▼第四章  『グレート・ウォール』 ♯2

「やっぱ例のアレが関係してるのかしら!?」

[マァ待テッテバ! 確カニソレガ有力ナ原因デアル事ハ認メルガ…………]


 ユリノが急かすと、エクスプリカはそう言ってまた黙り込んだでしまった。

 クルー全員が同じ夢を見た……これは単なる偶然だとはとうてい片づけられない出来事だった。

 その出来事自体も異常だが、なによりもタイミングが気になる。

 ユリノは常に最悪の事態を想定し、対処を心掛けてきたつもりだったが、グォイド本拠地への最接近数時間前に、クルーの精神に何かしらの変調が発見されるのは、嫌な予感しか呼び起さなかった。

 しかし、ただの嫌な予感相手では、対処のしようがない。

 早急に原因を究明し、すべきことをせねば〈じんりゅう〉の生存に関わる気がしてならなかった。


[ゆりのヨ、確カニくるー全員ガ同ジ夢ヲ見ルトイウ事態ハ、最近懸念サレテイルくるーノ思考混濁症疑惑ガ原因デアル可能性ガ高イ……高イトイウコトハ認メルガ、同時ニソレダケデハ説明ガツカナイ事モアルゾ]

「説明がつかないことぉ?」


 ようやく口を開いたエクスプリカに、ユリノは思わずそのまま訊き返した。

 ユリノが想定していた事態というのは、正に今エクスプリカが言ったように、思考混濁症が原因で起きたという説であった。

 クルーの心を一つに繋げる【ANESYS】が原因の思考混濁症ならば、同じ夢をクルー全員で見たという事例は聞いたことは無いが、一応は説明もつく。

 八年前の【|ゴリョウカク集団クラスター】で〈びゃくりゅう〉が〈ヴァジュランダ〉を守りる戦いの記憶が、【ANESYS】で共有され、皆の夢に現れたのではないか? と。

 だから八年前の戦闘に居合わせていないクルーも同じ夢を見たのだ……と。

 しかし――、


[ゆりのヨ、モシコノ事象ノ原因ガ思考混濁症ナラバ、けいじマデ同ジ夢ヲ見タコトノ説明ガ出来ナイゾ]

「ユリノ艦長、先ほどサティは、ケイジ三曹も寝言で〈びゃくりゅう〉と言っていたと話してました」


 エクスプリカの言葉に、さらにサヲリが補足した。


「ああ、やっぱりあれワタシの聞き間違いじゃなかったんだ……」


 ユリノは先ほどサティが言ったことを、べつに聞き逃したわけでは無かった。

 ただ空耳であって欲しいとい淡い期待を抱いてしまっていただけだったのだ。


[さてぃノ言ウ通リ、【ANESYS】ニ繋ガルコトモ、繋ガッタコトモ無イけいじ三曹マデモガ同ジ夢ヲ見たトイウノナラバ、思考混濁症仮説ハ成立シナクナッテシマウ…………弱ッタモンダ]

「いやいや弱ったもんだじゃなくってさ……」


 ユリノはエクスプリカの機械らしからぬ物言いに軽く憤った。

 もし、ケイジ三曹も自分らと同じ夢を見ていたとして、それが何を意味するというのか?


「ケ……ケ……ケイジ君、今の話聞いてた!?」


 ユリノは食堂に向かったケイジ三曹が、解放状態の艦内の会話を聞いていることを期待して尋ねてみた。








「あ、あ~、ゴホン! こ……こちらケイジです。あ……あ~のぉ|~……話をややこしくして申し訳無いんですけど、サティが言った夢云々については、あくまで彼女が聞いた寝言の話で、俺自身はどんな夢を見たかは思い出せないんですけどぉ……」


 サティが突然話に加わった時から、うすうす予感していたことであったが、ケイジはいざ自分に話が振られるとドキリとしながら答えた。

 突然、艦内通信で食堂にまで届くブリッジでの会話の中心が、自分のことになってしまったが、ケイジ自身にはまったく自覚の無い話であった。

 そもそも思考混濁症云々をクルーが患っているだのの話は、ケイジは初耳であった。


「言われれ見ればぁ……自分も〈びゃくりゅう〉の夢を見た気がしないでも無いですけど、正直なところ明確には思い出せません……です……」


 ケイジは、ブリッジで悩むユリノ艦長の気持ちも分かったが、正直に答えることしかできなかった。

 確かにこのタイミングで発覚するのは出来過ぎている気がする。

 ケイジは食堂から主機関室へと向かいはじめながら、自分なりに謎の答えを探そうと考えてみた。

 ケイジには知らされていなかったことだが、ブリッジでの会話から察するに、【ANESYS】の行ないすぎで発症するという思考混濁症が、皆が同じ〈びゃくりゅう〉の夢をみた原因の最有力らしい。

