▼第五章『KANPAKE-遥かなりて』 ♯3


「……まさか…………まさかこのわたしに絵描きの才能があったとは……」

「いや、あなたじゃなくて! あくまであなた演じる絵コンテ・演出だから……」


 メインブリッジ火器管制席からガバっと起き上がるなり、自分の隠された才能に驚愕するカオルコに、ユリノは即念押しした。

 さらに先に目覚めていたキャラ監督を演じていたフィニィが「主に人物の絵を描いていたのはボクだよぉ……」と、遠慮がちに訂正した。

 これと同じ会話を何度かした気もするが、定かではない。

 あのアニメ制作現場が〈太陽系の建設者コンストラクター〉が作り出した一種のシミュレーションならば、こちらも夢みたいなものなのかもしれないのだ。

 今明確に思える事でも、朝になれば夢となって思い出せなくなり、次の夜、ここで目覚めて覚えていたことが、本当に正しい記憶のなのか……そもそも全てが想像された世界において正しい記憶が何かもよく分からない。

 ユリノは軽い疑心暗鬼になってしまいそうだった。

 最初しばらくはシズとユリノしかいなかったメインブリッジ……を模した空間には、続々とクルーが集結してきていた。

 つまり向こう・・・の世界でようやく就寝したということだろう。


「みんな夜更かしは控えた方が……」

「いや、監督がシズの次に早寝というのも……それはそれでどうなのだろうか……」


 ユリノの控えめな忠告に、カオルコが割と真面目な顔で言った。

 いや、そうなんだけど……そうではない……というか……ユリノは返す言葉に詰まった。

 自分が監督を演じている最中は、ユリノである時の記憶も自覚も無いのだから、今ここで監督時の行動を指摘されても困るというか……。


「あ~! また寝落ちてしまったゾナ~ッ! あと200枚でパネルの処理が全部終わるのに!」


 そんな中、最後の一人であるルジーナが、目覚めるなり盛大に泣きわめいた。

 どうやら〈びゃくりゅう〉のモデリングの最中だったらしい。

 その直前にはミユミが「あ~良いフレーズが浮かんだのに~!」と似たような泣き言を目覚めるなり喚いていた。


「今日も全員揃ったみたいですね」


 唯一いつもと変わらぬサヲリがユリノを振り返りながら言った。

 サヲリ演ずる制作進行が、サヲリと変わらな過ぎるだけな気もしたが…………。

 これがいったい何度目なのか……メインブリッジを模した空間には、アミ一曹、エクスプリカを除く女子クルー全員が揃っていた。

 解せないのは何故かクィンティルラとフォムフォムがいることだ。

 

「う~む……やっぱし来るな……俺たち……」

「フォムフォム…………」


 当人たちも至極不思議そうな顔をしながら自分の手足を思わず見つめているが、答えはなかった。

 記憶が確かならば、彼女達二人の乗った〈昇電ⅡSDS〉は、〈じんりゅう〉がワープゲイトを通過した段階で、まだ太陽近傍にいたはずであった。

 つまり〈じんりゅう〉とは軽く10億キロ以上離れているはずだ。

 にも関わらず、今ここにいるということは…………


「やはり〈太陽系の建設者コンストラクター〉のAIとの、【ANESYS】を用いたコンタクトの最中に分断された結果、二人の人格は今も我々と繋がったまま、ここにつなぎ留められている……と考えるべきなのです」

「もしくは、私達の見ている二人が、〈太陽系の建設者コンストラクター〉のAIが生み出した幻か…………」


 過去にも聞いた気がする仮説を述べるシズに続き、ユリノが呟くようにそう言うと、クィンティルラとフォムフォムふくむ一同が思いのほか「え……」と本気で驚いたので、ユリノは慌てて「なんてね!」と続けた。

 もしも目の前ののクィンティルラとフォムフォムが人工の幻なら…………〈太陽系の建設者コンストラクター〉のAIは人を選ぶセンスに問題があると思うし……目的が意味不明だ。

