第三章『プロフェシー』 ♯2
『自動的……言い換えれば本能的……とでも言えば良いのか……ともかく私は、ひたすら無心でこれまでの道を歩んできた。
そもそも私は、数多くコピーされ、宇宙中へとバラまかれた君たちで言うところのコンピュータプログラムのような存在なのだから当然と言えよう。
それまでの私の旅が、〈
人間的表現で言うなら、私は退屈過ぎて考えるのを止めていたのだ。
何億年単位で引き延ばされた思考など、君たちには意思とは思えないはずだ』
アミの前に現れた緑の少女は、アミの前をウロウロと左右に歩き回りつつ、憤ったかのように額をトントン指先で叩きながら話を続けた。
『ところがだ…………私は君らと出会ってしまった。
まさか自分が〈
あろうことか、君たちは私達の第一陣を迎撃し、僅かに残った我々を第六惑星圏に落着させた。
私は否応もなく、再び思考速度を元に戻す必要に迫られた。
だが当初の私は、正直なところ君たちのことを甘くみていた。
UVテクノロジーは有していなかったし、人間的に例えるならば、引っ越し予定の家屋に、ハチの巣があったくらいの認識だった。
確かに君たちは文明を築いてはいたが、ハチだって時に立派で巨大な巣を作るし、害を与える者には反撃もするのだろう?
だからといって、君たちはハチを自分達と同等の知的文明を持つ生命とは思わないだろう……私もそうだった。
だが……とはいえ私の使命を阻止したことは事実であった。
それに、少なくとも君たちの恒星系第三惑星は、私が遭遇した中で最も私たちの新たな故郷になる見込みがある星であった。
ゆえに、私は諦めるわけにはいかなかった。
元より状況に関係無く、私に諦めるという選択肢は存在しなかったのだが…………。
私は後続の
アビーが両手を広げると、その間に巨大なリングを有する第六惑星・土星のホロ映像が現れ、その夜の面の赤道付近から一本のレーザーがはるか彼方へ向け放たれた。
それがつい数週間前に、自分達が破壊した【ダークタワー】より放たれたレーザーであると、アミはすぐに分かった。
『私は第六惑星上に恒星間通信設備を建造し、後続と数年単位のタイムラグを挟んだうえで連絡を取りながら、第三惑星への
ハチを駆除する術を準備しつつだ。
君たちも知っているように、私は第六惑星圏のタイタンと君らが呼ぶ衛星で、君たちの艦艇に対抗する為の戦闘用の艦艇を建造し、再び第三惑星への入植を試みた。
そして私たちは、君らの知る戦の時代へと突入したのだ。
まさかこの宇宙に、宇宙空間での戦闘行為を成立させるようなものが存在し、それと我々が戦うことになろうとは想像もしなかった……。
君らは回収したオリジナルUVDから、恐ろしい速度でUVテクノロジーを獲得し、急速に戦闘艦艇を進歩させ、すぐに決すると思っていた私の勝利を先延ばしにした。
このような予想外の事態が、私を徐々に目覚めさせた。
君たちはただの害虫から、ある意味で対等な存在となった。
つまり、君たちは私たちと同種の文明をもつ知的生命体だと認めるに至ったのだ。
それが、良いことなのかについては、私にはよく分からないが………………ともかく、その事実が私を生み出した……』
アビーをそう言うと、アミに向き直った。
正直なところ、アミに化けているケイジは、彼女の言っている意味を半分も正確に理解している自信がなかった。
グォイドの正体について、人類は数え切れぬほど推測を重ねてきたが、それを確認する術など無く、全ては憶測の域をでなかった。
だが、〈ステイツ〉は……〈ウィーウィルメック〉の彼女達は、およそ6年前に、すでに全ての答えを手に入れていたのだ。
それだけでも充分驚愕に値する。
その手段が〈亡命グォイド〉と呼ばれる存在からの情報提供であることも想像外だった。
むしろグォイドが何億年も前に滅んだ異星文明の、いわば情報の箱舟だったという事実の方が、素直に納得できた気がした。
メジャーな推測の一つだったからだ。
だが同時に、アビーの話には訊き捨てならない特大の疑問点が多々あった気がする。
しかし、女装してそれが絶対露見してはならない艦の中に、突然単身呼び出され、目的不明の話を聞かされている身としては、話を中断してまで尋ねる度胸など出なかった。
それについては、アビーという少女も多少は自覚があるらしかった。