 しかし、ケイジも同じ夢を見ていたというサティの証言から、話がややこしくなってしまったわけだが…………。


「それに……その……俺って元から航宙艦マニアだし、〈びゃくりゅう〉についてだって元からそこそこ知ってますから、仮に俺が〈びゃくりゅう〉の夢を見てて寝言で言っていたとしても、皆が同じ夢を見たとかいう現象とは無関係かもしれませんよ?」


 ケイジは思いつくもう一つの可能性を言ってみた。

 一応理屈は通っているつもりだった。

 だが、理屈とは関係無いところで、自分でも苦しい仮説に思えて仕方が無かった。

 だが、この説を除けば、とてもとても面倒な……じゃなかった、未知の可能性を一から考えねばならなくなる。

 ユリノ艦長が憂鬱そうなのも当然であった。

 だが実は、たった一つだけ、ケイジには自分を含めた〈じんりゅう〉クルー全員が同じ夢を見た原因について、心当たりがあった。

 ケイジはいつの間にか駆け足となって主機関室へと向かっていた。

 自分の仮説をブリッジに話す前に、まず確認しておくべきことがあったからだ。


『あ……ケイジさん、こんにち――』

「サティ、ごめん後で~!」


 途中、通り過ぎた中央格納庫でサティが形作るアーチを潜る時、彼女をソファ代わりにして眠っていたルジーナ中尉とカオルコ少佐が連続して跳ね起きるのを見たが、今は眼前の課題を最優先し、主機関室へと向かう。

 装甲宇宙服ハードスーツのフェイスガードを降ろし、戦闘に備えあらかじめ真空状態となった主機関室へエアロックを通じて入った。

 そしてエアロックのハッチをくぐり抜けたところで、ケイジは自分の予感が的中していたことを確認してしまった。


「…………………………なんてこった!」


 ケイジはしばしの間、他に言葉が出てこなかった。








『それに……その……俺って元から航宙艦マニアだし、〈びゃくりゅう〉についてだって元からそこそこ知ってますから、仮に俺が〈びゃくりゅう〉の夢を見てて寝言で言っていたとしても、皆が同じ夢を見たとかいう現象とは無関係かもしれませんよ』

「えぇ?…………そうなのぉ? ………………って言ってるけれど? エクスプリカ」

[…………]


 艦内通信で届くケイジの言葉に、ユリノはエクスプリカの方を向いたが、彼は黙ったままだった。

 ユリノはケイジの答えに軽く落胆したが、同時に納得もした。

 夢などという元からふわりとしたことについて、明確に何か答えを求めることの方が常識から外れているのだ。

 ケイジ説の方が納得がいくというものだ。

 ケイジの航宙艦マニアぶりはユリノの知るところでもあり、彼ならそれくらいのことはありそうだった。

 それに、人類とグォイドの遭遇、ユリノ達とケイジの出会い、サティとの出会い……たまたまの偶然の産物によって、これまで飛んでも無い大事が少なく無い数おこってきた。

 ケイジが皆と同じ夢を見ることくらいあり得るかもしれない……。

 だが論理的思考がそう納得しようとするところで、第六感としか言いようのない感覚が、激しく危険信号を発していることも事実だ。

 だからユリノは突然判明したこの事実に食い付いたのだ。

 しかし、仮にこの同時多発的〈びゃくりゅう〉夢現象に明確な原因があり、それが何か重大な意味をもっていたとしても、ユリノ単独でその真相に辿り着くのは無理そうであった。


「エクスプリカ、何か答えて」

 ユリノは再びインターフェイス・ボットに尋ねた。

 【ANESYS】程では無く、限定的でもあるが、人間以上の思考速度を持ち、この件に関して当事者では無い為に客観的になれる彼こそが、今ブリッジ内でもっとも答えを出しうる存在な気がしたのだ。


[ゆりのヨ、全テノ可能性ノ中カラ不可能ヲ除外シ、残ッタ可能性ガ、タトエドンナニ信ジラレナイ説デアッタトシテモ、ソレガ真実デアル…………トイウ言葉ハ知ッテルカ?]

