▼第一章『仄暗い水の底から』  ♯3


 淡く薄水色に光る歪んだ菱形模様が無限に並ぶ天井を突き破り、〈じんりゅう〉は艦首から浮上し、艦尾を起こすと同時に海面に艦首を叩きつけ、数回のバウンドの後、船体は水平を取り戻した。

 ケイジは大瀑布の間近に立ったような、宇宙では聞くはずのない波しぶきの轟音と、船体の軋むに身体をこわばらせ、それからブリッジ内の各クルーの安全を確認した。

 幸い、慣性相殺装置は正常可動中であり、また彼女達は【ANESYS】起動時の固定パッドによって頭部や四肢を固定されているため、ケイジの見た限り、今の乱暴な浮上での怪我などは無いように見えた。

 だが別の問題も同時発生していた。


[けいじッ!]

「わ~ッ! エクスプリカ! 急いで再潜航!」


 エクスプリカが呼びかけた理由を聞くまでもなく、ケイジは大慌てで命じた。

 敵地のど真ん中で、いくら圧壊から逃れる為とはいえ、浮上しているのと潜航しているのとどっちが賢明かは、考えるまでもなかった。

 だが……、


「ああちょっとまったその前に全天周捜査!

 ここがどんなどこか調べられるだけ調べれ!

 できたら〈ファブニル〉〈ナガラジャ〉とサティのいどころを探すんだ!

 ああ! それから再潜航するっつっても安全深度でストップな!

 ……ストップ出来るよね?

 っとその前に艦尾上部格納庫の穴を外からヒューボに塞がせろ!

 あと今のうちに船体全体のチェックと応急補修! また浸水でもしたらこま――」


 ケイジは思いついたことを命じている最中に言葉を途切れさせた。


[命令実行中…………コノ空間ノ詳細ニツイテハ、上空ヲ覆ウ雲ガ邪魔シテ、有効ナ情報ハ得ラレルカハ、雲ノ流レ次第ダナ。

 〈ジンリュウ〉上空ヲ覆ウ雲ハ、艦ノせんさーヲ通サナイ。

 トリアエズ【ガス状巡礼天体ガスグリム】奥ニユクホド雲量ハ多クナリ、ソノ向コウ側ニ何ガアルカハ分カラナクナッテイル。

 間モナクめいんこんぴゅーたノ再起動ガ終ワルハズダ。

 ソレカラナラバ、得タでーたヲ元ニ有効ナ推論ヤラ解析ヤラガ出来ルカモシレナイ。

 船体ノちぇっくと応急補修ニハ約20分程時間ガ必要ダ。

 再潜航ハソレカラトナルガ、ソレマデハ敵ニ見ツカラナイコトヲ祈ッテモラウシカ……けいじ?]


 エクスプリカは忠実に命令を実行している一方で、反応の返って来ないケイジにようやく気付いた。


「…………」


 ケイジは」エクスプリカの説明を聞く一方で、外景ビュワーに映る【ガス状巡礼天体ガスグリム】内壁に存在する海から見た景色に、目を奪われていた。

 ケイジはこれまで【ザ・トーラス】や【ザ・ウォール】といった、いくら生まれ育った地球の地上ならざる宇宙で目にするにしても、奇妙奇天烈すぎる光景を見てきた。

 だから目が覚めたら【ガス状巡礼天体ガスグリム】の内側に存在した海に落っこちてたくらいでは、そんな腰を抜かすほどは驚きはしないつもりでいた。

 だが結局は、ケイジはビュワー越しに見える景色に、しばしの間ただ呆気にとられるしかなかった。

 真っ先に思い浮かべたのは、いわゆるスペース・コロニー……それもオニール型と呼ばれるシリンダー状のコロニー内から見た景色であった。

 が、残念ながら人類は必要性の有無から実際にオニール型スペース・コロニーを生み出すことはなく、一気にUV技術を用いた宇宙ステーション時代に飛んでしまった為、ケイジはオニール型コロニー内に行ったこともなければ見たこともない。

 だからケイジはあくまで想像上のオニール型コロニーと、今見ている景色を比べたわけだが、それは失敗した。

 同じ円筒の内側に遠心力で張り付いた世界……という点だけはなんとなく一致しているが、スケールをはじめとしたそれ以外の全ての点でくらべものにならない程に違うからだ。

 上方ビュワー越しに、時折上空のガス雲の隙間から見える反対側の【ガス状巡礼天体ガスグリム】内壁海……【(仮称)インナー・オーシャン】までは、〈じんりゅう〉からおよそ1万キロ弱……地球直径の8割ほどの距離が開いているのだ。

