第四章『極大射程』 ♯3

「全艦は対野良グォイド・マニューバVer.32に従い、艦隊は単縦陣を維持しつつ、輸送艦はこのまま逃走に専心、後方に回した無人護衛駆逐艦二隻に野良グォイドの対処を任せる!」


 輸送艦部隊指令の命に従い、テヴィリスの乗る輸送艦〈第37ユーリカマル〉と僚艦たる〈第38ユーリカマル〉は前後に長い一列となり、後方から迫る巡洋艦級野良三隻からひたすら逃げていた。

 状況は数分前と変わらず最悪のままだった。

 もしこれがメインベルトの、小惑星が人為的に密集させられた【集団クラスター】の内部であったならば、手頃な小惑星の影に隠れる……あるいは射影物にするなどという選択肢もあったのだが、ここはその【集団クラスター】と【集団クラスター】の間の空間であった。

 巨大な【集団クラスター】から比べれば、それ同士の間隔は狭かったが、それでも平均数万キロ単位の幅はある。

 輸送艦部隊の左右も数千キロにわたって、小惑星が一つあるかも怪しい状況であった。

 故に、戦場にある何か・・を使って、状況を好転させることは不可能であった。

 仮に【集団クラスター】内に退避を試みようと変針に推力を裂けば、その分だけ野良グォイドに追いつかれる時間が早まるだけだろう。

 そもそも、現時点で輸送艦部隊は加速をかけすぎていて、現速度では【集団クラスター】内部への退避を試みたとしても間に合わない。

 たとえ【集団クラスター】内部への退避が成功したとしても、速度が出過ぎて小惑星に衝突するか、あるいは運よく減速して小惑星を回避できたとしても、小惑星が障害物となって充分な再加速ができなくなり、やはり野良グォイドに追いつかれる時間が早まるだけだ。

 さらに【集団クラスター】内部からでは通信中継ブイの使用も難しくなる。

 だから輸送艦部隊は、【集団クラスター】と【集団クラスター】の間でひたすら推力の限りに加速し、護衛は無人駆逐艦〈ラパナス〉二隻に頼る以外に選択肢はなかった。



 とはいえ、SSDFは『黙示録アポカリプスキャンセルデイ』以降大量に発生した野良グォイドに対し、決して無策だったわけではなかった。

 艦艇の数の限界から、全ての護衛対象に潤沢な戦闘艦艇を守りにつけることは不可能であった。

 が、野良グォイドの襲撃事件が発生する度に、その経験から有効な対応戦術を模索し、改良し続けてきていた。

 そうして生まれた最新の対野良グォイド・マニューバ戦術・プログラムが、各輸送艦部隊の航宙艦に随時アップロードされ続けており、クルーのスキル部分で生じる差異に関係無く、最適な行動ができるようになっていた…………はずであった。

 特にアップデートされ続けたマニューバ・プログラムは、AI操艦による護衛無人艦の対野良グォイド戦闘において、その効果を最も発揮するはずであった。

 テヴィリスが震えながら視線を総合位置情報図スィロムへと送ると、間隔を空け、加速度を緩めることで後方へと下がっていった無人護衛駆逐艦〈ラパナス〉αとβが、迫りくる野良グォイド01、02、03の交戦圏に入ろうとしていた。

 厳密にはすでにUV弾頭ミサイルの射程には両集団とも納まっていた。

 だからすでに敵グォイドからのUV弾頭ミサイル攻撃がいくつか行われていたが、まだ距離がある為、いずれも対宙レーザーでの迎撃が成功している。

 以降はレーザーでの迎撃率が低下する距離まで、グォイド側もミサイルを温存することにしているようであった。

 総合位置情報図スィロムの中で、無人艦AIは、二隻いるラパナスの内、α一隻を輸送艦の守りに残し、もう一隻をさらに後退させはじめていた。


「無人艦〈ラパナスβ〉、間もなく敵グォイド01のUVキャノンの射程に入ります! 〈ラパナスβ〉推力を絞り加速度を下げています。

 〈ラパナスβ〉遅滞戦闘態勢へ!

