▼第五章『KANPAKE-遥かなりて』 ♯2



 ――――良いことなのか……悪いことなのか……分からない……。

 ただ幼い頃は、SSDFの航宇宙士官になるのが夢だった。

 グォイドなんて怖くないと思っていた……その時は……まだ。

 故郷の地球から高く遠く速く、誰もまだ行ったことの無い世界を探索するのは何よりも素晴らしい。

 理屈ではなく、本能でそう思っていた。

 もちろんグォイドと戦い、人類を守ることも尊いと思っていた。

 すべき価値がある行いだと思っていた。

 だが、学生時代を追える3か月前、地上で受けたSSDF航宙士適正試験が、私の身体は宇宙の環境に耐えられないことを教えてくれた。

 だから……私は地上のSSDFに入ることにした。

 SSDF地上支部・日本国東京都・立川基地・広報部へと…………。








▼キャスト


▼監督・脚本

  (秋津島ユリノ)


▼制作進行 

  (サヲリ・L・シュトルヴィナ)


▼絵コンテ・演出

  (カオルコ・アルメリア)


▼キャラ監督

  (フィニィ・アダムズ)


▼メカ監督 

  (ルジーナ・ジュエワ)


▼背景・編集・エフェクト

  (クローティルディア・ヅァミューレン)


▼音響監督・音楽 

  (柳瀬ミユミ)


▼モーションアクター(小・大)

  (クィンティルラ・フェルミ)

  (フォロメラ・フォミラ) 


▼制作支援AI 

  (EXプリカ)



▼プロデューサー

  (寺浦ゆら)


▼AD

  (立川あみ)






 …………時に、22世紀が終わる頃……。

 かつて老若男女、国籍と世代を問わず人々の心を掴み、栄華を極めたアニメーション文化は、飽和し過ぎたコンテンツと、実写と見分けがつかぬレベルで進歩しすぎたCG技術の発展にともない、その需要を徐々に失い、衰退の時代をむかえていた。

 だが、アニメーションは完全に滅びはしなかった。

 人の手によって描かれるからこそ現れる個性が、再び人々の心を掴み始めたのだ。

 再び興生の道を歩み始めた新たなる時代のアニメは、技術進歩により10名前後のスタッフでも制作が可能となっていた。

 それはかつてのマンガ制作現場にも似ているという。

 制作スタッフ一人一人の個性が、より濃く、そのまま作品に反映されるようになったからこそ、新時代のアニメは人の心に響きはじめたのだ。

 だが時を同じくして、深宇宙からの敵意ある来訪者が人類の存続をも揺るがさんとしていた。

 そして23世紀の初め…………。













 その日もまた、何か猛烈な使命感というか、焦りのようなものを感じながら、ベッドに横向きなっていた寝ていた彼女は、目の前に来ていた自分の手を見て目覚めた。

 おそらく見ていた夢が焦りや使命感の原因なのだろうが、どんな夢だったのかは思い出せない。

 その夢を見ている最中は、何かをやらねば……成功させねばという感情が強すぎて、それが夢だったとは露程も思わないのだが、いざ目覚めて見ると、その夢の内容も、何をなそうと使命感を抱いていたのかも、欠片ほども思い出せはしなかった。

 眠りにつく直前まで握って仕事をしていたSPADは、目の前の手からベッドの下に落ちていた。

 時間通りには目覚めるが、寝起きは良い方ではないので、数分間そのままぼんやりと、夢の内容を思い出そう足掻いてからようやく身を起こし、最初の一音を鳴らしたところで、アナログ目覚まし時計のアラームを叩いて止めた。

 これが彼女〈監督〉の、ここしばらく朝のルーチンであった。


「おはようございます監督」

「…………」


 シャワー、歯磨き、常装服への着替え、ヘアセットその他の身支度を追え、自室のドアを開けるなり、制作進行が待ち構えていた。


「おはよう、さを――」

「早速ですが耳だけ貸して下さい。

 本日のスケジュールをお知らせします」


 朝食を摂りに、隊員宿舎から薄曇り色の空の下に出て、朝の空気を吸いながら食堂へと移動し始めた自分に合わせて歩きながら、問答無用で報告を開始した制作進行に、監督と呼ばれたその女はため息をつく隙もなかった。







