▼第七章  『土星(圏最果て)の人』 ♯4

 小惑星が無数に漂う宇宙を、デタラメな速度と機動で駆け抜ける……。

 ……そんな夢をまた見ていた気がしたのだが、胸に温かさと重たさを感じて目が覚めた途端に、その夢についての記憶は霞のように消えて無くなった。

 代わりに、自分が何故どこで、どうやって睡眠に至ったのかが猛烈に気になりだしてくる。

 ゆっくりと瞼を上げると、馴染みの無い天井が自分を見下ろしていた。

 シャトル・スクールバス内の天井だと思い至るのに、数秒を要し、同時に眠りにつく前の記憶が急激に蘇って来た。



 凍え死ぬ寸前で、夜逃げ中の自分たちの元へのヒューボ二体の到着が間に合ったのだ。

 ケイジはその日の移動を始める前の数日間の移動で、電力の予想以上の消費により、ヒューボとの合流前にシズ大尉と自分の宇宙服のヒーターに回す電力が尽きる可能性に思い至っていた。

 そこで耐真空テント・呼吸用エア・リサイクル装置BAR・使い切ったバッテリーとボンベ等々、もう使わない積み荷を捨て去り、リアカーを可能な限り軽くすることで移動速度を上げようと試みたのであった。

 さらに二人の宇宙服のヒーター温度を、凍死しないギリギリの温度に設定することで電力消費を抑えようとした。

 シズ大尉には気休め程度だが、毛布代わりに持ってきた遮熱ブランケットをマントのように羽織ってもらい、赤ずきんちゃんならぬ銀ずきんちゃん的な姿で寒さに耐えてもらうことにした。

 彼女の疲労が限界に達しそうに見えると、リアカーの荷台に乗っても良いですよ、と何度も言ったのだが、彼女は頑なに固辞した。

 ケイジは今の状況で荷台で彼女が寝てしまったら、それこそ凍死して目覚めないかもしれないと思い、共にリアカーを押し続けてもらうことにした。

 ケイジ自身も、いかに死にいたる前にヒューボが来ると分かっていたとしても、心身ともに過酷な移動であることには変わり無かった。

 仮に、無事にシャトルまで行けたとしても、そこから先、越えねばならない苦難は余りにも多い。


 ――自分達は、すでにもう敗北してしまっているのではないだろうか? ――


 どうしてもそんな考えが浮かんでしまう。

 〈じんりゅう〉を失った自分達が、仮に目先の逆境を乗り越えて生き延びたとして……それが何になるとうのだろうか? と。

 自分達がこんな状況に至ってしまった謎は、そのほとんどがまだ謎のままだ。


 オリジナルUVDが見せたと思しき〈びゃくりゅう〉の夢の意味も。

 土星にそびえていた【ダークタワー】の存在意義も。

 ここ【ザ・ウォール】の存在理由も。

 最後に行った【ANESYS】が残した“例の場所”に行けという指示の意味も。


 それらの謎がまだ一つも解けてはいない。

 ケイジは黙々と脚を動かしながらも、その事実に打ちのめされそうになっていた。

 その最中、なんとかヒューボとの合流は間に合った。

 地平線の無いここでは、だいぶ前からアウター外側ウォール上をこちらに向かってくる姿が見えはしていたのだが、見えるにも関わらず一行に近づかないので、逆に不安になっていたのだ。

 ヒューボとの合流さえできれば、あとは宇宙服のバッテリーをヒューボが持ってきた物と交換し、二人はリアカーの荷台に乗って、のんびりとヒューボにスクールバスまで運んでもらえば良かった。

 ヒューボは休憩なしでケイジが引っ張るより遥かに速く移動し、数時間で一気にスクールバスまで辿りついてしまった。

 とはいえ、それまでに猛烈に疲労していたことは変わり無く、ケイジはスクールバスの中でカオルコ少佐とルジーナ中尉に再会後しばらくして、気絶するようにスクールバスのキャビンで眠ってしまったのであった。

 その前に、再会するなり熱烈なハグをしてきたカオルコ少佐とルジーナ中尉に『……臭い』と遠まわしに言われ、ケイジは軽く傷付きながら、大量にルジーナ中尉が積みこんでおいたというウェットシートで、装甲宇宙服ハードスーツから常装服のツナギに着替えるついでに久方ぶりに身体を拭いたのだった。

