▼第一章『炎のたからもの』  ♯2

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】観測から約4か月後――


「〈アクシヲン三世〉が消えただって!?」


 新品に交換された火器管制席に掛けていたカオルコが、思わず声のボリュームを上げて訊き返した。

 それに対し、血相を変えてここまで駆け込んで来たシズは、肩で息をしながらもうそれ以上声も出せずに、ひたすらコクコクと頷いた。


 ――〈斗南〉ドック内・改修作業中の〈じんりゅう〉メイン・ブリッジ――


「落ち着いておシズちゃん、最初から話して」

[俺ガ説明シヨウ。

 簡潔ニ言ウトダ…………俺ヤしずハ、ぴぎーぱっく加速カラ分離シテ以来、〈あくしをん三世〉ヲ、常ニ〈ジンリュウ〉ヤソノ他ノSSDF施設ノ天体望遠鏡デ超長距離望遠観測シ続ケテキ―――――]

「要点から言って!」


 ユリノのシズへの問いに対し、共にブリッジに入ってきたエクスプリカが長々と話す気配を感じ、艦長席にいたユリノはすぐに付け加えた。


[…………タ……ワケダガ……今カラ2時間程前、実時間デハ20時間程前ニ、追跡観測シ続ケテイタ〈あくしをん三世〉ノ噴射光ガ消エタノダ]

「それって……つまり……」

「ま……まだ……結論を出すのは早いのです艦長」


 真っ青になって最悪の事態を想像したユリノに、ようやく呼吸を整えたシズが告げた。


「追跡観測していた〈アクシヲン三世〉の噴射光が、突如観測不能になったのは事実です。

 ……ですが……同時にまた、何かしらの爆発光を観測したというわけではないのです……。

 まだ〈アクシヲン三世〉に、何かしらのトラブルが発生して、沈んだ……と結論づけることはできないのです。

 エクスプリカ……噴射光消滅前後の映像を出して」


 シズが指示すると、エクスプリカが即メイン・ブリッジ内のビュワーに、超長距離望遠観測し続けていたくだんの映像を投影した。

 それは最初ドットが荒すぎて、連続した数コマのモザイク画像にしか見えなかったが、目を凝らす内に、宇宙の星野を背景に画像の中心に浮かぶ〈アクシヲン三世〉の噴射光らしき光がユリノにも認識できた。

 記憶が確かならば、同艦は今頃太陽系外縁部のヘリオポーズを超えたところなはずだった。

 が、最初の数コマのモザイク画像では健在だったその噴射光が、時間経過に合わせて画像を進めるうちに、唐突に消えてしまった。

 気になったのは、その噴射光が消える直前に、噴射光の周囲に、ほのかに縦に長い楕円形の光の輪が、数コマにわたって輝いたことだ。


「あの輪っかみたいなのは、何の光なのだ?」

[不明ダ]「不明なのです」


 カオルコの問いに、エクスプリカとシズは揃って答えた。


「それからよく見ると、一コマだけ、レーザーのような光が映っているのです」


 シズがそう告げながら、該当する画像をハンドコマンド身振り手振り操作で映した。

 確かに〈アクシヲン三世〉の噴射光が消える最後の一コマを見直すと、噴射光に見えた光点から、左上方向に斜めに傾いた短い光の直線が伸びているのが分かった。


「え…………これってつまり、どう受け止めれば良いのだ?」


 カオルコがお手上げと言いたげに尋ねた。

 が、シズもエクスプリカも沈黙したままだった。


「例えば、主機関にトラブルが生じて噴射を止めたとかの可能性は?」

「ありえるのです艦長……確認は不可能ですが」

「速度が充分に達したから、噴射やめて慣性航行に入った可能性は」

[コッチカラ観測シテ分析シタ限リデハ、〈あくしをん三世〉ノ速度的ナ限界ニハマダ余裕ガアッタ、故ニ慣性航行ニハイッタトイウ説ニハ俺ハ否定的ダ。

 シカシ可能性ハぜろデハナイ。

 進路上ニ、コッチカラデハ分カラナイ微小でぶり帯デモ発見シタノカモシレナイ、ソレヘノ対応ノ為ニ、噴射ヲ止メタ可能性モ無クハナイ]

