▼第六章『スーパーコンボ!!』 ♯1

 およそ10カ月前――木星――赤道上へと移動した大赤斑バレルの内部・『一つの指輪ワン・リング作戦』序盤――


 巨大な筒状へと変貌した大赤斑内部から必死に上昇する〈ナガラジャ〉の背後で、木星圏SSDFを苦しめた一体のグォイドが、最後の悪あがきをせんとしていた。

 木星内部に形成された円環状真空空間【ザ・トーラス】を用いて加速され、巨大な筒状となった大赤斑より放たれる超高出力UVキャノン=木星UVユピティキャノン。

 その木星UVユピティキャノンを、巨大なリング状の船体内を通過させることで偏向し、任意の方向に受かって射線|を自在に変更するグォイド=リヴァイアサン・グォイドが、〈ナガラジャ〉へと向かって木星UVユピティキャノンを撃とうとしていたのだ。。

 〈ナガラジャ〉はこのリヴァイアサン・グォイドに果敢にも【ANESYS】による宇宙皮むきスターピーラーを用いた近接攻撃をしかけ、一太刀あびせたところで【ANESYS】限界時間をむかえ、己を消し去らんとするリヴァイアサン・グォイドから必死で逃げ去るところであった。

 もし木星UVユピティキャノンの直撃を食らえば〈ナガラジャ〉はひとたまりも無かった。

 しかも【ANESYS】の限界時間を迎えた〈ナガラジャ〉は、もう個々のクルーによるマニュアルの操艦しかできない。

 だが艦長アイシュワリアは、その時すでに勝利を確信していた。

 とどめこそ刺せなかったものの、先の宇宙皮むきスターピーラー攻撃は、リヴァイアサン・グォイドの巨大なリング状の船体の一部に、深手を負わせていたからだ。

 そしてその深手を負ったままで木星UVユピティキャノンを撃たんとしたことが、リヴァイアサン・グォイドの最期を決定的にした。

 木星UVユピティキャノンの莫大なエネルギーを無理矢理偏向させて〈ナガラジャ〉を狙わんとした結果、その深手を負った部分の船体が負荷に耐えきれず破断したのだ。

 つまりリングの一部が千切れた。

 高速回転による遠心力で真円のリング状を維持していたリヴァイアサン・グォイドは、その一部が千切れた途端、行き場をなくした遠心力により、まるでのたうつムカデのごとく激しく蠢くと、コントロールできなくなった己の身体同士を衝突させ、大赤斑内部を盛大に照らしながら爆発、轟沈していった。

 偏向されることの無かった木星UV《ユピティ》キャノンの光芒は、〈ナガラジャ〉から明後日の方向へと延び去り、〈ナガラジャ〉はリヴァイアサン・グォイドの火球を背に、無事に大赤斑を後にしたのであった。



 ――現在・〈ナガラジャ〉バトル・ブリッジ――



「あの姿、あれは沈む直前のリヴァイアサン・グォイドにそっくりだったんだわ!

