▼第四章  『グレート・ウォール』 ♯4

【ザ・ウォール】

・土星公転軌道のすぐ外側にて〈じんりゅう〉が接触・突入してしまった、UVフィールドで形成維持されたごく薄い膜でできた巨大な壁。

・全長不明・幅約30万キロ・間隔約2000キロのインナー内側ウォールとアウター外側ウォールの二枚の壁が、その両端で繋がってできていると思われる。

・ステルス膜で覆われていた為、恐ろしく巨大であるにも関わらず、全人類・SSDFはもちろん、土星圏に再接近中の〈じんりゅう〉にも接触するまで存在に気づかなかった。

 いわば巨大なベルトコンベア状であると推測されインナー内側ウォール(土星・内太陽系側)は太陽を反時計回りに約秒速一〇〇〇キロ以上で移動し、アウター外側ウォールは逆に方向に同じ速度で移動していると思われる。

・壁は分厚いUVエネルギーの層で形成・維持されており、壁と同等の速度で流動している。

・その形成時期・手段・目的は、現段階ではいずれも不明である。







 カオルコとルジーナは、中央格納庫にいるため当然【ANESYS】には参加できない。

 彼女らの不参加は辛いところであったが、いつまた〈じんりゅう〉が見えない何かに衝突したり、ふいのヨーイング運水平回転動にはいるか分からない状況で、彼女らをバトル・ブリッジまで移動させるのはリスクが高過ぎた。

 すでにケイジ三曹が主機関室内壁に激突して昏倒しているのだ。

 おシズも電算室で受けた遠心力Gに幼い身体が耐えきれず、気を失っていて【ANESYS】参加は不可能だった。

 だがブリッジにいないクィンティルラとフォムフォムは、待機時間を艦尾上部格納庫内の昇電コックピットで過ごしており、コックピットに装備された【ANESYS】デヴァイスによって、ブリッジで行なう【ANESYS】に参加可能であった。

 ユリノは待機時間中は、なるべく船体中央のバトル・ブリッジに近いところで過ごすようにクルーには指示したつもりだったのだが、今はとやかく言わないことにした。

 通常より三人少ない状態での【ANESYS】になるが、それでも【ANESYS】を実行できるだけ幸いであったとも思えたのだ。

「アネシス・エンゲージ!!」

 ユリノの掛け声と共に、バトル・ブリッジと昇電内のクルーの思考が一つに統合されていく。

 今まで色々なピンチに遭遇してきたが、クルーの尽力と【ANESYS】を駆使することで乗り越えることができてきた。

 だから今回のピンチだってきっと乗り越えられると信じた……信じたかった。







『ワタシは巨大壁【ザ・ウォール】にはさまれながらという、想像したことも想定したこともない状況下で、眠るとドージに目覚める……そんな不可思議な感覚とはべつの、明確な異和感を覚えながら覚醒した。

 異和感の原因は、もちろん通常よりも少ないメンツでワタシとなったから……という理由もあっただろう、だがそれとは別の原因不明の異和感を、覚醒した瞬間ワタシはかすかに感じた気がした。

 だが今は異和感よりも、我が身たる〈ジンリュウ〉に襲い来る猛烈な危機を乗り切ることがこそがワタシの使命。

 ワタシの存在意義。

 その行為それこそがワタシ。

 ワタシは三人分の思考力を欠いたことで通常よりも明らかに遅くなった思考速度で、〈ジンリュウ〉をおそう状況を分析し、なんとか打開策をモサクしはじめた。

 が、それでも今ワタシが知りえる情報からワタシが出しうる結論は、彼女たちであった時と大した差など無かった。

 むしろ新たにワタシの思考速度で分かった事実は、ワタシを形作る彼女達にとって、さらに悪わるいニュースだけであった。

 彼女達が思うよりも、〈ジンリュウ〉に待ちうける運命ははるかに過酷であり、ゼツボウ的であることが、ワタシには分かってしまったのだ。

 すでに選択はわずかしか残のこされてはいない。

 すぐにその答えに達した。

 ワタシに許されるのは、その最悪の中でも最良の選択肢を、確実にジッコウできるように彼女達にお膳立てしてあげることだけであった』


[オ、オイ! あヴぃてぃらイルノカ!? 分カッテルカモシレンガ、いんなー内側うぉーる後方カラぐぉいど艦ラシキ物体ガ接近中ダゾ!]