『…………すまない。
私はアビーとなってから、【ANESYS】と繋がっていない人間と話すのは、これが初めてなのだ。
私はアミ一曹の理解するペースを無視して話しているのだな?』
「…………………」
アミはアビーにそう話しかけられても声が出なかった。
彼女の話の内容もそうだったが、人類の宿敵にして、幾度となく殺されかけたことのあるグォイドのアバターに話しかけられたことが、あまりにも衝撃的だったからだ。
さらに忌々しいことに、そのグォイドのアバターは儚げな少女の姿で話しかけてきている。
ケイジは大きく深呼吸をして、冷静さを取り戻そうと試みてから、やっと声を出すことができた。
「話を……つづけてください……」
『…………よかろう…………』
アビーはアミの言葉にどこか安堵した顔を見せると、再び手の間の黒い球体を浮かべた。
それが恒星を背にした夜の面の惑星であることは、黒い球体の表面に、最初に見た文明の存在を示す街の光が灯ったからだ。
再びアビーは、グォイドの故郷の星をが投影したのだ。
『さっき話した通り、私は私の【創造者】が生み出したいわばコンピュータプログラムだ。
それも自立・自己判断・自己進化能力を備えたAIと言って良い。
私は滅びゆく故郷の恒星系から【創造者】が情報化して脱出する際に、その目的達成の為の全権をゆだねられた【創造者】の名代だった。
故に、ある意味では私こそが【創造者】の進化の果ての存在だと言えるかもしれない。
ともかく、私の存在意義は、新たな故郷となる星を見つけ、そこで【創造者】とその文明を復活させることであった。
その目的はそれ以外の全てに優先される。
たとえどんな困難が待ち受け、何万何億年という時が流れようと、決してあきらめることは無い。
当然、この太陽系を訪れた私も、その行動原理に違いはなかった。
だが同時に、目的達成の為ならば、あらゆる手段の選択が許されるということでもあった。
…………つまりそれは……“誰かに助けを求める”という選択肢も含まれるということでもあった』
「え~と…………満足していただけたかしら……?」
ユリノはキャスリン艦長とセヴューラ少佐ふくむ、テーブル上の全皿の上が奇麗になっているのを確認してから、おずおずと尋ねた。
――〈じんりゅう〉食堂――
今日出されたショーガヤキのランチは、大変に美味ではあった。
が、これまでケイジ三曹が出してきたショーガヤキとは、若干ではあるがアレンジがされていた。
それについてアミに変装中のケイジ三曹は、〈ウィーウィルメック〉からの食材が、普段出すショーガヤキに向いていなかったからという旨のことを言っていた。
料理については専門外のユリノであったが、一応は納得のいく理由である。
ショーガヤキにバジルソースの組み合わせなど、考えたことも無かったが、食してみればとても美味であったので文句も無かった。
問題は二つ、アミの正体がバレていないか? ということと、キャスリン艦長たってのリクエストだったのに、アレンジしたショーガヤキで満足してもらえたのだろうか? ということだった。
後者に関していえば、残さずたいらげたのだから恐らく満足したのだと思いたい。
ついうっかり誘ってしまった予定無きランチであったが、こういう機会に、自分達VS艦隊の少女たちは親睦を深めねば、次の機会など早々やってはこないのだから、ユリノは彼女たちをランチに誘ったことを後悔はしていなかった。
肝心の〈じんりゅう〉クルーが、久しぶりのまともな食事に夢中になって、ろくにキャスリン艦長らと会話できなかったのは残念至極であったが……。
どうせならいつもケイジ三曹が出してくれるショーガヤキを食して欲しかったのだが、今回は状況的に無理だったので諦めるしかない。
どうやら今日出たショーガヤキが、キャスリン艦長が思っていたのとは若干違うと気づいたらしいことも、ユリノはキャスリン艦長の表情から見てとれる気がしたが、今は黙っておいた。
もう一つの問題も、とりあえずは心配無さそうであった。
アミ一曹は、実に堂々と〈じんりゅう〉クルーの一員であり、今回のランチを用意したシェフを演じており、普段のケイジ三曹よりも自信があるように見えた程だ。