 対野良グォイド・マニューバに従いUV弾頭ミサイル敵グォイド01へ向け発射! …………」


 指令への報告が〈第37ユーリカマル〉ブリッジに響く。

 基本的に無人駆逐艦〈ラパナスα〉たった一隻で、巡洋艦級グォイド三隻に勝てる道理など無いとしかテヴィリスには思えなかった。

 









「あの……ケ……アミちゃんんん??」


 ――〈じんりゅう〉メイン・ブリッジ――


 ユリノの返事も待たずに突然機関制御席から立ちあがり、ブリッジを飛び出していったケイジ演じるアミ一曹に対し、ユリノは他のクルーと共に、茫然とするあまり結局何も言うことができなかった。

 数秒経ってから、やっと我に返ったサヲリが「呼び戻しますか?」と尋ねたが、ユリノは首を振った。

 臨時機関長がいざという時に備えて機関室に行くことを、やめろと言うオフィシャルな理由が特に思いつかなかったからだ。

 もちろん、アミ一曹の様子が明らかにおかしかったことについては、意識的に目をつぶった上での判断であったが。


「ユリノ艦長、輸送艦部隊は対野良グォイド・マニューバVer.32に従い無人艦駆逐艦〈ラパナス〉二隻による遅滞戦闘を行う模様デス!」

「…………」


 ユリノは、アミに関する疑問は一旦脇にやり、まずルジーナの報告にしたがい、総合位置情報図スィロムを見つめることにした。


「う~む……なんか色々と…………」

「……何か気になりますか艦長?」


 ユリノの呟きに、ダメコン席のサヲリが気が付いて問いかけた。


「輸送艦部隊の動きも〈ウィーウィルメック〉の行いもだけど、あの野良グォイドの動きも何か腑に落ちない気がして……」

「どういった点がですか?」

「……………う~……分かんない」


 サヲリの問いに、ユリノは考えた末に、そう答えることしかできなかった。

 現在〈じんりゅう〉クルーは、野良グォイドの襲撃を受けた輸送艦部隊と、それに対処するという〈ウィーウィルメック〉の動きを、総合位置情報図スィロムを見つめ、見守ることしかできなかった。

 ユリノが気になったのは、巡洋艦級の野良グォイド三隻の陣形だ。

 上下か見ると三隻が横一列に並んでいるように見えたが、実際は前後から見て一辺が5キロ程の三角形になるように並んでいる。

 宇宙戦闘で言うところの垂直平面陣形だ。

 SSDFでは巨大楕円形の垂直平面陣形で、グォイドの大規模侵攻をメインべルト手前で迎撃するのに用いたりしている。

 このシチュエーションの場合は、巡洋艦級グォイド三隻全てが、目標に対し同等の距離を保つ為、火力を集中でき、また敵攻撃を分散できるという利点を持つ。


「確かに、少しばかり大げさな気がしないでもないな……」


 同じくカオルコが総合位置情報図スィロムを睨みながら告げた。

 ユリノはそのコメントを聞いて、やっと自分の抱いていた違和感の正体が分かったような気がした。

 カオルコの言う通り、たかが輸送艦部隊……それも無人駆逐艦を相手にする陣形にしては、少しばかり大げさな陣形過ぎる。

 戦闘能力だけならば、一対一でも充分過ぎる程巡洋艦級グォイドの方が有利なはずであった。

 陣形的に三隻全ての火力で襲うことに拘っているように見えのが、違和感の正体なのかもしれない。


「こっちの駆逐艦は一隻で突っ込んでいくつもりなのか?」

「無人護衛駆逐艦〈ラパナス〉デスなカオルコ少佐。対野良グォイド・マニューバVer.32に従って行動している模様」

「勇敢な無人艦だな……」


 疑問にルジーナが答えると、カコルコが呆れたようにそう返した。

 カオルコが呆れるのももっともであったが、それが最新の対野良グォイド・マニューバが選んだ戦術らしい。

 一見、明らかに無謀とも思える行動であったが、無人艦〈ラパナス〉が巡洋艦級グォイド三隻への突撃を慣行してすぐに、その意図は分かった。










「ちょちょちょっとぉ! なんでたった一隻だけで〈ラパナスβ〉は向かうんですかぁ!? 一隻でかなうわけないじゃないですか!?」

「やっかましい! それが対野良グォイド・マニューバの選択なんだろうよ?」


 狼狽えるテヴィリスに指令が怒鳴り返し、テヴィリスは出そうな悲鳴を飲み込んだ。

 祈るように睨む総合位置情報図スィロムの中では、〈ラパナスβ〉が交戦を開始せんとしていた。

 〈ラパナスβ〉を操る戦術AIは、駆逐艦の小型故の機動性を活かした戦闘を試みるようであった。

 〈ラパナスβ〉は敵のUVキャノン射程に入る直前で、搭載ミサイルを一斉発射し、同時に敵に向かって発射したミサイルに紛れるようにして接敵、駆逐艦より長い敵の射程を無意味にさせんとしているかに見えた。