『ブリッジにアヴィティラ化身としてのワタシが姿を現さないことに、機械なりにうろたえながらエクスプリカが告げた。

 もちろん彼の言う接近中のグォイド艦には気づいていた。

 すでに〈じんりゅう〉は、土星敵勢力圏のど真ん中で、これ以上と無いくらいに騒々しく光を放ち、存在をアピールしてしまっているのだ。

 ゲイゲキ部隊が来るのは時間の問題であった。

 しかし、現れたのは見た事の無いグォイド艦だった。

 いや|“艦”なのかも怪しい。

 弧を描くインナー内側ウォール内壁の地平線・・・から姿をあらわしたそれは、伏せたボウルの四隅に短い脚が生えたかのような姿で壁面に張り着き、〈じんりゅう〉へと猛烈な速度で向ってきている。

 半球形部のサイズはおよそ直径10キロ、高さ4キロ。

 シードピラー並みに巨大なグォイドであった。

 それがたった一隻で〈じんりゅう〉へと向かってきている。

 これが状況が違っていたならば、ワタシは舐めるな! と思っていたかもしれない。

 オリジナルUVDをトウサイし、それに合わせて改装された我が肉体たる〈じんりゅう〉は、【ケレス沖会戦】時をはるかに上回る戦闘力をゆうしている。

 けれど今はちがった。

 ミサイル類をすべて打ち尽くし、一機も無人機がのこっていないからという事情だけでは無い。

 彼の新手のグォイドが、この状況とカンキョウに合わせて生み出された存在であり、この状況で、たった一隻で、〈じんりゅう〉を始末できるという確信をもって接近していることを、ワタシはビンカンに察知したのだ。

 彼のグォイドに対し、主砲UVキャノンのシャテイまであと数分、だが、それまでワタシがワタシでいられるタイムリミットが来てしまう。

 ワタシは微かな期待を込め、彼のグォイド――“トータス(陸ガメ)・グォイド”に届かないことを承知で主砲を放った。

 貴奴の出方をうかがう為だ。

 もちろん効果はないどころかとどかないが、これで何かしらの反応をしてくれれば、トータス・グォイドが何故そんあ姿で、どうやって〈ジンリュウ〉に襲いかかるつもりか分かるかもしれないからだ。

 もしも、ワタシがワタシでいられなくなった後に、突飛きわまりない方法で貴奴が襲いかかってきたら、もう彼女達ではタイショできないかもしれない。

 ワタシは放った主砲UVエネルギーの束が、とどきもしないでトータス・グォイドの手前でムサンするのを確認しつつ、彼のグォイドの反応をいのるようにして待った。

 そしてその時、ワタシはそんなワタシに話しかけて来る存在にふと気付いた』













 ――起きて、ケイジ君――


 誰かが呼んでいる気がする。


 ――ケイジ君起きて、あなたの力が必要なの――


 微かにだが、確かにそう呼ぶ声が聞こえた気がした。

 だが誰からかは分からない。

 最初はユリノ艦長かと思った。が、そっくりだが違う声色だ。

 そしてクルーの他の誰の声でもない。だが若く優しげな女性の声だった。

 一体だれだろう?

