♯2

 人類のUVテクノロジーの進歩と共に、ある技術者が考えた。

 UVエネルギーを纏わせたワイヤーを二隻の航宙艦の間に張り、敵艦を挟むように通過すれば、難敵シード・ピラーの装甲をはがせるのではないか?と。

 二基のUVDから得たUVエネルギーがワイヤー部に集中されることにより、敵のUVシールドの防御力に競り勝ち、敵シールドはもちろん、理屈の上では敵船体の分厚い装甲をも容易く両断できるはずなのではないか。

 常識的に考えれば到底実現できそうもないアイディアであった。

 宇宙の戦闘速度で、自分の乗った艦を敵艦に接触寸前まで接近させられるクルーが何人いるか? と考えれば当然の結論だ。

 がしかし、後に宇宙皮剥き器スターピーラーと呼ばれる、この正気の沙汰を疑われそうなアイディアは、決して敗北の許されない種の存続を賭けた戦が後押しすることにより、紆余曲折をへて実用化されてしまった。

 それだけ人類が、迷ってる暇があったらならば何でも試してみなければ……という状況に追い込まれていたという証かもしれない。

 搭載艦には、当時建造中であった〈じんりゅう〉級5番艦VS805〈ナガラジャ〉が選ばれた。

 【ANESYS】を起動でき、超高速情報処理能力及び超高機動操艦が可能なVS艦隊の艦とクルーでなければ、とてもじゃないが扱える戦術ではなかったからだ。

 〈じんりゅう〉級の主船体と、主船体の両舷に増設された補助エンジンとの間に、UVワイヤーを張り敵艦を両断する戦術は、野良グォイドとの実践テストを経て、第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦で、その真価を存分に発揮させるにいたった。

 そして〈ナガラジャ〉がそうであるように、第8艦隊第5戦隊としての〈ナガラジャ〉随伴艦もまた、宇宙皮剥き器スターピーラー搭載艦となることになった。

 〈ゲミニー〉級近接格闘無人艦だ。

 〈ナガラジャ〉が両舷の補助エンジンとの間にUVエネルギーを巡らせたワイヤーを張り、それを刃にして敵艦を両断するのに対し、この無人艦はライフル弾のような流線型の双胴の船体を左右に分離させ、その間にUVエネルギーは纏わせたワイヤーを張り、敵艦を両断する。

 艦のサイズから対シード・ピラー戦は厳しいが、同サイズの敵艦であれば、大概は両断できる斬れ味があった。

 過去に例の無い、突飛豪快な戦術を実現する為に完全新設計となった故に、実用状態にまで持っていくのに手間取り、第五次大規模侵攻迎撃戦への投入には間に合わなかったが、今、無人艦〈ゲミニー〉に、その能力の限りを発揮する時がついに来たのだ。









 木星表層、地球の2.5倍の重力がガス雲へと引き込まんとするのを、速度で振り払うようにして、木星侵攻グォイド対VS805艦隊の戦いの火ぶたは切って落とされた。

 漆黒の宇宙を背に飛翔するには、余りにも鮮烈な山吹色の船体を持つVS805艦隊がグォイド艦隊に襲いかかる。

 【ANESYS】の超高速情報処理能力を駆使して操艦された山吹色の弾丸〈ゲミニー〉は、ワイヤーを間に張りつつ分離、グォイドの対宙迎撃レーザーやミサイルを、二隻のメインスラスターをあらゆる方向に自由自在に噴射させることにより、並みの有人艦を遥かに上回る機動性で回避しつつ木星侵攻グォイド駆逐艦に飛来。

 並走する二隻の間に張り巡らされたUVワイヤーが、グォイド艦を挟むように通過したと思った次の瞬間、グォイド艦が斜め斬りに両断され、爆発する。

 〈ナガラジャ〉に比べ小型軽量の船体である為に、その運動性能はVS805旗艦である〈ナガラジャ〉を上回り、それは駆逐艦グォイドにとって〈ナガラジャ〉以上の脅威となった。

 〈ナガラジャ〉の【ANESYS】開始と同時に、三隻の〈ゲミニー〉が敵艦隊先頭の駆逐艦型グォイド三隻をたちまち両断、その残骸で後続グォイドの進路を塞がせることにより、敵艦隊全体を減速させることに成功する。

 一方、グォイド艦隊後方からは、宇宙皮剥き器スターピーラーを起動させた山吹色のVS艦〈ナガラジャ〉が、ワイヤーで繋がった補助エンジンをぶん回すようにロール機動しながら、駆逐艦グォイドを次々と屠っていった。

 SSDFの艦は、グォイド艦隊の迎撃態勢構築の為に、グォイドの進撃コースが分かり次第、集結地点に向かって移動を開始し、減速してそこで停止し迎撃戦闘を行い、迎撃網を突破されてしまった場合はそれをまた追いかけ、同航戦をしつつ追い越し――また迎撃態勢を構築するという、動いては止まる任務がこなせなければならない。

