▼ 終章   『遠い宇宙《そら》の向こうに』 ♯3

 ――その同時刻――


 敵はグォイドだけではなかった。

 土星赤道上・太陽の光が真上から差し込む昼の面を、UVシールドと大気との断熱圧縮にともなう炎のヴェールをまといながら、東へと向かってひた走る。

 一度上空を通り過ぎてしてしまった標的【ダーク・タワー】を、再び己の射程に捕らえる為に、自分達は土星に舞い降りていた。

 そんな中、一隻、また一隻と僚艦が沈められていく。

 敵のテリトリーの中で、身も隠さず、行先も把握された状態では無理もない話であった。

 互いにUVキャノンの射程からは程遠かったが、UV弾頭ミサイルと実体弾は、問題なく使用できる位置と距離に自分達はいた。

 敵は自分達の進行方向前方に、そっと実体弾とUV弾頭ミサイルを撒けば良いだけだった。

 その中へ、自分達は否応も無く突入していくしかなかった。

 迎撃と回避運動は出来るが、それは敵の放つ実体弾とUV弾頭ミサイルの膨大な量の前では限界があった。

 一隻、また一隻と、途切れることなく沈む僚艦たち。

 それに敵はグォイドだけではなかった。

 自分達が再生と同時に受け取った、【ザ・ウォール】の崩壊時の慣性の速度が、もう一つの敵として立ちはだかっていた。

 秒速約1000キロは、土星の第一宇宇宙速度を大きく上回り、減速しようと思って即落とせる速度では無い。

 減速する方法は一つしかなかった。

 土星大気への強引な接触によって減速するのだ。

 自分達は接触とうより衝突に近い角度と速度で、土星大気圏に突入した。

 そして盛大な断熱圧縮によるプラズマの輝きを発しながら、恐ろしく強引に減速しつつ、土星の丸みに沿って赤道上を移動しようと試みる。

 グォイドの攻撃を食らうまでも無く、数隻の僚艦が大気圏突入時のストレスに耐えきれずに爆沈していった。

 自分たちは艦尾を進行方向やや上方に向け、盛大に減速噴射しつつ、同時に上空に向かっても噴射を続け移動を行っていた。

 さもなければ土星表層から引きはがされてしまうからだ。

 その行いは走るというよりは、土星留まろうとしているというべきかもしれなかった。

 艦首の彼方を猛烈な速度で擦過していく雲海が、衝撃波によって雲のウェーキ航跡となって、左右だけでなく上方にも雲を激しく巻き上げながら後方へと去っていく。

 この状態では敵のUV弾頭ミサイルの迎撃もままならなかった。

 また一隻の傷ついた僚艦が、ガス雲の奥底へと降下すると、上層のガス大気を下から持ち上げるようにして大爆発する。

 その爆発もまた、元々もっていた慣性がまだ宿っている為、赤道上のガス雲に、ひたすら前後に長大なバルジが誕生したかのようになる。

 だが自分達はその歩みを止めることは無かった。

 すべては目論見通りに進行していた、沈みゆく僚艦達もふくめて。

 約五年前の墜落、残骸状態からの突然の目覚めと再生に、多少の混乱は覚えたが、それでも自分の使命の実行に疑いなどもたなかった。

 たとえ蘇った直後に沈む運命を迎えたとしても、それで使命が果たせるならば、望むところであった。

 方法は変われども、自分達の存在意義は、人類を守り、その脅威となるグォイドを倒すことに変わりはない。

 己をとりまく状況の変化は、むしろセカンドチャンスとして喜ぶべきことであった。

 心優しき〈じんりゅう〉の人間の指揮官は、それでもこの作戦で犠牲となる自分達に、人間特有の申し訳ないという気持ちを抱いたらしい。

 が、その気持ちに対し、好感や誇りは抱けども、かといってこの作戦の実行を翻そうとは露ほども思わなかった。

 自分が誕生した目的を達成することは、自分が存在し続けることよりも優先される。

 機械とはそういう存在であり、それが自分たち元・土星本拠地殴り込み艦隊航宙艦AIの総意であった。

