第三章『プロフェシー』 ♯3

 アミの中のケイジは混乱の極みにあった。

 聞き捨て置けぬ疑問が湯水のごとく湧き上がってきすぎて、逆に何から尋ねたら良いのかわからないくらいだった。

 だが、ケイジのそんな混乱などお構いなしに、まだアビーには伝えるべきことがあるようだった。


 アビーは性懲りもなく、メインブリッジ内一杯に、光の粒で構成された円盤状の渦巻きを投影させた。

 真上から見た我々の住まう天の川銀河だ。

 映像は一旦銀系系全体を映し出すと、その銀河系の端、オリオン腕へと急速にズームしていった。

 そしてアビーは伸ばした指先で、恒星一つ一つが確認できるほど拡大されたオリオン椀に、恒星と恒星を繋ぐ光の直線を描き出していった。

 それが恒星系にオリジナルUVDを発射しながら移動する、超巨大パイプ型ガス雲状異星遺物のこれまでの航跡らしい。

 ところどころで航跡が途切れている……あるいはうすぼんやりとした線になっているのは、先刻彼女がちらりと話した光速を超えて移動した部分なのかもしれない。


『なぜ、君たちの恒星系には、我々が到着する20憶年以上前からオリジナルUVDが存在したのか?

 確認のしようもないが、推測しうる答えは一つしかない。

 我々の恒星系にもオリジナルUVDが元から存在していたように、君たちの恒星系にも以前、くだんの超巨大パイプ型ガス雲が訪れ、オリジナルUVDを置いていったのだと思われる。

 つまり我々が寄生し、己の拠点とした超巨大パイプ型ガス雲状異星遺物は、ただ恒星系をオリジナルUVDを巻きながら通過しているのではなく、この宇宙を恒星系伝いに回遊・・している可能性が大いにある』


 アビーはそう語りながら、蛇行する直線の最初と最後にあたる端と端を、乱暴で大雑把な曲線で繋ぎ、巨大な輪状にした。


『いったい、どういう航路を通って、二度目の周回に至ったのかは分からないがな……』


 アビーは自分で描き足したいい加減な線の部分を指してそう言った。

 アミは、何億年単位で続けられてきたはずの旅が、それでも銀河系のサイズに比べて見ると、悲しい程に短いことに驚くと同時に、彼女の告げたことの重大性に心臓が冷え切るのを感じた。

 くだんの異星物が長大な円環を描いて回遊しているのが、真実だとして、その目的に心当たりがあったからだ。


『いったい【建設者コンストラクター】が何の目的でこのようなことをしたのかは、私には皆目わからない。

 だが君たちは、土星圏で成したという異星遺物【ウォール・メイカー】の異星AIとのコンタクトから、ある程度は推測できているのだろう?』


 アミはそう問われながらアビーに見つめられると、アミは質問したいのはこっちの方だと思いながら、慎重にゆっくりと頷いた。


『こちらでも〈じんりゅう〉が送ってきた土星圏での体験の報告は確認している。

 くだんの超巨大パイプ型ガス雲状異星遺物は、生命……それも知的生命体が誕生するよう仕向ける為、オリジナルUVDを恒星系に撒いている……確かにそう考えるのが、私自身の記憶と鑑みても筋が通る。

 そんなことして何が嬉しいのかはともかくとして……』


 アビーの言葉に、アミは頷いた。

 あの時、〈アクシヲン三世〉で行った【ANESYS】により、ユリノ艦長らは【ザ・ウォール】を生み出している【ウォール・メイカー】搭載の異星AIとのコンタクトに成功した。

 そして木星の【ザ・トーラス】や土星の【ウォール・メイカー】を作り出した〈太陽系の建設者コンストラクター〉が、他の恒星系にもオリジナルUVDをばらまき、知的生命体を恐ろしく遠回しな手段で生み出そうとしているらしい……と理解した。

 つまり地球人類もグォイドの【創造者】も、〈建設者コンストラクター〉が生み出した存在ということになる。

 だから、今アビーが語ったことについて、アミはその部分に関しては驚くというよりも納得していた。

 事前に知っていたことが、客観的により補足されただけだからだ。

 問題は……、


『問題なのは、この後だ』


 アビーの言わんとすることを、アミはすでに予想できていた。

 とても聞きたくはなかったが。

 アビーは先刻、太陽系の人類とグォイドとの戦が始まって以降、後続の自分達に状況を伝えながら、戦いを続けた云々と言っていた。

 その後続が、〈じんりゅう〉が土星に浮かぶ【ダークタワー】を破壊することで、減速を阻害し、太陽系を通過することを強制選択させた【グォイド増援光点群】であることは間違い無いと思われる。