 もちろん、敵巡洋艦三隻も、たかが駆逐艦一隻に後れをとるようなことはなかった。

 〈ラパナスβ〉の放ったUV弾頭ミサイルを、三隻分の対宙レーザー砲群でことごとく迎撃していく。

 考えうる最高の射程とタイミングで放たれたUV弾頭ミサイルは、命中さえすれば戦艦とて撃沈可能なはずであったが、巡洋艦三隻分にしてミサイルの数の数倍の数のレーザーの前では、今一歩敵艦には届かなかった。

 一瞬、光の刃が扇形の残像を閃かせると、数十の虹色のUV爆発光が、メインベルトの小惑星の数々と、逃走中の輸送艦部隊を艦尾から照らす。

 〈ラパナスβ〉の放ったUV弾頭ミサイルは、一機も敵巡洋艦に命中することは無かった。

 駆逐艦〈ラパナスβ〉に残された対艦攻撃装備は、これでUVキャノンのみとなってしまった。

 しかし、駆逐艦搭載の小口径UVキャノンで巡洋艦のUVシールドを貫くことなど容易なことではなかった。

 仮に可能であれば、ごく近距離で巡洋艦側面側から砲撃すれば、あるいは駆逐艦のUVキャノンでも敵シールドを貫徹できたかもしれないが、その状況を敵巡洋艦が許すはずも無かった。

 逆に巡洋艦の放つUVキャノンは、正面からでも駆逐艦〈ラパナスβ〉を容易とは言わずとも、数発で貫徹できる威力があった。

 つまり駆逐艦〈ラパナスβ〉の運命は風前の灯であり、テヴィリス達にとってみれば、二隻しかいない自分達の守護のうち一隻が無くなるということであった。

 そしてその懸念は、すぐに現実となった。

 船体各部の姿勢制御スラスターを吹かし、敵UVキャノンを回避しながら接近を試みる〈ラパナスβ〉であったが、巡洋艦級グォイドの放った一発の主砲UVキャノンが、無情にも真正面から〈ラパナスβ〉の船体を貫いたのである。









『朗報だぞアミ一曹!』

「なんで……なんでボクばっか…………」

『しっかりしてくれアミ一曹、聞いてくれ! フランチェスカがコントロール回線が途切れる前に、君の替え玉を〈じんりゅう〉機関室に移動させたそうだ!』

「は?」


 ブツブツと呟きながらへたり込むアミ一曹を、必死に揺さぶりながらアビーは訴えた。

 彼女には大変申し訳ないことをしたとは思うが、チャンスが到来次第、アミ一曹には起きて〈じんりゅう〉に戻ってもらわねばならないし、まだ伝えたいこともあった。

 〈ウィーウィルメック〉以外の人間と直接会うのはこれが初めてだったが、正直なところ、人間とはなんと面倒な生き物なのだろうという感想が大半を占めていた。


「……フランチェスカぁ? 誰それ?」

『だからこの艦のクルーで、生身だった頃はイタリア料理が得意だった少女だ』


 アビーは一度紹介したくらいでは、クルーの名前や顔を覚えられな人間に、辛抱強く説明した。


『君が〈じんりゅう〉のシェフもやっているというので、もしもの可能性を考え、彼女に君の替え玉を頼んだのだ』

「…………で、何をつくったって?」

『…………〈じんりゅう〉で振舞われたランチのことか? イタリア風ショーガヤキと言っていたが……』

「Oh…………で、食べた連中はなんと?」

『大変好評だったらしいぞ』

「Oh……」


 アビーは訊かれるがままに質問に答えたが、あまり得策では無かったようだ。

 何がショックだったのかは不明だが、アミ一曹はますますショックを受けてしまったようだった。

 だがそれはそれとして、事態の進行は止まらない。

 軽い揺れと共に、アビーは〈ウィーウィルメック〉が向きを変えたのを感じた。


「わわわ!」

『おちつけ、〈ウィーウィルメック〉が実体弾投射砲の砲口を目標に指向させているだけだ。

 発射タイミングまでそう長くはない。

 発射して戦果確認が出来たら、君を〈じんりゅう〉に帰還させられる』

「ホントに?」

『信じてくれ!』


 思わずアビーは声を大きくして答えてしまったが、それで一応アミ一曹は納得したようだった。

 伸ばした両腕をゆっくり回す、ラジオ体操とかいう精神統一方法の動きで深呼吸すると、アミ一曹は「それで、それが終わったらどうやって帰してくれるつもりですか?」と尋ねた。

