▼第三章『海中大戦闘』 ♯5
ト
その触腕に触れられたもので、無事で済むものは無い。
【インナーオーシャン】という環境において、重く巨大な人造UVD搭載ゆえに飛行することを諦め、海面を四本の脚部でホバー走行することで移動するト
「ひぃぃぃぃ!」
二隻のうち、最初にト
ケイジは〈じんりゅう〉の数キロ後方に、水中へと突進してきたト
まるで背後に突然、白く濁った壁が現れたかのようだった。
ケイジはト
ト
しかも、ト
ト
ただでさえ水圧という専門外の環境と戦っている最中の〈じんりゅう〉級二隻が、水中でト
〈じんりゅう〉の後方へと振り下ろされたト
そして獲物を仕留められなかったことを確認するなり、ト
それは海中からジャンプしては再潜航を繰り返すイルカの群の規模を、数百戦千倍にしたようなものなのかもしれない。
なぜ水中を進み続けて〈じんりゅう〉を狙わわないのかといえば、それは水中を進み続けるよりも飛行した方が速く移動できるからだ。
つまりト
まったくもって乱暴で大雑把な方法だが、おそろしく効果的で対処の難しい攻撃方法だった。
まだ辛うじて〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉は追いつかれていないが、その時が来るのは時間の問題だった。
この危機に対し、〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉がとった行動は、シンプルであった。
『お~し、やったるぞ者ども! アネシス……エンゲージ!』
確か火星の姫様だというアイシュワリア艦長の、姫様(の一人)というよりは族の親分みたいな掛け声が響いた。
そして〈ナガラジャ〉クルーによる【ANESYS】が始まり、同時に〈じんりゅう〉バトル・ブリッジの艦長席にかけるケイジの前に、ホログラムの光の粒子が結集すると、〈ナガラジャ〉のア
ナギは別にわざわざ〈じんりゅう〉のブリッジにまで、ホログラム通信で現れる必要はないはずであったが、見えない向かい風に長い髪をなびかせながら実に颯爽と現れると、背後のケイジを僅かに振り返り、ウインクと共にサムズアップして見せた。
ト
が、その破壊力の塊が〈じんりゅう〉を捕らえることは無かった。
それはナギが
確信はなかったが、どうもト
何故なら何度か繰り返されたバ
制御された、ごく少ない数のト
〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉の【インナーオーシャン】グォイド作戦の骨子が変えられることは無かったが、ナギはこの後ろから迫りくるグォイドの隙とも言うべき索敵の雑さを見逃さなかった。
ナギは先頭で〈じんりゅう〉を引っ張っている〈ナガラジャ〉を、海面すれすれまで急上昇させ、さらに増速させた。
静穏航行を諦めれば、〈ナガラジャ〉の推力をもってすればさらなる速度で航行することは可能であり、さらに海面付近まで上がれば、水の抵抗を上方に逃すことが可能となり、〈ナガラジャ〉はさらに加速できるのだ。
ただし、海上に盛大な水しぶきを上げたことにより、〈ナガラジャ〉は迫るグォイド達に問答無用で発見される。
当然、ト
『だぁ~っはっはっはっは! 遅いわ!』
ケイジは目の前のナギが高笑いするの同時に、メインビュワーの彼方で艦尾を見せていた〈ナガラジャ〉が右舷へと急旋回し、直前まで〈ナガラジャ〉がいた空間を、バ
ケイジは気が気でなかったが、ナギにとっては対【インナーオーシャン】グォイド作戦は依然問題無く進行中のようであった。
〈ナガラジャ〉という暴れ馬に引かれた馬車でしかない〈じんりゅう〉は、ナギの操舵に従って、〈ナガラジャ〉の数キロ後をただついていく他なかった。
〈ナガラジャ〉を狙ったはずのバ
その度に、ケイジはアイシュワリア艦長に命じられたように艦長席のひじ掛けを握りしめ、体を突っ張らせることしかできなかった。
だがこれでも一応は信じていた、ナギがうまくやってくれることを……さもなくば全員あの世行きなのだから……。
そしてナギの反撃の瞬間はすぐに訪れた。
『今だ~っ!』
ト
ト
そこへ〈ナガラジャ〉が海面付近まで浮上したことで、目標を発見したト
そこが隙となった。
ナギは最初からその瞬間が訪れることを待ち、そして促し続けていたのだ。
確実に〈ナガラジャ〉を捕らえるバ
〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉とを繋ぐスマートアンカーのワイヤーが限界まで引き延ばされ、同時に全開で逆進をかけた〈じんりゅう〉が、瞬時にしてト
〈じんりゅう〉の逆進推力に加え、ト
そして互いの位置が交差するタイミングに合わせて、〈じんりゅう〉もまた急浮上をかけ海面近くまで上昇するのと同時に、船体を90度ロールさせ、六基の全主砲塔を真横に向けていた。
結果として〈じんりゅう〉の有する全主砲の砲口が、ト