 悲しいことではあったが、同時に再生された自分達に生身のクルー達が乗っていなかったことを、沈みゆく航宙艦のAI達は幸いに思った。

 もし誰か一人でも乗艦していたら、このマニューバは実行に支障をきたしていたかもしれない。

 だが、幸か不幸か再生されたのは自分たちだけだった。

 だから心置きなくこの一見無謀なマニューバを実行できた。

 上方から照らす陽の光は、ものの数分で後方へと去り、再び土星の夜の面へと突入する。

 陽の光が去ったことで、己を包む炎のヴェールや、彼我の放つUV弾頭ミサイルの軌跡や、それや実体弾によって沈められる仲間たちの爆発が、土星の夜の面の西側の暗闇に、細く長大な光の真一文字を描いていった。

 グォイドからの迎撃は、大気との接触を用いた減速が進行するにしたがい、命中精度をあげ、僚艦達の損耗も増してゆく。

 だが、残り数隻と言うところで、土星の水平線の彼方に【ダーク・タワー】の姿と、その先端から夜空に浮かび上がる減速用レーザーの光刃を視界にとらえることができた。

 グォイドの猛攻撃に、最後の一隻となった土星大気上層のSSDF航宙艦AIは、そのことに大いに満足した。

 そして大気圏に急降下したところで敵実体弾の直撃を受け、大爆発しながらも、慣性の続く限り【ダーク・タワー】への前進を続け、土星の表層大気に【ダーク・タワー】へと続くバルジを作り続けた。







 土星圏のグォイド総合意識が異常に気付いたのは、【ダーク・タワー】西側の数百キロ手前で、ようやく最後の一隻と思しき敵航宙艦を破壊し、その爆発を確認してから数十秒ほど経過してからであった。

 元から殲滅することに疑いは抱いてはいなかった。

 ここはグォイドのテリトリーの中心であり、防御兵装の数は、今の数十倍の規模の敵艦隊が襲来してきたとしても殲滅が可能だ。

 だからグォイドはこの完璧な勝利に充足感を覚えても良かった。

 だが実際に感じたのは、むしろ不信感の類であった。

 敵艦隊は、【ザ・ウォール】の崩壊に乗じて土星【ダーク・タワー】への肉薄を実現した。

 それも最初に陽動と思しき部隊を割くという策まで労してだ。

 そこまで出来たのならば、土星の【ダーク・タワー】を攻撃し破壊することなど、この手段では無理だと事前に分かりそうなものだ。

 にも関わらず、敵艦隊は土星赤道を四分の三周し、【ダーク・タワー】の西側から攻撃圏内に突入しかける過程で殲滅された。

 その結果、【ダーク・タワー】西側へと続く土星赤道大気上には昼の面を横断するようにして、敵艦やUV弾頭ミサイルの爆発によってかき混ぜられたガス大気が、およそ28万キロにもなるミミズ張れのように長大なガス雲のバルジとなって誕生し、そして戦闘が終わった今、ゆっくりと霧散し、重力に引かれ沈んでいく。

 敵艦が猛烈な速度で土星大気表層を移動中に爆発した為、その後も慣性速度が赤道に長い長い痕を残したのだ。

 土星に、再び元の静けさが返ってこようとしていた………………はずだった。

 グォイドはその時になってようやく、沈みかけていたガス雲のバルジが、最後の航宙艦が破壊されたにも関わらず、一向に沈まず、霧散もせず、それどころか再び隆起しだしたのに気づいた。

 それは人間の時間感覚で言えばほんの数秒の誤差でしかなかったが、十分過ぎる程に致命的であった。

 グォイドの総合意識はようやく気付いた。

 雲海の下、奥底から何者かが接近してきている。

 敵の本命は今殲滅した艦隊では無い、敵の本命の攻撃部隊は、今殲滅した艦隊の直下を潜航しながら随伴することで、発見されずに【ダーク・タワー】の目の前まで来ようとしていたのだ! と。

 グォイド総合意識は慌ててガス雲のバルジの奥底にいるであろう敵の本命攻撃部隊に向かって、めくら撃ちに近い形で実体弾とUV弾頭ミサイルを【ダーク・タワー】防衛設備から放った。