「…………」


 ユリノはシズ達のこの報告に、どうリアクションすれば良いのか分からなかった。

 シズ達が言っていることはつまり、ユリノ達が土星圏にて命がけで太陽系から別の恒星系への旅立ちを支援した〈アクシヲン三世〉が、事実上行方不明となった……ということだ。

 もちろん〈アクシヲン三世〉のことは心配でならない。

 フォセッタやスキッパーや、〈アクシヲン三世〉に乗せられた多くの胎児達の無事を願ってやまないし、それらの命が、艦の爆発などによって潰えたならばショックで立ち直れないかもしれないだろう。

 が、何があろうとも、こちらから救援に向かうことは事実上不可能であり、また何があったかを確認することも同様に、事実上不可能なのだ。

 まるでシュレーディンガーの猫のようだと思いながら、ユリノは、わずかな可能性を信じて航宙の安全を祈るしかないという結論に達していた。

 祈ればそれが現実にでもなるかというように……。


「…………ですが一つだけ、気になることがあるのです」


 結論を言おうとしたユリノに、シズが言い難そうに告げた。


「あの光る謎の輪は、やや楕円形に見えますが、それは観測位置関係によるもので、実際には〈アクシヲン三世〉の周囲に真円状に発生したと考えられます。

 それも、画像から計算してみた結果、直径にして10万キロはあることが判明しています。

 そのようなリング状の光が、あの恒星系間の何もない宇宙に、自然現象で発生する可能性は極めて低いと考えられます。

 とはいえ、ただそれだけを根拠に推測するのは愚かしいかもしれません。

 ……ですが、〈アクシヲン三世〉がこの方向に進んだ経緯を考えると、極めて僅かながらも、ある可能性に行き当たると思うのです」

「え~……と、つまり何を言いたいのだシズ?」


 我慢できずにカオルコが訊いた。

 だがユリノはすでに、シズの言わんとすることに行きあたっていた。










 ――約30分後――〈斗南〉SSDF施設内、VS艦隊司令官執務室――


「〈アクシヲン三世〉がワープしたぁ!?」


 テューラは自分が先刻のユリノとカオルコと似たようなリアクションをとったことなど、まったくに気づかぬま訊き返した。

 無理も無い話だった。


「いえ、まだ断定はできないのです司令……。

 あの時、〈アクシヲン三世〉の新たなる目的地として、フォセッタ中佐達はマクガフィン恒星系を選択しました。

 しかし、その恒星系は【ザ・ウォール】展開中の我々の恒星系データバンクの中には、確かに存在はしなかったはずの恒星系でした。

 それが突然、〈じんりゅう〉や〈アクシヲン三世〉の恒星系データバンクの中に出現したのは…………」

「搭載したオリジナルUVD内の異星AIが、ここに向かえ! と推薦の為に書き足したから……ってんだろ?」


 突然ユリノ達に乗り込まれたテューラは、仕事の手を止めて、シズとユリノの説明を引き継いだ。


「……信じないわけじゃないけど……あんまり関わり合いにはなりたくない話だなぁ…………」


 テューラは司令官席の革張りの椅子の上で背伸びしながら、思ったままのとても正直な感想を述べた。

 太陽系に人類が誕生するお膳立てをしたのかもいしれない〈太陽系の建設者コンストラクター〉文明の、異星AIが残したお導きについてなど、正直、一航宙士官が背負うには大きすぎる事柄だ。


「フォセッタ中佐達は、諸々の条件から〈アクシヲン三世〉の目的地として、マクガフィン恒星系を選択するしかありませんでした。

 逆に言えば、〈アクシヲン三世〉はマクガフィン恒星系に向かうように、オリジナルUVD内の異星AIに誘導された……とも言えるのです。

 にも関わらず……針路上に障害物のある目的地を異星AIが勧めるでしょうか?」

「つまり…………シズは〈アクシヲン三世〉の噴射光が、突如謎の巨大リング状発光と共に観測不能になったのは、異星AIが最初からそう仕向けたからかもしれない……と言いたいのだな?」