 ここはシズの言う通り、〈太陽系の建設者コンストラクター〉文明の超技術が距離を無視してパイロット二人をここへ呼んだと考えるべきだろう。


「それに……幻を心配するなら自分以外全員が幻の心配だってあるしね……」


 ユリノはそう呟いて、我知らず他のクルーをゾッとさせた。


「で、みんな何か報告すべきことはある?」


 ユリノは若干投げやりに、毎晩行っている全員ミーティングを開始した。

 全員がこのメインブリッジ空間に集まって出来ることは、話し合いくらいしかない。

 ちなみにここのメインブリッジの各コンソールは、いわばただのハリボテであり、機械としての機能は一切有しておらず、椅子くらいしか役には立たなかった。

 問題は、ここで何を話し合おうと、その記憶を維持してアニメ制作スタッフとしては目覚められないことだ。

 だから仮に何か有効なアイディアが話し合いで見いだせたとしても、あまり意味はないと思えた。

 そしてこのメインブリッジ空間でユリノは達が起きていられる時間は、体感時間で測る限りでは、監督をはじめとした各アニメ制作スタッフの就寝した時間と一致していないことが分かっていた。

 体感でいつまでたってもここから出られない(目覚めない)ような気がすることもあれば、すぐに目覚めてここから出ていく場合も考えられた。

 その事実が、ユリノの心を疲弊させていた。

 今ここで何をしようと無駄なのではないか? ……と。


「まぁ就寝まで多少の誤差はあれ、起きている間は基本的に俺たち一緒に行動してたからな、わざわざ新たに話すほどのことはあまり無いなぁ」

「……よねぇ」


 クィンティルラが皆を代表するかのように言うと、ユリノは頬杖を突きながら相槌を打った。

 起きている間は皆殆ど【第一艦橋】にいた。

 モーションアクターとなったクィンティルラとフォムフォムの二人は、作業棟の地下にあるスタジオでバンクとして繰り返し使えそうなキャラアクションや、モブキャラのモーションキャプチャー作業を撮り溜めしていたが、その事実は監督として起きている時に把握済みだ。


「わたしとしては、アニメ制作を進めることに専心したいがな」

「それはここ・・でもってこと?」


 カオルコの意見にユリノは尋ねた。


「いや、できることがあれば? の話だけれどな。

 だってこのアニメ制作を成功させることが、我々に課せられた試練なのだろう?」

「…………んん……まぁ今んところはそう思われるんだけどね……」


 ユリノは当然とばかりに言うカオルコの言葉に反論できなかった。

 かつて【ザ・ウォール】で〈太陽系の建設者コンストラクター〉のAIにコンタクトした時は、〈じんりゅう〉クルーのアヴィティラ化身に対し、『人類はこの宇宙で繁栄するに値する存在か?』という問いかけへの解答を求められた。

 その時アヴィティラ化身は紆余曲折を経て搭乗していた〈びゃくりゅう〉の有する人類に関するデータの全てを提供することで、問いへの解答とし、一応の正答扱いを受けた。

 それと同じように、〈太陽系の建設者コンストラクター〉のAIの今回の問いかけが『アニメを作れ』なのだろうか?

 あの時代、あの場所のあの人間たちをシミュレーションさせるということは、アニメ制作の他に目的など考えられなかった。

 だが……だとしたならば何故にアニメ制作?

 ユリノはやはりそこが引っかかって仕方がなかった。


「疑問は理解できないことは無いが、それはアニメ制作を成功させてから考えても良いのではないか?」

「シズもカオルコ少佐の意見に賛成です。

 究極的に言えば、そうすることで得た結果でしか、確認のしようがないと思われるのです……我々には……」

「うまいことアニメ制作が成功して、〈太陽系の建設者コンストラクター〉のAIにご満足頂けたら、俺たちゃ〈じんりゅう〉および〈昇電〉の中でパッと目覚めて、んで異星遺物としての【ガス状巡礼天体ガスグリム】を使えるようになって、それでグォイドをやっつけてメデタシメデタシ……ってなる…………ってことなんだろ?」


