♯3

「【ルイス・ワトニー・マニューバ】!? ブリッジ、いま【ルイス・ワトニー・マニューバ】って言いましたぁっ!?」


 思わずブリッジに聞き返すケイジの傍らで、テヴィリスが『え、ルイス何? 何マニューバだって?』とケイジの肩を揺すった。


「はい、知ってます――ええ、あの裏技のことですよね? ……本気ですか!? 了解……」


 焦るテヴィリスを余所に、ケイジは〈ワンダービート〉ブリッジの交信を続けた。

 

――汎用航宙士後方支援艦〈ワンダービート〉艦尾第四エンジン外殻上――。


 【紅き潮流】作戦開始から三時間弱、新たなる木星侵攻グォイド艦隊の発見と、迎撃戦闘が開始されてから2時間。

 半月上に頭上を覆う木星に見降ろされながら、装甲宇宙服ハード・スーツに身を包んだケイジとテヴィリスは、ダメコン要員としての任務についていた。

 今回慣性ステルス航行で侵攻してきたグォイド艦隊は、それまでの二度の迎撃戦闘時と比べ、慣性航行の速度がおそろしく早かった。

 どうやったのかは不明だが、敵艦隊は人類の索敵圏のはるか遠くで、事前に相当な加速を行ってから慣性ステルス航行に切り替え、ここまでやって来たらしい。

 それ故に三度めにも関わらず、木星防衛艦隊は迎撃ラインの構築が間に合わず、効率的な迎撃が出来なくなり、大半の敵艦の突破を許してしまっていた。

 この時、火星からの長旅の末に、ようやくSSDFガニメデ基地を目前にしていた〈ワンダービート〉は、敵艦隊との進路とは特に交差も接近もしておらず、航行に支障など無いかと思われていた。

 だが、木星防衛艦隊が新たに用意していた大質量実体弾投射艦が、実体弾による敵艦撃破を試みた為に事態は急変したのであった。


『ああ~!| まさか味方の弾に殺されそうになるだなんてーっ!』


 頭を抱えるテヴィリスを横目にケイジはブリッジからの指示に耳をすませた。

 五分前、迎撃ラインを突破した第三次グォイド木星侵攻艦隊に対し、木星防衛艦隊に臨時配備された大質量実体弾投射艦による砲撃が行われるとの連絡が〈ワンダービート〉に入った。

 〈ワンダービート〉はグォイドからは沈められる心配の無い位置にはいたが、そのグォイド艦隊を狙う大質量実体弾投射艦の射線上には入ってしまっていたのである。

 当初、〈ワンダービート〉は味方艦隊からのこの実体弾砲撃の射線からは、余裕で脱出できると思われていた。

 宇宙戦闘での実体弾は、UVキャノンに比べて射程は長いが、レーザーに比べれば弾速が遅いからだ。

 実体弾が〈ワンダービート〉に到達するまで、あと五分は余裕がある。

 事前の警告に従い、〈ワンダービート〉は直ちに機関出力最大で実体弾砲撃の射線からの回避行動を開始し、それを確認した木星防衛艦隊・大質量実体弾投射艦は射撃を開始した。

 数百発もの大質量実体弾が宙を駆け、グォイド艦隊に向け殺到する。

 SSDF木星防衛艦隊は、予めある程度グォイドに防衛ラインが突破されてしまうことを想定し、大質量実体弾投射艦を用意していたのだ。

 だが、ここで〈ワンダービート〉のポンコツエンジンが全力運転に耐えきれず悲鳴を上げ、停止してしまった。

 このままでは〈ワンダービート〉に実体弾の雨がふり注ぐ事になってしまう。

 臨時ダメコン要員となっていたケイジとテヴィリスは、直ちに停止した〈ワンダービート〉艦尾第四エンジンへと向かったが、実体弾が〈ワンダービート〉に到達する前にエンジンを再始動することは不可能だという結論に、すぐに至ってしまった。

