第四章『極大射程』 ♯4

『〈サジタリアス〉最終セイフティ解除を確認、【フュードラシル未来樹】連動により完全自動発射されます!』


 〈じんりゅう〉クルー(主にシズの)の〈ウィーウィルメック〉実体弾投射砲に関する推測は、ほぼ的中していた。

 キャスリン艦長はじめ、〈ウィーウィルメック〉全てのクルーの意思とは離れた判断により、その瞬間、船体両舷に接続された実体弾投射砲〈サジタリアス〉は、既存の実体弾投射砲の電力による電磁加速投射方式と異なり、実体砲身基部に設けられたUVバレル発生器ジェネレイターから、UVシールドで形成された全長7キロの非実体砲身を展開し、UVエネルギーの疑似重力効果により、砲身内の弾体を加速させる……というよりも落下・・させることで、結果として二つの弾体を左右の疑似砲身から高速で投射した。

 弾体を二発同時発射したのは、片舷だけを発射すると、艦をヨーイング回転させようとする反動が発生してしまうためだ。

 同じ反動でも、左右同時に発射し、真後ろへ向けて発生する反動に対処する方がはるかに容易であった。

 発射と同時に、UVキャノンと同様の、UVエネルギーを用いているが故の盛大な虹色のマズルフラッシュリングが、疑似砲身の先端から瞬く。

 それは〈ウィーウィルメック〉の被発見率を高めたが、目標との距離から言って問題にはならないと考えられた。

 直径2m、全長5mの六角柱状の弾体である二発のスマートブリッドは、瞬時にして秒速数百Kmまで加速されると、側面から行われるガス噴射により、わずかな弧を描きながら目標への飛翔を開始した。


『〈サジタリアス〉発射の成功を確認。目標到達まで、およそあと400秒!』


 ――〈ウィーウィルメック〉メイン・ブリッジ――


 ジェンコが報告する中、キャスリンは総合位置情報図スィロム内を縦断し始めた実体弾を示す二つのアイコンを目で追った。


『さて、鬼が出るか蛇が出るか…………』

「なぜFCSと齟齬が出たのかは分からないのね?」


 他人事みたいに呟くジェンコに、キャスリンは尋ねた。


『おそらく【フュードラシル未来樹】の推測・・ではなく、|予知プロフェシー《プロフェシー》だからなんだとは思うけれど、具体的な理由は分からないわ、艦長。

 ……けど、どうせ答えはすぐに分かるでしょ』

「…………ふむん」


 キャスリンは、今一つ客観的確実性の乏しいジェンコの答えに、言葉にならないリアクションしかできなかった。

 だがこのような現象は、これが初めてではなかった。

 これまでの野良グォイドとの戦闘でも、大なり小なり起きてきた現象であった。










 ――〈ウィーウィルメック〉左舷上部対宙レーザー群・有人指揮所――


「つまり、〈ウィーウィルメック〉は、その~……」

『【フュードラシル未来樹】……か?』

「その【フュードラシル未来樹】の出した答に従って実体弾をぶっ放したのであって、それがどこに飛んでって、何に命中するかは分んないってことぉ!?」

『うん、そういうことだ』


 何度も尋ねるアミ一曹に、アビーは辛抱強く答えた。

 アビーがつい教えてしまった状況と〈ウィーウィルメック〉の方針を、アミ一曹は聞き逃してはくれなかったのだ。


「なん……って……ってことは、撃った弾が野良グォイドに当たるとは限らないってことですか?」

『…………あるいはな、それが証拠に、すでに輸送艦部隊の護衛艦が、自力で敵艦を一隻沈めただろう?