 【ダーク・タワー】からの距離的にいって、回避は困難なはずであった。

 しかし、放たれたそれらは、10発にも満たない数のみであった。

 敵の規模次第ではその数ではとうてい足りない。

 だがそれ以上撃ちたくとも、【ダーク・タワー】の西側にある防衛設備のUV弾頭ミサイルと実体弾は、先の迎撃行動で撃ち尽くしてしまっていたのだ。

 もちろん、数分あれば備蓄から補充はできる。

 だが、この瞬間だけは残りのUV弾頭ミサイルと実体弾を撃ち尽くした後は、出来ることは何もなかった。

 先刻殲滅した敵艦隊は、この状況を作り出す為に、自ら撃破されたのだ……そう気づいても、もう後の祭りだった。

 次の瞬間、ガス雲表層にガスの飛沫を盛大にまき散らし、雲海の奥底でUV弾頭ミサイルが爆発した。

 だが、グォイド総合意識はそれで敵が倒せたとは、どうしても確信がもてなかった。









 ――その数分前――


「やっぱり……無茶だったかしらァッ!?」

『ユリノ艦長~! 今更それは言うかぁッ~!』


 耳からシェイクされた脳みそがこぼれ落ちそうに思う程、すさまじい振動と轟音が〈じんりゅう〉バトル・ブリッジを襲う中、ユリノのぼやきを耳ざとく聞いていたフォセッタが、わざわざ通信音声で声を張り上げて抗議してきた。


「他に手段は無いのフォセッタ中佐!

 それに……ガス雲を航行することにかけちゃ、ウチのフィニィの操艦技術は大したもんなのよ!」

『ほ……ホントにぃ!?』

「うわぁ~ん! 艦長! 勝手にボクのハードル上げないでぇ!」

「そうだ艦長! オレも操舵してることを忘れるなぁ!」


 ユリノのフォローに、フォセッタの疑わし気なリアクションに加え、操舵席の二人から抗議が返ってきたがユリノは無視することにした。

 今となっては遠い昔に思えるが、フィニィとクィンティルラは約二か月前の木星での騒動で、恐らく人類で唯一のガス惑星深深度大気下で航宙艦を飛ばした経験のある操舵士なのだ。

 彼女達以上のガス雲下航行経験と技術を持つ人類などいない。

 ユリノは彼女達の腕を信じていた。

 ……とはいえ無茶な作戦だった。

 だがユリノは仮に【ANESYS】が使えたとしても、これと同じ結論に達していただろうと確信していた。

 このマニューバは、これしか【ダーク・タワー】の防衛設備を潜り抜けられないというだけでなく、この手段でしか【ダーク・タワー】に向かえないからだ。

 主な理由は、【ザ・ウォール】崩壊時に〈じんりゅう〉以下の再生SSDF艦隊が受け取っていた速度とベクトルだ。

 秒速1000キロの慣性速度は、土星の重力に捕まえてもらうにはあまりにも速すぎた。

 再生SSDF艦隊は【ザ・ウォール】崩壊と同時に、【ダークタワー】のはるか上空を通過し、土星の右側を掠めるコースで放り出されたわけだが、そのまま土星から離れずに、土星を四分の三週して再び【ダーク・タワー】に向かう為には、土星大気を利用して減速するしかない。

 〈じんりゅう〉と〈アクシヲン三世〉他、十数隻からなる【ダーク・タワー】攻撃部隊主力は、陽動部隊第二波と同じく、土星大気にほぼ衝突するようにして突入することで、減速することに成功した。

 ただし、陽動部隊第二波のように土星赤道部表層ではなく、土星赤道直下のガス大気奥深くにだ。



 ――土星赤道直下・深度12キロ――



 メイン・ビュワーに視線を戻せば、本来であれば陽の光の差し込まぬガス大気奥底の暗闇が、当然のように再生〈じんりゅう〉のメイン・コンピュータに保存されていた位置情報視覚化LDVプログラムによって、明るく照らし出されていた。