 それは地球上的表現で例えるならば、日本で真下を見たら、地面が透けて南栄ブラジルが見えたような距離感なのだが、ケイジには見えてるものは異常過ぎて認識や理解が追いつかなかった。

 今いる海面からシームレスで左右に伸び上がり、1万キロ上方で天井となっている景色など、他の何かで例えようと思う方が間違っているのかもしれない。

 〈じんりゅう〉のすぐ真上に浮かび緩やかに流れるガス雲は、地球上でもたまに見かける姿形なのに対し、そのはるか上方、反対側の【インナー・オーシャン】に見える雲は、細かすぎて引きちぎった布切れかや綿のくずか何かが、薄く均一に引き延ばされて、天井の曲面から僅かに浮き上がって張り付いているように見える。

 そのガス雲の層のさらに向こうに見える海面は、つや消し塗料の塗られた板にしか見えなかった。

 雲や海面は、この距離になると厚みの変化など微々たるものにしか見えなくなった結果らしかった。

 ガス雲はその薄い層が、パイ生地のように幾重にも重なって出来ているのだ。

 問題は色合いであった。

 ビュワーの表示を見る限り、映る映像に一切のフィルタリングはされてはいないはずであった。

 故にケイジの見ている景色の色合いは、位置情報視覚化LDVシステムなどの人類側の技術的な介在の一切なされていない色のはずであった。

 その景色の色合いを無理やり例えるならば、朝焼け時の仄かな陽ざしと、日中の眩い陽ざしが同時に前後から訪れているかのようだった。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】前方艦首方向からは、水平方向からさす我が母なる太陽系の主恒星“太陽”由来と思しき柔らかな光が、雲と海面のごく狭い隙間からほぼ真横に入り込み、それが雲と海面との間を反射しながら届いた結果、ケイジに朝焼けに近い感覚を覚えさせたのだ。

 それに対し、背後……【ガス状巡礼天体ガスグリム】後方艦尾方向から差し込む光は、光源がずっと近く、また〈じんりゅう〉にとって斜め上方から差し込んでくる為、ケイジには後方を見た時は地球の昼間のような感覚を覚えさせる。

 さらに後方からの光は淡い虹色を含んでおり、地球上で誕生進化したヒトの端くれであるケイジの感覚を大いに狂わせた。

 その光源は、〈ウィーウィルメック〉から得たアビーの情報が正しければ、〈太陽系の建設者コンストラクター〉文明のオリジナルUVDを生み出す

異星遺物由来らしい。


「…………なんン…………てぇ場所なんだ……」


 ケイジはようやくそれだけ言葉を絞り出した。

 

[がす大気ヤ海水ノ主成分、オヨビ気圧や湿度ハ、太古ノ地球環境ト酷似シテイル……ガ今ノ人類ガ生身デデレルヨウナ環境デハナイナ。

 重力ハオヨソ2.2G……。

 チナミニ奥カラ指シコム光ニハUVえねるぎーガ含マレテイル]


 ケイジの呟きを質問と受け取ったエクスプリカが告げたが、ケイジは何も答えなかった。


[けいじ、大丈夫か?]

「……! ああ全然大丈夫だ!」


 エクスプリカに再度声をかけられ、ケイジは精神力の限りを尽くして、理性を呼び戻した。

 今は【インナー・オーシャン】ごときに心を奪われている場合ではない。

 ケイジは一瞬だけユリノ艦長の方を振り向くと、大急ぎで脳裏にこなすべき事柄をリストアップし、それを優先すべき順番に並べていった。

 結局うっかり浮上してしまった〈じんりゅう〉は、船体の補修を万全にする為に、すぐには敵の目から隠れる為の再潜航にはかかれなくなってしまった。

 が、ケイジはそれで納得することにした……まだ跳ね上がりっぱなしの心拍数が元に戻らないが……裂けて通れぬ問題に拘泥するのはやめた。

 浮上している最中でなければ行いことを、浮上してしまったついでに済ますだけなのだ。

 それに、底なしの深い海の底で圧壊するかもしれない恐怖に、すぐに戻りたいとは思えなかった。

 ケイジは浮上と引き換えに敵地のど真ん中で無防備に身をさらす危険を理解しつつも、とりあえず圧壊の危機から脱出できたことに、束の間の安堵を覚えておくことにしたのであった。