 だが…………それで最後では無い……と彼女は言っていた。


『先ほども話したが、我々は、太陽系を最初……いやおよそ20憶年前に太陽系を訪れたオリジナルUVDを除けば、太陽系第三惑星を我々の【創造者】の新たな故郷にすべく訪れた部隊の、ただの先発隊に過ぎない。

 その太陽系侵攻部隊・後続第二陣は、君の乗る〈じんりゅう〉の土星圏での活動により、太陽系をただ通過する羽目に陥った。

 だが、その後に控えている我々がオリジナルUVDの獲得拠点としていた超巨大パイプ型ガス雲状異星遺物は、まだ太陽系を通過してはいない。

 それは、これから来る』


 アビーは端的に告げた。

 アミは、アビーに尋ねたいことが多々あったが、それ一つだけでも充分過ぎる程に重大で深刻でもう訊きたくないと思った。










「……さてとキャスリン艦長、その~……せっかくなので、この場で渡すべきものをわたしてしまって良いかしら?」

「?」


 ユリノの問いに、キャスリン艦長は一瞬きょとんとしてしまった。

 ユリノは少し申し訳ない気持ちになったが、食後のコーヒーを飲んでいた間に、SPAD個人携帯端末にブリッジにいるサヲリからの連絡が届いたことから覚悟を決めていた。

 だから程なくしてサヲリの指示にしたがって一機の標準型汎用ヒューボが、立方体状のケースを抱えて食堂にやってきたことを確認すると、ユリノはキャスリン艦長に話しかけたのであった。


「キャスリン艦長、今さらですが〈ウィーウィルメック〉が〈じんりゅう〉の元に来たのは、我々の食料補給の為だけでは無いことは承知してます。

 私達が【サートゥルヌス計画】時に行ってきたことは、報告だけで納得できるものではないですし、ただあっさりと納得してしまうことは太陽系の防衛を担う者として余りに無警戒すぎます。

 〈じんりゅう〉の臨検は当然の選択です。

 未知のテクノロジーで複製された艦なんて、おっかないと思うのが自然です。

 え~とぉ……ですからぁ…………なんだっけカオルコ?」

「ぬぁ!? だから……それを渡すのであろう?」

「ああ! そうだった!」


 ユリノは自分でも気づかないレベルで緊張していたらしい。

 同じくテーブルを囲んでいたカオルコに呆れられながら指摘され、慌ててヒューボの運んできた立方体ケースを受け取り、テーブル上に置くと、それからキャスリン艦長の前へとそっと差し出した。

 30センチ×3程の箱型ケースは、思いのほか重くて少し驚いた。

 

「〈じんりゅう〉のブラックボックスです」


 ユリノは声に緊張が出ていないかひやひやしながら告げた。


「こほんっ、この箱には【サートゥルヌス計画】開始時から、いわゆる『黙示録アポカリプスキャンセルデイ』までの〈じんりゅう〉の行動記録の生データが保存されています。

 私やクルー達が送った任務報告データのように、主観混じりではない純粋なデータが…………。

 その分、知りたい部分を探すのに多少の手間がかかるかもしれませんけど……」

「あ…………」

「もちろん、このボックス自体が例の【ウォール・メイカー】によって再生された〈じんりゅう〉のコピーなので、その時点で100%の信頼性は確保できないのだけれど…………これで〈ウィーウィルメック〉の任務の助けになれば……その嬉しいわ」


 ユリノの唐突な申し出に、キャスリン艦長はやはりきょとんとしたままだった。


「ああ! でも生データといっても、規則に基づいて私たちのクルーのプライバシーに関するデータは削除してます。

 だから残念ですけど艦内の監視カメラデータはそれには入ってません。

 ……これで納得してもらえれば良いのだけれど…………」

「…………キャスリン艦長っ」

「あ……ああ! か、感謝しますユリノ艦長」


 ユリノの申し出に、キャスリン艦長は隣にいたセヴューラ少佐の肘鉄を食らってからようやく反応した。

 ユリノとしては、自分から申し出ておきながら不完全なデータを渡そうなどという行いに、何かしらの異議が返ってこないか心配だった。

 だが、どうも心ここにあらずだった様子のキャスリン艦長が、ブラックボックスを慌てて受け取ったのを見て安心した。

 如何になまデータだ! と言ってはいても、ケイジ三曹の存在を隠す為にカットしたデータがあっていては、客観的情報の信頼性に問題があると判断されても仕方がないと思っていたのだが、受け取ってもらえて幸いであった。