 シズの説明をテューラが引き継ぐと、シズは目をパチクリしてコクコクと頷いた。

 思いの他正確に理解していたので、少し驚いたらしい。

 テューラは勝手に、今だ難しい顔をしているカオルコに説明する時に、えらい苦労したのだろうと思っておいた。


「だが、なぜにワープなんだ?」

「良い質問なのです……この画像を見て欲しいのです」


 シズは室内のビュワーに投影された、先刻ユリノ達に見せたという〈アクシヲン三世〉噴射光消失の瞬間の、超長距離望遠観測画像を指し示した。


「この画像の、消える直前の〈アクシヲン三世〉噴射光から伸びる、レーザーのような小さく細い光の直線の、指し示している方向を計算したところ……マクガフィン恒星系に向かっていることが分かったのです……」

「んんん? マジで? ホントに?」


 シズの説明に、テューラは目を細めて画面に顔を近づけようと身を乗り出しながら訊き返した。

 言いたいことは理解できるが、画像に映る光の直線が余りにも小さかったからだ。


「このレーザー的な光が、超光速状態となった〈アクシヲン三世〉の光の航跡だ……とでも言いたいのか?」

[マアナ…………。

 ダガ、ダカラトイッテ、ソレヲ根拠ニ〈あくしをん三世〉ガ“わーぷ”シタ……トイウノハ想像ノ飛躍ガ過ギル気モスルガ、マァ、消失直前ニ観測サレタ光ノ直線ガ、まくがふぃん恒星系ノ方向ニ正確ニニ向イテイルトイウトコロマデハ事実ダ]

「……だろうな……だが、だとしたならば、あのリング状の光はどう解釈するのだ?」


 性急に結論をつけさせまいと念を押したエクスプリカに、テューラは尋ねた。


「あの光のリングの直径が、分析の結果約10万キロもあることから考えると、自然現象あるいは自然の天体とは考え難いのです。

 たまたま自転軸がこちらを向いた何がしかの孤立惑星のリングの縁が、〈アクシヲン三世〉の通過に合わせて光った……などと言う可能性の方が低いでしょう。

 もしリング中心に天体があったならば、〈アクシヲン三世〉はそれに激突し、爆発時のUV閃光が観測できたはずなのです。

 ゆえに……」

「また異星遺物か……」

[ソウ考エルト合点ガイクナ。

 直径10万キロノ発光スル何ガシカノ人工物ガアルト考エルノガ、最モ筋ガ通ッテイルダロウ]


 シズの説明に対するテューラの答えに、大げさにエクスプリカが頷いた。


「仮にワープという発想が飛躍であったとしても、〈アクシヲン三世〉が異星AIに勧められた先にリング状の異星遺物があり、その結果〈アクシヲン三世〉の噴射光が消えた……というところまでは事実と考えるべき……と思うのです」


 シズが、ようやく結論を伝えると、テューラ司令は、ふむんというため息と共に、乗り出していた身体を再びドスリと椅子に戻した。


「…………まぁ、聞いた限りじゃ、ウチらに出来ることなんてありそうにないなぁ」

「やっぱそうなりますよね~」


 ここまであまり口を挟まなかったユリノは、しばしの沈黙の後にテューラ司令が呟くと、即同意した。

 仮にくだんのリングが、本当に〈太陽系の建設者コンストラクター〉文明の新たな異星遺物であったとしても、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の現在位置よりはるかに遠くにある上に、どれだけバカでかいか分かったものではない。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】が迫るなか、そこに行ったところで回収できるかも怪しいし、その確認の為に艦を出す余力は今のSSDFには無い。