 アビーは彼女の問いに対し、なるべく良いニュースを伝えたいとは思っていたのだが、あまり納得はしてもらえなさそうな予感がした。


『う……うむ、まずもうすぐ本艦は、接続した実体弾投射砲を発射する』

「野良グォイドに向けてですよね?」

『ああ…………多分』

「たぶん?」


 アビーは総合位置情報図スィロムの映ったビュワーに、〈ウィーウィルメック〉から輸送艦部隊を追う野良グォイドへ向けての、発射予定の実体弾の弾道ラインを投影させながら告げた。

 案の定、アミ一曹はアビーの言葉を聞き逃してはくれなかった。












「なんだなんだ……アッサリやられちまったじゃないか!?」

「敵主砲UVキャノンで撃ち抜かれたようデスな、駆逐艦のシールドでは一溜まりも無かったのでしょう」


 総合位置情報図スィロムから粉々のデブリ・アイコンに転じて消える駆逐艦〈ラパナスβ〉のアイコン見つめながら、クィンティルラが思わずそうぼやくと、ルジーナが続いて解説した。

 たった一隻で巡洋艦級グォイド三隻に挑んだ無人駆逐艦〈ラパナスβ〉は、予想通りかなりアッサリと沈められた。

 だがしかし――


[ヨク見ルノダ諸君ヨ、最初カラ、コレガ狙イダッタノダ……〈らぱなす〉ノナ]


 唐突なエクスプリカの発言に、皆が驚きつつも再び総合位置情報図スィロムに視線を戻すと、爆散し、無数のデブリとなった〈ラパナスβ〉の破片が、主機関である人造UVDの爆発の勢いのままに迫る巡洋艦級グォイドの内の一隻へと殺到するところであった。

 あるいは自らが撃ち抜き爆発させた〈ラパナスβ〉の爆炎の中へと、巡洋艦級グォイドが自ら突っ込んだともいえる。


[SSDF総司令部ガ作成シ、各輸送艦部隊ニ送ッタ対野良ぐぉいど・まにゅーば・ぷろぐらむデハ、最終的ニ輸送艦ガ生還スルコトヲ最優先目標トシテイル。

 今回ノ場合、下手ニ護衛トシテ輸送艦ニ駆逐艦〈ラパナス〉ヲ張リ付カセテオクヨリモ、捨テ駒トナルコト覚悟デ、襲撃シテキタ野良ぐぉいどニ突撃サセタ方ガ、敵集団の足止メト戦力減衰ガ期待デキ、結果的ニ目標達成ノ可能性ガ高クナル判断シタノダロウ]


 そうエクスプリカが語る中、総合位置情報図スィロム内では、無人艦〈ラパナスβ〉の爆炎に自ら突入した巡洋艦級グォイド01と表示されたアイコンが、明滅し、やがて機能停止した残骸のデブリであることを示す光点に変わっていった。

 元から輸送艦部隊襲撃の為に加速中であった巡洋艦級グォイド01は、前方から加速度|を緩めつつ距離を詰めてきた無人艦〈ラパナスβ〉を破壊した結果、瞬時にして駆逐艦の破片はそれまで行っていた加速を止めたことになり、その相対速度が破壊力として上乗せされた状態で、巡洋艦級グォイドに襲いかかってきたのである。

 あるいは自ら爆炎に突入してしまったのだとも言えた。

 巡洋艦級グォイドとて、本来であれば回避して然るべき事態であったが、無人艦〈ラパナスβ〉が、最初からこれが目的であると分からぬまま戦闘を行った結果、至近距離での人造UVDの爆発に自ら入し、その衝撃にUVシールドが耐えられずに爆沈することとなってしまったのだ。