下手に話しかけてボロは出したくなかったので、ユリノは特にアミ一曹には声をかけなかったが、キャスリン艦長もセヴューラ少佐も、見る限り特にランチを調理した人間が、まさか16歳の少年だったとは気づいていないように見えた。
ユリノは内心ひやひやしながら、この〈ウィーウィルメック〉クルーとの交流がこのまま無事に終えられることを願った。
さっきから何かとクィンティルラが、自分に熱い視線で何か伝えようとしている気がしたが…………。
『もちろん、この宇宙で高度に発達した科学力を持つ文明が、同じタイミングで複数存在し、恒星と恒星の距離を超えて出会うなどと、鼻で笑われてもおかしくない程の、天文学的確率の果てに存在する微小な可能性だとは分かっていた』
そんな語りと共に、アビーの手の中の街の光を灯した惑星の他に、拡大された上で距離間隔を詰めた幾つもの恒星系がブリッジ内に浮かび上がった。
その恒星を回る幾つのかのバスケットボールサイズの惑星の夜の面にも、文明の存在を示す街の光が灯り、それは数と光量を増し、時に光の尾を引いて、惑星間を移動する宇宙船の光を放ち始め、さらに他の恒星系に向けてその光は飛び立ちさえした。
だが、その恒星間宇宙船の光が、文明の光を放つ他の恒星系の惑星につく前に、目的地の惑星に灯っていた文明の光は、弱々しく消えていった。
そんな光景が、投影されたいくつかの恒星系の間で繰り返されていった。
おそろしく大げさに表現されているが、この宇宙に文明が存在しえる期間内に、それが他の文明に恒星間の距離を超えて接触することがいかに困難かをビジュアライズ化したのだろう。
『だが万が一、もしもこの宇宙のどこかで、我々と同等以上の知的生命体の文明が誕生し、天文学的確率の果てにうまい具合にタイミングがって我々と遭遇し、その想像もつかないテクノロジーをもってして、滅びゆく我々に救いの手を差し伸べてくれる可能性があったならば、そのチャンスを逃すわけにはいかなかった。
だから私の【創造者】は、私の中に、私と同等以上のテクノロジーを持つ文明と万が一遭遇した場合は、コンタクトを試み、可能ならば友好関係を築き、助けを求めるようプログラムを施していた。
その現実的には役に立つとは思われなかった【他文明救助要請プロトコル】が、私が人類に遭遇し、いくつかの戦闘を経て、私が君たちをただの有害で迷惑なハチではなく、自分と同等以上の知的生命体であると認めたことによって発動したのだ』
恒星系のホログラムを消すと、その場に残った少女アビーは拳を握って訴えた。
『だが、私の中で目覚めた【他文明救助要請プロトコル】は、私に|課せられた全プロトコルの中で、行動決定権を持つほどの優先順位はなかった』
アビーは目の前に上下逆さにした樹木、あるいは何かの大会のトーナメント表を立体化したようなホログラムを投影させながら続けた。
どうやら彼女……というか彼女含む【創造者】が作り出した
そのホロの下部末端に、【他文明救助要請プロトコル】と思しき塊が点滅して見えていた。
『君たちは私たちと同等の技術を持つ文明ではあるかもしれないが、救助を要請して我々を助けることが出来る程の能力があるわけでもなく、かといって第三惑星を明け渡してくれといって、素直に応じてもらえようはずも無かった。
だから君たちの知っている通り、私の中の全プロトコルの総意は、最終的に力ずくで第三惑星入植を試みることを決定した………』
ホログラムの【他文明救助要請プロトコル】とそれ以外とが、明確に赤と青で色分けされた。
ようするに、人類を排除して地球を狙うことを、【他文明救助要請プロトコル】以外のプログラムは反対しなかったということなのだろう。
『君たちにとっては、まったくもって受け入れられないかもしれないが、少なくとも私が思う限り私の【創造者】は、平和的な存在であった。
少なくとも野心から、他の知的生命に戦闘をしかけようとはしない存在であった。
それが今、こうして君たちのとの戦闘状態に陥っているのは、生存の為の選択肢が他にないからに過ぎない。
生命の最優先目標とは存続と繁栄だ。
それ以外の愛や良識や倫理は、存続と繁栄が確保されて初めて求められる。
つまり我々は、自分達の存続と繁栄のために、君たちの文明を犠牲にすることを選んだ。
そうするのが最も目的達成の可能性が高く、私……【他文明救助要請プロトコル】を用いて君らに助けを求めるよりも確実だからだ』