 クィンティルラが極めてザックリと現状をまとめると、シズは「おそらく…………」と小さな声で肯定した。

 ユリノは自分が再び【ガス状巡礼天体ガスグリム】内に突入した〈じんりゅう〉の艦長席で目覚めるところを想像したが、今一信じられなかった。

 もう遠い昔か、さもなきゃ夢か幻だったのではないかと疑いたくなってきてしまう。

 それでも辛うじてこちらが非現実の方で、〈じんりゅう〉の方が現実だと認識できているのは、折に触れ彼のこと思い出しているからだった。

 皆もきっとそうなのだとう思う、口に出しては言わないが……。

 はたして彼は無事彼女のふりをし続けられているだろうか……。

 あとサティとエクスプリカは無事で、〈ファブニル〉〈ナガラジャ〉と仲良くやっていけているだろうか……。


「それはそれとして…………シズは考えたのです…………」

「え? なに? 聞かせて」


 一瞬思考が遊離しかけていたユリノは、シズの言葉で我に返った。


「やはりこのメインブリッジを模した空間に、シズ達が目覚めるのには意味があると思えるのです…………」

「ここで何を話し合おうと、向こうでは何も覚えてないのに?」


 シズの言葉に、まずミユミが率直な疑問を投げかけた。


「それはそうなのですが……逆に考えてみてはどうでしょうか?」

「というと?」

「記憶は引き告げませんが、他の何かが引き継げるから、我々をここにあつめて一緒に目覚めさせているのではないか? と」

「思い出せはしないけど、ここで交わした会話が、アニメ制作してる時に何か影響はしてる……ってこと?」

「でなければ、ここで一旦シズ達を目覚めさせる意味がわかりません」


 シズの仮説にユリノが聞き返すと、彼女はコクコクと頷きながら答えた。


「私達が宛てがわれたそれぞれのアニメ制作スタッフは、実在の人物ではない……架空の人物ですが、かといってそのキャラ設定はデタラメに考えられたわけではなく、それとなく意味があるように感じられます。