 〈ラパナスβ〉としては体当たりをするつもりだったのかもしれなかったが、結果的には同じことであった。


「……なるほど……」


 ユリノはシートの背もたれに体重を預けながら、エクスプリカの説明と、総合位置情報図スィロムで見たその結果に納得した。

 もったいない話ではあるが、無人艦ゆえに最初から戦没することを覚悟の上で突撃させれば、運が良ければ巡洋艦一隻を沈めることも可能なのだろう。

 だが、巡洋艦級野良グォイドはまだ二隻いる。

 仮に同じ戦術で無人艦〈ラパナス〉を犠牲に巡洋艦級グォイドを沈められたとしても、残った一隻の巡洋艦級グォイドで充分輸送艦は破壊可能であった。

 それに、同じ戦法を残った巡洋艦級グォイドが許すとも思えなかった。

 つまり、まだ危機からの脱出には程遠い。

 そして、違和感を覚えた野良グォイドの陣形の謎も、まだ解けたわけではなかった。


「艦長、〈ウィーウィルメック〉が接続した実体弾投射砲に発射の兆候を確認したのです」


 シズの報告に、ユリノは思考を引き戻された。

 やはりあの輸送艦部隊を救えるとしたら、〈ウィーウィルメック〉の実体弾投射砲しかないのだろうか? と。


「〈ウィーウィルメック〉両舷に接続された実体弾投射砲の砲身基部から前方にかけて、円筒状のUVフィールドの発生を確認しました」


 シズは説明しながら、実体弾投射砲の接続されたホロ〈ウィーウィルメック〉をブリッジ内中央に投影し、その砲身の根元から前方にかけて、ブリッジ内を横断する程の被実体のUVフィールド製のパイプを伸長させた。


「ああ! そういえばなんで実体弾投射砲“艦”ではなく、オプションの実体弾投射砲を持って来たんだ? って思ったんだ。

 性能的には、独立した航宙艦としての実体弾投射砲艦を随伴させてきた方が方が良いだろうにってさ……」

「クィンティルラ大尉、良い着眼点なのです。

おそらく、このUVフィールドが延長された砲身の代わりとなって、小型な分を補う効果を発揮するのだと思うのです」


 シズはホロ〈ウィーウィルメック〉の前方に伸びる二本のUVフィールドで形成された疑似砲身を指さした。


「ご存知のように、〈ウィーウィルメック〉はおよそ二カ月前に主機関をオリジナルUVDに換装しました。

 シズの推測ですが、〈ステイツ〉の技術者は、そうして得たオリジナルUVD由来の無限のUVエネルギーを活かせる装備を求め、考えたのではないでしょうか?」


 シズはホロ〈ウィーウィルメック〉を透視図にし、その主機関であるオリジナルUVDを光らせながら続けた。


「基本的に実体弾投射砲は、電力さえあれば実現可能なため、まだUV技術の無い時代から使われ続けてきました。

 ですが、電力を用いた電磁式投射砲は、弾体を加速する為にシンクロトロンや長い砲身を必要としてしまいます。

 しかし――」

「弾体の加速を全部UVエネルギーと、UVフィールド……いや形を変えたUVシールドと言うべきか……で賄えるなら、むしろオリジナルUVDの無限の出力が使える分、小型軽量でも高威力の実体弾投射砲が作れるわけか……」


 途中からカオルコに話を続けられたシズは、一瞬固まってから「……そう推測するのです」と、コクコク頷きながら告げた。


「弾体の加速に必要な砲身部をUVシールドで形成することで、実体弾投射砲本体が、既存のそれに比べ大幅に小型軽量できたとしても、実体弾の弾体そのものの携行数には限りがあるのです。