 そしてとりあえずの〈じんりゅう〉の安全、あるいは安全確保の見通しがたったならば、ケイジにはエクスプリカに訊いておかねばならないことが多々あった。

 それも大急ぎでだ。

 その答えの多くは、〈じんりゅう〉のメインコンピュータの再起動が完了したことにより、ある程度は聞くことができた。








「つまりユリノ艦長達はメインコンピュータを介さず、直でオリジナルUVDと繋がって【ANESYS】中だってことか!?」


 何度めかの確認をするケイジに、エクスプリカは[……アア]と肩をすくめながら頷いた。

 それが、〈じんりゅう〉船体諸問題への対応の目途がつき、ケイジが真っ先に尋ねた問いの、再起動したメインコンピュータのエクスプリカを介した返答であった。

 自分を除くユリノ艦長達クルー全員が、限界時間を超えて【ANESYS】を維持し続けているだけでも異常であったが、しかもメインコンピュータを介さず、オリジナルUVDと繋がている……という答えは予想外過ぎた。


「……とりあえず艦長らに命の危険は無いんだよな!?」

[ばいたるハ安定シテイル、肉体的ナ怪我ヤ異常ハ無イ]


 真っ青になりながら自分を安心させるかのように尋ねるケイジの問いに、エクスプリカからその答えが返ってくると、ケイジは頭をガックリと下げながら安堵した。

 エクスプリカは最初から何度もそう告げていたのだが、ケイジは何度も尋ねずにはいられなかったのだ。

 だが…………、


[……ガ、モチロン限界時間ヲ超エタ思考統合ハ脳ヘノ影響ガ懸念サレル。

 サラニ、コノ状態ガ長ク続ケバ脳以外ヘノ健康ヘノ影響モアル。

 栄養補給サセニャナランカラナ]

「もしも、仮に無理矢理目覚めさせたら?」

[最悪、ゆりの達ハ廃人ニナッテシマウダロウ。

 ゆりの達ノ【ANESYS】ヲ、我々ガ外部カラ終了サセルコトハ、非常ニ危険ダ。

 故ニ、ゆりの達ガ自ラ【ANESYS】カラ戻ッテキテモラウ他ナイト思ワレル]

「ああ……やっぱり!」


 その答えをある程度予期していたケイジは、天を仰いで呻いた。


「艦長らがいつ目覚めるかは……」

[ワカラン、推測モ不可能ダ……何故ゆりの達ガコウイウ状況ニ陥ッタカモ分カラナイカラナ]

「なにか仮説くらいはないのか?」

[何カ確定的えびでんすノアル仮説ハ無イ。

 ダガけいじヨ、オ前ハ何カ原因ニ心当タリガアルンジャナイノカ?]


 エクスプリカに逆に質問を返され、ケイジはしばし押し黙った。

 エクスプリカの言う通り、ケイジには何故ユリノ艦長達が【ANESYS】状態のまま目覚めなくなったのか、心当たりがあった。

 しかしそれはエクスプリカが口にできないように、何かしらの明確な確証があったが故の心当たりではない。

 いうなればただの勘の類であったが、強いて言えばこれまで〈じんりゅう〉に乗って経験してきた冒険の数々から得た推測であった。




 ――ユリノ艦長達は、また〈太陽系の建設者コンストラクター〉製の異星AIとコンタクトしているに違いない――




 【ANESYS】に繋がることのできないケイジには想像もできなかったが、かつて〈じんりゅう〉は実際に、土星圏【ザ・ウォール】にてその地を生み出していた〈太陽系の建設者コンストラクター〉製異星遺物【ウォール・メイカー】内の異星AIと、【ANESYS】を用いてコンタクトし、限定的ながら〈じんりゅう〉への協力を得ることに成功している。

 もちろん、その時はユリノ艦長達が【ANESYS】状態のまま目覚めないということはなかった。

 だから今回も同じことが起きたとは断言などできないのだが、それと似たようなことが起きた可能性は高いと思っていた。

 異星遺物【ウォールメイカー】の動力源だったオリジナルUVDは、今は〈じんりゅう〉の主機となっているのだし、ここ【ガス状巡礼天体ガスグリム】はグォイドの本拠地であると同時に、〈太陽系の建設者コンストラクター〉の【オリジナルUVDビルダー】とでもいうべき異星遺物でもあるのだ。

