▼第三章『海中大戦闘』 ♯4
最初の2時間は、トイレとシャワーと食事と、気絶に近い睡眠で瞬く間に過ぎ去った。
だがケイジに許された休憩時間は、その後3日間で増え続け、一度につき最長6時間もの睡眠をとることができた。
もちろん常にグォイドの再攻撃を警戒し続けねばならない状況であったし、ケイジとて、とてもぐっすりと眠れる精神状態ではなかったのだが、〈ナガラジャ〉のアイシュワリア艦長が休息を強制した。
たとえ攻撃を受ける隙となろうとも、クルーに交代で休息をとらせねば、パフォーマンスが低下し続け、不可避であろうグォイドと
の再戦に耐えられないと判断したのだ。
ケイジは土星圏【ザ・ウォール】に〈じんりゅう〉が墜落する直前、【サートゥルヌス計画】で土星圏グォイド本拠地(※当時はそう思われていた)に〈じんりゅう〉が慣性航行で最接近する直前のことを思い出した。
あの時も、高まる緊張と戦いながら、無理やりクルーが交代で休息をとったものだ。
今のシチュエーションは、ケイジにとってあの時よりもはるかに悪く思えたが、そうであるからこそ、ケイジは無理やり身体を休めることに専念した。
ケイジはせめてもの気休めとして、トイレとシャワー以外は艦長席に座ったまま食事をとり、推定〈ファブニル〉墜落海域への到着までの間、リクライニングした艦長席に座ったまま眠ってすごした。
そしてほとんど気を失うようにして眠っては目覚める度に、【ANESYS】から目覚めないクルー達が、寝ていた間に起きてはいないかと期待し、そして落胆した。
だが、目的海域到達までの間に好転したこともあった。
〈ナガラジャ〉と〈じんりゅう〉の水中推進能力と索敵能力が、途中で行われた〈ナガラジャ〉の【ANESYS】により制御がアップデートされ、当初よりも大幅に信頼性が増したことだ。
牽引するスマートアンカーを介して〈ナガラジャ〉からUVエネルギーを受け取ることで、主機オリジナルUVDが使えない〈じんりゅう〉のUV出力を補うこともできるようになった。
これにより〈じんりゅう〉は速力と潜航深度を向上させることが出来た。
その一方で、持て余した時間をひたすら考え事に費やしていたケイジは、コウモリ・グォイド遭遇時に覚えた違和感の正体に、ようやく気付いた…………ような気がした。
――〈ファブニル〉推定墜落海域への到着予定日前日――
『なに、グォイドの迎撃態勢ができ
「は……はぁ」
ケイジはやたら
なんとなく大人になったアイシュワリア艦長みたいな印象があるが、ビジュアルだけでいえば、〈じんりゅう〉のア
一応
彼女は生まれたばかりのア
「そのぉ~……考えてみればコウモリ・グォイドは、あきらかに【
『ふむ、考えてみるまでもなく実際その通りであろう?』
ケイジはアイシュワリア艦長ふくむ〈ナガラジャ〉のクルーに相談したかっただけだったのだが、何故か【ANESYS】中に相談した方が手っ取り早いとアイシュワリア艦長に言われ、こうして〈ナガラジャ〉のア
確かに【ANESYS】中に話せば、ケイジの言わんとすることを一度に全クルーが理解できるはずではあるので、理屈の上でケイジには断る理由など浮かばなかった。
ケイジが問題無く、言いたかったことを正確に伝えられればの話であったが……。
「えええ~とですね、確かにそうなんですけどぉ……!
ボクが言いたいのは! ……ここのグォイドが迎撃準備を整えすぎなんじゃないか? って言いたかったんです!」
『ほう』
「そりゃ確かに、ここはグォイドの真の本拠地なわけですから、迎撃準備くらいしてるに決まってるかもしれないですけど……。
……まったくその通りなんですけど……でも…………それって本当にボク達に向けて用意されたもんなんでしょうか!?」
『…………ふむ、続けるがよい』
「そもそもボク達がここ【
だって、【
……にもかかわらず、コウモリ・グォイドは【インナーオーシャン】に潜るボク達に、失敗に終わったとはいえ、魚雷による効果的な攻撃をしてきた…………つまり!」
『つまり
ここ【
言いたいことをナギに先に言われ、ケイジはただコクコクと頷いた。
【
ゆえに【インナーオーシャン】には、対侵入者迎撃用のコウモリ・グォイドがあらかじめ用意されていたのではないか?
もちろん、人類と先んじて遭遇して土星圏に前哨基地を設け、戦いを繰り広げた末に『
グォイドが、【
むしろそちらの可能性の方が高いだろう。
だが、それならば極めて偶発的に【
『ふむん、おもしろい着眼点だ』
ナギはほんの数秒間、扇子を口元にあてて黙考すると、扇子をパシリと閉じるなりそう告げた。
『確証が無い以上、可能性は可能性のままだが、可能性の存在は確かに認められるな』
「でしょ!?」
ケイジが思わず上ずった声で訊き返すと、ナギは扇子をケイジの眼前に向けて広げてケイジを制した。
『その可能性が事実であったとして、ワレはどうすれば良いのだ?
