▼第九章『Tomorrow`s Affair』 ♯5


「よ~し! 野暮用は済んだ! ちゃっちゃと行くわよ!」


 〈ウィーウィルメック〉上空を通過しながら、〈エックス・ブースター〉で創生した謎の物体を同艦センサーモジュールに届けるなり、ユリノ艦長はそう叫ぶと、小ぶりになった〈じんりゅう・ドラゴン〉は、〈ファブニル〉〈ナガラジャ〉〈ジュラントWAⅡ〉を従えて猛加速した。

 「で、結局〈ウィーウィルメック〉にはいったい何を渡したんですか?」と訊こうとしたケイジの声は、シートに押し付けられて口から出るどころではなかった。

 きっとうまく事が運ぶようになっているに違いない……だって彼女達の行うことなのだから!

 ケイジはそう思うことにした。

 なんとなく訊くのが怖かったのもあるかもしれない。

 それよりもケイジは、メインビュワーの彼方に迫る【グォイド・プラント】の方に意識を奪われた。

 それは巨大なレンズ状の蜂の巣のような物体であり、月の三分の一もの直径がある……はずであったが、すでに接近しすぎていてケイジにはほぼ巨大な壁にしか見えなかった。

 接近に伴って視認できるようになっていったその蜂の巣のような穴一つ一つが、グォイド艦建造ドックであり、現在進行形で完成したグォイド艦が発進し続け、〈じんりゅう・ドラゴン〉以下四隻へと迫ってきていた。

 その総数は、観測された限りの全てのグォイド艦が活動を開始した場合、これまでのグォイド大規模侵攻の総数に匹敵する。

 そのグォイド大艦隊は、まだその十数分の一も活動していなかったが、当然の如く【カチコミ艦隊】はもちろん、〈じんりゅう・ドラゴン〉を始めとした接近中の〈じんりゅう〉級四隻に対し、可能な限りの集中攻撃を行ってきていた。

 それは有効射程を割ったことで、最初はUVキャノンのみだったものが、UV弾頭ミサイルを交えた苛烈なものとなっていた。

 それらの中を、四隻となった〈じんりゅう〉級一行は突き進んでいった。

 なにしろたった三隻で、トラクタービームを用いて【ガス状巡礼天体ガスグリム】から先に発進しようとしていた先行艦隊を引き留めてしまったのだから、狙われて当然であった。

 正直まだ無事なのが不思議なくらいであった。

 オリジナルUVD由来出力のUVシールド強度と、IDNで得た有大気空間限定の機動性がなければ、とっくの昔に塵になっていただろう。

 しかし、前後から迫るグォイド艦隊との距離がさらに狭まり、敵UVキャノンとUV弾頭ミサイルの必中・・射程圏内に〈じんりゅう〉一行が納まり、さらなる集中砲火を受け続けたならば、いかにオリジナルUVDの防御力でも耐えられる時間には限りがあるだろう。

 ケイジは気が気で無かった。

 そして同時に、ケイジは〈じんりゅう〉一行がこの窮地をどうやって潜り抜けようとしているのかを、なんとなく察した。

 この状況下で、逃げ道があるとしたら、それは一ヵ所しか考えられなかったからだ。

 問題は、そこにたどり着く前に沈められやしないか? ということであった。

 だが、単縦陣で【グォイド・プラント】へと突撃する四隻の〈じんりゅう〉級の先頭を務める〈じんりゅう・ドラゴン〉は、快調に敵UVキャノンを回避、あるいはUVシールドで確実に防ぎ、さらに後方に続く他の〈じんりゅう〉級をかばってさえいた。

 ケイジは今さらながら猛烈な違和感を覚え、同時にその正体にも気づいた。


「なぁなぁサティ…………お前がやってるの?」


 ケイジは一縷の望みをかけて小声で尋ねた。

 〈じんりゅう・ドラゴン〉は、サティやIDNと合体することで有大気空間において圧倒的機動性を得ている。

 少なくともハード面ではそうであった。

 だがの制御はどうなだろうか?