 つまり、シズ達の推測が的中していたとしても、人類に出来ることは無い……そう考える他なかった。


「だが……ワープ…………ワープとはねぇ……」

「可能性自体は無数にあるのです。ですが〈アクシヲン三世〉のこのシチュエーションに該当する異星遺物の機能を考えると…………」


 テューラのぼやきに、シズは顔を少し赤らめながら答えた。

 ユリノ達が最初にこの話を持ってきた時、一番驚いたのはそこであった。

 21世紀以前ならばともかく、23世紀においては、研究の結果、いわゆるワープ──超光速航法FTLは、この宇宙では不可能であると絶望視されていた。

 グォイドとの遭遇により、UV技術を獲得するに至ったからこそ、たどり着いた結論であった。

 もし、それが可能ならば、グォイドもしくはその前身たるUDOが、盛大な逆噴射光を発しながら初観測から30年近くもかけて太陽系にやってきてはいないはずだからだ。

 もしワープが可能ならば、人類よりはるか昔からUV技術を得たグォイドは、人類が宇宙迎撃技術を持つはるか前の時代に襲来し、今頃はもう人類は滅亡し、太陽系はグォイドの巣になっているはずだった。

 そうはならなかった……ということは、この宇宙ではワープは不可能であった……と結論づけるのが人類社会での一般的な見解であった。

 ワープとはアニメ『VS』などのフィクション内であつかわれるのを除き、この業界では主に冗談に用いられるようなワードとなり、大真面目に可能性を唱えるような話題では無かった…………はずであった。

 シズが顔を赤らめたのは、自分がとても荒唐無稽なことを言った……と、今さらながら自覚したからなのかもしれない。

 だが――


「でもシズが言うってことはさあ…………〈アクシヲン三世〉に何が起きたかは確認も何もできないもんだとしても、ワープの可能性がマジであるかもしんないってことなんだろ?」

「…………ええと……さっきも言ったように、〈アクシヲン三世〉の周囲に巨大リング状の光を放つ異星遺物があり、〈アクシヲン三世〉がそこに誘導され、噴射光が消え、でもUV爆発光が観測されず、何かレーザーのような光の直線がマクガフィン恒星系に向かって発信された……という事実から、全ての条件を満たす可能性を導き出した場合……その…………ワープ……かもしれない……と……思ったのです」


 テューラの問いに、シズはともて慎重に答えた。


[確カニ、イキナリ飛ビツクニハわーぷトイウ結論ハ性急過ギルガ、わーぷ自体ハ、ソコマデ荒唐無稽デハナイカモシレンゾ]

「え、そうなの?」


 助け舟を出したエクスプリカに、テューラは訊き返した。


[人間ノ方ハ勝手ニわーぷ航法ハ不可能ダト諦メテイルノカモシレナイガ、俺達AIハ、今も粛々ト、わーぷ航法ノ実現性ヲ検証シ続ケテイル。

 確カニUV技術ガアルニモ関ワラズ、ぐぉいどガ超光速航法ヲ獲得シテイナイトイウコトハ、わーぷガ不可能デアルコトノ根拠ニハナルカモシレナイガ……絶対デハナイ。

 故ニ、俺達AIハ、今モわーぷ航法ノ可能性ヲ探求シ続ケテイル。

 人間ノヨウニ先入観デ諦メタリハシナイカラナ]


 エクスプリカの言葉に、室内の皆が沈黙すると、彼はそれを話を続けろという意味だと受け取った。


[わーぷ実現ン可能性ハ以前トシテアル。

 一ツハ、UVえねるぎーガ重力ヲ操レル点ダ。

 重力ガ制御デキルトイウコトハ、出力次第デ空間モ操レルトイウコトダ。

 ソコマデ行ケバ、わーぷマデアト一歩ダ

 ソシテおりじなるUVDガ無限ノUV出力ヲ出セルトイウ点デモ、はーどるヲ一ツ超エタト言エル]

「オリジナルUVDがあればワープが可能ってこと?」


 ユリノが思わず尋ねた。


[マダワカラナイコトガ多イカラナ……おりじなるUVDニハ、ソウイウ機能モ秘メテイル可能性モぜろデハナイ]

