選択肢を探した。

 こちらにも有利な点はある。気づかれる前に、先にこちらがグォイドを捕捉したことだ。

 もし敵も気づいていたなら、とっくに〈じんりゅう〉も沈められていたはずだ。


「副長、他のクルーは今どこ?」

「ケイジ三曹は主機関制御室、パイロットの二人は艦尾格納庫で昇電の発進準備中です」

「よし! ミユミちゃんフォムフォムに艦内通信を繋げて」


 ユリノは決断すると、即、実行に移した。


「フォムフォム、今から出す指示をよく聞いてね!」










 無数のデブリと小惑星が漂う中を進む〈じんりゅう〉、その艦首下部と艦尾上部のエアロックが僅かに開くと、霧状となったエアが数秒間ではあるが猛烈な勢いで噴出した。

 それによって生じた反作用により、〈じんりゅう〉はスラスター噴射の様な光を発することなく、おそろしくゆっくりとではあるが、艦首を静々と上げ、船体を回転させ始めた。

 その艦尾では、メインスラスターの左右にある艦載機格納庫のハッチの一つが開放されていた。そして〈じんりゅう〉艦尾が救援艦の残骸へと向けられた瞬間を狙い、そこから電磁カタパルトの勢いにのり、〈じんりゅう〉無人艦載機セーピアーが射出された。

 無人機はスラスター噴射を行わなかった為、これも捕捉されるような光は出ない。

 〈じんりゅう〉より先行して救援艦の残骸へと到達したセーピアーは、そこでこれ見よがしに後部スラスターの噴射炎の光を発すると、側面から迫る強攻偵察型グォイド艦の前方を通り過ぎ、〈じんりゅう〉から敵艦を引き離すコースで一目散に逃走を開始した。



「グォイドの様子は!?」


 わざわざ訊かなくても、総合位置情報図スィロムを見れば良いのだが、ユリノは問わずにはいられなかった。胃の痛くなるような沈黙が過ぎてゆく。

 無人機指揮者マギステルフォムフォムによってプログラムを施された無人機を、完全自立モードで被捕捉の原因となる光を一切発さずに救援艦の残骸まで射出し、そこではじめて盛大にスラスター噴射の光を発しグォイドにわざと発見させ〈じんりゅう〉から引き離す。

 グォイドにとってはセーピアーが、救援艦の残骸から発艦して逃げだした艦載機のように見えるだろう……そう願いたい。それがユリノの出した答えだった。

 だがこの策も、グォイドが食いついてくる保証は無く……たとえ食いついてくれたとしても、〈じんりゅう〉が減速噴射を開始して、ジャミングエリア内に留まることが可能なうちに、光学観測レンジから出て行ってもらわなければならない。

 〈じんりゅう〉から敵が見えるという事は、光を発せば敵からも〈じんりゅう〉が見えるはずなのだから。それまで出来る事は、祈る以外は何もない。


「グォイド変進増速、セーピアーに食いついた模様デス!」


 ルジーナの報告、総合位置情報図スィロム上でグォイドの光点が僅かに進路を変え、セーピアーに追いつかんと速度を上げたのが分かった。

 第一関門はクリアだ。あとは、ともかく早く離れてもらえれば良い。

 総合位置情報図スィロム上の〈じんりゅう〉の前に、減速噴射をして止まれる範囲が逆円錐状に描かれている。その円錐が、ジャミングエリア境界からはみ出てしまうと、もう減速しても間に合わない。

 ユリノは艦長帽を脱いで髪をかき上げ、額の汗をぬぐった。

 グォイドが光学観測の範囲から消え、減速を開始した〈じんりゅう〉が、ジャミングエリア境界のギリギリ手前で止まったのは、彼女がその動きを三度繰り返した後だった。








 溯ること約五〇年前、人類は月に建設された当時世界最大の天体望遠鏡によって、人類史上初の、地球外知的生命体の存在を示す証拠を観測した。


 αケンタウリ方向に発見されたその謎の光は、長期の観測から秒速七〇〇〇〇キロを超える速度で太陽系に向かって来ており、しかも急激に減速しつつあることが分かった。

 当然のことながら、自然にそのように振る舞う天体など存在しない。意志ある何かがそうさせていると考えるしかなかった。光の正体は、猛烈な減速噴射炎リバース・スラストの光だったのだ。


 非自然発生的減速物体UDOと名付けられたそれは、さらなる観測結果から、無数の光からなる一種の船団であることが分かった。

また、何年観測し続けも、分析して得たそのサイズと質量に変化が見られなかった。

人類の常識から言えば、噴射には必ず燃料が必要であり、噴射を続ければ必ず燃料を使った分、サイズと質量が減るはずであった。それが観測されないということは、分析が誤っていないかぎり、UDOが、人類から言えば、何がしかのズルとしか思えないような超絶的な減速手段を持っていると考える他無かった。


 UDOが意図して太陽系に向かって来ているのは間違いない。一体何の目的で? どうやって? そして我々はどう彼らを迎えれば良いのか?