 こっちの弾を当てるまでも無く……な』


 アビーはビュワーを介して見た、輸送艦部隊と野良グォイドとの戦況を例にして説明した。

 アミ一曹は口をあんぐりと開けたまま、しばし静止した。


『今回は、〈ウィーウィルメック〉のFCS(火器管制システム)と、【フュードラシル未来樹】の出した射撃指示との間に齟齬が生じていた。

 だがこれまでの野良グォイドとの戦闘においては、【フュードラシル未来樹】の出した射撃指示に従って撃った方で戦果が多々出たから、我々は【フュードラシル未来樹】を信じることにしているのだ』

「ありゃ…………まぁ……そりゃすご~い」


 アミ一曹に限らず、普通の人間にいきなりこの情報を打ち明けるのは、少し荷が重かったのかもしれない。

 状況に流され勢いで教えてしまったが、そもそも実体弾を【フュードラシル未来樹】に従って撃つことに関しては、アミ一曹に打ち明ける予定では無かった。

 だが、すでにこれと同等以上の深刻な情報を、短時間で連続して打ち明けられた彼女は、すこしばかり耐性がついたのかもしれなかった。


「……ってことはですよ…………そもそも、最初から、あなた達は、ここで実体弾を何かも分からない相手に撃つ為にやって来たってことですか!?」

『そんなところではあるが……〈じんりゅう〉とのランデブーもまた、実体弾発射と同レベルの優先目的ではあったぞ』


 思いの他、事態を正確に把握していたアミ一曹からの問いに、アビーが慌てて答えると、彼女は呆れたような声音で「ああああああ左様ですか~……」と呻いた。


「で、結局のところ、野良グォイドにでなければ何に命中するんですか? 発射した実体弾は?」

『分からない……命中するまでは……予測弾道では命中しないことになっているが、やはり野良グォイドに命中するのかもしれない。

 たとえば野良グォイドが急減速するなどして、向こうから実体弾の命中コースに入ってくる可能性もある……』

「……今までは、どんな風にフュードラシル未来樹】任せで撃った実体弾は命中してたんですか?」

『……そうだな、例えば深部の観測が不可能だった【集団クラスター】の奥に、【フュードラシル未来樹】に従って撃った弾が、ステルス状態だった野良グォイドに命中するケースが複数あったな』

「な~る~ほ~ど~………………じゃ、ひょっとしたら――」


 アミ一曹が続けて言った予想に、アビーは驚いた。

 人間は時々冗談を言うので、彼女がどれくらい本気でその予想を口にしたのかは分からないが、アビーもまた、アミ一曹の意見に賛成だったからだ。












 


 ――〈じんりゅう〉メイン・ブリッジ――同時刻――


「〈ウィーウィルメック〉発射実体弾、推測された弾道に沿って飛翔中! 野良グォイド集団との最接近・・・まで、あとおよそ6分30秒!」


 ルジーナの報告がブリッジに響いた。


「シズよ、〈ウィーウィルメック〉の撃った弾がスマート・ブリッドだったから、推測した弾道に誤差が出たということはないのか?」

「カオルコ少佐、残念ながらこの推測は、最初から発射した弾体にスマートブリッドを使用している前提で算出されているのです……」


 カオルコの言葉に、シズが若干の悔しさをにじませながら答えた。

 確かに〈ウィーウィルメック〉の発射した実体弾が、弾体に備えられた噴射機構により、発射後に軌道の微変更が可能なスマート賢い・ブリッド弾丸だとした場合、弾の描く軌道はカーブすることもありえる。

 カオルコは〈ウィーウィルメック〉が撃った弾体は実際スマート・ブリッドであり、シズがシミュレートした推測弾道が、スマートブリッドではない前提で算出された結果、野良グォイド集団に弾体が命中しないというシミュレート結果がでたのではないか? と思ったのだろうが、残念ながら、シズも〈じんりゅう〉のコンピュータも、そしてエクスプリカも、そのような初歩的な前提ミスはおかさなかったのだ。


「カオルコ少佐、〈ウィーウィルメック〉の現在位置から、【集団クラスター】と【集団クラスター】の間を航行中の野良グォイド集団までを、直線で狙おうした場合、僅かですが【集団クラスター】の縁が邪魔になるのです。

 ですから〈ウィーウィルメック〉は、【集団クラスター】を避けて目標を狙うべく、僅かにカーブできるよう最初からスマート・ブリッドを使用すると前提にして、シズは実体弾を放った場合のシミュレートを行ったのです」


 シズが推測弾道の描かれた総合位置情報図スィロムを見つめながら続けた。


「……ですが、〈ウィーウィルメック〉が向けている砲軸線を元にシミュレートを行うと、何故か野良グォイド集団の後方を素通りする推測弾道結果になってしまったのです……」