 ってことはよ! 逆に言えば、あのムカデ・グォイドはリヴァイアサン・グォイドと似たような能力を持ってる可能性もあるってことじゃない!?」

「……………………!」


 必死に力説するアイシュワリアの言葉に、一瞬キョトンとしていたデボォザの顔色がみるみる変わっていった。


「アレにぃっ!?」


 デボォザが滅多に見れない狼狽え具合で聞き返した。

 血相を変えるのも無理はない。

 【木星事変】では〈ナガラジャ〉と木星SSDFはリヴァイアサン・グォイドに大変な目にあったのだ。

 リヴァイアサン・グォイドの機能は、木星の底の【ザ・トーラス】で加速され、大赤斑から放たれる超高出力UVキャノンを偏向するただそれだけであった。

 だが、放たれる木星UV《ユピティ》キャノンは事実上妨害不可能な程に強力無比であり、その射角と射程は木星圏全人類にとっての脅威となった。

 そして木星でのグォイドの企みを阻止する為に、まず殲滅する必要のあったリヴァイアサン・グォイドに対し、戦いを挑んだ多くのSSDF艦艇が沈んだ。


「つまり、頭が尻尾を噛んでリング状になったのは、あの時のグォイドのように、こっちに向かって何かを撃つつもりだということですか!?」

「考えたくはないけどね!」


 アイシュワリアは艦長席の前に据えられた舵輪を握り直しながら答えた。


「…………しかし、リヴァイアサン・グォイドの場合は、木星の底のグォイド・スフィアが放つ木星UV《ユピティ》キャノンを偏向していましたが、ムカデ・グォイドはいったい何を放つというんです?」


 デボォザの至極もっともな質問に、アイシュワリアは即答した。


「その答えはすぐに分かるでしょうよ!」


 






「〈アケロン〉全艦、左舷方向への配置完了! 〈ナガラジャ〉も本艦左舷に移動し、盾になるつもりのようなのです!」

「本艦より9時方向、ムカデ・グォイドのさらに向こうの太陽表層に、プロミネンス発生予兆を観測デス!

 例の高精度プロミネンス発生予測アルゴリズムがはじき出しました!」


 シズとルジーナの報告を聞きながら、ユリノはアイシュワリア艦長の告げた言葉の意味を考えていた。

 もちろんユリノは、【木星事変】の折り、巨大な砲口と化した木星表層大赤斑を巡り、リヴァイアサン・グォイドなる強敵と、木星SSDFが激戦を繰り広げたことは知ってはいた。

 が、その時〈じんりゅう〉は木星赤道直下のガス雲の奥底【ザ・トーラス】に閉じ超えられており、リヴァイアサン・グォイドを直接確認したことはなかった。

 だからアイシュワリアがムカデ・グォイドとリヴァイアサン・グォイドの相似性について訴えた時、少しだが意味が分かるのに時間を要した。

 だが仮にユリノがアイシュワリア艦長の言葉の意味をすぐに理解したとしても、彼女に打てる手は皆無に近かった。


「艦長、おそらくアイシュワリア艦長の言った通りなのです……あのムカデ・グォイドは尻尾と頭部を連結させることでリング状となり、リヴァイアサン・グォイドと同じ機能を発揮できるものと考えられます」

「でも……輪っかになったところで何を発射……いえ偏向させるって…………あ!」


 ユリノはシズへ問いかけ終わる前に、自分で自分の質問の答えにたどり着いた。

 他に答えなど考えられなかった。

 

『〈昇電〉より〈じんりゅう〉!

 ムカデ・グォイドの背後で発生したプロミネンスが、ムカデ・グォイドに吸い寄せられて行ってるぞ! こりゃぁ……』


 ユリノの代わりに答えるかのごとく、クィンティルラの通信音声が響いた。

 が、彼女の声は最後まで言葉にならなかった。

 その理由を、ユリノはビュワーに映る〈昇電ⅡSDS〉から送られて来た映像から知った。

 上空から〈昇電ⅡSDS〉が撮影したムカデ・グォイドの後方に、新たに伸び上がったプロミネンスの炎の柱は、他の多くのプロミネンスと同じように、巨大な弧を描きながら上昇していった。

 そのプロミネンスは、プロミネンスの中では小ぶりな方に属していたが、他のプロミネンスと同じく、本来であれば、その炎の柱はそのまま上昇し続けた果てに霧散するか、あるいは弧を描き続けた果てに太陽表層へと還るはずであった。

 だが、今そのプロミネンスが弧の最高点に達した位置には、魔法の如くリング状となったムカデ・グォイドが待ち構えていた。

 全長およそ100キロのムカデ・グォイドが輪になれば、その直径は30キロと少しになるはずであったが、彼のグォイドは約百か所ある無数のワイヤーで繋がれた体の節目を伸長させ、直径で100キロを超えるリングとなっていた。