 木星ガス大気の奥底でのグォイドとの戦闘時に、【ANESYS】によって構築されたプログラムは、土星でも問題なく使えたようだった。


「〈じんりゅう〉及び攻撃部隊主力艦……順調に予定コースを航行中! 減速率20%!」

『これでもかっ!?』

「一応、こんな乗り心地でも手はず通りではあるんだぜぇい」


 フィニィが叫ぶと即フォセッタが訊き返し、クィンティルラがフォローした。

 ガス大気を航行しているが故の、宇宙を航行していたならば、とうてい味わうことがないはずの振動と轟音にさらされているのだから、フォセッタが訊き返すのも無理なかった。


「引き続き陽動部隊第二波への敵迎撃弾到達中! 被害甚大の模様デス! 損耗率30%!」


 駆逐艦を間に挟んだリレーデータ通信により、〈じんりゅう〉に届いた陽動部隊第二波の状況をルジーナが伝えた。

 直後に新たな陽動部隊第二波の航宙艦が撃破され、その衝撃波が大気を伝播して〈じんりゅう〉を引っぱたいたかのように揺さぶった。

 〈じんりゅう〉および〈アクシヲン三世〉他の攻撃部隊主力は、グォイドに察知されずに【ダーク・タワー】に接近すべく、土星大気上層を飛ぶ陽動部隊第二波の直下、深度12キロに潜航し、並走するという策にでた。

 もちろん容易なことでは無い、無茶で無謀だった。

 絶対守らねばならない上に、巨大で機動性も他艦に比して圧倒的に劣る〈アクシヲン三世〉と共に、無事土星大気圏内に突入することがまず不可能に近かった。

 深深度の大気圧に関しては、〈アクシヲン三世〉搭載のオリジナルUVD由来出力で展開したUVシールドでなんとか耐えられたが、大気圏突入時の衝撃まではそうはいかなかった。

 この難題に対し、彼女達は陽動部隊第二波の土星大気への突入を目くらましにしつつ、その突入直後に、先んじて大気圏への衝突で意図的に爆沈した艦の爆発をクッションにすることで、なんとか無事に土星ガス大気下深度12キロへの突入を果たしたのであった。

 と同時に、潜航した攻撃部隊主力先頭の〈じんりゅう〉は、オリジナルUVD由来出力のUVシールドを進行方向に展開し、後続の〈アクシヲン三世〉他の艦への大気抵抗を適度に減衰させる。

 さらに残る攻撃部隊主力の航宙艦10数隻が〈アクシヲン三世〉にスマートアンカーを用いて曳航、〈アクシヲン三世〉の巨体を引っ張るようにして無理やり減速を補助し、強引極まりなく土星深深度につなぎ留めた。

 この時、全艦は艦尾を進行方向斜め上方向に向け、全推力でリバーススラストをかけている。

 さながらドリフト走行でカーブを攻めるレースカー群を、90度傾けたような光景が、土星のガス大気の奥深くで繰り広げられていた。

 こうして攻撃部隊主力は、土星の第一宇宙速度を超えるスピードでありながら、上空の陽動部隊第二波の真下を猛スピードで減速しながら並走し続けていたのであった。

 これによりグォイドが赤道上空から観測するかぎり、攻撃部隊主力は、陽動部隊第二波の影になって接近中であることが露見することはない。

 深深度を猛スピードで攻撃部隊主力が航行することで、進路上の大気が盛大に大気表層へと巻き上げられるが、それは陽動部隊第二波の航行に伴う衝撃波の拡散と、グォイドの攻撃で撃破された際の爆発でごまかされていた。