 エンジンに使われているUVDが旧型かつ使い古しであることが、そもそもの原因なのだ。応急修理でどうにかできる問題では無かった。

 〈ワンダービート〉が生き延びる為に残された手段は、一つしか無かった。


『ケイジボーイ、いい加減に教えてくれ! そのなんちゃらマニューバってなんだ!?』

「説明は艦尾中央エアロックに移動しながらするってば!」


 ケイジは言うが早いか眼前の船殻にワイヤーガンを打ち込み、ワイヤーにぶら下がるようにして〈ワンダービート〉艦尾の中央へと向かった。


『わ、待ってくれ! 相棒バディを置いて行くなぁ!』


 慌ててケイジの後に続くテヴィリス。

 残りのエンジンで回避中の〈ワンダービート〉には、艦尾方向への加速Gが働いており、船外にいるケイジ達にとって艦の後方に移動するということは、壁に張り着きながら降りるような感覚を覚える行いだった。

 今、下にあるのは宇宙の虚空……それももうすぐ大質量実体弾の雨が通過する予定の空間が広がっている。ワイヤーガンの命綱無しでは到底不可能な行いだ。


「【ルイス・ワトニー機動マニューバ】ってのは、まだUVDが無かった時代から続く、艦を急加速させたい時の裏ワザのことだよ。出来る艦と出来ない艦があるし、凄く乱暴な手段だからダメコンのマニュアルには載ってないんだ」

『お、おう』

「この〈ワンダービート〉って艦は、元々豪華客船なだけあって、艦中央に無駄にでかい空間がある上に、ほぼ完全な上下左右対称の船体をしていて、艦尾のセンターにお誂え向きに大型エアロックがある。もし、その艦内の隔壁を開けっぱなしにしたまま、艦尾エアロックを開けたらどうなると思う?」

『どうもなにも、そんなことしたら艦内のエアが出まくるじゃないか』

「艦尾方向に、艦の重心点を貫く形でね。そして運動の第三法則が働き……」

『反動で〈ワンダービート〉が前に押されるってわけか! ……そんなに上手くいくのかぁ?』

「さぁ、それはやってみないと……。因みにルイス・ワトニー機動マニューバってのは、大昔に初めてこの機動をやった人の名前らしい」

『お前さんってヤツぁ……なんでまたそんなマニアックな事知ってるんだぁ?』

「脚が痛くて眠れない夜に、見まくっていた昔の映画でやってたんだ」

『ああ……そう。映画みたいにうまく行くと良いね!』


 テヴィリスは投げやり言った。

 〈ワンダービット〉の加速Gに従って下れば、艦尾に辿り着くのはすぐだった。

 全六基のエンジン・ナセルに囲まれ、主船体からはみ出た円筒状の出っ張りの底に、目的の艦尾中央エアロックはあった。


「テヴィー、ダメコン・キットにある残骸除去用のプラスチック爆弾を用意してくれ」

『あいよ! ああ、確かにオレは本来火器管制科員だけどさ、まさか自分の乗った艦に対して爆弾を使う日が来るなんて!』

「いいから手を動かす! あと二分以内に【ルイス・ワトニー機動マニューバ】を始めないと、実体弾の雨を食らうことになるよ!」

『ああああああこういう仕事こそヒューボに任せるべきだとオレは思う!』

「ヒューボは艦内の病棟区画で、怪我人の与圧区画への非難誘導で出はらってるってさ」

『Oh……No……』


 ケイジとテヴィリスは、恐怖を打ち払うように会話を続けながら作業を行った。


「ブリッジからの操作でエアロックの内扉は開放状態にしてあるから、あとは俺達がエアロックの外扉をこの爆弾で吹っ飛ばすだけだ。テヴィーは蝶番二か所に爆薬をセットしてくれ。オレはドアノブ側を吹っ飛ばす!」


 ケイジは命綱一本でエアロックからぶら下がる様にして、天井にあるエアロック外扉に爆薬をセットし始めた。

 艦の安全性を考えるならば、内と外の二枚あるエアロックのドアのうち、内側のドアを取り除く方が望ましく、ケイジ達にとっても安全な作業になりえたのだが、残念ながら〈ワンダービート〉の艦尾中央エアロックの内扉は内開きであった。