 サティならばできそうな気もする。

 少なくともユリノ艦長達が【ANESYS】から目覚める前までは、サティやIDNが有大気空間での艦の操舵を行ってくれた。ケイジには無理で、他にできる者がいなかったからだ。

 だが今はどうなのだろうか?

 ケイジは、問いに対する『はい?』というサティのリアクションが返って来た段階で確信した。

 〈じんりゅう・ドラゴン〉のドラゴン部分を務めているサティは、あくまで〈じんりゅう〉の操舵システムから送られる操舵信号に合わせて、船体をうねらせて移動させているにすぎない。

 その操舵信号は、常識的にはブリッジの操舵席から操舵士の人間の操作によって行われる。

 つまり〈じんりゅう〉ならばフィニィ少佐の担当であり、今限定でそこいにクィンティルラ大尉が加勢している状態なわけだが…………ケイジはそこが引っかかった。

 いくらなんでも人間の力で今の芸当は不可能だ。

 グォイドの攻撃を確実に回避・対処し続ける今の〈じんりゅう・ドラゴン〉の超絶的な機動は、【ANESYS】時でなければ到底不可能だからだ。 

 だが、今〈じんりゅう〉は【ANESYS】を行ってはいない。

 でなければユリノ艦長達クルーが、一人一人の人格を維持したまま目覚めているわけがなかった。

 では、今〈じんりゅう・ドラゴン〉は如何にしてグォイドの大艦隊のど真ん中で、【ANESYS】時と同等の機動を行っているのだろうか?

 ケイジはたまらずクルーの誰かに訊こうとして彼女達の方を振り返り、そして訊く前に答えにたどり着いた。

 ユリノ艦長を始めとしたクルー……サヲリ副長、カオルコ少佐、フィニィ少佐、シズ大尉、ルジーナ中尉、ミユミちゃん、クィンティルラ大尉にフォムフォム中尉が、この超絶機動の最中にも関わらず、各席から首をひねってチラリとケイジと目を合せた。

 ……この超絶機動中にも関わらずにだ。

 彼女達はケイジと目が合い、そしてケイジの表情の変化に気づいたのか、あからさまに『あ、やば!』という顔をして、慌てて顔を戻した。

 皆で恐ろしくタイミングを合わせた上でだ。

 ケイジはその瞬間のそれぞれの彼女達クルーの姿が、一瞬ノイズが走ったかのように乱れたような気がして、思わず瞬きを繰り返した。

 それはまるで、衝撃が走って乱れたホログラム映像のようであった。

 …………そういえば、彼女達は長い長い【ANESYS】から目覚めて以来、この状況下でマニュアルでの操艦をしているにしては、妙に静かだった。

 通常戦闘時であったならば、各セクションのクルーからの報告と、ユリノ艦長の指示が忙しなく飛び交っているはずだ。

 だが、件の【ANESYS】から目覚めてから彼女達が交わした会話は、ケイジやテューラ司令からの問いに対する返答が主であった。

 クィンティルラ大尉とフォムフォム中尉までもがブリッジにいる中で、この静けさは絶対にあり得ない。

 ケイジは、これらの状態が意味することに心当たりがあった。


「エクスプリカ…………ひょっとして……まさか!」


 ケイジはクルーに尋ねる代わりに、狛犬のように佇んで沈黙を守るインターフェイスボットに尋ねた。

 エクスプリカは一瞬ケイジに頭部の単眼カメラを向けると、すぐに逸らし、ユリノ艦長の方を向いた。


[オイ、ばれタヨウダゾ! モウ諦メロ!]

「…………」


 エクスプリカがブリッジを見回しながら告げると、ユリノ艦長達は気まずそうな顔で、微かに溜息をついた。

 それはケイジの疑念が事実であると自白したも同然であった。

 ケイジは、今彼女達が目覚めながらにして【ANESYS】並みの操艦を行っているのと同じ現象を、かつて目撃したことがあった。 半年ほど前にVS‐806〈ウィーウィルメック〉内でだ。

 〈ウィーウィルメック〉の艦長と第二副長を除く8人のクルーは、およそ6年前に行われ、失敗に終わった土星圏グォイド本拠地への攻撃作戦の撤退時に、限界を超えて無理矢理継続された【ANESYS】と、偶然接触した【亡命グォイド】との出会いが原因で、ほぼ常時【ANESYS】状態でありながら、クルー個々人はホログラム姿となって活動するという状態になってしまっていた。

 〈ウィーウィルメック〉の一見、ごく普通に活動しているように見えるクルー達は、実際は【ANESYS】の統合思考体が個々人のクルーを意図的に再現したホログラム体だったのだ。

 それと同じことが、今〈じんりゅう〉クルーにも起きたのだとしたら……?