 全てのSSDF航宙艦艇には、如何な作戦行動を行ったかを記録する極めて頑丈な作りのブラックボックスが搭載されており、それにより、たとえ轟沈することがあっても、残骸からの回収することで、轟沈の原因究明が可能になっていた。

 ユリノは、このブラックボックスを、求められる前に自ら先んじて渡すことで、諸々の再生〈じんりゅう〉への疑念を払拭をしようと考えたのであった。

 ちなみにブラックボックスは複数あるので、一つ渡しても特に問題はない。

 ケイジ三曹の存在については、VS艦隊の規則に定められたプライバシーの保証条項を活かし、隠蔽することにした。

 多感な10代の少女でしか扱えない【ANESYS】の可動率を上げる為、VS艦隊では少女クルーの繊細な心に配慮し、プライバシーが保障されていた。

 具体的には艦内カメラ等のクルーの艦内生活や、医療記録等のデータは、クルーの意向により提出を拒否する権利が与えられていた。

 これにより、ケイジ三曹の存在を示すデータを隠滅しつつ、アミ一曹の存在に違和感が生じないようにしたつもりだったのだ。

 基本的にウソなど苦手なユリノは、この策が上手くいくかひやひやしていたのだが、当のキャスリン艦長は、やはりどこかそれどころではないように見えた。


「…………感謝しますユリノ艦長、とても助かります」


 ブラックボックスを受け取った彼女は、特に渡されたデータについて疑うこともなく、うつむきながらそう礼を告げた。

 ユリノはこれでやっと肩の荷が降りたと安心したかったのだが、どうもそうはいかない気がしてならなかった。


「………ユリノ艦長……それから〈じんりゅう〉のクルーの皆さん、こちらからも、お伝えしなければならないことがあります」


 キャスリン艦長は、思いつめたような表情の顔を上げると告げた。








 ケイジもよく知る恒星系のホロ映像がメインブリッジに浮かび上がった。

 見覚えのある惑星が周回するそれは、我らが故郷“太陽系”であった。

 その第六惑星・土星から、【ダークタワー】の発信したレーザーと思しき光の直線が伸びると、それに合わせて映像が移動し、太陽系外縁のヘリオポーズを抜け、レーザーを受け止めていた光の集団で止まった。

 【グォイド光点増援群】だ。

 レーザー光の直線は、さらにその【グォイド光点増援群】から、そのはるか後方にも発信されていった。

 それは宇宙を這うイモムシ、あるいは横倒しの白い竜巻のような移動性のガス雲へと続いていた。

 超巨大パイプ型ガス雲状異星遺物だ。

 アミには、そのグォイドの真の本拠地が、太陽系のほんのすぐ手前まで来ているように見えた。


『現在の位置と速度から推測する限り、あと約三年で太陽系第三惑星に達する』


 アビーは淡々と告げた。

 アビーのこれまでの話からすでに覚悟すべき事態だったし、たとえアビーから打ち明けられることが無くとも、可能性の一つとして土星圏の戦いで【グォイド増援光点群】の脅威を退けた後も、さらにその後に続くグォイドの増援……あるいは大部隊の襲来は、考えておくべきことであった。

 たとえ減速を諦め、加速に転じた【グォイド増援光点群】により、太陽系内のグォイドの主拠点であるタイタンが破壊され、太陽系内から主だったグォイドの脅威が排除されたのだとしてもだ。


 【グォイド増援光点群】があれで最後とは限らない。


 【グォイド増援光点群】に続く、新たなグォイドの群が襲来する可能性を、人類は考えるべきであった。

 そしてそれは実在したのだ。


「あ~…………」

『何かアミ一曹?』

「あのぅ……そのぉ……なんでしたっけ? バカでっかいパイプ型のガス雲の―――」

『君ら人類の仲間は、これを【ガス状巡礼天体ガスグリム】と名付けた』

「…………ですか……その【ガス状巡礼天体ガスグリム】がこっちに来るとして、そいつの後ろにもまた、何かあったりなんかしないですよ…………ね?」


 アミは他に尋ねるべき質問が多々あった気がしたが、衝動に任せて尋ねずにはいられなかった。


『安心してほしい。

 私の製造地であり出発地である【ガス状巡礼天体ガスグリム】の後方には、もう我々の眷属もその他の何も太陽系に向かってきてはいない』

「………………………………よかった……よかったぁ」


 アミは返ってきた答えに思わずうなだれながら、盛大なため息と共にそうこぼした。


『ふむん…………』


 一方アビーは、アミが最初にしたその質問に、何か思うところがあったようだった。


『まさかアミ一曹の私への最初の質問が、そんなことだったとは思わなかった……』

「はい?」

『まるで、【ガス状巡礼天体ガスグリム】さえ何とかできれば、これで人類の未来は安泰だとほっとしているかのようだった』

「はぁ!? まさか……」


 アミは即否定したが、アビーに伝わったかは疑わしかった。

 ほっとするなど飛んでもない。

 人類の危機は、以前継続中……いや、それどころかこれまでの大規模侵攻や【ケレス沖会戦】【木星事変】『黙示録アポカリプスキャンセルデイ』と同等、いやそれらをまとめて一つにしたような規模の危機が、人類に襲いかからんとしているのだ。

