▼第五章『恐怖の報酬』 ♯3


「フィニィ、進路をやや右、1時方向へ修正!

 前方に見える成長途中のプロミネンスの上空を突っ切って!」

「あいよッ!」


 ――無人〈ラパナス〉二隻による〈じんりゅう〉牽引成功直後――。


 ユリノの指示に、他のクルーが「え、本気?」と問う間もなく、段々と快活……というかハイになってきたフィニィが答えると、〈ラパナス〉二隻による牽引加速により、ようやくムカデ・グォイドから距離を撮り始めた〈じんりゅう〉と〈ナガラジャ〉の一行は、ムカデ・グォイドを後方やや右方向に見えるようわずかに変針した。

 そして前方下方の太陽表層から、今まさに伸び上がらんとしている直径数百キロのプロミネンスの炎柱の真上を通過せんと加速を続けた。


「…………………!」


 クルーが必死に悲鳴を堪える中、〈じんりゅう〉一行は、ユリノの狙い通り、発生直後でまだ昇り上がる途中のプロミネンスの上空を無事通過した。

 その数樹秒後に、プロミネンスは〈じんりゅう〉一行が通過した高度を超えて伸び上がり、後方にいたムカデ・グォイドとの間にそびえ立った。

 これで〈じんりゅう〉一行はムカデ・グォイドの視界から一応は隠されたわけだが、プロミネンスの影にいることは明白であり、この行動の意味は、〈じんりゅう〉が隠れたというよりも、ムカデ・グォイドと〈じんりゅう〉一行との間に障害物を設けたことの方が大きかった。


「アレは…………まいたのか?」


 カオルコが呟くように誰ともなく訊いた。

 ユリノは「そんなわけないでしょ」と言いそうになるのを辛うじて堪えた。

 口にしたら本当になりそうだったからだ。

 ユリノはこれで僅かでも時間が稼げることを祈った。


「〈じんりゅう〉〈ナガラジャ〉は現在、太陽表層高度4万キロを上昇中、重力圏脱出まで現行であと約60分でさ」

「そ……そんなにぃ!?」

 

 ルジーナの報告に、思わずミユミが泣きそうな声で聞き返した。


「太陽はアホみたいにでっかくって重力も強烈なんデス、地球や火星だのの惑星重力圏から出ていく程簡単には…………」


 ルジーナが申し訳なさそうに告げた。

 〈じんりゅう〉はプロミネンス群に突っ込んで以後、ひたすら加速を続けたにも関わらず、まだ重力圏からの脱出さえ成し遂げていないのは、まさしく太陽が巨大かつ高重力であったからに他ならない。

 だがユリノにとって、その事実は織り込み済みであった。

 そして〈じんりゅう〉が太陽圏からの脱出に時間がかかってくれた方が、水星や金星のSSDF基地にムカデ・グォイドの危険が及ばないので密かに安堵してもいた。

 仮に〈じんりゅう〉が水星か金星圏のSSDF基地に、回収したオリジナルUVD全ての移送を遂げたとしても、そこへオリジナルUVDを4柱も搭載した化け物グォイドが追撃してきたら、SSDF基地に対処できる術があるとは考えられなかったからだ。

 回収したオリジナルUVDを活かすには、ここでムカデ・グォイドを倒すか、最低でも短くない期間足止めするだけのダメージを与える必要があった。

 とはいえ、その手段については現段階ではまだ皆目見当もついていない。

 だから、ムカデ・グォイドを僅かな間でも引き離したこの時間を、少しでも有効に使わんとした。


「エクスプリカ、例のデータの内容は判明した!?」

[アア……アマリゆりの達ガ喜ビソウナ内容デハ無イガナ…………]

「いいから話なさい! 簡潔に必要性の高い順に!」


 ユリノは離脱した〈ウィーウィルメック〉のアビーが、何でもいいから、この状況を魔法のごとく一挙にひっくり返せる有効なアイディアでも残してくれてはしないか……と期待してまずエクスプリカに尋ねたわけだが、どうもその判断は間違っていたようだった。


[ワカッタワカッタ!