 条件は揃っている気がする。

 限界を超えた長時間の【ANESYS】と、異星AIとのコンタクト、その結果、彼女達は一見【ANESYS】から目覚めたように見えるが、実はまだ【ANESYS】を継続中なのだ。

 ただ〈ウィーウィルメック〉のクルーとは違い、クルーの肉体自体は無傷であるため、こうして身体はバトル・ブリッジに戻ってきたが、彼女たちの心は、今も【ANESYS】の統合思考体として繋がっており、そうであるが故に、大した会話をせずとも【ANESYS】時と同等のレベルで〈じんりゅう〉を操艦できているのだ。


「だ…………大丈夫……なんですか?」


 ケイジはそう尋ねるしか無かった。

 どう考えても良い事では無い。

 【ANESYS】の無理な継続は、思考混濁症という深刻な副作用をもたらし、下手をすれば廃人になってしまう。

 

「わ~!! 泣かないでケイジくん! 私達なら大丈夫だから!」


 ユリノ艦長に大慌てになってそう言われ、ケイジは初めて自分が泣きそうな顔になっていることに気づいた。


「ケイジよ、別に身体に何か外傷を受けたわけでは無いから!」

「心配をかけて申し訳ないと思っています」

「黙っててゴメンねぇ……ケイジく~ん」

「デェジョブだ! 特に痛みだの不具合だのがあるわけじゃねえデスから!」

「どうか泣かないで欲しいのです」

「ケイちゃん、もぉ~そんな顔しないで……」

「ハンカチ貸したげよか? ン? ン?」

「…………フォムフォム」


 よほど情けない顔をしていたのか、次々と彼女達に声をかけられ、ケイジは余計に鼻を奥がツンとしてしまった。

 確かに彼女達が言う通り、〈ウィーウィルメック〉のクルーと違い、彼女達は肉体的にダメージを受けたわけでは無い。

 その証拠に、目を凝らして彼女達の姿を見れば、時々戦闘の衝撃によって生じるホログラム姿のノイズの彼方に、生身・・の彼女達の姿がちゃんと確認できた。

 つまり、つい十分ほど前に、【ANESYS】終了(と思っていたこと)と同時にバトル・ブリッジの床下から各座席へと昇ってきた彼女達の姿は、間違いなく本物だったのだ。

 ただ彼女達の肉体の上に、ホログラムの彼女達の姿を投影することで、【ANESYS】が終わり彼女達が目覚めたかのように装っていただけだったのだ。

 おそらく、自分に心配をかけまいとするために…………。

 だが肉体が無事ならば、〈ウィーウィルメック〉の例と違い、この戦いが終わったら元気に元に戻ってくれるはずだ。

 ケイジはその可能性を信じるしかなかった。

 だが、その答えはこの戦いが終わってからでなければ確認のしようが無く、この戦いに負ける時は、このイレギュラーな【ANESYS】の結果がどうあろうと関係ない。

 そしてこの戦いに勝ちたくば、今の彼女達の【ANESYS】状態は不可欠だった。

 つまりケイジには、彼女達の状態を受け入れる以外の選択肢はなかった。


「そんな…………」

『ダ~イジョ~ブですってケイジさ~ん! ワタクシは信じてます! みなさん無事にちゃんと目覚めますって!

 それに………』


 思わず両手で口元を隠したケイジに、サティが話しかけた。


『………それに、戦いはまだ終わってません!