つまり其方はこう言いたいのだろう?
この宇宙のどこかには、グォイドでも〈太陽系の
ケイジは頷いた。
自分で言い出した事であるにも関わらず、ケイジは自分が結構大それたことを言っていることに今頃になって気づいた。
グォイドでも〈太陽系の
『だがだ……仮にそれが真実であったとして、【
「……」
『大変興味深い仮説だが、ワレの今後の行動に影響を及ぼさないならば、ワレに出来ることは無いぞよ?
もちろん、
「う…………」
確かにナギの言う通りだった。
今【
昔々、地球で恐竜が栄えて滅んだことは事実だが、それが今の自分達には刺して関係無いみたいなものだ。
ナギの言う通り、その未知の異星文明の遺産でもあれば何か意味も出てくるかも
『しかしだ…………着眼点は悪く無いぞ一曹……。
過去に存在したかもしれん謎の異星文明はさておき、【
あまり嬉しゅうないけどなぁ! はっはっは!』
ナギはケイジを慰めるかのように、扇子をひらひらさせながら呵々大笑した。
その一方でケイジは、ナギの言う通り、自分の【
グォイドに【
『そこでだ一曹よ、他に訊く人間がもういないから尋ねるのだが、もし其方がグォイドならば、ここへの侵入者に対しどう迎撃する?』
真っ青になったケイジの心を呼び戻すかのようにナギに尋ねられ、ケイジは我に返った。
そして少しだけ驚いた。
【ANESYS】に意見を求められるなど、早々あることでは無いからだ。
『敵にどんな迎撃態勢が整っているかが分かっていれば、こっちにも迎撃してくる奴らへの迎撃態勢が整えられるかもしれないではないか?
特に意見が無いなら仕方ないが…………』
「ある! あります!」
黙考し始めたケイジにナギが尋ねると、ケイジは反射的に答えていた。
ナギの問いに対するをケイジは持っていた。
大きく環境は異なるが、ケイジはグォイドの拠点に侵入し、迎撃されるという経験をすでにしたことがあった……〈じんりゅう〉で〈じんりゅう〉のクルーと共にだ。
同じことをグォイドが行うという確証があるわけでは無いが、ケイジは
「……もし、ボクがグォイドの立場なら、ここに侵入してきた連中に対しては
ケイジは恐怖が蘇り、
――それから18時間後――
――〈ファブニル〉推定墜落海域への到着予定日当日――
「ト
『うっわ! ホントに来た……』
総員戦闘配置を告げるアラートが鳴り響く中、真っ青になって叫ぶケイジに続き、アイシュワリア艦長がうんざりしたような声色でつぶやいた。
『なんと…………おぞましい……』
同じ映像を見たであろうデボォザ副長が、初めてト
それは『おぞましい』などという言葉ではとても表現しきれなかった。
無理に例えるならば、それはハサミやらニッパーやらの刃物を束ねて出来上がった黒い甲虫のようだった。
しかもそれが数千数万とUVエネルギーを介して集まり、黒い雲と化しているのだ。
ケイジは土星圏の外側に存在した【ザ・ウォール】に、意図せずして〈じんりゅう〉が侵入した際に、そのト
その時、〈じんりゅう〉は主砲UVキャノンによる迎撃も空しく、無数のト
〈じんりゅう〉内部では、船内に侵入してきたト
正直、ケイジは二度と見たくもなければ思い出したくもなかった。
だが、もしここ【
もちろん、まったくの新種のグォイドが襲い来る可能性も考えられた。
だが【
新種のグォイドといえば、コウモリ・グォイドがそれにあたり、
しかし、コウモリ・グォイドは確かに有大気重力下での飛行能力と、魚雷による攻撃能力を有していたが、その迎撃行動は、ケイジにはとても中途半端だったように思えた。
たった六機のコウモリ・グォイドがたった六発の魚雷攻撃を行っただけで、彼のグォイドの迎撃行動は終わってしまったのだ。
ケイジ達にとってはありがたい話だが、グォイドの真の本拠地たる【
これには、グォイドにとっての【
何億年もの宇宙を巡る旅で、各恒星系にグォイド艦隊を送り出した【
だがト
資源の無駄は少なくて済むはずであった。
むしろ、敵目標を食い千切り、新たな資源として回収することすら可能かもしれない。
だからケイジは、コウモリ・グォイドによる〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉の撃破に失敗したグォイドが、次にト
[とぅるーぱー|・ぐぉいど
現行速度差デノ本艦直上到達マデ、オヨソ5分]
「やばい…………超やばい!」
エクスプリカの報告に、ケイジは自分で予測した未来でありながら、半ばパニックに陥りかけていた。
ここが【ザ・ウォール】であったならば、もっと遠方からもっと事前に襲来してくるト
海中を進む〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉では、ここまで接近を許してしまってから、再びト
[とぅるーぱー|・ぐぉいど雲ノ下面ハ、最大幅約100きろデ海面ニ短時間接触シテハ再ビ浮上シ飛行ヲスルコトヲ繰リ返シテイル。
ソノたいみんぐデ広範囲あくてぃぶそなート思シキ水中音波ヲ感知、我々ヲ発見シヨウト試ミテイルト推定]
エクスプリカが告げた。
ト
今となっては|、ト
ともかく、ト
『良かったね一曹! 予想が当たったじゃない』
「…………ちぃ~っとも嬉しくないです!」
どこか楽し気に言うアイシュワリア艦長に、ケイジは心の底から答えた。
『姫様……いかがなさいますか?』
『決まってらい! 予想が現実になった今、当初から考えていた対応通りに行くっきゃないわ!