 ア~……あびーイワク、ぷろみねんすノ発生ヲこんとろーるスルダケノ能力ヲ有シ、マタ搭載シテイルおりじなるUVDノ数デ負ケル我々ガ、敵ぐぉいどト多数ノ回収シタおりじなるUVDヲ移送シナガラ戦闘シ、勝利スルコトハ、ヒカエメニ言って絶対ニ不可能ダソウダ]

「でしょうね……」

[ソシテ、モシ我々ニ勝利スル可能性ガアルノダトスレバ、ソレハ【ANESYS】シカナイノダソウダ]

「あ~…………う~む……それで?」

[シカモ、タダ単独デ一隻ノ〈ジンリュウ〉級ガ【ANESYS】ヲ行ッタトシテモ、おりじなるUVDノ戦力差ヲ覆スコトハ難シイト思ワレル。

 故ニ、〈ジンリュウ〉一行ガコノ状況デ当該ぐぉいどニ勝利シ、無事ニおりじなるUVD移送ニ任務ヲ成シ遂ゲルナラバ、我々ニトリウル有効ナ選択肢ハ一ツシカナイ……ソレハ]

「複数同時【ANESYS】…………」


 エクスプリカが告げる前に、ユリノはエクスプリカの話を聞きながらその答えに達していた。


[ソノ通リダゆりのヨ。

 あびーハ〈うぃーうぃるめっく〉ノ【ANESYS】ガ終了スル直前ソノ結論ニ達シタヨウダ。

 ソシテ逆ニ言エバ、残ル〈ジンリュウ〉級デアル〈ジンリュウ〉〈ながらじゃ〉〈ふぁぶにる〉ガ単独デ先ニ【ANESYS】ヲ行ッテシマエバ、我々ニ勝利スルちゃんすハ二度ト来ナイコトニナル・

 コノ圧縮でーたハ、ソノ事態ヲ避ケルノガ第一ノ目的ダッタヨウダ]


 エクスプリカは淡々と、だがよどみなく滑らかにそう語った。

 ユリノは彼の説明に、表面的には納得したものの、同時に湧き上がる違和感の存在は拭えなかった。

 あまりにも大雑把な話であり、また【ANESYS】を何でも望みを叶える魔法のランプくらいに思ってるんじゃないかと感じた。

 とはいえ、ムカデ・グォイドの脅威が迫る中、エクスプリカの説明を納得いくまで考える余裕など無かった。


「それがさっき〈ナガラジャ〉が【ANESYS】しようとしたのを止めた理由なのか…………」

[ソノ通リダかおるこヨ……モシ〈ながらじゃ〉ガアノ時点デ【ANESYS】ヲ行イ、ソレデモむかで・ぐぉいどヲドウニモデキナカッタ場合、我々ノ勝ツ芽ハ無クナッテシマウカラナ]

「それは…………理屈は分かるけれど、なんていうか…………」


 ユリノが考えこんだのを見てカオルコが質問すると、エクスプリカは答えた。

 だが、カオルコは納得できなかったようだ。

 〈ウィーウィルメック〉のアビーが残したメッセージが真実ならば、仮に残る三隻の〈じんりゅう〉級の内、たとえ一隻でも勇んで【ANESYS】を行ってしまった場合、それで一時的にムカデ・グォイドからの危機を乗り越えられたとしても、再び次に【ANESYS】を行えるまでに最短で一時間は待たねばならない。

 その間はアビーの言う三隻同時【ANESYS】は不可能となる。

 そして4柱のオリジナルUVDを有するムカデ・グォイドの襲撃に1時間もの間、耐え忍ぶことなど…………。


「ムリ…………無理よねぇ……絶対に……」


 ユリノは我知らず呟いていた。

 