 じゃなければ、そもそもユリノ艦長がアニメ制作のリーダーたる監督にはなっていないでしょう」

「ああ……うん」

「シズの仮説ですが、向こう・・・で目覚めた時に、シズ達の本来の記憶が無いのは、それがあるとアニメ制作が楽勝になってしまうからだと思うのです。

 シズやルジ氏は『VS』ファンですからね」

「……なるほど」


 ユリノはシズの説明にただ納得するしかなかった。


「簡単にアニメ制作が達成できチャッチャッチャァ~、これが〈太陽系の建設者コンストラクター〉のAIの試験の類だった場合、簡単すぎちゃいますものナァ」

「じゃ、おシズちゃんは、あたし達が向こうで目覚めた時でも、記憶は無いけど、私達の……え~とえ~と……」

「記憶は無くとも、行動原理や思考パターンは継承されていると考えているのです」


 ルジーナとミユミにシズは答えた。


「サヲリ副長なんて顕著だもんな」

「フォムフォム……記憶以外全部受け継いでいる……」

「…………」


 パイロット二人の率直な感想に、サヲリは何も言わなかった。


「結局何が言いたいのかというと、ここでこうして全員で話し合っていることも決して無駄などではなく、何がしかの効果が期待できるとシズは思うのです……ですので……」

「ここで何を話し合えば良いの!?」


 ユリノは期待を込めてシズに尋ねたが、彼女の明晰な頭脳をもってしても、答えが出てくるのはここまでだった。

 シズは気まず気に目を逸らしただけだった。

 それをこれから知恵を出し合って考えようということなのだ。


「ワタシとしては、監督にはやくシナリオを上げてもらえる方策を考えて欲しいところですね」


 珍しく制作進行……ではなくサヲリが真っ先に口を開いた。

 ユリノは良くない流れの予感を覚えたが、もはや手遅れだった。


「まったくだ! 昨日もウチらほぼ仕事進まなかったじゃん」

「フォムフォム……」

「曲はシナリオに合わせて書きたいものですよねぇ~」

「キャラモデルだけ完成できても、どう動かすか分からないと映像にはできないんですよぉ監督ぅ……」

「勝手に絵コンテだけ描いてはダメだろうか……」

「編集もエフェクト処理にも時間は必要なのです……」


 一気にクルーの監督に対するリクエスト(控えめな表現)が押し寄せ、ユリノはのけ反った。


「だからぁ……私は監督じゃないんだってばぁ…………」

「その理屈の使用は今は控えて下さい」


 弱々し気に抗弁を試みるユリノの退路を、サヲリが無情にも速攻で塞いだ。


「あなたがシナリオ書きに苦戦している理由を早く教えて下さい!」

「その“あなた”ってのは監督? それとも艦長としての私ぃ?」

「どっちでも構いません……」

「……」


 ユリノはサヲリの静かな迫力に圧倒されるしかなかった。

 その答えが自分で出せたら苦労は無かった。


「あのユリノ艦長、艦長が監督を演じていた時・・・・の記憶では、なんでシナリオに苦戦していたんですか?」

「え……ええ?」


 ミユミの素朴な疑問に、ユリノは軽く混乱しながら考えてみた。

 監督になっている時はユリノである記憶は無いが、今は監督であった時の記憶はあるのだから、多分それを思い出せ……と言っているのだ。


「え、ええ~?

 なんていうか……あの時の私は、脚本を書こうとして、何を書いても、自信が無いっていうか、意味が無いっていうか……そんな感じに思えていた……気がする」


 ユリノは苦労してなんとか監督だった時の気持ちを言語化したが、クルーの反応はイマイチだった。


「それはグォイドと人類の存亡を賭けた戦いの最中に、アニメなんぞ作ってる場合じゃない……って感じてたってことかい?」

「…………さぁ」


 クィンティルラが上手い事言いたいことを翻訳してくれた気もするが、確証は持てなかった。


「確かに、自身がそう思っている節はあるかも……だってそうでしょ?

 宇宙で多くの航宙士や一般市民が亡くなってる最中に、人の生死にも衣食住にも関係ない、エンターテイメントにリソースを裂くっていうのがなんか…………申し訳ないというか……」