 ですから、オプション装備として携行した弾を撃ち尽くしたら、即パージして身軽になれるようにしたのでしょう」

「弾の切れた実体弾投射砲なんて、重くて邪魔なだけだもんな……」


 ホロ〈ウィーウィルメック〉から実体弾投射砲部分を分離と接続を繰り返しながら語るシズに、クィンティルラが後頭部で手を組んで踏ん反りかえりながら同意した。


「……で、これでメインベルトにいる野良グォイドを撃ち抜くと…………そんなことホントに可能なの?」

「【ANESYS】を用いれば、不可能とは言えない……としか言えないのです」


 疑わし気なクィンティルラに、シズ自身もまたどこか自信無げな答えを返した。

 ユリノは今さら【ANESYS】を用いた超長距離異実体弾射撃に疑問を持つ段階は過ぎていたが、だがそれはそれとして、やはり他の疑問が頭から離れないでいた。

 野良グォイド集団の陣形に覚えた違和感をだ。


「艦長、〈ウィーウィルメック〉が回頭を完了。

 おそらく実体弾発射最終段階かと思われますデス」

「おシズちゃん、〈ウィーウィルメック〉の砲軸線と、野良グォイドの未来位置予測を算出して、総合位置情報図スィロムに出すことは出来る?」


 ルジーナの報告に、ユリノは無意識のうちにそうシズに命じていた。

 シズはそんなことせずとも、間もなく実体弾が発射されるのに……などという顔はせず、すぐに作業を開始してくれた。

 ただちに、ブリッジ内の〈じんりゅう〉および〈ウィーウィルメック〉を中心に、メインベルト内の輸送艦部隊と野良グォイド集団を描いたホロ総合位置情報図スィロム内に、〈ウィーウィルメック〉の実体弾投射砲の砲の向きから算出された弾道軸線が投影された。


「艦長、〈ウィーウィルメック〉実体弾投射砲の射出速度が不明な為、実体弾弾道の正確な予測は困難となるのです」

「構わないわ」


 シズの言葉にユリノはそう答えるのと同時に、ホロ〈ウィーウィルメック〉両舷の実体弾投射砲砲口から、目に見える速度で実体弾が飛翔すると思われる弾道の予測飛翔ラインが伸びていった。

 縮尺と距離的とブリッジの広さの問題から、最初は糸のように細く描かれた実体弾弾道ラインは、〈ウィーウィルメック〉から見てやや右方向に向かう野良グォイド二隻に、近づくつれ、肉眼で分かる程に横幅を増しながら伸びていき………。


「あれぇ?」


 シズは彼女らしくない驚きの声を漏らした。

 シズが算出した実体弾投射砲の弾道ラインは、野良グォイド集団のわずかに後ろを通過し、そのままブリッジの外へと消え去っていた。

 〈ウィーウィルメック〉の撃つ実体弾投射砲は野良グォイド集団には命中しない……少なくとも〈ウィーウィルメック〉の現在の砲軸線からは推測する限りは……。

 その事実を受け入れようとした瞬間、メインブリッジ前方の窓の彼方、右舷前方に浮かぶ〈ウィーウィルメック〉の船体前部が、一瞬虹色のリングを閃かせながら光った。

 それが実体弾投射砲が発射された際の輝きであることは、誰かに訊く必要もない程に明らかだった。










 ――〈ウィーウィルメック〉メイン・ブリッジ・その90秒前――

『予定実体弾投射砲〈サジタリアス〉|発射タイミングまで、あと90秒です』

『実体弾投射砲〈サジタリアス〉|砲撃シークエンス、最終フェイズ! FCS連動良し、目標地点への追尾照準良好!』

『〈サジタリアス〉|へのUVエネルギー供給よろし!』

『〈サジタリアス〉非|実体砲身形成完了。グリーンライト右舷砲オレンジレフト左舷砲共にスマート・ブリッド装填完了、全て問題無し!』

『艦長! 野良グォイド集団、僅かに減速を開始しました! 加速率低下! このままでは――』

『艦長、【フュードラシル未来樹】の予知と、艦の観測機器を用いたFCSの射撃判断とに誤差が生じましたが、どうしますか?』


 子気味良く続いていたクルーからの報告は、そこで唐突に途切れ、ホロ姿でメインブリッジの各座席に掛けるクルーの視線が、艦長席に掛けるキャスリンに集中した。

 予測されていた想定外の出来事・・・・・・・・・・・・・・が発生したのだ。

 キャスリンは迷わなかった。

 これまでの野良グォイド退治でも経験してきた想定外・・・だったからだ。


「もちろん【フュードラシル未来樹】準拠で発射する!

 実体弾投射砲〈サジタリアス〉最終発射制御は本艦FCS(火器管制システム)ではなく、【フュードラシル未来樹】連動で実行せよ」


 キャスリンは迷うことなく命じた。


『了解、〈サジタリアス〉最終発射制御は【フュードラシル未来樹】連動で行います。

 艦長、最終セイフティ解除と発射許可を口頭で命じて下さい』


 キャスリンの掛ける艦長席の前下方で、腕組みしながら立っていたジェンコが振り返って尋ねた。

 キャスリンは腕を振って命じた。


「〈サジタリアス〉最終セイフティ解除、発射を許可する!」

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