 その当時、第三次グォイド大規模侵攻迎撃戦を辛うじて乗り越えた直後の一般人類社会では、次なる大規模侵攻がいずれある事を重々承知しつつも、多くの人々が一時の勝利の喜びに沸いていた。

 一方、来たる第四次グォイド大規模侵攻に備え、新たなる戦力確保の必要性を感じていたSSDFは、地球をはじめとした内太陽系各地の人類居住エリアより、新たなる航宙士の募集に力を入れることを決定した。

 そして未来のSSDF航宙士候補を集める為に、内太陽系各地のSSDF広報部に白羽の矢が立ったのであった。

 全人類の中から、航宙士に憧れ、航宙士になることを目指し、航宙士になるだけの素質を持つ人材を集めよ…………と。








「シナリオの遅れが深刻です。

 現在、監督より発注のあった各映像素材だけがバラバラに完成に向かいつつありますが、それらは第一話OPED本編あわせ、25分のうちの10分ぶんもありません。

 結論は早急にシナリオを出せ……につきます監督」

「…………」


 同じく朝食を取りに来た隊員でごった返す食堂の一画で、監督は朝食のトーストをモソモソを咀嚼しながら、長々と続いた制作進行の報告と警告の締めくくりに、ごっくんと頷いた。

 それまでに唯一監督が発せられた言葉は「あなたは朝食撮らないの?」という質問だけだった。

 質問は「もう済ませました」と即答でいなされた。

 監督は話を逸らすことと、コーヒーのお代わりをする気を失った。

 だがすぐに席を立つことは出来なかった。


「Hey監督、朝飯中悪いが、OPとEDのデモがでけたから聞いてくれ。

 ホントに……あなたのいい加減な鼻歌を曲にするのは苦労したぜHAHAHA!」

「監督、第一話最終決戦時の背景データのラフができたのです。ただちに確認してください。

 30光年先の銀河の位置まで正確に反映されているのです」

「監督ぅ……やっと全クルーのキャラデザ・データのラフが出来たよう……だから……」


 意気揚々と、あるいはヒューボのように機械的に、あるいは天敵に怯える小動物のように小走り入ってきた三人、音楽監督、背景監督、キャラ監督が問答無用で報告し、返事を求めてきたのに対し、ただの“監督”つまり総監督は、食堂内の他のSSDF隊員たちからの奇異の視線から逃げるようにして、部下たちを連れて出ていくことにした。

 任務を達成しない限り、おちおち朝食をのんびりと摂ることはもうできないらしい。








 ――SSDF立川基地・広報部第8課二係専用作業棟の最上階、二係メインオフィス――。


 学校の教室よりやや小ぶりなサイズの部屋に、西陽が容赦なく差し込む窓、壁に大型モニター、向かい合わせになった四席二列数に並んだ8人分の作業デスクの一番後ろに、監督専用のデスクが整然と並ぶ彼女達の主戦場――俗称【第三艦橋】に、監督が部下と共に入っていくと、残りの部下の内二人が待ち受けていた。

 とは言っても、事実上の監督たる演出・絵コンテ担当は、自分のデスクで爆睡中であったし、メカ監督はHMDゴーグルをかけながら空中に手を揺らめかせて今も作業中であった。