 微かにだが聞き覚えがある気がした。

 そう……それは確か……木星から水星にかけてのグォイド・スフィア弾との戦いで、〈じんりゅう〉が【ANESYS】を行なった時に――ケイジがそこまで思い至ったまさにその瞬間、まるでカナヅチでヘルメットを叩かれたような、床から直に響く振動に、否応も無く覚醒した。

 気がつくとケイジは、主機関室の内壁と壁の境で、磁気吸着マグロックを駆使した二体のヒューボに覆いかぶされ、動かないよう固定された状態で横になっていた。

 瞬時に気絶する前の記憶が蘇る。

 明滅するオリジナルUVDの輝きをもっとよく調べる為に、オリジナルUVD艦首側上部にある機関コントロール・ルームへ行こうとしていたところで、突然艦が揺さぶられ、迫って来た主機関室の内壁に蠅たたきのごとく激突したのだ。

 装甲宇宙服ハードスーツを着ていなければ死んでいたかもしれない衝撃だった。

 さらにヒューボ二体が押さえこんでいてくれなければ、ケイジはピンボールのように主機関室の隔壁間を跳ねまわっていたことだろう。

 ケイジは身体を僅かに動かし、とりあえず骨折はしていないことを確認すると、ヒューボと壁に掴まりながら慎重に起き上がろうとした。

 めちゃくちゃ身体が痛かったが、少なくとも痛い以外の怪我の症状は無い。

 装甲宇宙服ハードスーツのフィジカルセンサーも、致命的な怪我は無いことを伝えていた。

 何とか立ち上がると、身体にかかるGから、艦が戦闘機動中であることを察した。


 ――〈じんりゅう〉が何かと戦っている!?


 気絶中にまたしても事態が進行してしまったことに、ケイジは軽く驚き、大いに憤った。

 そして、こういう時はじっとして動かないでいる方が賢明であり、ブリッジのクルーに心配をかけないことこそが任務なはずであったが、ケイジは移動する道を選んだ。

 すぐそばまで来ていた機関コントロール・ルームまで行けば、艦をとりまく状況を知ることができるし、内部にあるコンソールの座席に身体も固定できる。

 それに状況が分かれば、自分にできる……自分にしかできない……自分がすべきことが分かるかもしれない。

 その思いが、その行動を選択させずにはおかなかったのだ。

 ケイジは〈じんりゅう〉に再度乗艦し、サートゥルヌス作戦をクルーの皆と共に実行することが決まった時から決心していた。

 自分のもつ精一杯の力で、彼女達を守る、と。

 それは微々たる力かもしれなかったが、今使わねばいつ使うのだ? と思ったのだ。

 ケイジは主機関室の上下方向から伝わる振動から、〈じんりゅう〉が上下艦尾方向にある第三・第六主砲を撃ち続けていることを確信した。

 そして艦内通信を介してブリッジからの会話が聞こえないことから、艦が【ANESYS】起動中なのかもしれないと思い至った。

 どうやら状況は目まぐるしく進行しているらしい。

 今も明滅し続けるオリジナルUVDを横目に見つつ、二体のヒューボに付き添われながら何とか無事に機関コントロール・ルームに飛びこむと、ケイジは早速状況の確認にはいり、驚愕した。

「またかよっ!?」……と。

 ケイジは木星の【サ・トーラス】に続き、またしても〈じんりゅう〉が【ザ・ウォール】などと命名された、正体不明の巨大な動くベルトコンベア状の二枚の巨大壁の間に進入したことを知ったからだ。

 驚いたのはそれだけではない。

 ケイジはさらに、〈じんりゅう〉が艦尾上方……(艦がロールしたため土星がある方向が“上”となる)……から迫り来る、黒い塵が集まってできた巨大な黒い雲のようなものに、主砲UVキャノンをショットガン・モードを撃ち続けていることに絶句した。








 機関コントロール・ルーム内のビュワーとホロビュワーを駆使し、可能な限りの【ザ・ウォール】と、艦が交戦中の敵の情報を理解しようとケイジは試み続けた。

 すでに〈じんりゅう〉が【ANESYS】を起動させ、艦尾上方から迫る新種のグォイドと交戦中なのも問題であったが、ざっと理解した限りでは、重大な問題がもう一つあった。