「でも……あの…………三隻の〈じんりゅう〉級が複数同時【ANESYS】を行えば勝てるっていうけど、それをおこなったら……何がどうなるってんで?」


 アミ一曹がおずおずと挙手して質問すると、ミユミやフィニィやルジーナ達がコクコクと大いに頷いた。

 だがエクスプリカの答えは、アミ一曹たちの納得のいくものでは無かった。


[ソレハ分カラン。

 前例モ無ケレバ、あびーノ残シタでーたニ、複数同時【ANESYS】ガ何ヲ引キ起コスカニツイテハ一切残サレテハイナカッタ]

「なんん………………っじゃそりゃ!」


 エクスプリカの答えに、アミ一曹は魂の底から突っ込んだ。

 とはいえ、エクスプリカの答えはユリノにとって予想の範囲内ではあった。

 ただ単に大人数の【ANESYS】ならばともかく、複数の〈じんりゅう〉級が同時に【ANESYS】を行うことには、超高速情報処理能力を持て余すだけで短い思考統合時間を一挙に使い切ってしまい、戦術的メリットがあまり無い。

 複数同時【ANESYS】するくらいならば、一隻の【ANESYS】で他の艦を遠隔操作オーバーライドした方が戦術的に有効だ。

 これまで誰かが戦場で試すことなど無かったし、訓練されたという話も聞いたことがない。

 だが【ケレス沖会戦】以降、これまで二代目〈じんりゅう〉がくぐり抜けてきた冒険の中で、ユリノ達は【ANESYS】の新たな意味が見出してきていた。


「…………〈太陽系の建設者コンストラクター〉とコンタクトさせるつもりなのね……」


 ユリノは慎重に呟くように尋ねた。










『ヘイ! 〈じんりゅう〉ズ! ディスカッション中悪いが、最新のムカデ・グォイド同行を送るぜ!

 ヤツぁ〈じんりゅう〉ズ後方のプロミネンスを回避、猛烈な速度で〈じんりゅう〉ズ左後方8時方向に遷移しつつ、アホみたいな速度で加速、再接近を試み得ていると思われるぞ!』


 ユリノの言葉に一瞬静まり返ったバトル・ブリッジの静寂を、はるか上空で偵察を続けている〈昇電ⅡSDS〉のクィンティルラからの声が破った。

 ユリノは即座にルジーナに視線を送ると、総合位置情報図スィロムを睨んで確認した。

 

「ムカデ・グォイド左舷後方に確認、主砲交戦圏内まで推定であと10分、接触まで13分デス!」


 〈昇電ⅡSDS〉からの情報を受け取ったルジーナが告げる中、後方ビュワーの彼方にそびえるプロミネンスの柱に、その反対側にムカデ・グォイドがいることを示すアイコンが表示された。

 状況は、つまりあと10分以内に有効な対ムカデ・グォイド戦術を考えないと、極めてマズイということであった。


「…………また〈太陽系の建設者コンストラクター〉と話し合ったとして、そうそうあの連中? が私らの望むことを聞いてくれるかぁ?」


 状況を理解したカオルコが、早く話を進めようと早口で尋ねた。

 が、答えられる者はいなかった。

 

「確かにあの時会った〈建設者コンストラクター〉の人は……けっこう……というかとっても親切でしたけれど……」


 ミユミが恐らく土星【ザ・ウォール】で出会った【ウォール・メイカー】の異星AIのことを指して言った。

 あの時、〈びゃくりゅう〉のブリッジからの【ANESYS】でコンタクトしたユリノ達は、条件付きで協力を得ることに成功し、【ウォール・メイカー】からの脱出や、再生SSDF艦隊や〈じんりゅう・テセウス〉を手に入れ、土星【ダークタワー】の破壊に成功したわけだが…………正直、異星AIとのコンタクトへの達成感はあまり無かった……少なくともユリノは。


「好意的に解釈するなら……〈建設者コンストラクター〉とコンタクトした結果、どうなるか分からないからこそ、勝利の鍵足り得ると思ったとか?