 つまり彼女らは隊員宿舎の自室に帰ることなく、徹夜で作業中だったということだ。

 なぜ二人がそんな不健康をしたのか……監督は当然そのわけを重々知っていた。


「あ~…………おはよう?」


 監督は猛烈な罪悪感に見舞われながら、それでも寝続けさせてやるわけにもいかずに、極めて遠慮がちに呼びかけると、演出・絵コンテは跳ね起きた。


「!? ………………あ……ああ……なんだ夢かぁ…………なんの夢だっけ?」


 彼女は結わえ目のズレたポニテを揺らしながら一旦立ち上がると、そう呟きながらまた自席の椅子にトスンと座り、再びクロスした両腕を枕に眠りにつこうとしたので、監督は慌てて彼女の上体をひっつかんで止めた。


「あ~よしよし! もう朝だから……もう起きようね! ね! ね? は~いよしよしよしよし!」


 無駄に彼女の二の腕をごしごし擦りたてながら、監督がなだめるようにそう言い続けると、演出・絵コンテは焦点の定まってない目をゆっくりと監督に向けると、それから「じゃぁ代わりにトイレいってきてくらさい……」と呟いた。

 監督は「それは自分で行こうね……」としか答えようが無かった。


「メカ監は………」


 監督は、口元にあまり健全そうでない「ウェヒヒ……」という笑みを浮かべ、中空に手を振り続けながら、HMDゴーグルで網膜投影されたVR内で、メカ造形の作業を続けるメカ監督に声をかける勇気がわかなかった。

 だが制作進行が丸めた薄い薄い紙製脚本で、情け容赦なく彼女の頭をペシンと叩くと、メカ監督はあっさりと正気に返ったので監督は仕事が減って安堵した。


「モーアクの二人は?」


 そう残る二人の部下のことを訊いた直後に、どやどやとその二人が第三艦橋へと駆け込んで着た。


「間に合ったっしょ?」

「間違いない……」


 両手に本日用のおやつがパンパンに入ったエコバックを持った、すばしっこそうな小柄のモーションアクター……通称モーアク(小)と、長身ナイスバディだが口数の少ないモーアク(大)は、直後に始業ベルが鳴り響くなか、悪びれることなく言ってのけた。

 基地内のコンビニの菓子類が売り切れるのは早い……つまり早朝こそがもっとも買い時である……自らもそのおやつをつまむ所存でいた監督は、二人を咎めることなどできようはずがなかった。


「はぁ……仕事……はじめよっか…………」


 監督は大きくため息をつくと、そういう他なかった。










 SSDFという組織は、けっして軍隊ではない…………少なくとも、発足時からそういうことになっている。

 だが組織の形式は、まごうこと無き軍隊を元に構成されていた。 それが最もグォイドと戦うのに適した合理的形態であり、最も手早くグォイドと戦える組織を生み出すことができたからだ。

 それでありながら軍隊では無いとするのは“軍隊”とは同じ人類の国家あるいは組織と戦う為の存在だが、SSDFが戦う相手は同じ人類ではなく、一切のコミュニケーションが通じない敵性の異星体だからだ。

 言わば恐ろしく迷惑な害獣への駆除組織と考えれば良い。

 だからグォイドとの戦いは戦争ではなく戦(いくさ)ということになっている。

 何故そこにこだわるのかといえば、人類同士の争いに、SSDFが加担することが決してないことをアピールするためだ。

 そのアピールを怠ると、SSDF主導で決定される人類の行動指針や、SSDFに費やされる莫大な予算や様々なリソースに対し、他に使い道があるはずだ! と反対し、SSDFの不要と解体を訴える人々が少なからず存在するのだ。

 世の中にはグォイドの存在自体が何かの陰謀と唱え、信じる人間さえも少なからずいる。

 直接確認することの難しい遠い宇宙での戦闘など、地上に住まう人々にはどうしても実感し辛いという事情もあった。

 グォイドとの戦いの前では、そういった人類間の諍いにリソースを裂いている場合では無いはずであったが、決して無視もできなかったのだ。

 その傾向は、木星や火星や月などのグォイドの直接的脅威にさらされる場所ではないここ地球では、最も強く、深刻であった。

 そして全人類の人口の大半が住まうこの地球上で、SSDFは新たなる航宙士を最も多く見つけ育てねばならなかったのだ。

 それはグォイドとの物理的な戦いの影に隠れた、もう一つの人類の運命をかけた戦いであった。


 SSDFはこの問題に対し、SSDF広報部を設け、SSDFの嘘偽りなき実態と必要性と実績をアピールすると同時に、新航宙士募集の為のあらゆる情報宣伝活動を行うことにした。