 そのリングの輪の中へと、ほぼ輪と同じ太さのプロミネンスの炎の柱は吸い込まれ……そして…………。

 それまで弧を描いていたはずのプロミネンスの輝きが、リング通過を境いにレーザーのような光の直線となって〈じんりゅう〉の目の前を通過した。

 そこまでをユリノが確認した次の瞬間、彼女は〈じんりゅう〉前方で突然瞬いた閃光に、思考もホワイトアウトした。







 屠られたのは、〈じんりゅう〉前方で艦を牽引してくれていた無人〈ラパナス〉二隻であった。

 左舷ほぼ真横から収束のうえ加速されたプロミネンスのビームを食らった二隻は、耐える間もなく爆沈したのだった。

 〈じんりゅう〉が無事だったのは、ユリノの命令を待たずにフィニィおよび〈ナガラジャ〉がリバース・スラスとをかけていたからであった。


 …………あるいはムカデ・グォイドが最初から〈ラパナス〉を狙っていただけだったのか…………。

 

 ともあれクルーの精神的負荷はさておき、〈じんりゅう〉とその左舷で盾を務めていた〈ナガラジャ〉は、今もなお辛うじてではあるが健在ではあった。

 






「……被害報告ッ!」

「……本艦牽引中の無人〈ラパナス〉二隻轟沈!

 残り四隻の〈アケロン〉のシールド、耐熱限界まであと30%!

 他に新たなダメージは発見されず!」


 ユリノは急減速と衝撃波によって、目の前に展開したエアバックに頭を打ち付け、さらに上体に食い込んだシートベルトに、肺が潰れるかと思う程の痛みを感じながら尋ねると、同じ思いをしたはずにも関わらず、サヲリはすぐに答えてくれた。


「艦長、なんとか直撃は避けたけれど、速度と高度を無くしちゃった! とりあえず再加速する」


 続けて操舵席から告げるフィニィに、ユリノは食い込んだベルトのあたりをさすりながら「分かった! ありがと!」とだけ答えた。

 ユリノはフィニィが独断で減速してくれたことに感謝しかなかった。

 とはいえ、事態は最悪の半歩手前でふみとどまったに過ぎない。

 〈じんりゅう〉一行はムカデ・グォイドの収束プロミネンス砲の第一射で、ただ沈まなかっただけなのだ。

 しかも、無人〈ラパナス〉二隻を失った今、〈ストリーマー吹き流し〉を牽引する〈じんりゅう〉の推力は大きくダウンしてしまった。

 ユリノはほぼ何もできなかった自分に愕然としながら、必死に機械的に艦長の職責をこなし続けようと努めた。

 ここで立ち止まれば死しか待ってはいないからだ。


「ムカデ・グォイドの様子は!?」

「リング状から再びムカデ形態に変形し、本艦10時方向から11時方向へと高速移動中デス!」

「おそらく、新たに撃つ為のプロミネンスを探しに向かっているものと思われるのです!」


 ユリノ問いに、ルジーナは即答えた。


「…………つまり、ヤツはプロミネンスを収束してビームみたいに撃てるグォイドだけれど、自前でプロミネンスを用意できるわけじゃないってことね?」

[オソラクナゆりのヨ……ダガ、イツドコニ、自分好ミノぷろみねんすガ発生スルカハ分カルヨウダ。

 ソレニ、アル程度ナラバ人為的ニぷろみねんすヲ発生サセルコトモ可能ナヨウダゾ]

「なんという…………」


 ユリノは「インチキ!」と言葉を続ける気力も湧かなかった。

 ともかく、まだ全てではないが、これでまた一つムカデ・グォイドについての謎が解けた。

 ユリノはこれまで、なぜムカデ・グォイドはUVキャノンを撃ってこないのか? 搭載していないのか? が不思議でならなかったが、それは他に有効な武装を有していたからなのだ。

 プロミネンスに指向性を与え、加速・収束して放てるならば、それは木星UVユピティキャノンとまではいかずとも、UVキャノンよりもはるかに強力な砲となる。

 直撃して耐える術など無いだろう。

 ユリノは真っ青になった。


「あヤツがプロミネンスを撃つグォイドということは理解した。

 だが、なぜにこれまで〈じんりゅう〉そのものを沈めなかったのだ?