 コンタクトする相手には困らないはずだ。

 正直なところ、何がおきてもおかしくないと思えた。

 問題は、仮にこの推測が事実であったとして、ケイジにできることなどほとんど無いということであった。



[けいじヨ、コッチカラ彼女達をヲ無理矢理目覚メサセルコトハ不可能ダガ、肉体ノ維持ナラ可能ダ。

 ゆりの達ヲ今スグ直下ニ新設サレタ医療かぷせるニ入レルコトヲ提案スル]

「……」


 エクスプリカを介したメインコンピュータからの提案は、ケイジも考えていたことであった。

 他にどうしようも無いとも言える。

 およそ半年前、土星から帰還した〈じんりゅう〉が、修理と同時に改修を受けた際には、バトル・ブリッジの直下に、新たに【ANESYS】に思考統合したまま収容可能ま緊急医療用カプセルが追加設置された。

 これは土星【ザ・ウォール】への墜落時に、負傷したサヲリ副長やフィニィ少佐が、医療カプセルに入った状態での【ANESYS】による〈じんりゅう〉の操艦の必要性があったことが認められたからだ。

 あまり認めたくは無いが、グォイドの戦いの最中であっては、負傷したからといって、医療室で休んではいられない場合もあると判断されたのだ。

 この改修により、ユリノ艦長達がバトル・ブリッジで戦闘中に負傷した場合であっても、最悪の場合、脳さえ無事ならば、直下に接地された医療カプセル内に収容することで、カプセル内に設けられあ思考統合用デヴァイスを用いて引き続き【ANESYS】が可能となる。

 だがケイジは、この改修が〈じんりゅう〉の土星での戦訓だけが理由ではないと感じていた。

 オフィシャルかどうかは知らないが、おそらくこの改修にはケイジが半年前に〈ウィーウィルメック〉に乗艦した時に聞いた、6年前の土星圏グォイド本拠地殴り込み艦隊の戦艦〈ジョナサンHアーチャー〉が、VS‐806〈ウィーウィルメック〉へと生まれ変わった経緯が関係しているに違いない。

 〈ジョナサンHアーチャー〉はバトル・ブリッジが破壊され、クルー達は瀕死の重傷を負ったが、数奇な運命の果てに命を取り留め、【ANESYS】の継続に成功していた。

 改修した〈じんりゅう〉でも同じ状況になった時に、同じように対応できるようにしたかったのだろう。

 そして幸か不幸か、その改修により設置された医療カプセルの出番は今やってきたのだ。


「…………エクスプリカ……すでに艦長達の脳に後遺症が残っている可能性はあるのか?」

[……アル]


 ケイジの問いに、エクスプリカは返答次第でケイジの今後の任務実行に支障をきたす可能性を懸念したのかもしれなかったが、ほんの少しの間をおいて結局は答えた。


「カプセルに入れよう…………早速そうしてくれ」


 エクスプリカの答えにケイジはすぐに決心し、そう命じた。

 ケイジが彼女達にできることはそれくらいしかなかった。

 実際問題、艦長達が座席に座ったままでは栄養補給その他の問題があり、とてもケイジでは対処できない。

 カプセル内にいてくれたならとても安心だ。

 そうケイジが思っている最中から、早速バトル・ブリッジ内各席に座るユリノ艦長をはじめとしたクルー達が、座ったままシートごとその直下へと降下を開始した。

 ケイジは彼女達の姿がバトル・ブリッジから見えなくなる直前、思わず――ああ……行かないで! ――と声をかけそうになって自分でもビックリした。

 ケイジはかつて感じたことのない心細さを覚え震えた。

 ケイジはワープゲイト通過の瞬間に気絶し、それからいつの間にか【インナー・オーシャン】に沈む〈じんりゅう〉で目が覚め、訳も分からないまま自分が臨時に〈じんりゅう〉の指揮を行う立場になっても、なんとかくり抜けることができた。

 だがそれはあくまでごく短期間に過ぎないと信じ、願い続けていたからだ。

 しかし、ケイジによる〈じんりゅう〉の指揮は無期限延長されてしまったのだ。

 それはつまり、これから〈じんりゅう〉に起きることの全ては自分の判断に委ねられているということであり、自分はおろかミユミやユリノ艦長達の命までもが自分が……自分一人が守るしかないのだ。