 ケイジさん! 今集中すべきことを間違えないで下さい!』


 あのサティに優しく……だが毅然とそう言われ、ケイジは返す言葉も無かった。

 確かにその通りなのだ。

 【ANESYS】とある程度同機できるサティは、ケイジよりも今の状況をよく理解しているということもあるかもしれない。

 ともかく今は、この戦いに勝利することに集中すべきだった。

 ケイジは無駄に立ち上がりかけた腰を座席に戻し、自分のすべきことを考えた。

 だが残念ながら、今の状態でケイジの出番は特になかった。

 ケイジの出番があるとしたら、それは〈じんりゅう〉が深刻なダメージを受けてダメージコントロールの必要がある時か、彼女が空腹な時くらいなのだ。

 そのどちらも必要なさそうな今、ケイジはせめて勝利を信じながら、少しでも今目の前で起きていることを記憶に焼き付けようと試みた。

 そして同時に、先ほど抱いた疑問の答えについて思いを巡らせた。

 現在〈じんりゅう〉一行を襲うこの集中砲火を逃れられる場所があるとしたら、それは一ヵ所しかない。

 【グォイド・プラント】内部だ。

 ユリノ艦長はテューラ司令に『【グォイド・プラント】を突っ切る』などと言っていた。

 それはその行いが、最終目的地である【オリジナルUVDビルダー】への最短ルートであるからだけではないのだ。

 そのルートこそが、途中で沈められることなく、目的地にたどり着くための唯一の選択肢なのだ。

 だが言うのは簡単だが、もちろん簡単なことではない。

 しかし〈じんりゅう・ドラゴン〉が、今もイレギュラーながらも【ANESYS】中であるならば、不可能とは言い切れなかった。

 ましてや今、〈じんりゅう〉は一隻だけではない。

 四隻もの〈じんりゅう〉級が一つの目的を叶えるために行動を共にしているのだ。

 それが証拠に、ケイジが視線を向けていたメインビュワーの画面の端から、突如巨大な黒く丸い影現れ、画面の三分の一を覆った。

 それまで〈じんりゅう〉が先頭を務めていた、〈じんりゅう〉級四隻かならる単縦陣の最前に、最後尾から〈ジュラントWAⅡ〉が加速し、陣形の先頭となったのだ。



 







「ウラァ~!! 同志諸君! ついにやる時が来たわよ!」

「そのお言葉…………5分前にも聞いた気がしますがねえ、リュドミラ艦長……」

「ウウ……今度こそホントだってば~!」


 ――VS‐804〈ジュラントwithアクシヲン二世〉バトル・ブリッジ内――


 リュドミラは、副長という職種は、どこの艦でもこうツッコミが激しいのかしらん? とふと思いながら、ついに訪れた瞬間に意識を集中させた。


 四隻目に建造された〈じんりゅう〉級たるVS‐804〈ジュラント〉は、まだ【ANESYS】と〈じんりゅう〉級の有効活用手段が模索されていた時代に建造された艦であった。

 ゆえに当初はVS‐801〈じんりゅう〉と完全同一規格で建造された各〈じんりゅう〉級であったが、五大国家間勢力が、各々の別々の方向性で〈じんりゅう〉級を改装し、その中で、ロシアとその周辺国による同盟〈アライアンス〉が建造した四隻目の〈じんりゅう〉は、UVシールドによる防御力に重きを置いた艦として生まれ変わった。

 非常に稀な存在である【ANESYS】適正者クルーの生命を守り、また艦首大型UVシールド発生器で、戦闘中にダメージを負った僚艦を守り、応急補修や補給の時間を確保することで、グォイドとの戦闘に寄与するというコンセプトだ。

 こうして就役した〈じんりゅう〉級四番艦〈ジュラント〉は、想定通り……いやそれ以上の成果を上げ、第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦等で活躍した。

 しかし、激化するグォイドとの戦いと、第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦後も襲い来るグォイドの陰謀、そして【ガス状巡礼天体ガスグリム】の観測が、〈ジュラント〉の運命を大きく変えた。

 対【ガス状巡礼天体ガスグリム】用兵器としての改装が決まったのだ。

 発案したのはSSDF戦略AIの〈メーティス〉であった。

 彼女は密かに建造され、途中で放置されていた恒星間太陽系脱出船〈アクシヲン二世〉の作りかけの船体に、オリジナルUVDと積めるだけの武装を詰め込み、そのコントロールに【ANESYS】の使える〈ジュラント〉を用いて、対【ガス状巡礼天体ガスグリム】戦に投入することを提案してきのだ。