 故に、艦尾を進行方向に向けての最大減速時でも、並走しつつの左右同航戦でも戦えるよう、武装が前後上下左右に向け撃てるよう対応している。

 これに対し、地球及びその他の惑星・衛星に球状空間グォイド・スフィアを構築することを最上目的とするグォイド艦は、星へのタッチダウンを最優先にするあまりに、迎撃してくる前方の敵との戦闘にのみ特化し、後方や側面の攻撃能力が人類側の艦に比べ劣る傾向があった。

 その傾向は、ゴツゴツした多角錐、前後に引き伸ばした獣の頭骨に似た形状に現れている。

 そのグォイドの傾向が、今は追いかける側となった人類側に有利に働こうとしていた。

 木星の大気表層部に接触したグォイド艦隊は否応も無く減速、〈ナガラジャ〉引きいるVS805艦隊は、ついに敵艦隊全てを【ANESYS】時のキルゾーン内に捉えたのだ。







 ◇◇◇

 

 『まるでチャイインドのミルクティーでできた絨毯のような……そんな乳白色の靄の上で、ワレはまた眠るようにして目覚めた。

 例によって、ワガひめさまの望みはぐぉいどのセンメツらしい。

 良かろう……。

 眼前のぐぉいどを斬る……斬って斬って斬りまくる。それこそがワレの使命。ワレの存在意義。その行為それこそワレという存在そのもの……。

 ワレという存在を形作る彼女達のハブたる姫が、ワレの中心核で、ぐぉいどを斬れ! と強くそう望むのを感じる。

 ワレは大いなる破壊のヨロコビと少しのキョウフ、それと微かなカナシミのような感覚を覚えながら、ひめさまの望みに全力で答えようと、ぐぉいどの群へと飛び込んだ。

 彼女達の思考を束ねたるワレにとっては、ぐぉいど共は遅かった。そして脆かった。しもべにして分身たる双子達と共に、敵対宙迎撃をひらりひらりとかわしつつ、グォイドの群れを前後から次々と斬り飛ばしていく。

 クチクカンもはもちろん、〈ジンリュウ〉姉さまが苦戦したというキョウコウテイサツカンさえも、ワレの前ではすべて虚しいカット前のロールケーキに過ぎぬ。

 チャイ色の絨毯、ワレの眼下を高速で擦過していたモクセイのクウキが、ワレが目覚めている間にも刻々と濃なり、ワレを覆っていくのを感じる。

 ここはもうモクセイの表層ではない、モクセイのガス雲上層なのだ。

 ワレの挑むぐぉいど共はもちろん、ワレの身体たる〈ながらじゃ〉のカンシュが、モクセイのガスとのショウトツによるダンネツアッショクによって山吹色にあぶられはじめた。

 ワレに許された時間はもう残り少ない。

 他のぐぉいどを全て沈めたワレは、群の奥にいる新種のぐぉいどに狙いを定めた。ナマコのサシィミにしてくれるわと。

 迷いも疑いも無く、ワレの宇宙皮剥きスターピーラーの刃をナマコぐぉいどに突き立てる。

 そして………………そして、ワレは失敗した。


 ……………………何故しっぱいした?