 ここまでの日々を考えれば、身体が臭うのも当然だった。

 女子が臭いに敏感であることを、ケイジはその時になってようやく思い出した。

 それからカオルコ少佐に『ここに着くまでの間、シズに何もしてはいないだろうな?』本気なのか冗談なのか分からない声音で訊かれ、ケイジは焦りながらも“もちろんです!”と答えると、今度はルジーナ中尉に『え~! 何もしてあげないだなんておシズ殿がカ~ワ~イ~ソ~オ~~!』と責められ、ケイジは――り、理不尽……――と思ったことを思い出した。






「よう、目が覚めたか……まだ無理に起きなくても良いぞ……それに――」


 そうカオルコ少佐の声が聞こえてきて、ケイジは脚の筋肉痛に耐えつつ上体を起こしかけたところで固まった。

 何か胸の上が重たいなと思っていたら、艶やかな黒髪の頭頂部が乗っかっていたからだ。


「――それに……シズがまだ寝てるからな、そこで・・・


 ケイジカオルコ少佐に言われて、その頭頂部がシズ大尉の頭であることに気づいた。

 どうやら隣で寝ていて、寝返りをうっている間にそうなってしまったらしい。

 ケイジはそうであってくれと願いながら、カオルコ少佐の声がする方に首を捻り、すぐ傍に立っていた彼女に、寝ているシズ大尉を起こさないよう声を殺して助けてと目で訴えた。

 仁王立ちしていたカオルコ少佐はフムンと溜息を洩らすと、シズ大尉をおこさないようそっと抱きあげ、スクールバスの床に敷いてあったマットの上に戻した。

 ケイジはその瞬間、軟式簡易宇宙服ソフティ・スーツ姿のカオルコ少佐を、彼女の足元の真下から見上げた光景に、雷にでも打たれたかのような衝撃を受けたのだが、あまりに衝撃低過ぎて逆に思考から消え去ってしまった。


「…………まぁ、起きたいと言うなら止めはしないけれど……」


 ケイジはシズの頭が退かされるなり、上体を跳ね上げたケイジを見て告げた。


「お前さんがリクエストしてきた作業は順調だ。さっそく確認し…………大丈夫か?」


 カオルコ少佐が、顔を真っ赤にしているケイジに尋ねてくると、ケイジは首を震えるように縦にふって答えた。


「ま、とりあえず歯磨いて顔洗え、それから食事しながら進捗具合を説明しよう……シズもな」


 カオルコ少佐は、結局目を覚まして、ケイジの隣で目を擦りながら起き上がったシズ大尉に向って告げた。

 






 ケイジはリアカーを引いての夜逃げ的徒歩移動で、クルーらと合流しつつ皆で〈じんりゅう〉まで辿り着くのは、現実的に不可能だと、自分達が実行してみている最中から気づいていた。

 そしてもし、自分達クルー全員が揃って〈じんりゅう〉まで行き、そこから“例の場所”に辿り着ける手段があるとしたら、それはシャトル“スクールバス”が鍵になるとも思っていた。

 シャトル“スクールバス”はレーザー通信でカオルコ少佐から聞かされた情報によれば、推進剤も推進用UVエネルギーも残っておらず、もう飛び立つことはできないという。

 だが小型核融合炉はまだ生きていた。

 それは消費する一方のバッテリーしかない脱出ポッドと、ユリノ艦長とミユミがいる緊急脱出ボートに比べ、圧倒的なアドバンテージであると言えた。

 とりあえず核融合炉があれば無限の電力が使い放題であり、シャトルのキャビン内で暖房が切れて凍え死ぬ心配はもういらない。

 それだけではなく、水も呼吸用エアのリサイクルも、ペースに限界はあるが心配はもういらないということになる。

 ならば、皆でこのシャトル“スクールバス”に乗って移動する以外にないと、ケイジは考えずにはいられなかった。

 スクールバスの核融合炉は、UVキャパシタを稼働させる為の電力供給源として、また熱核ロケットエンジンの動力源として搭載されている他、機体の各種機器を稼働させるのに用いられている。

 ケイジは当初、大気圏内ならば大気を吸い込んで、自前で推進剤を精製して大気圏離脱できるというスクールバスに搭載されている機能を活かそうと考えていた。

 確かに推進剤は使い切っていたが、飲料用に確保されている水も、大気圏で生成する推進剤と大して粗製は変わらず、今ある飲料水を総動員すれば、核融合炉の無限のパワーで力任せに一瞬でもスラスターを噴射させ、スクールバスを前進させることができるかもしれない。