 ケイジは【ザ・ウォール】を、思い切り左右に引っ張った幅広の輪ゴムに見立てて想像してみた。

 しかもその巨大輪ゴムはベルトコンベアのように動いている。

 問題は、〈じんりゅう〉の元々のコースが、存在を知らなかった【ザ・ウォール】を突っ切るコースであったことと、〈じんりゅう〉が進入してしまった【ザ・ウォール】を、その疑似重力効果で形成しているUVエネルギーの潮流だ。

 そのUV潮流は、内側〈土星側〉のインナー内側ウォールが〈じんりゅう〉と同じ方向、すなわち土星で言うところの西から東方向へ動き、アウター外側ウォールがその逆へと流れている。

 土星圏の再外縁を西から東方向へフライバイ航行しようとしていた〈じんりゅう〉は、まずインナー内側ウォールに接触し、これを突き抜けた。

 この時、〈じんりゅう〉とインナー内側ウォールのUV潮流の向きが、共に西から東方向であったお陰で、秒速千キロを越える速度だった〈じんりゅう〉は、彼我の相対速度差が最小であったため、壁との接触の瞬間に破壊されずに済んだようだ。

 UVエネルギーの層が、壁から距離があるほど希薄であったことも、無事だった理由の一でもあるらしい。

 とはいえ、インナー内側ウォールの潮流の速度は〈じんりゅう〉よりも遥かに遅く、〈じんりゅう〉の持っていた慣性速度を猛烈な勢いで奪っている。

 このまま行けば、壁と壁の中間にあるインナー内側ウォールとアウター外側ウォールのUV潮流とUV潮流の境界で、〈じんりゅう〉は慣性速度を完全に奪われて速度“ゼロ”になってしまうだろう。

 それだけではない、〈じんりゅう〉は減速しつつもアウター外側ウォールへと接近しつつあった。

 元々の予定コースのやや内側に【ザ・ウォール】が存在しており、UV潮流は前方に進む速度は奪えども、カーブに伴う遠心力は奪っていなかった。

 しかも【ザ・ウォール】の内と外との壁との間隔は、壁の巨大さに比べてあまりにの狭い。

 ここで慌てて再加速をかけたとしても、いつかはアウター外側ウォールに激突する羽目になってしまう。

 さらにアウター外側ウォールを形成しているUVエネルギーによる疑似重力は、壁と壁との中間を過ぎれば〈じんりゅう〉を引っ張る力としても働くだろう。

 それだけでは無い、アウター外側ウォールのUVエネルギーの潮流の方向は、現在いる内側の壁とは間逆の方向なのだ。

 〈じんりゅう〉の速度はOからマイナスへと転じることになる。

 その結果、速度を失った〈じんりゅう〉には、今艦の下方に広がる外側の【ザ・ウォール】の疑似重力に引かれに“墜落”する危機が迫っているのだ。

 ケイジには、この状況を打破する手段がまるで思いつかなかった。

 ようするに加速して直進しようが、減速あるいは失速しようが、アウター外側ウォールの内壁面にぶつかる未来が待っている。

 〈じんりゅう〉がアウター外側ウォールへの墜落を回避する手段があるとしたら、今すぐ艦首を180度回頭したうえで、来た道を戻るかのように加速、アウター外側ウォールの逆方向のUV潮流とベクトルを合わせ、潮流の流れを味方につければ、墜落までの時間をいくらかは稼げるかもしれない。

 というよりアウター外側ウォールの逆方向のUV潮流に逆らいながら突っ込んだ場合、即墜落するだけだろう。

 だから方向転換し、アウター外側ウォールの逆方向のUV潮流に乗りつつ【ザ・ウォール】の間の上下のいずれかに変進すれば、あるいは【ザ・ウォール】の隙間から脱出が可能かもしれなかった。