 どっちゃにしろ、このままでは勝てないから…………」


 アミが若干投げやりに言った。

 あんまりな仮説だが、ユリノはアミの仮説が一番しっくりと来ていた。

 それに、考えたところで〈建設者コンストラクター〉とコンタクトして成功するか、成功したとして〈建設者コンストラクター〉が何をしてくれるか、確実なところは分からない。

 仮に〈建設者コンストラクター〉の助けを借りるとしても、それはこちらが出来ることはすべてやりきった後だと思っていた。

 少なくとも、これまではそうだったと思っている。

 それに、三隻同時【ANESYS】を行うにしても、それがいつどのタイミングで行うべきなのかは、見極める必要があった。

 少なくとも今すぐでないことは確かだ。


「ちょっと待ったエクスプリカ、今のメッセージを解読する為だけに、今まで時間がかかったのか?

 ……というか〈ウィーウィルメック〉が残したデータの内容ってそれだけ?」

[ソンナコトハナイかおるこヨ、確カニ、今伝エタあびーカラノめっせーじハ、無駄ニ解読ガ難シイヨウニナサレテイタ。

 ダガ最モ圧縮でーたノ内訳ヲ占メテイタノハコレダ]


 思い出したように尋ねたカオルコに、エクスプリカは失敬なとばかりに慌てたように答えると、ビュワーの一つに、太陽表層を捉えたと思しき画像を投影させた。


[イワバコレハ、高精度ノ太陽表層ノぷろみねんす発生予測あるごりずむダナ]

「何が出来るの?」

[各艦ガ観測シテ得タ情報ヲ基ニ、コレマデニナイ高精度デぷろみねんすノ発生ヲ予見デキル]

「…………」


 ユリノはそれを知って何をさせたいのかが知りたかったのだが、その答えは訊かずとも分かった。


[コノあるごりずむノあびーガ想定シテイタ用途ハ不明ダ。

 タダあびーハ【ANESYS】統合時間内ニ、コノあるごりずむガ完成デキナカッタ為、我々ニ託シタノダト思ワレル]


 ブリッジクルーの落胆の雰囲気を読み取ったのか、エクスプリカは慌てたようにその説明を続けた。

 が、ユリノはアビーの持って回った情報の開示に、いい加減ウンザリしていることは否めなかった。

 しかし、このブリッジに一人だけ、エクスプリカの告げた高精度プロミネンス発生予測アルゴリズムの意味について、心当たりのあるクルーがいた。


「分かる…………ような……気がするのです…………」









「ムカデ・グォイド、後方プロミネンスの影から出ました! 本艦からの直線観測が可能です!

 距離およそ2000キロ!

 現在本艦より8時方向に向かって猛スピードで遷移中!」


 電測員からの報告と同時に、左舷後方ビュワーの彼方に、プロミネンスの光る柱の影から、小さな細長い虫のようなシルエットが、下方からの太陽輻射に照らされてながら現れるのが見えた。

 うねりながら進むその姿は、距離のお陰で小さく見えることもあり、まさしく映像検索で見たムカデじみていた。


「う~む……」

「姫様……さっきから意味ありげに何を悩んでおいでなのですか?」


 ――〈ナガラジャ〉バトル・ブリッジ――


 〈じんりゅう〉の護衛の為、同行を続ける〈ナガラジャ〉の副長デボォザは、最初のムカデ・グォイドの襲撃から辛くも脱して以来、何度も何度も腕組みしては頭を左右に傾けて悩む我があるじにして〈ナガラジャ〉艦長のアイシュワリア姫に尋ねた。


「そういういかにも悩んでいます、誰か構ってちょうだい的アピールは、度を超すといささかエレガントさに欠けると思うので――」

「マジ悩みよ! 失敬な!」


 デボォザの言葉に、ようやくアイシュワリア姫は顔を上げた。

 自分達は辛うじてムカデ・グォイドの脅威から脱出できはした。

 が、それはあくまで一時的なものに過ぎない。

 デボォザ達の乗る〈ナガラジャ〉は、あくまで〈じんりゅう〉と〈じんりゅう〉の移送する太陽周回オリジナルUVD112柱の護衛ではあったが、ムカデ・グォイドとの戦いに苦戦……というよりほぼ役に立たなかったことは否めない。