「…………」

「〈ウィーウィルメック〉が砲身の向きを、もう少し動かせば、問題なく野良グォイドに命中させられるはずなのですが……」


 シズにそう説明されると、何故〈ウィーウィルメック〉が野良グォイド集団に命中しない実体弾を放ったのか、推測できる者はいなくなってしまった。

 命中させられなかった…………なら理解できないことも無い。

 だが、命中させようと思えば出来るが、撃ったが命中させるつもりは無い……ではわけが分からない。


「それよりもさぁ……俺思うんだけれど……」

「何をだクィンティルラ?」

「もし実体弾が、その巡洋艦級の野良グォイドに命中しないなら、輸送艦部隊は依然ヤバいままなんでないの?」


 訊き返すカオルコにクィンティルラが答えると、それが意味することにクルー達の息をのむ音が微かに聞こえた。

 確かに理屈から言えば、実体弾は野良グォイド後方を素通りするならば、それは輸送艦部隊の危機が去らないことを意味していた。


「実体弾が野良グォイドを始末してくれないならさぁっ! 俺が昇電でカ~ッと飛んでって助けに――」

「フォムフォム……昇電はもう無いぞ」

「ああ~っ! そうだったーっ!!」


 容赦ないフォムフォムの指摘に、クィンティルラは大げさに頭を抱えてそっくり返った。

 まさかクィンティルラが本当に失念していたとは思えないが、土星圏での一件で、一機しかない〈じんりゅう〉艦載機である昇電は喪失していた。


「じゃぁさ! じゃぁさ! 〈ウィーウィルメック〉から飛宙機借りるか!? 同じ〈じんりゅう〉級なんだから艦載機の一つくらい積んでるだろ? それ借りて俺がピャ~ッと――」

「な…………ツッコミどころは色々あるが、今からではどう頑張っても距離的に間に合わないだろうに」

「いやカオルコ少佐、あのUVシールドで出来た〈ウィーウィルメック〉の砲身で艦載機を加速してもらえれば……」

「フォムフォム……いくら我々でも、乗ってる人間はペシャンコに潰れると思う……艦載機の方もだが」

「そもそもクィンティルラが行かずとも、行く必要があるなら〈ウィーウィルメック〉のパイロットが艦載機で飛んで行くだろうに」

「…………ぬ~」


 勢いよく立ち上がったクィンティルラであったが、フォムフォムとカオルコからの連続指摘により、力なく再び座席に崩れ落ちていった。


「でもこのままじゃ……」

「大丈夫よクィンティルラ、おそらく心配ないわ」


 何とか自分が昇電に乗る口実をこねくり出そうとするクィンティルラを制したのは、それまで沈黙していたユリノだった。


「エクスプリカ! 今すぐ当該野良グォイドの、発見から現在位置まのコースから逆算して、発見前はどこからどんなコースで来たのか推定して!」

[エ……今スグカ?]


 なぜ心配いらないのか聞きたそうなクィンティルラを無視して、突然下されたユリノの命令に、エクスプリカは思わず人間じみたリアクションを返してしまった。

 わざわざ今すぐそのような計算せずとも、野良グォイドに関する謎の答えは、約6分後に分かるはずだからだ。

 だが、艦長からの命令に逆らうことなど、機械たるエクスプリカには出来るはずもなかった。

 それに特に難しい指示というわけでもなかった。

 エクスプリカは、ものの数秒で逆算を終えると、野良グォイド集団発見以前の推定通過コースを光ラインにして総合位置情報図スィロムに投影させた。


[SSDF輸送艦部隊ノ後方、【集団クラスター】外縁ノ凹凸部カラ当該野良ぐぉいど集団ガ発見サレタ時点デ、既ニ同集団ハ、輸送艦部隊ノ追跡こーすニ入ッテイタコトカラ、推定こーすハコノヨウナ結果ニナルナ]