 が、それには【ザ・ウォール】の上下幅があまりにもあり過ぎるように思えた。

 到底墜落する前に脱出できるとは思えない。

 ケイジはその結論に達してしまった。

 主砲UVキャノンで、墜落間際にアウター外側ウォールに穴を開け、そこから脱出すればどうか? というアイディアもすぐに思いついた。

 オリジナルUVD出力のUVキャノンの威力は絶大であるし、少なくともインナー内側ウォールは、〈じんりゅう〉の体当たりで付き破ることができた。

 【ザ・ウォール】の薄い膜ぐらい容易く貫けそうな気もする。

 しかし、ケイジには確たる証拠があるわけでは無かったが、その手段が上手くいくとは思えなかった。

 なんということはない。

 ようするに〈じんりゅう〉は、宇宙版の虫かごに値するトラップに入り込んでしまったのだ。

 ただこの虫かごは、天板と底板が無い代わりに上下幅がとんでもなくあり過ぎて、そこからは容易には出られず、周りの壁には疑似重力が働いている為、進入してしまった虫は脱出もままならずその壁に墜落するしかない……ということなのだ。

 罠というものは、獲物を迎え入れはすれども、一度捕まえた獲物が外に逃げられるような作りにはなっているわけがない。

 だからケイジは、UVキャノンで大穴を開け脱出……などという安易で想定可能な手段で通用するとは思えなかったのだ。

 これまで数々の航宙艦やプローブが、土星圏のグォイド本拠地の偵察を試みてきたが、内太陽系人類圏に帰ってきたものは皆無だった。

 それらは全て、この【ザ・ウォール】に掴まったからではないのだろうか?

 ケイジはそう考えずにはいられなかった。

 機関コントロール・ルームに来た情報によれば、インナー内側ウォールとアウター外側ウォールとの境界に〈じんりゅう〉が達するまで、あと5分も無い。

 もし艦を反転させ、アウター外側ウォールのUV潮流と方向を合わせるならば、それまでに判断せねば、事態は余計に悪化することになる。

 ケイジは【ANESYS】が自分では想像もつかない手段で、このピンチを乗り切ってくれることを期待した。

 がしかし…………ケイジはビュワーに映る艦尾上方の映像を見て、その可能性が低いと思わざるをえなかった。

 〈じんりゅう〉は艦後方、インナー内側ウォールから舞い降りて来る謎の塵と交戦中だったからだ。

 〈じんりゅう〉がいかなる選択をするにしろ、まずこの謎のグォイドらしき敵に対処せねばならない。


[ア~ア~……ばとる・ぶりっじヨリけいじ、かおるこ、るじーな、さてぃ聞コエルカ?]


 ふいにエクスプリカの声が響き、ケイジは絶望的な未来予測から我に返った。


『カオルコよりエクスプリカ、ルジーナ、サティと共に聞こえているぞ、そっちはどうなっているんだ一体!?』

「き、機関室よりブリッジへ、ケイジも聞こえてる!」


 カオルコ少佐の声に続き、ケイジも慌てて返答する。


[ウム良カッタ。返事ガデキル状態ナンダナ……。

 ドコマデ〈じんりゅう〉ノ状況ヲ飲ミコメテイルカ分カランガ、目下起動中ノ【ANESYS】ノあヴぃてぃら化身カラ、緊急ノ指示ガアッタ!

 交戦中ノ後方カラ迫ル新種ノぐぉいど――とーたす・ぐぉいどカラ放タレタ超小型ぐぉいどト、間モ無ク白兵戦ガ始マル! オ前達ハ、直チニ艦尾カラ侵入シテクルト予測サレル超小型ぐぉいどトノ交戦ニ備エロ!]