 当時他に回せる〈じんりゅう〉級は無く、その提案は速やかに人類に受け入れられ、かくして〈ジュラント〉は〈ジュラントwithアクシヲン二世〉となった。

 ただ少しばかり想定外だったのは、【ガス状巡礼天体ガスグリム】に消えた〈じんりゅう〉級三隻が、紆余曲折をへてワープゲイトによる直接【ガス状巡礼天体ガスグリム】内への攻撃作戦を可能にしたことであった。

 それは当初予定されていたメインベルト外縁部での【ガス状巡礼天体ガスグリム】迎撃戦より、数か月も早い初陣であったが、〈ジュラントWAⅡ〉にはワープゲイトを潜る以外の選択肢は無かった。

 リュドミラ艦長率いるクルー達は、この帰還できる可能性が限りなく絶望的な戦いへ赴くことに、微塵も迷いはしなかったのである。



 ――そして現在――



 全長10キロを超える巨体となった〈ジュラントWAⅡ〉は、【ガス状巡礼天体ガスグリム】内においてはグォイドの良い的のはずであった。

 が、複数のオリジナルUVDを搭載した〈アクシヲン二世〉部分は、巨体からは想像もつかない程の防御力と推力を有しており、推力はIDNと突然の合体をしたことで運動性へと転換され、現在までのダメージは極めて軽微なレベルに留めていた。

 そして〈アクシヲン二世〉部分に満載された武装が、あらゆる攻撃を事前に処理していた。

 〈アクシヲン二世〉の船殻外面には、百基を超える対宙レーザー砲塔群、〈じんりゅう〉級と同型のUVキャノン砲塔が全方向に50門、さらに同数の旋回式UV弾頭ミサイル発射管が80基、旋回式中型実体弾投射砲20基、そして船体とほぼ同じ長さの半可動式実体弾投射副砲4門、船体中心軸に超大口径実体弾投射主砲一門が装備されていた。

 船体内部の空きスペースは、全てUV弾頭ミサイルと実体弾の保管に使われており、〈アクシヲン二世〉は宇宙戦闘では最も有効なれども、搭載弾数の限りがあるUV弾頭ミサイルと実体弾投射砲を、船体の方を巨大にすることで搭載量を増やし、弾切れの問題を大いに緩和させたのであった。

 そして大きすぎる船体による運動性の低下は、オリジナルUVDとIDNの協力で解決していた。

 数十匹のIDNが〈アクシヲン二世〉艦首にはりつくことで、飛行船の先端がシュモクザメの頭のようになった〈ジュラントWAⅡ〉は、常識的に考えれば真っ先に沈められそうな巨体でありながら、己に攻撃をする兆候がある敵艦を、先んじて搭載兵装のいずれかを用いて先制攻撃し、結果として時間の被害を抑えてきたのである。

 それはもちろん簡単行いではないが、ワープゲイトを潜る前後で、【ANESYS】中だった〈じんりゅう〉から、この有大気空間内専用の〈ジュラントWAⅡ〉用FCS(火器管制ソフト)を超高速で組まれた上で送られ、それを使用することで実現できたのであった。