「マジか…………」

「とはいえ、ワープできるなら何故、〈太陽系の建設者コンストラクター〉文明はそれを使っていないのか問題は、やはり消えないのです」


 カオルコが無暗に納得しないようにと、シズが念を押すように告げた。


[確カニその通リダ。

 ダガ同時ニ、超光速わーぷ航法無シニ、〈太陽系の建設者コンストラクター〉ガ恒星文明ヲ作レタカ? ト考エルト疑問ガ残ルノモマタ事実ダ。

 俺達AIノ間デハ……我々……トイウカ人類ノ時間感覚ノ尺度ガ、連中トハ大キク違ウ可能性ニ着目シテイル。

 〈太陽系の建設者コンストラクター〉文明ガわーぷ航法ヲ実用化シテイタトシテモ、ソノ間隔ガ人類ノ天体観測ノ歴史ヨリモ長カッタナラバ、我々ニハ知リヨウガナイ場合モアル……] 

「つまり連中がおそろしく気が長かった場合ということか?」

[アアアアアン? …………………ウン、マァソウイウコトダ]


 カオルコの問いに、エクスプリカは若干の葛藤をにじませながら頷いた。


[ソレニ…………我々ハツイ最近、アルくるーカラ、トテモ興味深イ証言ヲ聞イタハズダ]


 エクスプリカの言葉の意味に、一同はしばし間を置いてから「ああ!」気づいた。


「そういえば、〈ウィーウィルメック〉に拉致されたアイツが、アビーとやらから聞いた話の中に、【ガス状巡礼天体ガスグリム】が謎の瞬間移動したようなくだりがあった気がするな」


 テューラはそこまで言ってから、内心「しまった」と思った。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】がワープした可能性の問題ではなく、アイツ――つまりケイジ三曹の話をしてしまったことがだ。

 ただアイツと言っただけなのに、ここに来たユリノ、カオルコ、シズの表情が、あからさまにハッとした。


「まぁあ! アイツの証言は説明が下手過ぎて、何が言いたかったのか若干分かりづらかったからな~!」

[〈うぃーうぃるめっく〉デあみ一曹ガ聞イタ【ガス状巡礼天体ガスグリム】ガわーぷシタカモシレナイトイウ話ハ、検証スルニ値スルト思ウ。

 ツマリ、コノ宇宙デハわーぷ航法ガ可能デアリ、ヒイテハ〈あくしをん三世〉ハ巨大りんぐ状異星遺物ニヨリわーぷシタ可能性モ充分ニ考エラレルノカモシレナイ、ダガ……]

「私達にできることは何もない……ってことね」


 笑顔でそうごまそうとしたテューラを無視して、エクスプリカが続けると、ユリノが最後を締めくくった。

 結局はそういう結論にいたるしかなかった……少なくとも今は。


「……シズよ、それとエクスプリカ、ご苦労だった。

 お前たちの発見は、上に報告しておく。ひょっとしたら【ガス状巡礼天体ガスグリム】攻略の鍵にならんとも限らないしな」


 テューラはこの話の終了を告げると、ユリノ達はしばしポカンとしてから、思い出したように敬礼した。

 