「え? なによ急に…………聞いたことぐらいあるわよ、確かミステリーの名言でしょ?」

[ソウカ……良カッタ……ナラバ……タッタ一ツダケ、コノ事態ヲ説明デキル仮説ガアル……]

「エクスプリカ、もったいぶらずにちゃっちゃと答えなさい」


 ユリノはなんとか冷静さを保ちつつ、エクスプリカを急かした。


[ア~……ダガゆりのヨ、コレカラ言ウ仮説ハ、説明ガツクト言ウヨリ、他デハ説明デキナイカラ残ッタダケノ………………分カッタ言ウヨ! ……ア――……大変ダ!]


 ユリノの鋭い視線に気づき、ようやく説明を始めると思われたエクスプリカの言葉は何故か途中で途切れ、代わりにエクスプリカはビクリと顔を上げて叫んだ。


「ん? ん? なんですってエクスプリカ!?」

『主機関室よりバトル・ブリッジへ! エクスプリカ大変だ! そっちでも確認しているか!?』


 エクスプリカの代わりに響いた声は、主機関室からのケイジ三曹の切羽詰まった声だった。


[ぶりっじヨリ主機関室ヘ、えくすぷりかダ。コチラデモ確認シテイル!]

『いつから起きてるんだ!?』

[タッタ今ダけいじヨ!]

「ちょ、ちょ、ちょっとケイジ君にエクスプリカ! 勝手に話してないで何が起きたか教えてちょうだい!」


 今まさにエクスプリカの説を聞かんとしていたユリノは、説明を中断しただけでなく、艦長たる自分そっちのけで会話しはじめた二人に当然のごとく抗議した。


「艦長、主機関室でオリジナルUVDがめっちゃ点滅してます!」

[ゆりの! ツイサッキカラおりじなるUVDガ例ノ明滅ヲハジメタ!]


 臨時機関長と、インターフェイス・ボットは彼女にほぼ同時に答えた。



 「同時に言われちゃ何言ってるんだか分からないよぉ!」と抗議する必要は無かった。

 彼らが答えると同時に、ビュワーに主機関室内の監視カメラ映像が拡大投影されたからだ。


「!……」


 ユリノはエクスプリカとケイジ三曹が言わんとしていたことを瞬時にして理解した。

 そしてエクスプリカとまったく同じ感想を抱いた。


「大変だわ!」


 【ケレス沖会戦】や木星での戦闘時に、〈じんりゅう〉主機関室でオリジナルUVDの螺旋紋様が発光点滅したという報告は、もちろんユリノも受けていた。

 だがそれは、いずれも【ANESYS】起動中での出来事であり、ユリノがリアルタイムでその光景を目撃したわけでは当然無い。

 だからユリノは後から知ったその事実に対し、今一つ感心を持たないでいた。

 謎の塊としか言いようの無いオリジナルUVDの振る舞いについてなど、手に余ることだと考えていたのだ。

 だから分割された主機関室各所の監視カメラ映像内で、オリジナルUVDの紋様が眩く光っているのを見た時、それが意味することを思いいたるのに数秒の時間を要した。

 グォイド本拠地たる土星最接近間際に、ケイジ三曹含むクルー善因が、同時多発的に【ゴリョウカク集団クラスター】での〈びゃくりゅう〉の夢を見たことが発覚したのととほぼ同時に、オリジナルUVDが発光し始めたことに、意味が無いはずなど無かった。

 全クルーが同じ夢を見たことの原因が【ANESYS】だけ・・では無いとして、他にこのような所業を可能とする存在があるとしたら、それはオリジナルUVD以外には考えられなかった。

 なにしろ謎だらけの存在なのだ。

 謎だらけ故に、人に同じ夢を見せる能力が無い・・とは断言できないのであった。

 ユリノはようやくエクスプリカが先刻言った言葉の意味を理解した。


 ――全ての可能性の中から不可能を除外し、残った可能性が、たとえどんなに信じられない説であったとしても、それが真実である――


 信じられないことであったが、オリジナルUVDこそがクルーに同じ夢を見せた犯人と考えるほか無かった。

 絶対破壊不可能なオリジナルUVDは、UVDとしての使用方法こそ解明されたものの、絶対破壊不可能故に、その中身の正確な構造も機能も判明していない。

 オリジナルUVDが、UVD・・・以外の機能を有していることは、すでに研究者の間で確実視されていることなのだという。

 ならば、例えば一種のコンピュータのような機能も備えており、それにプログラムされたAIのような存在が、未知の手段を用いてクルーの夢にアプローチしてきた……という仮説も、成り立たないとは言い切れないのだ。