 一度前進させられれば、噴射が終わった後でも、アウター外側ウォール上を滑走し、慣性で緊急脱出ボートくらいまではいけるかもしれない。

 だが、この手段はあまりにも賭けであった。

 飲料水は食糧以上に生命維持に必要な物資であった。

 人は水分補給が出来ないと三日で死に至るという。

 再調達の見込みも無いまま飲料水を使い切るのはあまりに危険だし、仮にスクールバスが動かせても、途中で止まったり、目的地を反れたりする可能性もある。

 まずは前方にいる緊急脱出ボートから、ユリノ艦長とミユミをピックアップせねばならないが、その後で再発進する術があるかは怪しいし、止まらずに彼女らに動いているスクールバスに駆け込み乗車してもらうのも現実的とは言えない。

 故に飲料水を推進剤にする手段はプランBとすることにした。

 ならば……残された選択肢は一つだ。






『さてと……お前さんの指示通りに、わたし達で出来る限りの作業は進めておいたのだが――』


 機内にある使い放題・・・・の電子レンジによって、久しぶりの温かな食事をかきこむと、ケイジはシズ大尉と共に、宇宙服姿となってカオルコ少佐に続いてスクールバスの外へと出た。


『余計なことをしていないと良いのだが……』

「…………」


 自信無さ気に続けるカオルコ少佐に、ケイジはしばし返答の言葉が出てこなかった。

 ヒューボに引っ張られてスクールバスに辿り着いた時は、疲労困憊で確認どころではなかったのだが、今改めてスクールバスの変わりようを見てみると、すぐには言葉が出てこなかったのだ。

 ケイジはカオルコ少佐とルジーナ中尉に、自分達が到着するまでの数日の間にシャトル“スクールバス”を、搭載されている工具を用いて、可能な限り軽量化して欲しいと頼んだのであった。

 どんな手段であれ、スクールバスで移動するならば、無駄な重量は減らしておくにこしたことは無いからだ。

 ケイジとシズ大尉がリアカー夜逃げ移動をしている最中、カオルコ少佐とルジ―ナ中尉と残されたヒューボ二体により、シャトル“スクールバス”からはケイジの指定の元、機内の気密、暖房、電気機器等々の生命維持と、核融合炉関連以外で、もう使用されることの無くなったシャトル内外のパーツが豪快に取り外されていた。

 結果、シャトル“スクールバス”はただのスクールバス・・・・・・になっていた。

 機体下面で胴体と一体になっている主翼は、思い切り良く胴体部の根元から切断されていた。

 もちろん垂直尾翼も機首ベクタードスラスターも尾部メイン・ベクタードスラスターも、主翼ごと切り離され、アウター外側ウォールの上に転がっていた。

 機首のレドームも切り飛ばされ、丸い穴が機首にぽっかりと開いていた。

 機体内部からはコックピット部以外の座席が外されて、外に転がっている。

 機体の下では、ルジーナ中尉がヒューボと共に機底部耐熱タイルを剥がす作業を実行中であった。


『ヤッホ~! ケイジ殿~おシズ殿~! お目覚めデスな?』


 無駄にテンション高めのルジーナ中尉が、ケイジ達に気づくなり手を振った。

 ケイジは――ああ、物をぶっ壊す快感に目覚めちゃったんだな――とルジーナ中尉を見て思った。

 ケイジは無責任に物を壊すのって楽しいよね……と彼女に共感しつつ、ルジーナ中尉の足元に落ちている無数のタイルに軽く引きながら、すばやくスクールバスの外観と、周りに転がっている外されたパーツ類を確認した。


「……多分、多分大丈夫…………だと……思いますけどぉ……」


 ケイジはカオルコ少佐の問いに、今頃になってやっとそれだけ答えた。

 ケイジの目論みが上手くいくという保証は無いが、もう後戻りは不可能だった。






 ――それから約20時間後……〈じんりゅう〉墜落から7日目――。






「ホントに…………来た……」

「ケイちゃんの言ってたこと……マジだったんですね……」


 ユリノがもう何度目かも分からない台詞を再度繰り返すと、背後にいるミユミもまた何度も繰り返してきた相槌をうった。

 辛うじて後方を見ることができる緊急脱出ボートの窓に、二人揃って頬を押し付けながら、ユリノ達はアウター外側ウォール上をとろとろと走行してくるスクールバスに見入っていた。