 ユリノがさらに頑張って気持ちを言語化してみると、クルー達はしばし沈黙した。

 ある意味アニメを冒とくしたような発言だったかもとユリノは少し後悔したが、今更取り消すこともできなかった。


「……う~ん……まぁ言いたいことは理解できなくも無いな、わたしは」

「所詮は虚業と言われれば否定はできません」


 カオルコが口を開くと、サヲリが続いた。


「アニメが無くたって死にはしないですもんナァ……」

「え……そう思ってたのボクだけじゃ無かったの?」

「何がしかの災害や戦争が起きる度に、昔から言われて来たことではあるのです」


 ルジーナ、フィニィに続き、シズもまた腕組みしながらしみじみと言った。


「実際アニメ『VS』には、そういう理由でのアンチも多かったらしいぜ」

「……フォムフォム……それどころかあのアニメは、多くの若者に航宙士となることを志させ、結果として死地に送り込んだ作品と言われても仕方がない」


 クィンティルラとフォムフォムの意見がさらに続くと、ユリノは意外さに驚く他なかった。

 アニメ『VS』にアンチがいたことではなく、それらのアニメに否定的な意見も、クルー達が重々承知して理解を示していたことがだ。


「なら……なんで……」


 ユリノは訪ねることしかできなかった。


「でも……確かに……、アニメって無くても死にはしないだろうし……あのアニメ見て航宙士になって、結果戦場で亡くなった人がいるかもしれないですけど…………。

 ですけど……あの、同じくらい救った人もたくさんいると思うんですよ」


 そう言ったのはミユミだった。

 彼女が言うアニメが救った人とは、いったい誰のことを指すのか? ユリノは分かるような気がした。

 他の皆も、ミユミと同じように感じるから、それでもなおアニメ制作に抵抗なく邁進できるのか……。

 だがユリノにとって、それは自身が実感したことのない経験でもあった。

 なぜ、皆はそう思うことができるのか、ユリノには分からないのだ。


「はは~ん……ユリノ艦長……ワタシャぁ分かって来た気がしますゾ……」


 静かに困惑するユリノの顔を見て、ルジーナが何か察したようだった。


「答えは実に単純だったのですよ皆の衆…………ユリノ艦長に……いえ監督にシナリオが書けない理由が!」

「はやく教えてってば」


 サスペンスの最後に推理を開陳する名探偵じみた子芝居を入れるルジーナに、ユリノはたまらず尋ねた。














 ――翌朝――


「脚本、できましたか?」

「…………」


 ドアを開けるなり待ち受けていた制作進行に、監督はしばし絶句した。

 だが今朝はこれまでとは少々状況が異なっていた。

 監督は手にしていたSPAD個人形態端末から、寝る直前まで執筆していた脚本のデータを制作進行に向けて指で弾いて送った。

 制作進行は一瞬目を丸くしたが、すぐに食堂に向け移動を開始した監督に同行しながら、自分のSPAD確認を始めた。

 

「他のスタッフにも今送ったわよ」


 監督は先んじて制作進行に言ってやった。

 別に自信作ができたわけでは無い。

 だが、制作進行の予測をわずかでも裏切れたのは気持ちが良い。

 それに…………、


「Aパートだけなんですね……」

「アバンもだよ!」


 緊張しながら待ち受けた制作進行の第一感想に、監督は即うったえた。

 アバンタイトルは大事だ。

 シリーズ化が決定した暁には、毎話OPの前にアバンタイトル(短いドラマパート)を設けて、視聴者に「え、何がはじまるの?」と思わせたところで、印象に残る荘厳なイントロが盛大なファンファーレに転じ、続いてド~ンとノリノリのOP曲が始まって主役メカ〈びゃくりゅう〉のカットインと同時にメインタイトルがバタ~ンと起き上がってくる……と決めていたのだ。


「昨日はレイカ艦長を主役に考えていこうという方針に決まった気がするのですが、レイカ艦長の妹を主役に変えたのですか?」

「主役じゃなくて語り手! 語り手マニューバなのだよ」

「はい?」


 制作進行の「はい?」に、監督は一瞬凄く馬鹿にされてる感を覚えたが、ここは丁寧に説明してあげることにした。

 制作進行は8課2係の中ではカタギ(アニメに詳しくない)に近い人間であり、時々説明しなくてはならないことがある。


「主役とは別に、視聴者と同じ目線のキャラを登場させて語り手にすることで、作中で色々他のキャラに質問させて、それに他のキャラが答える形で、自然な形で作品内の設定やら情報やらを会話に混ぜ込んで視聴者に伝える……っていうテクニックよ」

「はぁ……」

「まぁ語り手マニューバという言葉は私が今考えたんだけれど」

「…………左様で……」


 制作進行は監督の説明に若干呆れていた気がしたが、今は気にしないことにした。

 今朝は何故か1時間ほど早く目が覚めて、SPADでシナリオ執筆をしたのだ。

 これまで筆が止まっていたのがウソのようだった。

 だが沸き出るアイディアが多すぎて逆にまとめきれなくなりそうでもあった。

 漠然としたアイディアを、シナリオとして出力するのはとても大変なのだ。


「シナリオBパートはいつ書きあがるんですか?」

「な~に、もう書くべきことは頭ん中で出来てるから、すぐよ、すぐ」

「…………具体的に言ってもらえますか、出力されていない脚本になんぞ欠片程の価値は無いので」


 制作進行におそろしく疑わし気な目で見られながら訊かれると、監督は「あ……明日の朝まで待ってもらえる……」と弱気さをよみがえらせながら答えた。

 始業と同時にシナリオ執筆に時間をもらえれば話は別だが、今日は出来上がったシナリオにそって、各セクションの作業を次のステップへ進ませねばならない。

 もちろん、先刻プロデューサーにも送ったシナリオにOKが出るのを待たねばならなかったが、進められる進めるべき作業は多々あった。

 そうして各セクションのスタッフに仕事を割り振った上で、Bパートのシナリオを描かねば、スタッフの時間を無駄にしてしまうことになる。

 監督は自分でも驚くほどの謎のバイタリティーで、今日の作業スケジュールを脳内立案していった。









 


「語り手マニューバで多少前話していた内容とは変わったけれど、大筋は変わらないわよ。

 語り手であるレイカ艦長の妹のユリノちゃんが、輸送艦で〈びゃくりゅう〉に向かっているところを野良グォイドに襲われる。

 絶体絶命のピンチ!