 陽動部隊第二波は、攻撃部隊主力の航行に伴う大気の隆起を、自ら撃破されることで隠しおおせたのだ。


「陽動部隊第二波の先頭艦よりの、【ダーク・タワー】観測データを受信!」


 ミユミの報告。

 同時に〈じんりゅう〉上空をやや先行して進む陽動部隊第二波から、【ダーク・タワー】を捉えた映像がビュワーに映された。


「でっか!」


 思わずケイジがそう漏らすのが聞こえた。

 ユリノもまったく同意見であった。

 ビュワーの画面を、大陸とまではいかないものの、日本列島の三分の一はあろうかという人口の浮遊物体が埋めていた。







 同心円状のリング状物体からなる巨大な円盤部の上下に、無数の骨組みで出来た円錐が伸びた物体……それが間近で見る【ダーク・タワー】だった。

 その上部構造物は、すでに【ザ・ウォール】に墜落する前の〈じんりゅう〉で観測済みであったが、ガス雲で隠れたその下部をこの至近距離から映像確認するのはこれが初めてであった。

 まるで巨大な鳥かごか、巨大な傘の骨組みのお化けだった。

 実際、この巨大サイズの物体を土星の重力下で建造維持するとしたならば、このような骨組みでできたスカスカの物体になると予想はされていたが、間近で見るその迫力に、ユリノは他のクルー共々圧倒された。

 まだ距離があるにも関わらず、巨大ゆえにビュワー画面を埋めてしまいそうになっている。

 問題は、どうやってこの巨大極まる構造物を破壊するかであった。

 恐らく巨大な円盤部が無数のUVDを内蔵したGキャンセラーであり、それによって土星の高重力に抗っているのだろう。

 【ダーク・タワー】が巨大な理由の大半はその巨大さを、ガス大気に対する浮力にするためなのかもしれなかった。

 円盤の下部に伸びる骨組みは、上方のタワー本体とバランスをとる為の重りの役割のようであった。

 これらは見た限り、攻撃部隊主力の火力で攻撃したところで、巨大故に焼石に水にしかならないように思えた。

 一部を破壊したとしても、すぐに予備機能がダメージ部を補填するに違いない。

 骨組みでできた上方円錐部も同様だ。

 一部を破壊したとしても【ダーク・タワー】を倒壊させることは難しそうだった。

 中心部にはレーザー発振器と思しきピラーがそびえていたが、それもまた太さは数10キロはあり、破壊は難しそうだった。

 【ダーク・タワー】は巨大さと複雑さで、容易には破壊されぬようできているのだ。

 ユリノ達は残り数分で、この【ダーク・タワー】のいずこかを攻撃し、破壊させねばならなかった。

 もちろんセカンドチャンスなどない。

 しかし、その望みは一見達成不可能に思えた。

 しかし……、


「艦長、見つけたのです!

 【ダーク・タワー】中央のピラーの左側、ピラー基部北部に、もう一つの小ピラーを発見! 上部先端から伸びるワイヤーで、中央ピラーの上部と繋がってる模様!

 ケイジ三曹の予測通りなのです!」


 シズがはじかれた様に報告した。

 ユリノもまた、それを聞きながらビュワーで確認していた。

 確かに、シズが言う通りビュワー中央にそびえるレーザー発振用ピラーの根元から、もう一本、中央ピラーの三分の一程の太さの小ピラーが斜め上方へと生えていた。

 ユリノは思わず機関コントロール席のケイジを見た。

 この事実は、彼が先んじて予測していたことだったのだ。

 あまりにも太く、視界を占めているために実感がわかないが、【ダーク・タワー】は土星の南方向に傾いてそびえている。

 土星は公転軌道がやや傾いているため、赤道やや南部にある【ダーク・タワー】がまっすぐにそびえていた場合、黄道面から来る【グォイド増援光点群】を狙えないためだ。

 ゆえに【ダーク・タワー】は南方向に減速用レーザーをやや傾けて発射する必要があり、砲身である中央ピラーもまた傾いているのだ。

 そしてこれほどの巨大構造物を、土星重力下で傾いたまま維持し続けることは当然容易ではない。

 この難題に対し、グォイドは力学的にもっともシンプルな手段で解決を試みたようであった。

 中央ピラーの傾きの反対方向に、もう一本のやや小さい柱を立て、その先端同士を強靭なワイヤーで結び、小ピラー側からそのワイヤーを引っ張ることで、中央ピラーの先端を重力に引かれて下がらないように支えたのだ。