 下手に爆破すると、エアロックに詰まって手に負えなくなる可能性があった。対して外扉は外開きであり詰まる心配は無い。

 よってケイジ達が命がけで、エアロック外扉に爆薬を仕掛けることとなったのだ。

 爆薬のセットは危険ではあったが恙無く終えられた。


「カウント3で爆破する! 全艦、急激な加速Gと衝撃に備えぃ!」


 爆薬セット完了の連絡を終えたケイジは、テヴィリスと共にエアロック脇の安全な位置まで退避すると、ブリッジからの指示に従い起爆スイッチに指を掛けた。


「……2、1、爆破、爆破、爆破!」


 カウント0と同時に、ケイジ達のセットした爆薬が、ボッという地味な振動と共に起爆されると、エアロック外扉が〈ワンダービート〉内の1気圧の空気に押され、蹴飛ばされるようにして艦尾方向へと吹き飛ばされていった。

 同時に霧状になった艦内空気が、開け放たれたエアロックから猛烈な勢いで吐き出されて行く。

 テヴィリスが『ふがぁ~』という獣じみた呻き声を上げ、エアロックからの空気噴出に合わせて襲いかかってきたさらなる加速Gに耐えた。

 ケイジ達は装甲宇宙服ハード・スーツに装備された安全帯を、船体外殻部にあるEVA時移動用に無数に取り付けられたバーにひっかけ、このGに耐えていた。

 エアロックからは、霧状の空気の他に、紙の書類や本やVSのポスターにトレーディングカード、イスに観葉植物にユニフォーム等々、艦内にあった固定されていないありとあらゆるものが噴き出し続けていた。


「あ……」


 ケイジは吹き出し続ける物体の中に、エアロックの縁にぶつかりながら、ケイジが〈じんりゅう〉クルーの慰問イベントに合わせて作りあげた、全長3メートルの改修前〈じんりゅう〉の巨大模型が飛び出してきたのを目撃した。

 くるくると回転し、パーツをまき散らしながら遠ざかっていく〈じんりゅう〉の模型。

 そこそこ以上の時間と拘りと情熱を注いで作りあげた模型が、一瞬にしてただのデブリになってしまった瞬間を、を、ケイジはただ黙って見続ける事しか出来なかった。

 もちろん悲しかった、声にならない程に。

 問題なのは、自分に命の危険が迫っていることよりも、その事が悲しかったことだ。


「あ」


 と、その時、ケイジが安全帯を引っかけていた船殻上のバーが、ただでさえ老朽化していた上に、ケイジの重量と加速Gに耐えきれず、それの溶接されていた船殻パネルごとバキリと外れた。

 ケイジは間抜けな声を漏らす以外、何を成す間もなく、〈ワンダービート〉から虚空へと落下した。

 これが走馬灯という奴なのか――その瞬間、ケイジの脳裏に様々な思い出が過った。

 成長した幼なじみの姿や、銀髪の美人副長の全裸、泣いている自分を後ろから抱きしめられた時の感触、風呂上がりの幼なじみをはじめとした美少女達の姿と、その直後に食らったダブル・ジャンピング・ソバット等々などを…………。

 ――――不思議なことに脳裏を過る思い出は、全く記憶に無い・・・・・ものだった。

 彼女達は、間違い無く個人携帯端末SPADに挟まっていた写真に、自分と共に写って少女達だった。

 そして最後にケイジは、その写真に写っていたどの少女でも無い…………それでいてどこか見覚えのある美女からの、自分の呼ぶ声を聞いたような気がした。


『ケ……ケイ……ジくん……………………たい…………』


 悲しげなその声が、ケイジにはとても幻聴とは思えない程、明確に聞こえた気がした。

 思い出などではなく、今、この瞬間に……。


 ――これって……一体……。


『ケイジ!』


 不可解な走馬灯が、ケイジの記憶を掘り起こすかに思えたその瞬間、テヴィリスの放ったワイヤーガンの先端が、ケイジの装甲宇宙服ハード・スーツに命中し、ケイジの落下を引き止めた。