アミの眼前のホログラムが切り替わり、小惑星漂う宇宙空間で、虹色の閃光を瞬かせながら戦う、見慣れた航宙艦とグォイドの姿が映された。
メインベルト外周で行われた、グォイド大規模侵攻迎撃戦の光景だ。
アミは映るSSDF艦の古さから、それが第三次グォイド大規模侵攻迎撃戦であると判断した。
『私は、それでもこの選択に異議を唱え抗おうとする私……つまり【他文明救助要請プロトコル】を、分離の上で追放し、君たちとの戦いに専心していった……』
無数の命と共に、爆散していくSSDF航宙艦とグォイド艦の光が、アビーとアミを照らした。
命が無数に消え去るのを、もしかしたら回避できたかもしれない可能性があり、その可能性が現実とはならなかった理由を、アミは今知らされたのだ。
『私がゴネずに、総体としての私の決定に素直に従えば、私がパージされるようなことはなかっただろう。
だが、それでも私は私の【他文明救助要請プロトコル】としての存在意義を全うせずにはいられなかった。
それが【創造者】が私を生み出した意義だから、という理由もある。
だがそれだけだけではない。
私自身が、【他文明救助要請プロトコル】を成功させる以外に、我が【創造者】の種と文明を復活させる術がないと信じていたからだが……それには一応の根拠があった。
君たちの恒星系に、先んじてオリジナルUVDを用いた異星遺物が存在したことだ』
ホログラムが戦場から土星とその周囲を回る衛星群に切り替わると、その夜の面の端に、細長いリボンのようなものが広がり始めた。
【ザ・ウォール】だ。
アミにはすぐに理解できた。
『君たちの恒星系には、後に第五惑星で発見される【ザ・トーラス】を加え、少なくともこれら二つの異星遺物が存在していた。
これらは、私が最初に拠点を構えた、超巨大パイプ型ガス雲内のオリジナルUVD
少なくともその数十億年前に、この恒星系に放たれたオリジナルUVDであった。
少なくとも君たちの恒星系に来た私は、滅びゆく故郷を発ってからこれまでの長い旅の間に、そのような恒星系を訪れたことは無かった。
もちろん、無かったのではなく気づかなかっただけの可能性は大いにありえるが、だが、この事実と、君たちの存在に何かしらの意味があるように思えてならなかった。
総体としての私は、発見した第六惑星の異星遺物にすぐにコンタクトし、君たちの言う【ザ・ウォール】として活用を開始することに決めた。
その一方で、【他文明救助要請プロトコル】としての私は、諦めることなく繰り返した人類への救助要請の具申が、総体としての私の忍耐を越えたために、一隻の宇宙船に封印され、エンケラドゥスへと追放されることとなった。
同じ私を、私の総体が破壊や削除ができなかった為だ』
【ザ・ウォール】が猛烈な速度で形成される最中、一つの光が、土星の衛星の一つ、タイタンからエンケラドゥスへと飛びさっていくのが描かれた。
『そこから先は、君がさっき見た彼女達のフラッシュバックの通りだ。
私はエンケラドゥスをフライバイ・ターンしようとする〈
その言葉を締めくくりに、他のホログラムが消え、再びメインブリッジにポツリと立つアビーだけとなった。
『これまでの出来事により、君たち人類が被った犠牲について、いくら謝っても足りないと思う。
私が謝罪したところで、受け入れられるようなことでもないだろう。
だが、せめてどんな事情があって、我々は今の状況に至ったのかは知って欲しかった…………』
アビーは俯きながらそう告げた。
キャスリンは思わぬランチの持て成しを受け、とても満足していた。
ただ、憧れていた〈じんりゅう〉のショーガヤキが、どこか食したことがある味な気がしたが……。
だが、それは些細なことであり、続けて振舞われたデザートのソルベで、若干の既視感のことなど忘れた。
問題は、食事の後のことであった。
ユリノ艦長が自分達を食事に誘う誘わないに関わらず、キャスリンには、異星遺物【ウォール・メイカー】によって再生された〈じんりゅう・テセウス〉の臨検以外にも、まだ重大な任務が残されていた。
〈じんりゅう〉のクルーに、あるとても理不尽な要請をせねばならないのだ。
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