 エクスプリカはわざわざ説明するには、特に面白みの無い結果をユリノに告げた。

 総合位置情報図スィロム内に投影された不定形の二つの塊たる【集団クラスター】。

 それはシルエットだけで言えば、手で乱暴に千切った綿菓子を、弧を描くように細く延ばしたように見えた。

 故に、どの部分も基本的に凹凸があり、特に両端部分はその差が激しい。

 それは人為的に密集させられた小惑星の集まりなわけだが、『黙示録アポカリプスキャンセルデイ』以来、そこは野良グォイド集団の絶好の隠れ家になっていた。

 そこから野良グォイド集団が、輸送艦部隊を狙い【集団クラスター】内から斜めに飛び出るようにして、【集団クラスター】間を通過中のSSDF輸送艦部隊の後方に現れたのは、これまでも数々の例のある出来事であった。

 輸送艦部隊からの野良グォイド集団発見が遅れたのは、改良されたステルス膜の効果と思われる。

 そのステルス膜は、これまで確認されていた慣性航行中のみ使用できるものと異なり、強度が増したことでステルス膜展開中であってもある程度であれば推力噴射が可能であり、ゆえに進路変更と加減速もごく低速であれば可能なものであると思われていた。

 当該グォイド二隻は、このステルス中であっても可能な進路変更能力を用いて、輸送艦部隊を半待ち伏せし、後方から襲い掛かったのではないか? というのが、現在有力な当該野良グォイド襲撃までの経緯である。

 そして、そのステルス膜が、野良グォイドが加速度を上げたことで崩壊し、輸送艦部隊は初めてその存在を知るところとなったのだ。


[コレ以上奥ハ、【集団クラスター】内ノ多数ノ小惑星ノ存在ニヨリ、計算ニ時間ガカカル。マタソノ計算結果ノ信頼性ハ著シク下ガルナ]


 エクスプリカは、腕組みしてフム~と考え込み始めたユリノに補足説明したが、彼女が何ゆえこのような指示を出したのかについては皆目分からなかった。


「え~っとぉ…………う~ん……」


 ブリッジのクルー達が見守る中、ユリノがついに頭を傾けながら口を開いた……が、また考え込みはじめた。

 どうやらまだ、思考を言語化できていないようだった。


「艦長、艦長は〈ウィーウィルメック〉の実体弾の発射が失敗に終わると思っているのですか?」

「え? ………………違う……と思うわサヲリ」


 差し出されたサヲリの助け舟に、ユリノはようやく何か悟ったかのように顔を上げた。


「……そうね、私は〈ウィーウィルメック〉の発射した実体弾は、野良グォイドに命中すると思うわサヲリ…………いや命中するのが野良グォイドにかは分からないけど」


 どこか自信あり気に言うユリノに、彼女以外の一同はユリノの言っている意味が分からず首を傾げるしかなかった。

 エクスプリカはユリノの意見に反対というわけでは無かったのだが、[ソウダナ]と言うには、まだ抵抗があった。

 シズが〈じんりゅう〉から観測した〈ウィーウィルメック〉の砲軸線から推測した弾道では、野良グォイド集団の後方を通過してしまうという問題の謎は、まだ解けてはいない。

 エクスプリカは〈じんりゅう〉のメイン・コンピュータの一部として、シズの算出した結果の正確性がよく分かっていた。

 だから、現在自分達が有する情報から推測する限りは、〈ウィーウィルメック〉の撃った実体弾は命中しない……ということになるのだが、同時にまた〈ウィーウィルメック〉が命中しない実体弾を撃つはずもないことも、また確信していた。


「エクスプリカ……それとシズちゃん、もしも……もしもなんだけれど、あの野良グォイド集団が、実は前方の輸送艦部隊を狙ってるわけでは無い……って可能性はあるかしら?」

「…………」

[…………]

 

 ようやく顔を上げたユリノからの問いに、エクスプリカはシズと共にしばし沈黙した。

 ユリノの言っている意味が、やはり良く理解できなかったからだ。

 それはユリノ自身も重々自覚しているようだった。


「ああ言い直すわ!