 そしてそれを実行する為の人材、SSDFの隊員ではあるが航宙士・・・ではなく、航宙艦に乗ってグォイドと戦うスキルや素養はもっていないが、それ以外の様々な有用スキルをもつ人員を入隊させ、これにあたらせたのである。

 そしてその中に…………。









「監督ぅ…………ひょっとして……煮詰まってる?」


 ひょっとしてなくても充分立派に煮詰まってるよぉ! と、訊いてきた絵コンテ・演出に泣きわめきたかったが、大人としての矜持が辛うじてそれを踏み止まらせた。

 監督とは、言わば航宙艦ならば艦長に値するポジションであり、弱音などそうそう吐けなかった。

 だが絵コンテ・演出が自分に対しこの質問をしたのは、言外に早くシナリオを上げてくれないと、大変なことになるぞという警告であることも、監督は重々承知していた。




 その光景は、各々がHMDゴーグルやタブレット、ホロディスプレイなどの電子機器を駆使してはいるが、大昔のアシスタントを多数雇っているマンガ化のマンガ制作作業に驚く程似ているという。

 だが他の部下たちが各々の作業を進める一方で、自分の席についた監督の手は完全に止まっていた。

 時折自分のセクションの作業経過のチェックを求めてきた部下に、リテイクだのOKだの細かなリクエストだのを出すだけだった。

 目下の監督の最優先達成項目、シナリオの執筆は以前進まないままだった。


「シナリオ……間に合わないのならば、誰か代行を探しましょうか?」

「いや、それは…………」


 弱音を吐かない矜持があっても、制作進行の情け容赦ない代案に、すぐにYESとは答えられない監督なのであった。

 ただ担当が監督職なだけならば、こんなに苦しむことはなかったのかもしれない。

 問題は脚本シナリオも自分が兼任していたことだ。

 この時代のアニメーションは、技術進歩で少人数でも制作が可能になったが、それは少ない人間でもイメージを具現化する技術が発達したからであり、それは同時に、一人の人間が複数のセクションの作業を兼任することにもなっていた。

 監督がシナリオを書くのはその一環であり、監督のイメージを作品化するにあたり、監督がシナリオを書くのが最も効率的になったからであった。

 だが、それが良い方向に働く場合もあれば、逆になることもあった。

 制作進行の言ったシナリオ代行を探して任せるという案は、実際のところ現実的で有効な策であることは間違いなかった。

 SSDF広報部の誰か、ネット上を探しても良い……結果間に合わないのに比べたら百倍マシだ。


「もちろん、現実的に実行可能な何か良いアイディアがあったなら、いつでも募集中なんだけど…………」


 監督はそこまで言ったところで声をフェードアウトさせ考え込んでしまった。

 ことの本質はもっと深刻なことに薄々気づいていたからだ。

 自分はシナリオが書けないのではない……描きたくないのだ。

 もっと言えば、今制作中のアニメーション作品、SSDF広報部制作『美少女航宙艦隊ヴィルギニー・スターズ』通称『VS』自体を、ぶっちゃけ作りたくない……作るべきじゃないとさえ思っているのだ。

 監督は腕組みすると、ことここに至った事情を回想した。





 十代前半で受けた適正試験により、肉体的に航宙士になれないことを知った当時の監督だったが、SSDFへの憧れまでは消せなかった。

 その憧れを、学生時代に現・制作進行と絵コンテ・演出と共にぶつけて制作した短編アニメーション作品が、SSDF広報部に入隊して何年か経過した後で、上司の眼に止まったことが事態を大きくした。