この後もちゃんと予想通りだったらだけどね!』
デボォザ副長の問いに、アイシュワリア艦長が快活に答えた。
アイシュワリア艦長の言う対応プランについては、ケイジももちろん把握していたが、ケイジは彼女程には自信のない対応プランだった。
[とぅるーぱー|・ぐぉいど雲ノ後方ヨリ新タナ接近中ノ物体、ガス雲ヨリ現出ヲ確認、海上すれすれヲ超低空デ移動シテイル!
全長約10キロ、全高約4キロ!
移動物体ハ恐ラク…………]
ケイジの覚悟の有無など無視してエクスプリカが告げた。
ケイジがエクスプリカが言い終わる前に、プローブから送られてくるビュワー映像に本能的に視線を送ると、まさにその瞬間、波間に見える銀色の雲を、その周囲の大気ごと爆発させるようにして吹き飛ばしながらそれは現れた。。
ケイジは今度は叫ばなかった。
『ト
それは巨大な|ちゃぶ台の上にお饅頭を乗せたようなフォルムをした、シードピラー並みサイズを誇る巨大グォイドであった。
それが今、四つの脚部で海面の上に立ち、滑るようにして、周囲の大気を無理やり吹き飛ばしながら〈ナガラジャ〉〈じんりゅう〉に猛烈な速度で迫っていた。
ト
そしてト
がいるからだ。
ト
ト
ト
その結果、ト
【ザ・ウォール】での遭遇時、ト
故に、〈じんりゅう〉はどうすることもできずに【ザ・ウォール】へと墜落することになったのである。
【
ここでは人造UVDを搭載した通常の航宙艦型グォイドでは、重くなりすぎて、UV出力が重力に抗うことに費やされ、あまり効率的ではない。
ゆえに翼を有し、UVキャパシタのみを搭載した小型軽量の
そして飛行タイプゆえの、迅速な目標への到達が可能なコウモリ・グォイドの迎撃が退けられた場合は、同じく有重力下での飛行を可能ト
ケイジの推測は、遺憾ながら的中していた。
ケイジとしては外れて欲しかった推測であったが、それでも推測できたがゆえの対応プランもまた、〈ナガラジャ〉のクルーを中心に事前に構築されていた。
【ザ・ウォール】では、タイミングの問題から〈じんりゅう〉はクルー全員の【ANESYS】ができなかった上に、UV弾頭ミサイルを打ち尽くしていたことが、後の【ザ・ウォール】墜落を招いた原因の一部であったが、今回は様々な点で事情が異なる。
なによりも、今回は〈じんりゅう〉単独ではなく、〈ナガラジャ〉がおり、〈ナガラジャ〉は万全な状態での【ANESYS】が可能であった。
[ト
ト
エクスプリカ・ダッシュが実況する最中、ケイジの見ていたプローブからの映像がプツリと途切れた。
それはト
ケイジは微かにト
それこそが、海中にト
ケイジは昔地球の動物ドキュメンタリーで見た海鳥の一種の群が、海中の魚群に突っ込んでは、水中深くの魚を加えながら浮上して再び空へと返ってゆく姿を連想した。
ト
仮に水中で〈じんりゅう〉と〈ナガラジャ〉がト
『気が進むわけじゃないけど、もう逃げて何とかなる選択肢は無いってことね……。
デボォザ、やるわよ!』
『私も気が進みませんけどね……』
ケイジがただ艦長席にただかけていることしか出来ないでいる中、エクスプリカ・ダッシュの報告に、〈ナガラジャ〉の艦長副長は決心していた。
『総員【ANESYS】スタンバイ!
事前に構築した対応プランに従い後方のグォイドを叩く!
〈じんりゅう〉はこっちで
立川アミ一曹! あなたにも重要なお願いがあるわ』
「は、はひっ!?」
ケイジは急に呼ばれてビクリとした。
が、アイシュワリア艦長に命じられたことは、幸いにもケイジの得意分野であった。
『あなたはしっかり艦長席につかまって踏ん張っててね!』
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