 これまでにチャンスは何回かはあった気がするが……」

「それはおそらく、下手に〈じんりゅう〉を撃沈して、我々が回収したオリジナルUVD112柱を失いたくなかったからだと思うのです。

 たとえ〈じんりゅう〉を沈めても、牽引中のオリジナルUVDがまとめて太陽に沈んでは困るのでしょう」


 カオルコの素朴な疑問にシズが答えた。


「だからあヤツは、最初はプロミネンス砲を撃たずに、〈ストリーマー吹き流し〉の後端に噛り付こうとしたというわけか……」


 そして〈ストリーマー吹き流し〉を直接咥え込もうとするムカデ・グォイドから、〈じんりゅう〉が逃げ切ってしまった為、彼のグォイドはプロミネンス砲を撃つことにしたのだ。

 おそらくオリジナルUVDを牽引する〈じんりゅう〉のみをプロミネンス砲で破壊した後、自由落下しはじめたオリジナルUVD112柱の納まった〈ストリーマー《吹き流し》〉を大急ぎで回収しにいくつもりだったのだろう。

 カオルコはウンウンと頷きながら納得した。


「……………………ちょっとまて! ……ってことはエクスプリカ!

 次にヤツが使いそうなプロミネンスを、例のアルゴリズムでこっちが予測することも出来るんじゃないか!?」

[モチロン可能ダ]


 突然大声でエクスプリカに質問したのはアミだった。

 エクスプリカの返答を聞いたユリノは、アミや他のクルーと共に息を呑んだ。


「じゃ次にヤツはどこのプロミネンスに向かうの!?」

「じゃ次にヤツはどこのプロミネンスに向かうってんだ!?」


 ユリノはアミとほぼ同時に訊いていた。

 アミの質問の意味はユリノにもすぐに理解できた。

 〈ウィーウィルメック〉のアビーが残したこのアルゴリズムは、ムカデ・グォイドの動向を予測させる為に送ったに違いない。

 どうやって対処するかはともかく、少なくともムカデ・グォイドの次の動向を予測できないよりかはマシなはずだ。


「〈じんりゅう〉10時方向に、新たなプロミネンス発生兆候あり、ヤツはそこを使う模様デス!

 ムカデ・グォイドが次のプロミネンス発生ポイントに到達するまで、現行移動速度であとおよそ3分デサ!」


 すでにアルゴリズムを、自身の席の電測デヴァイスと同期させたらしいルジーナが答えた。

 ユリノはそれを聞きながら、総合位置情報図スィロムに示されたそのプロミネンスと〈じんりゅう〉一行の位置関係を確認した。

 先のプロミネンス砲の射程からいって、次のプロミネンス砲撃の射程圏外に〈じんりゅう〉が脱出することはほぼ不可能なことが一目見て分かった。

 時間的猶予も無い。

 だが〈じんりゅう〉一行が助かる道が無いわけではないこも、ユリノは見出すことができた。

 それはとてもとても無茶でやりたくはない方法であったが、次のプロミネンス砲撃から助かる為には、それ以外ないとユリノは直感した。


「…………降下しよう」


 ユリノはクルーに告げた。








「え!? 姉さま今降下するって言った!?」

『ええ言ったわ!』

「せっかくここまで速度と高度を稼いだのに…………」


 アイシュワリアはユリノ艦長からの答えに、思わずそうもらした。


 ――〈ナガラジャ〉バトル・ブリッジ――


『ムカデ・グォイドのプロミネンス砲撃から逃げる為には、降下による加速しつつ、水平線の下に隠れるしかないわ!