 第三次グォイド大規模侵攻迎撃戦を終え、人類社会が一応の勝利の喜びに沸いたこの好機に、損耗したSSDF航宙士を補うための人材を募集すべく、立川基地の広報部がSSDFの活躍を描いたTV配信用1クールアニメーション作品の制作を決定したのだ。

 そこまで唐突な話というわけでもなかった。

 立川基地広報部第8課二係では、それまでアニメあるいはマンガ調のSSDF隊員募集用ホロポスターや、長くとも90秒程のごく短いアニメーションの隊員募集CMも数多く制作してきていた。

 第八課二係は、そういった業務を行う為に集められたスペシャリストなのだ………………そのスキルが、21世紀前後のアニメーション制作スタッフに比してどのレベルに値するかは別として。








「まぁどうせパイロット版だからさ、そんなに力んで作ることはないという考え方も無いこともないんじゃないか?」

「パイロット版であるが故に、描くべきことも大体決まっています。もうしわけないですが、悩んでいる部分が理解できません」

「うううううう……」


 トイレと菓子類による朝食を済ませ、ようやく脳の働き出した絵コンテ・演出と制作進行に言われ、監督は返す言葉に詰まった。

 確かに今制作しているのは、パイロット版と呼ばれるお試し版の作品であった。

 一話だけ制作されたパイロット版の出来が、SSDF上層部で評価されれば、本シリーズとして一話25分×最大13話(1クール)の製作と配信が決定される。

 そういった事情から、パイロット版には一話でシリーズ全体の面白さや方向性が伝わり、かつ一話だけで完結する物語が求められる。

 そういう意味ではシナリオで描くべきことは決定しているのだが、後の話に続けることができないが故の難しさもあった。

 ちなみに絵コンテ・演出が言っているのは、パイロット版だから手を抜いても良いという意味ではなく、パイロット版だからまだTV配信シリーズ本編を制作するまでには時間があるよ……という意味だと思われる。

 確かに、パイロット版の制作期限……つまりカンパケ期限まで残り二カ月だが、シリーズ化が決まったとして、次の第二話の完成・配信日まで半年はある。

 アニメ制作に要する人手は減ったが、必要期間までは減りはしなかったのだ。

 どちらにしろ、シナリオが真っ先に上がらねばならないことには変わりなかったが……。

 当たり前だが、キャラ、メカ、背景、音楽、アテレコ、全てがシナリオの後にならねば進められない作業だからだ。

 もちろんデザインなどの進行可能な作業は進めさせてはいるが、それにも限界があった。


「細分化して考えましょう」


 明らかに業を煮やしているのをひた隠しながら制作進行が言った。


「たとえば制作目的、変更不可な決定事項、キャラ、プロットなどに要素を分けて、そこから逆算して考えていくんです」

「なるほど……」

「制作目的は、宇宙のSSDFの活躍を描くことで新隊員募集を増やそうという腹だろ?」


 制作進行の説明に監督が素直に頷くと、絵コンテ・演出が早速口を開いた。


「描くのは、第三次グォイド大規模侵攻迎撃戦で活躍したっていう、私らみたいな女子航宙士がクルーを務めてるっちゅう航宙艦〈びゃくりゅう・・・・・・〉の野良グォイドとの戦いを、パイロット版ということでダイジェストでお送りする感じですな」


 作業しながらも話を聞いていたメカ監督が、手を止めずに言った。

 彼女は目下、登場する全メカ及び敵グォイド艦のモデリング中であり、中でも主役メカと言える〈びゃくりゅう〉のモデリングには力を注いでいるのであった。


「だからキャラも決まってますよね?