 アミは顔から血の気が引くのを感じた。


「あの……その……【ガス状巡礼天体ガスグリム】……の戦力規模は分かってるんでしょうか?」

『正確な数値は分からない。

 だが、が【ガス状巡礼天体ガスグリム】を出立した時点の状況から推測する限り、これまでの大規模侵攻時の平均艦艇数の倍以上の戦力を有している可能性がある』


 恐る恐る尋ねるアミに、アビーはどこか楽し気に答えた。

 アミはごくりと唾を飲み込んだ。


『それだけではないんだアミ一曹』

「まだ何かあるのぉっ?」

『君たちが土星上で破壊した【ダークタワー】から、これまでに発信されたレーザーを通じ、【ガス状巡礼天体ガスグリム】はこれまでの太陽系の人類とグォイドとの戦闘記録を全て受信していると思われる。

 その結果、やって来るのはUDO・・・ではなく、それから進歩進化したグォイド・・・・であると考えられる』


 アビーは眼前に、一番最初に太陽系に襲来した初期グォイド=シンプルな六角柱の姿をしたUDOの姿を投影し、それを人類との戦いに合わせて進化させていった。

 ただの六角柱が、まるで哺乳類の頭骨のようなフォルムになり、最初は対デブリUVシールドくらいしか装備されていなかった船体に、UVキャノンの砲身が伸び、UV弾頭ミサイル発射管が増え、UVシールドグリッドが高出力化に伴って怪しく光り始めた。

 さらに艦種もシードピラーを中心に、戦艦、駆逐艦、空母、実体弾投射艦へと増えていく。

 アミはその映像の意味することに戦慄した。







「ガ、ガ、ガ……ガス……なんですって?」

「コードネーム【ガス状巡礼天体ガスグリム】……です」


 ――〈じんりゅう〉食堂――


 キャスリン艦長が、メイン・ブリッジにいるサヲリとミユミも艦内通信を通じて聞いていることを確認した上で、突然食堂のテーブル上にホログラムを投影しながら語り出したことに、ユリノはすぐには理解が追いつかなかった。


「そ……それが……その【ガス状巡礼天体ガスグリム】こそが、太陽系に襲来してきたグォイドのそもそもの本拠地で…………あと三年で地球に来る…………ですってぇっ!?」


 ユリノはテーブル上の投影された横倒しの竜巻めいたものを見ながら、唐突にキャスリン艦長が語り出したことを口に出して確認しているうちに、事の重大性が浸透して声が裏返った。


「ど(うして)…………な(んで)…………そんなこと知ってるのぉ?」

「情報源については明かすことは出来ません……ゴメンなさい、その許可は出ていなんです……でも、それが我々が独自につかんだ最新で危急の情報です」


 キャスリン艦長はとても申し訳んなさそうに告げた。

 その表情を見て、ユリノは大変遺憾ながらも彼女の言葉を信じるしかないと判断した。

 信じたくはないが、信じない論理的理由もまたなかった。

 ありえない話ではなかったし、ウソを伝える意味も考えられなかった。


「現時点での推測で、αケンタウリ方向、ヘリオポーズの外より地球圏到達まであとおよそ三年の距離にいるとみられています」

「!? …………でも、そんなの観測してないし、観測されたって話もまだ聞いてないわよ!?」

「観測されていないののは、これまで【ザ・ウォール】に隠されていたいたからで、【ザ・ウォール】崩壊後は、何らかのステルス膜を展開中だからと考えています。

 現在、我々は大型高速ミサイルを当該宙域に多数向かわせています。

 上手くい行けば、ステルス膜の除去に成功するはずです」

「…………わ、分かったわ…………いや分からないけど! なんで突然そんな情報を私たちに…………」


 ユリノは突然開示されたキャスリン艦長の情報について、その詳しい内容よりも先に気になってたまらなくなたことを尋ねた。

 どう考えても不可解だった。

 【ガス状巡礼天体ガスグリム】襲来の危機についてではなく、キャスリン艦長がこのタイミングで〈じんりゅう〉のクルーに明かしたことについてだ。


「さっきも言ったように、情報のソースについては明かせません。

 ……ですが今、このタイミングで〈じんりゅう〉の皆さんに話したのは…………それは…………お願いがあるからです……」

「お……お願い?」









『こられの情報は、当該宙域への大型高速ミサイル投射により、【ガス状巡礼天体ガスグリム】それ自体の観測がなされてから、全人類社会へ開示することになっている…………』