 それは新種のぐぉいどが、ワレの予想を超えて硬かったからだ。

 ワレのスターピーラーの糸の刃は、ナマコ・ぐぉいどの艦尾シールドをツウカして敵船体に接触したものの、不可解にも食い込んだだけで両断は叶わなかった。

 ……本当に、おそろしく硬いぐぉいどだった。

 慌てて糸の刃の端の補助エンジンを吹かし、そのままナマコ・ぐぉいどを支点にして、アメリカンクラッカーのように〈ながらじゃ〉と補助エンジンが激突するのを防ぐ。

 そしてワレはその一瞬の内に悟った。

 ワレが負けたことに。

 艦尾をへこまされたぐぉいどは、そのまま回転しながらガス雲のなかへと沈んでいった。いや、沈んでいったというのは僅かに語弊がある。

 潜航していったのだ。木星の雲海へと。大気圏突入の炎に包まれながら……。

 それが連中の狙い。目的。新型ぐぉいどが新型ぐぉいどである理由。

 ワレの存在を形作るひめさま達は、目標不明のぐぉいど共が木星に近づいたのは、木星を使って重力ターンをする為だと思っていた。故にワレもそう思っていた。

 それが少ない判断材料から導き出された、最も合理的で矛盾の少ない可能性だから。

 しかし、ワレは今この瞬間――ナマコぐぉいどがおそろしく硬い――という新たな判断材料を得てしまった。

 その事実を加えた上で、新たに導き出されたぐぉいどの目的……。

 もしワレが遭遇したこの顛末を、〈ジンリュウ〉姉さまが訊いたならば…………姉さまはきっと笑ったかもしれない。

 半年前の戦闘で、ほんの僅かな時間、共に戦うことができた我が敬愛する姉さまは、ワレも信じがたいことに自我と身体を得たのだという。

 その姉さまならば、案外、笑うかもしれないと、そうふと思った。

 この忌々しいナマコぐぉいどの目的地は、モクセイだった。

 なんのことは無い。

 最初からモクセイで間違っていなかった。ただ、ひめさまが思ったような木星圏のSSDF基地でも拠点でも無く、モクセイそのものであったのだ。

 ナマコぐぉいどはモクセイのガス雲の中へと潜航する為に、わざわざ慣性すてるす航法を駆使してここまでやってきたのだ。

 ナマコぐぉいどを斬るのに失敗した瞬間、その船体の硬さから、ワレはそれがモクセイのガス雲深部の圧力に耐えうる為なのだと、瞬時にして理解してしまった。

 耐ガス雲深部圧力の為の硬さ、そしてナマコに似た船体形状。

 思えば、群の中心で控えていたこのナマコぐぉいどだけは、一発の迎撃もしてこなかった。

 それは撃たなかったのでは無く、撃てなかったのだ。

 ガス雲深部に潜るという目的から、耐圧の為に船体表面に砲を設けることが叶わなかったのだ。

 それらの特徴は全て、かつてチキュウの海にいたという潜水艦と一致している。

 では、何ゆえ、何の用があって、ぐぉいど共はモクセイのガス海なんぞに潜りたかったのだろうか? クチクカンやキョウコウテイサツカンを使い捨てにしてまで……。

 さすがにそこまでは分からない。情報が足りぬ。

 ただ目的地の候補はある。モクセイ内部でぐぉいどが向かいそうな場所の。

 それは、わざわざワレが教え無くとも、きっとワレを形作る彼女たちなら、すぐに同じ答えにたどり着くであろう。

 そして、重ねてワレは悟った。

 ワレの負けだ。

 今のワレにはもう、潜航していったナマコぐぉいどを沈める術は無い。

 ワレが最初のナマコぐぉいどを斬り損じたのと同時に、残りのナマコぐぉいどは、次々とガス雲の底へと向かって消えてしまった。

 下層のガスに接触したぐぉいどは、より濃くなったガスの抵抗で一瞬にして減速し、ワレの刃の届かぬ彼方の下方へと消えていった。

 忌々しいことに、いかにヴィルギニー・スターズの〈ながらじゃ〉といえど、ガスの海の底に行く能力は無かった。

 そしてワレがワレでいられる時間も、もうリミットが迫ってきていた。

 ワレはワレの使命を果たすことに失敗した。

 それはワレにとって、ワレを形作る彼女達のハブたるひめさまにとっては、敗北と同義であろう。

 きっとひめさまは、目覚めるなり蛇輪を蹴っ飛ばしては、『あいててて』と自分で痛がり、『追いかけるぅ~!』と喚いては、それをデボォザに『無茶です落ちついて下さい』となだめられるのに違いない。

 ワレは薄れ行く思考の片隅で、そんなことを想像した。

 ……そういえば〈ジンリュウ〉姉さまは、その時に自分のことを〈あねしす〉だと名乗ったのだそうだ。

 いつかワレも姉さまのようになれるだろうか? 

 しかしワレもまた〈あねしす〉と名乗れば、混乱を招くのは必定であろう。ならばワレはワレをなんと名乗れば良いのか……。

 そんなことを曖昧な思考の片隅で巡らせながら、ワレは眠るようにして、彼女達へと還っていった』





 木星赤道上。

 乳白色の波を気立てて、〈ナガラジャ〉と〈ゲミニー〉三隻はガス雲から浮上した。


「ぬぁ~もう! あててて……」

「モノにあたるからです」


 【ANESYS】から目覚めるなり蛇輪を蹴り、痛めた脚を抱えてぴょんぴょんするアイシュワリアを、デボォザがたしなめた。


「もう潜航してったグォイドには手も脚もでないのッ!?」

「少なくとも本艦と〈ゲミニー〉には不可能です」

「もう……悔しいなぁ」

「そういうこともあります。どうか気に病まないでください。リカバリー可能な敗北は、強者になる為の良い経験値となりましょう姫様」

「ホントに!?」

「え……ええまぁ」


 デボォザは「多少は気に止めた方が良いこともある」とは言わないでおいた。


「でもリカバリーったってどうするば良いのよ?」

「木星に沈んでいったグォイドの企みを、その達成前に阻止することですな」

「だから、その企みが分からないから困ってるんじゃない」

「ごもっともなご指摘です姫様。ですが、敵の目的地は分かっております」

「目的地だけはね。まったくグォイドの奴ら、あんなとこで何をしようってのかしら?」


 アイシュワリアはメインビュワーに目を向けた

 木星に沈んでいったナマコ・グォイドの進路の先に、広がる乳白色のガス惑星の水平線上端が、僅かに赤い弧を描いているのが見えた。


「大赤斑かぁ」


 木星表層部のこの位置からは、ただの薄く赤い横に長い円弧にしか見えないが、それは木星を木星たらしめる、他の惑星にはない異形の渦であった。


「その企みが何であれ、早いとこ止めないと……」


 姫のその呟きに、デボォザ達〈ナガラジャ〉クルーはただ無言で頷いた。

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