 レイカ艦長以下の〈びゃくりゅう〉クルーがレギュラーキャラってことで……今さら変わったりしないですよね? ね?」


 キャラ監督が震えながら尋ねると、監督は「大丈夫! それは大丈夫だから!」と何度も言わねばならなかった。


「ドラマパートの艦内部の背景はモデリング済み。

 戦闘アクションパートはメインベルト各【集団《クラスター》】をモデリング中……見分けつく視聴者がいるとは思えませんけど。

 編集とエフェクトは当然ながらまさ何も……」


 キャラ監に合わせるように背景が報告した。

 コンピュータ処理のスペシャリストな彼女は、背景の他に出来上がった素材を編集してまとめる他、戦闘時の爆発やUVキャノンの輝きなどのエフェクト処理も担当している。

 その作業の関係上、始められるのが制作終盤になる為、心配する気も分かった。


「尺で分けて考えるならアバン、OP、Aパート、Bパート、ED、次回予告だろ?」

「例えば、〈びゃくりゅう〉の日常、野良グォイド遭遇、野良グォイド退治で良いのではないか?」


 モーアク(小)と(大)がスナック菓子をつまみながら告げた。

 モーションアクターは各キャラの動きや芝居の元となる動作を行い、コンピュータで取り込ませて動画制作に活かす他、アフレコで各キャラに元となる演技した声を当てる担当である。

 その仕事の多くはあとで激しく加工される為、アニメを見て彼女らの仕事を類推するのは困難だが、非常に重要なポジションであった。

 そして今はしたくても何も作業を進められないセクションの一つであった。

 もちろん、後に使えそうな動画や声の録画録音は行っているが…………。


「音楽は監督のイメージした既存BGMを、かたっぱしからアレンジしたの作ってるよ。

 SEも作っちゃ撮りダメてる。

 著作権的にまずいのはEXプリカが教えてくれるはずさ。

 さっき聞いてもらったOPとEDのデモが監督OKなら、曲を元にOPとED映像作るの始められるんじゃないかな?

 曲のテンポやパート配分に変更が無ければだけど」


 音楽担当を兼ねた音響監督が、片耳にだけつけたヘッドホンを外しながら答えると、絵コンテ・演出が「良いね!」とサムズアップしながら早速自分のデスクで作業を開始した。

 音監の報告に、問答無用でOPの絵コンテ等の作業を開始したのだろう。

 監督はそれに依存は無かった。

 大体のOP・EDの映像イメージは発注済みだし、進められることがあって良かったと思ったくらいだ。

 監督は絵コンテ・演出や他の部下ほどに根っからのアニメファンと言えるかは自信がなかったが、これまで見てきた数多くのアニメ作品のOP・EDに好きなものの一つや二つはあった。

 それらを書けわせた理想のOP・EDを作れるのは、それはそれで純粋にワクワクした。


「とりあえず今日は、OPとEDの作業は進められるようですね……」


 制作進行が安堵したように言った。

 少なくとも今日という時間を無駄にすることはなくなったからだ。

 今日稼いだ時間が、明日の自分達を救う掛け替えのない時間になりかねない時は、進められる作業があるだけで朗報であった。


 








 ユリノは眠るようにして目覚めた。

 実際、記憶にある限りではベッドに入って目を閉じてしばらくして意識が薄れたと思った瞬間覚醒したのだった。

 “監督”ではなくユリノとして。

 目覚めたのは妙に明るい〈じんりゅう〉のメインブリッジだった。


「…………思い出した……」


 ユリノは思わず口に出して呟いた。

 自分が眠る前まで“監督”として何をやっていたかはもちろん、なぜ自分が“監督”となって突然アニメを作る羽目になったのかを……。


「ああ、目覚めたのですね艦長……」


 メイン・ブリッジにいたのはユリノは一人ではなかった。

 シズが自分の席に座っていた。

 いつもそうだった。

 シズは年齢的に徹夜や夜更かしが苦手な為、早めに就寝し“ここ”へとやってくるのだ。


「ちょっとでも進んで良かったのです、制作……」


 一人でここで待っていたらしいシズが、脚をプラプラさせながら言った。

 ユリノも同意見だった。

 自分達は【ヘリアデス計画】の終盤、ムカデ・グォイドとの戦いに三隻同時【ANESYS】で対抗し、そのままムカデ・グォイドが開いたワープゲイトを潜って……そしてまた出あったのだ。