 あの野良グォイド集団は、内太陽系方向に向かおうとしてたところに、たまたまウチらの輸送艦部隊がいた……ってことはあり得るって思う?」

「…………まぁ……無いことは無いと言いますか、あり得るっちゃあり得るのです……はい」


 エクスプリカが答えるまでもなくシズが告げた。

 ユリノの言うことは、可能性の上でならば、あり得るとしか答えようが無かった。


「ですが、SSDFは『黙示録アポカリプスキャンセルデイ』後の野良グォイド大量発生に伴い、野良グォイド集団の内太陽系侵入を阻止すべく、メインベルト内に封じ込めるよう行動していると聞くのです。

 現在、メインベルトの内周側のSSDFの警戒はより厳重となっています。

 特に地球、火星、水星、金星へと向かう航路の警戒は厳重です。

 いかに巡洋艦級グォイドとはいえ、無暗にメインベルトから出てしまえば、発見され次第、撃破されるだけと思われるのです。

 それが分かっていて、野良グォイドが内太陽系に無策で向かうとは、少し考えられないのです」

「…………無策でなかったとしたら?」

「え? ……」


 エクスプリカは小さく驚くシズの気持ちが、よく分かる気がした。

 結局ユリノが何を言いたいのか分からないまま、ユリノはまた長考モードに入ってしまった。


「艦長、残り二隻の巡洋艦級野良グォイドに動きアリ! 噴射光が増大。加速をかけているようデス……デスが……」

「ですが……どうしたの?」

「残存野良グォイドの加速度に変化なし、……いえ、むしろ加速度が降下してますデス!」


 ルジーナが困惑したように告げた。

 クルー達が一斉に総合位置情報図スィロムと、当該宙域の拡大された光学観測が映るビュワーに視線を送った。

 つい一瞬前までは、ただ敵を示すマークで囲まれているだけで、遠い為に肉眼では確認が不可能だった、ビュワー内の野良グォイドの光学観測による艦尾噴射光が、今はクィンティルラやフォムフォムはもちろん、他のクルーでも視認できる程に強く光り輝いている。

 巡洋艦級野良グォイドが、加速の為に噴射出力を上げた証拠であった。

 しかしながら、総合位置情報図スィロムに目を移せば、輸送艦部隊と野良グォイドとの距離は、徐々に、だが人間でも目で見てわかるスピードで広がりつつあった。

 つまり輸送艦部隊が野良グォイドを引き離しつつあったのだ。


「こりゃ……いったい……」


 クィンティルラが皆の心情を代表するかのように呟いた。

 だが、不可解な野良グォイドの動きはこれでは終わらなかった。

 皆が見守る中、二隻の野良グォイドが次々と大爆発したのだ。










 ――その数分前――


「巡洋艦級野良グォイド01の撃破を確認!」

「ヒィ~ャッホ~ィ!!」

「テヴィうるさい!! 敵はまだ二隻いる!」


 無人駆逐艦たった一隻の犠牲で、巡洋艦級野良グォイド一隻を沈めることができたという戦果の報告に、思わず喝采を上げたテヴィリスは、直後に指令に怒鳴られヒッと黙った。

 指令の言葉はもっともであり、二隻になったとはいえ、巡洋艦級グォイド二隻は、常識的に考えれば輸送艦部隊を5回は殲滅できるほどの戦力を持っていた。

 こちらに出来ることは、引き続き、機関が維持できる限りの推力で逃げ続けるだけだ。

 だが、加速した分だけ速度が出てしまう宇宙では、そろそろ加速を止めないと、コントロール能力を超えた速度になってしまいかねなかった。

 出来ることなら今すぐ減速をかけたいところであった。

 さもなくば最悪の場合、現コースだと、内太陽系を突っ切り再びメインべルトに突入するか、もしくは太陽へと突っ込むことになりかねない。

 メインベルトに再突入した場合、今のように【集団クラスター】と【集団クラスター】の間に上手く突入することは恐らく不可能であり、程なく【集団クラスター】内の小惑星に衝突してオダブツとなるだろう。

 太陽に突っ込んだ場合は言うまでもない。

 だから、輸送艦部隊は一刻も早く、野良グォイドとの戦いに決着をつける必要があった。

 テヴィリスも航宙士の端くれとして、大分前からその結論に至っており、ひたすら総合位置情報図スィロムと各ビュワーを睨み、戦況を確認しながら祈り続けていた。

 ゆっくりと輸送艦部隊を離れていく残る無人護衛駆逐艦〈ラパナスα〉が、二隻となった巡洋艦級野良グォイド二隻を沈めてくれることを…………。

 たとえそれが無茶な願いであり、先ほど〈ラパナスβ〉が自爆に近い戦法で巡洋艦級グォイドを沈めたような奇跡が、二度も起きるはずがないと分かっていても…………。

 だからテヴィリスは、後方ビュワーに映る迫る巡洋艦級グォイド二隻の背後の噴射光が輝きを増し、そのシルエットをより鮮明に浮かびあがらせた時は、とうとう人生の終わりがやってきたのだと覚悟した。