 悪いけど〈ナガラジャ〉もつきあってくれる?』

「いやとは言えないでしょうに…………」


 アイシュワリアはため息と共に先任艦長に答えた。

 牽引させていた〈ラパナス〉二隻を失った分の推力を、ここまでに上昇して得た高度から降下することで稼ごうというのは、理解できる理屈であった。

 太陽の水平線に隠れるというのも分かる。

 ここが太陽でなければ、諸手を上げて賛同したことだろう。

 降下をすれば速度を稼げるし、水平線に隠れることで、プロミネンス砲の射線から隠れることはできるかもしれないが、降下し過ぎれば、プロミネンスに焼かれるまでもなく、プロミネンスと同等の灼熱の太陽表層に墜落してあの世逝きなのだ。


『ありがとうアイちゃん……それからそっちの主機の調子はどう?』


 あまりアイシュワリアの感情に気を回す余裕のなさそうなユリノ艦長は、礼を言ってからそう尋ねた。

 彼女の質問の意味を、当然アイシュワリアは理解していた。

 ユリノ艦長は、できれば失った〈ラパナス〉二隻の代わりに、〈ナガラジャ〉で〈じんりゅう〉を牽引して欲しいと訊いているのだ。

 最初から〈ナガラジャ〉で〈じんりゅう〉を牽引していなかったのは、今〈ナガラジャ〉主機関に少しばかり問題を抱えていて、他艦を引っ張るだけの推力を出せなかったからだ。

 だが事態はそんなことを言ってる場合ではなかった。

 アイシュワリアはすぐに〈ナガラジャ〉の主機関を調整中の機関長にアイコンタクトした。

 そして〈ナガラジャ〉の機関長を務める彼女が、わずかな葛藤の末にサムズアップするのを見て、ユリノ艦長に答えた。


「主機関調整は間もなく終了予定!牽引航行可能!

 姉さまの艦をどこまでもかっ飛ばしてあげますわ!」


 自信あり気に〈じんりゅう〉にそう告げるアイシュワリアの横で、デボォザが頭を抱えた。








「〈ナガラジャ〉前方への遷移および艦尾スマートアンカー射出を確認! こっちも艦首スマアン・・・・を出して接続させるよ!」

「〈ナガラジャ〉機関長よりメッセージです。

 『主機関調整未だ完全とは言えず、完全調整まであと5分を必要とせり、牽引加速は可能なれど、推力には限界アリ』だそうです!」


 フィニィとミユミの報告を聞きながら、ユリノは総合位置情報図スィロムを睨み、これから行う無茶なマニューバを脳内シミュレートしていた。

 主機が完全でないとはいえ、〈ナガラジャ〉に牽引してもらえるのは朗報であった。

 だが、彼我の位置関係、速度と方向を見るかぎり、それでなんとかなるとは到底思えなかった。。


「艦長、なんにせよ急がないとムカデ・グォイドのプロミネンス到着が迫っていますデス!

 このままでは次のプロミネンス砲を回避できるかギリギリになりそうデス!」


 ルジーナがユリノの予測に追い打ちをかけるように報告した。

 ユリノに言えることは一つだけだった。


「〈ナガラジャ〉とのスマートアンカー接続が完了次第、ただちに降下加速開始!」


 ユリノの指示に従い、フィニィが艦の降下を開始させた。

 前方メインビュワーの画面上半分を占めていた漆黒の宇宙空間が、みるみると上方に追いやられ、画面がオレンジ色に遮光された太陽表層で一杯となった。









 アミの中のケイジは、ムカデ・グォイドとの遭遇以来、いやその前のプロミネンス群でできたアーチを潜った時から、ひたすら二つの事について考え続けていた。

 一つはおよそ半年前、〈ウィーウィルメック〉の【フュードラシル未来樹】がケイジに対して残した例の予言についてだ。

 