「それにしてもなんで……この時代の……なんでアニメ制作…………」


 ユリノは前回ここに来た時も同じことを呟いたと、口にしてから思い出した。


「〈太陽系の建設者コンストラクター〉の考えは分からないのです。

 ただ、あの時代のあの場所、あのメンツをシズ達が追体験、あるいは演じることで、あのアニメを制作させることが〈太陽系の建設者コンストラクター〉がシズ達に与えた試験だと思われるのです」


 ユリノは猛烈なデジャヴを感じながらシズの言葉に頷いた。

 かつて土星圏【ザ・ウォール】にて【ウォール・メイカー】に宿る異星AIとコンタクトしたように、ユリノ達の【ANESYS】のアヴィティラ化身は、【ガス状巡礼天体ガスグリム】に宿る〈太陽系の建設者コンストラクター〉製AIとコンタクトし、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の使用権を欲しくばこの試練を超えよと言われ、あの世界・・に行かされたのだ。

 あの世界ではユリノ達は“監督”をはじめとした当時のアニメ制作の各セクションの担当となっていた。

 ごく最初だけ、ユリノ達は〈じんりゅう〉クルーである記憶を維持しながらアニメ制作スタッフとなっていたのだが、その記憶は数日で思い出せなくなり、いつの間にか疑うことなく自分はアニメ制作スタッフであると思いながら、言われるがままにアニメを制作することになっていたのだ。

 だからアニメを制作するにあたっても、これが〈太陽系の建設者コンストラクター〉の与えた試練だとは露程も思い出すことはなかった。

 しかし、起きている最中に本来の自分が思い出せなくなるのと引きかね異、毎晩宿舎に帰り眠りにつくと、こうして〈じんりゅう〉メイン・ブリッジを模した空間に呼び出され、その日の“監督”としての記憶とユリノ自身の記憶両方を有して目覚めるようになっていたのであった。


「なぜ……監督はシナリオに苦戦しているのでしょう?」


 シズがポツリと言った。


「『VS』第一話は、過去の数々のアニメ作品を踏襲した非常にベタな第一話でした。

 充分面白かったですけど……」

「…………うん」


 ユリノはシズがほぼ自分に対し質問していることに気づいたが

そうとしか答えられなかった。


「シズ達が演じているあの時代に監督や背景などのスタッフですが、シズの覚えている限りは実在していません。

 そもそも全員女性ではなかったですし、VS制作現場は確かに10年前のSSDF立川基地でしたが、スタッフに関する情報は、全て事実とはことなる創作と考えられるのです」


 ユリノは繰り返されてきたシズの説明に頷いた。

 最初にここで目覚めた時は、可能性の一部として、自分達の意識がタイムトラベルしたのではないか? などとルジーナあたりが興奮しながら言い出したものだが、その可能性は低かった。


「なぜこの時代、このシチュエーションを選んだのかはわかりませんが、あの世界は過去へのタイムトラベるなどではなく、私達の記憶と、〈太陽系の建設者コンストラクター〉が得た知識を元に創作された世界に違いありません」


 シズはそう結論づけていた。


「私達にできることは?」

「今ある情報からでは、アニメを成功させることくらいしかないと思われるのです…………」


 結局、シズとユリノの会話は以前ここで交わしたのと同じ結論に至っていた。

 だが変化した事実も無くはなかった。


「ユリノ艦長…………いえ監督があのアニメ制作で苦戦している理由に、何か意味があるのかも……」


 シズの推理に、ユリノは何も答えられなかった。

 もしアニメを作ることがこの試練の正解なら、喜んで作りたい。

 だが自分自身がそれに乗り気ではないのだ。

 その理由を、ユリノとしての自分はなんとなく気づき始めていた。

 だがその感覚も記憶も、明日の朝“監督”となって目覚める時には思い出せはしないのであった。

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