 しかも事態は以前として進行中であり、デボォザとしては艦長アイシュワリア姫に、是非とも任務に集中して欲しくて声をかけたのだが、まずは彼女の悩みが何かが気になった。

 もし夕食のデザートについてではなく、なにか任務に関して悩んでいるなら、それを話して欲しかった。


「…………はぁ………………どうしても思い出せないのよ」

「何がです?」

「あのムカデ・グォイド……何か覚えがある気がするのよねぇ……どこだったのかしら…………」


 デボォザの眼差しに、大きな溜息と共に悩みの内容を語ると、アイシュワリア姫は再び腕組みして悩み始めた。


「…………それは、あのグォイドと以前に交戦したことがあると?」

「ンなことあるわけないじゃない、あったら忘れないし、デボォザも思い出すでしょうよ……ずっと一緒だったんだから」

「ではデジャヴ的な感覚ですか?」

「う~ん…………」


 デボォザの問い、アイシュワリア姫はうめき声で答えた。

 どうやら近からずとも遠くないらしい。


「では今の状況的にに覚えがあるのか、それともビジュアル的に覚えがあるのか、どっちでしょう?」

「ビジュアル的な方ね」


 即答するアイシュワリア姫の言葉に、デボォザもまた彼女が言うムカデ・グォイドに関するビジュアル的にデジャヴな感覚について、自分も関係しているような気がしていた。

 なにしろ四六時中このお転婆姫と行動を共にしているのだ。

 彼女が思い出そうとして思い出せない記憶の瞬間に、自分もいた可能性があった。


「姫様…………地球かどっかで生のムカデでも見たんじゃないすかぁ?」


 クルーの一人がそう尋ねたが、姫様は顔を横に振った。

 宇宙で暮らす人間が、生でムカデを見る機会など皆無に近いから当然だ。


「あんなおぞましい生き物……もし見ていたら忘れないっちゅうに……」

「自分は絶対に生で見たいとは思いません」


 己が二の腕を抱きしめて震えるアイシュワリア姫に、デボォザは言った。

 テューラ司令が突然、当該新種グォイドを〈ムカデ・グォイド〉と名付けた時は、由来が分からず首を傾げたものだ。

 そして〈ムカデ〉とは何かを映像検索して、その姿を見ては後悔したものだった。

 あれはナマコ・グォイド命名時の映像検索した時よりもひどかった…………。


「姫様、ムカデ・グォイド………………何故か分かりませんが、本艦9時方向まで遷移した段階で減速、さらに降下を始めました!」

「…………」

「何故か分かるか?」


 電測員の報告に黙したままのアイシュワリア姫を見て、デボォザが代わりに尋ねると、電測員は首を左右に振った。

 ムカデ・グォイドの針路上に巨大プロミネンスがあるわけでもなく、彼のグォイドが減速する理由など、訊いて答えてもらえるはずもなかった。

 だが、若干薄気味悪いが、距離がとれるのは朗報といえるかもしれなかった。


「姫様…………昔、似たグォイドと遭遇したことがあるからとかでしょうか? その……ムカデ・グォイドと……」


 デボォザは一刻も早くアイシュワリア姫が悩みタイムから復帰することを願い、思いついたことを尋ねてみた。

 地球のナマコやムカデと似たグォイドが現れた時の思い出から、自然とそんな言葉が出てきたのだが、アイシュワリア姫にそう訊きながら、デボォザは自分でもそれは無いと思った。