「!!」


 ケイジは一瞬にして自分の置かれた状況に引き戻された。

 虚空の彼方で、ついさっき流され、豆粒サイズまで遠ざかっっていったケイジ作の〈じんりゅう〉の巨大模型が、見えない何かに衝突したかのように、パッと粉々になったのが見えた。

 ケイジは瞬時にそれが意味することを理解した。

 大質量実体弾の雨が到達したのだ。

 〈じんりゅう〉模型以外の〈ワンダービート〉が吐き出した様々なゴミにも、次々と眼に見えぬ速さで実体弾が衝突し、吐き出された際のベクトルとは全く違う明後日の方向に弾き飛ばしていく。

 それは、次の瞬間、ケイジの身に実体弾が襲いかかってもおかしくない事態であることを示していた。


『ケイジぃ~! しっかりしろぉ~!』


 ワイヤーガンを必死で握りしめるテヴィリスを振り返ると、ケイジは自らもワイヤーガンを構えテヴィリスの傍の船殻に打ち込み、二丁のワイヤーガンのモーターのパワーで、加速Gに抗いながら己が肉体を引き上げた。


「…………サンキュー・テヴィリス二曹っ!」


 ケイジはほとんど初めて、テヴィリスの航宙士としての能力に感心しながら礼を述べた。

 さすが本来は火器管制担当なだけのことはあるというべきか、あの状況下でワイヤーガンを命中させるなどと、起きた後でなければ信じられなかった。


『良いってことよケイジ・ボーイ……まったくお前さんってヤツは……何がそんなに可笑しいんだ?』


 ワイヤーガンで引き上げながらそう漏らすテヴィリスの言葉の意味が、ケイジにはよく分からなかった。


『お前さん…………ぶら下がってる間めっちゃ爆笑してたぜ』

「……ホントに?」


 テヴィリスの説明を聞いても、ケイジには俄かには信じられなかった。

 エアロックからの空気の噴出は、ケイジが再び〈ワンダービート〉船殻に掴まるのと同時に、始めた時と同じように唐突に終わった。

 〈ワンダービート〉艦尾を、大質量実体弾の雨が通過し終わったのかは、実体弾の速度が速すぎて肉眼では確認のしようが無かったが、今自分達が無事であることが、危機が過ぎ去ったことの何よりの証拠であると思えた。


「…………」

『…………』


 それでもケイジとテヴィリスは、船殻にしがみ付きながら、念のために充分に安全を確認しておいた。


『おいケイジ・ボーイ! 木星が!!』


 恐る恐る身体を起こしたテヴィリスが、木星を指さしながら声を上げた。

 テヴィリスが何を言いたかったのかは、ケイジにもすぐに分かった。

 彼が指さした先に浮かぶ木星で、大赤斑の中心のガス雲が、ゆっくり泡立つようにそて半球状に盛り上がったかと思うと、次の瞬間、噴火するように弾けたからだ。


『〈じんりゅう〉は木星の底で何をやってるんだぁ!?』


 テヴィリスの疑問はもっともだとケイジは思った。

 そしてケイジは、あの一瞬の走馬灯で見た少女達に思いをはせた。彼女達は間違いなくホロトレーディングカードで良く見る〈じんりゅう〉のクルー達だった。

 失われた記憶の中で、一体自分と彼女たちと何があったんだ!?

 ケイジは気になって仕方無かったが、その疑問を解消する為には、まず自分と〈じんりゅう〉とが、この木星での戦いを生き延びねばならない……ケイジにはとりあえず〈じんりゅう〉の無事を祈るしかなかった。

 








 『チャイインドのミルクティーのような乳白色の靄が、高速で眼下を擦過していく……もう慣れっこになってしまったその光景の上で、またしてもワレは眠るようにして目覚めた。