 敵が加速し、一気呵成に自分達を屠るつもりなのだと思ったからだ。

 覚悟を決めた瞬間、我ながらちゃんと妻子や両親の顔を思い浮かべたことに驚いた。

 永遠にも思える数秒が過ぎる。

 しかし、恐れていた最期は来なかった。

 明らかに推力を上げているにも関わらず、巡洋艦級グォイド二隻はそれ以上輸送艦部隊に接近することは無く、むしろ距離を空けつつあった。


「……何かに……引っ張られてる?」


 間近で見たからこそ、そう思ったことを無意識のうちに呟いた次の瞬間、噴射光どころではない眩い輝きが、ビュワーに拡大投影された巡洋艦級グォイド二隻の側面で閃いた。

 明らかに側面からの突然の攻撃を受けたが故の輝きであった。

 誰がいつに間に攻撃したのかは分からない。

 だが、テヴィリスが茫然とする中、側面からUVシールドを貫通された巡洋艦級グォイド二隻は、そのまま主機関を誘爆させ、先刻を上回る輝きと共に爆沈した。

 テヴィリスは数秒遅れで届いてきた衝撃波により、激しく輸送艦〈第37ユーリカマル〉が揺さぶられると、故郷の妻子には聞かせられないような悲鳴を上げた。


「〈ラパナスα〉の攻撃が成功した模様!」

「なんですって?」

「無噴射射出で後方に放ったUV弾頭ミサイルを、敵グォイド二隻に命中させたようです」


 頭を抱えて目を瞑っていたテヴィリスは、指令達の会話の意味が、しばし分からなかった。


「……つまり〈ラパナスα〉は勝ったってこと?」

「……そういうことになります……」


 テヴィリスは指令達のその会話を聞いて、ようやく顔を上げた。

 どうやら〈ラパナスα〉は、噴射させないことで光を出さず、それによって敵に発見されないようにしたUV弾頭ミサイルを後方にバラ撒いておき、何もしらずに追いかけてきた敵が通過するタイミングで噴射させ、敵側面から命中させることに成功したようだった。