 そして、ユリノは自分たちがすでに、今起きた事象に近いとまで言わずとも、そう遠くも言えない現象に、すでに遭遇していることを思い出した。

 先の木星の深深度雲海内に形成された円環状真空空間【ザ・トーラス】での闘いにおいて、〈じんりゅう〉は同空間を形成していたオリジナルUVDと同じ・・物質でできたリング状超巨大物体に宿る管理用異星AIと、サティが見た夢という形でコンタクトしている。

 それと似た現象が今起きたのだとは言えないだろうか?

 オリジナルUVDの発光点滅現象は、まるで同じ夢を見せたのは自分であることをアピールしているかのように、ユリノの目には映った。










 だがそれで謎の全てが説明できるわけではなかった。

 ケイジは主機関室で発光点滅を続けるオリジナルUVDを見た瞬間、自分がもしやと思っていた仮説が的中していたことを確信した。

 だが同時に、まだ解けない謎が残ってしまったことも分かってしまった。

 このタイミングで、オリジナルUVDが自分含む〈じんりゅう〉クルーに共通の夢を見せたのだとして、その目的は? そして何故〈びゃくりゅう〉の夢なのか?


「エクスプリカ!?」

[コレガぎゃんぶるナラ、俺ハおりじなるUVDノ目的ガ、何ガシカノ“警告”デアルコトニ賭ケルネ]


 ケイジが訊く前にエクスプリカは答えてきた。

 直後にブリッジから聞こえて来るユリノ艦長の『ああやっぱりぃ!』と嘆き声。

 エクスプリカの言う通りだとケイジも思った。

 このタイミングで、他にアプローチすべきことがあるとは思えないからだ。

 オリジナルUVDは夢を使って警告――つまり何がしかの危険が迫っていることを伝えようとしている。

 だが、危険が迫っていることなど、太陽系で最も危険な場所……グォイド本拠地たる土星圏に近付いてる段階で、とっくの昔に承知していたことでもあった。

 どうせ何か危険を知らせてくれるならば、もっと具体的に、できればその危険への対処方込みで教えてもらいたいものだ! とケイジは憤った。

 【ゴリョウカク集団クラスター】での〈びゃくりゅう〉の戦いを見せることに、いったいどんな意味があるというのか……ケイジにはさっぱり分からなかった。

 だが、それが分からばければ、〈じんりゅう〉は迫る危険に対処のしようもなく、ただ沈められるだけとなってしまうかもしれない。

 ケイジは猛烈な焦りを感じたが、どうすることもできなかった。

 しかし、ケイジの意思や希望とは関係無しに、事態は次のステージへと進行していった。


『こちらルジーよりバトル・ブリッジへ! 至急確認願いますデス! 自分のゴーグルによれば〈じんりゅう〉前方の〈ケーキ&クレープ〉の円盤の縁に、僅かな変形がみられますデス、確認願います!

 早く!!』


 ルジーナの切羽詰まった声音が、艦内通信で響いた。





『至急〈ケーキ&クレープ〉の当該ヶ所を拡大投影して!』


 ブリッジにいるユリノ艦長が、すぐにルジーナ中尉の報告に反応した声が、ケイジのいる主機関室にも艦内通信を介して響いた。

 一方で、ケイジもすぐさま主機関室内にある手近な端末に飛び付くと、画面にルジーナ中尉の言う〈ケーキ&クレープ〉の変化部分を拡大投影させた。


『記録によればついさっき、二分ほど前から発生した変化の模様デス。円盤の縁が、〈じんりゅう〉のいる方向に向かって僅かですが折れ曲がっていますデス』


 ケイジが画面を見える間にもルジーナ中尉が説明を続ける。

 ケイジが画面の中に、ルジーナ中尉がいう直径30キロにまで展張した〈クレープ〉の縁部分の変化を見つけるには、拡大機能の限りを使わねばならなかった。

 確かに僅かな変化であった。

 僅かだが確かに、円盤の縁が後方・〈じんりゅう〉方向に折れ曲がっていた。

 折れ曲がった幅で言えば、数センチも無い。

 しかし無視はできない変化であった。

 このような変化は、宇宙を慣性で航行している最中に自然に起こりうるとは考えられない種の変化であった……普通であれば。

 もちろんこんな変化が〈ケーキ&クレープ〉に起きる機能も予定も、ケイジの知る限り無い。

 〈ケーキ&クレープ〉を設計し、プログラムごと送って来たノォバ・チーフによる隠し機能の可能性も考えたが、〈じんりゅう〉に利する意味も無ければ隠す必要性も感じられなかった。