 例によって、ワガひめさまの望みはぐぉいどのセンメツだ。

 良かろう望むところだ……特に今日は、下で〈ジンリュウ〉姉さまも戦っているのだ。妹たるワレが遅れをとるわけにはいかぬ。

 前回と同じように木星赤道を西から東方向へ周回し、ダイセキハン目掛けて降下してくる敵艦隊に相対速度を合わせつつ、ワレは背後から襲いかからんとした。

 眼下の雲海内には、既に無人機セーピアーとプローブを浅深度で並走させており、前回の戦闘のように下方からのナマコモドキの不意打ちにも備えている。

 ここまではワレとひめさま達の狙い通り。

 …………とはいえ、状況は余り芳しくは無かった。

 性懲りも無くまた来たナマコモドキ共は、前回よりもさらに数が多く、しかもワレがワレでいられるうちに、ワレの肉体たる〈ながらじゃ〉と僕の双子の計四隻の宇宙皮剥き器スターピーラーで倒せる範囲キルゾーンよりも大きく広がって飛来してきていた。

 大きな二つの集団となって前後に分かれて降りて来る敵艦隊に対し、今回のワレは、前回のように〈ジンリュウ〉姉さま用の〈らぱなす改〉は連れてきていないので、ワレは自前でこの敵をやっつけなければならない。

 対シードピラー戦に特化したワレの肉体たる〈ながらじゃ〉と〈げみにー〉|僕《しもべの双子》にとって、もっとも苦手な状況と言えた。

 とはいえ、この事態は初めてでは無い。対策はしてきていた。

 ワレは新たなナマコモドキの群が有効射程に入るなり、UV弾頭ミサイル攻撃を開始した。

 ナマコモドキ対策を求めるひめさま達の要望に対し、ノォバ・チーフが出した答がそれだった。

 〈ながらじゃ〉〈げみにー〉の本来のUV弾頭ミサイル搭載数は微々たるものだが、ノォバ・チーフらの手により、ガニメデ基地で第805VS艦隊の四隻には、本来ミサイル駆逐艦の船体中心部に搭載される使い捨て簡易ミサイル発射管が、針ネズミのごとく船体の空いている所に取りつられていた。

 グォイドとの戦闘で使うUV弾頭ミサイルは、命中すれば即轟沈させられるだけの威力があるかわりに、ばるために携行数に限りがあり、弾速が遅い為に対宙レーザーで撃ち落とされやすい兵器だ。