「ああ~…………また……何か気がついたことがあったら言ってくれ」


 退出を促したつもりだったテューラは、それでもまだ出ていかないユリノ達に、再度告げた。

 だが、それでもまだユリノ達が退出しない理由は、もう分かっていた。


「………………まぁ~ったく、お前たちがこんなそばにいる状態で、好きな時に顔を見て話せるなんて……何年ぶりだろうな……」

「第五次グォイド大規模侵攻……以来ですかね」

「なんだ、まだそんなもんか……」


 テューラの呟きに対するユリノの即答に、彼女は少し驚いた。


「私はてっきり…………もう何年も前の出来事かと思ったよ。

 お前たちときたら、私を情け容赦なく加減知らずに心配かけやがるのだからな……」

「その……改めてすいません司令」

「まぁいいさ、木星にも土星にも、お前たちを送り込んだのはこの私だからな! はっはっはぁ…」


 テューラはそう冗談めかして言うと、ユリノ達は愛想笑いと困り顔の中間みたいな表情になった。


「他のクルーはどうしてる?」

「ああ、はい、サヲリとフィニィは、月でSSDF総司令部へこれまでの〈じんりゅう〉の作戦記録の報告三昧。

 ルジーナは地球へ降りて、休暇を兼ねながら各SSDF応援イベントのゲスト出演をやってます。

 ミユミちゃんも地球に帰省&休暇、後でルジーナ達に合流の予定です。

 クィンティルラ、フォムフォムは月で休暇をしつつ、新しい艦載機の試乗をするとのこと。

 それから……サティは〈じんりゅう〉に隣接した専用部屋にて、研究対象として人類に協力中です」


 テューラはユリノの問いへの返答を聞いてから、すでに前にも聞いていたことを思い出した。

 そもそも自分が決めて指示したことであった。


「ふむ……まぁ元気で充実してるならなによりだ。

 何かあった時はすぐに報告しろよ?」

「はっ」

「それから、お前たち三人もローテーションでちゃんと休暇をとっておくこと…………リアルに今しか休めるタイミングは無いかもしれんからな。

 こうして…………お前たちの生命について心配しなくて良い日々は、私にとっては代えがたい程に安心するよ」


 テューラがしみじみとぼやくと、ユリノ達は反応に困ったようだった。


「え~と……」

「お前たちは、例のアイツ……【特別懸案事項K】について、今どこで何をしているのか知りたくてたまらないのだろうが……」


 テューラがそこまで口にした時点で、ユリノもシズもカオルコも、あからさまに「滅相も無い!」という顔をしたが、わざとらし過ぎて、顔から本音がダダ漏れていた。

 彼女達は、離れ離れになった【特別懸案事項K】が気になって仕方がないことは明らかだった。

 それくらいはテューラでも分かった。

 ……というか、ここ数か月、何かと理由をつけては、司令官執務室に彼女らが乗り込んで来すぎていた。

 だが、今テューラに言えることは限られていた。


「アイツが今どこでどうしているかは、司令権限で機密とする。

 よって質問されても答えないからな!」

「…………」

「元から覚悟していたことだろう?

 だがな………………こうも口実を見つけてはここに来られては、こっちの仕事に支障が出てかなわん。

 だから……VS艦隊司令としてではなく、テューラ・ヒューラ一個人として言うぞ……」


 テューラはそこまで言うと、ユリノ達を睨みつけながら告げた。


「アイツを信じろ!」


 テューラの最後の言葉に、勝手に何か望む答えを見出したのか、ユリノ達は再度敬礼すると、今度こそ退出していった。






 〈じんりゅう〉の地球圏ラグランジュⅢ・宇宙ステーション〈斗南〉への帰還から、四カ月が経過し、その間に、土星圏で異星遺物【ウォール・メイカー】により再生された〈じんりゅう〉の入念な検査が再度行われ、そしてSSDF月総司令部での度重なる協議の結果、補修の上再就役が決定された。 

 大破状態から再生されたことはもちろん、メインフレームがオリジナルUVD同質物質マテリアルに置換されていたことは、通常であれば解体の上、研究材料にされても仕方がない現象であった。

 が、【ガス状巡礼天体ガスグリム】迎撃の為の貴重な戦力になるかもしれないというテューラの提言により、再就役の運びとなったのだ。

 民間人類社会全体も、それを望んでいた。

 だが、それが決まったからといって、ノォバ・チーフ率い居る技術チームが〈じんりゅう〉を補修の上、再就役に至らせるまでには、少なくとも約6カ月の作業期間が必要であった。

 この間に、VS艦隊司令テューラは、各クルーへの帰省・休養を交代でとらせながら、民間社会で行われるSSDF応援イベントのゲストなど、【ガス状巡礼天体ガスグリム】迎撃へ向けての様々な準備を行わせることに決めた。

 再就役する〈じんりゅう〉の機関長をどうするか? という問題に大いに悩まされながら…………。


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