『“太陽黄道高度8000キロ 42 立川アミ技術一等宙曹』


 予言はそうケイジに告げていた。

 このワードだけでは、それが何を意味するのか分からないが、その予言が的中するならば、それは今以外に考えられなかった。


「あのルジーナ中尉、〈じんりゅう〉が通過予定の最低高度はどれくらいになりますか?」

「予定コースでは、およそ高度1万キロデサ!」


 ケイジはルジーナ中尉の答えに、安堵とも落胆とも言えぬ感情を覚えた。

 これまでの太陽表層での作戦行動中に、太陽表層8000キロにまで降下しなかった以上、これから行う降下がそのなのではないか? と思ったのだが、どうも違うらしい。

 ケイジはそれが喜ぶべきなのかどうか分からなかった。 

 太陽表層から8000キロの高度は、どう考えても安全ではなく、〈じんりゅう〉といえども、耐えられるのはごく僅かな時間だけだ。

 できるなら行きたくはなかった。


「アミ一曹、その高度で〈じんりゅう〉は耐えられそう?」

「た……短時間なら……」


 アミの質問を、〈じんりゅう〉の耐熱問題ゆえの質問かと思ったらしいユリノ艦長に、ケイジはそう答えた。

 他に答えようが無かった。

 そしてその一方で、〈じんりゅう〉が降下した後のことを考えていた。

 ユリノ艦長の降下加速マニューバでは、降下することで太陽の重力を利用して加速、最高速度に達したところで当然上昇に転じるわけだが、それでムカデ・グォイドの脅威が無くなるわけでは無く、たった一回プロミネンス砲撃から逃れられるだけだ。

 その前にムカデ・グォイドを殲滅するプランを考えねばならない。

 ユリノ艦長……というより〈じんりゅう〉級の艦長達は、もう一つだけとある策を残してはいる。

 が、それはケイジの見る限りムカデ・グォイド用に残しておいたプランでは無いため、役に立つかは不透明であり、またその策は現在ムカデ・グォイドに使用できるシチュエーションではなかった。

 もし、その策以外にムカデ・グォイドを倒す鍵があるとしたら、それはやはり〈ウィーウィルメック〉が残した高精度プロミネンス発生予測プロトコルと、三隻同時【ANESYS】を行えという〈ウィーウィルメック〉のアビーからのメッセージに違いなかった。

 ケイジが考えていたもう一つのこととは、高精度プロミネンス発生予測アルゴリズムの活用方法についてだった。

 このアルゴリズムは、プロミネンスの発生を予測することで、ムカデ・グォイドの攻撃の位置とタイミングを知る為に、〈ウィーウィルメック〉が離脱前に残したに違いなかった。

 が、それだけでは無いと思えたのだ。

 このアルゴリズムはプロミネンス発生を予測するためのものだが、それはに太陽表層の磁界の状況を正確に知ることでなされる。

 そしてムカデ・グォイドは、オリジナルUVD4柱分のUVエネルギーの出力で自らの重量を限りなくゼロにし、その磁界の川の流れにのることで〈じんりゅう〉一行を上回る速度での移動を成し遂げている。

 ケイジは、ムカデ・グォイドに勝つには、このムカデ・グォイドの移動方法に対抗せねば無理だとしか考えられなかった。

 ムカデ・グォイドは、そのムカデじみた身体を太陽表層の磁界移動に特化しているが故に高速移動を可能にしているが、〈じんりゅう〉は当然、そんな航法前提の船体はしていない。