 あまりにも多くの可能性があり、また人類に出来ることは少なかった。

 当時の人類は、ようやく木星圏までの有人宇宙旅行に成功したばかりであった。

 恒星間航行を可能とするUDOを迎えるには、あまりにも幼い。

 UDOの減速率から考えて太陽系到達までおよそ二〇年、人類はUDOを迎えるに値する存在となるべく、一時は戦争や経済的な理由、文明としての自力での発達限界から停滞していた宇宙開発に、再び力を注いでいった。

 当然、友好的な場合と敵対的な場合の両方に備えてだ。

 友好的なファーストコンタクトであって欲しい……というというのが一番の願いではあったが、敵対的な目的で向かって来ている可能性を捨て去る程、楽天的にはなれなかった。


 UDOが太陽系付近にまで近づくと、その進路が太陽系の中でも地球に向かっていることがほぼ確定した。その目的はさておき、少なくとも地球に用事があることは間違い無い。

 また距離が近づいたことにより、UDOの形が巨大な六角柱を成していることも分かった。直径数キロ、長さはその十倍はあるその物体が、無数に地球に向かって来ているのだ。

 当然、ありとあらゆる通信手段によるファーストコンタクトが試みられた。が、返信が返って来ることは無かった。

 UDOの目的は一切不明であった。


 初接触は天王星公転軌道のそばで行われた。人類は観測して得られる限りの情報からUDOの技術を学び、二〇年かけ天王星までの有人宇宙旅行を達成し、彼らを迎える準備を整えたのだ。その当時の人類史上最高性能の宇宙船は、UDOの背後から追いかける形で接触を試みた。

 初接触は、結局一切の意思疎通が成されないまま行われた。


 …………そして初接触に向かった宇宙船は破壊され、UDOと呼ばれていた物体は、何事も無かったかのごとく地球へ向かい続けた。その時点でUDOは発見当初の千分の一まで減速していたが、それでも地球に衝突すればとてつもない被害が出ることは間違い無かった。なにしろ船団の総体積は月の三分の一にまで達するのだ。

 もはやUDOの地球飛来の目的に関係無く、人類に与えられた選択肢は僅かであった。


 人類は接触失敗時のフェイルセーフとして用意されていた大量の核ミサイルと、各惑星上の物資移送用マスドライバーによる飽和攻撃によって、船団を破壊することを決定した。

 幸い、船団はそれで破壊することが可能であった。人類は天王星公転軌道から地球近傍にかけて行った攻撃により、飛来してきた船団の99%の破壊に成功した。

 しかし、破壊に失敗した一隻のUDO船が、人類の様々な妨害を抜け地球に落着した。


 当初想像されていた隕石落下が引き起こすようなカタストロフは、UDO船がさらなる減速で軟着陸したため起きなかった。が、船は落着した地で巨大な半球状の正体不明のエネルギー障壁を展開、その中にある大気や地殻を材料に、半球内の環境を改造し始めた。

 改造された環境内は、人間をはじめ、全ての地球生物にとって住めるものでは無かった。そしてその半球状空間グォイドスフィアは、猛烈な勢いで成長、巨大化しはじめた。

 一カ月後に決死隊が地下に設置した核融合爆弾によって破壊されるまで、あまりにも多くの人命が、その半球状空間による一次二次災害によって奪われ、その環境改造と破壊によって生じた地球気候の変動は、以後数百年と残る爪痕を地球に残した。

 UDOの目的がある種のテラフォーミングであることは明白であった。

 こうして人類の初の地球外知性との接触は終わった。


 余りにも多くの人命が失われた……が、得たものもあった。

 破壊したグォイド船団の残骸から、その動力源と思われる六本の円柱状パーツの回収に成功したのだ。

 人類は、後にオリジナルUVDシャフトと呼ばれるその円柱状パーツを分析することにより、UDOが如何にして恒星間航行するのかを解明する手がかりを得たのであった。

 一方、新たな危機が人類に迫ったいた。



 土星の衛星タイタンに、地球に落着したUDO船が作り出したのと同じ、半球状空間が発見されたのだ。撃ち漏らした船が一隻、タイタンに落着していたのだ。

 その時点で、タイタンまで行き、その半球状空間を破壊する余力は、当時の人類には無かった。

 もし、その時点で是が非でもその半球状空間を破壊していれば、後の数々の災厄と戦の時代は避けられたことだろう。だが、それは到底当時の人々には無理な話であった。ただその当時受けた被害から復興するだけで精一杯だったのだ。

 人類が手をこまねいている間に、タイタンは半球状空間に改造され続け、結果、そこは新たなUDO船建造基地となっていた。そこからはゆっくりとではあるが確実に、新たな船が生み出され続けていた。

 初接触から六年後、再び船団が地球に向け飛び立った。

 人類は、彼らとの長い戦の時代が到来していたことを、ようやく悟ったのだった。


 いつしか、人類は、彼らのことをGOIDグォイドと呼んでいた。

 以後、人類はグォイドからUVDをはじめとする新たな技術を手に入れ、グォイドは人類のその新技術に対抗し、互いに進化しながら終わりの見えない戦いを繰り広げている。




 グォイドとは何なのか?

 破壊したグォイド船からは、乗員と思われる遺体が発見されたことは無かった。

 グォイドとは、人類との意思疎通が出来ないだけで、グォイド船自体がある種の知的生命体であり、その文化と生体に基づき行動した結果、人類との戦いの時を迎えたのか?

 もしくは、どこかに母星があり、そこにいるまだ見ぬ知的生命体によって送り込まれた、自立行動兵器兼惑星改造マシンなのか?

 はたまた、人類には想像もつかないような長い年付きをへて自然に進化して生まれた、ある種の天然星間生物なのだろうか? それらの答えを人類は未だ得ていない。


 グォイドは土星圏をその手中に納めたにも関わらず、なおも地球を目指し侵攻を繰り返してきている。グォイドには地球で無ければ果たせない目標があるようだった。最も有力な仮説は、グォイドが地球のハビタブルゾーン《生命居住可能領域》を欲しているという説であったが、どちらにしろ、人類にその目標を達成させるわけにはいかなかった。

 ただ戦い、生き延びる努力をすることだけが、人類に残された唯一の選択肢であった。

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