 如何に巡洋艦級グォイドといえど、無警戒だった側面からのUV弾頭ミサイルの前には、UVシールドがあっても意味はなさず、即沈められてしまったようだった。

 数秒遅れて、思い出したように巡洋艦級グォイドが再爆発しながら加速中の輸送艦部隊から遠ざかっていった。


「おいテヴィリス…………」

「叫んでも良いですか?」


 指令に問われるなり、テヴィリスは尋ねた。

 今度こそ生きている喜びを思いのたけ叫んでも良いか? と。

 だが、許可が下りることは無かった。


 追尾の為の加速噴射を止め、後方へと遠ざかり始めた巡洋艦級グォイド二隻の残骸が、さらにその後方に存在した見えない何かに衝突したのだ。


「!?」


 残骸が衝突することで、初めてその存在を認知されたその見えない何かは、その直後に正体を自ら現した。

 存在が認知された以上、もはや隠れていることは無意味だと、自らステルス膜を解いたのだ。

 どちらにしろ、残骸との衝突でステルス膜は大分散っていたからという事情もあったろう。

 それは同時に艦尾のスラスター集合体を点火し、その光によって巨大な六角形のシルエットを輸送艦部隊の後方に浮かび上がらせた。

 テヴィリスは喜びの叫び声の許可は、まだ得られそうに無いことを悟った。








 ――その数分前――


「無人護衛艦〈ラパナス〉! 残る巡洋艦級グォイド二隻の撃破に成功した模様デス!」

「……すごいな!」


 ルジーナの報告に、カオルコ他が驚きの声をもらした。

 無点火状態のUV弾頭ミサイルを、機雷のように後方に流してから発進させる戦術は、かつて〈びゃくりゅう〉や初代〈じんりゅう〉でも使った戦術であった。

 それを対野良グォイド・マニューバの最新版が有効活用した結果だろう。

 ユリノはそう分析すると同時に、撃破直前に巡洋艦級グォイドが行った推力をあげ、激しく噴射光を発しているにも関わらず、何故か加速度が下がる現象が気になっていた。

 それこそが、〈ウィーウィルメック〉が野良グォイドに命中しない実体弾を放った謎を解く鍵と思えてならなかったからだ。

 だが、答えは考えればすぐに分かることであった。


 ――後ろにいる何かを牽引していたんだ…………――


 そうとしか考えられなかった。

 当初、三隻からなる垂直平面三角陣形で輸送艦部隊を追尾していたのは、後方に牽引している“何か”に対し、三隻が均等な距離を保つためだ。

 宇宙で航宙艦が何かを牽引しながら移動するときは、バランスが大事だ。

 偏ればその場で無様に回転するはめになるからだ。

 そして三隻のうち一隻が無人護衛艦〈ラパナス〉に沈められ、二隻となった巡洋艦級グォイド二隻は、減った一隻分を補う為に推力を増加させたが、牽引している“何か”が重く、加速度を上げることができなかったのだ。

 そしてそのタイミングで、巡洋艦級グォイド二隻は残り一隻となった無人護衛駆逐艦〈ラパナス〉のUV弾頭で沈められた。

 常識的に考えれば、当初目標と考えられた巡洋艦級グォイド二隻さえ宇宙の藻屑と消えた今、〈ウィーウィルメック〉の撃った実体弾は、何もない空間を通過するだけのはずであった。

 だが、もしも巡洋艦級グォイドが最初から見えない“何か”を牽引していたならば…………。

 見えない“何か”が見えない理由は簡単だ。

 〈ウィーウィルメック〉がオプション装備の実体弾投射砲を隠して持ってきたように、ステルス膜を張り、自らが噴射しないことでそれを維持し続けてきたからだ。

 だが、牽引してくれる巡洋艦級グォイドが全て撃破された今、その“何か”はどうするだろうか?

 ユリノは次に起きることが分かる気がした。


「全セクション、実体弾の推定コースに傾注して!」


 ユリノはそこまで指示を下すだけで精一杯であった。

 次の瞬間、巡洋艦級グォイドが牽引したであろう“何か”が姿を現したからだ。








「〈シード・ピラー播種柱〉だ!」


 叫んだのは輸送艦部隊指令の方だった。

 後方を映すビュワーの画面一杯を、噴射炎を後光にした六角形のシルエットが覆った。

 それは惑星に打ち込まれることで、その星をグォイドの母星の環境に強制的にテラフォーミングするという、ぐォイドの全艦種の中でも最大サイズにして最強の艦であった。

 直径だけで3キロはあり、全長は10キロはある。

 テヴィリスは、それが何故突然輸送艦部隊の後方に現れたのかさっぱり分からなかった。

 だが、もしもこの〈シード・ピラー播種柱〉が内太陽系に進行すれば、恐ろしい事態になることはなんとなく分かった。

 むしろ、最初から今まで襲い掛かってきた巡洋艦級野良グォイド三隻は、最終的にこの事態を求めて行動してきたような気がした。

 後方ビュワーの彼方で、テヴィリスと同じ結論に至ったであろう無人護衛駆逐艦〈ラパナスα〉が、UVキャノンを放ちながら突撃していく。

 だが、アリがゾウに挑むがごとく、あっさりと耐宙迎撃用UVキャノンで〈ラパナスα〉は破壊された。

 それは極めて近い未来の自分の末路を見ているかのようだった。


「後方〈シード・ピラー播種柱〉加速します!」


 クルーが叫ぶ。

 相変わらず輸送艦部隊は逃げるしかなかったが、事態はさらに悪化していた。

 ただ加速するだけならば、〈シード・ピラー播種柱〉は輸送艦部隊に追いつくだけの推力を持っていたのだ。

 輸送艦部隊は、巨大な六角柱に轢き殺されるのを待つだけの身となっていた。

 が、しかし―――

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