♯2
現地修理用・技術支援艦〈ヘファイストス〉は、一見工具箱のような巨大な四角柱の主船体の後ろに、推進ブロックを取りつけた船体を持つ艦であった。
その主な任務は、戦闘で傷ついた航宙艦を戦闘宙域の後方で応急修理し、速やかに戦闘へ復帰させる事にある。
その為〈ヘファイストス〉の箱状船体の中には、各サイズのガントリー・アームをはじめとした修理用装備がぎっしりと収まっており、必要に応じてそれらを船外に展開、接舷した修理対象艦に必要な補修作業が行える。
今〈ヘファイストス〉は艦尾を大赤斑に向け、猛烈なスラスター噴射で木星重力に抗いながら、その船体左右の大型ハッチを展開すると、大型ガントリー・アームに把持された大型耐圧特殊UV弾道ミサイルを船外へと出し、その弾頭部を艦尾の大赤斑へと向けた。
大型耐圧特殊UV弾道ミサイルは、大型の大質量実体弾投射艦用の弾頭を利用したものであり、〈ヘファイストス〉はもちろん、〈じんりゅう〉〈リグ=ヴェーダ〉、〈ナガラジャ〉のどのミサイル発射管でも、巨大過ぎて発射することはできない。
結果、発射態勢は〈ヘファイストス〉の大型ガントリー・アームで把持し、木星重力に任せて落とすという、発射というより投下というべき方法になってしまった。
だが今回の任務内容では、それで充分であったとも言える。
強力な木星重力が、放っておいてもミサイルを加速させてくれるからだ。
「チーフ、ミサイルの発射準備はもう完了ということで良いんだな?」
「……ああ、時間内でできることはやった」
ビュワーに映るミサイルの尾部スラスタ越しの大赤斑を睨みながら、テューラの問いにノォバは答えた。
その表情には疲労が浮かんでいたが、同時にこれ以上できることは無いという覚悟も窺えた。
「よし、では始めるぞ。〈リグ=ヴェーダ〉〈ナガラジャ〉、艦尾側主砲発射用意」
テューラが無線で指示を下すと、〈ヘファイイストス〉の左右に並ぶ僚艦の、艦尾側の主砲が僅かに旋回、伏仰を整えた。
「大型耐圧特殊UV弾頭ミサイル投下せよ」
『了解。大型耐圧特殊UV弾頭ミサイル投下、投下、投下』
次のテューラの指示に続き、〈ヘファイストス〉クルーの復唱が返ってくると。ビュワー内に見えた大型ガントリー・アームが、掴んでいたミサイルを離した。
地球の2.5倍の重力に従い、大赤斑へ向かって真っ逆さまに落下していく大型耐圧特殊UV弾頭ミサイル。
『各UVキャノン、ミサイル雲海突入タイミングに合わせ、オート射撃開始します』
〈ヘファイストス〉クルーの報告と同時に、〈リグ=ヴェーダ〉〈ナガラジャ〉搭載の艦尾側UVキャノンが火を吹いた。
圧縮加速されたUVエネルギーの塊は、一瞬で先行していた大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルを追い越すと、大赤斑中心部のガス雲へと突き刺さり、巨大な円筒状にガスを吹き飛ばした。
次の瞬間、UVキャノンが空けたその回廊へと突入していくミサイル。
『大型耐圧特殊UV弾頭ミサイル、回廊への突入を確認、予定起爆タイミングまであと10分32秒』
〈リグ=ヴェーダ〉と〈ナガラジャ〉の放ったUVキャノンは、ミサイルのガス雲突入を補助する回廊形成の為であった。
ガスが吹き飛ばされ、真空状態となった回廊内ならば、ミサイルはその分だけ抵抗を受けずにガス雲深部へと進むことが出来る。
「ま、気休めでも無いよかマシだぁ」
ノォバはぼやくようにそう言ったが、雲海に出来た回廊へと消えたミサイルを見つめる目は真剣であった。
UVキャノンで穿たれた回廊は、ガス雲深度200キロ程までしかなく、しかもミサイルがその深度に到達する頃にはガス流によって当然塞がってしまっているだろう。
だが、できることなら何でもしておきたかったのだ。ノォバもテューラも、この場にいる誰もが。
これで上空にいる者達が〈じんりゅう〉に対してできることは、もう祈ることだけになってしまうのだから。
そして、木星上空にいるテューラやノォバ達には、〈じんりゅう〉のことだけを心配していれば良いわけでも無かった。
『〈ナガラジャ〉より〈ヘファイストス〉
〈ナガラジャ〉艦長アイシュワリアの声が〈ヘファイストス〉
今から二時間前、警戒中の木星防衛艦隊から、新たな慣性ステルス航行中の敵艦隊を発見し、一〇数隻のナマコ型潜雲グォイドが、同艦隊の迎撃をすり抜け、木星へと接近中であるとの報告が入った。
新たなナマコ型潜雲グォイド艦隊の目的地が、大赤斑であることは、今更確認するまでも無いことであった。
何故、自分らが【紅き潮流】作戦を行っている時に限って、次から次へとグォイドの奴らはやって来るんだ!? などと偶然の神を呪う段階は、すでに過ぎ去っていた。
順番が逆だ。木星の恒星化にむけグォイド共が集結しつつあるタイミングで、その予兆を嗅ぎつけた人類が【紅き潮流】作戦を始めてしまったのだ。
「了解〈ナガラジャ〉、グッドラック」
テューラとノォバは、離れていく〈ナガラジャ〉と〈ゲミニー〉を見送りながら、ただ無事な帰還と勝利を願うだけであった。
ただアイシュワリア達を心配しているだけでは無い。
〈ヘファイストス〉と〈リグ=ヴェーダ〉には申し訳程度の武装しかなく、仮にナマコ型グォイドとの戦闘に陥ってしまった場合、万が一にも生き延びることは出来ないからだ。
SSDF木星防衛艦隊の迎撃行動をすり抜けた敵艦隊は、あと10分で木星衛星軌道に到達する。
――【オリジナルUVD停止・回収作戦】――
▼フェイズ2進行中▲
『「アネシス・エンゲージ!」というユリノの叫び声を、遠い残響のように感じながら、ワタシはまたしても眠ると同時に目が覚めるような……そんな不可思議な感覚と共に覚醒した。
同時に、ワタシがワタシであるという自覚を持って以来の、おそろしく膨大な量の情報が、一気に私の思考を駆け巡る。
今何が起きていて、今ワタシが何をすべきなのかを、一瞬にして把握する。
そして今回のワタシを取り巻く環境が、普段ワタシが目覚める宇宙空間とは比べ物にならぬ程に、遥かに厳しいことを知る。
――気を抜けば…………死ぬ――。
純粋な危機感が、ワタシとワタシを形作る彼女達の生命を守るべく生存本能として働き、今のワタシをかつて無いほどに鋭く明確に形作っていた。
正直、こんな環境で目覚めるくらいならば、グォイドの群に飛び込んでいた方がマシだ。
今、ワタシをワタシたらしめてるのは、悔しい事に、ケレス沖でのあの少年の思い出では無かった。そのことが、さらにワタシの心に暗い影となって染み込むのを感じる。
ここは今までワタシが経験したどの戦場とも違う、眼前に見えるのは、陽の光も届かぬモクセイ奥深くのガスの雲海。
ヒトの眼には一寸先も見えぬ闇の世界が広がっていた。
しかし、ヒト達と機械の統合されし
…………でもそれは、あくまでワタシが目覚める前の
今のワタシが把握できる〈ジンリュウ〉周囲の環境の範囲は、普段のまっさらな宇宙空間での索敵範囲の千分の一の広さも無かった。
そして普段のワタシの覚醒時には考えられないような、強大なガス大気の圧力と電磁波がワタシの肉体たる〈ジンリュウ〉の船体を襲う。
その負荷は、三日前にモクセイ表層で目覚めた時とは比ぶるべくも無い程に強く危険だ。
ワタシがいかに努力しようとも、今〈ジンリュウ〉を守っているUVシールドがオシャカになれば、瞬時にしてワタシもワタシを形作る彼女達もこの世から消え去る。
[オ……オイ、
バトルブリッジ内にいるエクスプリカが、姿を見せないワタシをキョロキョロと辺りを見回して探しながら、新たなワタシの呼び名で尋ねる……がワタシは彼に答えるどころでは無かった。
有り体に言って、今のワタシは必死であった。
怖かった……不安だった。
怒りや悲しみならば半年前にケレス沖で経験した。だがこの感情は、
[オイ、
呼びかけるエクスプリカに答える余裕も無く、ワタシは今回課せられた使命を全うすべく、彼女達だった時の表現で言えば、〈おっかなびっくり〉といった感じで我が肉体たる〈ジンリュウ〉を操った。
全くノウハウの無い環境下で、ぐぉいどに沈められるまでも無いくらいに危険な高圧ガス雲の中を降下しながら、同時に上方、艦尾方向から降下して来る二発のミサイルを操る。
おりじなるUVDを二発のミサイルの爆発で停止させることなど、ワタシにかかれば容易いことだ……こんな環境でなければ。
それこそが今回のワタシの使命、ワタシの存在意義、その行為それこそがワタシだからだ。
普段は感じることのない猛烈な風の抵抗を、艦首方向を尖らせたUVシールドで斬り裂くようにして急降下する。
降下に合わせて高まるガス大気圧を、増設されたUVシールドコンバーターの力でなんとか耐え忍ぶ。
ワタシの肉体がもつかもたないかは、このシールドコンバーターにかかっていた。
〈ジンリュウ〉を急降下させる一方で、同時にワタシは艦首方向の彼方で、UVエネルギーをふりまきながら回転し続けるオリジナルUVDをグォイドの手から守るべく、わが分身たる二隻の〈らぱなす改〉D型を操り、ナマコモドキと戦わせていた。
ナマコグォイドは残り四隻となっていたが、それ以上は減らすことができないでいた。
目覚める前にクィンティルラが行った奇襲こそ成功したが、それ以降は敵も警戒を強めてしまったからだ。
だが今はそれで充分だった。囮となってオリジナルUVDにグォイドのを近づけさせさえしなかれば。
最後の一匹となったスネークイドは果敢に闘っていたが、ワタシには一切気づいていないようだった。
グォイドの注意を反らすことができたお陰で、邪魔されることなくオリジナルUVDの真上から二発のミサイルと共に垂直急降下する。
UVエネルギーを振り撒きながら回転するオリジナルUVDは、さながら超馬鹿でっかいプロペラのようであった。
その高圧UVエネルギーで出来たプロペラの羽根、この環境下でに接触すれば、もちろん〈ジンリュウ〉はオダブツだ。
ワタシはそのプロペラの羽と羽の間を減速することも無く通過した。
エクスプリカがその瞬間、短く[ヒィッ!]と悲鳴らしき電子音を漏らす。
後方でさらにミサイル一機をオリジナルUVDの隣を通過させる。
この手の機動はワタシは得意だ。
さらにグォイドと戦わせていた健在な〈らぱなす改〉D型二隻も、ミサイル爆発から逃すべく急降下を開始させた。
ワタシが目覚めてから実時間で三分も経って無い。
もう一機の大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルと、オリジナルUVDの下へと通過した大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルとの二機が、オリジナルUVDを挟んで完全に等間隔にして直線で結ばれる瞬間がやってくると、ワタシはミサイルを精緻にコントロールしつつ、さっさと起爆させた』
――【オリジナルUVD停止・回収作戦】――
▼フェイズ2からフェイズ3『艦尾にミサイルを従えつつ、〈じんりゅう〉はオリジナルUVDの脇を高速で通過、そのまま限界深度までガス雲を潜航し、艦尾方向で起きるミサイルの爆発から難を逃れつつ、【ANESYS】の能力で正確にミサイルを起爆、オリジナルUVDを停止させる』へ移行▲
『そしてその瞬間ワタシは気づいた。
重大な事を見落としていたことに……。
ワタシという存在は、【ANESYS】と呼ばれるこのシステムによって、ユリノ、サヲリ、カオルコ、フィニィ、ルジーナ、クィンティルラ、フォムフォム、ミユミ、……それとキルスティの九人の少女の思考と、〈ジンリュウ〉のメインコンピュータの情報処理能力とを統合することで、超高速でグォイドとの宇宙戦闘に必要な情報処理を行おうとした結果生まれた統合思考体だ。
その高速情報処理能力は、ヒト一人では到底不可能な様々なシミュレートや複雑な軌道計算を複数同時に行うことを可能とする。
それはグォイドと戦う上で、この上無き武器となるはずだった。
……だがそれだけだ。限界も存在する。
戦闘に関する事で、彼女達の誰も知らず思いつかず、〈ジンリュウ〉のメインコンピュータにも収められていないデータがあった場合、ワタシは高速情報処理能力の信頼度は著しく低下するのだ。
少なくとも見落としが生まれる可能性が生じる。
そしてその見落としが致命的である可能性も……。
ワタシは彼女達が考えた稼働中のオリジナルUVD停止作戦を実行に移しつつ、同時にミサイルに先んじて、
テューラとノォバからの、クロヴチとかいう人物が持ってきたドクター・スィンに関するデータと、オリジナルUVDによる木星恒星化のVSファンによる客観的観測データだ。
ワタシはそれらのデータを得て、初めて新たな可能性に行きついた。
行きついてしまったのだ……。
木星が上下に潰れかけている……。
そのデータは確かに木星恒星化の証左と言えるかもしれない。
木星の中心部でオリジナルUVDがもたらした無限のUVエネルギーが、疑似重力を作り出し、中心密度が上がれば、あるいは木星が太陽となることは理屈の上では可能なはずだ。
だが、問題はそんなことでは無い。
今問題なのは、その木星恒星化が木星が上下に潰れているのが分かる程まで進行してしまった状態から、突然オリジナルUVDを停止させ、UVエネルギーの供給を絶ってしまったならば、どうなってしまうか? ということだ。
ワタシはそれをシミュレートするのが怖くなった。
そしてシミュレートの必要も無かった。
ワタシがその問題に行きついた正にその瞬間、オリジナルUVDを止める為の大型耐圧特殊UV弾頭ミサイル二機は起爆させたからだ。
元からワタシにも彼女達にも選択肢など無かった。
仮に二機の大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルによる、オリジナルUVDの停止を諦めたとしても、木星がそのまま恒星化されるだけだ。
だからワタシは彼女達が立てた作戦をそのまま実行するしかなかった。
ワタシはオリジナルUVDを停止させるのに最も適切な位置とタイミングで、二機の大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルを爆発させた。
次の瞬間、ワタシの上方、〈ジンリュウ〉艦尾方向を覆うガス雲が、それこそ太陽でも誕生したかのようなカッと眩く輝いた。
二つのUVエネルギーによる大爆発と二つの強大なEMPが、オリジナルUVDを上下からがっちりと挟み、その周囲の木星大気を吹き飛ばすと同時に、オリジナルUVDを稼働状態に至らしめている磁場を相殺する。
ワタシはかき混ぜられ何も計れなくなったガス大気の奥で、オリジナルUVDが目論見通りに停止したことを確信した。
そして爆発時の強大な衝撃破が〈ジンリュウ〉に迫りくることも。
ワタシはその瞬間、〈ジンリュウ〉を反転させ、艦首を上方へと向けさせるとUVシールドを艦首方向へ向け集中展開させた。
そのさらに上方では、二隻の〈らぱなす改〉が同じように艦首を上方に向け、〈ジンリュウ〉の盾となるべくUVシールドを艦首に集中展開させている。
爆発から数秒遅れで、〈ジンリュウ〉と〈らぱなす改〉の元に衝撃破の壁が襲いかかってきた。
ワタシの目の前で、最前列の〈らぱなす改〉が衝撃破に触れた途端、抗う間も無く粉々に砕け散り、濃密な大気内での爆発による衝撃破の恐ろしさを証明する。
二隻目の〈ラパナス〉は何とか衝撃破に耐えたかに見えたが、UVシールド発生機が限界に達し、シールドが消失すると同時にクシャリと圧壊した。
[オオオオオオオオ!!]
そしてエクスプリカが何事か喚く中、衝撃破が〈ジンリュウ〉に到達した。
〈ジンリュウ〉の船体がシェイカーボトルのごとく揺さぶられる。バトルブリッジ内のクルー達の首が折れないよう、ワタシは各座席の頭部固定パッドの圧力を上げた。
もっと下へ逃げることが出来れば、衝撃破からは逃れることができたはずだったが、木星ガス大気もうこれ以上深く潜ることは、UVシールドが許してくれそうになかった。
ノォバが増設してくれたUVシールドコンバーターが悲鳴を上げる。
高速上方処理能力を得た分だけ、引き延ばされた時間感覚によって、ワタシには衝撃破が〈ジンリュウ〉を通り過ぎるまでが、永遠のように思えた。
ワタシの存在意義たる高速情報処理能力を活かすことも出来ぬまま、ただひたすら衝撃破の恐怖に耐え、通り過ぎるのを待つこと数秒、再びバトルブリッジに静寂が訪れた。
作戦開始以前で最も懸念されていた、大型耐圧特殊UV弾頭ミサイル二機の爆発による衝撃破の脅威は去った。
またしても〈らぱなす改〉二隻を盾にすることで、この窮地を脱したのだ。
重力下大気圏内では、爆発のエネルギーは主に水平方向及び上方に向かって広がるという事実にも救われた。故にワタシは爆発地点より下に逃げわけだが……。
だがワタシに課せられた任務も、許された時間もまだ半分しか終わっていない。
ミサイルの爆発によって生じた真空空間が、ガス大気の圧力で再び閉じ合わさろうとしはじめた。ワタシはその大気の流れに乗り、直ちに〈ジンリュウ〉上昇を開始させた。
目的の物体は、すぐに向こうの方から近づいて来た……というか落下して来た。
停止しUVエネルギーの噴出を止めたオリジナルUVDだ』
――【オリジナルUVD停止・回収作戦】――
▼フェイズ3からフェイズ4『停止状態となり、木星重力に従い落下してくるはずのオリジナルUVDを〈じんりゅう〉はその直下で待ちかまえる形で回収』へ移行▲
『索敵圏内にオリジナルUVDを確認すると、ワタシは〈ジンリュウ〉の上昇を止め、自由落下態勢となり、再び降下を開始させた。
オリジナルUVDは人造UVDに比べ遥かに軽量ではあるけれど、落下速度そのままで〈ジンリュウ〉とドッキングさせるなんてことをすれば、艦尾ノズルコーンのソケットが壊れる。
ワタシは必死でオリジナルUVDと相対速度を合わせ、一緒になって落下した。
当然、〈ジンリュウ〉の耐圧限界を超える深さまで潜航してしまえば、ワタシも彼女達もオダブツだ。いつまでも降下はしていられない。
それに、恐れるべき事態はまだこれからもあるのだ。
重力下大気圏内を落下する物体をキャッチすることは、真空無重力で同じ事をする何倍も難しいということを、ワタシはその身を持って経験した。
大気があるのと無いのとでは、空気抵抗の予測計算がおそろしく面倒になるのだ。
ましてやここはガス流渦巻くモクセイの大気圏だ。
巨大な円柱たるオリジナルUVDは、計算不可能なランダムな風にあおられ、勝手気ままに向きと方向を変えながら、重力に引かれ落下を開始してきていた。
オリジナルUVDは簡単にはワタシに回収されてはくれなかった。
回収するまでに、なんと三回もトライしては失敗してしまった。
重力下大気圏内を落下する物体をキャッチすることは、真空無重力で同じ事をする何倍も難しいが、このワタシにかかれば不可能という程では無いのだ。
ワタシが行う意外に手段は無かったと言っても良いくらいだ。
ドンピシャでオリジナルUVDと〈ジンリュウ〉との速度と方向と位置が揃った瞬間、〈ジンリュウ〉艦尾、メインスラスター・ノズルコーンの先端ソケットに、木星オリジナルUVDはブリッジを揺さぶるゴーンという衝撃と共にドッキングした。
――【オリジナルUVD停止・回収作戦】――
▼フェイズ4からフェイズ5『〈じんりゅう〉、オリジナルUVDと共に木星ガス雲より浮上、上空待機中の僚艦と合流』へ移行▲
『ワタシはオリジナルUVDのドッキングが成功すると、即座に〈ジンリュウ〉の艦首を上げ浮上を開始させた。
だが、大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルが通って来た大赤斑の
〈ジンリュウ〉の直上は、ミサイルの爆発によって生まれた真空空間が戻る際に生じた乱流で、とても垂直上昇するどころではないからだ。
そして、メインスラスターがオリジナルUVDで塞がってしまった〈ジンリュウ〉は、それ以前に比べ、遥かに推力が減衰していた。
ワタシに残された選択肢は、反時計回りに回転する大赤斑の流れにそって、大きな螺旋を描きながら上昇するしかない。
ワタシは〈ジンリュウ〉を水平飛行よりやや艦首を上げた姿勢にさせると、出来うる限りの速度で大赤斑を形成する無数のガス流へと飛び込んだ。
少しでも上昇するのに都合の良いガス潮流を探しながら……。
〈らぱなす改〉二隻を失ったことで、ワタシの索敵し把握できる周囲の状況は、極端に狭くなっていた。
それまで得たガス潮流の状況や、そこからシミュレートした未来予測を頼りに〈ジンリュウ〉を上昇させる。
その〈ジンリュウ〉の船体のすぐ傍を、一機のミサイルが通過していった。
[ヒアァア!]
エクスプリカの甲高い電子音。
索敵エリアが狭くなったことが、早速〈ジンリュウ〉の仇となって襲ってきたのだ。
ワタシが後方に残すUV航跡を追跡したらしいミサイルは、ガス乱流に呑まれて命中はしなかった。だがそれは、死刑が先延ばしにされただけなのかもしれない。
後方にナマコグォイドがいる。
さっきの大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルの爆発を生き延びた奴がいるのだ。
UV航跡の問題から、敵に後をとられた場合、ワタシには敵が見えず、敵にはワタシの位置が分かってしまう。
正直、これはピンチと言えた。
心配事はそれだけでは無い。
ワタシは恐れていた。
テューラとノォバからの、オリジナルUVDによる木星恒星化のVSファンによる客観的観測データを受け取った瞬間から。
ワタシはそれらのデータを得て、初めて新たな可能性に行きついていたの。
木星が潰れて見えるほどに恒星化が程進行していた状態から、突然その動力源たるオリジナルUVDを奪ってしまったならば、さっきのミサイルの爆発で生まれた真空空間が、元に戻ろうとする力で乱流が生まれたように、潰れかけていた木星が元に戻ろうとする力が働くはずなのではないか……と。
そしてその元に戻ろうとする力は、理屈から言えば、無理矢理に星の形を変える程のパワーと同等の力があるはずなのだ。
つまり、オリジナルUVDによる木星恒星化を止めてしまった今、上下に潰れ、横に広がっていた木星は、元の真球形に戻ろうとする。
幸い木星はガスでできた星だ。木星中心部で起きた変化が、木星全体の伝わるには時間がかかる。少なくとも今すぐではない。
早くて数分後だ。
だがもし、その変化が起きたならば、それは先ほどのミサイル爆発の衝撃破が可愛く思える程に強大なガス大気の乱流となるだろう。
何しろそれは惑星全体の規模で起こるのだから……。
ワタシは一刻も早く、このガスの星から脱出する必要があった』
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