 それもこの【ガス状巡礼天体ガスグリム】という敵陣ど真ん中で…………。

 ケイジは彼女達が再び目覚め、いつも通りの朗らかさでケイジに接してくれることを信じ、心から願った。








 ケイジが考え判断すべきことはまだまだあった。


[だめダけいじヨ、さてぃノ消息ハ不明ダ。

 彼女カラノとらんすぽんだーしぐなるノ類モ探知デキナイ]

「けっきょくサティに何があったってんだ!?」

[不明ダ。

 真空状態ノ格納ニ開イタ穴カラノ浸水ヲ阻止スルタメニ、穴ヲ塞ゴウトシタトコロマデハ把握デキテイルガ、何故出テイッタノカハ不明ダ。

 〈ジンリュウ〉ニハ液体内デノ索敵能力ハ用意サレテイ。

 故ニ、何者カニ吸イ出サレタ可能性ハアルガ、知リヨウガナイ。

 自ラ出テイッタノカ、ソレトモ事故ダッタノカ……知リヨウガナイノダ……]

「…………」


 エクスプリカから語られるサティに何が起きたのかについての説明は、持ったよりも深刻であった。

 サティがもし無事ならば、たとえ船外に放り出されても自力で戻ってきているはずとケイジは思った。

 故にやはりサティの身に何かあったと思えた。

 だがその場合、サティを発見する術が無い。

 ケイジはなんとく大丈夫な気がしていたが、水中での〈じんりゅう〉の索敵能力の問題は、すっかり失念していた。

 航宙艦でも“艦”なのだからと油断していた。

 〈じんりゅう〉は木星ガス雲内では曳航式センサーブイなどを活用し、索敵能力を得ていた。

 が今回の〈じんりゅう〉はそんな準備はしておらず、仮に木星同様の装備があったとしても、ガス大気用と水中用ではまったく使用環境が違うため、使い物になるかは疑わしかった。。

 さらにエクスプリカの言った可能性が事実ならば、ことによるとこの海には誰かが・・・いるかもしれないのだ。

 もしそれがグォイドだったら大問題だが、もしそうなら〈じんりゅう〉はもう沈んでいる気もする。

 となるとグォイド以外の存在となるが……となるとケイジにはまったく想像がつかなかった。

 ケイジはサティの無事は信じていたが、合流できるかが急激に不安になってきていた。


「海上からの光学索敵では……」

[水平線ガ無イノデヨク見渡セルガ、水中ニイタラ発見ニハ限界ガアル]

「…………何か、水中での索敵手段を考えんとダメってことか……」


 ケイジは〈じんりゅう〉が次に解決せねばならない問題を発見した。

 水中で位置情報を把握する手段を獲得する必要がある。

 これでもケイジは地球で生まれ、海に囲まれた国で育った。

 そして20世紀末からのアニメや映画好きであり、その中には海を舞台にした冒険モノも多々ある。

 だから水中を進む有人ビークル……つまり潜水艦が、いかにして周囲の状況を把握しているのかの原理くらいは知っていた。

 むしろ潜水艦の登場する作品は好きな部類である…………絶対乗りたいとは思わないが……。

 その記憶が確かならば、人類同士の戦争で使われた潜水艦や、水中に生息する一部の哺乳類などは、エコーロケーションで周囲にある物体や環境を把握するのだ。

 ようするに音で物事を知るのだ。

 問題は〈じんりゅう〉にその手段が使えるかどうかであった。


「エクスプリカ、艦内部にある監視カメラ付随のマイクは使えないだろうか?」

[…………ナンダッテ?]

「他に使えるもんがあるならそっちで良いんだけど………………。

 艦内全体の……それもなるべく船体外部船殻そばにある監視カメラには一応マイクもついているだろう?」


 エクスプリカは[アア]と頷いた。


「それで外から聞こえてくる音を計測して、メインコンピュータで、〈じんりゅう〉自体から出してる音を除去して、船外由来の音だけにして、その音が船体各部のどのブロックから聞こえてきたかを調べれば……どの方向から何の音が……何が出した音なのか分からないかな?」


 ケイジの提案に、エクスプリカはしばしヴーンという電子音と共に沈黙した。


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