 ムカデ・グォイドと似たグォイドと遭遇したことがあるならば、その記憶をデボォザも共有してるはずだからだ。

 しかし――


「…………おぞましい…………おぞましい…………おぞましい……

「……あの……姫様?」


 突然、念仏のごとく呟き出したアイシュワリア姫に、デボォザは軽く慌てた。

 だがどうやら姫様はご乱心めされたのではなく、ムカデ・グォイドに感じたデジャヴ的感覚の正体に近づきつつあるようだった。


「…………おぞましい…………おぞましい…………おぞましい………………ヤッ……ヴァイ!」

「はい?」

「デボォザ! マジヤバイ! 激ヤバだよ!!」


 とうとう何か思い出したらしいアイシュワリア姫に、両肩を掴み激しく揺さぶられ、デボォザは早く何がヤバイのか教えて欲しくて仕方がなくなった。


「〈ナガラジャ〉より〈じんりゅう〉へ緊急!

 大至急〈アケロン〉全艦を左舷に集中展開! ムカデ・グォイドからの攻撃に備えて!!」


 アイシュワリア姫は、激しく焦りながら〈じんりゅう〉に向かって通信を送った。








 ――その数分前・〈じんりゅう〉バトル・ブリッジ――


「ユリノ艦長、とりあえずのムカデ・グォイドの分析結果が出たのです……」


 これまで沈黙を続けていたシズがついに口を開き、ユリノは即「お願い」と告げた。

 シズはビュワーの一つにムカデ・グォイドの姿を拡大投影しながら説明を開始した。


「結論から言えば、あのムカデ・グォイドが何故あれほどまでに太陽表層を高速移動できるかの謎が解けました。

 さっきも説明しましたが、ムカデ・グォイドは強大な磁力を操ることができるグォイドのようです。

 ビュワーに映っているのは、ムカデ・グォイドの周囲を包むその磁界をビジュアル化したものです。

 確証を得たわけではありませんが、ムカデ・グォイドはこの磁界を正確に制御することで、太陽表層を覆う磁界と作用させ、いわばリニアモーターカーの要領で、その巨躯を高速移動させていると考えられるのです」

「………………なるほど」


 ユリノは辛うじてそうとだけ答えた。

 他にクルーの中で今の説明を理解していそうだったのは、ポンと手のひらを拳の底で叩いていたアミ一曹と、コクコク頷いていたエクスプリカだけのようだった。


「あ、あ、ああ……え~と、それってつまり、ムカデ・グォイドは、太陽表層に無数に流れてる川みたいなものの流れに乗ってるってこと?」

「だいたい合ってるのです」


 ユリノは自分の例えに、シズにそう言ってもらえてほっとした。


「誤解を恐れずに例えれば、その川に太陽表層を構成するプラズマガスが流れ込んだのが、いわゆるプロミネンスなのです……。

 実際にプロミネンスを発生させずとも、その候補者たるは無数に存在し、数無くとも太陽黄道面を西から東方向へ移動する分にはこと欠きません。

 ムカデ・グォイドは自分の望む方向と速度で流れる川に身を任せることで、あのおよそ100キロもある巨体を〈じんりゅう〉と同等の速度で移動させているわけなのです」


 シズがビュワーに映る太陽表層に、まるで無数のパイプを束ねたような磁界で出来たと、それの流れに小舟のように乗るムカデ・グォイドのシミュ映像を再生させながら説明すると、他のクルーは「あ~」と納得したようだった。