 だが、短時間であれば何かムカデ・グォイドと同じ磁界のの流れに乗り、ムカデ・グォイドを機動性で出し抜く手段があると思えてならなかったのだ。

 ケイジはあと少しで、その方法が閃きそうな気がしてならなかった。

 しかし状況はケイジの閃きを待たずに、次のフェイズへと移行していった。





「艦長! ムカデ・グォイドが次のプロミネンス発生位置に到達しますデス!」


 ルジーナの報告。

 〈じんりゅう〉が〈ナガラジャ〉に牽引されつつ降下することで加速を開始してから数分が経過していた。

 ユリノは総合位置情報図スィロムを睨みながら、この策をとりあえずの成功と判断していた。

 ムカデ・グォイドはプロミネンス砲を撃つ関係上、プロミネンスの発生する位置から動けず、そこからの〈じんりゅう〉までの距離と高度から、ムカデ・グォイドと〈じんりゅう〉の間には太陽表層の水平線があり、直線でプロミネンス砲を狙うことはできないからだ。

 しかし、ユリノのその微かな安堵はすぐに覆された。


「艦長! ムカデ・グォイド上昇! 高度を稼いで我々までの射線を得ようとしている可能性がありますデス!」


 ルジーナがが悲鳴のような声音で告げた。

 ユリノは絶句する他なかった。

 プロミネンス砲は、プロミネンスの発生位置で、発生したプロミネンスの規模に即した出力でしか撃てないと勝手に思っていた。

 ユリノは例のアルゴリズムの予測から、今回発生するプロミネンスの規模では低すぎて、位置的に〈じんりゅう〉は狙えないと考えていたのだ。

 だが、ムカデ・グォイドは発生するプロミネンスの規模もある程度変えられるらしかった。

 ムカデ・グォイドは発生したプロミネンスが本来描くはずのアーチのはるか上方で待機すると、まるでプロミネンスの炎の柱を吸い上げるようにして、再びリング状になって待ち構えていた。

 ユリノは左舷外景ビュワーの拡大映像でその姿を目視確認した。

 それはつまりムカデ・グォイドが水平線よりも高見にいるということであり、〈じんりゅう〉がプロミネンス砲の射線にいることを意味していた。


「そんな………」


 ユリノがそう呟くことしかできない中、プロミネンス砲第二射が放たれた。







 しかし、再び放たれたプロミネンスのプラズマを収束してできたビームは、〈じんりゅう〉の上甲板を激しく照らすと、そのまま〈じんりゅう〉の僅かに上方を通過していった。


「…………え?」


 ユリノはしばしの間の後にようやくプロミネンス砲が外れたことを理解した。

 そしてその理由は、すぐに分かった。

 〈じんんりゅう〉前方やや左上の空間が揺らめいたかと思うと、見覚えのある航宙艦が、まるで鏡でできたシャボン玉を割るようにして姿を現したからだ。


『お待たせ〈じんりゅう〉、それと〈ナガラジャ〉』


 アストリッド艦長の通信音声がブリッジに響いた。

 〈じんりゅう〉の前方、斜め左上方には、艦首をこちらに向けた〈ファブニル〉が浮かんでいた。

 そしてその〈ファブニル〉の背後には、〈ファブニル〉を牽引することで〈ファブニル〉の艦首実体弾砲を後方に向けたまま〈じんりゅう〉やムカデ・グォイドの前方にまでの移動を可能にした〈ウィーウィルメック〉の姿があった。

 〈ファブニル〉の艦首実体弾砲は、当然艦首方向にしか撃てないが、後ろ向いた状態で〈ウィーウィルメック〉に牽引してもらうことで、ムカデ・グォイドの前方に遷移してから真後ろへ向けての発砲を可能にしたのだ……ステルス膜でその存在を隠しながら接近し……。

 そして放たれた実体弾により、それを食らったムカデ・グォイドはプロミネンス砲の〈じんりゅう〉への狙いを逸らされたのだ。


「うわ~ん! 〈ファブニル〉~! 〈ウィーウィルメック〉ぅ~!!」


 ユリノは思わず泣きそうになりながら叫んだ。

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