 だが、【ANESYS】戦術マニューバの最中のワレが、敵艦隊のど真ん中に飛び込んで使えば、その欠点はカバー可能だ。

 宇宙皮剥き器スターピーラーの届かない遠距離の敵には、このUV弾頭ミサイルによる火力で対応する。

 問題があるとしたら、優美な〈ながらじゃ〉と〈げみにー〉の船体には、束ねられた細長い箱の塊でしかない簡易ミサイル発射管は、おそろしく似合わないということだ。

 ワレのハブたるひめさまも、【ANESYS】戦術マニューバを始める直前まで「こんなのかっこわ~る~いぃ~」と愚痴まくっていた。

 しかし、いかにワレのひめさまが気に入らずとも、UV弾頭ミサイルの威力は絶大だった。

 ワレはUV弾頭ミサイルを敵の只中でばら撒きながら、宇宙皮剥きスターピーラーを展開し、目に付くナマコモドキというナマコモドキを切り刻んでいった。

 今度こそナマコのサシィミにしてくれるわ! と。

 宇宙皮剥き器スターピーラーのUVワイヤーも、ナマコ・モドキを分析したノォバ・チーフによって強化され、あの頑丈なナマコ・モドキの船体を両断可能になっていた。

 眼前のぐぉいどを斬る……斬って斬って斬りまくる。それこそがワレの使命。ワレの存在意義。その行為それこそワレという存在そのもの……。

 ワレという存在を形作る彼女達のハブたる姫が、ワレの中心核で、ぐぉいどを斬れ! と強くそう望むのを感じる。

 ワレは大いなる破壊のヨロコビと少しのキョウフ、それと微かなムナシサのような感覚を覚えながら、ひめさまの望みに全力で答えようと、ぐぉいどの群の中を暴れ回った。

 彼女達の思考を束ねたるワレにとっては、ぐぉいど共は遅かった。

 僕しもべにして分身たる双子達と共に、敵の反撃をひらりとかわしつつ、グォイドの群れを次々と斬り飛ばしていく。

 ぐぉいどと戦いながらも、ワレの眼下を高速で擦過していたモクセイのクウキたるチャイ色の絨毯が、刻々と濃なり、ワレを覆っていくのを感じる。

 ここはもうモクセイの表層ではない、モクセイのガス雲上層なのだ。

 ワレの挑むぐぉいど共はもちろん、ワレの身体たる〈ながらじゃ〉のカンシュが、モクセイのガスとのショウトツによるダンネツアッシュクによって山吹色にあぶられはじめた。

 ワレに許された時間には限りがある。

 ワレがワレでいられる時間のリミットは確実に迫ってきていた。

 ワレは〈ながらじゃ〉を高速ロールさせると、宇宙皮剥き器スターピーラーのUVワイヤーを介し、左右両舷に伸ばした補助エンジンナセルをぶん回しながら、ナセルに搭載されていた簡易ミサイル発射管から、遠心力を上乗せしたUV弾頭ミサイルを発射した。

 通常の発射速度よりも遥かに高速で放たれたUV弾頭ミサイルは、敵に回避も迎撃も行う間も無く命中した。

 木星上空に瞬く幾つもの虹色のUV爆発光。

 それは、敵が頑丈なナマコモドキであることを考えれば、姉さまがケレス沖であげた戦果に匹敵するといっても良いかもしれない……一瞬そう思えた。

 ワレにはまだ切り札が残されていたからだ。

 ワレは前後二つの集団に分かれた敵艦隊に対し、〈げみにー〉三隻で先頭集団の頭を押さえ、後方集団を〈ながらじゃ〉で追いたて、それ以上広がれないように巧妙に動きを阻害してきていた。

 そして待っていた。大質量実体弾投射艦が放った実体弾の雨が降り注ぐのを。

 全てがワレと木星防衛艦隊の目論見通りに進んでいた。

 ワレの使命は最初からワレ自身の手で敵をセンメツすることではないかった。

 ワレがワレでいられる時間内に、SSDF木星防衛艦隊が、敵が大赤斑に向かうことを見越して放った大質量実体弾の雨が降り注ぐ位置と時間に、敵艦隊をくぎ付けにしておくことこそがワレの使命だったのだ。

 すでに敵艦隊が実体弾の雨からの回避を試みても、もう間に合わない状況となった。

 ワレはこの戦闘での勝利を確信した。……………………が、それはワレの願望であり現実では無かった……』







『もっと早く気づいても良い異変であったかもしれないと、後になってみれば思えた。

 今回飛来してきたぐぉぃどの群は、木星防衛艦隊に発見された当初は、よく見られる巨大なエンスイ陣形で突撃してきていた。

 それが正面で待ち構えるSSDFの防衛ラインを突破するのに最も適しているからだ。

 しかし今、木星上空まで達した敵艦隊は、何故か前後の集団に分かれて降下してきていた。

 それも、宇宙戦闘ではあまりメリットの無い球体を前後に切ったような謎のハンキュウ陣形でだ。

 実体弾をぶち当てる為に一カタマリになって欲しいワレにとっては、いささか気にくわない陣形であった。が、その陣形は実体弾が降りそそぐ寸前でさらに変った。

 まるで実体弾の雨に自ら当たりにいくかのように、前後ハンキュウケイに分かれていた敵艦隊が、上昇をかけつつ中央でまた平たいダエン形の一カタマリになったのだ。

 そして実体弾の雨は、ぐぉいどの群へと降り注いだ。

 直上から木星の重力を味方につけて降り注いだ大質量実体弾は、敵のUVシールドを容赦なく貫通し破壊した。

 直後、木星上空に咲き乱れる虹色のUV爆発光の数々。

 その中で無事でいられるナマコ・モドキなど、いるわけが無いように思えた。

 がしかし、その無数UV爆発の爆煙を突き破り、姿を現したものがあった。

 慣性ステルス航法!!