「……はあ!?」


 ケイジはエクスプリカに言っている意味が、すぐには呑み込めなかった。 「今、白兵戦って言ったか!?」と。





『ワタシは罠にはまった……。

 そのことが予測から確信へと完全に変わるのに、時間はいらなかった。

 同時にインナー内側ウォールに張りつきながら〈ジンリュウ〉にセッキンする新種グォイド――トータス・グォイドの目的とシュダンにも、ワタシは行きついた。

 この【ザ・ウォール】が、土星圏グォイド本拠地をテイサツにくる者への罠であると考えた場合、当然罠の中に入って来たエモノをショリする存在が必要になる。

 罠に入って来たエモノが、罠から出られないからといってホウチすることは出来ないからだ。

 その処理がトータス・グォイドの使命なのだろう。

 トータス・グォイドが他のグォイド艦とは似ても似つかぬ肉まんみたいな形なのも、そのトクシュな目的が関係しているに違いない。

 ワタシがトータス・グォイドに主砲を放つと、彼のグォイドは怒ったようにそのドーム状の背部から、何千何万という無数の黒い塵状の物体をホウシュツした。

 そしてそれはまるでイナゴの群か、はたまた意思ある黒い雲のごときジョウタイとなって〈じんりゅう〉に迫って来た。

 トータス・グォイドの背中のドームは、その黒い塵のカクノウコだったのだ。

 距離がちぢまったことで、ワタシは彼のグォイドの背中のドーム表面が、良く見ると蜂の巣のような無数の六角形の穴の集合体であることをカクニンした。

 一方、ゲンソクする〈ジンリュウ〉に対し、彼のグォイドが放った黒い塵の塊は、雲のような見た目からは想像もできないスピードで〈ジンリュウ〉に迫って来た。

 微かにUV噴射の光が雲全体のハイゴにカンソクできたが、それで説明のつく速度ではなかった。

 だがそのお陰で〈じんりゅう〉の主砲UVキャノンのシャテイケンに、その黒い雲は向こうの方から勝手に入って来てくれた。

 ワタシはワタシの予想を外れた出来事を憂いなどしている間もなく、即艦尾のUVキャノンをその黒い雲に放った。

 効果はあったが、微々たるものであった。

 黒い雲が意思あるいき物かのように蠢き、UVキャノンの光の柱から拡散することで回避したからだ。

 すぐにワタシはUVキャノンを対宙ショットガン・モードに切り替えて斉射する。

 効果が上がったが、それでもセンメツには程遠い戦果しかなかった。

 数があまりにもおおすぎる。

 それでもワタシは、引き続きUVキャノンを撃ち続けた。

 さらに対宙迎撃レーザーを撃ちまくる。

 むしろUVキャノンよりも対宙レーザーの方がコウカ的なくらいであったが、それでも黒い塵のあまりの多さには負けていた。

 黒い塵でできた雲が、刻一刻と艦後方より覆いかぶさるようにして迫って来る。

 ワタシはその雲へ向かって、むなしくとも攻撃を続け、少しでも黒い塵の数をへらし続ける他なかった。

 彼のグォイドがこれからどんな行動を起こすかは予想がついたからだ。

 あの黒い塵は、その一つ一つが超小型……といっても一体が数メートルはあるグォイドであり、ワタシの推測が正しければその目的は、〈じんりゅう〉にとり着き、シンニュウし、破壊しブンカイすることに違いない……と。

 そしてそのジタイを、もう避けることは出来ない。

 これに対し、ワタシができることは少ない。

 超小型グォイド――命名・トゥルーパー・グォイドが〈じんりゅう〉にとり着く頃には、ワタシがワタシでいられるタイムリミットがきてしまうからだ。

 だからエクスプリカを通じて、今ワタシと繋がっていないクルー達におねがいするしかなかった。




 ワタシに……いやワタシとワタシを形づくる彼女達とケイジとサティ、それにエクスプリカに残された希望は、もう先ほどより突然ワタシに話しかけてきた“あの声”だけになってしまっていた。

 声の主がいったい誰なのかについては、ワタシはすぐに想像がついた。

 が、だからといってその声の言うことが信じられるかは別だ。

 チョウコウソクジョウホウショリノウリョクを持っていたとしても限界はある。

 今回目覚めたワタシにとっては特にそうだ。

 だが、それでもワタシは彼女の声を信じることにした。

 その声にワタシは、何故かなつかしさを感じずにはいられなかった。

 なぜそう思うのだろう?

 なぜ、ワタシはワタシに話しかけて来る声の主――オリジナルUVD――の声になつかしさと親しみを感じるのか……ワタシはワタシに残されたわずかなジカンを使ってかんがえてみた……………………』



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