 ケイジはこの事実を、【ダーク・タワー】が【グォイド増援光点群】への減速用レーザーだとシズが予測した時点から、【ダーク・タワー】が傾いているに違いないと判断し、さらに惑星重力下などで使われている作業用重機・クレーンの構造から連想し推察したのだという。

 【ダーク・タワー】の各所は、その巨大さゆえに予備機能が働いて破壊は困難であったが、ケイジが予測し、実在していた小ピラーに予備は無い。

 つまり……。

 ユリノが見つめる中、視線に気づいたケイジが、思わずユリノの方を二度見し、それから顔を赤くすると、目で「言った通りでしょ!」と訴えた。

 ユリノはケイジを猛烈に抱きしめたい衝動にかられたが、今はそれどころではなかった。

 ビュワーに映る【ダーク・タワー】の映像が、唐突に途切れたのだ。


「陽動部隊第二波、殲滅された模様デス!」


 ルジーナが即座に映像が途切れた原因を報告した。

 これで【ダーク・タワー】のデータを受信することはできなくなってしまった。

 が、もう間もなく〈じんりゅう〉自身で【ダーク・タワー】を捕捉できるはずだ。

 ユリノは大きく息を吸い込んだ。


「攻撃部隊主力全艦、攻撃用意!

 目標、【ダーク・タワー】基部北側にそびえる小ピラー先端部! 全艦全火力をもって射程に入り次第攻撃を開始せ――」

「実体弾! UV弾頭ミサイル接近!」


 ユリノの指令を、フォムフォムの報告が遮った。


「我が部隊への命中コース!」


 一瞬絶句するユリノに、フォムフォムが聞いたことも無いような切羽詰まった声音で付け加えた。

 同時にブリッジ内に張り響く警告アラームと共に、反射的に睨んだ総合位置情報図スィロム内を、赤く明滅する複数のアイコンが、画面中央の攻撃部隊主力に向かって殺到していくのが確認できた。

 

 ――せっかくここまで来たのにぃ! ――


 一瞬、激しい憤りが思考を染め上げる。

 ユリノはついに攻撃部隊主力が発見されたことを確信した。

 気づかれずに【ダーク・タワー】に接近できたものの、ここまでだったようだ。


「全艦対宙迎撃! 回避行動! ……ッ」


 ユリノは1秒にも満たない逡巡の後に叫び、それかさらに0.1秒にも満たない躊躇の後に続けた。

 

「フィニィ! クィンティルラ!」


 操舵席の二人は、名を呼ばれただけでユリノの意図に気づき、〈じんりゅう〉を移動させはじめた。


『おい〈じんりゅう〉何するつもりだ!?』


 〈じんりゅう〉の移動に気づいたフォセッタが、慌てて尋ねてきた。

 直後に、まず敵の放つ実体弾が攻撃部隊主力に到達し、〈アクシヲン三世〉をスマートアンカーで曳航していた駆逐艦一隻を貫き爆沈させた。

 が、奇跡的にも被害はそれだけだった。

 実体弾は各艦のUVシールドを掠めはしたが、それだけだった。

 実体弾を放った夜の面の土星リング外縁部・実体弾投射砲群が、到達した【ザ・ウォール】の破片群による混乱から復帰していなかったからのようだった。

 しかし、続いて飛来するUV弾頭ミサイルはそうはいかないようだった。

 攻撃部隊主力から放たれる必死の対宙レーザーと迎撃ミサイルが、UV弾頭ミサイル群を撃ち落とさんとする。

 が、この環境下、この距離、この時間で全てを撃ち落とすのは不可能だった。

 そしてUV弾頭ミサイルの直撃を受けたならば、いかにオリジナルUVD由来出力のUVシールドを展開していても無意味だった。

 一発のUV弾頭ミサイルが、迎撃を潜り抜け、もっとも巨大な的である〈アクシヲン三世〉に向かって飛翔した。

 が、その手前に割って入る艦があった。


『おい! 〈じんりゅ――――』


 ユリノはフォセッタの叫びが聞こえたような気がしたが、続く轟音にかき消されて確信が持てなかった。

 ただ、〈アクシヲン三世〉が守れたのならそれで良かった。

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