ケイジは〈じんりゅう〉が操られるままに、90度傾いたバトル・ブリッジ内で減速Gと恐怖に耐えているだけで良かった。
実にシンプルで楽ちんな仕事に、ケイジは涙が出てきそうだった。
『全主砲発射!』
ナギが叫ぶと同時に、ごく薄い海面越しに、12本のUVエネルギーの光の柱が、ト
対ト
そして〈じんりゅう〉……ではなく〈じんりゅう〉のクルーは、【ザ・ウォール】にてこの両グォイドの撃破に成功したことがある。
その時の理屈と手法を踏襲すれば良いだけだった。
具体的に言えば、囮を用いてト
ト
とはいえバカ正直にト
そこで【ザ・ウォール】にて〈じんりゅう〉を失ったクルー達が、紆余曲折を経て恒星間移民船〈アクシヲン三世〉と、その防衛ユニットそして接続されたJ‐X008〈びゃくりゅう〉に乗り両グォイドと戦った時は、〈びゃくりゅう〉それ自体を囮にしてト
ここ【インナーオーシャン】でも、シチュエーションが大いに異なってはいたが、最低でも囮役と攻撃役の二つのポジションが必要な【ザ・ウォール】での戦術を行うことは可能であった。
囮役は、主機をオリジナルUVDに換装したことでUV出力に余裕があり、速度も防御力もアップした〈ナガラジャ〉が、必然的に攻撃役は〈じんりゅう〉約が担うこととなった。
〈じんりゅう〉は主機オリジナルUVDが不調でUV出力が落ちていたが、牽引用のスマートアンカーを介して〈ナガラジャ〉からUVエネルギー供給を受けており、主砲UVキャノンの一斉射撃に問題は無かった。
囮役の〈ナガラジャ〉が海面近くまで浮上してト
ケイジは自分でこの作戦案の、半分くらいを進言しておきなら気が進まなかったのだが、これ以上の別案は浮かばなかったので黙って従う他なかった。
それに、攻撃するのは〈じんりゅう〉だが、操艦するのは〈ナガラジャ〉のア
他の誰に任せるよりも頼りになるはずだった。
ほぼ浮上航行で逃げる〈ナガラジャ〉の頭上から、必殺のバ
〈じんりゅう〉が直下から放ったUVキャノンにより、ト
ガス大気が充満する【インナーオーシャン】でのト
爆発の際の衝撃を、ガス大気と海水が伝播させたからだ。
UVキャノン斉射と同時に退避行動に移っていた〈じんりゅう〉は、同じく前進加速中だった〈ナガラジャ〉と共に、【インナーオーシャン】の一画に突如出現した巨大火球に一瞬のみ込まれたかと思うと、背後からドロップキックを食らったかのように半球状に広がり続ける白く濁った壁に突き飛ばされた。
その白い壁に見えたものこそが可視化された衝撃波であり、爆発により、圧縮されながら周囲に追いやられたガス大気と、爆発中心部から巨大化していく真空空間との境界であった。
その白い真空とガス大気との境界は、瞬く間に〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉を追い越し、半径数十キロにわたる半球状の真空空間を形成するとすぐにまた収縮を開始した。
爆発のエネルギーが真空空間の膨張で使い果たされたためだ。
真空空間の収縮と共に戻ってきたガス大気による、前回よりもはるかに弱い衝撃波が、今度は前方から〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉を通過していくと、爆心地で衝突し、行き場を失って結果として上方へと逃げ道を見つけ、爆心地に巨大なキノコ雲を生み出した。
それまで海上をランダムに覆っていた銀色のガス雲は、爆発により、半径数十キロはある綺麗な真円状に吹き飛ばされていた。
『ど~んなもんだ~い!』
いつの間にか浮上していた……というよりも、爆発の影響で海面の方が〈じんりゅう〉よりも下がったことで、強制的に浮上航行していた〈じんりゅう〉バトル・ブリッジから、ケイジと共に、無言で艦尾方向で立ち上る全高数キロのキノコ雲を見ていたナギが、思い出したようにガッツポーズしながら叫んだ。
視線を前に映せば、〈ナガラジャ〉が健在な状態で浮上航行していた。
覆いかぶさったはずのト
周囲を見渡せば、〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉は、ぽっかりとガス雲に開いた広大な円形状の空間を、キノコ雲を背にポツリと航行していた。
他に動くものは何も見えなかった。
ケイジはこれまでもそうだったように、数秒間入念に状況を確認してから、ようやく安堵のため息をつこうとした。
が、しかし…………。
ケイジが感じていた漠然とした不安は、なかなか言語化できなかったが、理屈を無視して言葉にするならば要するに『こんなにうまくいくわけがない』と思ったのだ。
わずかだが根拠もあった。
一つはここがグォイドの真の本拠地【
かつて当該グォイドと戦った【ザ・ウォール】は、おそろしく巨大ではあったが、基本的に【グォイド光点増援群】を隠す為のカーテンでしかなかった。
それに対しての【