『でもシズさん、少し納得がいきません。

 その説ですと〈じんりゅう〉もさっきは追いかけてくるムカデ・グォイドと同じにいたはずです。

 どうしてムカデ・グォイドは〈じんりゅう〉より速く…………いえ、どうして〈じんりゅう〉はムカデ・グォイドみたいにそのるの流れに乗っていなかったのですかぁ?』

「それは、重さが違うからなのです」


 サティの無邪気かつ素直な問いに、シズは淀みなく答えた。


「4柱のオリジナルUVDか!?」

「その通りなのですカオルコ少佐、ムカデ・グォイドは4柱のオリジナルUVDの出力を、重力キャンセル能力に使い、見かけ上の重量を帳消しにしているのだと考えられます。

 つまり……」

「オリジナルUVD112柱を引っ張る〈じんりゅう〉に対して、ムカデ・グォイドは皮を流れる木の葉なものなのね……」


 シズの説明をユリノが引き継ぐと、彼女は頷いた。


「でも、なんだってそんな回りくどい移動方法を…………」


 アミが腕組みしながらぼやくように言った。

 確かに、重力キャンセラー機能は〈じんりゅう〉をはじめとしたSSDFの航宙艦にも搭載されている。

 地球や木星などの重力圏にて、艦を浮かせるのに必要だからだ。

 だが、UVエネルギーを推力として使うならば、スラスターから噴射するのが最も効率的なはずであった。

 結果的に〈じんりゅう〉より速くなってはいるが、ムカデ・グォイドがなぜ己の移動手段に重力キャンセラーを併用した磁界の川流れ航法を使ったのか、いまいち納得ができなかった。


「ここから先はシズの仮説の割合が多くなっていくのですが…………。

 シズはムカデ・グォイドがあの姿をしているのには、太陽周回オリジナルUVDを、あの巨大な体の節目一つ一つに回収する為だけでは無いと考えているのです。

 それが何かは分かりませんが、ムカデ・グォイドには回収したオリジナルUVDを用いて行う何がしかの機能があり、その機能が巨体の多くを占める為に、通常のグォイド航宙艦的推進用スラスターが積めなかった………それ故にムカデ・グォイドはあの長い長い虫じみた姿をしている……のではないか? とシズは思うのです」

「その……何か《・・》は分からないんだ…………」


 ユリノはシズの言う何がしかの機能・・・・・・・・について再確認したが、シズは済まなそうにうなずくだけだった。


「そして、おそらくですが、〈ウィーウィルメック〉のアビーが送ってきた高精度のプロミネンス発生予測アルゴリズムは、我々がくだんの川の流れを正確に知る為のものだと思われるのです。

 川の流れを知れば――」

「ムカデ・グォイドの動向も予測できる…………」


 ユリノは呟くようにシズの説明の後を続けた。


「それだけじゃないですよ」


 さらにアミが告げた。


「うまくすれば、〈じんりゅう〉もそのの流れに乗れるかも……」


 アミの発言に、思わずクルーは「え?」と彼の方を向いた。


『クィンティルラより〈じんりゅう〉ズへ。

 わかっちゃいるとは思うが、ムカデ・グォイドが何故かそっちの9時方向に遷移したとこから減速してる。

 理由うは不明だけど、シズの仮説が関係してるのかもな……だが気になる点が少しある』

「なんなの!?」


 ユリノは〈じんりゅう〉とムカデ・グォイドを監視する〈昇電ⅡSDS〉からの声に、すぐに耳を傾けた。


『減速中アイツが……なんからせん状というか……とぐろを巻いてるちゅうか……あ、輪っかになった。

 アイツ、自分の尻尾を噛んで輪っか状になったぞ!

 なんでぇ!?』


 クィンティルラの説明しながら驚く声がブリッジに響いた。

 そして――


『〈ナガラジャ〉より〈じんりゅう〉へ緊急!

 大至急〈アケロン〉全艦を左舷に集中展開! ムカデ・グォイドからの攻撃に備えて!!』


 突然、アイシュワリア艦長の金切り声に近い通信音声まで響き、ユリノは耳を両手で塞いだ。


「〈じんりゅう〉了解、ただちに実行する!

 …………でもなんで…………」


 ユリノはすぐさま目配せで〈じんりゅう〉周囲を守る残りの無人防盾艦〈アケロン〉を、全艦左舷のムカデ・グォイド方向に移動させながら、アイシュワリア艦長に尋ねた。

 彼女はすぐに答えた。


『確証はないけれど、あのムカデ・グォイドはおそらく…………おそらくリヴァイアサン・グォイドの親戚かもしれないわ!』


 アイシュワリア艦長の言葉の意味をユリノが理解するのには、ほんのわずかな時間が必要だった。

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