 さらに折れ曲がる幅は、ケイジが見ている間にもみるみる増していき、あっという間に数十センチになり、なお増し続けていた。

 そのまま行けば、〈ケーキ&クレープ〉の円盤部分は、行けに浮かぶ巨大な蓮の葉のような姿になると思われた。

 ただそれだけでは、〈じんりゅう〉に何がしかの悪影響を及ぼす現象ではない。

 だから、これがグォイドによる攻撃とも考え難かった。

 〈じんりゅう〉の存在にに気づき、沈めたいならもっと確実な方法がありそうなものだからだ。

 しかし、このタイミングで無視して良い現象とは断じて思えなかった。


『原因は何!? 分かる人がいたら教えて!?』


 当然のごときユリノ艦長の疑問が響く。

 まず一番に考えられる原因は、何かデブリの類いに衝突したから……という理由だったが、ケイジは即これを却下した。

 デブリとの衝突で穴が開いたというなら分かるが、円盤の縁だけ均等に折り曲げるなどという器用な衝突の仕方などあり得なかったからだ。

 だが、円盤部の縁が後方の〈じんりゅう〉に向かって折れ曲がっていることから、円盤部の前方から何かの力が加わったからこそ起きた現象と考えられた。

 

 ――〈ケーキ&クレープ〉及び〈じんりゅう〉が、知らぬ間に、目に見えない何か筒状の回廊に突入していたとか?――


 そんな突飛な考えさえ浮かんでしまう。

 確かに巨大な筒の中に突入したならば、その内壁に接触すたことで〈ケーキ&クレープ〉の円盤部の縁が後方に折れ曲がりそうな気もする。

 が……ということは〈ケーキ&クレープ〉後方の〈じんりゅう〉もその回廊に突入したことになり、ここ二週間一瞬の休みも無く土星圏を観測し続けていた〈じんりゅう〉が、その事実に気づかないとは到底考えられなかった。

 しかし、円盤部縁のの折れ曲がりは、こうして考えている間にも猛烈ない勢いで幅を増していっている。

 蓮の葉どころの姿ではなくなる時も近そうであった。

 それはつまり、円盤部を折れ曲がらせる“何か”は、今も継続して作用しているということであった。

 ケイジは論理的見地から、答えに近づいたような気がした。

 〈ケーキ&クレープ〉と〈じんりゅう〉が見えない回廊に突入したということはあり得ない。

 あり得ない……が、おそらく前方にあった見えない“何か”に接触し、今も接触し続けていることは間違いないのだ。

 〈じんりゅう〉に比べて〈ケーキ&クレープ〉の方が圧倒的に幅が広いので、真っ先に円盤部の縁に影響が出ているのだ。

 〈じんりゅう〉が今まで存在に気づかなかったことや、〈クレープ〉円盤部がいきなり破壊されるのではなく、折れ曲がっていることから、おそらく接触した何かはごく希薄なガスの類いなのだろう。

 ケイジは存在が観測されていなかった土星の新たな環のようなものを想像した。

 筒状の回廊に突入したわけでもないのに、〈ケーキ&クレープ〉円盤の縁が均等に盛りあがっていることにも説明はつく。

 〈ケーキ&クレープ〉は中心部の〈ケーキ〉部分が回転することによって生じる遠心力によって、その円盤状を維持している。

 つまり円盤部は今この瞬間も回転し続けているのだ。

 筒状回廊に突入せずともその縁の一部に力が加わるだけで、〈ケーキ&クレープ〉の円盤部が回転することで、勝手に力を縁に均等にくわえさせ、縁全体が折れ曲がるはずだ。

 例えるなら、粘土の乗ったろくろを回して壺を作る時のように……。

 そして、この仮説が事実だった場合、次に起こると考えられることは――。

 ルジーナ中尉の報告からこの結論に至るまで、約二秒。

 ケイジは眼前の画像の向こうで、〈ケーキ&クレープ〉がさらなる変化をとげるのを目にし、背筋がゾワリとするのを感じながらがら、ブリッジに向け思いきり叫んだ。


「ブリッジへ至急! 至急! 舵を左へきってください! はや~く!!」


 ――が遅かった。

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