 それは同時に単縦陣の前を進む他の〈じんりゅう〉級を守る行いともなっていた。

 だが、【グォイド・プラント】との距離が近づいた今、〈ジュラントWAⅡ〉は陣形の先頭に遷移すると、これまで温存してきた主砲と副砲の実体弾投射砲を使うことにした。







 真空宇宙空間と違い、【ガス状巡礼天体ガスグリム】最奥の有大気空間では全ての兵装に射程距離が存在した。

 UV弾頭ミサイルあもちろん、実体弾も大気の抵抗で急激に前進エネルギーを奪われるからだ。

 だが充分に接近して使用すれば、実体弾の威力は真空宇宙とは遜色なくなる。

 ゆえに〈じんりゅう〉級一行は目標の【グォイド・プラント】に充分に接近し、最大限の威力を発揮するまで実体弾の使用を温存していたのである。


『ヘイヘイリュドミラよ、虎の子を使う前に〈ファブニル〉に任せてくないかね?』


 実体弾発射予定距離に入る直前になって、〈ファブニル〉からアストリッド艦長が呼びかけてきた。

 実体弾投射砲艦としては先輩である〈ファブニル〉としては、この状況を座して見守ることはできなかったのかもしれない。

 特に実体弾投射砲の実戦での発射経験もない〈ジュラントWAⅡ〉艦長リュドミラとしては、このアストリッド艦長の提案を無下にする気はおきなかった。


「あらアストリッドちゃん、観測射撃してくれるの? じゃお願いしようかしら……」

『そぉい!』


 リュドミラがゆったりと答えるのに待ちきれなかったかのように、アストリッド艦長が叫ぶと〈ジュラントWAⅡ〉の横を飛んでいた〈ファブニル〉が、光る花びらのような盛大なマズルフラッシュと共に艦首実体弾投射砲を連続射撃した。



 大気との断熱圧縮でプラズマの雷のごくと輝きながら、〈ファブニル〉の放った実体弾10発は、【グォイド・プラント】のほぼ中心部、〈じんりゅう〉一行の真正面の表面に瞬時に命中した。

 直後、盛大なUV爆発が【グォイド・プラント】表面のサイズに比して小さなニキビのごとく瞬く。


『やったか!?』

「ダメっぽいですね……」


 アストリッド艦長の不吉な呟きに、リュドミラの隣に座る〈ジュラント〉副長が即答した。


「実体弾は目標UVシールドを貫徹後、目標表面命中前に、【グォイド・プラント】から発進した大型グォイド艦が盾になった模様。

 実体弾はグォイドの自爆によって無効化されたようです。

 爆裂装甲に命中したようなもんでさぁ」


 副長の報告の意味を、リュドミラはすぐに理解した。

 敵実体弾に対する防御策として、その昔爆裂装甲なるものの研究がなされていたという。

 その昔、人同士の戦車なるものを用いた戦争で使われた技術であり、実体弾命中時に自らすすんで爆発し、命中箇所方向に爆圧を向けることで、装甲奥へのダメージ浸透を防ぐ装甲だ。

 【グォイド・プラント】は自らが生み出したグォイド艦をもちいいて、それと同じ現象を起こしたのだ。

 

『なんてぇインチキ!!』

「【グォイド・プラント】中心部付近は、建造終了直後と思しきグォイド艦が多数覆っています。

 こっちがアレで撃ったとして、命中前にあれが盾になって穴を開けられるかは賭けっちゃ賭けですぜぇ」

 

 憤るアストリッド艦長を他所に、副長が流れるように説明した。

 副長の言うアレとは、この艦の中心軸に設けられた超大口径実体弾投射砲のことだ。

 まさかアレを使っても貫けない防御などあるわけないとリュドミラは思ったが、アレを使うならば失敗は許されない。


「……じゃあ、グォイド艦の覆っていない端っこから【グォイド・プラント】を覆うUVシールドを貫いて内側に侵入、中心部を目指そうかしら」

「……………………仰せのままに」


 副長はリュドミラの呟きに、なぜかしばし間をおいてからそう答えた。

 リュドミラは「……ということだから」と各〈じんりゅう〉級に告げると、返事も待たずに自ら操舵桿を握り、大きく弧を描いて〈ジュラントWAⅡ〉を旋回、【グォイド・プラント】の中心部から、先刻敵実体弾投射砲艦を破壊した部分を目指した。

 そして艦首がすでに実体弾投射砲艦の爆発により【グォイド・プラント】がグォイド艦建造を出来なくなっている位置を向くなり、〈ジュラントWAⅡ〉副砲である四門の大型実体弾投射砲を放った。

 一門だけでSSDFが多数量産した実体弾投射砲艦の三倍の威力を有する副砲は、容易く目標のUVシールドを貫徹し、その奥の元敵実体弾投射砲艦建造施設にさらなる大穴を開けた。


「あのぉ……マジやるんすかい?」


 減速することもなく、〈ジュラントWAⅡ〉が自らが開けた大穴に突っ込もうとする直前、副長はリュドミラにぼそりと尋ねた。

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