「ホント……まじスクールバスですね……」


 ミユミがしみじみと、なおかつ心底呆れたように呟くと、ユリノはうなづく他無かった。

 最初は小さな白く四角いシルエットにしか見えなかったシャトル“スクールバス”であったが、どんなに遠くに思えた未来でも必ず訪れるように、気がつくともうディティールが肉眼で判別できるサイズになっていた。


『おいユリノ~出発の準備は出来ているか~?』


 カオルコの陽気といって良い通信音声が響き、ユリノはハッと我に返えった。

 ケイジ少年らの尽力により、緊急脱出ボートから墜落した〈じんりゅう〉までの移動はもちろん、そこから“例の場所”までの移動手段の心配は無くなった。

 ならばカオルコ達と合流し次第、直ちに〈じんりゅう〉に向うに越したことは無かった。

 これまでは自分達のサバイバルと合流で手一杯であったが、それらの問題が解消されたならば、一刻も早く〈じんりゅう〉に向い、船体に残ったサヲリとフィニィ、それとサティの無事を確認せねばならない。

 ユリノは自分の節操の無さに多少自己嫌悪に陥りながらも、今か今かとスクールバスの到着を待ち続けていた。

 ユリノとミユミはスクールバスが到着次第、再会の喜びと共に一休み……などという時間の浪費はせずに、さっさと使える緊急脱出ボート内の物資と共に乗り込み、〈じんりゅう〉へ向け再出発する手筈となっていた。





 レーザー通信により逐次報告された内容によれば、ケイジ三曹はシャトル“スクールバス”の着陸脚にあるタイヤに、半ば無理矢理モーターによる動力を伝えることで回転させ、スクールバスをアウター外側ウォール上を走行する車両・・に改造したのだという。

 

 ――いや、そうは言われても……――


 ユリノは自分の目で見るまで、イマイチ信じられなかった。

 いくらSSDFの機器という機器が可能な限り規格が統一されているとはいえ、言う程簡単な行いでは無いはずだ。

 第一モーターの動力をタイヤに繋げた云々というが、モーターはどこから手に入れたというのか?

 だが、ユリノの懸念を余所に現実となってスクールバスはここまで来た。

 完全に把握しているかは怪しいが、ユリノの理解が正しければ、ケイジ三曹はシャトルに積んでる大型のバッテリーをモーターに変えたのだという。

 最初ユリノには意味が分からなかったが、長すぎる待ち時間を利用して理解に努めたところによれば、SSDFのシャトルはもちろん、今いる脱出ボートや脱出ポッドなど、ある程度のサイズがある機体類には、かならず補助あるいはメイン動力源としてフライホイール・バッテリーなるものが積んであるのだそうだ。

 フライホイール・バッテリーとは、燃料電池類とは違い、電力を運動エネルギーとして蓄えておく電池のことだ。

 具体的には、真空密閉された筐体内で、リング状コイルを磁気によって浮遊回転させることで、電力をコイルの回転運動に変換して蓄えているという。

 バッテリー内部のリング状コイルは真空中を非接触状態で回転している為、一度回転すると自然に回転が止まることは無く、電力として消費するまで永遠(理論上は)に回転し続けている。

 充電時には、内部のコイルが電力を蓄えられた分だけ高速の回転運動に変換して蓄え、電力を消費すると、内部のコイルの回転速度は遅くなっていく。

 内部が完全に真空である必要があり、またコイルに相当な遠心力がかかる関係上かなり頑丈に作らねばならないため実用化に難航したが、燃料電池に比べて、充放電を繰り返しても劣化が少なく、また真空かつ無重力の宇宙空間との相性が良いため、21世紀に実用化されて以来、宇宙関連のバッテリーに採用され続けてきた電池だ。

 そしてこのバッテリーには、その原理と構造から電池以外の使い道もあった。

 ケイジ三曹はこの点に着目したのだ。

 シャトル“スクールバス”にも、補助動力源として、将棋盤を1.5倍にしたような大きさの標準型フライホイール・バッテリーが数個搭載されており、彼はこれをシャトルの機尾底部に二基固定し、バッテリー中心部から伸ばしたシャフトを、後部着陸脚の軸に繋げのだ。