 そこへ颯爽と現れたレイカ艦長率いる〈びゃくりゅう〉が野良グォイドを殲滅!

 第一話終了! と」


 監督がBパート含む第一話の構想を口頭で伝えると、【第一艦橋】にあつまったスタッフたちは、感想を求める監督に軽い溜息で答えた。


「まぁ第一話とはこういうものだろうな、状況説明をしなくてはならないから、ドラマパートはこんなものだろう」

「ちゃっちゃと進められるメカパート作業初めて良いですかな?」

「ドラマパートコンテ描き始めたいんですけど……」

「音効打ち合わせしたいんですけど」

「無理矢理出来上がった絵コンテでプレビズを作ります」

「俺とモーアク(大)は下のモーキャプスタジオにいるから、用事があったら呼んでくれ」

 

 ようやく口を開いたスタッフからは、脚本の良し悪しについての感想は返ってはこなかった。

 事態はもはやそれを言っていられる状況ではなかったのだ。

 監督は若干落ち込んだが、想定の範囲内でもあった。

 監督がまずすべきはシナリオを書き、それを必要カット数に分割し、各カットの映像を絵コンテ化し、キャラ班とメカ班に必要映像を発注し、音楽、SE、エフェクトを音監督と編集。エフェクトに頼むことであった。

 結局その日一日は、スタッフとの作業が忙しすぎて予想通りシナリオBパートを書く時間はなかった。

 だがそれでも監督は満足していた。

 皆と作業することで、なんとなくだがこの作品が面白くできる予感がしてきたからだ。

 思えば何故こうもシナリオに難航していたのかと思う程だった。

 結局Bパートは、その夜に半分だけ書き、残りは翌朝に早起きして書くことにした。

 スタッフに作業を割り振った後なので、御前中も少しは時間があるはずだ。

 シナリオの完成にはもう心配はしていなかった。











「! あぁ………ここかぁ……」


 ユリノは目覚めるなり、そこがメインブリッジであることに多少混乱した。

 今回のメインブリッジには、すでにユリノ以外のクルーが揃っていた。


「やっときたか……シナリオ執筆で徹夜するのかと心配したぞ」


 カオルコが皆を代表するかのように言ったが、ユリノは返事どころではなかった。


「これって……うまくいったってことなのかしら?」


 ユリノは誰ともなしに尋ねた。


「アニメ制作が順調に回り始めたのですから、良かったととらえて良いのでは?」

「ルジーナ中尉のアイディアのお陰ですね!」

「ホントぉ?」


 答えたサヲリとミユミに、ユリノは思わず訊き返してしまった。


「まぁま艦長、明確な相関関係やらメカニズムは今は成功を喜びましょう! そして続きをはよ見ましょう!」


 当のルジーナは、すでにメインブリッジの自分のコンソールで、何やらデータを参照していた。

 このメインブリッジを模した空間の各コンソールは、いわばハリボテで何一つ機能しないはずであった。

 ……そう思い込んでいた……昨日までは。














 それは昨晩、ユリノが監督としてシナリオ執筆に乗り気になれない理由についての、ルジーナの推測を彼女が発言した時であった。


「おそらくですが……ユリノ艦長は単純に、これまでアニメや映画やドラマなどの作品をあまり見たことが無いのじゃないでしょうか?」

「はい?」

「〈じんりゅう〉でケイジ殿が開いてる映画鑑賞会とか、ユリノ艦長は出席率が高くないようですし、ワタシらがそういった作品の話題で盛り上がっている時に、会話に加わったこられた記憶もあまりありません。