 気づくのが遅かった……遅すぎた。

 ナマコ・モドキの爆発衝撃破により、その直下に潜んでいた何者かを覆っていた可視光すら欺くステルス機能幕が弾けて消え、凹凸の激しい棒状のパーツを束ね、短いパイプ状にしたような、初めて遭遇するぐぉいど艦が現れた。

 そのサイズはしーどぴらーに匹敵するが、しーどぴらーよりも短く太い。


 …………リバイアサン……。


 ワレはその禍々しい姿から、新種の巨大ぐぉいどをそう呼ぶことにした。

 極彩色イソギンチャクを連想させられたからだ。

 艦首から艦尾にかけて、船体中央がパイプ状に吹き抜けになっていることから見て、この新種のぐぉいどが機能的にしーどぴらーの亜種では無さそうだった。

 一体この新種のぐぉいどがどんあ能力を持ているかは、外見からだけでは予測が困難だった。

 ワレはこの時になって、ようやく敵の不可解な陣形の変化の謎が解けた。

 これまでのナマコ・モドキの群の動きは、すべてこの新種ぐぉいどを守り隠す為だったのだと。

 最初はリバイアサンを守る為に前方でエンスイ陣形に。

 木星上空では、ワレの〈ながらじゃ〉と〈げみにー〉から守る為に前後に別れ、最後は実体弾から守る為に、リバイアサンの真上で一カタマリとなったのだ。

 可視光すら欺くステルス幕は、非常にもろい為に、本来であれば展開したままでは慣性航行以外は出来ないと考えられていた。

 しかし、ナマコ・モドキで囲みUVシールドを用いて補助してやれば、周りのナマコ・モドキの姿は隠せなくなるが、このリバイアサンの存在は隠したまま、加減速なり進路変更なりを好きに行いながら、木星に侵攻することができるのではなかろうか? 

 それはつまり、このリバイアサンの木星への突入こそが、今回のぐぉいどの群の真の目的であったということになる。

 同時にそれは、ワレの敗北を意味していた。

 ワレがワレでいられるタイムリミットが迫ろうとしていた。

 チクショー!

 ひめさまならば、きっとそう喚いて暴れるだろう。下では〈ジンリュウ〉姉さまも戦っているというのに……。

 ワレはこのまま彼女達に還るまで、時を無駄にする気は無かった。

 奴に初めての宇宙皮剥き器スターピーラーを味あわせるべく、ワレは肉体たる〈ながらじゃ〉を〈げみにー〉と共にスラスター推力最大でリバイアサンに向け突撃させた。

 しーどぴらーの皮をひん剥けるワレならば、しーどぴらーと同じようなサイズのリバイアサンだって剥けるはずだと。

 が、人類の前に初めて姿を現したリバイアサンは、あっさりと〈げみにー〉三隻の突撃をUVシールドで弾き飛ばし、〈ながらじゃ〉の宇宙皮剥きスターピーラー先端の補助エンジンナセルを体当たりで破壊した。

 ワレは何も出来ないまま、無様にスピンしながら木星の雲海へと弾き飛ばされた。

 ワレの視界の隅で、リバイアサンが大赤斑に向かうガス潮流に乗るべく、ガス雲へと潜航していくのが見えた。

 ナマコモドキの多大な犠牲を払いながら、リバイアサンは、一体木星ガス雲の奥底へ何をしに向かうというのだろうか?

 それが何にせよ、人類にとってロクなことでは無いのは間違いない。


「姉さま…………どうか気をつけて……」


 ワレに出来るのは、ただ念じることだけだった。

 大赤斑の奥底にいる彼女に、ワレの言葉を伝える術など無い。

 だがその時、ワレは聞いたような気がした。

 悲し気な姉さまの声を……少年の名を呼ぶ声を……会いたいと望む声を……。

 曖昧になっていく思考のなかで、ワレは姉さまに何も答えてあげられぬまま、ワレは眠るようにして、彼女達へと還っていった』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る