 フライホイールバッテリーは電力をコイルの回転運動に変換して蓄えるのだから、当然モーターとしても使用できる、と。




 しかし、その実作業には……。

 フライホイール・バッテリーとタイヤを繋ぐシャフトが無い! だとか……。

 シャフトに使えるパーツはあったが、タイヤと上手く繋ぐ手段が無い! だとか……。

 核融合炉の電力をモーターに直に伝えると、モーターが持たないので、変圧器が必要になった! だとか……。

 回転速度を変えるギヤボックスが無い! だとか……。

 全部繋いだは良いが、モーターと着陸脚のタイヤを繋ぐシャフトとの強度が足りず、スクールバスが進みだせない! だとか……。


 …………という数々のトラブルがあったらしいが、ただ待っていることしかできなかったユリノにとっては、結局上手くいったという結果さえあれば万事OKであった。




『お待たせユリノ! だけど伝えた通りどこのバスは止まれないのだ、走って飛び乗ってくれ!』

「ああああああああそんなに速いのぉ!?」

『あわわわ……』


 ヘルメットを被り、ミユミと共に久しぶりに脱出ボートの外へと出たユリノは、近くまで来たは良いが、減速すれども停車する気配のないスクールバスに慌てた。

 モーターとタイヤを繋ぐシャフト部の強度の関係上、スクールバスは一度止まると、再び動きださせるのにとても苦労する羽目になるらしいのだ。

 最初に動かした時は、コックピットに座る一人(おシズ)を除くヒューボ4体とクルー3人でバスを後ろから押して、動き出してから慌てて追いかけて乗り込んだらしい。

 しかもそれは二度程失敗したらしい。

 ここ一週間弱の間、ロクに身体を動かさなかった二人は、緊急脱出ボートの傍まで近づき、そして通過していったスクールバスを、その数10メートル前からヒイヒイ言いながら走って速度を合わせて乗り込もうと試みた。

 時速15キロ以下くらいまで速度は落とされているというが、脱出ボート内の使える物資をリュックに入れて背負っていたこともあって、ユリノにとっては充分以上に速く感じられた。


『艦長、ミユミちゃん手を!』


 スクールバスの側面ハッチを見れば、装甲宇宙服ハードスーツ姿のケイジ三曹が縁部分に立って、必死に手を伸ばしていた。


「ミユミちゃん先に行って!」


 ユリノが促すと、身体が軽いからなのか若いからなのか、彼女は「はい!」答えるなり走る速度上げ、ケイジ三曹の手に掴まった。

 ユリノはマラソンで『一緒にゴールしようねっ』と約束しながら置いて行かれたような一抹の寂しさを一瞬感じたが、今はともかく死に物狂いで走った。


『艦長頑張って!』


 ミユミを無事機内に収容したケイジ三曹の手が再び伸びてきた。


「……こんのぉぉ~!!」


 ここまでの数々の憤りをぶつけるかのごとくデタラメにダッシュし、ケイジ三曹の手になんとかひっ捕まる。

 と、装甲宇宙服ハードスーツの恐るべきパワーで身体を持ちあげられ、スクールバスの中へと引きこまれた。

 そして機内で勢い余ってケイジ三曹を押し倒してしまった。

 押し倒されたケイジ三曹の第一声は『……艦長、その……お久しぶりです』であった。


「……う、うん。ご無沙汰だったねケイジくん……そしてありがとう……ホントにありがとうね!」


 ユリノはほんの数秒の間だけ、その体勢のまま自分に脱力すること許した。

 それから機密された機内で改めて四人のクルー達との再会をし、スクールバスという移動手段あしを入手した一行が、そのまま前方に横たわる〈じんりゅう〉へと辿り着いたのは、約4時間後のことであった。





 ――〈じんりゅう〉を脱出してから約一週間後―――彼女達は変わり果てた我が家じんりゅうへと帰ってきた。


『……サヲリ! フィニィ! サティ! エクスプリカ! 誰でも構わない

から何か答えてよぉ!?』


 到着するずっと前から通信で呼びかけてはいたが返事は無く、到着してもそれは変わり無かった。

 まるでうち上げられた巨大なクジラの亡骸のごとく、およそ90度傾いて横たわり、ねじれ、ひん曲げられ、無数の部品をまき散らしながらアウター外側ウォールに半分沈んだ状態で待ち受ける〈じんりゅう〉だった・・ものから、彼女達の呼びかけに答える者は誰もいなかった。

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