 ひょっとしてユリノ艦長は、『VS』自体もあまりご視聴してないのでは?」


 その時、ルジーナにそう問われユリノは「『VS』はみなで作戦前に見たヤツくらいしか見て無いわよ……」と消えそうな声で正直に答えるしかなかった。

 図星であった。

 ユリノはアニメ『VS』を映画版や総集編の何作かしか見ていない。


「だって! 自分をモデルにしたキャラが出てる作品……恥ずかしくて見れないわよ!」


 「ましてや美少女航宙艦・・・・・・なんてタイトルついてるのよぉ!!」と逆ギレ風に言うユリノであったが、クルーたちはあまりユリノの言い訳を真剣には聞てはいなかった。


「ああ~それでか~」

「なんか……納得しましたね」


 クィンティルラやミユミにしみじみと言われ、ユリノは複雑な気分となった。


「気にすることはありませんぞ艦長! 

 だったなら面白い作品をこれから見れば良いんでデス!

 数々の名作を見て、面白かった! 感動した! 自分だったらああするこうする! という感覚が、艦長が監督だった時の意欲に変わるんじゃないでしょうかな!?」


 拳を固めて力説するルジーナに、ユリノは「は……はぁ」としか反応できなかった。

 アニメ『VS』を見なかった最大の理由は恥ずかしくて見てられない……からだが、他のアニメを見てこなかったのは、単純にそういう欲求が無かったからなのだ。

 だがルジーナをはじめとしたクルーはそんな事情知ったことではないようであった。

 はやくも自分にアニメの何を見せるべきかで喧々諤々の話し合いが始まっていた。

 しかし、それには重大な障害があった。


「ちょっと待ってみんな! 私がこれから何か見ようにも、どうやって見せるつもり?

 ここの機械はハリボテみたいなもんな…………んだ……か……ら」


 ユリノの言葉は途中でフェードアウトした。

 ユリノが言っている最中に、それまで暗かったメインブリッジのコンソールに明かりが灯りだしたからだ。


「…………あれ?」


 そのタイミングは、まるでユリノの言葉が引き金だったかのようであった。


「コンソールに火が入りました……けど……これは……」

「なんですってサヲリ!?」


 自分の座席のコンソールを調べたサヲリにユリノは尋ねた。


「コンソールが動き出しましたが、動かせるのは〈じんりゅう〉の遊興関連サーバーの映像作品アーカイブへのアクセスのみです」

「…………」


 サヲリの報告に、ユリノはすぐに理解した。

 どうも自分達は正解への道の第一歩を踏み出したらしい。

 〈太陽系の建設者コンストラクター〉のAIの出した試練のプロテクトが、たったい今一つクリアされたのだ。

 結果、試練は新たなステップへと進んだのだ。


「つまり、今ルジーナの言ったことを、〈太陽系の建設者コンストラクター〉AIがここで聞いてて、これで何か映像作品を見てインプットして、監督としてのやる気を出せ! って言ってるってことか……」


 カオルコが皆に確認するように言った。


「ですが、肝心のアニメ『VS』シリーズのメモリにはアクセスできません。

 作品自体の保存が確認できない状態です」

「それはそうなのです。今『VS』見てしまったら、向こう・・・そのまんま模倣してアニメ作ってしまいかねませんから……答えを最初から教えてくれるはずがないのです」


 サヲリの報告にシズが答えた。


「じゃ、何を見ろと?」

「アニメ『VS』は、20世紀初頭より続く、いわゆる宇宙SF作品群の系譜にあたる作品であります。

 …………ファンの間じゃ有名な話ですがね。

 だから『VS』の参考になったと思われる宇宙SF系作品から見るのはどうでしょう?」


 ユリノの問いに、ルジーナが物凄く生き生きとしながら答えた。

 ユリノに依存は無かったが、ただ一つ気になる点はあった。


「い………今から……かな?」


 ユリノの問いに対し、ユリノに何を見せるべきかで大いに盛り上がって話し合い始めたクルーは、誰も答えてはくれなかった。

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