もう一つは、最初にコウモリ・グォイドと〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉が遭遇した際に、現場に残ったコウモリ・グォイド一匹に、浮上して魚雷攻撃から退避する〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉の
目標が二隻いるとグォイドが知っている状態で、囮と攻撃に分かれた作戦が通じるかが、ケイジは不安だったのだ。
しかし、〈ナガラジャ〉を囮にした攻撃により、ト
ケイジは安堵したいと自分でも願ったが、これまでの数々のグォイドとの戦いで得た経験値が、危険信号を鳴らすのを止められなかった。
そしてケイジの危惧は的中していた。
グォイドは実に単純な手段で、【
ケイジは『ど~んなもんだ~い!』と元気一杯にガッツポーズして見せたナギが、そのまま無言で視線を上空に向け、固まったのを見て確信した。
悪い予感は的中したのだ。
ナギの視線の先の光景を見ると、最初それは先刻のト
だがそれは違った。
ケイジはその塵が、ただ物理法則に従って舞い落ちるのではなく、おそろしくまばらであったが、意思あるものの統制された動きをし始めているのに気づいた。
ケイジの見つめ続けるなか、それらの塵はやがて密集し、見覚えのある黒い巨大な手のひらのようなシルエットへと姿を変えた。
爆発の衝撃波によって遠方まで吹き飛ばされたせいで、塵のように小さく見えたが、それは塵ではなく、その一つ一つがそのものであったのだ。
「……ひぃ!」
ケイジはその光景のおぞましさに改めて身震いした。
ナギが無言で〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉の急速潜航を始めさせたが遅かった。
指が何本もある巨大な黒い手のひらは、海中へと姿を没した直後の〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉へと情け容赦なく振り下ろされた。
バトル・ブリッジをシェイクしたかのような振動が襲う。
ケイジは計器からUVシールドがまだ持ちこたえていることを確認し安堵したが、次に外景ビュワーを見た時は後悔した。
艦を包むUVシールド全体に、無数のト
ケイジは肝を冷やす一方で、その光景を見て、なぜ〈じんりゅう〉がまだ無事かを理解した。
動力源たるト
ゆえにト
だが、それはごく短い時間だけの話だったようだ。
外景ビュワーの彼方で、UVシールドを覆うト
ケイジは思わずナギを見たが、彼女は額に汗を浮かべながら、無言で見えない総樹幹を握り、必死で〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉をト
そのナギの努力もむなしく、〈じんりゅう〉は再び海面へとその姿を強制的にさらけ出すこととなった。
前方では、同じようにUVシールドをト
そしてその一方で、なぜト
答えは実に単純であった。
〈じんりゅう〉後方、今だそびえ立つキノコ雲を突き破り、
ト
実に単純なことであった。
「ななななな……ナギ……ナギさ~ん!」
ケイジは祈るようにナギに呼びかけた。
絶対絶命は終わらなかった。
ト
だがこの事態に至っても、目の前に立つナギの顔には闘志が浮かんでいるように見えた。
それがア
ケイジはまだ彼女に何か策があるのだと思うことした。
[二隻目ノとーたす・ぐぉいどノ接近ニ合ワセ、艦ヲ包ムとぅるーぱー・ぐぉいどノ圧力ガ急激ニ上昇シテイル。
UVしーるど限界まであと約20秒モ無イ。
何カスルナラ早メガ良イイゾ!]
エクスプリカが報告している最中から、〈じんりゅう〉を包むUVシールドが悲鳴を上げているのをケイジは感じた。
この事態に対し、ナギは実にストレートな対処を選んだ。
〈じんりゅう〉と〈ナガラジャ〉を90度回頭させ、舷側を接近中のト
極太のUVキャノンの光の柱がト
しかし、それがト
ト
盾をなったト
ケイジはこれがナギの考えた策なのかと絶望しかけたが、ナギはそんなことには構わず、ひたすらUVキャノンの砲撃を続けさせた。
[UVしーるど限界マデアト5秒……4、3…………]
ケイジは目を瞑ってその瞬間を待ったが、カタストロフは訪れなかった。
代わりに新たな衝撃波がバトル・ブリッジを襲ったのに、慌てて顔を上げた。
ビュワーの彼方では、〈じんりゅう〉へと接近中だったト
『
そんな呟き声が聞こえた気がした。
――何事だ?――
ケイジが呆気にとられている内に、大穴を開けられたト
『よう、〈じんりゅう〉に〈ナガラジャ〉、危ないとこだったな』
放心気味のケイジの前、ナギの隣に新たな女性のホログラムが姿を現すと、被っている艦長帽のつばを人差し指でクイっと上げながら告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます