♯3

「……ってことはですよ、そのケイジとかいう人の事を、皆さんが……全員……一人残らず……誰もが好きになっちゃったから……その例の彼女・・とやらが生まれ、ケレス沖会戦で〈じんりゅう〉が勝利できた、という結論で良いんですよねぇ? ……………………………ホントにぃ!?」

 エクスプリカはから一通りの説明を受けたキルスティは、自分でそう推理しておきながら、すぐには信じられなかった。

 救助した男子のことを、クルーの一人や二人が好きになったというのなら、まだ分からないことも無くは無い。

 死の危険が迫る中で、男女が出会っちゃったなら、そういう事もあるらしいのだ――と、キルスティも幾つかの実例や数々のフィクションで知ってはいる。

 ユリノ艦長の姉の例もある。

 一応これでも女子だし、そっち方面に興味が無いわけでは無い。ただ優先事項が普通の女子とは著しく事なる人生を選んだというだけだ。

 が、それがまさかクルー全員でとは……。

「どどどどど、どんな人なんですか!? どこが気にいったんですか!? 見た目は? 性格は?」

 質問疑問が溢れ出てきた。

 もう何度も似たような質問をしているはずなのだが、その問いに正面から答えてくれるクルーはいなかった。

 十六歳の少年、やや小柄で細身、真面目でお人好し、でも助平、料理ができる、エンジニアスキルは経験値の割に高い方、お人好し、時に凄く頑固……。

 そこまで聞きだすだけで結構な時間がかかってしまった。

 そして一番重要な『彼の事が本当に好きなのか?』という問いに対しては、顔を赤らめ無言で俯くか、あからさまに目を反らしながら、ただの友達、同僚、部下、コパイロット、幼なじみ――として大切な人なだけ……などと質問とはややずれた答が返ってくるだけであった。

 しかしそれらの答は、逆説的にキルスティに、彼女らのケイジに対する気持ちが本物であることを確信に至らせた。

 しかし、ここでキルスティは【ANESYS】研究者として当然の疑問を持った。

「あの……それって本当に皆さんお一人お一人の本物のお気持ちなんでしょうか?」

「ん、どういう意味?」

「あ~え~とユリノ艦長、私が【ANESYS】のシミュを続けるうちに、見ず知らずのそのケイジさんの顔の記憶が入ってきたように、皆さんのそのケイジさんに対する感情も、【ANESYS】によって流れ込んできた感情である可能性は無いんですか?」

 キルスティは思ったままを尋ねてみた。どうせいつかは訊かなければならない事だ。

「その可能性は真っ先に考え、皆で話し合いました」

 しばしの沈黙の後、キルスティの問いに答えたのはサヲリ副長であった。

「確かに私達のこの気持ちは、私自身が抱いたものではなく、ケイジ三曹の事が好きな他のクルーの気持ちが移っただけなのかもしれません。ですが、過程はどうあれ、今の気持ちは紛れも無い本物なのです。それは今更もう変えられない真実なのです。……それに、〈じんりゅう〉をケイジ三曹が救ってくれたのは紛れも無い事実ですから……」

 副長の答を、他のクルー達は思いの他冷静な顔で……むしろ穏やかな笑みさえうかべながら頷いていた。

 キルスティは思った。

 ――これはもう何を言っても駄目な感じだ! と。

「あのぉ……その人のお姿の分かる画像とかって……残ってたりなんかしないんですか?」

 キルスティはダメ元で尋ねてみた。

 皆が皆好きなったという男子がどんなヴィジュアルなのか、キルスティは俄然興味があった。もちろん外見情報は重要な要素だ、

 意外にも、キルスティの問いに、クルー達はすぐさま肌身離さず持っていたホロ写真を取り出して見せてくれた。因みに艦長はなんと艦長帽の中に写真を隠していた。

 携帯などにデータで保存して流出してしまうことを懸念して、全員、ご丁寧に紙の写真にラミネート加工までして所持していたようだ。

 写真には、メインブリッジで全クルーに囲まれ所在無げな少年の姿が写っていた。

 正直、あんまりピンと来るようなヴィジュアルでは無い。が問題はそこじゃなかった。

 皆が皆、揃って即座に出せる写真を隠し持っていたという事実が問題だ。

「ンま~……」

 キルスティは他に何と言ってら良いのか分からなかった。









 ――〈ワンダービート〉慰問前日――。

 テューラ司令からのメッセージを受け、当日までの残り一日を使い、〈じんりゅう〉クルーはこの慰問イベントに向けて、出来る限りの準備をしておくことにした。

 “握手会”ならば、〈斗南〉に帰還直後に呼ばれた勝利記念イベントで、似たような事の経験はクルー達にもあった。

 〈斗南〉内の病院に慰問で行ったこともある。

 だが、この任務の真の成功の可否は、慰問ではなく、【特別懸案事項K】をどうするかによって決まる。

 

 “一体彼女らは、彼のことをどうしたいと思っているのか?”


 エクスプリカとキルスティは、まずクルー達にそれを問うた。まずそれを決めねば、そもそも何が成功といえるのかが分かりはしない。

 しかし、その問いに対する彼女達の答は、要領を得ないものばかりであった。

 艦長たるユリノまでもが、問い詰められ過ぎて最終的に「もう……分っかんないよそんなことぉ」など目を潤ませて漏らす始末。

 最も明確だったのはフォムフォムの「彼の子ならば産みたい」というな意見であったが、これは参考にできるわけも無く、エクスプリカはヴ~ムという電子音を出しまくりになっていった。

 この〈ワンダービート〉への慰問イベントのアイデアを出した者として、エクスプリカは人間で言うところの責任を感じていた。

 自分という存在の有用性の危機を感じたともいえる。

 エクスプリカは、ほぼキルスティと同じような過程で〈斗南〉で【ANESYS】シミュレーション中の彼女達が、ケイジが収容された〈ワンダービート〉へ彼の現状データを求めてアクセスしていることを知った。

 ――とはいえ、謎がすべて解けたわけでも無かった。

 なぜ【ANESYS】は、苦労して〈ワンダービート〉から取り寄せたそのデータを削除したのか?

 状況から見てそのデータとは、重傷を負ったケイジのカルテの類ではないかと予想されるが、それがなぜ消されなければならないのかは、今の状況では知り様が無かった。

 そこで【ANESYS】中ではない、通常航行中の〈じんりゅう〉から、エクスプリカは直接接近中の〈ワンダービート〉へ向けて、ケイジ少年のカルテを送くるよう要請する試みを行っていた。

 結果、当たり前の事ながら、〈ワンダービート〉からは何の障害もなくケイジ少年のカルテデータは届いた。

 しかし、そのカルテのデータは展開して見ようとした途端、あらかじめ【ANESYS】が〈じんりゅう〉メインコンピュータ内に作り、隠しておいたと思われる削除用ウイルスプログラムにより、完全に消去されてしまった。

 故に、結局現在のケイジ少年の容態がどうであるかは、分からないままであった。

 【ANESYS】が作りあげたケイジのカルテデータ専用の削除プログラムは、エクスプリカといえども容易には除去できるものでは無かった。

 よってケイジの容態は、〈ワンダービート〉にて直接確認する他ない状態であった。

 異常とも言える事態であったが、エクスプリカは驚くと同時に、その【ANESYS】の行動に、彼女の存在を明確に感じ、機械なりに意外と喜んでいた。

 ケレス沖会戦以来、姿を現さないが、例の彼女・・は今も確かに【ANESYS】中の彼女達の中に存在しているのだ、と。

 エクスプリカは彼女達の【ANESYS】持続時間が短縮してしまっている原因……というより例の究極の【ANESYS】の化身が現れない原因が、ユリノ達が潜在的にケイジのことが心配で心配で仕方が無いからなのではないか? という仮設を立て、ならばとこの〈ワンダービート〉とのランデブーをテューラに進言したのだ。

 エクスプリカのこの仮設は、この慰問イベントの企画を発表しただけで、【ANESYS】シミュレーションの成績が上がったことから半ば証明された。

 エクスプリカはこのまま〈ワンダービート〉に到着すれば、彼女達の心配は解消され、【ANESYS】は再びケレス沖会戦で見せた彼女を呼び覚まさせるに至るのではないか? と期待していたのだが、そうそう容易く人間の非論理性はエクスプリカの期待通りにはいかないようであった。

 やはり【ANESYS】持続時間問題を根本的に解決するには、〈ワンダービート〉へただ行くだけではなく、そこで彼女達がケイジという人物に対し、どう行動するかにかかっているらしい。

 〈ワンダービート〉へ到着しても、クルー達に許された時間には限りがある。

 慰問イベント自体は太陽系標準時間で午前10時から午後16時で終わる予定だ。〈じんりゅう〉も〈ワンダービート〉も本来の任務がある。慰問イベントにだけ時間を好きなだけ掛けられるわけではない。

 つまり慰問イベントでクルー達は、許された時間内で目標を決め達成せねばならないのだ。







 明確な答が出せないまま、残された一日は、メインブリッジでの全クルーの話し合いだけで過ぎ去ろうとしていた。

「……ミユミ先輩、ケイジさんって、少尉の幼なじみだったんですよねぇ? その立場から何か希望とか願いとかってないんですかぁ?」

 眠るチャンスを逸したまま、話し合いを続けてることになってしまったキルスティは、半分とろんとしながら尋ねた。

 〈じんりゅう〉に引き抜かれる前のVSクルー養成所時代から、面識こそ無いもののキルスティはミユミのことを知っていた。ミユミもまた、養成所で訓練中の身からの異例の大抜擢だと話題の人物であったのだ。まさか自分も同じ道をたどるとは思わなかったが……。

 天文学的確率の果てに、戦場で幼なじみと運命の再会をしたミユミの心情は、キルスティには到底想像のできないものであった。

「う~ん」

 ミユミはキルスティの問いに対し、それまでの問いと同じように、じっくりと考え込んでから答えた。

「う~ん……私……私はケイちゃんが、あの子が無事な姿を一目見れたなら、それで良いかな……」

 彼女はまるで悟りでも開いたかのように穏やかで、かつどこか寂しそうにも見える微笑を浮かべながら答えた。

 キルスティの知る限り、ミユミという人は知りあって以来、いつもこんな感じの穏やかな人であった。

 よくどこか虚空を見上げながら、なにか物思いに耽っている姿を見かける。

 事情を知った今となってみれば、それはきっと、遠くの宇宙にいる幼なじみに思いを馳せていたのかもしれない。

 ミユミのその答は、すでにミユミからも他のクルーからも何度か聞いたことがあるような気がしたが、逆に言えば、それが最大公約の答なのかもしれないと、キルスティは思いはじめていた。

 なんともパンチに欠ける、もやもやした結論な気がしたが、実際問題として他にとれそうな選択肢も無いのが事実だ。

 なにしろ恋愛禁止、男子接触禁止が基本ルールなVS艦隊のクルーが、〈ワンダービート〉内の衆目の中でできることなど、他には無いような気がする。

 ミユミの意見に、艦長をはじめとしたクルーも、大賛成とは言わないまでも、少なくとも反対では無いらしい。

 時間を無駄にしたような気がしたが、こうして〈ワンダービート〉慰問イベントでのクルー達の目標が定まった。

 なんのことは無い、ケイジ少年の元気な姿をこの目で見て確認し、心に焼き付けておく……それだけのことであった。

 ならば、その目標を達成するのは、大して難しくないように思えた。

 ケイジが〈ワンダービート〉内にいるのは間違い無いのだし、なにしろVS艦隊〈じんりゅう〉のクルーがやって来て握手してくれるというのだ。普通だったらこのイベントに顔を出すに決まっているだろう。

 放っておいても、向こうから会いに来てくれるはずだ。

 例えそれが叶わなくても、イベントスケジュールには、午前中にクルーの病棟区画への慰問もある。こっちからケイジに会いに行く事も一応は可能だ。

 つまり――、


 プランA――病棟区画への慰問時でケイジ少年を目視確認する。

 プランB――午後の握手会時にケイジ少年を目視確認する。


 ――とりあえずこのプランで何とかなりそうな気がする。

 むしろ問題なのは、その時、久方ぶりにあった彼に対し、どうクルー達はリアクションをとるべきなのだろうか? またケイジ少年の方はどうリアクションをとるのか? ……ということなのだが、さすがにそこは自分で勝手に考えておいて下さい……とキルスティは眠い目をこすりながら思った。








 ――そして〈ワンダービート〉慰問当日――。

 同じ木星方向に向かっている二隻ではあったが、地球から来た艦が、火星から来た艦とランデブーする関係上、推力で勝る〈じんりゅう〉が〈ワンダービート〉後方から接近する形で両艦のランデブーは行われ、両艦は問題無く等速度で並ぶと、乗員移動用ボーディングチューブが両艦を繋いだ。

 SSDF広報部から来た担当官に案内され、礼装に身を包んだクルー達が、〈ワンダービート〉艦内メインイベント会場に一歩足を踏み入れると、まるで〈斗南〉に帰還した時のような熱狂的な歓迎が、彼女達を待っていた。

 もともと航宙豪華客船として建造されたこの艦の内部は、〈じんりゅう〉よりも遥かに広々としており、イベント会場とされた吹き抜けの中央ロビー・主幹エレベータホールは、まるでどこかの巨大高級ホテルのようであった。

 そこかしこにあらゆる言語で『歓迎VS艦隊〈じんりゅう〉』云々といった垂れ幕がかかり、紙吹雪が吹き抜けの上の階から舞い散る。

 吹き抜けから見える各階のバルコニーには、即製の屋台が出ており、なにやら食べ物が焼ける良い匂いが辺りには漂っていた。

 まるでどこかの学校の文化祭の様相であった。

 まだ艦というものが洋上にあった古来より、このような大サイズの艦では、クルーの士気高揚の為にこの手のイベント事は出来うる限り盛大に行われるようにされてきていた。

 〈ワンダービート〉もまた、普通であればクリスマス等のイベントに回されるリソースを使い、今回のイベントを行っているのだ。

 航宙艦のどこに収まっていたのかと思える程の大勢の人々が、彼女達を歓迎していた。

 ユリノをはじめとするクルー達は、艦内の各所に、半年近く前に撮影された『SSDF-VS第802〈じんりゅう〉クルー・オフィシャル・ホロ・トレーディングカード』の画像やらポスターやらが拡大して張られているのが目に入り、耳まで顔を赤くした。

 イベントは事前に送られてきたスケジュールの通り進行するならば、まず病棟区画の患者へのクルーの慰問が午前中に行われ、昼食を挟み、午後から中央ロビーのイベント会場にて握手会が行われる。

 ……つまり、彼女達に真の目標を達成するチャンスは二度あるという事であった。

 病棟区画で病室にいるケイジと会うか、握手会に来たケイジ会うか――である。

 ケイジ少年のカルテを、〈ワンダービート〉から直接データを入手する試みが〈じんりゅう〉に残ったエクスプリカによって行われていたが、上手くいけばクルー達がケイジに直接会う方が早いかもしれないと思われていた。

 〈じんりゅう〉ではキルスティとサヲリ副長が残っていた。

 接舷中とはいえ、艦長も副長も〈じんりゅう〉に不在というわけにはいかない。サヲリ副長は覚悟していたのか、穏やかにその事実を受け止めていた。

 イベントは、まずユリノ艦長が苦手な開幕スピーチを乗り越えることにより始まった。

 クルー達が緊張する中、まず病棟区画への慰問が始まる。

 〈ワンダービート〉のどこにケイジ三曹がいるのか、それは未だにエクスプリカにも調べがつかなかった。

 後々に発覚することなく〈ワンダービート〉のコンピュータにアクセスし、居場所を突き止めることが思いのほか難しかったからだ。

 しかし、その事自体はあまり問題にならないと思われていた。

 この時点では、居場所が分からずとも、簡単にケイジと会えると思われていたからだ。

 ユリノ達は広報部担当官のイベント進行役に案内され、SPやイベントの模様を伝えるマスコミ各社と共に、航宙艦にしては広大な病棟区画を回り、戦闘や事故で傷ついた航宙士達を慰問して回った。

 もちろん任務として、航宙士として、傷ついた人々の癒しになりたいという気持ちには偽りは無く、心から病室のベッドに横たわる彼・彼女らの回復を願って回る。

 しかし、病室の名札に〈三鷹ケイジ〉の名を見つけると、彼女達の心はどうしようもなく震えた。

 高なる鼓動をおさえて病室のドアをくぐる。

 そこに少年の姿は無かった。

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