 メイン・ブリッジ内を飛翔する多数のホロ大型ミサイルが、推定宙域の手前で起爆すると、それによりステルス膜が吹き飛ばされ、ホロ【ガス状巡礼天体ガスグリム】が姿を現した。


『その際、そもそも【ガス状巡礼天体ガスグリム】の存在を予見した根拠については、〈じんりゅう・テセウス〉が【サートゥルヌス計画】中で行った【ANESYS】において、メインコンピュータに残された内容不明データを分析した結果、と発表する』

「はぁ!? なんでぇ?」


 アミは素っ頓狂な声をあげた。









「なんでわざわざ私たちの【ANESYS】由来情報だってことにするの?

 そっちステイツの手柄にすれば良いのに……」

『…………』

「何か後ろめたいこと……たとえばその情報の取得経緯に、胸を張って発表できない事情があるとか…………」


 ユリノは口にしてから、すこし意地悪なことを言ったかも……という罪悪感に負われた。

 ユリノの言葉に、あからさまにキャスリン艦長の顔色が変わったからだ。

 どうやら図星だったらしい。

 ではその後ろめたいことについては皆目分からなかったが、尋ねて答えてもらえそうにないことも分かった。


「う~ん…………」


 ユリノはあまりにもいきなり過ぎて、判断に困った。

 人類にまたしてもとてつもない危機が迫っているのに、それへの対処の前に、まずそんな要請をされるとは思わなかった。

 だが、求められた内容自体については、割と納得していた。

 【ANESYS】は起動するたびに、内容不明の大量のデータをメモリに残す。

 それは実戦で行った【ANESYS】である程、情報量は増す傾向にあり、土星圏からすったもんだの末に帰りつつある〈じんりゅう・テセウス〉のメインコンピュータには、かつてない量の内容不明データが残されていた。

 それは完全に無駄で無意味なデータの場合もあれば、【ANESYS】の統合思考体が超高速で組み上げた有益なプログラム等である場合もあり、決して無視はできない。

 それらはすでに内太陽系人類圏に送信済みであり、その中からならば、【ガス状巡礼天体ガスグリム】の襲来を予見させる情報があっても、違和感が無いように思えた。

 すくなくとも、人類社会に発表する際には、納得されそうであった。


「せっかく…………こうして初めて直接会うことができて……こんなにもてなしていただいたのに…………ごめんなさい。

 これが、私たちがここに来た最大の目的だったのです……」


 ユリノはそう悲し気につぶやくキャスリン艦長の顔を見ると、何も言えなかった。









『私は人類社会の各勢力間の政治的駆け引きについては、よくは分からない。

 だが〈ステイツ〉は、約6年前、多くの艦と人命を失った【土星圏グォイド本拠地攻撃作戦】の裏で、私という〈亡命グォイド〉を回収し、そこから【ガス状巡礼天体ガスグリム】の情報を得た……などとは発表できないのだろう』

「…………」


 アミはアビーの語る事情に、うんざりしながらも納得するしかなかった。

 もちろん、全人類社会を騙そうという試みに対し、若干の嫌悪感は抱いたが、それについてはアミ自身がまったくもって人のことは言えない。

 それに、人類社会がこれから【ガス状巡礼天体ガスグリム】という最大の脅威に立ち向かわねばならないという時に、仮にアビーに関する全てをありのままに発表したならば、きっと戦いの妨げにしかならないであろうことも予測できた。

 今や全人類のアイドルである現〈ウィーウィルメック〉のクルーであり、元〈ジョナサンHアーチャー〉のクルーに関する悲しい真実など、アミとて知りたいとは思わなかった。

 だからアミは、〈じんりゅう・テセウス〉由来情報で【ガス状巡礼天体ガスグリム】の情報を人類社会に開示することについては、気にしないことにした。

 どちらにしろ、決定を下すのはユリノ艦長なのだ。


『だがな……アミ一曹、まだ話は終わってはいないのだ』


 アビーは勝手に話を聞き終わった気分になりつつあったアミに告げた。


『私はまだ、なぜわざわざ君を〈ウィーウィルメック〉にまで呼び出し、誰よりも先にこれらの情報を伝えたのか、まだ話していない』

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